山羊さん、お食べ。(北乃わかめ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 タブロス市内を、目的もなく歩いていたあなた。途中、一休みと道沿いのベンチに腰を下ろした。
 すっかり肌寒くなった季節に、ひとつ息を吐く。

「――こんにちは、坊や」
「え……?」

 背後から声をかけられ、振り向いたあなたは目を丸くした。
 ――さっきまで無かったはずの、小さな郵便局が現れたのである。

「山羊さん郵便局へようこそ」

 呆然と見上げるあなたに、長い髭をたくわえた白髪の老人はにこやかに頷いた。
 濃紺の詰襟と、肩から提げた赤いバッグ。そこに縫いつけられた大きな郵便のマークを見て、この老人が郵便局員なのだと察する。
 いろいろ聞きたいことがあるのに、なぜかそれは思うように言葉にならなかった。

「何か、胸に秘めている思いがあるようだね」

 それは問いではなかった。核心を突くような視線に、あなたは思わず目を逸らす。
 そんなあなたの様子を見て、老人はおや、と顎髭を撫でた。

「すまないね、追いつめるつもりはないんだよ。私は郵便屋でね、人の思いを届けるのが仕事なんだ」

 すると老人は、バッグから真っ白な紙を一枚取り出した。時期外れだが、七夕の短冊に似た大きさだ。それを、あなたに差し出す。
 紙はとても軽く、風に乗ってどこまでも流れてしまいそうだ。

「声に出すのがつらい思いも、大切に秘めたい思いも、捨ててしまいたい思いもあるだろう。私はそれを、『届ける』ためにいるんだよ」

 ――例えば、私の胃の中にね。
 そう言って、老人は自らのお腹を指す。

「胃って……」
「冗談などではないよ。これは、食べられる紙だからね。ほら、オブラートと同じだよ」

 言いながら、老人は紙を丸めて口の中に放り込んだ。そして、何事もなかったように笑って見せる。要は、気の持ちようなのかもしれない。

「これも何かのお導きなのかもしれない。私は思いを届ける郵便屋さ、伝えたいことも秘めたままにしたいことも、何でも書くといい」
「あなたが、食べてしまうのか?」
「それもいいね。坊やの胃の中で、大切にしてもいい。あぁ、胸の内、と言った方が聞こえはいいかな?」

 お好きにどうぞ、と老人はあなたにペンを渡した。あなたは紙を見つめ、考える。
 パートナーに伝えたいこと。自分で大切にしておきたいこと。
 思いついて、さらさらと紙に書き始めた。

解説

 不思議な郵便局員に出会いました。紙を食べました。

 プロローグでは、あなた(神人)だけが郵便局員と会っていますが、神人と精霊が一緒にいるときでも構いません。シチュエーションや時間帯は問いません。
 神人または精霊が郵便局員と会い、その後合流する、という流れでもOKです。
 郵便局員から貰った紙を食べると、書いた思いは体の内側に吸収されます。一言一句伝わるわけではありませんが、伝えたいことのニュアンスはわかります。自分で食べた際には、その思いはしっかり胸に刻まれるでしょう。

・伝えたい思いを書いて、相手に食べてもらう
・大切にしたい思いなので、自分で食べる
・清算したい思いなので、山羊さんに食べてもらう

 大きく上記の3パターンになります。
 紙に書いた内容は声に出してもいいし、相手に直接見せてもいいです。最後には食べますが、内容を知った上で食べるとまた違った気持ちになるかもしれません。
 紙自体は無味無臭です。ペンのインクも、体に害はありませんのでご安心を。


※個別描写となります。
※暇つぶしの買い物で300jr消費しました。

ゲームマスターより

いつもお世話になっております。北乃わかめです。
紙に思いを書いて、もぐもぐしましょう。……よくわからない言葉ですね。
透けないオブラートを食べる、という感じです。物自体の味はしません。

