もしも、オーガがいなかったら(沢樹一海 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 某月某日、作家・沢森いずみの新刊が出ました。彼女はフィクション作家なのですが、今回の新刊は、いつもの本とは少し趣向が違っていました。本を開くと、まず『まえがき』が載っていて、そこにはこう書かれています。

『この本は短編集ですが、私のオリジナルではありません。今回、A.R.O.A.に協力してもらい、ウィンクルムのみなさんにインタビューを行いました。テーマは、“この世にオーガがいなかったら”――つまり、“ウィンクルムになっていなかったら”どんな仕事を選んだか――です。
 要するにこれは、インタビューで答えてもらった内容を物語になるようにまとめ、執筆した短編を集めた本です。
 私はずっと、ウィンクルムに憧れていました。顕現しない限り、ウィンクルムにはなれません。私はウィンクルムになりたかった。憧れというより、羨ましかったという方が近いかもしれません。
 でも、ふと、気付いたのです。逆に言えば、顕現してしまったら、もしくは適応する人間が現れてしまったら、彼等はウィンクルムに“ならなければいけない”のだと。もし、オーガがいなければ、違う人生があったのかもしれないのに――
 そう思った時、私は彼等に訊いてみたくなりました。この世界にオーガが存在しなければ、何をしていましたか、と――』

解説

もしももしものお話。

本文の通り、ウィンクルムの2人が「ウィンクルムじゃなかったら」どうしていたかというのがテーマになります。
インタビューをして、と本文に書いてありますが、プランでインタビューに答える形を取る必要はありません。普段プランを書くのと同じ感じで、
「この2人はこういう生活をしている」のを前提に書いていただいて構いません。
というか、そういう形で書いていただけるとありがたき幸せです。


いずみさんはインタビューの際にお茶代を支払いませんでした。ウィンクルムの自腹として500Jrいただきます。

ゲームマスターより

お久しぶりです。

ちょっと特殊なエピソードとなりますが、よろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

桜倉 歌菜(月成 羽純)

  田舎町で優しい両親に育てられました
お料理が大好きで、料理人になりたいと思い、学校に通う為に、お弁当屋さんを営んでいる父方の祖父母の居るタブロスへやって来ました
おじいちゃん家に下宿してお弁当屋さんをお手伝いしながら学校に通うんです

都会は凄いなぁ…人が沢山
おじいちゃん家にはバスに乗っていけばいいらしいけど…バス停は…
地図と格闘していると、耳障りの良い男の人の声
良い声だな…どんな人が…
きょろきょろしていたら人にぶつかって…

思考停止
これって一目惚れって奴でしょうか!?

おまけに凄く優しい
感動していたら、なんとお弁当屋さんの常連さん!?
しかも私が目指す学校の先輩!
私のタブロスでの生活、楽しいものになりそう


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  この世にオーガが居なかったら。
AROAも無く、オーガ関連の被害が全くない世界ですね。
ネイチャーに因る被害はあるかもですが、都市部で生活するなら接点は無さそうです。この状況で人生設計をどうするのか。

私は【流星融合による各地域への変容】を調べたいので
大学へ進んで各地域の歴史を学びます。
卒業後は連邦国家公務員か州地方公務員になり、行政関係の職につきたいです。
多様で異なる地域を抱える地方での公共サービスは維持も大変です。人々が求める物も違います。でもそこで暮らす人達が安全で平和な日常を過ごすお手伝いをしたい。
フェルンさんと接点は全く無さそうです。
ウィンクルムだからこそ出会えたのかと。
出会えてよかった。


リーヴェ・アレクシア(グレリヴィー・ミディアス)
  …あいつら、マジ命拾いしてるよな…

私は今凄く絶望している…
何故両親作の物体Xが鍋にあるんだ
コレがカレー?
世界中のカレーに謝罪しろ※ハイライトが消えた目

馬鹿言え、私は悪夢の物体を浄化する能力などないッ
…が、あいつら帰ってくる前に処理しなくては…
普通に捨てたら異臭騒ぎになるし…

一口食べてみたらって、お前が食べろ
死ぬからやだ?
私だってまだ死にたくない
食べたら死ぬに決まってるだろ、こんなもん
メシマズの両親の料理食べて死ぬとか一般的に恥ずかしい死因だからお断りだ

