quodam die(真名木風由 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 明日は、どうしようか。
 『あなた』はカレンダーの日付を見て、首を傾げる。
 一般的には年末年始の休みとも言おうか、明日は予定がない。
 パートナーにも予定がないと言うし、一緒に過ごすことまでは決まっている。
 カレンダーから目を移した『あなた』は、スマホで情報収集。
 目に留まった幾つかを検討し始める。

『年末年始はタブロスモール! 連日イベント盛り沢山!』
パートナーの借り物は?『謎掛け借り物競争』
騎士を導くのはあなた!『お姫様抱っこ競争』
運気を呼び込め、パワーストーンアクセサリーの体験教室!
期間限定! 大好評のプラネタリウムレストラン&メルヘンカフェ!
クリアランスセール、ニューイヤーマーケットも大好評開催中!

『年末年始は遊びに出会いに大はしゃぎ、ソーンミール』
カピバラ達も寒い日は温泉!
可愛い子馬が生まれました、会いに来てあげてね!
アトラクションも元気一杯、寒い冬こそ絶叫マシーン? それとものんびり?
各種教室大好評受付中! 苺ジャムにチーズ、オルゴールに草木染、全てお持ち帰りOK!
夜は何と花火が上がります!

 ぱっと目に付くのはこの辺か。

 『謎掛け借り物競争』って何だろうと思い説明を見ると、2人1組でそれぞれカードを引き、パートナーへ謎掛けをして、その品物を当ててもらい、その品物を持ってきてもらうそうだ。
 例えば、バニラアイスなら、『真っ白くて冷たい、夏の人気者。冬は暖かい部屋で会えたら贅沢だよね』というようなものらしい。
 ではお姫様抱っこ競争とは……と見ると、まぁ、その名の通りパートナーをお姫様抱っこして障害物をクリアしていくようだ。
 どちらも1位になればモール内のカフェでパンケーキセットが食べられるチケットになるらしい。
 パワーストーンはちゃんとしたお店がやるようで種類も豊富のようだし、プラネタリウムレストランは冬の星空を見ながら食事、メルヘンカフェも貸衣装でも童話の装いをして童話にちなんだメニューを食べるというのは中々ない。
 買い物や食事だってこの時期だ、この時期ならではのものがあるかもしれない。

 カピバラは確か温泉が好きらしいから、割とどこの動物園でもカピバラを温泉に入れてあげているらしい。きっかけは、飼育員が清掃に使用したお湯に皆が気持ちよく浸かろうとしていたかららしいが、見ているだけでも微笑ましくなるかも。
 子馬も見ると毛並みが純白で綺麗、ちょっと近くで見てみたい。
 アトラクションは絶叫系から、空中ブランコ、観覧車、メリーゴーランドといったのんびり出来るものがあるようだ。
 けれど、体験教室は他と一味違うから、他でも楽しめる遊園地よりも魅力に見える。
 花火が上がるのも冬の空に映えると思うと、見てみたい。

 けれど、どこに行っても混雑するのだろうし、いっそ家でのんびりしてもいいかもしれない。
 まぁ、ちょっと外に出ることがあっても、コンビニやスーパー位でもいいし。
 ……年末年始の何もない日に勿体無いのか贅沢なのかは過ごし方次第だろうけど。
 そう思った所で、また手が止まる。

『期間限定アミューズメントパーク『夢見るファンタジーア』! ヴァーチャルファンタジーでクエストしようぜ!』
 キャラを登録して、まるで異世界に行ったかのような疑似体験ゲーム!
 魔王を倒すのは君だ!

 今は、色々ある。
 現実の戦闘とは違うだろうが、現実と違うからこそ息抜きになっていいかもしれない。
 いつものジョブと同じようなジョブを選んでも面白そうだが、いつもと全く違うジョブを選んでも新鮮味があっていいかも。
 ストーリーこそ、魔王を倒す為に旅をし、モンスターを倒して突き進み、最後は決戦というシンプルなものだが、実際に体験できるかのようなものはやはり面白いだろう。

 ……そこまで考えて、今度は逆に選択肢が多くなってきたことに気づいた。
 いけない、ちょっと浮かれている。
 これではパートナーに浮かれ過ぎと言われても文句は言えないだろう。

 ここでパートナーのことが頭に過ぎる。
 1年を最も密度高く過ごす者は誰かと聞かれれば、言うまでもなくパートナーだろう。
 勿論、ウィンクルムではない生活で関わる者もいるが、ウィンクルムの任務は時としてこの命を懸けたり、この心そのものを懸けたりすることもある。その時、隣にいるのは間違いなくパートナーなのだ。

 折角だから、相談しようか。

 『あなた』はカレンダーをもう1度見て、空白の予定に小さく頷いた。

 明日、『あなた』達は何をして過ごすだろうか。

解説

●選択肢(いずれか1つのみ選択可能)
神人または精霊のプラン1行目に記号を記入し、3行目よりプランを開始してください
※同行するウィンクルムがいる場合2行目に神人の名を記載してください

ア:タブロスモールへ
食事や買い物は方向性をご提示ください
謎掛け借り物競争、お姫様抱っこ競争はどちらか1つまで
パワーストーンはお任せでもOKですが、ご指定いただけると助かります
プラネタリウムレストランは文字通り店内が冬の星空を再現したプラネタリウムのレストランで、料理はフレンチ・イタリアンで、お酒はソフトドリンクとカクテルです
メルヘンカフェは童話の人物の装い(方向性を指定ください)をしつつ、童話にちなんだスイーツが食べられます

イ:ソーンミールへ
動物園、牧場、遊園地が複合となっているアミューズメントパーク
プロローグ記載イベントの他、一般的な動物、アトラクションはあるものとします

ウ:夢見るファンタジーアへ
所謂RPGをヴァーチャルで遊ぶゲーム
世界を滅ぼそうとする魔王を倒す為、立ち上がります
ジョブは勇者(万能系)、戦士(パワータイプ)、アサシン(スピードタイプ)、賢者(魔法系)、吟遊詩人(支援系)から選べます

