【浄罪】深淵より、君を(真崎 華凪 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 ひやりと、冷たい空気を首筋に感じた。

 足を踏み入れたのは、どこか禍々しさを感じさせる廃墟にも似た建造物。
 人の気配はなく、忘れ去られたのではないかと思うほど冷えた空気が通り抜けていく。

 ――寒い……。

 震え上がりそうなほど、そこは寒かった。
 けれど。

「ここ、少し暖かいね」

 神人が、おかしなことを言った。

「暖かい……?」
「え? うん。外より暖かいよ」

 まさか。
 神人の言葉が真実だとするなら、ではなぜこんなにも寒さを感じている――?

「ここにもギルティ・シードがあるのかな」
「……どう、だろうな。どちらにしても早く見つけないと、な……」

 そうだ。
 A.R.O.A.からの説明に、ギルティ・シードを破壊するようにとあった。
 その目的を、忘れてはいけないのだ。
 拳を握りしめて、震えだしそうな身体を留め、任務の遂行を優先させる。
 建物をくまなく探しながらも、見つける気配すらないギルティ・シードに、神人は溜息をついた。

「ないのかな。見えないところにあるみたいなんだけど」

 なぜ、こんなにも寒い?
 なぜ、こんなにも震える?
 なぜ――……。

 建物の壁にかけられた鏡の中の『誰か』と目があった。
 それが精霊自身だと気付かずに、彼は突如、喉が引き裂けるのではないかと思うほどの声を発した。

「――っ、ど、どうかした……?」

 神人の不安げな目は、まるで深淵のように暗く見えた。
 苛立つ感情は黒い感情に色を変え、精霊自身の心を侵し、穢し、壊していく。

「どうして……俺は……」

 震えていたのは、あの日の暗い過去があったから。
 寒かったのは、そんな暗い時間がまた、眼前に迫っていると感じていたから。

「こんなところで生きてるんだろう――」

 絶望に堕ちていく精霊を前に、神人はそっと手を伸ばす。

解説

ギルティ・シードが降下した建造物へと足を踏み入れた途端、負の感情にとらわれた精霊に正気を取り戻してください。


負の感情に支配されるのは、ギルティ・シードの性質上、必ず『精霊』でお願いします。
過去のトラウマや忘れたい過去、記憶にはないけれども経験をしたつらい過去など、とらわれる闇はなんでも大丈夫です。

精霊さんには暗い過去はない、とか、ちょっと触れたくない事象だったりする場合は、
神人さんに害をなす感じ(首を絞めたり、攻撃を仕掛けたり)でも可能かと思います。


神人さんの対応としては、説得が基本になるかと思います。
グーパンで正気を戻すならそれでも大丈夫ですが、どうぞほどほどに。

また、精霊さんの闇の深さはどの程度でも大丈夫ですが、
負の感情を蔓延させるのは大変まずいので、尾を引きすぎないようお願いいたします。


交通費として300Jr必要です。

ゲームマスターより

神人さんに危害を加えて正気に戻ったあと、へこむ精霊さんとかちょっといいな、なんて思ってしまいました。
ですが、ウィンクルムさんの闇を覗くのも好きなので、ここは選んでいただくしか、と相成りました。

個別描写で、割りとガチ目のものになると思われますが、軽いものもお待ちしておりますね。
よろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  シリウス?
どうしたの と差しのべた手に後ずさる姿に
「このままではいけない」と胸の内に警鐘

歯の根が合わないほど震えているのがわかる
焦点を失った目に 明らかに怯えの色がある
掠れた呟きに目を見開く
音もなく持ち上がった剣を刃ごと掴んで

シリウス!
翡翠の目をのぞき込んで強く呼ぶ
幼くさえ見える傷ついた眼差しに ぎゅっと抱きつく
頬を両手で挟み 冷たい唇にキス

あなたがいなくなったら わたし泣くわ!
半泣きで宣言
泣いて泣いて溶けちゃうんだから
そんなことになったら困るでしょう?
頷くのにほっと笑顔
…だからずっと側にいて
その代わり お父さんとお母さんの分も
わたしがあなたを抱きしめるわ
 
頬を伝う涙をそっと拭って 指を絡め
約束をちょうだい?


ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)
  (精霊の異変に気づき)エミリオ?
確かにエリオスさんとも過ごしているけど
彼は私のお父さんとお母さんを知る唯一の人だから
よくお話を聞かせてもらってたの
それがエミリオに不安や寂しい思いをさせてたなら謝るよ、ごめんなさい
でもね私、エミリオが言うように、エリオスさんのこと悪い人には思えな・・・っ(怒鳴り声に言葉を呑み込み)
そこまで私のことを・・・
大丈夫だよ、ずっと傍にいるから(口付け)

確かにエリオスさんは私の理解できないようなものを内に秘めているのかもしれない
でもね私彼に感謝しているの
だって彼は貴方のお父さんだから
彼がいなければ貴方に出逢えなかった
私はどうしても貴方達が憎み合わずにいられる道を探したいの


リヴィエラ(ロジェ)
  リヴィエラ:

(首を絞められ、柔らかく微笑み)
ああ…やっとこの罪を贖えるのですね。
最期は貴方の手で…って、思ってましたから。
これで貴方の気が少しでも休まるのなら、私は嬉しいです。
それでも貴方を愛するこの気持ちは、愚かでしょうか…
愛しています…あ、いして…

(崩れ落ちたロジェに手を伸ばし)
え、演技…?
嘘、だって…だって、私は…
…いいえ、父の罪を自分の罪だと、頑固になっていたのは
私ですね…そのせいでロジェを苦しめてしまった…

(泣きながらロジェを抱きしめ)
ごめんなさい…ありがとう、ロジェ。
もう演じなくて良いのですよ。
私はもう、そのままの貴方の言葉を信じていけるから。


シャルル・アンデルセン(ツェラツェル・リヒト)
  ツェラさんが辛そうな表情をしています…苦しそうな表情。
私に始めた会った時、私を罪人だと言った時と同じ顔。
憎い、許せない。熱く冷たい感情。
憎んでくれて構わない、そう思ってました。
私は罪人なのだと心の奥でそう感じたから。
でも…私の過去を知って貴方は…私を許そうとしてくれました。
私は貴方の過去を知らない…辛いことがあってそれが憎しみにつながっているのだという事しか知らない。
貴方の怒りは正しい。
だから、これ以上苦しまないでください。
花に水が必要なように貴方の心に赦しを。
その怒りは正しい。その悲しみは正しい、その憎しみも正しい。
そのすべてを私は赦します。
貴方は赦されていいのです。だから苦しまないで。


アンジェリカ・リリーホワイト(真神)
  真神さま、真神さま
だいじょうぶ、ですか?
そんな目、とは、どういう…あいそが、つきる?
そんな、こと、そんなことありません!
私がいいと言ってくださったのは、真神さまじゃ、ありませんか
他の契約適正のある方は、その様なこと言ってくれませんでした
私を選んでくださったのが私は、うれしくて…
真神さまの、貴方だけのものであろうと、想っております
「元の優しい真神さまに戻ってください!」
抱き着いてみます。払われても抱き着きます
真神さまの体から、力が抜けていく感じにほっと息を吐きます

え、精霊はしえき?なのですか?
『真神』が名前では、ないのですか…名無しなんですか…
え、えぇと…白くてきれいだから、雪に関する名前とか…



「ねえ」

 エミリオ・シュトルツの声に、ミサ・フルールが目を向ける。

「俺、言ったよね。アイツには近づくなって」
「アイツ?」

 なにげなく問い返し、エミリオの瞳を覗き込んで、息を呑んだ。

「……エミリオ?」

 彼の様子が、明らかにおかしい。
 焦点はろくに定まらず、どこか虚ろで、ミサをその瞳に映してはいない。

「なのにどうして?」

 問いかけているようではあったけれど、その瞳は少しずつ仄暗い感情と怒気を孕ませていく。

「どうしてアイツのことばかり気にかけるの?」
「たしかにエリオスさんとも過ごしているけど、彼は私のお父さんとお母さんを知る唯一の人だから」

 エミリオが、父親であるエリオスとミサが接触することを、あまり好ましく思っていないことは知っているつもりだった。
 けれど、それでもエリオスしか知らない、ミサの知りたい真実がある。

