思い描く未来(木口アキノ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 粉雪が散らつく季節。
 あなたは精霊と2人、街を散策がてらクリスマスに向けた買い物をすることにした。
 可愛らしい雑貨店、美味しそうなケーキ屋……様々なお店を眺め歩いているうちに、少し変わった雰囲気の店舗を見つけた。
 ガラス戸の向こうは薄暗く、屋内にさらに扉があるのが見える。
 看板をよく見ると、ミニシアターと表示されていた。
 商店ではなかったようだ。
 大きな映画館で上映されている流行りの映画も良いけれど、ミニシアターで上映される少しマイナーな映画も面白いものが多数ある。
 あなたが興味深げにしていると、中から従業員らしき男性が出てきた。
「こんにちは。丁度これからショートフィルムを上映するところですよ。よろしかったら、休憩ついでに如何ですか」
 上映時間は20分ほどだという。
 確かに、そろそろ歩き疲れてくる頃だ。
「ちょっと、入ってみようか」

 小さなシアターには、数列の観客席があるものの客はあなたたちだけだった。
 列の中ほどに腰を下ろすと、すぐに場内は暗くなり上映が始まる。
 カラカラとフィルムの回る音。
 目の前の銀幕に映像が投影される。
 恋人らしき2人が手を繋ぎ仲睦まじく歩いている。カメラが方向を変え、2人の顔を映し出す。
「……っ!?」
 2人の顔には見覚えがあった。
 いや、見覚えがあるも何も、それは自分たちではないか!
 銀幕の2人は、プレゼントを贈り合い、口付けを交わす。
 それは、2人の甘いデートのひと時を描いたショートフィルムだった。
 ただし。
 現実の2人は残念ながら映画のような恋人同士ではなかった。

 上映が終わり、場内が明るくなる。
「今の映画って……」
 精霊が話しかけてくるが、あなたは真っ赤になった顔を見られたくなくて、返事もそこそこに立ち上がり、場内から出る。
 と、そこに先ほどの従業員が微笑んで待っていた。
「いかがでしたか。あなたの希望する未来を描いたショートフィルムは」
 言われて、あなたはさらに真っ赤になる。
 あなたの後を追いかけてきた精霊が、「え?」と呟く。
 そう、あの映画はあなたが夢見ていた未来。こうなれたらいいな、と考えながら夜毎眠りについていた、その光景。
「あ、あのね、それは、その……っ」
 なんとか言い訳しようとするけれど。
「当館では、お客様が夢見る未来をお見せできるショートフィルムを上映中です」
 従業員は追い討ちをかけるように説明する。
 それを先に言って欲しかった。
 穴があったら入りたいとは正にこの状況。
 入れる穴を探すかのように俯くあなたの肩に精霊の手がかかる。
「その未来、実現したいんだけど……いいかな?」
 そっと囁かれ、あなたは顔を上げる。
 見つめ合う2人は、今日から、同じ未来の夢を見る。

解説

 ああなるといいな、こうなるといいな。素敵な未来を思い描くことは、誰にでもあるのではないでしょうか。
 今回は、そんな未来の夢を映像にして見せてくれちゃう映画館のお話。
 ただし、見られるのは精霊、神人のどちらかの夢だけになります。
 2、3日後の未来でも、10年、20年後の未来でもかまいません。
 入場料として300ジェールいただきます。
 1杯50ジェールでオレンジジュースも販売されていますので、鑑賞のお供にどうぞ。

 個別描写になります。
 場内にいるのは、あなたと精霊の2人だけです。

ゲームマスターより

こんにちは!
寒い冬には、映画館など屋内でぬくぬくデートがしたくなりますね。
皆様の夢見る素敵な未来、是非お聞かせくださいませ!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

 
穏やかに晴れた暖かなある日
自宅の庭にテーブル出して天藍と2人で日向ぼっこしながらお茶を
庭を訪れる小鳥の話を天藍から聞き
テーブルの上に1輪活けられたその日の空と同じ色の薔薇
2人とも黒髪よりも白髪の方が多く顔にも手にも積み重ねた分の皺が刻まれた
今よりずっと先の…

