――もしも。(真崎 華凪 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

もしも――。

あの瞬間の選択が違ったものであったならば、いま進むこの道はどんな道だっただろうか。
いまよりも幸せだったのだろうか。
いまよりも茨だったのだろうか。
考えても戻ることはできないこと――そう理解し、思いはしていても。

ときどき考えてしまう。

あの時――、あの刹那を思う。

もしも、手にした剣を振り上げる勇気があれば。
もしも、頑なであった心を溶かしてあの言葉に従っていたならば。
もし、あの手を取っていれば。
もし、この想いを告げたのだとしたら。

その先の道はどう変わっていくのだろうか、と。

それは、変わらないかもしれない道。
あるいは、望んだ未来へと続く道。
それとも、望まない未来へ歩む道。
そのいずれですらなく、不可視であった遠い、遠い道の先かもしれない。

そのどれもが、考えるほど願いの色で、考えるほど願わない答え。

今以外のどこへも行けはしないことを知っているからこそ、あの日の分岐に惑う。
この道は、本当に正しいのか。
もしも。
もしも……。

意味のない『もしも』を重ねて、憂い、喜び、悲嘆する。
そして。


そこは、フィヨルネイジャ。
『もしも』の道に、いま、立ってしまった。

選んだ人生の岐路に再び立つ。

あの日の答え。
いまは――。

解説

もしも、人生の岐路に立った時の選択をもう一度迫られたら。

その時とは違う選択をするも良し、同じ選択をするも良し、です。
また、いま思い悩むことを試しに選んで未来を思い描くのも有りかと思います。

ここでのできごとは、なにが起きても夢として、現実に影響を与えることはありません。
ですので、違う選択をして命を落とされるという悲しいもしもの未来も、ひょっとするとあるのかもしれません。
あの時命を落としてしまった人が生きている未来を、夢見ることもできるかもしれません。

パートナーさんと共にもしもの未来を歩むも、引き止めるも、いかようにもできるかと思いますので、もしもの世界を一度覗いてみてください。
眠っているパートナーさんが悪夢にうなされて起こす、とかでも問題ございません。
(基本的には自由にプランを組んでいただいて大丈夫です)

フィヨルネイジャへの交通費として、300Jrが必要です。

ゲームマスターより

すでに年も明けてだいぶ時が過ぎましたけれども、
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  天藍の夢の中の私
2人目の天藍の出現に躊躇い気味
1人目の精霊=恋人から知り合いと聞き、気さくに接してくれるのでウィンクルムとしては信頼している
とはいえ、2人での行動には恋人に気兼ね


フィヨルネイジャの私
肩を揺すり天藍を起こす
大丈夫ですか?
気付いたらとてもうなされていたので…

夢かと呟き、大きな溜息をつく天藍
顔を片手で覆い俯いたままの彼が心配
…夢見がとても悪かったのですか?

長い沈黙の後微かな声で帰ってきた、夢の中の自分に自己嫌悪しているという返答
内容を聞いても教えてくれない事に不満を感じる
ただ、余程ひどい夢だったのかとも思う

どんな内容だったとしても夢は夢です
今ここに居る天藍と夢の中の天藍は別でしょう?


アラノア(ガルヴァン・ヴァールンガルド)
  もしものEP5
EP12にて殺された事告白済


…“私”のトランスが、切れる前に…!
決意にも衝動にも似た自殺行為

だけど

…え?
なん、で?なんで殺してくれないの?
私は、せめてあなたの武器で…“私”のトランスで、死にたいのに…ッ

動揺し精神が乱れ
“私”のトランスが…消えた

あ…ああ…
酷い人
酷い人

その場に崩れて首を垂れる
なんかもう…いいや
どうでも

そのまま誰かに殺される
心に致命的な深い傷と絶望を背負ったまま


…ああ、元に戻ったんだ
いえ…何でも、ありません…



ぼんやりと空を見
深呼吸
私は…私

ふと横を見れば苦悩の顔
…ガルヴァンさん
夢を見て解ったんだけど…

あなたはあの時、正しい選択をしたんだよ

…私を助けてくれて、ありがとう


アンジェリカ・リリーホワイト(真神)
  もしも、神人じゃなかったら…私は、どうしていただろう

近所のおじさんが飼っている山羊の乳搾りを手伝い、
木こりのおとうさんの帰りをご飯を作って待ちます
いつも一緒に遊ぶ幼馴染が居て、大きくなったらその誰かと結婚して…
慎ましい生活ながら、幸せで…きっと、そのまま歳を重ねていく