食べる、という行為はなんだかたまに不思議な気分になります。体内に取り込み吸収して、いらない物は排出するなんて工場みたいですね。
どうぞよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

信城いつき(ミカ)

  ※クリスマスの少し前

うー、確かにまだ学ばなきゃいけない事いっぱいだけど
そういう使い方じゃないと思う

しぶしぶミカから一口
あれ?もう一口ちょうだい
…もっとどんよりするかと思ったら、隠し味にふわっと優しい感じ

折りたたんでる部分も何か書いてるよね?
あ、なんか今隠そうとした、直感で分かった
油断大敵っ
ミカの手首を引き寄せて、彼がもっていた手紙をぱくり

これすごくあったかい。飲み込んだら胸があったかくなる感じがした
何て書いてあったの?教えてよ
やっぱり教えてくれない、ミカのけちっ

こんな風に感じるってことは、俺に対して優しい気持ちで書いてくれたって事だよね、きっと
ミカの優しさを理解するって大変だ(でも笑いながら)


楼城 簾(フォロス・ミズノ)
  AROA前でミズノさんと待ち合わせてると、待ち合わせ5分前に彼はしっかり来た。
「食べられる紙?」
それも食品で出来たという紙ではないらしい。
食べても人体に害のない紙、か。
子供が誤って食べても問題ない様な紙があってもいいかもしれない。
ミズノさんに勧められるというのは僕の情報網が彼の情報網より劣っているみたいで嫌だけど、それと仕事の評価は別でないとね。
見える物が見えなくなり、見極めが出来なくなる。
…ん?やけにミズノさんが僕の様子を見ている様な?
よく解らないけど、食べてみよう。
「悪くないね。量産体制が整うかどうか調べてから提案したらいいと思うよ」
ミズノさんは何故か嬉しそうだけど、本当に何なんだろう?


ルゥ・ラーン(コーディ)
  彼の暮す長屋の曰く付きの部屋に越したので
インテリア類の買い物に街に来た
神人に付添うのは精霊の務めでもあるからねと彼も一緒に
帰りにベンチで一休み
今日はお付合い下さり感謝しますよ
微笑
問いに、告げ難い思いが過る
(今は伝えるべきではない…)
そこに郵便局が

思いを書く
あの部屋へ越した理由です
と彼へ見せる
【私はあなたの未来の変革を試みる者】

曰くの原因はあの部屋に篭る瘴気です
私が暮す事で神人の力が瘴気を浄化し続け
瘴気が呼び込む悪影響を退ける事ができる
きっとあなたの運気も向上しますよ
微笑

納得いかない顔の彼に紙を取られ
少し躊躇ののち食べられた
表情を見守る

何か感じ取った様で切なく微笑

本当の意味※告げ難い思い


カイエル・シェナー(イヴァエル)
  精霊と買い物の帰り

「記載の中身を見る事なく、食して欲しい」
綴り書いた紙を二つ折りにして、兄に向ける
内容は『自分を弟ではなく、一個人として、一人の存在として見て欲しい』と
確かに、自分が弟である事は絶対的に覆せないが
幼心から尊敬するこの兄に、一人の存在として見てもらえたら──それはどれだけ喜ばしいことだろう

「気が利かず申し訳ない、近くで自販機を見たので急ぎ買ってこよう」
受け取った兄がその紙をまじまじと見つめて言ったので、そう告げて走らずとも急いでその場を離れた

自動販売機でミネラルウォーターを買って戻ってくる
紙は二つ折りのまま 少し安堵した
飲み込んだ兄の
言葉ではない

…閉じた瞳に 何故か胸が切なく痛んだ


●Dear信城いつき
 クリスマスを目前に迫り、信城いつきは差し出された紙を神妙な顔で見つめていた。
 ミカ曰く、「紙を食べると、書いた内容を吸収できる不思議な紙をもらった」とのこと。物珍しさに興味を抱いたいつきだったが、ミカから渡された紙に書かれた内容を見て肩を落とした。