えっと、その…
年を重ねても天藍と2人で穏やかな優しい時間を過ごせたら良いなと思っていましたけれど…
こんな形で天藍に知られてしまうのは恥ずかしいです…
恥ずかしがる自分に、俺も似たような事なら考えたと言う天藍に、はにかんだ笑みを向ける
本当に2人でずっと過ごせたら良いですよね

勿論です!
引っ越しの荷造りをする時には教えて下さいね
私も頑張りますから


夢路 希望(スノー・ラビット)
  ショートフィルムって初めてです
あの、どんなお話なんですか?
…夢見る未来…?

ドキドキしながらスクリーンを見つめる
こ、これは…私の…?
確かに漫画を読んでいてこんなシチュエーションを夢見たことはあります、けど
うぅ…は、恥ずかしいです…
幸せそうな二人から目を逸らしたり戻したり
(でも…いつか、あんな風になれたら…)
チラリと隣を見ると…あ…め、目が合ってしまいました
…え?
スノーくん、の…?
スクリーンに視線を戻し赤面

っ…は、はい…
(でも…本当の私を知ったら…)
話していない内緒事を思い不安になる
夢を壊したくない、嫌われたくない…けど…
真剣に考えてくれているなら、ちゃんと、話さなきゃ


ひろの(ルシエロ=ザガン)
  内容:
クリスマスイブ。
タブロス・モールのガラスのツリーを眺めた後、レストランでディナー。
シャンパンで乾杯。私はノンアルコール。
いつもよりちょっとおめかしして。
いつもより少しマナーに気をつけて。
プレゼント交換。

もしまたルシェとクリスマスを。なんて、思った内容で。
それに気付いたらルシェを見れなくて。私が望んだ内容って気づかれないといい。

一緒にいたくて。
この気持ちを少しでもルシェに渡せたらって。そんな身勝手を。
「嫌じゃないの?」
「だって、勝手に」

嫌われるのが怖くて。でも、合った目に嫌悪は無くて。
少しは、他の人みたく普通にって。思ってたのに。
なんでルシェは、そのままでいいって言うの。(嬉しくも恥ずかし


クロス(ディオス)
  ☆十数年後の未来 一妻多夫で4児の母

アマルティ 3歳姉クロス似
ルナティス 3歳弟オルクス似 テイルス

「ディオ、クリス、本当に料理を任せちまって良いのか?
確かにそうだが…
何かあったら直ぐに言えよ?
ルティとルナはオルクと一緒にツリーの飾りとケーキを買いに行ったぞ(微笑
勿論、おやつや余分なもの買い与えたり買わない様に釘を刺しといたがな(苦笑
じゃないと、すーぐいらんもの迄買って来るから(溜息
了解♪ クリス、ちゃんとパパの言う事聞くんだぞ~?
ディルはママと待ってようなぁ♪」

☆上映後
「あんな、みら、いが、あれば良いのに、って、いつも、思ってて…っ
でも、実際は、無理って、諦めてたのにっ…
夢だとしても、嬉しい…っ(涙」


緑野・聖(姜・花欖)
  ▼未来
客席は満員御礼
演奏を終えた私に待つのは、喝采の嵐だ
映像の中の自分は、余裕で会釈をしている
……どういう仕組みか知らんが、皮肉なものだな

花束を持って舞台袖から現れたのは――花欖さん?
炎のような花はグロリオサ
……そんな『栄光』は、今の私には……
(眩しげに眉を寄せ、目を細め)


▼退場
……
……目の前の人間一人の心も満たせずして
この世界に成功はありえませんから

確かに、好き嫌いはあるでしょう
演奏の癖や表現技法……
けれど、芸術家としての貴方は、信頼出来る
貴方の言葉――『感情に乏しい』と
それは、好む好まざるとは別のもの
その言葉は、信頼出来ると思った
……それだけです(目を逸らす)

