プロローグ
暖房器具と加湿器をフル稼働させた部屋の中。
あたたかな飲み物が注がれたマグカップを両手に包むようにして持つあなたは、テレビの中のニュースキャスターの声に耳を傾ける。
『今シーズン最大規模と言われた大寒波も過ぎ去って行き――』
確かに、数日前の天気の荒れようは酷いものであった。
気温は急激に下がり、暴風雨と雷が、時には夜も眠れぬ騒がしさで続いた。
冬場の大きな雷のことを雪起こしと呼び、雪が降る前触れとする地域もどこかにあるらしい、と。
そんな話にも納得がいくような荒れ模様も、突如ぴたりとやんだ。
静かになった天候に満足し、ようやく眠れる、と寝返りを打った夜のことを、あなたはよく覚えていた。
明日は久し振りに太陽が拝めるかもしれないという希望が、ほんのりと胸の内に灯った夜を。
しかし。
翌朝カーテンを開けたあなたの目に飛び込んで来たのは、しんしんと降り積もる白い白い雪だった。
雨とも霰とも違いひたすら無音で降る雪が、人知れず一晩中降り続けていたのである。
平地――街中ですら、平均50センチの積雪。
交通機関を麻痺させ、子どもと犬を喜ばせた大雪は、更にもうひとつのサプライズを秘めていた。
『この急激な天候の変化により、現在大流行しているL型ウイルスによる風邪が――』
病原菌だ。
飛沫感染を通じて勢力を拡大するこのウイルスは、発熱・咳・くしゃみといった風邪の代表的な症状を見せるだけで、命に別条はない。
命には。
『依然として、声が出なくなるという症状に対しての特効薬は見付かっておらず――』
そうだ。そうなのだ。
鼻水が出る、咳が出る、といった初期症状と同時進行で、突然声が出なくなる、というのがこのウイルスの特徴だった。
突然。喉に痛みも違和感もないというのに、声だけはまったく出ない。
他の風邪の症状が治まるにつれ、声のほうも徐々に回復していくので、気長に待つしかない、というのが医療団体の見解である。
今朝、起床したその瞬間から声が出ないことに気が付いたあなたは、雪を撥ね退け慌てて病院に駆け込んだ。
そうして、やはりL型ウイルスに感染していると診断されてから、最早何度吐き出したかわからぬ溜息を再び洩らす。
やがてニュースは終わり、バラエティ番組の再放送が始まる。
近所のスーパーへスポーツドリンクやら何やら、おおよそ風邪の者が必要とするであろう物資を買いに行ったパートナーも、じきに戻って来る頃合いだ。
きっと、頭と肩にうっすらと雪を積もらせて。
解説
※病院での診察代として、300Jrを消費
■L型ウイルスについて
現在大流行中で、声が出ない不思議な風邪に罹っている人は珍しくありません。
毎食後の薬を飲み、安静にしていれば三日ほどで完治します。
■他の風邪の症状について
食欲減退、微熱、咳などなど、お好きなように設定してくださって構いません。
■プランについて
今回、神人様は一切喋れません。
心情描写を詳細にしてくださいますと助かります。
例:モノローグも書き言葉も、喋り口調と同じ
■薬
粉薬と錠剤の二種類を、朝昼晩の食後に。とても苦いです。
三日間分処方されています。とても苦いです。
ゲームマスターより
あれが食べたいこれが食べたいと、精霊様に我儘全開になるのか。
チャンスとばかりに自堕落にだらだらふたりで過ごすのか。
筆談で静かにしりとりでもするのか。
思う存分看病してもらってください。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)
頭からすっぽり毛布かぶってリビングのソファでぼーっと過ごします グレンってば寒いの大嫌いなのに 止める間もなく出掛けちゃいましたが大丈夫でしょうか… 一人は心細いしもう少しの間グレンとお話していたいですけど あまり側にいると風邪移りますよね、そろそろ部屋に戻らないと… でもご飯の間くらい、もうちょっとだけそばにいてもいいですよね…? うぅ、返す言葉もございません… 単純ってことでしょうか…褒められてるのなら…まあ… 一瞬ですけど、グレンが寂しそうな顔をしていた気がするので ここにいるよって伝えたくて手を握ります。 …声が出ないのってもどかしいですね。 ※ジェスチャーや視線で訴える ※筆談の方が早いことには気付いてない |
瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
風邪を引いてしまいました。 声が全然出ないのには驚きました。困ったな、と思うのも一瞬のこと。 A4のホワイトボードを使って筆談にしましょう。ボード、持ってて良かった。 フェルンさんが来てくれたので、いつもより意識して笑顔でお出迎え。 ボードに『いらっしゃい、風邪うつさないように気をつけますね』と。 発熱は微熱程度。咽の痛みや咳は普段の風邪よりむしろ少なめ。 なんて症状をメモしていた事はフェルンさんにお見通しだったみたい。 2時間毎に熱計って記録。症状を詳細に記録したくて。 淹れてもらった紅茶飲みつつ読書して過ごします。紅茶美味しいです。 ホットケーキ焼いてもらって嬉しいです。 治ったら今度ご飯作りに行きますね。 |
ファルファッラ(レオナルド・グリム)
頭が重いわ…咳も厄介だし…うー…何より薬が苦いのよ! 正直こんな風に風邪で寝込むなんてあんまり記憶にないし。 体の丈夫さがある意味自慢なところもあったりで…油断したわ。 声は出ないけどレオは甲斐甲斐しく世話をしてくれるし。 桃の缶詰にバニラのアイス。言わなくても欲しいものが出てくる…。 …病気を心配されるっていいものね。 こんな風なのもたまには悪くないかもしれない。 薬を飲むためのゼリーまで用意してある。 完璧だわ…何も言うことがない。 一つだけ…お願いしたいことがあるの。 きっといつもの我儘に比べたらましなお願いじゃないかしら。 ねぇ、レオ。私が眠るまで傍に居て。 何故だかそれが今一番の気持ちなの。 |
ユラ(ハイネ・ハリス)
こんな天気の中、呼び出してしまって大変申し訳ないとは思ってる でも熱でだるいし、鼻水でぐずぐずだし、なんか声は出ないし… 一人じゃもう無理だと思ったんだよ… うぅ、ごめんね、ありがとう ハイネさんのご飯、美味しいんだけどな まったく味がしない…美味しくない…うぅ 薬飲みたくない… 味覚はないけど、苦いのは分かるんだもん (熱のせいでいつもの軽口にも、はらはらと泣き出してしまう 自業自得なのはわかってるし、薬飲まなきゃいけないのもわかってるけど そんな冷たい言い方しなくても良いと思う ちゃんと飲めたら、ご褒美くれる? 私が起きるまで手を繋いでてほしい (目が覚めた時に、独りなのは寂しいんだ ハイネさん、ついでに子守歌唄って |
アクア・ウェルテクス(リュース・アレクシア)
お父さんとお母さんは昨日から出張でピンチ…※妹はいる メールでリュー兄とリク兄に救援求めたけど、リク兄は旦那さんがL型で落ちたそうで…仲間でした リュー兄だけが来た シーナ(アクア妹)も雪かきしてるから代わりに色々準備してくれるみたい リゾットの準備、氷枕の替え、水分や加湿器のお水の補給…動きたくないから助かる (ふーふーって子供じゃないもん) でも、美味しい… って思ってたら薬の時間 苦いからやだ けど、リュー兄には通じなかった 頑張って飲んだら、反則級に優しかった 子供扱いされてるけど、でも嬉しいな …シーナの雪かき手伝ってあげて、とメールでお願いしたら寝るね 元気になったら、リュー兄にありがとうって言わなきゃ |
●子どもじゃないのに(アクア&リュース)
出張に行く両親を、妹のシーナとふたりで見送った際には、体調不良の気配などどこにもなかったというのに。
頭まで布団に潜り込み、アクア・ウェルテクスは重たげな溜息を吐き出す。
今やすっかり、流行のL型ウイルスにやられた病人である。