「食べたら少しは頭良くなるんじゃないか?」

 ミカのとても意地悪な――もとい、いい笑顔をいつきは忘れないだろう。
 紙にずらりと書き連ねられた、誕生石やアクセサリーの知識の数々。短期ではあるが、いつきはアクセサリー屋でバイトを始めている。短い間でもしっかり接客できるようにというミカの計らいではあるが、いつきは見せられた紙をじとりと半目で見つめた。
 紙を、食べるのか。そんな葛藤がよぎる。

「うー、確かにまだ学ばなきゃいけない事いっぱいだけど……そういう使い方じゃないと思う」
「物は試しだろ。ほら、食ってみろって」

 紙自体は無味無臭で害のないものであるため、いくら食べようと影響が出るわけではない、が。そもそも紙を食べるという行為自体が異質である。
 しかしながら、食べやすいようにと紙をちいさくちぎって渡されてしまっては、食べないわけにはいかなかった。渋々、紙を受け取って口に含む。
 もぐもぐと数回咀嚼をしてみる。食感は、どう考えても紙。オブラートよりも、少し厚いくらいか。
 少しして、ごくんと飲み込む。ふと感じた違和感に、いつきは首を傾げた。

「あれ? もう一口ちょうだい」
「ん? あ、あぁ」

 思いがけない催促を受け、驚きつつもまたちぎって紙を渡すミカ。
 それを受け取って、いつきは同じように食べた。今度は、何かを確かめるように。そして紙を飲み込むと、確信を得たのか「うん」と頷いた。

「……もっとどんよりするかと思ったら、なんかすごく優しい味がする」

 書かれた知識の奥に隠れた、ふわりと感じた優しさ。なんだろう、と正体はわからないが、悪い気はしない。むしろ、くすぐったいほどだ。
 いつきの言葉を聞いて、ミカは手元に残っている紙を見た。郵便局員に渡され、面白半分で紙にめいっぱい知識を詰め込んだ。それは間違いない。
 だけど、それを書きながら思っていたのは。バイト中、お客様からどんな質問があっても慌てず仕事をこなせるようにという願い。もしかしたら、それが知らず知らずのうちに伝わっているのかもしれない。

(これらのメッセージであの反応なら……)

 ミカの手の中には、端っこを細かく折りたたんだ紙が残っている。折りたたまれた部分には、一生懸命ないつきへの言葉が書かれてあるのだ。

(最後の隠してる部分食べさせたら……食べさせるのやめよう)

 もし、今までのメッセージ以上にはっきり伝わってしまったら。
 面と向かっては言いにくいので、こうして小さく書いたのだ。それを理解されてしまえばなんとも気恥ずかしい気持ちになるし、むず痒くなる。

「ミカ? 折りたたんでる部分も何か書いてるよね?」
「……もう忘れた。もう充分だろ」
(あ、なんか今隠そうとした)

 直感が働き、目敏くミカの手にある紙を覗き込もうとするいつき。ミカはそれを避け、折りたたんだ部分を握りこもうとした。
 隠されてしまえば、余計に見たくなるのが人間というもの。それに、ミカが何を書いたのか純粋に気になってもいる。

「――油断大敵っ」

 ぱくり。身を乗り出し、引っ込めようとしたミカの手首を引き寄せて紙に食いついた。そのまま折りたたまれた部分ごと、全て口の中へ収めるいつき。もごもごと咀嚼をする。

(あのときと逆じゃないか)

 サンドイッチではなく、紙だけれど。ミカは、ふと初めていつきと契約をした日を思い出した。
 あのときは、ミカがいつきの手からサンドイッチを奪ったのだ。サンドイッチを手に取り、これで大丈夫と得意げないつきをからかったあの日と、立場が全くの逆で。

(やり返せるぐらい逞しくなったか)