毒が一切入ってないのに毒物であるのが恐ろしい
レシピ通り主張しても全然レシピ通りじゃなかったし

グレイ、一緒に逝くか…
※一口食べて卒倒

死ぬ…※気絶


クロス(ディオス)
  オルクス、ディオス、ネーベル→幼馴染
クロノス→妹
仕事→保育士
オルクスとディオスの3人で同棲中

ディオ、お帰り
お勤めご苦労様(微笑
先にお風呂と夕飯、どっちがいい?
ん、直ぐに温めるから着替えて来て良いよ
あぁ、オルクなら要人SPの任務が入ったから今日は帰れないって

はい召し上がれ
ふふっ有難う(ニコ
あっそうだディオ、クロノスとベルから報告!
やっと付き合い始めたんだって!
大丈夫、もう既にひと悶着したから(遠い目
それはもう凄かったわよ…
まぁベルは警察官でクロノスはホテル業務だから休みが合わないから心配なんでしょうね…
とは言え、今度一緒に出掛けようとか色々言われて漸く納得したわ(苦笑
あら私達も幸せでしょ?(微笑


御神 聖(桂城 大樹)
  付き合わせて悪いね。
今日はまたとないお歳暮解体セール…賞味期限が長くて安いものはこういうので確保したくて。
勇に学校休んで付き合えとか言えないし。
今日は大樹が休みで良かったよ。

ははは、デートね。
しかし、お歳暮解体セールがデートというのは色気ないね。
そう切り返せるってのは中々強者だなぁ。
カノジョ、亡くなって9年だっけ。
あたしと勇の誕生日付近だった気がする。

なるほどねぇ。随分恋愛からご無沙汰だった訳か。
あたしがいい女、ね。当たり前だと返しておくけど、それがあんた的にツボらしいからね。
いい男に口説かれるのもいい女の役得だけど、あたしは簡単に口説けると思うなよ。
あたしが欲しいなら本気で口説けよ(ニヤリ)


 ☆Ⅰ☆

 クロスは、弁護士のディオスともう1人の精霊と3人暮らしをしている。3人は幼馴染で、ここで、家族のように気兼ねのない穏やかな毎日を送っていた。この日も全員仕事で、今日、一番早くに帰宅したのはクロスだった。彼女は保育園で保育士をしているのだが、シフトが早番だった為に夕日が落ちる前には家に戻れた。
「ただいまー……」
 誰もいない、薄暗い部屋の廊下を抑え気味の声が通過し、消える。居間に入って電気を点けると、部屋に凝っていた夕闇がさっと外へ逃げていった。残ったのは、1日経っても消えない精霊の存在感で、それがクロスをほっこりとさせ、また元気をくれる。
「さて、夕飯を作ってお風呂の用意をしておこうかな」
 仕事中に使っているのとは違う、お気に入りのエプロンを身に着けてクロスはキッチンへ――
 向かおうとした時、背後で、家の電話が鳴った。

 ――お風呂の用意をして廊下に出ると、玄関を開けたディオスと目が合った。
「クロ、ただいま」
「ディオ、お帰り。お勤めご苦労様」
 微笑む彼に、微笑みを返しながらクロスは労う。
「今日は早番だったか、クロもお疲れ様だ」
「ありがとう」
 先に帰っていたという状況からそう判断したらしい彼に、クロスは正解だよという意味を込めてにっこりと笑い、彼と一緒に居間に入る。
「あ、先にお風呂と夕飯、どっちがいい?」
「そうだな……」
 テーブルの上には、傍目にも熱を失ったと分かる料理が並んでいる。それに目を遣ったディオスは、クロスに言った。
「夕飯を頂こう」
「ん、直ぐに温めるから着替えて来て良いよ」
 ディオスは「ああ」と答えると、ネクタイを緩めながら自室に向かう。その途中で、ふと立ち止まって居間を見渡した。
「所で……」
 もう1人の同居人はまだ帰っていないのかと訊かれ、クロスは先程来た電話を思い出した。
「あぁ、要人SPの任務が入ったから今日は帰れないって」
「そうか、兄さんも忙しい身だからな……仕方が無い」
 苦笑しながら、ディオスは自室に入っていく。 ――ちなみに、彼が同居人を「兄さん」と呼ぶのは兄弟関係だからではない。そこには、親しみと敬意がこもっていた。

