眠れぬ夜にあなたと(夕季 麗野 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

――眠れない。
シンとした静寂に包まれた深夜、あなたはベッドの中でふと目を覚ましました。
頭から深々と布団を被ってみたり、なんども寝返りを打つなどしてもう一度寝ようと試みたのですが……やはりどうしても眠る事ができません。
おまけに急激な冷え込みのせいもあって、体もすっかり冷え切ってしまっています。

――このままじゃ休めそうにないし、起きて温かい飲み物でも飲むか……。
どうせ眠れそうも無いから、と一人寝室を起き出したあなたですが、夜に一人きりでいるのはやはり物寂しいものです。
キッチンでお湯を沸かしている間も、あなたの脳裏には大切なパートナーの事が浮かんでは消えていきました。
(今、どうしているのかな)
こんな時間だし、相手はすでに眠っているかもしれません。
電話してみようか……という考えもよぎりますが、そのせいで迷惑をかけてしまうかもしれないし、休んでいるところを邪魔してしまうかもしれません。

本当は、一言でいいから声が聞きたい。
できれば今すぐに会いたい……そんな気持ちでいっぱいでした。

体の芯から凍えてしまうほど、寒い夜。
この時間が冷たい孤独に飲み込まれてしまう前に、あなたがパートナーにしてほしい事とは一体何でしょうか?

解説

時間帯は深夜で、目が覚めたのは神人でも精霊でも、どちらでも構いません。
眠れぬ夜をどう二人で過ごすかという事がテーマとなります。
基本的には、どのような行動を取っていただいても自由です。
パートナーと離れて暮らしている方は電話してみるのも良いですし、あるいは相手の方から会いに来てくれて、一緒に過ごすと言うのでも構いません。
二人で温かいものを食べたり飲んだりしながらお喋りしても、静かに寄り添い合ってソファで暖を取るのでもOKです。
映画のDVDを観る、ゲームをして遊ぶなど、普段室内でできるものでしたらプランに組み込んでいただけます。
会話内容については、シリアスでもロマンスでもコメディでも、自由に設定していただければと思います。

パートナーと一緒に暮らしている方は、眠れなくて起き出してしまった後どうするか、と言うのは自由に決めていただければと思います。
例えば、相手の寝室にこっそり行ってみる…とかでも良いですし、相手を起こすのか起こさないのかも「あなた」次第となります。

――以前、私が女性側で【浄罪】エピソードとして出したものと内容は大きく変わりませんが、こちらの場合は神人、精霊どちらが目覚めたのかを自由に選べるようになっています。
ようは、寒いので二人仲良く過ごして暖まろう! と言うだけのエピソードですので、お気軽にご参加していただければと思っています。

※お茶代などで300jr消費しました。


ゲームマスターより

男性側ではお久しぶりです。
夕季です。
昨年は大変お世話になりました。
皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします!

さて、今回は寒い夜の過ごし方をご自由にプランにお書きください。
身も心も温まるような素敵なプラン、お待ちしております(*^^*)

リザルトノベル

◆アクション・プラン

松風 月(テリー・ジャクソン)

  寝オチしてた…
寝直そうかな…って、テリーからメールだ
文面が気になるから、電話したら3コールで出た
「メール読んだけど、どうかした?」
よく解らないけど、不思議みたいだね
「精霊じゃなくても、普通に気にしないかな」
そう言ったら笑われた
「眠くなるまでお喋り付き合うよ」
話しながら、キッチンでホットミルク作る
大学は僕の法学部と彼の獣医学部だと色々違うし
向こうからも好きなものを聞かれた
「アイドルかな」
ちゃんと理由があるよ
「人に夢を与える為笑ってることを課してて凄いじゃないか
あの可愛い中にどれだけの想いを秘めてるのか…」
テリーの感想が失礼だけど、眠くなったならいいや
俺も飲んだら眠くなったし、朝まで寝よう
おやすみ


俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
  何となく目が覚めて飲み物取りに行く途中、僅かに開いたドアの隙間に明かりが
中にいる人を察してノックして入り
問いには答えずボードの対面に座り、駒を持つ
一人でやってもつまらないだろ、これ

下の兄貴って確かネカに稽古付けてくれてた人か
武者修行に出てたっていう
…嘘だな
楽しみで眠れないって風には見えない
じっと見つめながら駒を進め、呆気ない勝利

長兄の話は初めて聞いた
グラキエス家の乗っ取りを企て、一度失敗して姿を消したが
その兄が今タブロスにいるらしい、と手紙にあったそうだ

いつもお気楽に生きてると思ってた
でも違った
詳しい事情も知らないしパートナーってこと以外は部外者かもしれないが
それでも何か力になれる事があれば…


カイエル・シェナー(エルディス・シュア)
  …眠れない
このまま無理に夜を越しても、明日の仕事に響くのは間違いない

これではいけないがどうするか
浮かんだのは、同じフロアの部屋に住む相方の事
己が屋敷にいた頃のたった一人は、ただただ静かだったが
気兼ねなく…誰かの顔を見に行けるというのは、心が幽かに安心した

音を立てないように鍵を開ける
同じ造りをした室内
全ての灯りは消えて、相手が就寝中だという事を伝えている

しかし、せっかくここまで来たのだから、と寝室まで足を運んだ
…眠っている…
それでも、じっと見ていると心地良さそうだと伝わる
普段は絶対見せる事の無い、相手の寝姿と寝顔はこの様なものなのか、と感心した

起きた相手に、一言
「ロイヤルミルクティーが飲みたい」


ラティオ・ウィーウェレ(ノクス)
  自室:
やけに冷え込む。どうにも寝れそうにない。
(数秒考える
「まあ、徹夜は慣れているし」珈琲を淹れて、資料の整理でもしようか。
その方が効率的と言うものだね。

台所:
あれ、どこにやったかな。「起こしてしまったかい?」
「いや、珈琲を淹れようと思ったのだけれど」前はこの辺りに。
「どうにも寝れなくてね。いっそ資料をまとめようかと」
「怒らないでくれよ? これでも寝る努力はしたのさ」

「そこだったのか」
「ありがとう。そういえば、そうだね」(珈琲を淹れる

「じゃあ、僕は茶の間へ行くよ。おやすみ」
「ええ?」すごく眠そうだけれど。

茶の間:
まあ、こうなると思ったよ。
「っと?」
おや。(資料を置く
暖かいねえ。(視線を外し微笑む


ルゥ・ラーン(コーディ)
  彼の帰宅時間に合わせ向ったら丁度会えた
察して貰えて「はい、お言葉に甘えて」
コンビニおでんをおみやげアピールしてにこり


部屋に通して貰いこたつで人心地をつく
聞かれて
異様な寒さで目が覚め、暖房も点かず身の危険を感じ…、と説明
それで納得してくれたので
「はい、理解者がいて下さるのは心強いです」

