【祭祀】カウンセリングルーム二号室(都成 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

花降る丘へと歩きながら、この道を歩く時には
考えずにいられないことを、私は、性懲りもなく繰り返し考える。

神人に、劣等生がいるとすれば、───そんなラベリングはないけれど───、
それは私のことだ、と。ほんとうに、劣等生もいいところだった。
落第と言われたほうがしっくりくる。

私以外のどの神人が、自分の契約した精霊に
君が怪我をするのが怖い、君がひどい目に遭うのが嫌だ、などと言うのだろう。

あまつさえ、それを理由に契約を破棄してしまうなど
私以外の輝くばかりに優秀な神人は、思いつかないに違いない。

けれど、幼かったあの時の私は
私の間違った指示が、君をころすかもしれない、
そんな予感にも満ちた妄想に、耐えられなかったのだ。



大きく深呼吸をすると、風に花の香りが混じっているのに気付く。
花降る丘が近いのだろう。
私の担当している、カウンセリングルーム二号室も、もうすぐだ。

最近になって、ウィンクルムたちが花降る丘の外れに仮設置されている
カウンセリングルームを訪れ、カウンセリングを受ける、ということが増えて来ていた。

碑文『ヴァルハラ・ヒエラティック』の影響で
いつもよりも『思っていること、普段感じていること、不安なこと』などを
パートナーにさらけ出しやすくなっているからだ。

喧嘩や仲違いも多い。
喧嘩にはならなくても、不安を抱えて閉じこもりがちになったり
パートナーに対する不信を口にしたりするウィンクルムの片割れも
目に見えて増えてきていた。

それらへの対応として、A.R.O.A.は、花降る丘に手入れのために設置されていた小屋のいくつかを
今はカウンセリングルームと名を変えて、ウィンクルムたちの話を聞き、アドバイスをする場所にしている。

カウンセリング担当、クノエ、と任命されてから
私は、契約をしていた精霊を───、彼を、何度も思い出した。
あの時、こんな風にカウンセリング、と名のつくものがあったなら、彼は今も、私の隣にいたのだろうか。
私は、彼の隣を選べていたのだろうか……。

そこまで考えて、溜息を吐く。もう取り返しのつかない遠い昔のできごとだ。
私が今できるのは、私たちの宝であるウィンクルムたちが
無用のことで傷つくことのないように守り、自らの力で試練を越えていけるように、支援することだけだ。

私は、ようやくたどり着いた、カウンセリングルーム二号室の扉の鍵を開けた。
伝言ボードにいつものように『クノエ/在室』、と書きつける。
さあ、今日訪ねて来るのは、どんなウィンクルムたちだろう───。

解説

※女性向けエピソード「カウンセリングルーム三号室」の設定を共有しています。
  あちらをご存じなくとも、何も問題はありません。
  カウンセリング担当者と、カウンセリングルームが違うだけです。


不信、不安、苛つき。
そういった思いを直接ぶつけてしまうと、人との関係は悪化しがちです。
そうならないためにも、パートナーとの間にオマケを入れて話をしながら、お茶を嗜むエピソード。

事実を整理したい。気持ちに区切りをつけたい。疑問に思っていることを質したい。
あるいは、もやもやした胸の内を打ち明けて、少しでも気持ちを軽くしたい。
そういったことに、このエピソードを使って頂けたら、と思います。
あと、人の関係って化学変化と似てるから、二人だけだと進展がない問題も、二人以外の人がその場にいて話すことで変化があるかも、とか。

冷静に話をしようとしても、相手を目の前にして取り乱し、手が出てしまうのもアリかな、と都成は思います。暴力は推奨しませんが!