「はい召し上がれ」 
「では、頂きます」
 食卓につき、スープを掬って口に入れたディオスはクロスの目を見つめ、微笑んだ。
「……うむ、美味いな」
「ふふっ有難う」
 彼の賛辞を素直に受け止め、クロスはニコッと笑う。
「流石はクロだ……」
 ディオスは感嘆の声を上げつつ食事に夢中になっていく。それを幸せな気持ちで見ていたクロスは、「あっ!」と彼に伝えようと思っていたことを思い出した。
「そうだディオ、報告!」
 妹と、同居する3人の幼馴染から受けた報告は、物凄くおめでたいものだった。
「やっと付き合い始めたんだって!」
「……何!? 付き合っただと!? あの2人が!?」
 今日1日の仕事のことも料理の味も吹っ飛んだような顔で、ディオスは身を乗り出した。しかし、驚きはすぐに懸念に変わったのか、彼は眉間に皺を寄せた。
「いや、確かにめでたいが……兄さんが荒れるぞ……?」
「大丈夫、もう既にひと悶着したから」
 クロスが遠い目になったのを見て察したのか、ディオスは呆れ顔で溜息を吐いた。
「はぁ……。遅かったか……」
 この場にいない同居人は、クロスの妹をとても可愛がっている。
「いくら認めていても難しかったか」
「まぁ、休みが合わないカップルだから心配なんでしょうね……」
「心配するのは分かるが……」
 ディオスは未だに苦い表情のままである。
「とは言え、今度一緒に出掛けようとか色々言われて漸く納得したわ」
「まぁ納得したなら良かった」
 帰ってきてから荒れる同居人を見ずに済みそうだな、と、ディオスは苦笑していたクロスと同じように苦笑いを浮かべた。
「あぁ皆幸せなんだな……」
 それから、彼は目を細めてなんだかんだ嬉しそうな、眩しそうな顔になった。
「あら私達も幸せでしょ?」
「当たり前だろ?」
 クロスはディオスと同居人と恋人関係にあり、それが3人に幸福をもたらしていた。クロスが微笑すると、ディオスはフッ、と笑った。

 ☆Ⅱ☆

 月成 羽純の家は、タブロスで店を開いている。同じ建物だが、昼間は珈琲専門の喫茶店、夜はカクテルバーに変化するちょっと珍しい店だ。内装を変えなくても、照明や雰囲気に少し一工夫するだけで全く違う趣になるのだと、羽純はこの店で知ることができた。
 そんな店を営む両親の影響を受け、彼は店を手伝うと共に学校に通って資格の勉強もしていた。バリスタとバーテンダーの資格の両方を取るのを目標にしている。
「俺はこの店が好きだ。継ぎたいと思う」
「どっちもだなんて贅沢だな」
 朝11時半から19時半までの喫茶店の時間――父の時間に志を告白すると、父は軽く笑ってそう言った。
 そして、夜の母の時間――19時半から0時までの間に母にも改めて同じことを宣言する。母は笑いながら、父と同様に嬉しそうにしながらも冗談めかしてこんなことも言った。
 ――「店を継ぐ気なら当たり前だけど、1人でやる気?」――