「私に構わず休んで下さいね」
「愚痴聞きですか? ふふ私の得意分野です」

彼の愚痴はお客のセクハラトラブル
自分にも似た経験があり共感できる話で
お酒も入り軽快な話し方もあり笑いが零れる


どうすると聞かれて返事に困るも微笑
「さあ、どうなるんです?」
目が合って近づいて抱締められるもされるままに

あやす様に背中をぽんぽん
「…はい」


●かけがえないものは、こんな日常の中に
 静寂の室内に響くのは、秒針が規則正しく時を刻む音のみ。
カイエル・シェナーは、寝台の上でゴロンと寝返りを打つと、壁かけ時計の盤面を見つめた。
(このまま無理に夜を越しても、明日の仕事に響くのは間違いない)
 ――これではいけないが、どうするか。
そう思ったとき、ふと脳裏に同じフロアに住んでいるエルディス・シュアの顔が浮かんだ。
カイエルはベッドを起き上がり、ナイトテーブルの引き出しに仕舞ってあった小さな鍵を取り出す。
エルディスから託された『合鍵』である。
(屋敷にいた頃の「たった一人」は、ただただ静かだったが……)
 名門貴族出身であるカイエル。以前までだったら、広くひんやりとした室内で孤独を噛み締めた夜もあった。
それが、今では気軽に顔を見に行ける相手が近くにいてくれる。
安堵で胸が温まるのを覚えながら、カイエルは自室を後にした。



 忍び足で踏み入ったリビングルームは暗闇に包まれ、シンとした静けさに満たされていた。
引き返そうか迷ったカイエルだが、「せっかくここまで来たのだから」と思い直し、寝室のドアをそっと開ける。
リビングと同じく明かりの消えた室内にボンヤリ浮かび上がるのは、エルディスが眠る寝台。
(……眠っている……)
 傍近くまで歩み寄って、カイエルはじっとエルディスの寝顔を見守った。
――普段は絶対に見る事のできない、エルディスの寝姿。
眠りを貪る表情は穏やかで、心地良さそうだった。
……漆黒の瞳を瞼が閉ざすと、こんな印象になるのか……と、相方の寝顔を新鮮な気持ちで見つめていたのだ。
 しかし、これに内心驚いたのはエルディスのほうだった。
(え……? 何で、俺の部屋にこいつがいんの?!)
 恐らく無意識なのだろうが、カイエルの手の平がふわりとエルディスの頬に触れている。
ひやりとした皮膚の感触に身を固くしたエルディスは、暫く狸寝入りをしていたのだ。だが――、
(なんで、こんなに冷たいんだよ)
 氷のように冷え切ったその温度を無視できるほど、エルディスは薄情ではない。これ以上放っておけなくなって、ついにベッドを起き上がった。
「……俺の顔に何かついてますかね?」
「すまない。起こすつもりはなかったのだが」
 するとカイエルはハッとした表情を浮かべ、掌を引いていった。戸惑うカイエルの顔を見たエルディスは、「驚いたのはこっちのほうだ!」と内心嘆息する。
「ロイヤルミルクティーが飲みたい」
「へっ?」
 更に、続くカイエルの唐突な言葉を聞いて、エルディスはベッドに再び沈みそうになった。
「……あのさ、ふつー人の部屋に上がり込んでおいて、言う事がそれか」
「いけなかっただろうか?」
「駄目とかそういう訳じゃないけど。……もういい、わかった」
 恐るべし天然記念物というべきか……この期に及んでそうくるとは、予想外すぎる。
エルディスは口元に零れる苦笑を堪えながら、寝台を下りた。

 その後、二人は明かりを灯したリビングのソファーに並んで座り、ミルクティーの入った温かいカップに口をつけながら、夜のひと時を過ごした。
(こんな些細な事で、心休まるとは思わなかった)
 エルディスは、隣にあるカイエルの温もりや、舌に残るミルクティーの味を「かけがえのないもの」だと実感した。
一方のカイエルも「エルディスの部屋を訪れて良かった」と、安らぎを感じていたのだ。

 何も言葉にしなくても、部屋に聞える音がなくても……沈黙は温かい湯気のように、二人の心に染み渡っていく。
――眠れない夜も特別な誰かと寄り添い合えるなら、たまには悪くはないのかもしれない。

●つながれた指先
 耳に痛い程の静寂。
真夜中に目覚めてしまった俊・ブルックスは、シンと静まり返った廊下をダイニング目指して歩いていた。
しかし、その途中で廊下に差し込む薄明かりに気がついて、ふと足を止める。
(――ネカ?)
 僅かに開いたドアの隙間から覗いているのは、俊の精霊であり恋人でもあるネカット・グラキエスの姿だった。
椅子に腰を下ろし、テーブルをじっと見下ろしているネカットの表情は真剣で――どこか思いつめているように見える。
俊はドアに近づいて軽くノックをすると、室内へそっと足を踏み入れた。