エ:自宅でまったり
出掛けるとしても近くのスーパー、コンビニ程度

オ:好きにして、いいのよ
双方『パートナーへの想いのみ』書いていただき、それを基に私が全て休日を構築します
所謂100%アドリブ選択肢

出会ってから今まで過ごし、どのような想いを抱いているか、相手に対する感情、それだけを書いてください
『あいつ素直じゃないけど可愛いんだぜ(以下惚気)』等

行き先や行動提示された場合は、無効とし、自宅選択と見做します

完全おまかせ選択肢、アドリブしかないので、何があっても許せる心の広い方のみ選ぶのをお勧めします

●消費jr
行動を見た上で、300~2000jrの範囲で任意消費

※補足・注意事項はゲームマスターよりをご確認ください

ゲームマスターより

お久し振りです
真名木です

今回は自由度の高い休日シナリオです
描写密度を確保したいことより、人数を絞らせていただきます

注意・補足事項
・公序良俗に反するプラン、キス以上の明確な性描写には応じられません
・お酒は外見年齢20歳未満は店側の意向でNGとなります
・各種権利関係に抵触するものについては暈した表現になります
・各選択肢におけるアイテム付与はありません
・アとイはやれることが多いですが、欲張りすぎるとプランも薄くなり、結果、ひとつひとつの描写が薄くなる場合もありますので、ある程度絞られることをお勧めします
・ウは割とコッテコテのRPGの模様。攫われたお姫様や財宝など、世界征服したいというようなものでなければ、あくまでゲームなのである程度はOKとします
・エは自宅他出掛けられて徒歩10分範囲内とします
・オは相手への感情のみとなりますが、性欲を書いてもキス以上の描写はしません

それでは、お待ちしております

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アリシエンテ(エスト)

 

何だったかしらね 初めは何とも思わなかったわ
物心ついた時には傍にいたのだもの その何処に恋だの愛だのが湧く隙間があったのかしら

両親が死んでからは、護衛体制こそ変わらなかったけれども、心も屋敷も灯りが消えたわ

気が変わったのは14歳の時の夜会かしら【9】
従者の責は、全てその主が担うもの
気がつけばエリゼの顔を平手打ちしていたけれども、2回目に同じ相手にそれをした時に、最後にエストが告げてくれた言葉に、

私の世界はモノクロから、確かに僅かに色がついた。エストが己の意思でそれを告げてくれた事に、表情には出さずに僅か驚いた


エストの背中は、当初に比べて、
不思議と、僅かな安堵を感じる程に 少しだけ大きく感じられる


アマリリス(ヴェルナー)
 

出会ってからもうこんなに季節が巡ったのね
互いに理想という色眼鏡でお互いを見ていた頃に比べれば、今は随分と本当の意味でのパートナーになれてきているのではないかしら
まあ、ヴェルナーの方はまだちょっとかかっていそうだけど…

悪い所も、いい所も知ってる
でも悪い所ばっかり目に付いてしまうのはなぜかしら
鈍いし、鈍感だし、やっぱり鈍いし
それをちゃんと言ってと何度思った事か

でもなんだか憎めないの
惚れた弱みってやつなのかしら。…まだ認める気はないけど
私ばっかり悩んでるのは不公平よね

貴方が私から離れていく事はないって知ってる
時間はたっぷりとあるの、焦る事ないわ
絶対に同じ想いを味わわせてみるから、覚悟しておきなさい


鬼灯・千翡露(スマラグド)
 

プラネタリウムレストランへ
星がキラキラしてて綺麗だねえ
ラグ君と一緒に見た(SP1)双子星もあるよ

(料理を待ちつつプラネタリウムを見上げながら)
……ラグ君、ごめんね
あれからずっと考えてたんだけど

ラグ君が、好きって言ってくれて嬉しかった、けど
私だって、ラグ君の事好きだけど
ラグ君の言う好きと、私の思う好きが、同じなのか
まだ解らないんだ……

中途半端な気持ちで、ラグ君の想いに応えたくない
ちゃんと考えるから、もう少し時間が欲しいんだ

……有難う
出来るだけ早く、頑張るからね

あ、料理来たね!
(サーモンとトマトの生パスタ)
ふふ、何だかんだ言っても一緒に食べると二倍美味しい

――だから
答えが出る日も、きっと遠くない


●絆を覚悟なさい
 アマリリスは、鏡の前でもう1度身だしなみをチェックした。
 と、春を連想させる髪を彩るツマベニチョウが気持ち傾いている気がして、直す。
「これでいいわね」
 装いに納得して、部屋を出る。
 ヴェルナーを待たせてもいけない───いい女は遅れて来ると考えてくれるような男ではない。
(出会ってからだいぶ経つもの、流石に判るわよ)
 アマリリスは、遅れた場合の、具合が悪いなら取りやめた方が、といった、方向が違う誠実な心配を頭に思い描き、軽く肩を竦めた。

 時間通り、彼らはアマリリスの家を出る。

「年末年始だけあり、どこも人は多そうですね」
「どこもそうよ。去年のクリスマス、タブロスモールで実感したでしょう?」
 アマリリスが隣を歩くヴェルナーへ、周囲に人がいないこともあって本来の口調で呆れる。
 実際は声程呆れていないのだが、朴念仁のヴェルナーにはこの位がちょうどいい。
「とは言え、場所によって程度の差はあるでしょうけど───あら」
 アマリリスが何かに気づいてその方向へ視線を遣ったのを見、ヴェルナーもそれに倣った。
 そこには、任務を共にしたこともあるアリシエンテとエストの姿がある。彼らは言葉を交わしながら、博物館の中へ入っていく。
(わたし達と劇的な差がある訳ではないけど、ウィンクルムとして任務に身を投じた時期的に彼らは先輩ね)
 アマリリスもウィンクルムとして駆け出しの頃、ある男性を救出する任務で彼女達と初めて顔を合わせた。
 今では駆け出しではないと言える程度には経験を積んだだろう。
 あれから季節も随分巡った、とアマリリスは思う。
 ……当時は、お互い随分理想という名の色眼鏡で見ていた。
 が、今は、だいぶパートナーらしくなったと思う。
「今日は企画展示をご覧になられるのかもしれませんね」
「わたし達の目的の場所より、彼女らしいわ」
 ヴェルナーが博物館前にも掲げられている看板に目を移して言えば、アマリリスは肯定と共に自分達は違う目的地であるとその先を指し示す。
 その先にあるのは、博物館と同じ公園敷地内にある温室。
 年末年始の期間限定で、薔薇の庭園が公開されており、見る機会も貴重な薔薇もあるらしく、行くことにしたのだ。
 スマホで目に留まったような目移りしそうな華やかなものではなく、寧ろ静かにしてと願われるような場所だからこそ、落ち着けるだろうと選んだ場所でもある。
「人は多くないでしょうけど、順路は複雑よ」
「はい、アマリリス」
 チケットを購入してきたヴェルナーへ、アマリリスが手を出すと、彼はその手を握った。
(言われなくてもしてほしいけど、ヴェルナーだものね)
 アマリリスの嘆息は心のみで、ヴェルナーの耳には届かない。