プランには…
・最初から二人でやってきたのか(途中合流、中座アリです!)
・誰のどんな気持ちを話すか
・話している時はどんな雰囲気か

など、例は上げましたが、お話したいことをお好きなようにお書きください。



クノエ
三十代後半の人間の男性。
ウィンクルムであったことは明かさないが
精霊であれば、神人であることには気付くかもしれない。
相手の話に耳を傾けることを大切にしており
自分から出しゃばって話すことは少なめ。
求められればできる限りの助力をしよう、と
心に決めているが、その情熱はひっそりと内に秘めている。お茶全般が大好き。

彼は、A.R.O.A.職員なので、以前に面識ありにしてもOKです。
けれど、彼は自分の過去を語りません。

交通費や出かけた先での飲食、買い物で、300Jrかかりました。


●個別描写です●

ゲームマスターより

このエピソードで、抱えた気持ちをすべて解消しなくても
ウィンクルム同士で話をすることで、今後の課題などを
見つけていただけたらいいな、と思います。

感情が表出しやすい期間だからこそ
洗いざらい気持ちを話してしまうのもいいのではないでしょうか。

それでは、リザルトでお会いできるのを楽しみにしております!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)

  2人で話す。

先日の依頼(参照エピ244『南へ往く馬車』)でアイヴァンの保護をAROAに、の了承、ありがとう。お礼言いたくて。
オレ達の考え方はあの時も話したけど。
神人も精霊も一般人よりオーガに狙われやすい。
危険を察知する方法や危険な目に逢った時どう対処すればいいのか。
それを身に着けられる環境を整えてあげる方が、結局彼の身を守れると考えたからだ。
今回の敵を退けても、精霊である以上襲われる潜在的脅威は無くならない。
アロアに居たらオーガ事件と接する機会は多くなる。
そのリスクを承知であの解決案を提案した。
関わって居ればオレ達も助けられるだろ。
だから彼を、気をつけて見てあげてて欲しい。
こっそりで構わない。


西園寺優純絆(ルーカス・ウェル・ファブレ)
  (パパ、何処か悪いのかな…
カウンセリングって、心の病気を治す所って、先生言ってた…
それにこの間、ママのお墓参りで具合悪くなってたし最近悩んでいる様子だったよね…
パパ、ユズじゃ頼りない…?)

☆行動
・一緒に来ていたが外で待っているように言われる
・会話は聞こえないが途中で中に入るよう言われ質問される

☆質問
・家族をどう思っているか
「姉様達がユズを育ててくれた
両親は知らない、ユズを見ても暴力や暴言ばっかだから…」
・姉達に会いたいか
「勿論!姉様達にパパとカズちゃんに紹介するのだよ!
大好きな人達だって!」
・もしルーカス達が本当の両親だったら
「本当の両親だったら? 勿論、嬉しい!
夢の中が現実になるんだもん!」


鳥飼(鴉)
  鳥飼、と呼ばれてます。よろしくお願いします。
今日は話を聞いて欲しくて来ました。

鴉さんの負担になってるんじゃないかと思うんです。
僕は小さい頃から性別を間違えられたり、色々あって。
弟を亡くしてから、余計に他人と距離を置くようになってました。

鴉さんと契約してからは少しずつ、人との関りを楽しめるようになって。
でも、それは僕だけなんです。(ぎゅっと両手を重ねて握る
鴉さんが、人と関わるのが好きじゃないのを僕は知っているのに。
一緒に楽しみたくて、つい鴉さんを誘って出かけてしまって。
それが負担になってないかと。(少し視線が下がる

大切です。鴉さんも隼さんも。
口に出せて少しすっきりしました。ありがとうございます。


【西園寺優純絆とルーカス・ウェル・ファブレ】

1.
青く澄んだ空は高く、魚の鱗のような色の雲が、刷毛ではいたように広がっている。
カウンセリングルームの外階段に腰かけて
西園寺優純絆は、ぼんやりと物思いにふけっていた。

カウンセリングルームへと一緒に来たものの
外で待っているように、と、ルーカス・ウェル・ファブレに言われていたのだった。
退屈まぎれに足の爪先で階段の板を時折鳴らしながら
優純絆は視線を落とした。

(パパ、何処か悪いのかな……。
カウンセリングって、心の病気を治す所って、先生言ってた……。
それにこの間、ママのお墓参りで具合悪くなってたし最近悩んでいる様子だったよね……)