 俊が眠れなかった様に、ネカットも夜の沈黙を持て余していたのだ。
この部屋は、ネカットの趣味である古いボードゲームの類がいくつも保管されている。
時間を潰すにも考えをまとめるにも、手元を動かしているのが丁度いい。
(ここなら多少音を立てても、シュンや他の使用人の邪魔になりませんし……)
 そう考えて盤上遊戯に没頭していたネカットだが、不意にキィっという物音が扉から聴こえて来たので、ハッと我に返った。
「シュン!? なんでここにいるんです?」
 そこには、この場に居ない筈の俊が立っていたのだ。
「一人でやってもつまらないだろ、これ」
 ネカットの深緑色の双眸が驚きで丸くなるのも意に介さず、俊はボードの対面に腰を下ろして、駒を指で掴んだ。
それを見たネカットもまた、駒を握りしめて盤面に集中する。
「下の兄がタブロスに戻ると手紙をくれました。……契約相手が見つかったんだそうです。兄様も精霊ですから」
「下の兄貴って、確かネカに稽古付けてくれてた人か。武者修行に出てたっていう」
「そうなんです。楽しみで、なかなか眠れなかったんです」
 駒を進める内、ネカットの口から語られた言葉を聞いて、俊は盤から目を離した。
一見すると、ネカットの表情は穏やかで、落ちついている様に見える。
 しかし、ネカットが微笑むたびに、俊には違和感が伝わっていた。
(ネカ、全然集中できてない)
「相手はどんな神人なんでしょうか……」
 そして、勝負の行方は俊の睨んだとおりになった。
「……あっ」 
 会話しながらとは言え、いつものネカットなら絶対にしないような致命的なミス――。
この悪手が決定打となって、勝負は味気なく終わってしまった。俊は、駒から手を離してテーブルの上に下ろすと、ネカットの顔を正面から見据えて言った。
「さっきの言葉……嘘だな。楽しみで眠れないって風には見えなかった」
「むむ……。シュンにはお見通しですか」
 純粋な琥珀の双眸に「真実を教えてくれ」と迫られている。
ネカットはくすりと苦笑いを浮べた後、「契約のことは嘘ではありませんよ」と続けた。
 ネカットが打ち明けたのは、俊もまだ知らない彼の「長兄」の話だった。
なんでも長兄は、グラキエス家の乗っ取りを企てていたらしい。
一度計画を失敗してからは姿を消していたのだが、「その兄が今、タブロスにいる」と手紙には綴られていたのだ。
(いつも、お気楽に生きてると思ってた……。でも、違った)
 俊と見つめ合うこの瞬間も、ネカットは柔らかい笑みを壊さない。その微笑みの裏に、彼はどれだけの痛みを隠しているのだろう。
ネカットの過去を知った俊は、黙っている事は出来なかった。
「詳しい事情も知らないし、パートナーって事以外は、部外者かもしれない……」
 それでも。
「ネカ。俺に何か力になれる事があれば……」
 俊の素直な想いの丈を、ネカットは瞳を細めて聞いていた。
でも、大切に思っているからこそ、俊を危険に晒したくない気持ちもあって……ネカットの心は、喜びと憂いの間で波立っている。
 やがて、ボードの上に投げ出された俊の指先とネカットの指先が、そっと触れ合った。
どちらからともなく絡め合ったそれは、未来の約束を紡ぐかの様に、運命のボードの上で繋がっている。