……解って、いますよ(微苦笑)



 穏やかに晴れた空。雲はゆったりと流れる。
 そよ風に乗って美しい歌を響かせる小鳥が一羽、花々が咲き誇る庭へと降り立った。
 白いガーデンテーブルの上に薫る紅茶に惹かれてやってきたのだろうか。
 それとも、テーブルの上の一輪挿しに揺れる、その日の青空と同じ色の薔薇の鮮やかな美しさに惹かれてやってきたのだろうか。
「まあ天藍、可愛らしいお客様ですよ」
「ヒバリか……春を告げる鳥と言うからな。道理で今日は暖かいわけだ」
 笑み合う2人の頭髪は黒よりも白の占める割合の方が大きい。
「あなたと春を迎えるのは何度目でしょう」
 自然と、どちらからともなく手を重ねる。
 2人の手には、共に積み重ねてきた分の皺が刻まれていた。
 それは、長い年月を共に歩んできた2人の物語……。

 かのんは映画が進むにつれて、どんどんと頰の色を濃くしていった。
 天藍も、驚いたような顔で銀幕を凝視している。
 映像の中の老男女には、現在の2人の面影があった。
 おそらくそれは、今よりずっと先の2人の姿。
「えっと、その……」
 映画の内容に心当たりがあるのか、かのんがもじもじと口を開く。
「年を重ねても天藍と2人で穏やかな優しい時間を過ごせたら良いなと思っていましたけれど……」
 映画館の薄闇に紛れてしまいそうなほどの小さな声。
 しかし、天藍がかのんの声を聞き逃すはずもない。
(……一瞬、俺の願望が映像化したのかと思った)
 何かの切っ掛けで未来を夢見る事は天藍にもあるから。
 しかし、庭の様子やテーブルの青薔薇が印象的だからか、かのんは「これは自分の夢」と確信したようだ。
 優しい笑みでこちらを見る天藍に、かのんは恥ずかしさのあまり顔を背けてしまう。
「こんな形で天藍に知られてしまうのは恥ずかしいです……」
 天藍は、そんなかのんの頭を宥めるように優しく撫でた。
「俺も似たような事なら考えた」
 その言葉に、やっとかのんは天藍の方を向き、はにかんだ笑顔を見せる。
「……本当に年を取ってもこんな風に2人で過ごせたら良いよな」
 天藍の穏やかな声がかのんの胸に染み渡り、かのんは笑みを深める。
「本当に2人でずっと過ごせたら良いですよね」
 そう言うかのんが、天藍にはとても愛しく思えた。
「なぁ、かのん」
 突然、天藍が真剣な表情になる。
 かのんは小首を傾げた。天藍は一度息を飲むと、意を決して口を開く。
「家の修繕も目処がついた。今年の内にかのんの家に引っ越しても……良いか?」
 それは、いつ言おうかずっと考えてきたこと。今が、いい出すのに丁度良い機会なのかもしれない。
 いつかかのんの家に越し共に暮らそう。その前提で作業してきたのだから、断られることはないだろう。とは言っても、自分が押し掛ける側の身なので、天藍は少し歯切れが悪くなる。
 だが、そんな天藍に対しかのんは曇りのない笑顔で応えた。
「勿論です!」
 天藍は、きっとこの時のかのんの笑顔をこの先も忘れない。
「引っ越しの荷造りをする時には教えて下さいね。私も頑張りますから」
 かのんの弾んだ声に、天藍も自然に笑みが浮かぶ。
 あの映像がいつか現実になる。
 その始まりが目の前に。