 温室へ足を踏み入れると、綺麗に咲き誇る薔薇が飛び込んできた。
 色や種類も多彩な薔薇だけあり、白薔薇のみで形成されたアーチなどもある。
「植物には詳しくありませんが、これは見事というか……手間が掛かっているものですね」
「それはそうよ。愛情を込めて世話をしていなければこれ程見事にはならないものよ」
 ヴェルナーはアマリリスに言われ、納得する。
 物を言わぬ存在だからと言って、心がない訳ではない。
 薔薇も愛情を掛けた分、その心に応えて咲き誇るのだろう。
(私だけでは、判らなかったかもしれない)
 ヴェルナーはそう思いながら、薔薇を見るアマリリスを見る。
 ずっと心待ちにしていた神人は、守られるだけの存在ではなかった。
 自分がどれだけ理想という色眼鏡でアマリリスを見ていたか反省したものだが、色眼鏡が外れたのはアマリリスがアマリリスだからであり、他の誰かが出来たとは思えない。それは確信を持って言えることだ。
 自分では思いもつかない視点、切り口はヴェルナーの今まで見えなかった部分を見せ、見えていた部分もより鮮やかに色づかせる。
(だから、あなたはあなたなのでしょう)
「ヴェルナー」
 足を止めろとばかりにアマリリスがヴェルナーの手を強く握った。
 ヴェルナーが足を止めると、既に足を止めていたアマリリスが自身が見ていた方角へ歩いていく。
 薔薇の手入れをしている男性の姿を見つけたのだ。
 男性は自分に向かって歩いてくる2人に気づくと、その手を止める。
「ウィンクルムの方ですか。今日は足を運んでいただき、ありがとうございます」
「見事な薔薇で、心が癒されてます」
 瞬時にして猫を被ったアマリリスが男性へ丁寧な微笑を向ける。
「ありがとうございます。私も薔薇の育種家としてはまだ日が浅いものでして、そう仰っていただけると励みになります」
「育種家……品種改良が専門ですの?」
 武門のヴェルナーには馴染みがなかったが、蝶よ花よと育てられたお嬢様のアマリリス、その単語は知っていたようだ。
 ええ、と男性は微笑むと、奥に向かって、「そうび」と声を上げる。
 少しの間を置いて、男性と年も近そうな女性が出てきた。男性の妻だそうだ。
「実は、妻が事故でもう2度と歩けないという程の怪我をして、塞ぎ込んだ妻の慰めになればと窓から見える場所に薔薇を植え始めたのが切っ掛けでした。が、妻は私だけずるいと思ったらしく……リハビリに励み、奇跡的に回復し、今は2人でこの仕事をしているんです」
「薔薇がお好きだったのでしょうか」
 ヴェルナーが薔薇を選んだ理由を尋ねると、そうびと薔薇の異称を名に持つ妻が笑った。
「名前の通り、それもあるみたいですが、この人単純なんで、動けなくて季節が実感出来ないなら、薔薇の色で季節の色を再現したいと思ったらしくて」
 色も品種も多彩で、妻と同じ名前───それが、薔薇を植える最初の原点だったそうだ。
「薔薇の色で季節の色を?」
「ええ。今もその夢はありますけど、ちょっと変わりました」
「変わった……?」
 アマリリスが問うと、男性は寒緋桜を連想させるような花弁を持つ薔薇へ視線を移す。
「季節の色を再現する薔薇を生み出すのは、私達だけでなく、世界中の薔薇の育種家で行いたいと思うようになったことですね」
 この温室の薔薇も彼ら夫婦だけでなく、多くの薔薇の育種家のものである。
 彼は、自分だけの夢ではないと言う。
「例えば私はこの色の我が子を新しく生みましたが、ソメイヨシノのような色合いの子やヤエベニシダレのように花色を変化させて魅せる子も生み出してみたい。ですが、他の色を生み出す人は別の人であって欲しい」
 晴れる青空も染まりゆく夕暮れも夜空も。
 それだけではない、月も星も雪も春を告げる緑も。
 世界中の薔薇の育種家で生み出したい。
「私達は私達だけで生きている訳ではないでしょう?」
「軌跡の夢ですわね。素敵な話を聞かせていただき、ありがとうございます」
 そう微笑むアマリリスの横顔をヴェルナーは見る。
 出会った頃からアマリリスはアマリリスだが、最近雰囲気が変わっているような気がする。気の所為だろうか。
(機を見て、アマリリスに聞いてみましょう)
 だから、朴念仁と思われるのだが。

 夫婦達に礼を告げて別れ、再び歩き出す2人。
「彼らの夢は、ただ素敵なだけではないわ。わたし達としてもとても学ぶ所がある」
「学ぶ所、ですか?」
 アマリリスの言葉にヴェルナーは首を傾げる。
 ヴェルナーも彼ら夫婦の夢は敬意を払うものだと思うが、門外漢の分野でもある為、自身に活かせるものなのか判断がつきかねる。
(鈍いわね。……判ってるけど)
 いい所も悪い所も知っているが、やはりこの鈍感に目が行き易いのは……認める気はないが、そういうことなのだと思う。
「言ってたでしょう? 自分達だけで生きている訳ではない、と。それはわたし達も同じ。ウィンクルムとしてだってわたし達だけで勝てる勝利なんてたかが知れている。わたし達だけではなく、全員で戦うからこそ強大な存在に立ち向かえるでしょう? それこそ、世界はわたし達そのものを表す絆<ウィンクルム>じゃない」
 ヴェルナーは足を止め、彼らがいた場所をもう1度振り返った。
 既に彼らは薔薇の手入れに戻っており、その慈しむ眼差しは薔薇に注がれている。
「わたし達の力なんてひとつひとつは小さい、けれど束ねれば大きな力になる───ウィンクルムとしてはこうした論理になるのでしょうけど、薔薇の育種家ならば全員で生み出せば巡る季節を薔薇の色で再現出来るという論理になるでしょう?」
 実現が出来るかどうかは脇に置くとして、彼らは1人では成し得られないことも全員でなら成し得られると信じている。
 それこそが、学ぶべき所だ。
「そして、ウィンクルムの最小の単位は、神人と精霊ですね」
 薔薇の手入れをする彼らを見ながら、ヴェルナーは漏らした。
 自分では気づかなかったと思うから、確実に言えることがある。
「流石アマリリスです。あなたに出会えて良かった。女神ジェンマの巡り合わせに感謝したいです」
 アマリリスは不意打ちの一言に心臓を跳ねさせつつ、一言言ってやる。
「女神ジェンマに感謝、なの?」
 鈍感。
 憎めないけど、言葉で欲しいと何度も思わせるだけのことはある。
「アマリリス自身は勿論、アマリリスのご両親や出会ってきた皆様方に感謝するのは当たり前です。ですが、女神ジェンマが、アマリリスに相応しいのは私だと推挙してくださらなかったら、私はアマリリスの精霊になれませんでしたから」
 言ってる意味に気づいた方がいいわよ。
 アマリリスはその言葉を言わないでおく。
 自分だけ悩んでいて不公平という思い以上にその一言で決めたことがあったから。
「アマリリス?」
「あなたのそういう所が、あなたなのよね」
 沈黙したアマリリスを気遣い、ヴェルナーが声を掛ける。
 気づかれないだろうと決めたことを仄めかすアマリリス、ヴェルナーの気づいていなさそうな表情に予想通りと心の中で呟いた。