…神人だったら出来ない生活だったのだと、思います
だから、神人で良かったと、思います
そうじゃなかったら、雪さまとも会えなかったと、思いますし
だから、神人で良かった





 それは初めてアラノアとガルヴァン・ヴァールンガルドがトランスをした日のできごと。

 毛で覆われた身体。鋭く伸びた爪。
 オーガの中へと入ってしまったアラノアの意識が、破綻寸前まで追い詰められていく。
 そして、なにも知らないガルヴァンは、敵であるオーガに攻撃を仕掛けた。
 それは当たり前のこと。ウィンクルムとしてなら、そうあるべきもの。分かってはいる。
 しかし、アラノアはただ、恐怖し逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
 オーガの身体に付けられる傷は、アラノアの意識にもたしかに伝わって痛みを伴う。

(嫌だ。痛い。怖い……)

 殺されるくらいなら逃げだそう。
 生きていたい。生きる道を選んで、そして……。
 そこで、はたと気付いた。

 だが、逃げてどうなる――?

 オーガは必ずウィンクルムに掃討される。
 今、ガルヴァンから逃げても違う誰かに、必ず。
 仮にここで逃げ出せたとしても、ウィンクルムから、A.R.O.A.から、世界中から掃討すべきものとして狙われ、殺される。
 オーガとなったアラノアの末路は目に見えている。
 どうせ生きられない。それならば。

(……私のトランスが、切れる前に……!)

 ガルヴァンへ力を与えたのは、『アラノア』だ。今、彼の側でアラノアのふりをしている何者かではない。
 ならば、その力で最期を迎えたい。
 それがせめてもの救いとなるはずだから。

 決意にも、衝動にも似た自殺行為だった。
 アラノアはオーガの身のまま、ガルヴァンに目掛けて猛進する。

 けれど。


 ――やはりなにか、おかしい……!

 ガルヴァンは直感的に、あるいは本能的にその違和感を警戒し、武器と己と、そして今はオーガであるアラノアの身体とを後方へ下げて距離を取った。

(……え?)

 アラノアに疑問が走る。しかし、ガルヴァンは目を凝らすようにオーガを見つめ、動かない。
 反撃をしない目の前のオーガは、なにかを苦悩しているように見えたが、その理由はガルヴァンには分かり得なかった。
 いつでも対処できる程度に武器を構えていたが、ガルヴァンはオーガの次の一手、その気配、様子、悩むなにかの糸口を探るように注視するだけに留めた。

(なん、で? なんで殺してくれないの?)

 その刃で命を奪ってほしかったのに、アラノアの願いと決意はガルヴァンには届かない。

(私は、せめてあなたの武器で……私のトランスで、死にたいのに……ッ)

 その力を与えたのは私だから。それができるのは私だけだから――!

 声にならない声がアラノアの中で渦巻いて、膨れ上がり、爆発してしまいそうだった。
 動揺し、均衡と安定を失った精神に呼応するように、『アラノア』のトランスが力を失っていく。

(私のトランスが……消えた)

「……?!」

 異変を察したガルヴァンは自らの手を眺めて、小さく呟いた。

「なぜだ」

 アラノアとのトランスは時間もさほど経っていない。たとえトランスが初めてだったとしても、その時間はあまりに短すぎる。
 ガルヴァンは至極冷静だ。精神状態に問題はない。ちらりと神人に目を向けたが、アラノアにもおかしなところは見受けられない。

 ――なぜだ……?