 あの日よりも幾分成長したいつきを見て、紙を食べられてしまったのは残念だがつい笑んでしまった。
 紙を飲み込んだらしいいつきが、「あっ」と声を出す。

「これすごくあったかい。何て書いてあったの? 教えてよ」
「さぁ? 胸焼けだろ、さっさと水飲んで流せ」
「やっぱり教えてくれない、ミカのけちっ」

 ぽかぽかとあたたかくなるいつきの胸の内に広がる、ミカの思い。ミカのそっけない態度に唇を尖らせるが、その優しさはしっかり感じていた。

(こんな風に感じるってことは、俺に対して優しい気持ちで書いてくれたってことだよね、きっと)

 さっきよりもはっきりと伝わってくるあたたかさは、ミカの優しさそのものだ。胸に広がるぬくもりは、まだ冷める気配はない。

「……なに笑ってんだよ」
「なんでもないよ!」
(ミカの優しさを理解するって大変だ)

 しかめっ面でミカから渡された水を飲みながら、いつきは喜びを頬に浮かべたのだった。



●Dear楼城 簾

「中々面白いですね」

 フォロス・ミズノは、郵便局員から紙の説明を受けしげしげとそれを眺めていた。
 これから楼城 簾とA.R.O.A.前で合流する予定になっている。A.R.O.A.本部で事務手続きをしたのち、解散しフォロスは直帰するが、そこにもう一人の精霊の姿はない。手続きが終わった後に合流する運びになっているからだ。

(あの男の目を掻い潜るいい機会ですね)

 く、と口角が上がる。フォロスは渡された紙に専用のペンでさらさらとメッセージを書くと、それを丁寧に折りたたんで胸ポケットにしまった。
 どうやって食べて貰おうか。それを考えながら、簾との待ち合わせ場所へと向かった。



 A.R.O.A.本部の前に、簾の姿はあった。難なく合流し、本部の受付で事務手続きを進める。
今日はどうやら待ち時間は少しあるらしい。順番が回ってくるまで、本部内の休憩スペースで待つことにした。
 そこで、フォロスは郵便局員から渡された紙のことを一部掻い摘んで話した。

「食べられる紙?」

 フォロスの話に、簾の興味が向く。ウィンクルムとしてではなく、野心を抱える一社会人として簾の瞳がきらりと光った。

(食べても人体に害のない紙、か)

 ふむ、と思案する。よく、リサイクルなどで環境にやさしい紙というのは聞いたことがあるが、人体にやさしい紙なんて耳にしたことはなかった。それだけでもキャッチーではないだろうか。意外性、という点であれば充分かもしれない。

(子供が誤って食べても問題ない様な紙があってもいいかもしれない)

 たとえば子ども用、幼児用玩具に用いて誤飲を予防するのはどうだろう。何でも口に入れて確かめたがる子どもが使う製品に用いれば、誤飲の事故は減るかもしれない。むしろ、紙を食べることが誤飲ではなくなるのだ。食べられる紙、なのだから。
 興味深く紙を観察する簾に、フォロスは穏やかではない感情を感じていた。何だこれはと切り捨てられるパターンも考えられたが、どうやら簾は素直に受け入れてくれたようだ。
 ここで、フォロスは思い切って切り込む。

「商品化はどうでしょう。私はいいと思いますが、レンさんの意見も聞いてみたく」

 フォロスは胸ポケットから紙を取り出す。
 見せられた紙はきっちりと折りたたまれているが、真っ白で無地。仕事で使うようなコピー用紙と見た目はほとんど変わらない。
 受け取って、感触を確かめる。材質は、やはり言う通り紙である。ボールペンでも鉛筆でも書きやすそうだ。説明の通り、食品ではなくあくまでも紙だとわかる。

(ミズノさんに勧められるというのは僕の情報網が彼の情報網より劣っているみたいで嫌だけど、それと仕事の評価は別でないとね)

 できれば自らの手で見つけたかったという気持ちもあるが、有益な情報を得たことには変わりない。
 ――個人的な感情を交えては、見える物が見えなくなり、見極めが出来なくなる。
 常に冷静に、客観的に物事を見て考えなくては、野心も成り立たないというものだ。

「……どうでしょう?」

 す、と簾の顔に紙を持つ手を寄せる。暗に食べて確かめて、と示していた。
 紙を食べる、という行動に一瞬躊躇うも、簾は紙を受け取る。折りたたまれた紙をいろいろな角度から眺めてみた。

(……ん? やけにミズノさんが僕の様子を見ている様な?)