●おやすみ
(眠れない……)
 テリー・ジャクソンは、深夜に覚醒した自分の意識を呪いつつ、この無為な時間をどう過ごすかについて考えていた。
(この部屋だと、建物に阻まれて星が綺麗に見えないしなぁ)
 星空を眺めるのを好むテリーだが、あいにくここは場所が悪い。
……かといって、こんな真夜中に外に出るのも気が乗らない。
アイディアがことごとく潰れる中、ふと思い出したのは、最近契約した神人ともう一人の精霊の事だった。
なんとなく気が向いたテリーは、ベッドサイドに置いていた携帯に手を伸ばし、メール画面を呼び出した。
送信先は、三人が知り合うきっかけになった神人、松風 月である。



 テリーが月にメール送信した、丁度その頃。
(寝オチしてた……)
 月は寝台の上で、ハッと目を覚ました。
ナイトテーブルの置時計の時刻は、深夜二時を回っている。
寝直そうか……そう思い、布団を再び被ろうとした時だった。
月は、枕元の携帯画面に「新着メール一件」の文字がチカチカ浮かび上がったのに気づいた。
「って、テリーからだ」
 すぐに手に取って、文面を確認してみると。

『夜っていつ明けると思う?』

 画面に映っている文字は、たった一言のみ。
どうにも文面が気になって仕方なかった月は、メールで訊くのもなんだと思い、通話ボタンを押した。
「もしもし……月?」
「もしもし。メール読んだけど、どうかした?」
 テリーは折り返しの電話をかけてくれた月に、驚きを隠せない。
深夜にメールをして、起こしてしまっただろうか……。テリーはそれを気にしたものの、受話器越しの月はあっけらかんと「気にしてないよ」と言う。
メールの内容も、月にかかると「よく解らないけど、不思議みたいだね」の一言で解決してしまうのだ。
 テリーは思わず、口元と頬を緩ませて笑った。


 
 二人は通話を続けながら、寝室を出てキッチンに立った。
テリーはカモミールティを淹れて、月はミルクを鍋で火にかける。
「訊きたかったんだけど、月が好きなものって何?」
 大学の話題が底を尽きた頃、テリーが月の事を知る為にこんな質問をしてみると、月からは間髪入れず答えが返って来た。
「アイドルかな」
「……あいどる」
 思いもよらない返事だった。まさか、月がドルオタだったなんて。
 すると、声音があからさまに沈んだテリーに気づいたのか、月は「ちゃんと理由があるよ」と熱弁を振るう。
「人に夢を与える為、笑ってることを課してて凄いじゃないか。あの可愛い姿の中に、どれだけの想いを秘めてるのか……」
 それは、月とてアイドル達の影の努力はすごいと思っている。
しかし、ここまで情熱的に語ることだろうか。電話回線を通じても、その熱量がひしひし伝わってくる。
「そうだね。とりあえず、残念なのは解った」
 容姿端麗で性格に難はなく、家柄だって申し分ない。
そんな完璧な好人物が真剣に語るのは、アイドルへの深い愛情……。いくらもっともらしい理由を述べようと、彼はやっぱりドルオタだった。
現実を突きつけられたテリーは残念感を拭いきれなかったが、同時に、こうも思った。
変に気取っていないところが、ボクには丁度いいんだ、と。
「キミが残念なお陰で眠れそう。ありがと」
「?」
 月はもちろん、テリーの真意は分かっていない。なんだか失礼な感想だな、とは薄々思ったけれど。
やがて、用意した温かい飲み物をすすり終わると、二人の瞼は自然と重くなっていた。