「ショートフィルムって初めてです。あの、どんなお話なんですか」
 夢路 希望は従業員からの答えに、不思議そうな顔をした。
「……夢見る未来……?」

 そんなことを言われたものだから、希望はスノー・ラビットと共に緊張しながらスクリーンを見つめる。
『スノーくん、朝ですよ』
 歌うような声が響き、希望は肩をびくりと震わせた。
 その声は、紛れもなく自分のものだったから。
『んー……もう少し……』
 朝陽の射す中、清潔なブランケットがもぞもぞ動く。その下から、ぴょこんと白い耳が飛び出した。
『朝ごはん冷えちゃいますよ?』
 子供をあやす時にも似た口調で希望が言えば、ブランケットを避けて顔だけ出すスノー。
『ちゅーしてくれたら、起きられそう』
 寝起きのふにゃっとした笑顔でスノーは言う。
『もうっ』
 と言いつつも、希望の声色はちっとも怒ってなんかいなかった。
 幸せな、恋人たちの朝。
 スクリーンを見ていた希望は居心地の悪さを感じていた。
(こ、これは……私の……?)
 もじもじしている希望にはお構いなしに、スクリーンの映像は続いている。
 希望とスノー、2人で朝食をとりながら。
『兎カフェ、楽しかったですね…また行きたいです』
 朗らかな笑顔の希望に、スノーは答える。
『僕にもちゃんと構ってくれるなら、いいよ』
 本人はさらりと言ったつもりだったが。
『ふふ……焼きもち、ですか?』
 ずばり言い当てられて、スノーはむぅ、と唇を尖らせた。そんな様子を、希望は目を細めて見つめる。
(確かに漫画を読んでいてこんなシチュエーションを夢見たことはあります、けど)
 現実の希望は、仲睦まじいスクリーンの中の2人の様子に、顔に熱が集中していく。
(うぅ……は、恥ずかしいです……)
 スクリーンの中ではやがて夜が更け、ベッドにはきっとお日様の匂いがするであろうふかふかの布団が用意されている。
 希望とスノーは1つの布団で、今日あった楽しかった出来事を語り合って。
 その映像を見ている希望はいたたまれなくなって、幸せそうな二人から目を逸らしたり戻したり。でも……。
(でも……いつか、あんな風になれたら……)
 希望は、ちらりと隣に座るスノーに視線を送ると。
 幸せそうに目を細めてスクリーンを見ていたスノーも同じタイミングで希望に顔を向ける。
 どちらともなく、照れ笑いを浮かべて。
 先に口を開いたのはスノーだった。
「凄いよね……本当に僕の夢が映るんだもん」
「……え?」
 自分の夢だとばかり思っていた希望は目を見開く。
「スノーくん、の……?」
「少し恥ずかしいけど」
 頰を染めたスノーは苦笑して人差し指で頰を掻く。
 希望はスクリーンに視線を戻した。
 そこでは、希望とスノーが額を寄せ合い寝息を立てていた。きっと、幸せな夢を見ているのだろう。
 これが、スノーの夢みる未来。
 そう思うとまた、希望の頰は更に赤味を増す。
「あのね、ノゾミさん」
 そんな希望の耳元に囁くようにスノーが言う。
「僕はいつかあの未来を叶えたいと思ってる、から。だから……心の準備、しておいてね」
 どきんと跳ね上がった胸を押さえ、希望は答える。
「っ……は、はい……」
 しかし嬉しさと同時に、希望の胸には不安も頭をもたげてくるのであった。
(でも……本当の私を知ったら……)
 まだスノーには話していない内緒事。
 夢を壊したくない、嫌われたくない……けど……。
(真剣に考えてくれているなら、ちゃんと、話さなきゃ)
 にこにこと微笑んでいるスノーはまだ、希望の葛藤には気付いていない。