 温室を出た彼らは、薔薇に関連するグッズが販売されているという近くの売店へ足を運んだ。
 今日の記念に何か買おうということで、アマリリスは薔薇の栞を手に取った。
「買われるのですか?」
「ここに書いてある花言葉も今日を思い出すものだから」
 ヴェルナーが声を掛けると、アマリリスが花言葉の紹介を指し示す。
 ピンクの薔薇の花言葉に、温かい心、とある。
 なるほど、とヴェルナーは思った。
 アマリリスの瞳を思わせるような色合いだし、温室で聞いた話を思えば、この選択にも納得が出来る。
「では、私も記念に。本を全く読まない訳ではありませんから」
 ヴェルナーが自分の瞳の色とは少し色合いが違う青い薔薇の栞を手に取った。
 自分の瞳の連想よりも、夢が叶うという花言葉の紹介を見て、これがいいと思ったのだ。
 初めて会った時、何の根拠もないのに確信した。
 待ち侘びていたからではない。
 それなら、時を重ねるごとに確信したその思いを強くしたりはしない。
 アマリリスとなら、きっと夢を叶えることが出来る、と。
(……色々な意味があるのだけどね)
 先に会計を済ませたアマリリスは会計を済ませるヴェルナーに気づかれないよう、栞の側にあった花言葉の紹介を見た。
 花言葉は、ひとつの言葉だけで構成されてない。
 ピンクの薔薇にも、温かい心以外の意味もある。
(離れていかない確信はあるわ。だから、焦ることはないの)
 もう残り少ない時間だと思う必要がないのなら、その選択を行う。
 アマリリスは、会計を終えてこちらへやってくるヴェルナーを見た。
 朴念仁、わたしがただ待っているだけと思わないことね。

「今日は充実していました」
「思い掛けない話も聞けたものね」
 アマリリスがヴェルナーの感想に応じると、ヴェルナーは「それもありますが」と認めた上で、充実の理由をこう語った。
「私があの話の本質に気づけたのは、アマリリスがいたからだと思います。私だけでは気づけません」
 ヴェルナーは色を変え行く空を見上げ、白い息を吐き出す。
「だから、私達は、絆の名を持つ存在なのかもしれませんね」
(女神ジェンマがもし、別人を推挙したなら。あなたはその人にもそう思えたのかしら)
 方向性としては間違っていないが、乙女心としてはしっかりその先を言って欲しい部分である。
 ヴェルナーにそれを期待してはいけないと解って───
「アマリリスではない方と巡り会っていたら、それもなかったかもしれません。やはり女神ジェンマに感謝、ですね」
 何の気なしに言っていると判る言葉が、予想外に出た。
 本人としてはこちらの心情お構いなしに凄い真面目に言っているのだろう。……朴念仁だから行えたミラクル。
 今日の充実の理由を満足そうに語ったヴェルナーは、沈黙しているアマリリスを見た。
「アマリリス?」
「いいわ、時間はあるもの。そろそろ帰りましょう。ゆっくりと」
「……? ええ、ゆっくり帰りましょう」
 不意打ちに不覚にも頬を染めたアマリリスへヴェルナーが微笑んだ。

 季節が巡っても、あなたが離れないなら。
 絶対に同じ想いをさせる。
 それで、後で言う。
 「わたしがどんな想いでいたか、判った?」ってね。
 だから、覚悟なさい。

 口にすることはない心の声がアマリリスの心の内でメロディとして奏でられる。
 その音を知るのは、アマリリス本人と手首に揺れるシンフォニーブレスだけ。
 今は、それでいいのだ。

●確かなものは、たったひとつ
 見上げると、月が真円を描いている。
 その周囲には鈴蘭が咲き誇っており、右手には剣がある。

 何を、誓う?

 問われるまでもない。
 勝利だ。
 不安定な存在相手だろうが、己の心に確約出来るからだ。

 では、何故誓える?

 決まっている、とアリシエンテは思った。
 くだらない質問とばかりに口を開こうとして───

「夢……」
 アリシエンテは、輝く黄金の瞳をぱちりと開けた。
 夢に意味を求めても仕方ないけど、そんな問いを投げるなと返したかったと思いつつ、ベッドを抜け出る。
 身支度を整え、最後に自らの瞳と同じ色をした文字盤の腕時計を手にした。
「今日はブレスレットでいいわよっ」
 語りかけて裏返せば、海のサファイアの異名を取るアイオライトが今日の未来の導を示すようにそこにある。
 時計が要らない意味を確かめるようにドアを開ければそこには既にエストがいた。
「おはようっ、エスト」
「おはようございます、アリシエンテ」
 いつも通り、彼は左胸に手を添え、恭しく頭を下げた。
 アリシエンテの今日という時は、この瞬間より刻まれる。

 朝食を終え、身支度を整えた後、アリシエンテとエストは家を出た。
 目的は、タブロスの新市街にある博物館での企画展示である。
 この博物館は元々の規模も大きく、常設展示も見事なものだが、今回の企画展示はミットランドの一地域に特化しており、普段お目に掛かれないような展示物もあるとのことで、行ってみようとなったのだ。
 過去のあり方に囚われるつもりはないが、知識として有しておく意味合いは知っている。
「思ったより人が多いわねっ」
 が、時期を考えれば当然だろう。
 それでも、子供がいない分他の観光地よりは混雑していないのかもしれない。
 アリシエンテはエストを促し、博物館の中へ入っていく。

