鏡写しのジェミニ(北乃わかめ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 来月訪れるクリスマスのために、あなたはタブロス市内へ買い物に来ていた。いくつかの目星をつけ、さぁどうしようかと考えていると。

 ふと、視界に入ったビルとビルの隙間。大人ひとり入れるだろうギリギリの場所に、幼い子どもがふたり、手を繋いで立っている。
 親を探しているようには見えないが、気になったあなたはそのふたりに近づいた。
 どうやら、顔も背格好も似通っているそのふたりは、男女の双子のようだ。ふたりきつく手を繋いでいる。

「ねぇ、君たち迷子かな?」

 あなたが声をかける。するとふたりは顔を見合わせ、あなたを見上げた。

「うん、迷子なんだ」
「違うわ、迷子なんかじゃないわよ」

 男の子の言葉に、女の子がすかさず否定する。その様子に、あなたは首を傾げた。

「じゃあ、お父さんかお母さんを待ってるの?」
「うん、待ってるんだ」
「なに言ってるの、お父さんもお母さんも待っていないわよ」

 あなたはますます混乱した。男の子が肯定して、女の子が否定する。それをひたすら繰り返すのだ。どんな質問でも、それは変わらない。

「ぼくらは双子だよ」
「双子じゃないわ」
「じゃあ、ぼくらは他人だ」
「違う、わたしとあなたは双子よ」

 お互いの会話でも、この調子である。きっと、はっきりとした答えなんて得られないのだろう、もしかしたら遊んでいるだけなのかもしれない。
 そう思い始めたあなただったが、声をかけた以上「じゃあさよなら」とは言えなかった。

「ううん……ふたりは、誰かを待っていたの?」

 そうして、何度目かわからない問いかけをしたとき。
 ふたりの動きが、ぴたりと止まった。顔を近づけ、内緒話をするように囁く。

「ぼくらは待っていたの?」
「ええ、待っていたの」
「この人を待っていたの?」
「そうよ、この人が来るのを待っていたの」

 ふたりが嬉しそうにくすくすと笑い合う。
 それから、男の子はズボンのポケットから小さな手鏡を取り出した。背に白と黒の星がひとつずつ装飾されたその鏡を、あなたが映るように向ける。

「ここに、あなたが映ってる」
「だけどそれは、真逆の姿」

 ぐにゃりと鏡の面が歪む。ふたりの背の奥にある路地裏が、やけに白んで見えた。
 あなたが何か反応を示す前に、鏡が一瞬、それこそカメラのシャッターのように光る。その眩さに目を閉じ、開くと。

「……え?」

 あなたとふたりの間に、あなたそっくりの『何か』が立っていた。

「優しくて」
「冷たくて」
「彼のことが大好きなあなた」
「彼のことが大嫌いな逆さまのあなた」

 ふふ、とふたりがなおも笑う。あなたそっくりの『逆さま』は、あなたを見据えてにやりと笑った。
 そして、どこかへと駆け出していく。
 向かう先は――あなたの、パートナーのもと。

「自然と消えるかな?」
「いいえ、愛がなければ消えないわ」

 だから、とふたりがあなたを見つめる。
 愛を見せて。そう言って、ふたりは路地裏の奥へと消えていった。

解説

 不思議な双子は、とんでもないものを置いていきました。

 神人または精霊どちらかの、そっくりな『逆さま』が現れます。
 『逆さま』はパートナーに接触した後に、本物が合流する流れになります。

 『逆さま』には実体があり、鏡から生まれたので、本物とほとんど違いがありません。
 会話もでき、声も同じです。
 ただし、本物と中身が真逆になっています。

 パートナーのことが好き→嫌い
 優しい→怖い、厳しい、冷たい
 真面目→不真面目、適当

 などなど。逆もまた同じように。あくまでも一例ですが、上記のように本物とは正反対の中身になっています。
 見た目が同じなので、本物と間違えて『逆さま』の言葉を真に受けてしまうかもしれません。
 すぐに見抜いて、偽物と気づくかもしれません。
 後から本物が合流して、修羅場になってしまうかもしれませんね。
 ウィンクルムとしての愛情が確認できた時点で、『逆さま』は消え、成功判定となります。



