【祭祀】花の伝える心(森静流 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 今日は紅月ノ神社の納涼花火大会です。
 あなたは精霊とともに、夕暮れ時に花火を見に大輪の園に訪れました。
 大輪の園に来る前に、午後からずっと屋台巡りをしていたため、あなたは疲れ気味でした。
 色とりどりの夏の花々が咲き乱れている花壇のすぐそば、ベンチに座りこんでしまい、休憩です。
「ちょっと待っていてくれ。向こうに飲み物の屋台がないか、探してくるよ」
 大輪の園にも屋台はいくつか出ています。
 精霊はそのうちのどこかでコーラかラムネでも買って来ようと思ったのです。
「ああ、お願い……。何か冷たいものを飲んだら、すぐに動けるようになるわ」
 大輪の園は花火大会でもスペースに余裕があります。ですが、ゆっくり見られるいい場所を精霊と一緒に探したいのです。
「分かった。待っていてくれ」
 精霊は快活にそう笑って、向こうに小さく見える屋台の方へ歩いて行きました。
 あなたは、ふう、とため息をついて、ぼんやり花々を見ています。
(ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな? でも、久々のデートだし、いいよね。ここのところずっと任務続きで、息抜き出来なかったし……)
 疲れている足をぶらぶらさせながら、あなたは深呼吸を繰り返して、夕暮れの大輪の園の空気を胸に吸い込みます。
 そうしていると--不思議な夢を見たのです。

……公園で小さい女の子がブランコをこいでいる。
 元気よくこいでこいで、そしてチェーンから手を離して……落っこちた。
 相方はびっくりして走り出す。地面に落っこちた女の子の側に駆け寄って、助け起こそうとする。
 女の子は、あなただった。びっくりして目を見開いて、泣きもせず、相方の方を見ていた。
「すっごい、私、空飛んじゃったよ!」

……部活の男子達が部室にたむろしてだべっている。
 男ばっかりで作られた男のくつろぎ空間で、相方は気まずそうにしている。
「やっぱり×××が一番、胸が大きいよな」
「ええ~、俺は、△△の方が胸の形いいと思うけど」
 何の話をしているんだ、と夢の外側にいる現在のあなたは思う。男子達は女子の胸や尻や脚の話ばかりして笑っているのだ。しかし、大体、そういうことが気になる年齢の男子達だ。相方もその一人。その相方が質問された。
「なあ、お前はやっぱ……あいつの事、気になるの?」
 あいつって誰?
「ばーか。そんなんじゃねーよ」
 そう言って、相方はふっと目をそらす。本当に気まずそうだ。

……黒い喪服の列が見える。お葬式だ。あなたには覚えがある。
 相方のお父さんが、亡くなったのだ。相方が喪主になった。
 毅然として、いかにも男らしく、相方はきびきび働く。
 放心している相方のお母さんにかわって。
 相方の視線の中に、ずっと泣いているあなたが目に入る。
「馬鹿だな。なんで、お前が泣くんだよ。そんなに泣くなよ」
 相方が、数年前のあなたに声をかけた。
「だって……だって、だってぇ!」
 あなたはそう言って嗚咽を上げ、ハンカチで顔を覆ってしまう。
 相方は、そっとあなたの方に手を伸ばした。肩にかかる髪に触れようとして、寸前で止めた。
(え、あのとき、私に触ろうとしていたの??)
 あなたはそんなことは知らなかった。相方の胸がズキズキと痛んでいる。その痛みが今のあなたに伝わってくる。相方の視点で、相方の内部から、泣いている自分を見ながら、あなたは相方の心をなぞる。

 あなたは我に返りました。
「今の、何……?」
 白昼夢というには余りに生々しい、怒濤の記憶でした。
「今のは、花が見させてくれたんでさあ」
 突然、そういう声がかけられました。振り返ると、ユーズドハットを目深に被った青年が、クーラーボックスを肩から釣りながら、あなたの方を見ていました。
「花……?」
「今はウィンクルムの皆さん方は、碑文の効果で、不安も不満も口に出してしまってる……それをこの大輪の園の花たちは心配してるんでさあ。それで、花たちが、ウィンクルムの皆さんの心の歴史を見させてくれるんでさあ」
「花が……?」
「今のは、そこの桔梗の花が、見させたんでさあ」
 あなたが振り返ると、ちょうど背後のあたりに、桔梗の花が清楚に咲いていました。
「……あなたの精霊が言えなかったような想いを、花が代わりに教えてくれるんでさあ」
「そんなことが……」
「どうです? ……このお茶を飲めば、もっと相方の気持ちを理解することが出来ますぜ」
 青年はクーラーボックスの中から、ジュースの缶を一つ取り出しました。
「大輪の園の花の力を強めるお茶です……お代は300Jr。相方の思い出を知りたいなら……いかがですかね?」