 答えのない疑問符に、ガルヴァンは自らの答えを出す。

「アラノア」

 傍らの神人に呼びかけると、ガルヴァンはアラノアを連れてその場を離れた。

 彼の疑問符の答えを知っているのは『アラノア』だけ。
 彼女だけがその意味を知り、そして絶望した。

(あ……ああ……)

 酷い人。
 酷い人――。

 オーガの身体がその場に崩れ、首を垂れる。

(なんかもう……いいや。どうでも)

『アラノア』の叶わぬ願いへの絶望は計り知れない。すべてを投げ出して、思考が止まる。
 そんなオーガを狙って、止めを刺したのは見知らぬ誰か。

(…………っ)

 致命的な傷を受けたのは身体だけではなく、心もだった。
 深く、深く、痛んで苦しいだけの残酷な傷痕。


 オーガが倒れた頃、控えめに微笑みを浮かべていたアラノアから表情が消えた。
 些細な変化をも見逃さず、ガルヴァンはアラノアに目を向ける。

「……どうした?」

 アラノアは自分の手を見て、先ほどの鋭利な爪を持つ手ではないことを知り吐息を漏らした。

「……ああ、元に戻ったんだ」

 身体は無事だ。ガルヴァンも無事だ。しかし――。
 胸を押さえたアラノアの心の傷は癒えない。二度と、その痛みを消すことはできない。

「いえ……なんでも、ありません……」

 どこまでも暗い表情で、取り払ったはずの敬語が戻ったアラノアはガルヴァンにそっと背を向けた。



 これは夢だ――。
 分かっていても、最後に見たアラノアの表情に、ガルヴァンは心が抉られるような衝撃を覚えた。
 現実は、ガルヴァンはアラノアを殺した。しかし、それが最善だったなどと思えるはずもなかった。
 迷い、惑い、悩み、それでもまだ……。

「俺はあの時……どうすれば……」


 ぼんやりと空を見上げていた、アラノアが深呼吸をする。

(私は……私)

 アラノアにとっての答えはすでに出ていた。なにが正しく、なにが過ちであったかは分からなかったが、アラノアにとっての最善がそこにあった。
 隣で苦悩の表情を浮かべるガルヴァンが、今もあの日を悩んでいると知って、アラノアの解を伝えねばと思った。

「……ガルヴァンさん」

 びくりと震えた彼からそっと目を逸らして、どこともつかない場所を見つめる。

「夢を見て分かったんだけど……あなたはあの時、正しい選択をしたんだよ」

 今が最善だった。
 夢のような選択は、アラノアにもガルヴァンにも、なにももたらさない。

「アラノア……」
「……私を助けてくれて、ありがとう」

 控えめに、安堵したように微笑むアラノアに、ガルヴァンはすっと痞えていたものが落ちるような感覚を覚えた。

「ああ……」

 これで、よかった――。



 もしも彼女の手を取った、最初の相手が俺でなかったなら――。

 適合する神人との邂逅を未だ果たせぬままの天藍は、自警団の一員としてオーガの襲撃を受けた一般人の避難を介助していた。
 今の天藍ではオーガに立ち向かうことはできない。
 だが、なにもしないということも、天藍にはできない選択だった。

 逃げ遅れた人がいないか。
 危険にさらされている人はいないか。
 巡らせた視線の先で、女性の姿を捉えた。
 彼女は幼い子供を庇い、オーガに立ち向かおうとしているように見えた。

 ――だめだ。

 考えるよりも早く、天藍は女性の手を取ってその場から急いで離れた。

「大丈夫か?」
「……はい、ありがとうございます」

 驚いたような顔をしてはいたが、女性は幸いにも無事な様子。もちろん、身を挺して庇っていた子供も無傷だ。
 ほっと息を吐いて天藍は彼女に背を向けた。

「ここにいれば安全だから」

 それだけを告げて天藍は介助へと戻った。
 ウィンクルムらの手によってオーガは殲滅され、状況は次第に鎮静していく。
 もう安全だ――。

 最前ではなくともできることはある。
 憧れがないわけではない。しかし、天藍に適合する神人は今も現れない。だから、現状で満足すべきなのだ。
 諦めが憧憬を追い越していく。
 そんなことを考えながら、天藍の脳裏にふと、先ほどの女性がよぎった。

 ――そういえば……。

 安全だとは伝えたが、無事だろうか。
 気になって、彼女を誘導した場所まで戻ると、そこはなにか、ざわついて騒がしくなっていた。

「避難してきた一人が顕現したらしい」

 その言葉を聞いた途端、天藍は呼吸を奪われたかのような錯覚を覚えた。
 騒ぐ人だかりの中心まで近づく。

「しかし、まさか適合するとはなぁ」
「適合した……?」

 天藍の問いかけに答えた人々の声は、どうしてか、眩暈を誘った。
 同じ自警団の精霊が契約の真似事をして、それが適合したというのだ。
 そんなこともある――。
 しかし、この絶望めいた感情はなんだろうか。
 今までも仲間が適合したことくらいあるはずなのに。