薄暗い布団の中。握っていた携帯が点滅し、メッセージの受信を報せる。
不在の両親に代わって、アクアが一番に助けを求めたふたりの人物の――弟のほうからである。
彼にとって大切な人もアクアと同じ立場にあるらしく、こちらには来られないという謝罪だった。
アクアが返信を打つより先に、コンコン、と控えめに扉をノックする音がした。
「アクア。入りますよ」
兄のほう。リュース・アレクシアの穏やかに落ち着いた声。
アクアが布団から顔を出すのと同時に、リュースが部屋に入って来る。
「安静にしてますか」
出ない声の代わりに、ひとつ頷く。
「チャイムを鳴らしてあなたを不用意に起こしてしまうのもどうかと思っていたのですが、ちょうどシーナが外で雪かきをしていたので助かりました」
頷く。
「それに、あなたも眠っていなかったようですしね。リクトとメールばかりしていてはいけませんよ」
全てお見通しだとばかりに、新緑にも似た色の目を細め、リュースはそっとアクアの額に掌を押し当てる。
外から来たばかりのリュースの肌は程良く冷たく、アクアは心地好さを感じずにはいられない。
ずっとこうしていたいと、密かに願ってしまう。
しかし呆気なく掌は離れていき、思わず批難するような視線を向けた。
「大丈夫、帰りませんよ。今日はオレ達の大学も雪で休講ですし、シーナに代わって精一杯あなたの看病をするとしましょう。少しの間だけ、いい子で待っていて下さいね」
(いい子って。子どもじゃないのになあ)
静かに部屋を後にしたリュースの態度に不満はあれど、それでもアクアは言いようのない安堵を覚えてしまう。
なかなか眠気が来ずにいたアクアの耳が、廊下を歩く足音を過敏にキャッチした。
いい匂いを漂わせて戻って来たリュースは、先の宣言通りにてきぱきと動く。
加湿器に補充用の水をセットし、氷枕を取り換え、アクアが空にしたスポーツ飲料のペットボトルを回収し、また新しい水分を枕元に置いてくれた。
そして。
「ちゃんとふーふーして食べてくださいね」
いい匂いの正体――出来たてのリゾットを、ベッドの上に身を起こしたアクアに差し出す。
(ふーふーって……子どもじゃないもん)
むう、と眉間に皺を寄せつつ、アクアはきちんと言いつけを守る。
スプーンに掬ったそれを、ひと口。
(美味しい……)
目を輝かせてリゾットを完食したアクアの至福の時間は、
「さあ、薬も飲みましょうね」
呆気なく過ぎ去って行った。
子どもっぽいとはわかっていても、顔を顰めてそっぽを向かずにはいられない。
何せ薬が相当――苦いのである。
「そんな顔をしても駄目ですよ」
あっさりと皿を奪われ、コップと薬を渡される。
無言でじっと見詰められ、アクアはとうとう意を決してまずは粉薬を水で流し込む。
続けざまに錠剤を飲み、無意識に止めていた息を大きく吐き出した。
(うう、苦いよー)
「はい。よく頑張りました」
一瞬、何をされているのかわからずに、アクアはきょとんとする。
大きな掌が、労わるように頭を撫でてくれていた。
優しく微笑む、リュースの掌が。
(また子ども扱いされてる、けど……でも、嬉しいな)
照れ臭そうに笑ってから、アクアは携帯をタップして妹の雪かきの手伝いを頼む文章を作る。
それを読んだリュースは、あなたが寝るのを見届けてからそうしましょう、と言ってくれるだろう。
たまには、子ども扱いもいいかもしれない。
加湿器を弄るリュースの背中を見ながら、アクアはもぞもぞと横になる。
(元気になったら、リュー兄にありがとうって言わなきゃ)
●夢で誰かが歌ってた(ユラ&ハイネ)
大粒の雪が積もっていく中、『死にそう』などという縁起でもないメールを受け取ったハイネ・ハリスは、威圧感たっぷりに腕を組んでいる。
そのハイネに無言で両手を合わせて謝るのは、メールの送信者――ウイルスのせいで数日間声をなくすことになったユラだ。