解説

 大輪の園のベンチで不思議なお茶を飲んだら、相方(精霊→神人、神人→精霊、どちらでも可)の思い出が頭の中に侵入してきました。
 それは大輪の園の花がしてくれた事のようです。
 思い出は本文のようにダイジェストでもよく、あるいは、一つの思い出を深く掘り下げるものでもOKです。
 相方と出会う前でも相方と出会った後でもOK。
 ただし、神人の思い出を精霊が見る、精霊の思い出を神人が見るのどちらか片方となります。

●思い出を教えてくれる花は以下になります。以下のいずれかの花に近づいてお茶を飲んでください。()内は花言葉です。
花言葉がキーワードとなる思い出を見る事が出来ます。
Aコスモス(乙女の真心(赤)たおやかさ(黄色)乙女の純潔(白))
Bアンスリウム(煩悩 飾らない美しさ(ピンク) 粋で可愛い(赤) 情熱(白))
Cマリーゴールド(予言 友情 別れの悲しみ)
D女郎花(親切 美人 儚い恋)
Eストック(愛の絆)
F日々草(楽しい追憶 若い友情)
G蓬(平穏 夫婦愛)
H桔梗(変わらぬ愛 誠実 従順)
Iアスチルベ(楽しい恋の訪れ)
Jトリカブト(騎士道 あなたは私に死を与えた)

●思い出を見る方はプラン上に「見」と記入してください。
●思い出を知った後、あなたはどうするか、相方はどんな反応をするかをプランに記入してください。
●お代は300Jrになります。



ゲームマスターより

普段より少し難易度高めかもしれません。花言葉の数々がウィンクルムの絆を深めます。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)

 

その過去に吸い寄せられるように見つめる。
この人が翡翠さんの。
なぜでしょう、私は会ってもいないのにあたかも存在しているかのような存在感。
この人は一体……!

挑発的な瞳と眉、上品な人には程遠い言葉遣い、
男性にも屈しないどころか、自分が従わせたいとばかりに声を張り上げる威圧さ。




リヴィエラ(ガウェイン)
 

リヴィエラ:

(精霊の記憶を見終えて)

まさか、ガウェイン様がそう考えてらっしゃったなんて…
私には、ロジェ(※リヴィエラのもう一人の精霊)という大切な方がいます。
それなのに、あの時どうしてガウェイン様は
無理矢理に近い形で私と契約したのか、ずっと考えていたのです。

いいえ、怒ってはいません。
だってガウェイン様は、私とロジェが離れ離れになった時
私を元気づけようと、奔走してくださったではありませんか。
私、そのお礼をずっと言いたくて…
今日はロジェに外出のお願いをして、出かけてきたんです。

あ、見てください! 花火ですよ!
うふふ、ガウェイン様は太陽のような…花火のような方ですね(にこりと微笑む)


ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)
 

ち、ちょっと調べものをしてて・・・
わぁ、マリーゴールドだ!綺麗!
お茶も有り難うございます

これはエリオスさんの過去? 
学生の頃からの知り合いだったんだ、皆幸せそう
でも、お父さんとお母さんはエリオスさんのことを裏切って・・・

(場面変わる。両親の墓石に花を供え、声を押し殺しながら涙を流す精霊の姿を見て)
そんな、エリオスさん・・・っ
貴方はずっとそうやって独りで泣いていたの?(涙を流し)

毎年 両親の命日になると、私よりも先に両親の墓にマリーゴールドの花が供えてあるんです
私、誰がしてくれているのか分からなくて
エリオスさん、貴方だったんですね、ずっと貴方が・・・っ(抱きつき)
ごめんなさい、ごめんなさい・・・っ