墓石の前で、顔色を失って頭を押さえていたルーカスを思い出すと
今でも胸がぎゅっと絞られるように不安だった。

(パパ、ユズじゃ頼りない……?)
 優純絆が心配して尋ねても、ルーカスの優しい微笑みではぐらかされてしまう。
悩みを解決はできなくても、気持ちを打ち明けて欲しい、と
優純絆は唇をかみしめる。

───もっと家族になれたらいいのに。
    空を見上げた優純絆の前を、シオカラトンボが、すい、と横切った。


2.
「初めまして、ルーカスと申します。以後お見知りおきを」
 ルーカスの流れるように優雅な会釈に、クノエも丁寧に頭を下げた。

カウンセリングという名目ではあるけれど
今回はルーカスの現状を面談するのが目的だった。
データファイルに登録されている個人情報を
修正する必要があるかもしれない、とルーカスから申し出があったのだ。

彼とウィンクルムを組む神人である、西園寺優純絆のデータも共に
修正が必要になる可能性がある、と言われ、
彼の言うとおり、神人と精霊、別々に話を聞く形を取ったのだった。

ソファに身を落ち着けてると、ルーカスは扉の外にいるだろう
優純絆を振り返るように視線を向けてから、目を伏せて少し微笑む。

「それでは、ルーカスさん。
A.R.O.A.に登録してある個人情報を修正する、とは、どのようにでしょうか」

「ええ。─――私には、妻がいました。
五年程前に病死しましたが、今でも愛してます」

穏やかな微笑を浮かべるルーカスに、クノエも眩しそうに目を細める。

「ですが、当時妻が亡くなった時の記憶があやふやで
私達には子供もおらず、妻は十年前に病に倒れ亡くなったと、記憶してました。
しかしこの間の夏、妻の墓参りへ行った時、一瞬記憶が浮かびました。
ユズに似た赤子を抱いている妻を……」

穏やかに微笑む妻が、優純絆に似た赤子を抱いている映像は
想像というには鮮やかで、記憶だとしか思えないものだった、とルーカスは語る。

「それで私は、忘れていた記憶について知り合い達に聞きまわり、思い出したのです
十年前、私達には生まれたばかりの息子をマントゥールに誘拐され
今迄行方不明だった事を……。そしてその子の名前が、優純絆……。
秘密裏で鑑定をし、認められました」

養子として迎えた優純絆は、本当は、実子だったという。
奇妙にも思える偶然と、並外れた幸運が、再び親と子を巡りあわせたのだ。
言葉を失ったクノエは、ルーカスの言うことを書き留めて、少し顔を曇らせた。
優純絆には、どう伝えるつもりなのだろう───。
クノエの表情から考えを察して、ルーカスは苦笑する。

「――─姉達が見つかる迄は言いません。きっと、混乱しますからね」

優純絆は過去、両親からまともな養育を受けることができなかったのだ、と
ルーカスは説明し、彼を育てたのは姉たちだと言っても過言ではない、と言う。
その姉たちなしに、本当の父親の話などおこがましいですから、と
ルーカスは少しだけ切なそうに微笑んだ。


3.
座り心地のいいソファに身を沈めた優純絆は、中に入るように言われたことに
不思議そうにしながらも、勧められたドラジェをつまんでいる。
クノエは、優純絆のお菓子を食べる手が止まるまで待ってから
穏やかな声で尋ねた。

「優純絆くん、せっかく来てもらったのに、外で待ってもらってごめんね。
少し聞かせて欲しいことがあるんだけど、いいかな?」

アイスティーを飲み干して、ふは、と息をついたところで
優純絆は無邪気に頷いた。

「勿論なのだよ!」
「ありがとう。優純絆くんはご家族のことを、どう思っているのかな?」

ルーカスも確かめたいと思っていることを、クノエは優純絆のペースに合わせて質問する。
なぜそんなことを聞くのか、と、不審に思うこともなく
返事をしてくれたことに、クノエは内心ほっとする。

「姉様達がユズを育ててくれた。
両親は知らない、ユズを見ても暴力や暴言ばっかだから……」

その当時のことを思い出したのか、優純絆は桃色の唇を尖らせて下を向いた。
殴られる理由は分からなくても、殴られれば疎まれているのは分かった。
意味は分からなくても、浴びせかけられる言葉に込められた悪意は分かった。