鼻をぐずぐず言わせ、本調子とは決して呼べない己が神人の様子を見て、喉まで出かけていた小言をハイネは飲み込む。
「はあ……取り敢えず寝てなよ」
ハイネは小言の代わりにベッドを指差し、一度部屋から退室する。
ユラがベッドの住人になり暫く経ってから、小さな土鍋やらお椀やらが乗った盆を抱えて精霊は戻って来た。
「おかゆくらいなら食べられるだろう」
食欲など微塵もなかったユラも、ハイネが手ずからよそってくれたおかゆを差し出され、俄かに空腹を覚える。
充分に冷ましてから口に運んだおかゆは――風邪の症状のせいで、一切味が感じられなかった。
いつもならば美味しい美味しいと目を輝かせるはずのユラの表情が、まるで今の天気のように曇るのを、ハイネは怪訝そうに眺める。
「なに? 味付けは間違ってないはずだけど。……ん?」
一度レンゲを置いたユラが、年若い女性特有のスピードで携帯に何やら打ち込み始める。
まったく味がしない、美味しくない。と。
それを見て、ハイネは小さく鼻を鳴らして笑った。
「味がない? それは仕方ない。風邪を引いた自分を恨むんだね」
まったくの正論に、元よりぐうの音もなんの音も出ないユラは、味のしないおかゆを黙々と食べるしかなかった。
食べ終わったユラが人心地つくのを見計らい、ハイネはテーブルに乗っていた小さな袋から、病人にとってのメインディッシュを取り出す。
「よしよし、それじゃあ薬を……なに、その顔」
子どものようなあどけなさを残す顔に、あらん限りの拒否の意を込めたユラが、心底嫌そうに携帯画面を見せる。
『飲みたくない。味覚はないけど、苦いのはわかるんだもん』
ハイネは呆れたように片目を眇めた。
「良薬は口に苦し。自分で飲まないなら無理やり口にツッコむよ」
ハイネの、容赦も遠慮もない言葉は別段珍しくもない。
ないのだが、風邪で身体が弱り、心も弱っているユラは、いつものように受け止めきることが出来なかった。
悔しさと、悲しさと、苛立ちと。
様々な感情がぐちゃぐちゃに合わさり、目頭が急激に熱を持つ。
(自業自得なのはわかってるし、薬を飲まなきゃいけないのもわかってるけど……でも、そんな冷たい言い方しなくてもいいじゃない)
はらはらと涙を零すユラを前にしても、ハイネは顔色ひとつ変えない。
顔色を変えないだけで、実際のところ、内心はおおいに狼狽しているのだが。
「……悪かったよ。いい子だから薬を飲んでくれ」
声色に少々穏やかな色を混ぜ、言い聞かせるようにしてユラに薬を握らせる。
感情の任せるままに泣いてから、涙を拭った右手だけで、ユラは器用に文字を打つ。
『ちゃんと飲めたら、ご褒美くれる?』
「ああ。何が欲しいんだ?」
狼狽するあまり間髪容れずに承諾したハイネの前で、どこか照れ臭そうにユラは携帯を握り直す。
泣いたことが恥ずかしいのか、これから頼むことが恥ずかしいのか。
(だって、ね。ハイネさん。目が覚めたときに、独りなのは寂しいんだ)
うつらうつらするユラの手を、枕元に腰掛けたハイネが握っていた。
(起きるまで手を繋いでいてほしい、ね……正直看病なんて面倒だけど、この子が素直に甘えるなんてなかなか珍しいもの見れたし。完治するまでは付き合うとするか)
繋いだ手を軽く引っ張られ、寝惚け眼で打ったらしい拙い文章を見せられる。
『こもりうたも、うたって』
「……君、我儘が過ぎるぞ」
その後、ユラの意識が睡魔に引っ張られ出すのを待ち、小さく小さくハイネが口ずさむことを、神人は知らない。
●甘いBABY(ファルファッラ&レオナルド)
微かな物音が聞こえ、ファルファッラの意識がゆっくりと覚醒する。
目覚めたものの、発熱に慣れていない身体は頼りなさばかりを感じさせた。
目を擦り、身体を起こす。
カーテンを引かれた部屋は薄暗い。いつの間に眠っていたのだろうか。
室内のどこにも、先程まで自分を看病してくれていた精霊の姿がない。