鬼灯・千翡露(スマラグド)
  ▼想い出
物心ついた時には、両親はいなくて
でも、育ててくれた人達がいた

神人の姉さん
清楚で儚げで、でも強い芯を持った人
それに、ファータ――精霊の義兄さん
大雑把だけど、面倒見の良い頼もしい人

深く想い合い、その愛に負けない強さを持った人達
私の心の支えで、誇りだった

――私が、ギルティに捕まった
自分の顔に傷をつけたウィンクルムへの、報復だと言って
私を、助ける為に、姉さんと、義兄さんは、

しん、じゃっ、た


▼事後
ラグ君ただいまー
ジュース買ってき、た……

……
(一瞬泣きそうな顔になり、直後苦笑)
そう、だよね
ラグ君は昔の事、話してくれたもの
私が話さないのはフェアじゃないよね……

指切りしよう
お祭が終わったら、必ず話すよ


伊吹 円香(ジェイ)
  見 桔梗
お父さんの部屋…?
和室で父と、今より少々幼い相方が向かい合って話をしている
「お前が娘の面倒を見てやってくれ」と言う父と
抵抗などせず、「お任せ下さいませ」と答える相方
その後に、「私が暗殺部族の出でということは、お嬢様には内密でお願いしたいのですが…」その言葉に驚いた

(ジェイが暗殺…)
相方がそんな環境で育ったとは知らなかったし、思いもしなかった
父も相方も話してくれなかった
父に従順な様子のジェイからそんな過去があるようには思えない
…けれど、それが事実なら受け止めてあげたいと思った

…ジェイ
私は大丈夫ですからね、と笑いかける
手を、繋いでも良いでしょうかジェイ
温かいですね、あなたの手
へ? 私、が…?


● ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)編
 ミサ・フルールの精霊のエリオス・シュトルツは大輪の園でお茶を手に入れました。それからマリーゴールドも係の人に断って摘んで来ました。
 そしてミサの部屋に行きます。
「最近あまり寝ていないようだな。その調子では任務に支障がでるぞ」
 突然部屋に入ってきて、そう声をかけたエリオスに、ミサは驚いて振り返ります。
「ち、ちょっと調べ物をしてて……」
 A.R.O.A.から借りた資料を畳みながら曖昧に笑うミサ。
「少しは休め」
 エリオスはそう言ってお茶と花をミサの机に置きました。
「わぁ、マリーゴールドだ! 綺麗! お茶もありがとうございます!」
 ミサがお茶を手に取る様子を見て、休憩するのだと思ったエリオスは安堵の表情を見せ、彼女の部屋を後にしました。
 ミサはゆっくりお茶を飲みます。エリオスの気遣いを感じ取りながら。
 机の上ではオレンジ色の丸い花がいい匂いを漂わせていました。
 そこでマリーゴールドが語りかけるように彼女に幻を見せたのでした。

 それは花の見せる夢の中……。
『エリオス、お前は独りじゃないからな』
『貴方には私達がずっといるわ』
 そう告げる若い男女が見えます。
 ミサは、それが若い頃の自分の両親だと分かりました。
 若い両親が笑いさざめく様子を前に、エリオスの心の声がミサに聞こえて来ます。

……ロニは俺の唯一の親友だった
彼のおかげで俺は初めて『独りは寂しい』のだと知ることができた
ロニの幼なじみであるサリアにも出会うことができた
誰からも愛されずに生きてきた俺は初めて人を愛する喜びを知った……

 ミサは驚きながらも、それはエリオスの心の中だと気づき、納得していました。
 エリオスの心の中に大切にしまわれていた両親、そして、エリオスの悲しみや喜びが直接ミサに伝わってきたからです。
(これはエリオスさんの過去? 学生の頃からの知り合いだったんだ、皆幸せそう。でも、お父さんとお母さんはエリオスさんのことを裏切って……)
 楽しそうに笑う若者たち。制服姿の両親、それを優しく見守っているらしいエリオスの心の動き、それをミサは複雑な気持ちで感じていました。こんなにも仲の良かった三人が決裂して、エリオスは胸に癒えない傷を負ってしまうことになるのですから。それによりミサとの絆も危ういものに……。