※個別描写になります。
※市内への交通費で300jr消費します。

ゲームマスターより

いつもお世話になっております、北乃わかめです。
季節感あんまり無いなぁと思っていたのですが、プロローグを書いてから、タイトルにあるジェミニ(ふたご座)が冬に出る星座だと気づきました。見切り発車は危険ですね。

ウィンクルムの愛情は、恋愛はもちろん、家族愛、友愛など関係性によっていろいろ違いがあります。
今までと雰囲気の違うパートナーが目の前に現れたとき、どんな行動をするでしょうか。
よければご参加いただければと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  偽リチェ:大人びている、積極的
行動:蠱惑的な微笑みで彼に擦り寄り
   指を絡め 腕によりかかる

遠目にふたりを発見
指を絡めているのに気づき 息を呑む
ごめんなさい 通して…!
人ごみを掻き分けるように追いかける

シリウス…っ!?
キスしているように見えてずきりと胸が痛む
彼の発した言葉に目を見開く

気が付いてくれた
「俺の」と言ってくれた

それがたまらなく嬉しくて 頬が熱く
思わず彼にしがみつく

逆さまが消えたら 顛末を説明
ため息に笑った後 眉を下げてぽつりと
…わたしも あんな風に手を繋いでみたいなぁ
彼の返事に頬を膨らませる
女の子の夢なの!
これでいいのか と絡んだ指に真っ赤に
…恋人繋ぎ…
赤くなった彼に気づき笑顔
そろりと指に力を入れて 


かのん(天藍)
  天藍の方へ自分の逆さまが向かうのを見て追いかける
彼が優しい笑顔を逆さまに向けていて胸が痛い
…このまま私がそばに行って、私が私だと気付いてもらえなかったら…
不安が募る、でも、このまま見ているのは嫌です
意を決して2人に近づく
あら、何の用?逆さまの声に怯む
けれど、このまま黙っていては駄目ですよね
天藍はたった一人の特別な人、私じゃない私に譲るわけにはいかないですから
思い切って
天藍から離れて下さい、今日ここで待ち合わせをしていたのは私なんです

分かってもらえた安堵と嬉しさに身を寄せる
あれは何だ?という天藍の声に、愛を見せてと原因の2人に言われた事を伝える
額の温もりに頬が染まる
誰か見ていたらどうするんですか


七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)
  後から翡翠さんの元へ駆けつけました。
隣に立つ瓜二つの自分に、返す言葉がなく、呆然と立ち尽くします。
「私が……もう一人。まさか! 生き別れた双子の」

(もし、これが理想の私だとしても)
何だか変です、自分の姿なのに他の人を見ているようで。
翡翠さんにベタベタとスキンシップを取ったり、おねだり迄する、逆さまの私。
羨ましさと嫌らしさが込み上げてきます。

「もう、いいでしょうか」
一部始終を眺めるも、次第に翡翠さんを奪われる気がしました。
ついに彼女の腕を掴む。
「私の夫を返して下さい」
目を伏せ、真顔で訴える。

「み、未来の! ですよ!」
あのくらい言わなければ、本当に奪われるかと思ったんです。
もうっ!笑わないで下さーい!


スティレッタ・オンブラ(バルダー・アーテル)
  バルダー?突然いなくなったから何処いったのかと…
って何!?突然キスしてきて?
え?「今ここで俺のものになれよ」って…って、ちょっと!そんなに強く腕掴まないでよ!痛いじゃないの!
何なのコイツ…サディストだし女慣れしてるし…ぜんっぜん優しくないし酷く乱暴で…
抵抗して蹴り飛ばしてやろうかと思ったけど案の定避けられたし
これがバルダーの本性なの…?
やだ、そんなの嘘よね…?
また都合のいいように扱われるの……?