「だから、よくお話を聞かせてもらってたの」

 エリオスが語る言葉は、ミサにとって初めて宝物だった思い出に触れるような、そんな不思議な感覚だった。
 知らないことなのに、まるで知っているかのような錯覚を起こし、そしてそれを懐かしいと思う。
 不思議で心地良く、彼らが息づいていた証がそこにはあったから。
 とはいえ。

「それがエミリオに不安や寂しい思いをさせてたなら謝るよ、ごめんなさい」
「――アイツは、平気で人を裏切るような男だよ」
「でもね、私、エミリオが言うように、エリオスさんのこと悪い人には思えな……っ」

 エミリオの手が、ミサの肩を強く掴んだ。
 顔をしかめるミサにはかまわずエミリオは怒鳴るように鋭く声を発した。

「お前はあの男の恐ろしさをなにもわかってない!!!」

 虚ろな瞳に怒気が混ざって、まるで狂気に飲み込まれたかのようにエミリオは言葉を放つ。

「今までどれだけの人間が騙されて壊れていったか……っ」
「エミ、リオ……」
「俺はお前を失うことがなによりも恐ろしいのに、どうして、どうして……、どうして――」

 狂ったように疑問符が繰り返される。

「……そこまで私のことを……」

 案じてくれていた。
 ミサは手を伸ばしてエミリオの頬に触れる。

「大丈夫だよ、ずっと傍にいるから」

 エミリオの抱える不安を取り除くように、ミサは唇を寄せて重ねた。

「……ん、ミサ……っ」

 我に返ったようにエミリオの瞳に光が戻ると、いつもの眼差しがミサを見つめた。

「エリオスさんは私の理解できないようなものを内に秘めているのかもしれない。でもね」

 ミサが柔らかに微笑む。

「私、彼に感謝しているの。だって、彼は貴方のお父さんだから」
「――っ」

 その一言は、エミリオに言葉以上の衝撃を与えた。

「彼がいなければ、貴方に出逢えなかった」
「たしかに……アイツがいなければ俺は生まれてないわけだけど……」
「私はどうしても、貴方たちが憎み合わずにいられる道を探したいの」
「ミサ……」

 エミリオがミサの髪を撫でて、息を吐く。

「ごめん、怒鳴ったりして。分かったよ、もう止めたりしない。でもこれだけは覚えていて」

 抱き寄せて、エミリオは釘をさすようにミサの耳元に声を落とした。

「お前になにかあったら、俺はアイツを躊躇わずに殺すから」

 見つめたエミリオの瞳は、いつもの優しく揺れる彼のものだった。



 ツェラツェル・リヒトが苦しげな表情を浮かべている。
 そのつらそうな表情を、シャルル・アンデルセンは知っている。
 初めてシャルルに出会った時の――彼女を罪人だと言った時のツェラツェルと同じ表情をしていた。
 憎い。
 赦せない。
 そんな熱く、冷たい感情を乗せた瞳でシャルルを見つめる。
 憎んでくれてかまわない――。
 シャルルはそう思っていた。
 心のどこかで、奥深くで、自分は罪人なのだと感じ取っていたから。
 それでも。
 彼はシャルルの過去を知って、ツェラツェルは赦そうとしてくれたのだ。

 だから――。

 *

 憎しみが生きる糧だった。
 マントゥール教団を滅ぼすために生きてきた。
 それがすべてで、それ以外は必要なかった。
 騙され、苦しんだ母に代わって復讐を遂げるために。

 ――憎い。

 目の前にいるシャルルの、その父親は、母を、そしてツェラツェル自身を苦しめた教団の関係者だ。
 途方に暮れそうになるほど希薄な手がかりの中で、やっと見つけた事件の関係者。
 慣れ合っている場合ではない。
 復讐を遂げるために、前へ進むために――。
 そう思っていたはずだ。
 なにも知らずに幸せそうに笑うシャルルが赦せない。
 憎んで、憎んで、それでも足りないほど仄暗い感情を抱いて接してきたはずだったのに。