 博物館は常設展示も含め、興味深いものであった。
 が、やはり目的の企画展示はより人が多かったものの、その期待通りである。
 ある地域の歴史であり、そこには戦いがあったり、講和があったり、一言では語れないものがある。
 当時の書物や時を経た調度品、その当時の人々の一般的な食事のメニューなどが展示されているのを見ていくと、エストが足を止めた。
 ちょうど、中庭が見えるような位置に大振りの剣が飾られている。
 時を経て刃も変わらないのかどうかは、鞘に収められている為、確認することは出来ない。
 が、儀礼用ではないのか、質素ではないが華美でもない装飾ある鞘と柄には時を経ても確認出来る程の戦いの痕跡があった。
「この剣は、今も振るえるものなのかしらねっ」
 アリシエンテが剣を見て、呟く。
 戦いの痕跡を見れば、実戦で振るわれる為に生み出された剣であることは判る。
 見える範囲だけで言えば、剣の主に癖があったようにも見受けられるが、それらを正確に鑑定出来る程の知識はないので、あくまで想像だ。
「その剣は、折れてますね」
 不意に声を掛けられ、アリシエンテとエストは振り返った。
 年配の女性がおり、女性はこの地域の、この剣が生まれたと推測される頃の時代を研究する歴史学者と名乗り、2人が見ていた剣を見る。
「この剣は、この地域を故郷とし、人々を守ったとされる傭兵のものだとか。この傭兵の為だけに作られたので、彼以外でなければ振るえないだろうという一点物だそうで、それ故に復元されなかったとか。晩年の彼が、この剣には心が宿っているので折れても捨てないで共に在ると言っていたと記述がありますね」
 その歴史が真実であるかどうかは、実際は不明だ。
 書かれた物によっては客観的に見て信憑性に欠けるというのも歴史書にはある話で、その信憑性の判断は後世の者の仕事だ。
「心が、宿る……ですか」
 エストが反芻するように呟き、剣を見た。
「その傭兵は皆を守る為に率先して前に出て、敵を倒そうとしたそうですが、死を覚悟して尚前線に立とうとした時、剣が自ら折れた、という記述もあるのですよ。それ故に彼は後退し、死ななかった、と」
 どこまで本当かは今後の研究次第になるようだが、この女性はその記述を真実と思っているようだ。
(私は……)
 エストは、ガラス越しの剣へ呟いた。
(貴方が、羨ましい)
 何故、そう思ったのだろう。
 だが、漠然とそう思う。

 思えば。

 自分は、言われたことに忠実だった。
 その理由を突き詰めて考えても、明確には出せない。
 どうでも良かったのか、と問われるとそうかもしれないと思う。
 物心ついた時には何もなかったから、それがどういうことなのか知る機会に恵まれていなかったし、思考が巡る有様でもなかった。

 かつての主エリゼも、アリシエンテも───誰が主でも同じ……その瞬間まで明確に思っていなかったが、その瞬間を迎え、そして、今ここに共に在ることを思うと、そうだったと思える。

 大理石の床が砕いたのは、グラスではない。
 往来に響いたのも───

(……貴方は、はっきりと己が判っていたのでしょう。それが羨ましい)
 エストは、物も言わぬ剣にそう思う。
 真実の詳細は判らないが、この剣が主たる傭兵を愛していたのは間違いない。
 刃は折れているが、傭兵は死ぬまでこの剣を愛していたのだろうということは判る。
 何故そう感じたかは自分でも解らないが……。

 アリシエンテの忠実な手足でありたい。

 ……手足以上でありたい。
 心にある私の想いが香りとなってアリシエンテを包むように───

 相反する想いのどちらが正しいのか、答えが判らない。
 だから、折れてまで愛する者を守ってみせたこの剣が羨ましい。

「エスト?」
 女性から逸話を幾つか聞いたアリシエンテは彼女が立ち去って尚、エストがずっとその剣を見ていることに気づいた。
 物心ついた時から彼がいるのが当たり前で、恋や愛を感じろと言われても無理だとは思う。
(でも、両親が死んだ後もエストの護衛体制は変わらなかったわね)
 生まれながらにして神人に顕現していたアリシエンテに契約するまで護衛がつくのは当然だ。
 神人として戦うことを心に刻めたのも、生きていればこそ。
 それを理解しているから、アリシエンテは危険な戦いに躊躇いを持たない。
 力ある者がその力で戦うのは当然のことだ。
 両親の死という形で灯が消え、屋敷だけでなく己を構成する世界がモノトーンとなっても変わらなかった。
 変わったのは───

『アリシエンテが、私の主だからです』

 社交界デビューを果たしたあの夜と同じようにエストのかつての主を平手で打った。
 従者の責は全てその主が負う者……自らの責を従者に背負わせる者もいるだろうが、アリシエンテからすれば論外である。
 主である自分が従者たる彼の侮辱を看過しないのは当然のことだ。
 けれど、エストは自分の為に手を汚す必要はないとアリシエンテを諌めた上で、自らの意思でそう口にしてくれた。
 表情にこそ出さなかったが、僅かに驚いたのははっきり断言できる。
 その瞬間、世界が僅かに色を取り戻したから。

 不安定な存在に勝利を誓えるのは、己の心に必勝を確約しているから。
 己の心に必勝を確約出来るのは───

 自身の背中の脅威を考える必要ないからである。
 木偶ではない鷹の眼が自身では捉え切れない脅威を見つけ出すからである。

 死出の旅路を共にする存在が、そこにいるから。

 振り返らずに前を往く為に『見ない』その背に感じるのは、不思議とした微かな安堵だ。
 護る為の最良の方法が危険に近づかせないことと考えた彼は、自ら折れることで主を護る道を選んだ剣に自らを見ているとでも言うのだろうか。

『この身砕けようとも、貴方に従いましょう』

 あの返信にどれ程安心したか、エストは解っているだろうか。

(……でも、ムッツリよね)
 アリシエンテはアイオライトが煌く銀細工の指輪を差し出したあの日を思い出しながら、改めて思う。
 あの時は気づかなかったが、あれを破廉恥と思ったということは、少なくとも心清らかで欲が少ないということはないだろう。
「失礼しました、アリシエンテ」
 エストがアリシエンテの視線に気づき、振り返る。
「聞いてなかったと思うけど……その剣、待っているという逸話があるそうよ」
 平和な時代まで生きたその傭兵は老いて死ぬ間際、剣を撫でて、再会を約束したという。
 だから、剣は再会の瞬間まで主の夢を見て待っている。
 アリシエンテからそれを聞いたエストは振り返ってもう1度見る。
「私は先に死ぬつもりはないし、貴方を先に逝かせるつもりもないわ」
 エストが振り返ると、かつて神々しい光に照らされているように見えたと思うアリシエンテは口の端を上げた。
「行き着く先が地獄であれ、安心出来るというのはそういうことよっ」
 エストは、あの時あの差し込む光に気づかなかった今までの自分を恥じた。
 けれど、また、同じように恥じた。
 アリシエンテは、雷鳴であり陽───私の光そのもの。
 何かは、壊れるべくして壊れていくのではない。
 私の世界は、私の光によって変革しているのだ。
 エストは、もう1度剣を見つめる。
 時を超えたその剣は、エストの答えを最初から知っているように見えた。
「佳き夢を」
 エストは呟き、剣に会釈をした後、振り返らずアリシエンテの後を歩いていく。