 やがて、場面が変わりました。
 ミサの両親の墓地にエリオスはいます。ロニとサリアの名前を刻まれた冷たい石に花を供え、声を押し殺しながらエリオスは涙を流していました。
「そんな、エリオスさん……っ! 貴方はずっとそうやって独りで泣いていたの?」
 ミサの頬を涙が伝いました。
 そして初めて知ったのです。両親の墓石に供えられていた花の正体を。その意味を。
 たまらずに彼女は立ち上がり、部屋を飛び出てエリオスを探しました。
 リビングにいたエリオスを見つけると飛びついていきます。
「毎年 両親の命日になると、私よりも先に両親の墓にマリーゴールドの花が供えてあるんです。私、誰がしてくれているのか分からなくて。エリオスさん、貴方だったんですね、ずっと貴方が……っ」
 ミサはエリオスに抱きついてすすり泣きました。
「何故泣いている?」
 エリオスは戸惑っています。
 ですが、ミサの様子から、先程のお茶に何か秘密があった事に気がついたようでした。エリオスは深くため息をつきます。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
 ミサは泣きじゃくりながらエリオスの胸に頬を寄せました。
「人の過去を勝手に……謝るな」
 エリオスはそっとミサを抱き締めたのでした。
「お前は何も悪くない」
 
●リヴィエラ(ガウェイン)編

 今日は紅月ノ神社の納涼花火大会です。精霊のガウェインが飲み物を買いに行き、リヴィエラは大輪の園のベンチで休んでいると不思議な体験をし、ある青年から奇妙なお茶を買い取りました。
 リヴィエラはすぐ側に咲いていたアンスリウムの花の側でお茶を飲むことにしました。 アンスリウムの独特の形と赤い色が目の端まで滲んでいくような、不思議な感覚がしました。
 辺りはぼんやりと霞がかかって現実感がなくなります。それなのに不思議に心地よいのです。
 しばらく前のタブロスの街路樹が見えます。歩いて行く少女、それは自分。
それに近づいて行く不敵な表情のガウェイン。
 やがて彼はリヴィエラに話しかけて、強引にどこかへ連れて行きます。

……俺はタブロスを歩くリヴィエラちゃんに一目ぼれをして、路地裏に連れ込んだ。
そして適合する事を良い事に、そのまま無理矢理契約をした…
あの時のリヴィエラちゃんの怯えた顔…俺はやっちゃいけない事をしたんだ…
リヴィエラちゃんに謝りたい……

 そのときの光景を、リヴィエラはまざまざと見る事が出来ました。
 ガウェインの存在に戸惑い困惑している自分の表情も見たのでした。
 やがて、ガウェインの記憶が終わり、リヴィエラは現実に帰って、呆然とベンチの上に座り込んでいました。
(まさか、ガウェイン様がそう考えてらっしゃったなんて……私には、ロジェという大切な方がいます。それなのに、あの時どうしてガウェイン様は無理矢理に近い形で私と契約したのか、ずっと考えていたのです)
 そうしていると、飲み物を買ってきたガウェインが声をかけてきました。
「リヴィエラちゃん、ただいまー。はいこれ、ウーロン茶」
「ガウェイン様、実は私……」
 リヴィエラは不思議なお茶とアンスリウムの花の事をガウェインに話しました。
 ガウェインは黙ってそれを聞いていましたが、やがて悲しそうな顔でリヴィエラに聞きました。
「……怒ってる?」
「いいえ、怒ってません」
「怒ってない……? 何でだ? 俺はリヴィエラちゃんが欲しくて、本能のままに契約をしたのに……」
 リヴィエラは落ち着いた様子で微笑んでいました。
「だってガウェイン様は、私とロジェが離れ離れになった時、私を元気づけようと、奔走してくださったではありませんか。私、そのお礼をずっと言いたくて……今日はロジェに外出のお願いをして、出かけてきたんです」
「聖女か? 君は聖女様か何かなのか?」
 怒られるどころかお礼を言われてしまい、ガウェインは驚いています。
 まるで、自分を責めないリヴィエラを責めるかのように。だって、ガウェインはずっと、リヴィエラの事で自分を責めていたのですから。
 そのとき、リヴィエラの背後から花火が一つずつ上がり始めました。
 轟音を鳴り響かせて、夜空いっぱいに大輪の華が咲いていきます。
「あ、見てください! 花火ですよ!」
 リヴィエラは振り返って、花火の一つを指差しました。
「うふふ、ガウェイン様は太陽のような……花火のような方ですね」
 そう言って、リヴィエラはガウェインの方ににこりとほほえみかけます。
「花火のような人なのは君だよ、リヴィエラちゃん。花火みたいに綺麗で、守ってやりたくて……い、いや、何でもねえ」
 そこまで言ってガウェインは赤面し、気まずそうに花火の方を見上げました。
(あぁクソッ……彼女に何もしないとロジェと約束したのに、俺もリヴィエラちゃんが欲しくなっちまうじゃねぇか)
 素直な本能。若い煩悩の気持ちがガウェインを襲います。煩悩 飾らない美しさ(ピンク) 粋で可愛い(赤) 情熱(白)……それらを表すアンスリウムの花々が、そんな二人をずっと見守っています。まるでガウェインに分かっているのだとささやきかけるように。