「私は、貴方の過去を知らない……辛いことがあって、それが憎しみに繋がっているのだということしか知らない」

 苦しげなツェラツェルに、シャルルは零すように言葉を紡いだ。

「私が罪人だということは、心の奥で感じています。だから」

 一度言葉を切ったシャルルは、真っ直ぐにツェラツェルを見つめた。

「貴方の怒りは正しい」

 過去を知らなくとも。
 そのすべての意味を知らなくとも。
 彼が憎み、怒るのなら、それは正しい感情なのだ。

「これ以上苦しまないでください」

 柔らかく微笑んで、シャルルがさらに続けた。

「花に水が必要なように、憎しみや怒りにも赦しが必要です」

 熱い憎しみを冷ますように。
 冷えた怒りを溶かすように。

「貴方の心に赦しを」
「――なぜ、お前は俺を赦そうとする……」

 あからさまな怒りと憎しみを向ける男を、目の前のこの女は赦そうとする。

「なぜだ……?」
「正しいからです」

 一度瞳を伏せたシャルルが、ゆっくりと言葉を重ねる。

「その怒りは正しい。その悲しみは正しい。その憎しみも、正しい」
「お前だって本当は被害者だ。父親の罪を背負う理由はない」
「それは分かりませんが……」

 ツェラツェルは頭のどこかでは分かっているのだ。
 シャルルを憎むことが本当は違うことを。
 けれどそうせざるを得なかった、行き場のない感情。

「私はそのすべてを赦します。貴方は赦されていいのです。だから、苦しまないで」

 穏やかに、柔らかに微笑むシャルルは、まるで赦し女神のようで。

「……どうかしている」

 なぜ憎むのかと、恨むのかと罵られることはあっても、苦しむなと言われるなどと思ってもみなかった。
 数奇な運命だ。
 まさか憎んでいた相手に赦されることになるとは。

「お前が赦すなら、俺は――」

 負の感情さえ呑み込んでいける。



 眼下で、リヴィエラが大きく目を見開いたまま、逸らすことなくその瞬間を受け入れている。
 なぜ……。

「よくも俺の故郷を奪ったなぁぁっ、このシエンテ家がっ!」

 リヴィエラに馬乗りになって、その首をぎりぎりと締め上げる。
 苦しげに顔を歪ませたリヴィエラが、ロジェの手を引き剥がそうとわずかに抗った。
 それは彼女の意思というより、反射的な生存本能のようで、頼りない。

「あの男を亡き者にした今、残るはお前だけだ!」

 リヴィエラ――。
 俺は君の目に、狂気の男として映っているだろうか。

「ロ、ジェ……」
「お前は以前、俺の無念を自らの命で贖うと言った! ならその覚悟を見せてみろ!」

 その命で贖う罪とは、いったいなんだ?
 こんなにも愛しい君を失ってまで贖わねばならないものは、いったいなんだと言うんだ。
 それでも。

「シエンテ家の娘として、そのまま死ねっ!」

 小さな黒い感情の存在は否めない。それでも頭はひどく冷静でいられた。
 リヴィエラの首をさらに締め上げる。息を詰めて、苦しげにもがくリヴィエラは、その状態でなお穏やかな目で見上げてくる。

「ああ……やっとこの罪を贖えるのですね」

 顔色を失くしていくリヴィエラが柔らかに微笑んだ。

「最期は貴方の手で……って、思ってましたから」

 君の瞳に最後まで映るのが俺ならば、その望みくらい叶えよう。
 命尽きるその瞬間まで、俺が君を愛しているという証を残して。

「これで貴方の気が少しでも休まるのなら、私は嬉しいです」

 リヴィエラの瞳が濡れて、一筋の滴を流していく。

「それでも貴方を愛するこの気持ちは、愚かでしょうか……」

 より強く締め上げて、息の根を止めるまで――。

「愛しています……あ、いして……」
「――愚かだ」

 うわごとのような声に、ロジェは耐えきれずにその場に崩れ落ちた。

「なんで……」

 無理やり崩れた自分の身体を起こして、リヴィエラの肩を抑えた。

「なんで抵抗しないんだよ……! こんなの、演技にきまってるだろ……っ」
「え、演技……? 嘘、だって……だって、私は……」
「君は俺がどんなに『君は罪人じゃない』と言っても聞きはしない!」

