プロローグ
「さっきの荷物、どうなってる? ほら、教団絡みの偵察隊への届け物」
ここのところ、オーガ復活を目論む団体――マントゥール教団が不審な動きを見せているという。
ただでさえ不穏なオーガ事件も多い中、教団の警戒に当たっているA.R.O.A.の部署も大忙しだ。
年配職員の問いには、はいっ、と元気よく新人職員が答えた。
この春にタブロスへ越してきたばかりの若者で、まだ肩の力が抜けない様子だ。
「ちょうど手の空いていた女性神人数名に依頼して、密偵任務中のウィンクルムの詰め所へ届けさせてます!」
「女性神人に? タブロス新市街南部へ? 精霊はつけさせなかったのか」
「あ……はい。戦闘地域ではありませんし、目立つといけないと思ってそのまま寄越しました……けど」
上司の険しい語気に、新人職員の表情も不安げに曇る。
「あのう……いけなかったでしょうか」
「……まずいな。いや、君は市外の出だから、知らずともおかしくはない。任せた私のミスでもある。実は――」
彼が焦ったのは、顕現した神人がオーガやデミ・オーガに狙われやすいというだけの理由ではなかった。
タブロス新市街南部。
A.R.O.A.本部のある新市街北部と比べ、あまり治安の宜しくない地域である。
それだけでなく、今回の届け先の近くの通りは、所謂「ナンパスポット」としても知られていた。
おまけに、あと一時間もすれば日も暮れる。
不慣れな女性神人が一人で歩いていれば、面倒事に巻き込まれることは想像に難くない。
「えっ。それじゃ僕、ひとっ走り……」
「いや、あのへんは道も入り組んでいるからね。行き違いになるかもしれない」
年配職員はしばらく考えこむと、よし、と周りの職員たちに声を掛けた。
「まあ、滅多なことはないだろうが、念には念を、だ。その神人のパートナーの精霊を全員呼び出してくれ。
彼らは、お互いの存在を感知しやすいそうだ。下手に我々が動くよりいいだろう。至急!」
十数分後。
緊急呼び出しをかけられた精霊たちは、パートナーを迎えにA.R.O.A.本部を出かけることになる。
ある者は心配そうに駆け出して。ある者は不機嫌そうに、でも早足で。
解説
今回は、精霊が神人を迎えに来る、というお話です。
中には、ナンパなど自力でかわす神人や、逆にトラブルに巻き込まれる精霊を助ける神人もいるでしょう。
また、そもそも危なそうな道を回避して、何事もなく二人でのんびり帰路につくペアもいるかもしれません。
特にそうしたことがなければ、神人がナンパやトラブルに遭遇して立ち往生する可能性が高いです。
無事合流できたら、帰りに二人で寄り道をしてもいいですね。
補足情報:
問題の区域は古い路地が入り組み、酒場や怪しげなお店の多い、雑多な場所です。
少し離れた北の大通りには、カフェや安い食堂、小さな雑貨屋など一通りの商店が立ち並んでいます。
神人たちは、小包を届け終わったらそれぞれ解散・直帰するようにと伝えられています。
神人や精霊は、近くにいれば互いの存在を感覚的に判別しやすくなっています。
パートナーの接近を察知したら、見つけやすくする工夫をするといいかもしれません。
ゲームマスターより
今回は、あまり相談掲示板で話し合う事柄はないかもしれません。
おつかい中の神人同士、迎えに行く精霊同士のやりとりをキャラクター口調で描写する場として使って頂いても構いません。
なお、掲示板のやりとり自体はリザルトノベルには反映されません。
どうしても結果に反映させたいやりとりがあった場合は、プランに書いておいてくださいね。
これらは成功判定やMVPには関わりませんので、任意でどうぞ!