 桜倉 歌菜は、田舎町で優しい両親に育てられた。だが、今日からはこのタブロスで毎日を過ごす。料理が大好きで料理人になりたいと思った彼女は、学校に通う為に上京してきたのだ。幸いにも父方の祖父母がお弁当屋さんを営んでいて、そこに下宿して、店を手伝いながら学校に通う予定だった。
「都会は凄いなぁ……人が沢山」
 慣れなくて少しドキドキしながら、歌菜は次の目的地を探す。
(おじいちゃん家にはバスに乗っていけばいいらしいけど……バス停は……)
 周囲を見渡しても見当たらなくて、歩道脇に設置された地図看板に歩み寄る。地図と格闘していると、街の喧騒の隙間を縫って耳障りの良い男の人の声が聞こえた。
「ああ。卵と苺……レタスとキャベツに……」
 つい気になって、きょろきょろと声の主を探してしまう。
(良い声だな……どんな人が……)

 その時、羽純はタブロスの駅前で父からの電話を受けていた。
「分かった。これだけ買って帰ればいいんだな」
 肩に挟んでいた携帯を仕舞い、書き取りに使っていたメモをポケットに入れたところで沢山の荷物を抱えた少女が目の端に映った。
(危ないな……)
 心配になって歩み寄っていくと、もう目の前だというところで少女がよろけてぶつかってきた。
(あっ……)
 少女の腕を咄嗟に掴んで支えると、顔を上げた彼女と目が合う。
「…………」
 ぶつかったそのままの姿勢で硬直して、少女は動かない。バランスが悪いままだから、このまま手を離したら転んでしまうだろう。
「……?」
 どうしたんだと思いながらも、常に人が行き交う街で彼女を見つけたのは偶然ではなかったのかもしれない、と羽純は思い始めていた。母の言葉が、なぜか頭に浮かんでくる。

「…………」
 羽純の顔を見た歌菜は、完全に思考停止していた。
(これって一目惚れって奴でしょうか!?)
 そして、唐突に腕が掴まれたままになっているのに気づいて慌てて姿勢を直す。
「あっ、ごめんなさい!」
「いや……、旅行か何かか?」
 青年は、歌菜が抱えている荷物に目を落としている。
「えっと、これはそうじゃなくて、今日からタブロスで暮らすことになったんです。料理人になりたくて……」
 歌菜は、通おうとしている学校名と、祖父の店で手伝いをしながら料理を学んでいく予定だと青年に話した。話していく度に、彼が何故か驚いていくのが分かる。
「でも、おじいちゃんのお店までどうやって行けばいいのかわからなくて」
「それなら、案内しようか。荷物も持とう」
(えっ!? 優しすぎる!)
 感動していたら、彼女から荷物をひょいひょいと取り上げていた青年が自己紹介を始める。
「俺は月成 羽純。その弁当屋の常連で、店主にはいつも世話になっているんだ。バリスタとバーテンダーの資格を取る為に、その料理学校にも通っている」
 歌菜は目を点にした。徐々に理解が追いついていき、「えええっ!?」と声が出せたのは話を聞いてから5秒程が経った後だった。
「後輩になるかもしれないな」
 微笑と共に言われ、歌菜はこくんこくんと頷いた。
「はい、なります!」
 バス停にまっすぐに向かう羽純の背中を追いつつ、駅に着いた時のドキドキ感が良い意味で変わっていることに気がつく。
 ――私のタブロスでの生活、楽しいものになりそう!!