 嘘も偽りもない本心を伝えていても、リヴィエラの心には届かなかった。
 それがたまらなく口惜しい。

「だから俺は君に、罪の意識を感じて欲しくないから、こんな……残酷な真似を……っ」

 リヴィエラの息の根が本当に止まりかけたその瞬間、指先が冷えていくのをたしかに感じていた。
 彼女を失うことがここまで怖いと、痛いほどに感じた。

「父の罪を自分の罪だと――」
「もう一度言う。君に罪なんて、ない……!」
「……頑なになっていたのは私、ですね。そのせいで、ロジェを苦しめてしまった……」

 リヴィエラの身体を抱き起して抱きしめる。
 その温もりがあることに安堵を覚え、そしてどうあがいても失えるはずがないと知る。

「俺に君を殺すなんて、できるわけないだろ……!」
「ごめんなさい……ありがとう、ロジェ」

 涙声で呟いたリヴィエラが、ロジェの身体を抱きしめて静かに涙を流した。

「これからは演じなくていいのですよ。私はもう、そのままの貴方の言葉を信じていけるから」



「真神さま、真神さま」

 呼ぶ声がする。
 よく知っている声だ。
 真神は声の主へと目を向けると、そこには己の神人――アンジェリカ・リリーホワイトの姿があった。

「あんじぇ……我に愛想が尽きたか?」

 姿こそアンジェリカだったが、その瞳はまるで別人のように見えた。
 暗く淀んだ色を宿して、まるで――。

「え……? なにを、言って……」
「なぜ、そのような目で我を見る……?」

 知っている目だ。
 精霊というだけで奇異な目を向けられたあの場所で晒され続けた色と、同じだ。

「そんな目、とは、どういう……あいそが、つきる?」
「契約を破棄して、我をまた一人、暗い社に閉じ込めるのか……そうは、させるか!!」

 あんな場所に戻ってたまるか――。
 語気を荒くした真神に、アンジェリカはわずかに怯んだ。
 しかし、それも一瞬。すぐに首を横に振って口を開いた。

「そんな、こと、そんなことありません!」

 真神の心に渦巻く深い闇。

「私がいいと言ってくださったのは、真神さまじゃ、ありませんか」

 その闇を振り払うかのように、アンジェリカはさらに言葉を重ねる。

「他の方は、そのようなこと言ってくれませんでした」

 今にも泣き出しそうな顔でアンジェリカは真神に手を伸ばす。
 しかし、今の真神にはその真実の姿が見えない。
 暗い感情を孕む瞳のままアンジェリカを見つめている。

「私を選んでくださったのが私は、うれしくて……真神さまの、貴方だけのものであろうと、想っております」

 伸ばした手が、真神に触れる。

「精霊だというだけで差別し、拒絶されるあのような場所に戻ってたまるか」

 ぱし、とその手を振り払う真神に、アンジェリカは驚いたような表情を見せ、そしてそれでもなお彼に抱きついた。

「元の優しい真神様に戻ってください!」

 振り払われても、拒絶されても、今の真神は普通ではないと分かるからこそ。
 アンジェリカは真神を引き戻すように縋って声を上げる。

「……、……」

 嗚呼――。
 ゆっくりと真神に冷静さが戻り、本来の穏やかな瞳がアンジェリカに向けられた。

 ――これは、あんじぇで間違いない。

 温かさ、触れる感覚、必死に呼ぶ声。
 それらすべてが真神の知るアンジェリカそのもの。他のなにものでもない、その人。

「我を捨てるわけではないのだな……」

 ひどく強張っていた真神の身体から、緊張が解けるように力が抜けていく。
 アンジェリカはその様子に安堵するように息を吐く。

「そんなこと、しません」
「……そもそも」

 真神はぽつりと呟く。

「名づけぬ主が悪いのだ」
「え? 名づけ……?」
「我に名前は与えられておらぬ」
「『真神』が名前では、ないのですか……名無しなんですか……」
「我の暮らしていた場所では神人が名づける慣例があるゆえな――」