 博物館を出ると、アリシエンテが冬の空気を思いっきり吸った。
「まだ時間あるわね……っ。次はどこに……」
 言い掛けてから、アリシエンテは何かに気づき、振り返ってきた。
「今何時?」
 エストはすかさず蒼氷時計を取り出し、美しく輝く紋様がある蓋を開け時計を見た。
「まだ2時前です」
「なら、まだゆっくり出来るわねっ」
 午後を回っているから遠出は出来ないだろうが、タブロスモールからも離れている訳ではなく、昼食を食べる店もあちらの方が豊富である。
 こうして、2人はタブロスモールの道を歩いていく。

 タブロスモールは博物館以上に混雑していた。
 期間限定のプラネタリウムレストランもメルヘンカフェも混雑が予想されたし、遅い昼食を優先させたい気持ちもあり、ごく普通のカフェレストランのランチで充実させると、雑踏の中を歩く。
「イベント関係は時間が合いそうにないわねっ」
 興味を引くイベントもなかったので問題ないけど、とアリシエンテ。
 エストもアリシエンテが興味を抱くようなイベントはないと思う。特にお姫様抱っこ競争は最たるものだ。
(そもそもアリシエンテの脚が他の誰かに見られてしまうなど……)
 今日のアリシエンテの装いはスカートだ。
 トレンチとスカートの隙間から彼女の脚がそのような形で衆目に晒されるなど論外も論外である。
 任務に臨む際は防御も考慮して脚はタイツなどで見せていないので許せるが……。
 頭に過ぎったのは、水の中でその太陽を抱き締めた時のこと。
 相反する思いは、この時は寸分違わぬ一致を示した。
 却下、と。

 買い物の後立ち寄ったカフェで、アリシエンテが通りの向こうに気づいた。
「あの方角、プラネタリウムレストランだわ。彼らはそこで食べるのかしらねっ」
 アリシエンテの視線の先には鬼灯・千翡露とスマラグドの姿がある。
 先の氷塔浄化作戦において、セイント・チャペルの行き先が一緒だった筈だ。
 正確に言えば時を共に過ごした訳ではなく、作戦概要を聞いた場で見かけただけだが。
「機会があれば、どういうものだったか聞いてみてもいいわねっ」
 楽しそうに言うアリシエンテの顔をエストは見る。

 問いが頭の中で響く。
 どうすればいいのか判らない。
 だが、ひとつ確り言えることがある。

 アリシエンテは、言葉で語れるような女性ではない。
 光であり、世界のような女性。
 私の、全て。
 アリシエンテが戦いで見せる表情も今見せる表情も1番近くで見る存在でありたい。
 この誇り高き愛おしい女性を奪われたら自分は世界を失う───魂の死を迎えるだろう。誰にも譲りたいと思わない。
 手足だろうが、それ以上だろうが、それは同じだ。

「エスト、どうかした?」
「いいえ、何でもありません」

 視線に気づいたアリシエンテがエストの口にこの上もなく幸せそうな笑みがあることに気づき、問うが、エストは答えない。
 ただ、その微笑を浮かべるダークゴールドの瞳には、意思がある。情熱の赤とは違う色がある。
 今度は、驚いたりしない。

「そう」

 アリシエンテはそれだけ言い、カップに口をつける。
 当たり前の幸せが染み渡っていく理由は、判っていた。

 エストが、私と共に在るから。
 私の手足ではないから、私達は共に往ける。
 簡単な言葉で私達を語ることは出来ない。
 けれど、今共に在ることが何よりもの真実。

(貴方も、そう思ったかしら?)

 アリシエンテはエストが見入っていた剣を思う。
(でも、案外、貴方も小うるさくて厳しいと思われてたかもしれないわね。エストじゃないけど、少し似てるかもしれないから)
 アリシエンテは振るっていた主がどのような想いだったかも想像してみて、ちょっと笑う。
 想像通りであったとしても、あの剣は優しいから、護る為に折れたのだろうし、主もそんな剣を愛したのだろう。
 私達は、貴方達じゃない。
 けれど、私達は共に在る。

「そろそろ帰りましょっ」
「はい」

 月が輝く空の下、家路に着く。
 その足取りの確かさこそ彼らの真実。
 そして、共に往くことを改めて感じる瞬間。

●星の囁きに耳を傾けて
 陽が落ち、もうじき夕食の刻限になろうと、タブロスモールは混んでいた。
 既にイベントと呼ばれるようなものは全て終わっており、買い物客位だと思ったが、その買い物客が多く、行き交う人々もまだ帰る兆しを見せない。
「この時間になら、少し落ち着くと思ったのにね」
「この時間でそれはないと思うけど」
 千翡露が周囲を見回しながらそう言うと、スマラグドは呆れて肩を竦める。
 時間帯がモールの閉店間際なら話は解るが、今はそういう時間でもない。そろそろ夕飯はどこにしようかなどという相談が出るだろうから、飲食店以外は落ち着くかもしれないが、買い物する用事は特にない。
 今日は家で絵を描いていた千翡露と邪魔する訳にも行かないので読書していたスマラグドの唯一の用事ことプラネタリウムレストランは飲食店である。
 レストランの予約は夕食時であったが、2人ということもあって、何とか間に合ってくれたお陰で、かなり待つとかそもそも入れないということはなく、その点の心配はないのだけど。

(星、か)
 スマラグドは、心の中で呟いた。
 切っ掛けは、夏だった。
 A.R.O.A.に立ち寄った帰り道、タブロス郊外の川沿いを歩いていた時……千翡露は諦めにも似た無表情で満天の星空の中を流れる星を見つめていた。
 その表情が気に掛かり、映画のレイトショーへ誘い、その帰り道に千翡露自身の口からその理由を聞き、彼女の『独り』を知る。
 星空へ行くことは出来ないだろうと涙を流していた。
 何も出来ない空虚を抱き、自分を赦さないでいた。
 育ててくれたという姉夫婦を千翡露の話の範囲でしか知らないスマラグドは彼らが何を想ったかについて語ろうとは思わない。知らない者が知ったように語るなど驕りである。
 だから、あくまで自分という存在が千翡露を守り、傍にいる誓いを言葉よりも行動で示す、それだけ。