 ☆Ⅲ☆

 年末のある日、御神 聖は桂城 大樹を引っ張ってデパートに来ていた。周囲は彼女達と同じ目的を持った女性達で溢れている。その只中にいても、大樹は他にちらちらと見える男性達と違い、げんなりとはせずに涼しい顔をしていた。
「付き合わせて悪いね」
 苦笑する聖にも、「どういたしまして」とスマートに返してくる。混み合うと分かっている戦場に彼を伴って来たのには、絶対に外せない用事があった。
「今日はまたとないお歳暮解体セール……賞味期限が長くて安いものはこういうので確保したくて。息子に学校休んで付き合えとか言えないし。今日は大樹が休みで良かったよ」
「その息子さんからはデート頑張ってとメールが来てたよ」
 大樹の軽い報告に、聖はまた苦笑せずにはいられなかった。
「ははは、デートね」
 話しながらも、聖は広い特設フロアに積み上げられた定価より大幅に値下げされたお歳暮ギフトを吟味していく。
「しかし、お歳暮解体セールがデートというのは色気ないね」
 勿論、聖にはデートだという意識は微塵もない。ハム、コーヒー、油、お酒のセット――さて、どれがお得だろうか。
「そう? 僕はそう思わないよ」
 一方、ギフトが目的でここに来たのではない大樹は、面白そうにギフトの箱を流し見しながら持論を展開する。
「デートする相手がいい女ならデート場所は問わないけど? そこでたじろぐ程度の男は気にも掛けないくせに。デートっぽい場所にこだわるやつはお断りなんだよね?」
「そう切り返せるってのは中々強者だなぁ」
 大樹の言葉は核心を突いていたが、聖はムッとするのではなく愉快になってしまった。だが、すぐに神妙な顔になって声のトーンを落とした。
「カノジョ、亡くなって9年だっけ」
「うん。もうすぐ9年だね」
 聖の記憶では、自分と、そして息子の誕生日付近だった気がする。
 そう言うと、大樹は頷いた。
「その10日前が命日だから時期は大まかに正解」
 少し寂しそうではあるが、悲壮感は漂わせていない。2人は黙ったままギフトセットを見てまわり、しばらくしてから聖は話を再開させた。
「なるほどねぇ。随分恋愛からご無沙汰だった訳か」
「ショックで、仕事に随分力を入れたと思うよ。恋愛にご無沙汰状態だったかな。彼女が望まないとは思ってたけど、目の前にいるいい女程いい女とのご縁がなくて」
 世間話をする時と同じ口調で話題に乗った大樹は、最後に茶目っ気を込めた、しかし本気を感じさせる言葉で締めくくった。聖は、軽く笑う。
「あたしがいい女、ね。当たり前だと返しておくけど、それがあんた的にツボらしいからね」
「そうだね、そう言い切る女がいい」
「いい男に口説かれるのもいい女の役得だけど、あたしは簡単に口説けると思うなよ」
 聖は面白そうに、また挑戦的に言い放つ。彼女としても、この程度で大樹がくじけるとは思っていない。案の定、彼は楽しそうだった。
「簡単に靡かないからいいんだよ。勇の推薦もあるし、丁重に口説かせて貰うから……覚悟しておいて」
 デパートの中ということを忘れたかのように、立ち止まった大樹は意味深に顔を近づけてくる。当然、聖がそれに怯むことはない。
「あたしが欲しいなら本気で口説けよ」
「……僕をその辺の男と一緒にしないでね」
 ニヤリと笑って返すと、大樹もにっこりと笑うのだった。