そんなの…

え?バルダー?
すっごく殺気立ってる…
本当に、怒ってるのね…?
助けて、くれたんだ…
え?謝る必要なんてないわ
…むしろありがとね。バルダー

所でさっき言いかけた言葉って、何だったのかしらね?ふふ


アデリア・ルーツ(シギ)
  逆さま:暗い、子供っぽい、無神経、セリフは『』

『その名前も呼びたくない感じ、すごくいい』くすくす笑う。

『なーんにもないわよ?』
『なんで? どうでもいいじゃない』
『かわいくない精霊。別の子ならよかったのに』

『なあに、怒ってそ「いたー!」』

「ちょっとあなた、変なこと言ってないでしょうね!」逆さまに詰め寄る。
『心配して見える? そんなことないのよ?』
「何言ってるの!」誰が言ったのよ。
「シギくんは大事なパートナーなのよ!」

「なんか、逆さまの私とか言ってたわ」逆さまを睨む。
「どこまでかはちょっと」
「言わないわよ。シギくんいい子なのに!」

え。「今、名前」
名前呼ぶだけで照れちゃって。「シギくん、かわいい」(笑顔


●レーカルェチリ
 待ち合わせ場所に佇んでいたシリウスの無機質な瞳に、走りながらも微笑むリチェルカーレの姿が映った。

「待たせてしまったかしら? さぁ、行きましょう?」

 流れるように、シリウスの腕に抱きつくリチェルカーレ。うっとりと、翡翠の瞳を見つめる。
 振り払おうとしないシリウスに気を良くしたのか、リチェルカーレはその細い指をシリウスの指に絡めた。ふふ、と漏らす声は熱を持っている。

「……」

 さぁ、と再び促され、歩き出すシリウス。だが、その瞳がリチェルカーレと交わることはない。何かを探すように周りを見る。人通りもまばらなそこには――見知った姿など見えなかった。
 リチェルカーレが引っ張るままに歩けば、徐々に人気は少なくなっていった。少しして、日の光も入らないような薄暗い路地裏に身を滑らせる。

「たまには大人のキスをしてみない? 嫌なこと全部、忘れさせてあげる」

 妖艶な唇が弧を描く。両腕をシリウスの首に回し、体を押し付けて。大胆、と言えばそれまでなのだろうが、シリウスはいっそう温度のない瞳でリチェルカーレを見下ろしていた。


 は、と息を呑んだその人は、それでもなお走った。自分とよく似た後ろ姿と愛しいその人が、指を絡めていても止まるわけにはいかなかった。

「ごめんなさい、通して……!」

 悲痛なる声。遠くなりそうな二人の姿を追いかけ、追いかけて。
 やっと追いついた、そう思ったそこで目にしたものは。

(シリウス……っ!?)

 密やかに、キスをしているように見えた、胸の内を抉るそんな光景。
 細い路地裏、背を向けたシリウスの首に絡まる女の腕。自身の『逆さま』がこちらを見て、挑発的な視線を投げてくる。たまらず、痛む胸を押さえていると。

「……お前、何だ?」

 ひと際冷えた声が、路地裏に広がる。逆さまは、それでも余裕の表情のままだ。

「可笑しなことを言うのね? わたしはリチェルカーレよ」
「――違う。外見を似せたくらいで惑わせると思うな」

 ――お前は俺のリチェじゃない。

 断言された言葉に、リチェルカーレは目を見開いた。本物ではないと気づいてくれたこと、それから……「俺の」と言ってくれたこと。
 痛んでいた胸はあたたかく、熱くなり、たまらず彼の背中へ向かって走り出す。感情が溢れて声もまともに出ないのに、その人は振り返って。

「リチェ……!」

 ぼろぼろと涙を流すリチェルカーレを抱きとめた。こみ上げる嬉しさをどう表現すればいいのかもわからず、シリウスにしがみつくリチェルカーレ。
 肩越しに見えた逆さまはひらりと手を振り、踵を返す。そのまま暗い路地裏へ姿を消した。