いつしか両親から隠れて過ごすようになった優純絆を
年の離れた姉たちだけが、優しく大切にしてくれたのを
優純絆ははっきり覚えている。

「……それじゃ、お姉さん達に会いたいね」
「勿論!姉様達にパパとカズちゃんに紹介するのだよ!大好きな人達だって!」

ぱっと弾けるような笑顔になると、クノエも思わず顔がほころんでしまう。
姉たちと今の家族を引き合わせることを思ったのか
幸せそうな笑顔を浮かべる優純絆に、クノエは、そっと最後の質問をする。

「そうだよね。早くみんなで一緒に過ごせるようになるといいね。
……ねえ、優純絆くん。もしもの話だけれど
ルーカスさん達が本当の両親だったら、優純絆くんはどう思うかな?」
「本当の両親だったら?勿論、嬉しい!夢の中が現実になるんだもん!」

弾むような声でためらうことなく答えた優純絆に相槌をうちながらも、
夢の中、と優純絆の横に腰かけていたルーカスの唇が
無意識にその言葉をなぞるのを、クノエは静かに見ていた。

今、彼らに何をすることもできない。
クノエにはただ、引き離された家族が
また時間を同じくすることができるよう、祈ることしかできなかった。



【鳥飼と鴉】

1.
軽いノックのあと、カウンセリングルームに入ってきた人物に
クノエは驚いて目を大きくした。
鴉、と、データファイルにあった名前から、以前の同僚だとは分からず
顔を見て初めて、見知った人物であると気付いたのだった。

「ひさしぶりだな……」

黒に近い濃い紫の瞳、変わらない細い体躯に、昔を懐かしむように微笑む。
クノエは、以前の同僚の名を呼ぼうとして
唇に人差し指を添える鴉の仕草に、声を途中で止める。

「今は、鴉、と」

目を細めて、薄らと唇を三日月の形に持ち上げる鴉の笑みに
軽く肩を竦めて、なるほど、と小さく呟いた。
鴉は名前を呼ばれなかったことに、唇の端に浮かべた笑みを深める。

「私は、ついて来ただけですので」

並んで立つ鳥飼の方を手のひらで示し
話をするのは彼の方だ、と半歩下がって見せた。

鴉と一緒にこの部屋を訪れたのは
穏やかな顔に、柔らかな品のいい微笑みを浮かべた青年、鳥飼だ。
薄青の瞳は、森の奥深くに隠された泉のように澄んでいて
カウンセリングルームに差し込む光を弾く茶色の髪は
緩く三つ編みにされている。
鳥飼が頭を下げると、それは肩から滑るように落ちた。

「鳥飼、と呼ばれてます。よろしくお願いします。
今日は話を聞いて欲しくて来ました」


2.
クノエは、ソファをすすめて、二人が落ち着くのを待つ。
紅茶をポットから注ぐと、キャラメルのような甘くほろ苦い香りが
カウンセリングルームに広がる。
二人の目の前の机に置かれた白く浅いカップに、赤く澄んだルビーのような紅茶が揺れた。
砂糖なしでもほんのりと舌先に染みるような甘みを感じる、
セイロンベースのブレンドティだ。

「砂糖は?」

ソーサーに乗せたカップを差し出しながら鳥飼と鴉に尋ねると、二人とも緩く首を振る。
良い茶葉を使っていたクノエは、満足げに頷いて
自分もストレートでカップに口をつける。
ぽかりと浮かんだように、しばらく沈黙が部屋に満ちた。
その中で、ふ、と息をつくと、鳥飼は滑らかに話しだす。

「鴉さんの負担になってるんじゃないかと思うんです。
僕は小さい頃から性別を間違えられたり、色々あって。
弟を亡くしてから、余計に他人と距離を置くようになってました」