 タブロス・モールにはクリスマスソングが流れ、笑顔の男女が行き交っている。
 ガラスのクリスマスツリーの前で立ち止まっているのは、長いワインレッドの髪の青年と、黒髪の少女。
 2人は二言三言言葉を交わすと踵を返す。
(あ。あれ、は……ルシェと、私?)
 スクリーンの中でガラスのクリスマスツリーを眺めていた男女は、ひろのとルシエロ=ザガンだった。
 スクリーンの2人は仲睦まじく歩き、イルミネーションで飾られたドアを押し開ける。
 そこは、小洒落たレストランで。
 抑えられた照明の中、ウェイターに案内されたテーブルは、蝋燭の灯で照らされている。
 ルシエロはシャンパン、ひろのはノンアルコールドリンクで乾杯をする姿が銀幕に大きく映し出される。
 いつもよりちょっとおめかしして。
 いつもより少しマナーに気をつけて。
 そんなスクリーンの中の自分に、ひろのはいたたまれなくなって身を縮め息をひそめた。隣に座るルシエロは、映し出されるひろのをじっと見て、その装飾を確認する。
 ルシエロが去年のクリスマスに贈った、小さな赤い石が一つだけのシンプルで華奢な金色のネックレスがひろのの首元を飾っていた。
 唇に塗られているのも、もしかすると併せて贈ったリップクリームだろうか。
 年齢は今と変わらないようだが……。
 普段通りの控えめな逢瀬。けれど、普段より積極的なひろの。ルシエロは知らず口元に笑みが浮かぶ。
 スクリーンの中の2人は華やかに笑み合ってプレゼントを交換している。
 ひろのはますます身を硬くした。
 だってこれは。
 もし、またルシエロとクリスマスを過ごせるのなら、こんな風に過ごせたら……そう夢見ていた内容だったから。
 それに気付くともう、ルシエロの顔を見られなかった。
(私が望んだ内容って気づかれないといい)
 ひろのはじっと、映画が終わるまで息を潜めていた。

「なかなか興味深い映画だったな」
 ロビーに出て、ルシエロはひろのを振り返る。
 だがひろのはそれには答えず、それどころかルシエロを見もせずに、きゅうと自らの袖を握っている。
 その様子に、ルシエロは思った。
(上映内容に心当たりがあるのか?)
 ルシエロがひろのの名を呼ぼうと口を開けかけたとき。
「あなたの夢を映像にしたショートフィルム、如何でしたか」
 従業員に、そう声をかけられた。
 夢、とルシエロが呟く。ひろのの頰にぱぁっと朱がさす。
 一緒にいたくて。
 この気持ちを少しでもルシエロに渡せたら。そんな身勝手な夢を見てしまった。
 ひろのは視線を彷徨わせる。
「何を落ち込む」
 ルシエロは俯くひろのの頬に手を添わせ、目を合わせる。
 顔を上げたひろのは縋るような目をしていた。
「嫌じゃないの?」
「いいや」
「だって、勝手に」
「オマエはいつもそれだな」
 ルシエロは苦笑すると、身を屈めひろのと額を合わせ、囁く。
「もっと勝手で良い」
 こんな身勝手な夢を見て、嫌われてしまうのではないかとひろのは怖かった。でも、合った目に嫌悪は無くて。
「時間ならいくらでも作る」
 ルシエロの声は、優しい。
 ルシエロは「それと」と言葉を続ける。
「背伸びせずとも、そのままのヒロノで良いぞ」
 ひろのは喘ぐように言葉を紡ぐ。
「少しは、他の人みたく普通にって。思ってたのに。なんでルシェは、そのままでいいって言うの」
 ルシエロの言葉が嬉しくて。でも、同じくらい恥ずかしくて。
 ひろのはどんどん声が小さくなっていってしまう。
 ルシエロは、そんなひろのを優しく見つめていた。