どこにいるの? と言ったはずが、咳のし過ぎでひりつく喉からはなんの音も出なかった。
目にも鮮やかな赤毛を求めベッドから片足を下ろすと、起床のきっかけになった物音がどんどん近付いてくる。
廊下を歩く音。扉が開き、電気を点ける音。
「……ん。起きたのか。横になってなきゃ駄目だろう」
雪が積もった赤色が――レオナルド・グリムが、ビニール袋を提げて寒そうに入って来た。
ほう、と安堵の息を吐いて、ファルファッラはお気に入りのぬいぐるみが待つベッドの中へと逆戻りする。
濡れちまったよ、と嘆きながら手早くタオルで頭を拭くレオナルドは、どうやらファルファッラが寝ている間に買い出しに行っていたらしい。
布団の中でぬいぐるみを抱え、レオナルドの動きを見詰めていたファルファッラに気付いたのか、眼鏡の奥の金の瞳が細くなる。
「ほら、ファル」
ベッドの端に座り、レオナルドは袋の中から買って来たばかりの品々を取り出した。
飲料のペットボトル。額に貼る冷たいシート。フルーツたっぷりのゼリー。
消化にも良く、甘みもあるビスケット。ひと口サイズのカステラ。
「それからこれもな」
次に登場したのは、瑞々しい桃の缶詰とバニラ味のアイスである。
数回瞬きして、ファルファッラは不思議そうにレオナルドを見上げた。
桃の缶詰にバニラのアイス。
ファルファッラが今最も口にしたい食べ物たちを、どうして彼が知っているのか。
「ファルは甘い物が好きだからな。それにこの辺は王道だろう? 食べたくなったら教えてくれ」
ファルファッラの大きな双眸に宿った疑問を読み取ったのか、肩を竦めてレオナルドは事もなげに答える。
「で、これ」
最後に袋から出て来たのは、パウチ容器に入ったゼリー状の何かが三つ。
それぞれ、チョコレート味、ぶどう味、いちご味と印刷されている。
ファルファッラがぶどう味を手に持ってみれば、これで苦い薬も楽に飲める! というキャッチコピーが可愛らしい文字で書かれていた。
どの味が気に入るかわからなくてな、と独りごちるレオナルドに、ファルファッラは軽い感動すら覚えた。
(完璧だわ……何も言うことがない)
風邪をひき、声をなくしたファルファッラ自身、丈夫な身体が取り柄だったこともあってこの現状に戸惑い。
そして弱ったファルファッラを初めて目の当たりにしたレオナルドも戸惑い。
お互いに気まずい空気になったのは、本当に最初の数分だけだった。
レオナルドは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
そして今も、こうして好物ばかりを用意して甘やかしてくれている。
バニラアイスよりも甘やかな気遣いだった。
「溶けちまう前に冷蔵庫に、」
立ち上がりかけたレオナルドを留めたのは、袖を握るか細い指である。
生来鋭さが目立つレオナルドの目と、熱で潤んだファルファッラの目が視線を交わす。
『そばにいて』
口の動きを正確に理解し、レオナルドは目尻を下げて困ったように笑った。
レオナルドが座り直すのを見て、ファルファッラは満足げに横になる。
「アイスが溶けてもいいのか」
首を横に振る。
「じゃあここを離れて台所へ行っても、」
首を横に振る。
「我儘だな」
知ってたでしょう、と口を動かすと、答えるように尻尾が揺れた。
傍らの体温を感じるだけで、目覚めたばかりだというのに無性にファルファッラは眠くなってきた。
「そばにいる、だから今はお休み」
優しい声に後押しされ、眠りに就くファルファッラが最後に見たのは、綺麗な綺麗な赤色だった。
●幸福な寂しがり(ニーナ&グレン)
「寒ぃ。必要なもんは大体買ってきたし、雪がある程度溶けるまで俺はぜってー外になんか出ねぇからな」
耳と鼻を寒さで赤く染め上げて、雪が舞う外から帰還したグレン・カーヴェルは、誰に言うでもなくそう宣言して買ってきたものを手早く仕舞っていく。
濡れたコートを脱ぎ、どかりとソファに座ると、そこにいた先客が驚いたように肩を揺らした。