言いにくいことなのだろう。
けれど、『色々』、とぼやかす言い方をしながらも、鳥飼の声は淀みなく
聞いて欲しいと言ったことを続けて話す。

カップの湯気が、息を吹きかけられたわけでもないのに
白いカップの水面でくるくると踊り、掻き消えていくのを
鴉は黙って見つめ、鳥飼の話に耳を傾ける。
顔を会わせて自分には言えず、誰かに話す形をとったのだろう、と鴉は思った。

「鴉さんと契約してからは少しずつ、人との関りを楽しめるようになって。
……でも、それは僕だけなんです」

鳥飼の声が僅かに、痛みをこらえるような響きを湛える。
ぎゅっと両手を重ねて握る仕草を、鴉は目を細めて見ていた。

「鴉さんが、人と関わるのが好きじゃないのを僕は知っているのに。
一緒に楽しみたくて、つい鴉さんを誘って出かけてしまって。
それが負担になってないかと」

後ろめたいことを告白でもしているように、鳥飼の視線が少し下がる。
鳥飼の口からそう言われると、彼が以前より明るくなったようにも感じていたのは
間違っていなかったのだ、と鴉は思う。
同じように視線を下げた鴉は、
紅茶のカップの水面に映った、自分のいつもどおりに薄く笑んだ口元を見る。

「……大切です。鴉さんも隼さんも」

内心がそのまま言葉になったように素直な声が、鳥飼から零れて
クノエは、ほろ苦く微笑んだ。
───君が大切だ、と、自分も昔、言ったことがあった。

「鳥飼さんが、鴉……さんといて、楽しいのは、いいことだと思うよ」

うっかり敬称を付け忘れそうになって、クノエは慌てて付け足し、背筋を伸ばす。

「得意ではない場所へ、鴉さんを連れ出す後ろめたさを感じるのも、少しは分かる。
ただ、鴉さんに負担をかけているかどうかと、君が楽しいと思うことは別のことさ。
誰かと出かけて楽しいと思うこと自体、悪いことなんかじゃないし、ね」

物思いの感情によってもたらされることと、
出来事に対する問題点を分ける境界線を、クノエの声がきっぱりと引いて
澄んだ泉の水面のような鳥飼の薄青の瞳を揺らす。

ためらいでクノエに頷きを返せなかった間が空いたけれど
やがて顔を上げた鳥飼の顔には、幾分落ち着いた
いつも通りの穏やかな笑みが戻っていた。

「……はい。口に出せて少しすっきりしました。ありがとうございます」


3.
鳥飼が礼を告げ、カウンセリングルームを出て行こうとするところで
鴉は鳥飼に声をかける。

「主殿は先に退出を。私も少し後に出ます」

鴉の言うことに少し不思議そうにしたけれど、素直に頷いて
外で待っている、とだけ言い、鳥飼は先に部屋の外へと出て行った。

鳥飼が退出した後、間を置いて鴉はクノエに向き直る。

「私も少し聞いていただきたくなりました」
「構わないけれど、私でいいのかな。彼の言ったことに、直接応えた方が……」

そうですね、と相槌をうつ鴉の口元は、無意識に柔らかく微笑を浮かべている。
神人を思い、行動を共にすることを、鴉は嫌だと思ったことはないのだろう。

「主殿も仰っていた通り、人は苦手ですが
主殿と出掛ける事は特に苦でもありません」
「……あのね。そういうことは、私じゃなくて本人に言う方が建設的じゃないのか?」

以前の同僚に、僅かに苦く笑って問うと、鴉は大した頓着もなさそうに頷いた。

「ええ、後で本人に伝えます。ただ、私といてはいけないとも思っています」
「……?
なぜそう思うんだ。彼は君といて、楽しめるようになった、と言っていたのに。
君の何が、鳥飼さんに影響を及ぼす、と思っているのか知らないが
もし、君が必要とするなら、人を苦手とするのを緩和するプログラムが
A.R.O.Aの福利厚生にも……」