 落ち着いたリチェルカーレから事の顛末を聞いたシリウスは、ため息混じりに「はた迷惑な……」と呟いた。その様子に、リチェルカーレも同意するように笑う。
 ただ、とリチェルカーレは声のトーンを落とし、

「……わたしも、あんな風に手を繋いでみたいなぁ」

 とこぼした。先ほどのシリウスと逆さまの姿が脳裏をよぎる。一方的にだったとしても、『あれ』はひとつの憧れでもあったのだ。

「……何故だ?」
「女の子の夢なの!」

 意味をわかっていない様子のシリウスの言葉に、リチェルカーレは頬を膨らませる。よくわからない、とシリウスは困惑するが、夢と言われて何だか叶えたくなったのも事実だ。
 シリウスはリチェルカーレの細い指に、自身の武骨な指を絡めた。これでいいのか、とリチェルカーレの様子を窺う、と。
 真っ赤な顔で、呆然と繋いだ手を見つめていた。

「……恋人繋ぎ……」
「――っ!?」

 ぽつり、とおそらく無意識のうちに出てしまったのだろうリチェルカーレの呟きに、シリウスは思わず動きを止める。知らなかったと言えど、そんな呼び方をするなんて。
 なぜだか直視しづらくなり、シリウスはふいと顔をそむけた。黒髪の間から見える耳元と首筋が朱に染まる。
 リチェルカーレは、そっと繋いだ指に力を入れてみた。僅かに身じろぎしたシリウスだが、拒むことも嫌がる素振りもない。それがますます嬉しくて、リチェルカーレは花のような笑みを浮かべながら二人並んで歩いたのだった。



●んのか

「かのん!」

 待ち合わせ場所に現れたパートナーに、天藍は片手を上げて声をかけた。かのんに駆け寄る天藍だが、どことなく違和感を覚える。
 気位の高そうな、そして冷やかさを感じる艶然とした笑み。どうにも、いつもと違う。

「今日は俺が先だったな」
「別に、私が待たせたわけじゃないでしょう?」

 居丈高な物言いに、天藍は何か面倒なことに巻き込まれたのではないかと推察した。以前、怪しげなドリンクでかのんがサディスト化してしまった日がよみがえる。

(……また何か飲んだのか?)

 あれは割とすぐに元に戻ったわけだが、妙なことに巻き込まれるな、と思考を巡らす天藍。
 ――そのときだった。冷たい表情のかのんの肩越しから、誰かがもう一人、近づいてくるのが見えたのは。


 ようやく追いついたと思ったところで、かのんは見てしまった。
 愛しいパートナーである天藍が、『逆さま』に優しい笑顔を向けている姿を。

(……このまま私がそばに行って、私が私だと気づいてもらえなかったら……)

 ずきん、と鈍く痛む胸。ちらつく『もしも』が不安を煽っていく。
逆さまは、姿形はもちろん声も同じだ。自分が本物だとわかってくれる確証はない。

(――でも、このまま見ているのは嫌です)

 あのまま、自分じゃない誰かと天藍が笑い合っているなんて。ましてやそれが、自分と同じ姿をしているなんて。
 意を決し、かのんは二人に近づいた。

「あら、何の用?」

 足音に気づいた逆さまが、振り返りかのんに問う。まるで、ここにお前の居場所はないのだと言われている気分だった。
 ぐ、と言葉に詰まるかのん。それでも、逆さまを隔てたその先に天藍の姿が見えるから。このまま黙っていてはいけないと、自らを奮い立たせる。

(天藍はたった一人の特別な人、私じゃない私に譲るわけにはいかないですから)

 ひとつ、呼吸を整える。両手を体の前で握りしめ、まっすぐに逆さまを見据えた。

「天藍から離れて下さい、今日ここで待ち合わせをしていたのは私なんです」

 はっきりとした声が、逆さまに、それを飛び越え天藍にも届く。強い意思のこもった声に、天藍は短く息を漏らした。
 誰かのためなら凛としてどんな困難にでも立ち向かうのに、いざ自分のこととなると控えめで、恥ずかしがりで。引っ込み思案だけど、とても優しいぬくもりを持った人。――それが、天藍の知るかのんだ。