頭からすっぽりと毛布を被った、ニーナ・ルアルディが。
ニーナのその反応に、今度はグレンが驚く番だった。
「なんだよ、隣に座っちゃ悪いかよ」
両手をあわあわと振って否定するニーナの頬を掌で覆うようにして、お構いなしにグレンが触れる。
「熱はまだ下がってねぇか……」
そのまま掌を首筋まで滑らせている間に、ニーナの顔が風邪とは異なる理由で赤みと熱さを増していく。
身体ごと距離を詰めようとしたグレンを遮るように、ニーナが両腕を伸ばす。
恥ずかしがってはいるようだが、嫌がっているわけではなく。
数秒間考え込んで、あ、とグレンは何事か思い当った。
「まさか風邪が移る心配でもしてんのか? 簡単に移されるほどヤワじゃねーって」
図星だったらしい。
どうも他人のことを気遣ってばかりいるニーナは、ソファから立ち上がって自室に戻ろうとする。
ニーナが、どこか残念そうな表情を浮かべるのを、グレンは見逃さなかった。
グレンとのスキンシップに逐一可愛らしく喜んでくれるくせに、病が移る心配ばかりが先走っているに違いない。
「つーかお前まだ飯食ってないだろ、せめて何か食ってから部屋戻れ」
そっと腕を掴んで、ニーナも納得出来るような口実を作ってやる。
途端に、ぱあ、と晴れやかな顔になったではないか。
笑いを堪え、毛布の上から金糸の髪を乱暴に撫でる。
「わかりやすい奴」
「雪が降ったって近所の子どもとあれだけ喜び庭駆け回ってりゃそうなるよな」
「――」
「声が出ないっつってもお前の場合は顔に出やすいから助かるわ」
「――」
消化にいいものを中心にした食事を終え、処方された薬を飲み、ふたりはソファの上でいつも通りのじゃれ合いをしていた。
グレンがからかい、ニーナが声の代わりに動作と表情で応える。
(単純ってことでしょうか……褒められてるのなら、まあ……)
指摘されたばかりの顔を両手で押さえ、しゅんと眉を下げたニーナの額をグレンは指先で小突いた。
「……なんつー顔してんだ、素直だって褒めてんだよ。なんでもかんでもひとりで溜め込んで抱え込まれるよりも、ずっといい」
知らぬ間に肩まで落ちていた毛布を、グレンの手がそっと引き上げ、頭まで被せてくれる。
「しんどくねぇか? 薬も飲んだし、そろそろ寝たほうがいいな」
ほんの一瞬。
話題を変えて横を向いたグレンの頬を、寂しそうな色が掠めたように、ニーナは感じた。
揃いの指輪をつけたグレンの手を、思わず両手で握り締める。
(先程までは、喋れずとも意思の疎通が出来ることを嬉しく思っていましたが、)
こちらを見た、深く深く黒い瞳を、真正面からニーナは見詰める。
(やはり、声が出ないのってもどかしいですね)
不意に、グレンの表情が柔らかくなった。
「……なんだよ、部屋戻んなくていいのか?」
大きく頷いて、重ねた手に力を込める。
声は出ないが、愛しい彼に伝わるように、と。
自分はいつでもここにいるということが。
「ならもう少しここにいろよ」
(はい。ここに、いますね。ずっと)
その後。
水が欲しい、と一生懸命手を動かして表現するニーナが、筆談という便利な行為に思い当るのは、症状が綺麗に完治してからのことである。
無論グレンは筆談のほうがいいのでは、と当初から感じていたのだが、指輪を嵌めたニーナの手が忙しなく動く様を見たいが故に黙っていた。
「あー? 毛布がもう一枚欲しいのか?」
(お水っ、お水が飲みたいですっ)
●用法・用量は守りましょう(瑞希&フェルン)
瀬谷 瑞希は、普段よりも厚着をしただけの格好で、黙々とペンを走らせていた。
発熱は微熱程度。
咽の痛みや咳は普段の風邪よりむしろ少なめ。
現在の体温は36.9度。
二時間前から変化なし。
食後に飲んだ薬の効果を待つ。
などなど。
新型ウイルスという、ただでさえ興味をそそられる風邪に、自分自身が罹ったのだ。
声の出ない不便さもなんのその。こんなにも便利な被検体があるだろうか、と。