 紙越しに、フォロスの双眸が自分を捉えているのがわかる。
 そんなに食べた感想でも気になるんだろうか。なんてフォロスの思惑とは全く違う方向の考えをしつつも、簾は紙を口に持っていった。
 そして、飲み込む。

「悪くないね。量産体制が整うかどうか調べてから提案したらいいと思うよ」
「……えぇ、そうします」

 材料はなんだろうか、と簾が考えているうち、順番が回ってきたらしく受付が二人の名前を呼んだ。手続きを済ませるため、立ち上がり受付へと向かう。
 フォロスは数歩後ろで、簾を見つめていた。

(……食べましたね。……それを食べましたね)

 喉を過ぎ、食道を通り胃に落ちて。消化されて体内を巡るだろうフォロスの思念。簾は気にする様子もなく、歩いているが。
 フォロスの口元が歪む。堪え切れず、隠すように手のひらで口を覆った。
 なぜフォロスが嬉しそうにしているのかわからず、簾は首を傾げるばかりだった。

(いつかその足元が崩れ、這い蹲るといい。……私だけの獲物)

 ――『いずれあなたは私に這い蹲る……その日を楽しみにしています』



●Fromカイエル・シェナー

 とある昼下がり。カイエル・シェナーは、兄であり自身の精霊でもあるイヴァエルと共に買い物のためタブロス市内を歩いていた。
 ふと、辺りに広がる冷たい空気が一変する。突然、目の前にこぢんまりとした郵便局が現れた。

「山羊さん郵便局へようこそ」

 郵便局から出てきた郵便局員の老人が、恭しく礼をする。つられてカイエルも同じように礼をするが、イヴァエルは黙ってその人を観察していた。
 郵便局員は二人に紙を見せ、端的に説明を行う。伝えたい思いを書いて、食べる。なんとも妙な老人だ。

「では、どうぞ」
「えっ……私、が?」

 紙とペンを差し出され、やや畏まったカイエルがそれを受け取る。戸惑いを見せるも、郵便局員はにこやかに笑って見せた。
 書いてみては? と言われたようで、カイエルは押し黙ってそれらを見つめた。面白味は、無くはない。ただ実践するとなると、どうにも妙な心持ちだ。

「……では」

 イヴァエルにも見つめられ、居たたまれなくなったカイエルは手元を隠しつつ紙にさらりと文字を連ねた。せっかくならば、と綴り書いた紙を二つ折りにして、イヴァエルに差し出す。

「――記載の中身を見る事なく、食して欲しい」

 きれいに折られた紙を、イヴァエルは受け取った。硬く強張った声で伝えられた言葉から、ひどく緊張しているのだとわかる。
 イヴァエルはそれを感じ取りながらも、ふっと息を細く吐き知らぬふりをした。

「いくら問題ないとはいえ、紙を水無しで飲み込むのは難儀だな」

 紙をまじまじと見つめ、イヴァエルはやや困ったように片方の眉を下げた。言われて、はっとカイエルが弾かれたように踵を返す。
 食べられると保証されても、それはあくまで紙なのだ。飲み込むのが少々厄介かもしれない。

「気が利かず申し訳ない、近くで自販機を見たので急ぎ買ってこよう」

 慌てて、ただし急いても走ることはせずその場を離れるカイエル。道中見かけた自販機へ向かったようで、カイエルの姿はすっかり見えなくなった。
 それを見計らい、イヴァエルが郵便局員へ視線を移す。