 真っ白な、可愛らしい家に赤ん坊の泣き声が響く。
「おっと、ディルは抱っこか〜?」
 溌剌とした笑顔のクロスが、月齢10ヶ月ほどのマキナの赤ちゃん、ディルクを抱き上げる。
 クロスは若々しくはあったが、破顔すると若干目元に皺が生じる。
 抱き上げられたディルクは安心したのか、泣き声を引っ込めた。
 ディルクが泣き止むとクロスは側に立つ男性へと顔を向ける。
「ディオ、クリス、本当に料理を任せちまって良いのか?」
「あぁ任せてくれ」
 そう微笑むディオスは若い頃の彼よりもかなり柔和な印象だ。
 幸せな生活がそうさせたのだろうか。
「クリスだっていつもお手伝いしているんだ、それに俺がちゃんと見ているさ。なぁクリス?」
 ディオスは隣に立つ自分と似た面差しの子供、6歳のクリスティアの頭を撫でる。クリスティアは、これから父の手伝いをして家族の役に立てることが誇らしくてたまらない、といった笑みを見せてディオスを見上げていた。
「確かにそうだが……何かあったら直ぐに言えよ?」
「勿論そのつもりだ。所で、ルティやルナは……」
 視線を巡らせるディオス。リビングの隅の、何も飾られていないツリーが視界に入る。
「ルティとルナはオルクと一緒にツリーの飾りとケーキを買いに行ったぞ」
 ルティとルナこと、アマルティとルナティスは3歳の双子の姉弟。
 姉のアマルティはクロスにそっくりで、弟のルナティスは父であるオルクスに似た銀狼のテイルスだ。
 クロスが微笑めば、ディオスも合点がいったと頷いた。
「成程、買い出しか……ケーキや飾りだけを買って来てくれると良いんだが……」
 ディオスの懸念にクロスは苦笑する。
「勿論、おやつや余分なもの買い与えたり買わない様に釘を刺しといたがな。じゃないと、すーぐいらんもの迄買って来るから」
 と、溜息をつくクロス。
「ははっ流石クロだな」
 ディオスは微笑んだ。
「ルク兄さんは甘い物に目がないからな、仕方が無い」
 店先で美味しそうなのが菓子に目を輝かせているオルクスの姿を思い浮かべ、ディオスは苦笑した。
「さてと、そろそろ料理に取り掛かろう。楽しみにしててくれ、クロ、ディル」
 クリスティアとともに腕まくりをするディオス。
「了解♪クリス、ちゃんとパパの言う事聞くんだぞ~?」
 クリスティアは、元気に「もちろん!」と答えた。
「ディルはママと待ってようなぁ♪」
 おでこをちょんと合わせると、ディルクは声をあげて笑った。
 きっと夜には、綺麗に飾られたツリーの横でディオスとクリスティアが作った料理を囲み、家族全員の笑い声で満たされる。
 2人の夫と4人の子供たちからメリークリスマスのキスをもらい、クロスは瞳を細めることであろう。
 ここは、幸せな、幸せな家……。

 映画の内容にクロスは言葉を失った。
 終わる頃には、胸が詰まって瞳には涙すら浮かんだ。
「クロ?」
 心配そうにクロスの顔を覗き込むディオス。
「あんな、みら、いが、あれば良いのに、って、いつも、思ってて……っ」
 嗚咽が混じり上手く話せない。けれどクロスは懸命に言葉を紡いだ。
「でも、実際は、無理って、諦めてたのにっ……」
 2人の男性と愛を交わす。自分たちの愛の形を貫く道を選んだことに後悔はない。
 けれど、それがなかなか理解されない愛の形であることも、わかっていたから。
「夢だとしても、嬉しい……っ」
 ついに涙が瞳からこぼれ落ちる。
「クロ……」
 ディオスはクロスを優しく抱き締める。
「確かに俺達は世間では認められないだろう。だが、夢だとしてもあの未来になれる様に、幸せな未来になる様に3人で築き上げていこう」
 ディオスはそっとクロスの目尻に口付けた。
 クロスの涙がディオスの唇に染み込む。
 誰にも負けないくらい幸せになろう。そうしたらいつか、皆に理解してもらえるかもしれない。こんな愛の形もあるのだと。


 ホールの客席は満員御礼。
 ステージ上でスポットライトが照らすのは、細身の中性的な少女、緑野・聖。
 聖が弓を動かすのに合わせて、チェロが激しくも繊細な音楽を奏でる。
 最後の音が響くと、待っていたのは喝采の嵐。
 拍手が生む心地よい空気の振動が、聖の体を包み込む。
 額に汗を煌めかせながらも、聖は立ち上がり余裕の笑みで客席に会釈した。会場の拍手は一層激しくなった。