 ☆Ⅳ☆

 食事の席というものは、穏やかだったり賑やかだったり楽しかったり、癒しだったり――美味しかったりするものだ。
 美味しかったり、するものだ。
 ――美味しいのは、基本だ。
「……あいつら、マジ命拾いしてるよな……」
 だが、この食卓に美味しいものはない。と断言できる。食べていないが。
 食卓の中央に置かれている鍋を見て、若干じっとりとした声でリーヴェ・アレクシアは言った。彼女の正面には、義弟のグレリヴィー・ミディアスが座っている。彼は、鍋から目を離さずに悲しみに満ちた顔をしていた。
「彼ら大学の教授のお供で学会に出て、帰ってくるの明日の昼だもんね……」
 2人が話に出している『あいつら』『彼ら』とは、リーヴェの双子の弟のことだ。帰ってきた時の笑顔を想像しても虚しくなるだけだから話を本題に戻そう。
「私は今凄く絶望している……。何故両親作の物体Xが鍋にあるんだ」
 鍋の中には、非常に粘度の高そうな桃色の何かが入っている。この物体の第一発見者はグレリヴィーだった。仕事から帰ってきた時に、テーブルに鎮座しているこの鍋と、メモを見つけた。そこには、リーヴェとグレリヴィーは仕事が忙しいだろうし、弟達も学会から疲れて帰ってくるから食事を作っておいた――と書いてあった。
 親の愛情である。
「書置きと共にカレーと称するコレを見た時には、僕だって絶望したよ」
「……コレがカレー? 世界中のカレーに謝罪しろ」
 『カレー』以外のものを見てはいけない呪いにかかってしまったのか、リーヴェは『カレー』を見つめている。その瞳からはハイライトが消えていた。死んだ魚の目になっている。
「リーヴェ、料理の腕いいんだし、何とかならないの」
「馬鹿言え、私は悪夢の物体を浄化する能力などないッ」
 一縷の望みに縋るかのようなグレリヴィーの声が聞こえ、リーヴェは即座にその無茶ぶりを却下した。
「……だよね」
 思わず立ち上がりかけたが、すぐに溜息を吐いて座り直す。
「……が、明日の昼までにはなかったことにしなくては……。普通に捨てたら異臭騒ぎになるし……」
 ちなみに、今、この部屋の換気扇はフル稼働である。また、両親は自分達の料理がマズいということをそれなりに自覚している。……から、タチが悪い。無自覚もタチが悪いから、メシマズは総じてタチが悪いという結論に落ち着く。
「上達したって書いてるんだし、自称かどうか一口食べて確かめてよ」
 何気なくグレリヴィーが自分を人柱にしようとしてくる。
「一口食べてみたらって、お前が食べろ」
「僕だってまだ死にたくない」
「死ぬからやだ? 私だってまだ死にたくない。食べたら死ぬに決まってるだろ、こんなもん」
 不毛である。
 不毛と自覚していてもここは引けない。何故かと言えば、命を懸けた戦いだからだ。
「メシマズの両親の料理食べて死ぬとか一般的に恥ずかしい死因だからお断りだ」
「僕の両親の料理の腕も相当酷いけど、君ん所程じゃないし。義父義母の愛情料理で昇天って僕だってやだよ」
 グレリヴィーも引く気はないらしい。このままでは、こうして2人で向かい合っているだけで明日の朝になってしまう。
「…………」
 リーヴェの中で、何かが底なし沼の中に沈んでいった。
 最初から。
 いくら話し合っても。
 解決策など出るわけもなかったのだ。
「……毒が一切入ってないのに毒物であるのが恐ろしい。レシピ通り主張しても全然レシピ通りじゃなかったし」
「大いに頷きたいね」
 グレリヴィーの中でも、何かが崖の下に落ちていったらしいことが表情から分かった。
「グレイ、一緒に“逝”くか……」
「断定は良くないけど、多分そうだし、“逝”こう……」
 彼は、『いく』に脳内で正しい漢字を当て嵌めたようだ。皿に『カレー』を注いだリーヴェに続いて、おたまでなみなみと『カレー』を掬って皿に入れる。それを見ながら、リーヴェは無感情に桃色の物体を口に入れた。
「死ぬ……」
「……やっぱり、ね……」
 卒倒した彼女はそのまま気絶し、グレリヴィーも続いて気絶したのだった。