 黒い髪。宝石のような瞳。驚きながらも控えめに笑う、その人。
 追い越したはずの憧憬が、色を失くしていく。



 それから一年ほどたった頃。
 A.R.O.A.から突然の呼び出しがあった。
 適合する神人が現れた――と。

 黒い髪から覗く、あの日と同じ色の瞳。笑みを向けてはくれるが、その色はどこか躊躇いを見せている。

「……天藍だ」
「かのんです」

 知っている。
 あれから、適合した友人から彼女のことを聞いていた。二人が恋仲であることも知っている。

「あいつから君のことは聞いてる。よろしく、かのん」
「はい。こちらこそ……」

 かのんの手に契約の口付けを落とす。
 天藍は念願だった神人を得た――はずだった。
 それからは任務を共にこなすこともあり、戦闘においても信頼をされていることは感じる。
 しかし、かのんが天藍と距離を取っていることが明確に分かってしまう。
 無理もないだろう、恋人がいるのに二人きりでの任務など――。

 なぜだ。

 手のひらを見つめて、天藍は唇を噛んだ。

 あの日、彼女の手を先に取ったのは俺だった。
 それなのになぜ、仲間が彼女と契約をしている……?
 先に気付いて、あの時試していれば奴ではなく俺が契約できた?
 二人のように契約以上の絆を結べた?

 かのんは決して天藍に気持ちを傾けない。
 天藍の想いはかのんに向いて傾いでいくのに、彼女に伝えることさえできないのだ。

 先に、この手を取っていたのに――!

 思わずかのんの手を取った。
 驚いたかのんが不思議そうに天藍を見上げた。特別な感情を持たぬ瞳で。

「……足元、気を付けろ」
「あ……。ありがとうございます」

 どす黒い感情が天藍を飲み込んでいく。
 輝かしい憧憬が黒く、暗く染まっていく。

 ――仲違いをさせるか、いっそ彼奴がいなくなれば……。

 頭をもたげた黒い感情を秘め、天藍はいつも通りに気さくに振る舞い続けた。
 かのんの目には変わらず『良い人』に映ったことだろう。
 その腹の内で、彼女の恋人を陥れる策を巡らせているとも気付かずに――。



「天藍……」

 肩を揺すられ、天藍は驚いたように目を覚ました。

「大丈夫ですか? 気付いたらとてもうなされていたので……」

 額には汗が滲んでいる。
 心臓が鷲掴みにされたように痛い。

「夢……か」

 現実を理解して、大きく溜息をつくと片手で顔を覆い隠して俯いた。
 あれほど暗い感情を抱いた自分にも驚いたし、かのんに見せられるような顔ではないことなど、鏡を見ずともわかることだ。

「……夢見がとても悪かったのですか?」

 投げかけられた言葉に返す言葉が見つからない。
 心配そうなかのんを安心させてやりたいが、それすらままならないほど、ひどい夢だった。

 長い、長い沈黙のあと。
 天藍はようやく消え入りそうなほど小さな声で声を絞り出す。

「夢の中の自分に、自己嫌悪している」
「……どんな夢をみたんですか……?」
「…………」

 頭を振って、その内容を告げることは避けた。
 言えない。言いたくない。
 もちろんかのんは不満に思っているだろう。しかし、かのんは天藍の手をそっと握って、それ以上はなにも聞かなかった。
 ただ。

「どんな内容だったとしても、夢は夢です。今ここにいる天藍と夢の中の天藍は別でしょう?」

 そうだ。
 今、かのんと契約以上の絆を結び、なににも憚られることなく想いを紡いでいる。
 安堵するように息をついて、かのんの肩に頭を預けた。

「天藍?」
「ひとつだけ分かったことは、ある」
「なんですか?」
「……内緒だ」

 改めて思い知ったこと、と言ったほうが正しい。
 それは――かのんを誰よりも愛している、ということ。

 握られた手を、指を絡ませてしっかりと握る。
 その存在を、温もりを、手放したくないと独占するかのように。



 もしも、神人じゃなかったら……私は、どうしていただろう。

 アンジェリカ・リリーホワイトは生まれながらの神人だったから、神人ではない時間はないと言ってよかった。
 隠されるように大切に育てられはしたが、だからと言って神人でなくなるわけではない。
 だから、ただの人であったならば、と考えた。

 生まれた場所は変わらないだろう。
 その後は――?