カウンセリング時に必要と判断した場合は、適切な支援に結び付けるべし、との
基本に立ち返った言葉に、今度は鴉が苦笑する。

「スラム育ちですが、そこまで暗い過去はありませんよ」

いつも通りの薄く笑みを浮かべた表情で、鴉は過去を誤魔化す。
鳥飼に伝えるべきことを言葉にし、自分の思いを言葉にすると
自然と心が定まっていくような気がした。
目を伏せると、暖かく眩しい光を浴びて、
日の光に解けるように微笑む神人が思い浮かぶ。

「陽の下が似合う人です。万が一でも、悪影響を与えたくありませんから」

言おうとしていたことを、喉に詰まらせたように眉を寄せ
黙ったクノエに、鴉は礼を告げ、カウンセリングルームの扉に手をかける。

悪影響を与えたくないと思いながら、彼とは離れがたく
扉を開け、『主殿』と呼びかけることを思うだけで、ほのかに胸中が暖かくなるようだった。
鳥飼への思いを過不足なく言い表すことができず
例えようのない不自由さに、鴉の口元は僅かに苦く歪んでいた。



【セイリュー・グラシアとラキア・ジェイドバイン】

1.
カウンセリングルームの扉が開くと、クノエの知った顔が見えた。
セイリュー・グラシアとラキア・ジェイドバインの二人だ。
クノエと彼らには、互いの名を知る付き合いはないが、クノエの方は彼らを知っていた。

「ようこそ、セイリュー・グラシア。ラキア・ジェイドバイン。
私は、カウンセリング担当のクノエだ。
君たちと会って話ができることを、光栄に思うよ」

握手を求めるクノエに、二人は口元を和らげて順番に握手に応えた。
A.R.O.A.に職員として長く所属していれば、何度か目にしたことのある名前が
カウンセリング申込みの予約に書き込まれて、クノエは驚いていた。
それと同時に、嬉しさと居心地の悪さも感じていた。
ウィンクルムとして、自分が辿りつけなかった地平に立つ、
遙か遠くの人影を仰ぎ見るような気もして、少し眩しい。

「君たちも、『ヴァルハラ・ヒエラティック』の碑文の影響で困っているのか。
カウンセリングを必要とするほどだとは、思ってなかったな。詳しく話を聞いても?」

クノエの問いかけに、二人は視線を交わし
セイリューは緩く首を横に振った。

「いや、先日の依頼で、アイヴァンの保護をA.R.O.A.に要請したけれど、
了承してくれて、ありがとう、と。お礼言いたくて」

セイリューの口から思ってもみなかった内容が聞こえてきて、クノエは目を瞬く。
『先日の依頼』、『アイヴァンの保護』、と単語を結びつけると
サーマル・デガーモがA.R.O.A.へ依頼してきた、アイヴァン・デガーモ護送の一件が
すぐに思い浮かんだ。

「ああ……、律儀だな、君たちは」

吐息交じりにクノエが言うと、セイリューは面映ゆそうに口の端で少し笑う。

「オレ達の考え方は、あの時も話したけど。
神人も精霊も、一般人よりオーガに狙われやすいだろ。
危険を察知する方法や、危険な目に逢った時、どう対処すればいいのかを
身に着けられる環境を整えてあげる方が、結局、彼の身を守れると考えたからなんだ」

うん、とセイリューの話に相槌を打って、ラキアは声を重ねる。

「頼みごとって事でもないのだけれど。
アイヴァンが普通の生活を送るためには、色々とトラブルがありそうだから。
彼の精神的ケアや、色々な支援をお願いしたくて、話しに来たんだよ。
『将来的に絶対安全』とは言えない、のも解ってる」

確かに、とクノエは頷く。

色調の鈍い銀の髪は王の持つ剣の如くに重々しく光り
瑞々しい唇から零れる声は小鳥が軽やかにさえずるよう。

アイヴァンを面接した職員が、ほう、と溜息を吐いて語る様をクノエは思い出す。
あの溜息は、アイヴァンを称えるためではなく、
少年の前途を憂いて零れたものだった。

───今は、果敢に自らの運命に挑んでいるけれど
    はたして、彼の気性が、どれほど今の生活に馴染むだろう。

A.R.O.A.が保護する、という名目で彼を施設に入れたとしても
アイヴァンがディアボロである限り、オーガやマントゥール教団に
狙われる可能性はなくならない。
そして、彼がそれらに傾倒する可能性も、無くはならないのだ。