 ……そんな映像を、聖は腕を組み冷めた目で眺めていた。
 未来の夢を見せるという映画。
(……どういう仕組みか知らんが、皮肉なものだな)
 今の聖の演奏では、これほどの拍手喝采を浴びることはないだろう。それは、自分自身がよく解っている。
 腕の古傷が痛むような気がして苛立った。
 だが、映像の続きに、その苛立ちはあっという間に忘れ去られた。
 ステージ袖から真っ赤な花束を持った男性が現れる。
 中性的な美しさを持つその姿は。
――花欖さん?
 スクリーンの聖と現実の聖が同時に息を飲む。
 微笑みをたたえゆっくりと聖に歩み寄るのは姜・花欖。
 真っ赤な花が次第にクローズアップされていく。
 その花の正体は、グロリオサ。
 炎のように赤く燃え、煌めくように縁取られる黄色。
 炎の百合、グロリオサの持つ意図は――
 聖は胸が苦しくなってそっと頭を振る。
(……そんな『栄光』は、今の私には……)
 眩しげに眉を寄せ、目を細めて大きく映し出されたグロリオサを見つめる。
 そんな聖の隣で、同じ映像を見ていた花欖は極々小さく呟いた。
「……成程、ね」

「薄々感づいてはいたけれど、矢張りそうか」
映画館を出ると、花欖はそう切り出した。
「君の今の目標はあくまで『僕に認められる事』なんだね」
 立ち止まり、じっと聖を見つめる花欖。
 先ほど見た映像が聖の未来の夢であるならば、栄光を意味する花を花欖から贈られるということは、聖が花欖から誉れを受けたいと思っているということではないか。
 聖も負けじと花欖を見つめ返す。
「……目の前の人間一人の心も満たせずして、この世界に成功はありえませんから」
 低く、感情を抑えた声で答える。
「ふぅん、真面目だね」
 真剣味に欠けるその言葉に、聖は無意識のうちに躍起になって言い返す。
「確かに、好き嫌いはあるでしょう。演奏の癖や表現技法……けれど、芸術家としての貴方は、信頼出来る。貴方の言葉――『感情に乏しい』と。それは、好む好まざるとは別のもの。
その言葉は、信頼出来ると思った」
 以前花欖から言われた「技術ばかりが先行し表現力が疎かになっている」という言葉は、思いの外、聖の心にこびり付いている。
 種類は違えど、同じく芸術の中に身を置いていた者から下された辛辣な評価。しかもそれは、今後長き時間を共に過ごさねばならない契約精霊。だからこそ余計に気に病んでしまうのかもしれない。
 喋りすぎてしまった、と思い、聖は
「……それだけです」
 と、花欖から目を逸らした。
 聖の気持ちを知ってか知らずか。
「……頑張るのは良いけれど、根を詰めすぎないようにね。芸術家だって体が資本なんだから」
 花欖が一度だけ聖の頭にぽすりと手を置いた。
 資本である体が壊れるということは、どういうことか、聖は身を持ってそれを味わっていた。
「……解って、いますよ」
 聖は微苦笑を浮かべる。脳裏に崖から落ちていったあの時の映像が蘇る。もう治ったはずの腕が、また痛んだような気がした。
「そうだね、君はそれを人一倍解っている筈だね。そういう意味では僕も君を信頼しているよ」
 花欖は僅かに目を細める。
 どうか彼女が自分と同じ末路を辿らないように。
 だが花欖はその願いを表に出すことはなかった。


 胸の奥、炎はずっと燻っているけれど。未だそれは燃え上がらない。
 栄光の意を持つあの花の炎には遠く及ばない。
 燃え上がるグロリオサ。聖がそれを手にする時は、果たして来るのだろうか……。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 12月01日
出発日 12月07日 00:00
予定納品日 12月17日

参加者

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