(そんなかのんが、一生懸命に自分が本物だと主張している)

 組んだ指先は震えていた。不安を抱えたまま、それでもひた向きに言葉を紡ぐ姿がとても愛しくて。

「――かのん」

 思いを抑えきれずに名前を呼ぶ。すみれ色の瞳を見つめ、天藍は手を差し伸べた。
 自分を見つめ返す天藍に、かのんの指先から力が抜ける。胸の内にじんわりと広がる熱に顔を綻ばせながら、かのんは天藍の手を取った。

「天藍……!」
「俺にとって、ただ一人の大切な存在だからな」

 ――どちらが本当かくらい分かる。そう、天藍は逆さまに言い切った。
 逆さまは冷めた瞳でかのんと天藍を睨む。その表情はやはり、本物のかのんではないと裏付けた。

「最初は、また変なドリンクでも飲んだのかと思ったが……あれは何だ?」
「あれは……不思議な双子が、『愛を見せて』と言って現れた逆さまの私で」
「愛を? そうか……」

 怪訝そうな顔のまま、何か思案する天藍。逆さまはまだ消えず、その場に留まっている。
 思えば、愛を見せろなど抽象的すぎる要望だ。言葉なのか行動で示すのか、あの双子は何も言わなかった。
 さて、どうするべきか。かのんも天藍と同じように思考を巡らそうとした、そのとき。逆さまがあっと目を丸くした。

「え――?」

 ふと訪れた額のぬくもり。香る天藍の匂いに、かっと頬が赤く染まる。抱き寄せられた肩からは、天藍の手のひらの熱が伝わってきた。

「誰か見ていたらどうするんですか……っ」
「これでも、少しは自重したんだけどな」

 まったく悪びれる様子もなく、人の良い笑顔を見せる天藍。愛を見せろとは言われているが、そんなことをするなんて聞いていないし、思いもしなかったのに。
 そういえば、と逆さまがいた方へ目を向ける。だが、そこにはもう誰も、何もいなかった。



●ゴルイ・テエシ・草七

「翡翠さぁん!」
「うぉっ!?」

 どーん! と言いながら抱きついてきた人物に、翡翠・フェイツィは素っ頓狂な声を上げた。
 きゃあきゃあ言いながら腕に絡みつくのは、パートナーである七草・シエテ・イルゴだ。普段、おっとりとしているその人からは想像できない猫撫で声で甘えられ、翡翠は目を白黒させる。

「あー……、シエ、だよな?」
「うん、そうだよぉ? どうしたの、翡翠さん?」
「……とりあえず、一旦離れようか」

 シエテの肩を掴み、引きはがす翡翠。シエテは唇を尖らせて不満げだ。
 いったいどうしたんだと困惑していると、今度はやや強張った声色でシエテが翡翠を呼んだ。だが、すぐ傍のシエテからではない。声の出どころへ目を向けると、そこには――もう一人のシエテが。

「……なんでシエが二人も?」
「私が……もう一人。まさか! 生き別れた双子の」
「いやいつの時代のボケだよそれ」

 はっとした表情で言われても、翡翠は突然の状況に混乱するばかりだ。しかも、もう一人のシエテが現れてからというもの、抱きついてきたシエテがまた腕にすり寄って来た。
 どうにも、得意気な表情で後から来たシエテをほくそ笑んでいる。

「翡翠さぁん、ぎゅーっ!」
「あ、あついほうようだなー、しえ」
「ねぇ、翡翠さんもぎゅーってして?」

 お願い、と懇願するシエテに、翡翠はたじたじだ。離れてほしい気持ちがあるものの、見た目がシエテだからか無下にすることもできずにいる。
 そんな二人を見ていたもう一人のシエテは、軽快にボケたものの心中は穏やかではない。

(――もし、これが理想の私だとしても)