「君たちの心配ももっともだ。
それで今回、カウンセリングに申し込みを?」

クノエが問うと、二人は合わせたように深く頷いた。

「今回の敵を退けても、精霊である以上、襲われる潜在的な脅威は無くならない。
A.R.O.Aに居たら、オーガ事件と接する機会は多くなるだろう。
けど、そのリスクを承知であの解決案を提案したんだ」

「選んだのは彼だけど、将来、戦いに巻き込まれる危険も解っていて
俺達はその選択肢を提案した」

「だって、関わって居ればオレ達も助けられるだろ」

なんの衒いも打算もなく、セイリューの口から放たれた言葉に
打たれたような気が、クノエにはした。

「アイヴァンに関する決定……、あれは、君の恩給の寄付や
君たち二人のA.R.O.A.への貢献も加味した上での決定だったんだ。
すべてがA.R.O.A.の善意というわけじゃない……」

組織が動く以上、利益と損害に関する計算はなくならない。
あの一件に関しては、アイヴァンを保護することの方が
A.R.O.A.の利益になる、という計算がされただけだ、と思わず口を突く。

ラキアは、それを聞いてもなお、柔らかく微笑んだ。

「それでも俺達は、彼にこの未来を示した。
セイリューと2人で話し合って、決めたんだ。
彼の未来が蹂躙されるかもしれない。その時また助けられるように」

彼がA.R.O.A.に所属していれば、来なくていい『いつか』が来てしまった時に
自分たちが助けられる、とセイリューとラキアは言う。

「だから彼を、気をつけて見てあげて欲しい。こっそりで構わない」

内緒話をするように、僅かに声を潜めてセイリューは言った。
わずかに茶目っ気のある言い方に
クノエも溜息を吐くように、肩の力を抜いて微笑む。

「単に、『色々な支援が受けられて良いでしょ』、という理由だけで
選んだのじゃない、とA.R.O.A.の職員さん達にも
聞いて欲しい気持ちもあるのかな。おかげで少しスッキリできたよ」

言い終わり、大きく息をつくと、体に籠っていた力が抜けたように
眉を下げてラキアは微笑み、セイリューはラキアへと視線を向けて労うように頷いた。

未来がどうなるかなど、クノエに語ることはできない。
起こりえる出来事を並べていったら、
心配の種など尽きることはないのも、痛いほどわかっていた。

一介のA.R.O.A.職員に、できることなど限られている。
けれど、ウィンクルムとして、彼らがアイヴァンのことを助けると
言ってくれるのなら託せるものがある、とクノエは思う。 

「……『憧れ』でいてやってくれ」

唐突にも聞こえたクノエの声に、二人は不思議そうに視線を上げた。
視線を受けて、クノエは急にスポットライトを向けられたような気がして、少し目を細めた。

「あの子はきっと、あの二日間を何度だって思い出す。
これから、必ずあるだろう。
自分が踏みつけにされたと感じる時も、手に入らなかったものを自覚する時も」

彼の傲慢にも思える矜持が、向けられた視線や言葉に、傷付けられる時が来るだろう。
父親や母親の愛を身に受けることは、もうないのだ、と自覚する時が来るだろう。
それは、必ず彼に訪れる未来だ。

「そんな時、なぜこの道を選んだのかと思うだろう。そして、なぜこんな思いをしているのか、とも。
けれどその時、君たち二人が、アイヴァンを助けた君たちこそが、あの子の光になる」

自分が暗く寒い場所にいると感じた時
振り仰いだ場所に、過去に自分を助けてくれた人がいる。
その人たちが、自分を気にかけてくれている。
そう思えることが、きっとアイヴァンを助ける。
だから、どうか。

「あの子の光で、いてやって欲しい」

祈るようなクノエの言葉に、二人は微笑む。
力強く、確かに。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 都成
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 3 ~ 4
報酬 なし
リリース日 09月14日
出発日 09月19日 00:00
予定納品日 09月29日

参加者

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