●伊吹 円香(ジェイ)編

 今日、伊吹円香は精霊のジェイと紅月の神社の納涼花火大会に来ています。円香が大輪の園で休んでいると、不思議な出来事が起こりました。その後、奇妙な青年から円香は不思議なお茶を買い取りました。その間、ジェイは円香のために飲み物を買いに離れていました。
 円香は青年の言う事を半信半疑ながら、桔梗の花壇に行って花を見つめながらお茶を飲み干しました。青紫の可憐な花びらが目の前いっぱいに広がる錯覚--そして円香は、ジェイの思い出の中を夢で見ました。
(お父さんの部屋……?)
 円香の父は親分と言われる身分の人です。その部屋だと娘の円香はすぐに分かりました。
 和室で父と、今より少々幼いジェイが向かい合って話をしています。
「お前が娘の面倒を見てやってくれ」
 父がそう言うと、ジェイは抵抗する様子も見せませんでした。
「お任せくださいませ」
 素直に頭を下げますが、その後、つけくわえるのです。
「私が暗殺部族の出でということは、お嬢様には内密でお願いしたいのですが……」
 夢の中で円香は驚き息を飲みます。
 そこで思い出の夢から抜け出て、円香は呆然と桔梗の花壇の前に立っていました。
「ジェイが暗殺……」
 思わずそう呟いてしまいます。
 円香はジェイがそんな環境で育ったとは知らなかったし、考えた事もなかったのです。思いも寄らないとはこの事です。
 円香の父もジェイ本人も今まで何も話してくれていませんでした。
 父に従順な様子のジェイからは、そんな血なまぐさい過去があるなどと思えません。
……けれど、それが事実ならば、受け止めてあげたいと思いました。過去はどうであっても、ジェイは円香の前ではまるで兄のようなジェイなのです。それに、暗殺部族の出とは言っても、父の子飼いになるまで、ジェイには様々な出来事が起こった事でしょう。それを何も知らないのに、態度を変える事は出来ないと思ったのでした。
「お嬢、お待たせしてしまい申し訳ございません」
 屋台が離れたところにしかなかったため、買い物に時間がかかったジェイは、大急ぎでリヴィエラの元へ向かいました。
 ですが、どこか腑に落ちない表情を浮かべる円香に、待たせすぎてしまったのかと内心焦ります。
 円香はどんなに待たせたとしても、決して嫌な顔をしません。そんな温厚な彼女を怒らせてしまったなら、本当に申し訳ないと思います。
「……ジェイ、私は大丈夫ですからね」
 円香はそう言って、ジェイに笑いかけました。
 ジェイは拍子抜けしてしまいます。
「……は……?」
 何が、と聞き返しそうになるのを止めて、ジェイはもう一度謝罪しました。
(私がいない間になにかあったのだろうか……)
 疑問は残りますが、考えていても仕方がありません。
「手を、繋いでも良いでしょうか。ジェイ」
「……手をですか? ……どうぞ、お嬢」
 ジェイは手をさしのべます。
 自分よりも小さく白い手を握りしめます。
「温かいですね、あなたの手」
「そうでございますか? それは、貴方がお優しいからです」
 ジェイは柔らかく微笑みました。
「へ? 私、が……?」
 ジェイの手を温かく感じるのは円香の手が冷たいからです。手の冷たい人は心が温かいと言われています。だから、円香は優しいのだと、ジェイは言いたいのでしょう。円香はそれを一瞬分からなかったのですが、やがて理解して、いつものように微笑みました。
 それから二人は連れだって大輪の園を歩き回り、桔梗の花壇の前に戻って来て、打ち上げられる花火を眺めました。手を繋いだまま。色黒で大きくて温かいジェイの手。白く小さく冷たい円香の手。それらを組み合わせた指先から互いの存在を感じながら、ずっと夜空の花火を見上げていたのでした。