「おやすみ」
「おやすみ、残念なボクの神人」

 互いの眠りを願う「おやすみ」の挨拶は、夜明けを導く魔法の呪文へと変わっていく――。

●夜明けまで寄り添って
 夜の町並を朧に照らし上げるのは、ビルの隙間から差し込む僅かな月明かりのみ。人気のない深夜の路地を辿り、一人で家路につくのはコーディにとって日常の一ページだ。
――だが、今日はいつにもまして疲労感を感じる。
 帰ったら暖を取って、早めに休んでしまおう。
そんな事を考えながら、コーディがいつもの様に自宅前へとさしかかった時だった。
「……ルゥ?」
 玄関先に立つ、ルゥ・ラーンの背中を見つけた。
彼の醸し出す神秘的なムードは、他の誰かと見間違う筈も無い。
コーディが声をかけると、ルゥは振り返って微笑を浮かべた。
「コーディ。ふふ……良かった、丁度会えました」
 どうやら、ルゥはコーディの帰宅時間に合わせて訪ねて来たようだ。片手には、コンビニで買ったおでん入りの袋を持っている。
それを見たコーディは、すぐに事情を察した。
「ああ。もしかして避難? それなら、入りなよ」
「はい、お言葉に甘えて」
 多くを語らずとも、気持ちを汲み取ってくれるパートナーが居る――。その喜びに、ルゥは頬を緩ませたのだった。



 コーディの長屋の『訳あり部屋』は、ルゥ曰く瘴気に巣食われた場所。今夜もその『得体の知れない存在』は、ルゥに魔の手を伸ばそうとしたらしい。
「異様な寒さで目が覚め、暖房も点かず身の危険を感じ……」
「……原因は……聞かないでおく」
 みなまで語ろうとするルゥの会話を遮ったコーディは、寒気を感じてこたつ布団を被り直した。
「はい、理解者がいて下さるのは心強いです」
 ルゥもまた、柔らかく微笑みながらこたつの火にあたり、テーブルの上のおでんをつつく。マッコリの瓶を開けると、二人は暫し会話を楽しんだ。
「私に構わず、休んで下さいね」
「了解、でも僕も寝られそうもないんだよね。仕事でイヤな事あってムシャクシャしてたんだ。……愚痴に付き合ってよ」
 程よくアルコールが入ると、コーディもやや開放的になった様子だ。ルゥに顔をぐっと近付けると、掠れた声で囁く。
「愚痴聞きですか? ふふ……私の得意分野です」
 ルゥは、そんなコーディを笑顔で受け止めた。
仕事柄――また、その女性顔負けの美貌もあってか、コーディは客からセクハラ被害を被る事が多々あった。今日も例外ではなく、客商売とは言え不快な思いを味わったのである。
「その気持ち、良くわかります」
 ルゥはコーディの話に理解を示し、時折頷いて共感してくれた。静かに話を聞いてくれるだけでもコーディの心は軽くなる。
コーディは、ルゥが評判の占い師と称される理由がなんとなく分かった気がした。
 グラスに注がれたマッコリに口をつけている内に、高揚した気持ちがコーディの胸を泡立たせていく。
「……こんなに気持ち良くさせて、君どうするの?」
「さあ、どうなるんです?」
 酔いに任せ、コーディはルゥの背中へそっと腕を回した。至近距離から低い声音で囁かれると、ルゥも返答に詰まる。
 それでも、彼を拒もうとは思わなかった。
力のまま抱き寄せられると、マッコリの匂いに紛れたコーディの香りにふわりと包み込まれる。
(コーディ……)
 身動きが取れなくなったルゥは、腕をそっとコーディの背中にあてがい、ぬくもりに身を任せていた。
「ディアボロ懐かせると面倒くさいって、覚えといて……」
「……はい」
 ほろ酔い状態のコーディが見せる、弱々しさや甘さ……ルゥにはその全てが、愛おしく感じられる。
 子供をあやすようにポンポン背中を撫でてやると、コーディは気持ち良さそうにルゥの肩に顔を埋め、それから唇を吊り上げて妖艶に微笑んだ。
 二人きりの宅飲みは、夜明けまで続く――。