 ☆Ⅴ☆

 フェルン・ミュラーは趣味である貴金属でのアクセサリ作りが高じて、街の片隅で親友と小さなアクセサリーショップを開いていた。店内には指輪やアンクル、ネックレスなどの装飾品の他に、壁にはナイフや剣などの武器が展示してある。
 武器と言っても、実用品ではなくあくまでも観賞用だ。彼の親友はこういった刃物系の武器を作るのが好きで、出来上がったものにフェルンが金属装飾をつけたり鞘を誂えたりして商品にする。完全に切れ味がないわけでもないので、加工は慎重にやるのだが――
 毎日が、平和で、楽しかった。
 日常を疑うことなく、日常を楽しむ。
(おっ、お客さんだ)
 店のドアが開き、フェルンお手製のドアベルが軽やかな音を鳴らす。
「いらっしゃいませー」
 声をかけながら、彼は内心で「お」と呟いた。入ってきたのは、スーツを着たポニーテールの少女だった。一言で表すなら、好みど真ん中である。
(就職活動か何かの帰りかな?)
 惹かれるものを感じながらも、フェルンは少女から目を離した。あまり注目していると、落ち着いてアクセサリを見られないだろうと思ったのだ。
(真面目な感じの子だけど、私服を着たら変わるのかな)
 自分のアクセサリの趣味は別として、彼女には金属メインの無骨な装飾品より宝石のついたさりげないものが似合う気がする。
 背後で、少女の靴音が移動していく。音は、ナイフや剣を飾っている場所の前で止まった。気になって振り向くと、彼女は武器のイミテーションをじっ、と見上げていた。
「……すみません」
「はい、何でしょう」
 彼女と話が出来ることを嬉しく思いながらカウンターから出て、隣に立つ。
「これは、実際に使えるんですか。武器にしては、何だかごてごてとしていますね。刀身にも装飾がされていますし、使いにくそうな……」
「ああ、これは観賞用なんですよ。うちはアクセサリの専門店なので、本物は置いていないんです。本物を置いても、この辺りじゃ使う機会もないから売れないし……危ないですからね」
「機会がない……。そうですよね。この街ではネイチャーの出現報告もありませんからね」
 どこかほっとしたような顔をして、少女は言う。そのささやかな笑顔はとても可愛かったが、ほっこりすると同時にフェルンは小さな疑問を持った。
(この子、何者なんだろう……)
 ただの学生というわけではなさそうだ。そう思っていたら、少女はナイフを1本手に取った。
「刃が本物みたいですね……とても良く切れそうな……」
「あっ……」
 止める暇はなかった。ナイフの刃が少女の指の腹を切り、血液がぽたぽたと落ちる。
「あ、あっ……」
 少女が慌て、その拍子にスーツの袖に血の染みが出来た。
「! お客様、申し訳ございません! すぐに手当てを……。そのスーツもクリーニングさせていただきます!」

「……ここに、注意書きがあったんですね……」
 指に包帯を巻き、店のロゴが入った上着を羽織った少女は武器コーナーの隅に貼られている注意書きを見ている。
 ――『刃部分は危ないので十分にご注意ください』――
「本当に申し訳ございません。今度から、もっと目立つ場所に大きく貼っておきます。あの、クリーニングが終わった後でご連絡しますので、連絡先を記入いただいてもよろしいですか?」
「はい。分かりました」
 不幸中の幸いか、少女のケガは利き手ではなかった。すらすらと書かれていく個人情報を見て、フェルンは驚く。
「瀬谷 瑞希様……職業『国家公務員』……!?」
「大学で流星融合による各地域への変容についてや各地域の歴史を学んでから国家公務員になりました。……多様で異なる地域を抱える地方での公共サービスは維持も大変です。人々が求める物も違います。でもそこで暮らす人達が安全で平和な日常を過ごすお手伝いをしたい。……そう思って」
 照れ笑いを浮かべる瑞希に、フェルンはつい思ったままを口に出してしまった。
「学生じゃなかった……!?」
「あ……よく、童顔だってからかわれるんです。でも、もう学校は卒業しています」
 子供に見られたことに怒ることもなく、瑞希は笑っている。
 ――これが、2人の最初の出会いだった――



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 沢樹一海
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 4 ~ 5
報酬 なし
リリース日 01月27日
出発日 02月03日 00:00
予定納品日 02月13日

参加者

会議室

  • [6]桜倉 歌菜

    2017/02/02-23:49 

  • [5]桜倉 歌菜

    2017/02/02-23:49 

  • [4]瀬谷 瑞希

    2017/02/02-21:19 

    こんばんは、瀬谷瑞希です。
    パートナーはファータのフェルンさんです。

    オーガが居ない世界に私達が居たら。
    なかなか興味深いテーマです。色々と考えてしまいますね。

    内容的に個別対応と想われますが、
    皆さま、よろしくお願いいたします。
    素敵な時間を過ごせますように。

  • [2]クロス

    2017/02/02-06:38 

  • [1]桜倉 歌菜

    2017/02/02-01:06 


PAGE TOP