「言い掛かりをつけるような真似をしてすまないな」

 苦笑するイヴァエルに、郵便局員は「いえ」とにこやかに微笑んだ。

「……あの弟は、こうでもしなければまず中身を垣間見る事も叶わない」

 紙を手渡してから、カイエルは自身を注視していた。あのままでは書かれた内容を確かめることも難しいと判断して、先ほどの言葉を発したのだ。イヴァエルの思惑通り、中身を確かめるチャンスを得た。
 視線を紙に落とすと、躊躇うことなく紙を開く。その唇が、きゅっと真一文字に引き結ばれた。

『自分を弟ではなく、一個人として、一人の存在として見て欲しい』

 走り書きながらも、カイエルの性格が現れた角張った字。それを眺めて、そしてすぐさま元のように二つ折りに戻した。

(……そんなもの……とうの昔から、ずっと……)

 一人の相手として、見てきたというのに。
 両親が亡くなり、たった一人の血縁としての繋がりもあるが、それ以上の執着すらもイヴァエルは持っている。弟への家族愛、と呼ぶには少々物騒だろうか。
 手放しがたい、むしろ手放すつもりなど毛頭ない思いは、家族愛という括りでは収まりきらないだろう。

(だが、あれには既に契約済みの精霊がいる)

 認め難い男ではあるが、他人から精霊になった存在がいる。
 もし、同じ立場なら。本当に契約した『只の他人』であるならば、カイエルの思いも変わっていただろう。
 ウィンクルムとして、ただの神人と精霊という立場だったなら。なぜ傍にいるのか、そんな理由を『こうして求めもしない』だろうことはわかっている。そのくらい、互いの関係が希薄だと自覚していた。

(だから、互いに『兄弟』で在る事はこの前提であり……故に)

 今の関係は、『兄弟』という立場の上に成り立っている。「兄弟だから」「兄弟なのに」と言葉が付きまとっているからこそ、カイエルは傍にいる理由を、答えを求める。
 だが、イヴァエルはその『兄弟』という枠組みを捨てるつもりもなかった。捨ててしまえば、ただの神人と精霊になってしまう。

「――すまないイヴァエル、遅くなった」

 カイエルが、ミネラルウォーター片手に戻ってきた。イヴァエルの手にある紙は二つ折りのままで、中身は見られていないと判断し、ほっと安堵する。
 自分を弟ではなく――と書き始めた内容を、脳内で反芻する。血縁関係は事実なのだから、絶対的に覆せないことは理解している。ただ、幼心から尊敬する兄であるイヴァエルに、一人の存在として見てもらえたら――

(それはどれだけ、喜ばしいことだろう)

 カイエルがとなりに戻ってくるのを待ち、そしてイヴァエルは紙を食した。カイエルから渡されたミネラルウォーターを一口含んで飲み込む。

「……考えておこう」

 イヴァエルはそっと瞳を閉じる。
 それを見て、カイエルは胸が切なく痛むのを感じていた。

(――兄弟も一個人も、譲れない)

 イヴァエルのその胸の内さえも、まだ閉じられているようだった。



●Fromルゥ・ラーン
 つい先日、精霊であるコーディが暮らす長屋の、曰く付きの部屋に引っ越しをしたルゥ・ラーン。今日は、部屋のインテリアを買おうと街に来ていた。となりには、コーディも一緒だ。

「神人に付添うのは精霊の務めでもあるからね」

 そう言うコーディのアドバイスもあり、大きく持ち運べない物は後日配達を依頼し買い物は滞りなく完了した次第である。
 二人は帰り道にあった公園のベンチに座り、一休みすることにした。

「今日はお付合い下さり感謝しますよ」
「このくらい、どうってことないよ」

 ルゥがコーディに感謝を含み微笑む。頬に当たる風は冷たいが、二人の間には穏やかな空気が流れていた。
 せっかくの街での買い物であったため、ルゥが好むインテリアも充分に買い揃えられた。側に置いた紙袋には、星や月をモチーフにした物がいくつも入っている。
 ふと、ルゥが引っ越してきたときから感じている疑問をコーディは思い出した。