●預かるぬくもり
 今夜は一段と冷え込む晩だ。
やっと自室の寝台で眠りについたばかりだったノクスだったが、どこかから聴こえて来る物音にすっかり目が覚めてしまった。薄目を開けて辺りを確認してみれば、未だ窓の外は深い暗闇に包まれている。
(この夜更けに……。我の眠りを妨げるとは、良い度胸だ)
 ノクスはその鋭い瞳を怒りに吊り上げて、音の発生源の台所へと向かった。



「あれ……、どこにやったかな?」
 台所では、ラティオ・ウィーウェレが食器棚を開いたり閉じたり、忙しなく動き回っていた。
実は、中々寝付けないでいたラティオは「徹夜は慣れているし……」と睡眠を放棄。
珈琲でも飲みながら、資料整理をしようと考えたのである。
「おい、何をしている」
 そこへ、安眠を邪魔されてご立腹のノクスがやって来た。
「あ、起こしてしまったかい? いや、珈琲を淹れようと思ったのだけれど……」
「この夜更けに、何故起きていると言ってるんだ」
 だが、怒り心頭のノクスをよそに、ラティオの手はまだコーヒー豆の袋を探している。
「どうにも寝れなくてね。いっそ、資料をまとめようかと」
「フン。研究馬鹿が」
 眠る努力はしたと言い張るラティオの言葉に、ノクスは憎まれ口を叩いた。
瞼は重くて既に閉じそうだったけれども、ラティオがあちこち棚を漁るものだから、ついつい手が反応してしまう。
「――珈琲は此処だ」
「そこだったのか。ありがとう」
 迷い無く戸棚からコーヒーを取り出したノクスに、ラティオは感嘆の声をあげる。だが、ノクスは「何を今更」と不愉快そうに言った。
「誰が此処を管理していると思っている。実質は我だぞ」
「そういえば、そうだね」
 ここは本来ラティオの自宅なのだが、彼は日頃から研究に没頭しすぎる余り、整理整頓に関して無頓着だった。
よって、生活環境を綺麗に整える役目は殆どノクスが担当しているのである。
「本当に助かった。それじゃあ、僕は茶の間へ行くよ」
 お礼もそこそこに、ラティオはコーヒーを淹れ終わるとトレイに載せた。
 おやすみの挨拶をして、茶の間へ移動しようとすると――。
「誰が寝ると言った。我も起きる」
「ええ?」
 ノクスが大きな欠伸をしながら、「我も付き合う」と言い出したのである。
(……すごく眠そうだけれど)
 ラティオが見る限り、ノクスはあからさまに上体が傾いていた。黒い眼光にも、いつもの様な覇気が無い。
「貴様に付き合ってやると言っているんだ。行くぞ」
「わかった」
 だが、ノクスは言い出したら引かないだろう。ラティオはもう一つカップを用意して、ノクスの分のコーヒーを淹れ直したのだった。


 
 二人隣り合ってソファーに座ると、ラティオは早速手元の資料に目を走らせた。
いつの間にか傍で聞えていたノクスの声は途絶え、茶の間には静寂が降り積もっている。
ラティオも資料に集中し始めた、その時だった。
「……っと?」
 不意に肩に圧し掛かる重みを感じたので、ラティオが首を横にもたげてみると――。
「……すー……」
そこには、健やかな寝息を立てて熟睡しているノクスの頭が載っていたのである。
(暖かいねえ)
 ノクスの寝顔は、傍から見ても穏やかだった。
肩に預かった重さが温かくて、嬉しくて。
ラティオは手につかんでいた資料を一度、テーブルの上へと戻した。
書類の文面ではなく、隣にあるノクスの顔を今は眺めていたかったから。
 もう暫く、このぬくもりを感じていよう。
ラティオは、「ノクスが目を覚ましたら、どんな顔をするだろう」と、こっそり想像してみた。
そうすると、胸の奥がコーヒーの湯気の様にほっこり暖かくなって、自然と頬が緩むのを止められないのである。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 夕季 麗野
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 01月09日
出発日 01月14日 00:00
予定納品日 01月24日

参加者

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