●鬼灯・千翡露(スマラグド)編

 今日、鬼灯千翡露と精霊のスマラグドは、紅月ノ神社の納涼花火大会に来ています。大輪の園でスマラグドは一休みをして、千翡露がジュースを買いに行きました。その間にスマラグドは不思議な出来事を受けて、青年からお茶を買いました。スマラグドは近くのマリーゴールドの花壇に行き、お茶を飲み干しました。
 オレンジ色の丸い花が視界いっぱいで揺れている錯覚。それからスマラグドは千翡露の思い出の世界に入り込んでいきました。

……物心ついた時には、両親はいなくて、でも、育ててくれた人達がいた……
 そんな声が聞こえたような気がしました。
 スマラグドは夢の中、見覚えのある部屋を見ています。
(ちっちゃいちひろ? 僕よりもちっちゃい)
 まだ幼い千翡露が、画用紙に落書きをしているのが見えました。
 その近くに千翡露と面立ちの似た女性と、男性がいます。
(一緒にいるのは、両親? それにしては若いけど……)
 女性と男性は千翡露に様々な事を話しかけながら、一緒にお絵かきをしている様子でした。
(あ、この二人はウィンクルムだ)
 スマラグドは女性の手の紋章に気がつきました。
 女性は男性の絵を見て微笑みながら何かを言っています。照れた様子で頭をかく男性。(精霊は俺と同じファータか。……ウィンクルムの鑑、みたいな仲睦まじさだね)
 女性と男性の目にも、言葉にも、相手に対する愛と信頼に溢れていました。ごく僅かなやりとりでも、スマラグドにはそれが分かったのです。

……神人の姉さん
清楚で儚げで、でも強い芯を持った人
それに、ファータ――精霊の義兄さん
大雑把だけど、面倒見の良い頼もしい人
深く想い合い、その愛に負けない強さを持った人達
私の心の支えで、誇りだった……

 また、そんな声が聞こえました。
 スマラグドは夢の中で辺りを見回し、そこで気がつきました。
 見覚えがあるも、何も、その部屋は千翡露とスマラグドが同居している部屋なのです。
(この家は元々この二人のみたいだ。あれ、でも今はちひろが、僕が住んでる。この二人は何処に行ったの?)
 不意に、辺りに暗闇が訪れました。仲むつまじかった家族の光景はそれっきり見えなくなってしまいます。
――私が、ギルティに捕まった
自分の顔に傷をつけたウィンクルムへの、報復だと言って
私を、助ける為に、姉さんと、義兄さんは、

しん、じゃっ、た

 次の瞬間、スマラグドの目の前には、血だまりに沈む二人が見せつけられました。
 それは、幼い千翡露が受けた衝撃そのものでした。
 そのギルティが敵うはずのない敵だった事は、二人の傷の状態から言って明白でした。顔に傷をつけたという事ですが、その一撃を入れる事が出来ただけでも、奇跡だったのでしょう。
「……なん、だよ、これ」
 夢の中でスマラグドは虚ろに呟いていました。
 それから次第に、意識は現実に帰ってきます。
(ああ、ちひろ。もう、今と殆ど背丈も変わらないのに、泣きたいのに、泣けない、そんな顔を、してる。嫌だ、胸が痛い――)
 意識が現実に完全に帰る前に、成長した千尋の顔と姿が見えました。笑っているけれど、笑っていない。そんな乾いた笑い方をしている千翡露が、見えたのでした。
 そして、スマラグドは現実に戻ります。
「ラグ君ただいまー。ジュース買ってき、た……」
 スマラグドのいるベンチに戻って来た千翡露は、彼の雰囲気が違う事に敏感に気がつきました。
 スマラグドは真っ直ぐに千翡露を見つめました。
「……ちひろ、話して。どうしてちひろは『独りだった』の?」
「……」
 千翡露は一瞬泣きそうな顔になり、すぐに苦笑しました。
「そう、だよね。ラグ君は昔の事、話してくれたもの。私が話さないのはフェアじゃないよね……指切りしよう。お祭りが終わったら、必ず話すよ」
「……ん」
 千翡露が差し伸べた小指に小指を絡めて、スマラグドは応じたのでした。彼女が約束を守ってくれますように。