 大胆で、感情豊かで翡翠に甘えることもあんな簡単にできて。そんな、今の自分と真逆な『逆さま』が理想だとするならば。
 目の前で繰り広げられている光景は、まさしく理想を反映したものであるはずだ。それなのに。

(何だか変です、自分の姿なのに他の人を見ているようで)

 あれは自分自身ではなく、『逆さま』なのだ。確かに、平然と翡翠にスキンシップを取ったりおねだりしたりするのは、ひどく羨ましいと思うのだが。
 それと同時に湧き上がる、嫌らしさ。あれは、理想ではないと誰かが言った気がした。

「――もう、いいでしょうか」

 シエテは、翡翠に抱きつく逆さまの腕を掴んだ。自分と瓜二つ、サファイアのような青い瞳がシエテを見つめ返す。
 しかしシエテは怯まない。奪われたくないと、そう強く思ったから。

「私の夫を返して下さい」

 そのときのシエテは、とても真摯な瞳をしていた。はっきりした語調の訴えに、逆さまは一瞬だけ面を食らう。それから小悪魔のようににんまりと笑って、翡翠からあっけなく離れた。
 すれ違いざま、逆さまはバイバイ、とシエテに手を振り霧のように消えた。

「――それにしても、すごい事を言ったよね」
「み、未来の! ですよ!」

 堪えきれない、と噴き出した翡翠の言葉に、逆さまの背中を見送ったシエテがバッと弾かれたように振り向く。困り顔で必死に訂正するシエテは、いつも通りだ。
 あのくらい強気に言わなければ奪われてしまうかもしれないと、シエテは心の底から不安だった。見事逆さまに愛を示したシエテだが、そんなことは露知らず翡翠は笑いが止まらない様子だ。

「ねぇ、いつか結婚する?」
「もうっ! 笑わないで下さーい!」

 頬を膨らませるシエテを見て、翡翠も調子を戻したようだった。
微笑ましく頬を緩める翡翠が言った言葉は、単なる言葉遊びだったのか。それとも……――。



●ルテーア・-ダルバ

「何だったんだ……今の奴は……」

 自分と瓜二つの男は、挑発的な笑みを見せたかと思うとどこかへ走り去ってしまった。

「……まさか、ナンナの所へ……?」

 あれがバルダー・アーテルの『逆さま』ならば、行く先など容易に想像がつく。つい先ほどまで共に行動していたスティレッタ・オンブラのところに行くはずだ。

(アイツとナンナが会ったら……ナンナが襲われかねんぞ!? 急がんとまずい!)

 冷や汗が頬を滑る。現れた逆さまの目は、まるで獲物を狙う肉食獣のそれとよく似ていた。バルダーは青ざめ、スティレッタのもとへ猛然と走り出した。


 スティレッタ。そう呼ばれて振り向けば、悠然と笑みを浮かべ近づくバルダーの姿があった。

「バルダー? 突然いなくなったから何処にいったのかと……って、何!?」

 突如姿を消したバルダーを心配し、周囲を探していたスティレッタ。そんな彼女の言葉を遮り、バルダーはスティレッタを壁際に押し付ける。
 縮まった距離に驚きスティレッタが声を上げれば、バルダーはにやりと口角を上げて耳元に唇を寄せた。

「今ここで、俺のものになれよ」
「え? ……って、ちょっと! そんなに強く腕掴まないでよ!」

 痛いじゃないの! と抗議の言葉をぶつけるが、バルダーは動じることもなくスティレッタの腕を掴み逃げられないようにする。スティレッタが睨もうと余裕の表情だ。

(何なのコイツ……サディストだし女慣れしてるし……ぜんっぜん優しくないし酷く乱暴で……)

 普段と違うバルダーの行動に不安が隠せない。せめてもの抵抗と片足を振り上げるが、難なく避けられてしまった。
 バルダー、と心の中で呟く。『スティレッタ』ではなく『女』を求めるその目が、ますます彼女を絶望へと誘った。

(これがバルダーの本性なの……? やだ、そんなの嘘よね……? また都合のいいように扱われるの……?)