「あの部屋によく住もうなんて思ったね」
「……それは」

 そういえば、と前置きをして問う。
あの部屋、とは曰く付きで誰も住めなかった部屋のことだ。気味が悪いと誰もが敬遠していたのに、ルゥは平然とその部屋入りすんなり住む流れとなったのだ。
 何か理由があるのかと気になって問うたことだが、ルゥはぴたりと動きを止めた。柔らかな微笑みが固まったような気がして、コーディがどうしたのかと続けて問いかける。

(今は伝えるべきではない……)

 ルゥの脳裏に、以前見たビジョンが過ぎる。だが、それを真正面に打ち明けることは憚られた。
 押し黙ってしまったルゥを見て、コーディは困惑する。どうしたものかと頭を悩ませていると、二人は後方から妙な気配を感じ取った。
 二人同時に振り返り、唖然とする。――そこには、今までなかったはずの郵便局が鎮座していた。

「山羊さん郵便局へようこそ」

 決まり文句らしいそれを口にしながら出てきたのは、長いひげを蓄えた老人だった。郵便局員だと名乗るその人は、二人に真っ白な紙を見せる。見た目は何の変哲もないそれだが、郵便局員は淡々とその紙の説明を述べた。
 はたと興味を示し、紙を受け取ったのはルゥだった。何か考えがあるのか、コーディは疑念を抱きつつも様子を窺っている。

「あの部屋へ越した理由です」
「これが? ……意味がわからない」

 ルゥが見せた紙には、『私はあなたの未来の変革を試みる者』と流れるような字体で書かれている。しかしコーディははっきりと率直な感想を返した。
 気にする様子もなく、ルゥは「実は」と話し始める。

「曰くの原因はあの部屋に篭る瘴気です。私が暮す事で神人の力が瘴気を浄化し続け、瘴気が呼び込む悪影響を退ける事ができるのですよ」
「……そうなのか?」
「きっとあなたの運気も向上しますよ」

 にっこりと。ルゥはそう言いながらコーディに微笑む。
 だが、コーディはそれを聞いてもまだ納得していないようだ。説明しがたい違和感が、コーディの胸に満ちる。
 辛い、秘めたい、捨てたい……――そんな感情に該当するとは思えなかったのだ。ウィンクルムという関係になってそう日は経っていないが、ルゥの様子から紙に書かれた文字には違う意図が隠れている気がしてならない。

「運気が上がるなら、ありがたくいただくよ」

 腑に落ちない表情のまま、コーディはルゥの手から紙を取った。暫し紙を見つめ、それから口に入れる。ルゥは黙ってコーディを見守っていた。

(これは……)

 ごくんと一思いに飲み込めば、ルゥが言った言葉とは違う何かが胸の内に広がっていった。
重く沈むそれは、使命感や決意と呼ぶものだろう。はっきりとはわからない、だが、ルゥが何か重大な意思を持っていることは感じ取れた。
 コーディは改めて、ルゥを見つめる。穏やかで、しかしどこか切ないその微笑みが、やけに記憶に残った。
 いつの間にか郵便局員は、郵便局ごと消えていた。二人は太陽が完全に沈む前に、と帰路につく。
 ルゥは、顕現前に最後に見たビジョンを思い出していた。

 ――強大なオーガと戦う自分自身の姿。それから、傷ついた精霊の手を取って涙を流している。
 瀕死のコーディは、ルゥに消えるように笑む。ルゥの頬に触れ、口づけを落とした。
 ビジョンは明滅する。沈む思いとは正反対の抜けるような青空。廃墟と化した教会と、虚しく割れた天使のステンドグラス。
 そして――見慣れぬオーガの影。それが果たして何を意味しているのか。不穏な思いを抱えたまま、ルゥはコーディのとなりを歩いた。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 北乃わかめ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 12月03日
出発日 12月12日 00:00
予定納品日 12月22日

参加者

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