●七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)編

 今日は紅月ノ神社の納涼花火大会です。七草・シエテ・イルゴと精霊の翡翠・フェイツィは大輪の園に来ています。二人は一緒に歩いていて、ユーズドハットの青年に声をかけられ、不思議なお茶を買いました。
 翡翠もシエテも浴衣に下駄という和風の出で立ちでした。二人とも暑い日が続くのでうちわを持ち、翡翠の方は水風船も持って、夏祭の気分を盛り上げていました。
 他愛ない日常の会話をしながら微笑みをかわし、マリーゴールドの花壇の前に来たところで翡翠が立ち止まりました。
「喉が渇いた」
 翡翠はお茶の蓋を開けて中身を飲み始めました。それを見て、シエテもつられてお茶を飲みました。
 そのとき、不思議な出来事が起こりました。
 シエテの精神が、翡翠の思い出の世界に入り込んでしまったのです。同時に、翡翠も思い出の中の自分を見つめていました。

 煙の立ちこめる雀荘の室内。
 雀卓に拳を叩きつける翡翠。--今ほど十歳ほども若いでしょうか。惨敗が続いていたのです。
 当時の翡翠は、賭博で勝ち上がる事で、金銭を稼ぎ続けるつもりだったのでした。
 そのことで、お金さえあれば、金も女も地位も名誉も、全て手に入れられると思っていたのでした。

「頭と口先じゃ勝てないよ」
 当時の親友が……。ユイが、つり上がった視線で翡翠の顔をのぞき込みます。
「運も実力のうち」
 ユイが放り投げた札束が、翡翠の手元に届きます。

「手を組むよ、そして」
 ユイは翡翠に顔を寄せて何事かささやきかけました。

 それから、毎日のようにユイはギャンブルを翡翠に持ちかけました。
 ユイは勝ち続けては、金を敗者から巻き上げていました。
 敗者に情けなどかけないのです。
 その金が翡翠とユイの血となり、肉となり、骨を築き上げていったのでした。

『そんな生き方に惹かれていた……あの日までは』
 苦しみと後悔に満ちた翡翠の心の声が聞こえます。
 雀卓の前に打ちのめされている翡翠--それがシエテの目には見えました。

 シエテはその過去に吸い寄せられるように見つめてしまいます。
(この人が翡翠さんの。なぜでしょう、私は会ってもいないのにあたかも存在しているかのような存在感。この人は一体……!)
 ユイの特徴をシエテは思い出の中で観察しています。
 挑発的な瞳と眉、上品な人には程遠い言葉遣い、男性にも屈しないどころか、自分が従わせたいとばかりに声を張り上げる威圧さ。
 どれも、シエテにはないものばかりでした。
 その圧倒的な存在感に、シエテは飲まれてしまいそうになります。
 同時に、その存在感が、翡翠の過去を支配していることも感じ取り、その事にもかすかな怯えを感じていました。
 シエテは任務の失敗から自信を喪失しかけていた状態でした。
 他の仲間と対等に仕事がこなせないと思っていたのです。
 そのため、ウィンクルムとしての活動にも様々なためらいや疑問を感じていました。
 そんなシエテにとって、思い出の中のユイは、衝撃的な存在だったのです。
 不安と嫉妬がかきたてられます。
 それは、碑文の効果があったかもしれません。
 ですが、それは自信をなくしかけていたシエテにとっては、当然の感情のように思われました。
(この人は一体……。教えて欲しい、翡翠さん……)
 その一言が言えるかどうか分からない、微妙な距離感のままに、シエテは思い出の世界から現実に帰ります。
 隣には呆然としている翡翠。
 そして目の前では、オレンジや黄色の丸い花々が、夕暮れの風に揺れて、そしらぬ顔で甘やかな匂いを放っているのでした。



依頼結果:大成功
MVP
名前:鬼灯・千翡露
呼び名:ちひろ
  名前:スマラグド
呼び名:ラグ君

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 森静流
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月10日
出発日 09月16日 00:00
予定納品日 09月26日

参加者

会議室


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