 ――そんなの……
 ひく、と喉が震える。滲む視界に、負けそうになる。

「!! ――スティレッタ!」

 途端、鋭い声が響く。はっと目を大きく開けば、視界の端にもうひとりのバルダーの姿が見えた。
 玉のような汗を流しながら、スティレッタに迫るバルダー――もとい、逆さまに掴みかかる。

「貴様っ! その薄汚い手を放せ!」

 雪崩れるようにバルダーは逆さまに馬乗りになった。逆さまを見下ろすその目は、怒りと殺意で鈍く光っている。

「誰一人として、ナンナを傷付ける奴は俺が許さない……!!」

 身動きが取れないようにと、逆さまの二の腕に膝をついて拘束する。逆さまの胸倉を掴み、歯を剥き出しにして怒りをあらわにした。
 それを見て、逆さまが目を細めて笑む。

「何をニヤついている!? ナンナは俺の……!」

 瞬間、がくんと落ちる体。落ちたと言っても、ほんの十センチ程度だが。

「……え? 消えた?」

 逆さまは、霧のように消えてしまった。
 拍子抜けしたバルダーだったが、すっと立ち上がりスティレッタに向き直る。呆然と様子を見ていたスティレッタに、思わず目を逸らした。

「――済まなかった」
「えっ?」
「いくら守る為とはいえ、お前の前では人殺しの顔は見せたくないんだ。……お前まで傷付けそうでな」

 暗く沈んだ声。目を合わせない原因はそれか、とスティレッタは気づいた。
 そんなこと、気にしなくてもいいのに。助けてくれた事実だけで満足できるほど、嬉しかったのに。

「謝る必要なんてないわ。……むしろありがとね、バルダー」
「スティレッタ……」

 やわらかい表情を見せたスティレッタに、バルダーはようやく肩の力を抜き、彼女を見つめることができた。

「所で――」

 スティレッタの声が、軽いトーンに変わる。バルダーに近づき、彼の顔をわざとらしく覗き込んだ。

「さっき言いかけた言葉って、何だったのかしらね?」
「……ひ、秘密だ」

 ぎょっと目を剥くバルダーの様子に、スティレッタはいつもの調子を取り戻したようだ。答えは頑なに教えてくれなかったが、やはり普段のバルダーがいいと笑ったのだった。

(あの流れでナンナは俺の女だとか、みっともない発言だろ……)


●ツール・アリデア
 大学の講義が午前中のみで終わったシギは、早々に帰路についていた。十二月でも、まだ昼間の日の光はあたたかさを残している。
 イヤホンを耳にお気に入りの曲を流せば、講義で溜まった倦怠感が少し払われた気がした。

「あんた、こっちに来てたのか」

 ふと、見慣れた姿を見つけた。パートナーのアデリア・ルーツだ。視線が合ったのをきっかけに声をかける。
 その人物はシギを見て、ぐっと口角を引き上げた。

「その名前も呼びたくないって感じ、すごくいい」
「……何かあったのか」
「なーんにもないわよ?」

 シギの問いを、飄々とかわすアデリア。その様子に、いつもと雰囲気が違うことはすぐにわかった。
 だが、目の前のアデリアはまるで言葉遊びでもしているかのように、くすくすと笑っている。

「こっちに来るなら連絡しろ。最近物騒だろ」
「なんで? どうでもいいじゃない」

 言外に、心配していると含んだつもりで言った言葉。最近ではどうにも、街中でも危険がちらつくようになっている。アデリア自身も、それはわかっているはずだった。
 思わず、シギが怪訝な目を向ける。すると。

「――かわいくない精霊。別の子ならよかったのに」
「あんた……っ!」

 途端、頭に血が上る。掴みかかってしまいそうなのを抑えたのは、おそらくここが往来であることと、残っている理性によるものだろう。
 まさか、アデリアにそんなことを言われるなんて。怒りと、それから暗闇に放り出されたような孤独感が、シギから冷静さを奪おうとする。
 アデリアは、なおも笑う。