(大切なのは、ウィンクルムだからじゃない。ちひろだから)

 ウィンクルムになった『リュロ』の隣には相棒ではない存在がいた。
 あの心の靄を解き放った時、千翡露は自分の服が濡れるのも構わず泣き止むまでずっと抱き締めてくれていたのだ。
 だから、今があるのかもしれない。
 不満と思う契約を良しと思えたのは、千翡露に出会えたから。

「そういえば、A.R.O.A.からも離れてないから、ウィンクルムの人もいるね。休日なのか寄り道なのかは判らなかったけど」
「別にどっちでも珍しくないと思うけど」
 千翡露がふとそれを口にしてきたが、スマラグドにとって興味ある話題ではない。
 必要があれば話は別だが、自分自身が他のウィンクルムと交流する必要を取り立てて感じていない為、そちらに興味を振っておらず、行き交う人々の中にウィンクルムがいたかどうかさえ気づいていなかった。
 が、千翡露はたまたま店の内装が興味深いと目を遣ったカフェにウィンクルムの文様を手に抱く2人を見つけ、どこかで見たような気がすると少し留めていたのだ。(言うまでもなくアリシエンテとエストであり、彼らはより正確に2人を認識していたが、この辺りは各々の個性だったり認識の差によるものが大きいだろう)
「タブロスでは石を投げたらウィンクルムに当たるとかはないにしても、A.R.O.A.に近い所でならウィンクルムだけじゃなくて、職員がいることも珍しくないだろうし」
「職員の人って、やっぱり休みがないのかな」
「さぁ?」
 スマラグドがオーガやギルティがその辺りを考慮してくれる訳ないと言わなかったのは、千翡露の過去が過去である為、そこに触れた言葉は使用したくなかった。
 先の大きな戦いも終わったばかりで事後処理もあるだろうし、日常の業務も考えれば、ウィンクルム達の見えない箇所で業務していると思った方がいいだろう。交替で休みはしているにせよ、組織の性質上組織全体が休んでいるとは考え難い。
「それより、そろそろ少し急がないと予約の時間に遅れるよ」
 スマラグドはそう言って話を切り上げ、千翡露の手を引いた。
 それは古代の森の時のような指を絡めた繋ぎ方ではなかったけど、ごく自然だったから、千翡露は逆にあの時重ねられた唇の感触と悪戯な笑みを思い出す。

『だって、好きな子だからね』

 一瞬、何を言われたか判らなかったあの時から探してる。
 探してる今、スマラグドに手を引かれ、星を見るレストランまでの道を歩いている。
 千翡露が喉の奥の息を吐き出すと、言葉もない白い息がふわっと上がって、音もなく消えていく。

 プラネタリウムレストランへは予約時間ちょうどに到着した。
 係員に案内されたその先、天井には満天の星が煌いている。
「星がキラキラしてて綺麗だねえ」
 千翡露が他のテーブルの邪魔にならない声で言い、描かれた空を指し示す。
 描かれているのは、季節に相応しい冬の星空……古代の森で見上げた星空と同じではないが、再現されたものだ。
 指し示された先で輝くのは、あの日その想いを託した『双子星』。
「ラグ君と一緒に見た『双子星』もあるよ」
「あるな」
 教えられるまでもなく、冬の星空で最も輝く星。
 スマラグドは千翡露が何故ここのレストランを選んだか判った。
 あの日を思い出す意味を考えれば、当たり前と言えば当たり前なのだが。
 メニューを広げると、お手頃なものから高額のものまで様々な種類の料理が飛び込んでくる。
 条件はあったが、ウィンクルム限定のサービスでコース料理を楽しませてくれたレストランとは違うのだから、身の丈に合わない値段の料理に手を出すべきではないだろう。
 が、それでも種類を取り揃えており、どれにするか決めるのが難しい位だ。
「サーモンとトマトの生パスタで、飲み物は紅茶で」
「ボンゴレビアンコ。飲み物は白葡萄ジュース」
 オーダーを取りに来た店員にパスタとセットの飲み物を注文し、店員が離れていくと、テーブルに僅かに沈黙が舞い降りる。
 他のテーブルも料理を待つ間はそうなのか、賑やかな声は聞こえず、時折店員が注文を取る声が僅かに聞こえたり、星のことを話す声が途切れ途切れに聞こえる程度だ。
 スマラグドは敢えて、自分から声を発さない。
 きっと、『そう』だから。
「……ラグ君」
 やがて、千翡露が声を発した。
 スマラグドが頭上に描かれる星から千翡露へ視線を移すと、千翡露は星を見つめたまま、ぽつり、ぽつりと語り出す。
「ごめんね。あれから、ずっと考えてた……」
 繋いだ手を離せないのに、答えとなる言葉が見つからなかった。
 可愛い弟のような存在───その『好き』の意味を向けられた時に浮かんだのは、戸惑い、そして微笑とも苦笑とも言えない曖昧で複雑な笑み。
 あの時から、答えをずっと探している、のに。
 けれど、中途半端に応えてはいけないから、正直に言わなければならない。
「好きって言ってくれて嬉しかった、けど」
 千翡露は、その先を告げた。
「ラグ君の『好き』と、私の『好き』が、同じなのかまだ解らないんだ……」
 その脳裏には言うまでもなく姉と義兄の存在があるだろう。
 千翡露は追い掛けることすら赦されないと思う程彼らを想っている。
 文字通り、千翡露の星として今尚千翡露の心に在る。
 そのことを、千翡露はどこまで自覚しているだろうか。
 けれど、スマラグドは黙って千翡露を見つめ、今の彼女の言葉を待つ。
「中途半端な気持ちでラグ君の想いに応えたくない。ちゃんと考えるから、もう少し時間が欲しいんだ」
 千翡露は、言ったと思った。
 正直に今の自分の思いを伝えた、と。
 反応が怖いと思うよりも早く、スマラグドはさらりと言った。
「まあ、何となくそんな気はしてたよ」
 きっと『そう』の根拠は根拠あって思ったことではなかったが、やはり正解だった。
 スマラグドは、やっと自分を見た千翡露へ笑ってやる。
「その程度で凹むような奴なら、君のことは早々に諦めるべきだね」
「ラグ君は違うの?」
 千翡露が事も無げに言うスマラグドに尋ねてみると、「僕?」とその5月そのものを封じ込めた瞳を瞬かせた。
「諦める訳がないでしょう」
 冗談言わないでくれる、と言いたげに浮かぶ笑みは先程よりもずっと不敵で。
 千翡露の口にも少し笑みが浮かんだ。
「ちゃんとちひろが考えてくれてるの、解ってるから……今はそれでいい」
 千翡露を想うからこそその言葉は口から放たれる。
 同時に、千翡露を想うから彼女がそうしていい加減に向き合わない理解が出来る。
 スマラグドが待てるのは、千翡露がそれだけ傍で守ると誓う大切な人だからだ。
「追いかけるのは、待ってからでも遅くないからね」
 そう言ったスマラグドは、千翡露を大切そうに見つめ、『もうちょっとだけ、このまま』を了承する。
 でも、と言葉は当然のように続いた。
「もっかい言うけど諦めるつもりはないから、覚悟しておいてね」
「……ありがとう」
 出来るだけ早く、答えが見つかるように頑張るからね。
 さっきよりも声を潜めて告げられた言葉こそ、今のありのままの千翡露の言葉、スマラグドにとって価値のある星の言葉だ。