 近所のおじさんが飼っている山羊の乳絞りを手伝う。
 その後は木こりのお父さんの帰りをご飯を作って待つ。
 家を出ればいつも一緒に遊ぶ幼馴染がいて、大きくなったらその誰かと結婚して……。
 慎ましい生活ながら、幸せで……きっとそのまま歳を重ねていていく。
 そんな暮らしを、していただろう。

「……神人だったらできない生活だったのだと、思います」

 もしも別の道が用意されていたとして、その道を選んだかと言われればそうとも言えない。
 たとえ、どんな過酷な運命が用意されていたのだとしても、違う道を選ぶことはなかったはずだ。
 どれほど輝くほど幸福な道だったとしても、アンジェリカはその輝きを選び取ったりはしないだろう。なぜなら。
 譲れないほど大切な今があるから――。

「だから、神人で良かったと、思います。そうじゃなかったら、雪さまとも会えなかったと、思いますし」

 アンジェリカが呟く言葉に、真神は空を仰いだ。

「もしも、か」

 もしも、今と違う自分であったなら。

「雪さまは、どうですか?」

 アンジェリカの問いの答えを探すように真神は目を閉じた。
 本来はありえない自分の姿が、思う以上にすんなりと浮かんできたのは場所柄だったのかもしれない。

「只の人であったなら、と思うことはある」

 精霊ではなく、ただの人間だったとしたら。

「そうしたならば……」

 きっとなにもなかった。
 なにも――。
 危険も、絶望も、恐怖も、孤独も、なにもないのだろう。
 それこそ、アンジェリカが思い描いたものと似たものを真神も想像したはずだ。
 けれど。

「あんじぇには会えんかったろうな」

 なにもない、その代償はなにも得られないことだ。
 この、危なっかしく、目の離せなくなる存在と出会うこともなく、ただ時間が過ぎていくだけの日々。

「大切なものはできるやもしれぬし、それなりに退屈はせぬのだろうが……」

 アンジェリカほどの存在に出会えるかと聞かれたならば、おそらく否だ。

「名も与えられぬままであっただろうしな」

 彼女が真神に与えた名は、アンジェリカが思う以上に気に入っている。
 その名を呼ばれることも、それが自らを示すものであることも。

「只の人であったなら、我も汝も、今ここには居らぬのだな」
「雪さま、私……神人で本当に良かったと、心から……」

 一瞬。
 儚げに笑みを作ったように見えた真神は、春を待つ雪のように眩しく見えた。

「当たり前だ」
「……え?」
「我と出会って悔いておるのなら、これ以上不遜なことはない」
「は、はい……」

 思わず頷いてしまったのは、先ほど見た真神が夢か幻だったのではないかと思うほど、尊大な笑みを浮かべたからだ。
 真神はアンジェリカの額をひとつ、指先で弾く。

「ひゃっ!?」

 訳が分からない様子のままのアンジェリカを尻目に、変わらず空を仰いだ。

 互いがそれぞれにただの人であったなら、本当に出会えなかっただろうか。
 可能性はもちろん高い。
 交わり得ぬ道であったのだろうと思う。
 けれど、それでも――。

「皆無ではないのやもしれぬがな……」
「雪さま?」

 聞き取れなかった微かな声にアンジェリカが耳を傾けると、真神は再びその額を弾いた。

「我は今のままで良いと思って居ると言うておるのだ」
「雪さま、痛いです……」
「あんじぇが悪い」
「どうしてですか……」
「我はあんじぇの言葉を聞き逃したりはせぬ」
「それは雪さまの耳がいいからですよ。私は……」

 ふいに、真神はアンジェリカを抱きしめる。言葉はその温もりに飲み込まれていった。

「あんじぇ。春はまだか」
「えっと、もう少し先だと思いますけど……」
「寒い」
「それはどうしようもないこと、です」
「汝が暖めれば良い」
「……雪さま……」

 半ば力の抜けた様子のアンジェリカに、真神は小さく笑みを漏らした。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 真崎 華凪
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 01月15日
出発日 01月26日 00:00
予定納品日 02月05日

参加者

会議室


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