「なあに、怒ってそ――」
「いたー!」

 響く、大きな声。それこそ最近馴染みのあるそれが、シギの暗闇を吹き飛ばす。

「ちょっとあなた、変なこと言ってないでしょうね!」

 現れたその人もまた、アデリアだった。感情をあらわに、陰のあるアデリアに詰め寄る。その様は、まったくの正反対。

「シギくん、変なこと言われなかった?」

 後から現れたアデリアの問いにも、シギは答えられなかった。アデリアが二人いる、その状況に頭がついていかないのだ。シギは目を丸くし、目の前にいる二人のアデリアに首を傾げるしかない。

「心配して見える? そんなことないのよ?」
「何言ってるの! シギくんは大事なパートナーなのよ!」

 そんなこと誰が言ったのよ、と憤慨するアデリア。陰のあるアデリアは、本当に? と幼稚な笑みを浮かべている。
 はたから見ていたシギがただひとつわかるのは、いつもの雰囲気に近いのは後から表れたアデリアだということだ。

「何だこれ。……訳がわからない、説明しろ」

 話に取り残された気分で、なおも憤りを隠さない方のアデリアに声をかけた。投げる視線にはたっぷりと苛立ちが含まれている。

「なんか、逆さまの私とか言ってたわ」
「はあ? 全部逆ってことか?」
「どこまでかはちょっと」

 キッと『逆さま』を睨むアデリア。逆さまは答えを言われてしまい、肩を竦める。
 今までの言動は全て、アデリア本人ではなく逆さまが言っていたことだった。つまりは、さっきの言葉も本心ではないということ。

「さっきのもか?」
「え? さっきって?」
「俺以外の精霊が良いって、あんたも言うのか」

 逆さまだと言われても、すぐには受け入れがたい。だからシギはそうアデリアに問いかけた。

「言わないわよ。シギくんいい子なのに!」
「いい子って……」

 答えは、はっきりと。まっすぐに飛んできたそれに、シギは虚を突かれつつも安堵する。アデリアは、何か逆さまに言われたのかと心配そうだ。
 最初に会ったアデリアの言葉は、すべて逆さまだった。それならば、『最初』のも。

「――アデリア」

 え、と声を漏らすアデリア。

「今、名前」
「……呼び方が気に入らないなら、先に言え」

 そっぽを向いたシギの頬は、目に見えて赤くなっていて。アデリアは名前を呼ばれた高揚感と相まって、頬が緩むのを抑えられない。

「シギくん、かわいい」

 すっかり元の笑顔に戻ったアデリア。気づいたときには、『逆さま』は姿を消していた。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 北乃わかめ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 11月24日
出発日 12月01日 00:00
予定納品日 12月11日

参加者

会議室

  • [7]リチェルカーレ

    2016/11/30-22:22 

  • [5]かのん

    2016/11/30-21:28 

  • 七草シエテと精霊の翡翠さんです。
    スティレッタさん、アデリアさんは初めましてですね。
    リチェさん、かのんさんはミラスさんの件、お疲れ様でした。

    と、挨拶したいのですが、さっきから翡翠さんと連絡がつかずにいます。
    誰かに会っているのでしょうか(顔を曇らせながる)。

  • [3]かのん

    2016/11/29-21:40 

    かのんとパートナーの天藍です、よろしくお願いします
    私じゃない私が今日の待ち合わせの場所の方向へ行ってしまいました……
    急がないと、ですね

  • [2]リチェルカーレ

    2016/11/29-20:44 

    リチェルカーレです。パートナーはテンペストダンサーのシリウス。
    皆さん、よろしくお願いします。

    すみません、この辺で「わたし」を見かけませんでしたか?
    …おかしいな、こっちの方に走っていったと思ったのに…。

  • [1]アデリア・ルーツ

    2016/11/29-19:41 

    アデリアよ。
    よろしくお願いね。

    私のそっくりさん、どこ行ったのかしら。
    変なことしてないといいけど。


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