 やがて、店員が2人の料理を運んでくる。

「あ、来たね!」
「あー、そっちも美味しそう」
 千翡露とスマラグドが自分のパスタを見た後向かいに置かれたパスタを見て感想を漏らす。
 千翡露のサーモンとトマトの生パスタはトマトソースがベースのパスタだ。
 トマトソースに絡むパスタにはスモークサーモンとモッツァレラチーズが共にあり、彩りにバジルの葉が散らされており、その頂にはミニトマトがまるで星のように飾られてある。
 スマラグドのボンゴレ・ビアンコは、一見するとシンプルだが、アサリの置き方にまで配慮がされた見目美しいもの。散らされたイタリアンパセリと赤唐辛子の彩りも単調さを与えない。
「取り皿はこちらです」
「ありがとうございます」
 微笑む店員が取り皿をテーブルに置き、千翡露は店員にお礼を言った。
「それなら少し頂戴。僕のも分けるから」
「うん。折角違うパスタ頼んだんだし、味の交換してもいいよね」
 スマラグドが取り皿を1枚要求すると、千翡露は笑ってその取り皿をスマラグドへ手渡す。
 少し指先が触れるけど、今は微かに触れるだけ。それだけ。
(でも、いつかはもっと近くに)
 スマラグドは声に出さず、そう願う。
 目の前では、自分へのパスタを取り分ける千翡露の姿。
 もうちょっとこのままだけど、千翡露はここにいる。まだ追いかけなくていい。
 スマラグドはアサリも添えて取り分け、千翡露へその取り皿を差し出した。
 受け取った千翡露も自身が取り分けた取り皿をスマラグドに差し出し、2人揃って食べ始める。
 これは、独りだったら出来ないこと。

「美味しい」
 千翡露はどちらも美味しいと素直に感想を漏らす。
「どっちも手が込んでるね」
「ふふ、両方食べられて得した気分」
 これも2人だから出来ること。
 独りだったら、1皿食べたら満足してしまう。
 でも、1番大きなのはそこではない。
(一緒に食べるから、2倍……ううん、それ以上に美味しい)
 独りで食べるよりもずっとずっと美味しい。
 独りだった家には、今はラグ君が何だかんだ言いながら当たり前のようにいてくれる。
 それがどれ程自分を救ってくれているか。
(だから……きっと、遠くない)
 千翡露は、そのことを確信している。
 中途半端な気持ちで応えられないから、そのことは口にしないけど、自分を追うとまで言ってくれた彼へ答えを出す日は、そんなに遠い未来のことではないと思うのだ。
 見上げる星は、本物の星ではなく、描かれて映し出された星。ここに『2人』はいない。
 けれど、描かれている双子星を見つめ、『2人』へ想いを馳せる。
 その千翡露を見つめていたスマラグドはただ、黙って彼女と同じ双子星を見つめた。
 言葉はなく、心だけが寄り添う時間が過ぎていく。

 パスタも食べ終わり、一息ついてからレストランを出た。
 風が一陣走り、千翡露がその寒さに首を竦めると、スマラグドが当然のように手を繋いでくる。
 ここでも、あの時とは違うごく普通の手の繋ぎ方。
「流石にここからだと星が綺麗に見えないね」
 星を見上げるには遮るものが多過ぎる。
 見るなら、やはり遮るものがない場所の方がいい。
 千翡露の言葉に、スマラグドは自身の瞳の色を思わせるようなストラップを出した。千翡露も持っているメロディーホルダー「グリーン・ライフ」。
「気分だけでもいいんじゃない?」
 スマラグドがそう言うと、紡がれた音色が流れ出す。
 数多の生命の中には、この夜空に輝く星もあるということだろう。
 見るだけが全てではない。その音色を聞くのも星を感じること。
「……星を見た後に星の音色が聞こえるなんて贅沢だね」
 千翡露が響くメロディに笑みを零す。
 あの日初めて見た諦観から来る無表情ではない。
 眩しいと思った満面の笑みとも違う笑みだけど、その笑みはとても綺麗だと思う。
「ラグ君、帰ろ?」
「そうだね。寒いし」
 当然のように言葉を交わし、彼らは家路に着く。
 その夜空に輝く星全ては遮るものが多くて見渡すことは出来ないが、彼らには星の音色がある。
 輝く星は、彼らの遠くない未来にある答えについて何も言わない。
 けれど、彼らの心に答えが届くように囁いている。

●やがて1日は終わる
 時が、刻まれる。
 ウィンクルム達の1日は終わりを告げた。
 絆を薔薇に託す日も、己の世界の確かを感じた日も、遠くない未来を星と共に感じた日も……明日という日に向かって繋がっていく。
 今日という日は、もう2度とやって来ない。
 だからこそ、ウィンクルム達は絆の元に歩いていく。

 今日は昨日となり、明日は今日となって新しい世界が彼らに広がっていく。
 今日を知る者は誰もなく、それ故に絆は星の導。

 隣には、自らの『確か』が立っている。



依頼結果:大成功
MVP
名前:アリシエンテ
呼び名:アリシエンテ
  名前:エスト
呼び名:エスト

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 真名木風由
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ EX
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 とても簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 3
報酬 なし
リリース日 12月30日
出発日 01月05日 00:00
予定納品日 01月15日

参加者

会議室


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