元より今日は買ったばかりの本を読んで読んで読みまくるつもりだった。
読書をしつつ己の病状を具に観察しようと、瑞希は気合も充分に一旦ペンを置いた。
そこへ、間延びしたチャイムの音が響き渡る。
筆談用に傍らに準備しておいた、A4サイズのホワイトボードを小脇に抱え、瑞希は玄関へと向かう。
思い当る来客は、ひとりしかいない。
「やあ、ミズキ」
予想通り、フェルン・ミュラーが、背筋を正してそこにいた。
『いらっしゃい、風邪うつさないように気をつけますね』
ボードに素早く文字を連ね、声が出ない分、愛想良く笑顔を浮かべて中へと招き入れる。
「今回の風邪は特殊な症状だから、何かあれこれ実験したりしないかと心配になってね。様子を見に来たんだ」
行動を見透かされていた気恥ずかしさから、瑞希は肩を竦めて頬を掻いた。
「ホントに全然声が出ないんだね」
そうなんです、と瑞希が書くより先に、フェルンの右手が額に触れる。
「熱は大丈夫かい」
『問題ありません』
やや乱れた文字が書かれたボードが瞬時に掲げられ、フェルンは喉の奥で笑い大人しく腕を引っ込めた。
部屋に通すと、広げたままだったノートを見たフェルンが、やっぱりね、と呟く。
「これ、のどあめとはちみつ」
持参した紙袋を軽く持ち上げる精霊に、瑞希は頭を下げて感謝を伝える。
ひとつに結った長い黒髪が、その拍子にさらりと流れる様子に目を細め、フェルンは勧められたばかりの椅子から立ち上がった。
「紅茶を淹れてあげるよ。はちみつ入れて」
その言葉を聞き、瑞希は慌ててボードに文字を並べる。
『フェルンさんはお客様です。私が淹れます』
「病人は大人しく過ごすのが仕事だ。ミズキは本でも読んでて」
正論を返され、瑞希が返答に窮している間に、フェルンはキッチンへと消えてしまった。
数秒逡巡してから、瑞希は彼の厚意に甘えることに決め、一冊の本を手に取り腰を落ち着ける。
ページを捲ってしまえば、あとはもう本の世界に飛び込むだけ。
――いったい、どれほど集中していたのだろうか。
我に返った瑞希は、自分がカップ片手に読書に熱中していたことを今更ながら実感した。
(……美味しい)
ふと気配を感じて顔を上げると、恐らくは紅茶のおかわりを注ぎに来てくれたであろうフェルンが、ティーポットを持って微笑んでいる。
「集中して読んでいたね」
『紅茶、ありがとうございます。美味しいです』
本に栞を挟み、慌てて礼を述べる。
「良かった。濃いめのストレートティーとはちみつは合うから。……はい、どうぞ」
テーブルに置かれたのは、一枚の皿だった。
絶妙な焼き加減のホットケーキが乗った皿。
「あの紙袋、のどあめとはちみつを入れるにしては大きいと思わなかった? 熱があると少し推理も鈍るのかな」
悪戯っぽくそう言って、フェルンはフォークを指し出す。
まだどこか呆気に取られつつ、瑞希はいただきます、と礼儀正しく手を合わせた。
焼きたて且つふわふわのホットケーキを食べている内に、瑞希の肩から力が抜けていく。
心底美味しそうに頬張る顔は年相応の少女のもので、見守るフェルンもつられて愉快な気分になる程だった。
「早く良くなってね」
『はい。治ったら、お礼にご飯作りに行きますね』
はちみつのようにとろりとした空気が、徐々に部屋を満たしていく。
怪我の功名ならぬ、風邪の功名だな、と瑞希は思った。
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
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マスター | ナオキ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 01月19日 |
出発日 | 01月27日 00:00 |
予定納品日 | 02月06日 |