 少し特殊な習わしがあるのだろうと察することはできた。

「神人がおらんかった我は、この年になってもまだ名無しのままだぞ!」
「え、えぇと……白くてきれいな、雪に関する名前とか……」

 アンジェリカは真神を見つめて必死に頭を捻る。

「主がつけるなら、なんでも良い」

 そんな彼女に、真神は穏やかな目を向けた。



「シリウス?」

 異変に気づいたときには、シリウスに顔色はなく、瞳も焦点を定めなくなっていた。
 なにか別のものを見ていると、リチェルカーレにはすぐに分かった。

「どうしたの?」

 リチェルカーレが手を差し伸べても、シリウスは後退るだけだ。
 歯の根が合わないほど震えている。
 色を持たず、どこをも見ていない瞳に怯えの色が見て取れた。

「シリウ、ス――」

 このままではいけないと、本能的に警鐘を鳴らすリチェルカーレが呼びかける。
 それとほぼ同時に、掠れて上擦ったシリウスの声が零れた。
 そして、彼は音もなく剣を抜く。

 *

 目の前に広がるのは、両親の姿。
 すべてを失くしたあの日の、赤い景色。
 救助されるまでの長い時間、見続けさせられた、命の消えた目。
 折り重なって、切り裂かれて、無残な姿で足下に転がった彼らが、血に染まった腕を伸ばしてくる――。

 脂汗が吹き出して、たまらずに後退る。
 苦しい。呼吸ができない。

 A.R.O.A.に登録された精霊。
 なぜ、お前だけが生きている……。
 誰ひとり救えなかったのに?

 腕を伸ばし、色を失くして血の通わない唇が声にならない声で囁いた。
 まるで責めるように。
 まるで咎めるように。

 ――ごめん、父さん。
 ――ごめん、母さん。

 助けられなかった。
 あの時一番助けたかった人を。
 その力を持つ精霊であったはずなのに。

「目障りなら消えるから――」

 纏わりつく血染めの記憶が見せる光景に、剣を取って刃を自らの胸へと向けた。


「シリウス!」
「……っ!?」

 強く名前を呼ばれ、覗き込んでくる青い瞳がシリウスの意識をぎりぎりで引き戻した。
 剣は、シリウスの胸には届いていない。
 その代わりに。

「リチェ……」

 リチェルカーレの手を赤く染めている。
 それがなにを意味しているのか、すぐには理解できなかった。
 ただ分かったことは、胸へと突き立てるはずの剣を、刃ごと躊躇わずにリチェルカーレが掴んでいることだけだった。

「――わる、い」

 言葉尻を攫うように、リチェルカーレはシリウスの頬を両手で挟んで血の気を失った唇に口付けた。

「あなたがいなくなったら、わたし泣くわ!」

 呆然と見つめるシリウスに、ぎゅっと抱き着いてリチェルカーレはほとんど泣きながらそんなことを言った。

「泣いて泣いて溶けちゃうんだから。そんなことになったら困るでしょう?」
「……ああ……」

 いまだ混乱する頭で、シリウスはそれでも頷いた。
 リチェルカーレが安堵したように笑顔を向ける。

「……だからずっと傍にいて。その代り、お父さんとお母さんの分も、わたしがあなたを抱きしめるわ」

 遠い日に失った温もり。
 指先を掠めて、手のひらから零れ落ちたもの。
 それを、与えてくれる存在――。

 感情が入り乱れて、溢れるほどに飽和して、シリウスの頬に雫となって伝い落ちた。
 温かなリチェルカーレの指先が零れた感情を拭って、そのまま手を取ると指が絡む。

「約束をちょうだい?」
「……お前が望んでくれるなら」

 掠れる声で囁く。

「――約束する」

 誓うように。
 リチェルカーレの唇に、今度は自分からキスを返した。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 真崎 華凪
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 11月01日
出発日 11月10日 00:00
予定納品日 11月20日

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