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)
治安の悪さを知らず、移動中に声をかけられた。 無視しようとするがつきまとわれて段々とイライラ。 いっそ物理的解決方法に出てしまいたいが、さすがにそれは問題になるため、抑えようとする。 ふと、ジャスティが近くに来ていることを感じる。 後で色々文句を言われるだろうことは目に見えているが、この状況を脱出したい、助けてほしいという考えの方が勝ち、早く見つけてもらうために「うるさい!」と思い切って大声を出して一喝し、存在をアピールする。 彼が来たらホッとした表情を見せる。 届け物に行く際、助けてくれたことのお礼を言う。 届け物が終わったら、帰ったあとにでもどこかでお茶しないかと言ってみる。 今日のお礼に奢るからと。 |
月泉 悠(エードラム=カイヴァント)
頼まれたものは無事に届けられたし… 何ていうかここは…雰囲気がちょっと怖いし…早く帰ろうっと。 って…遊びに行こうと言われても… 私、これから帰るところで… うぅ…誰か…エードさん、助けて…! 「あの、えっと…エード、さん?」 「は、はい…しょ、食事に…」 …あれ? 私何でさっき心の中でエードさんに助けを求めたんだろう…? 確かにエードさんって大人だし、頼れる感じだし… でも何か恥ずかしくなってきちゃったな… と、とりあえず何か話をして、気を紛らわせないと… 「あの…エードさん、どうしてこんな所に?」 ◆行動 荷物を届けた後は急いで帰ろうとする が、性格的にもナンパされる可能性は高いと思われる ナンパされたら逃げようとはする |
油屋。(サマエル)
あ?何だテメェ 如何にも優男ってツラしてんなぁ アタシに何か用か 喧嘩なら喜んで相手するぜ? オラ さっさとかかって来い こ、これナンパってヤツなの? 恥ずかしい!頭がパニック!! どうして良いか分からないよぉ!(思わず泣く) サマエル 近くに居るの? お願い、助けてぇ゛え゛! 怖かったよぉ゛サマエルぅう!!(大泣き) うん、ご飯食べる 食堂行く……ぐすん 美味しいッ、ふふふ~幸せ! はい、これ今日のお礼。唐揚げ一個あげる! 今日はありがとね!助けに来てくれて嬉しかった! すっかり遅くなっちゃった でも、サマエルも居るから安心 横に並んで、楽しくお喋りしながら帰りたいなぁ |
久野原 エリカ(久野木 佑)
……無事に小包は届けられた。 だけど…… (人見知りモード発動中。誰にも話しかけられない) 暗くなってからなんか嫌な予感がする。 人目につかない道を選んでいこう。 (警戒心がここで役に立つ) ……バカ犬の気配……何で……? 心配で来た……? は?(きょとん それでそんな大慌てでみっともない姿で?(冷ややか。汗だくで髪が乱れてすごいことになっている佑を見て ……はぁ。さっさと帰ろう。(ぷいっと。しかし、おや、手が祐の服の袖を僅かに掴んでいる……? (こんな言い方ですがちょっとは嬉しかった模様。自分から心配してきてくれるなんて思いもしなかった故に) 補足:祐への感情 出会って間もない故にぎこちなく、ちょっと警戒している。 |
●それぞれの反応
神人を迎えに行ってほしい。そんなA.R.O.A.本部職員の頼みを聞いて、集められた精霊たちは四者四様の反応を見せた。
「市街南部へ……悠さんが?」
「うちの暴力女は、……まあ、大丈夫でしょう」
「僕のところにも物理的解決に訴えそうな神人がいるのですが……逆に、一般人に被害者が出ては事です。承知致しました」
眉根をよせ、心配そうな表情を浮かべる『エードラム=カイヴァント』。一方で悠然と構えた様子の『サマエル』。
『ジャスティ=カレック』は素っ気なく言いながらも、ディアボロの細長い尾が落ち着かなさそうに揺れる。
そんな中、
「あばばばばば……! な、なんっ……?!」
『久野木 佑』は口を開いては閉じ、言葉にならない叫びを上げた。
「あ、安全な所だと思って送り出したのに……! いや、あの人年の割にしっかりしてそうだけどやっぱり小さいからあわわ……! と、とにかく探さないと!」
彼は詳しい場所も聞かずにいち早く、A.R.O.A.本部のドアに突進せんばかりの勢いで駆け出していく。
その間、およそ1秒。常人離れしたテイルスの脚力ゆえに、止める間すら存在しなかった。
「全速力で! 全速力でえええ!」
取り残された精霊たちも、顔を見合わせた後、それぞれのペースで佑の後に続いた。
●少しだけ近づいて帰ろう
「……無事に小包は届けられた。だけど……」
『久野原 エリカ』は周囲を見回し、人形のように形の良い眉をひそめた。
タブロス市街南部の事情には詳しくなかったが、雑踏で漏れ聞こえる会話の断片は聞き慣れないものばかり。
「お兄さん、寄って行かない? うちの酒場はいい娘が揃ってるよ」
「なんと、1時間で300ジェールぽっきり! ほら入った入った!」
「最近、ナンパ上手く行かねえんだよなー。手頃に遊べる娘、いねえかな」
道行く人々の話し声は猥雑なものから、
「あの子……じゃ……?」
「もしかして、……かも……」
エリカを見てひそひそ交わされるものまで。
ただでさえこの下町で、ゴシックロリータ風の出で立ちをした色白の少女は非常に人目を引いた。
向けられる好奇の眼差し。実のところ、それは必ずしも悪い意味のものではなかったのだが、彼女には居心地が悪かった。
エリカの直感が警鐘を鳴らす。
届け物を一緒に頼まれた神人たちとは、届け先の前で別れてしまった。
最近の任務の話を聞いてひとしきり談笑したあとでもあったし、一緒に帰ろう、そう言えばよかったのかもしれない。
けれど、帰り道の方向はばらばらで、声をかけるには遠慮と人見知りが先に立った。
「……人目につかない道を選んでいこう」
通りを逸れてうらぶれた路地を曲がる。
選んだ道は思った通り閑散としていた。路地というには随分狭く、通り行くのは野良猫ばかり。そして、じめじめとした路地は、エリカ以外の存在が全て壁を隔てた遠くに行ってしまったかのような錯覚を起こさせた。まるで、屋敷の離れに一人起居していた頃のような。
もうじき夏になるというのに、エリカは薄ら寒く感じて、レースをあしらったワンピースの胸元をかき合わせた。
ここではない場所へ。早く。気持ちが逸る。
そのとき。
エリカは知った感覚に、ふと足を止める。
「……バカ犬の気配……なんで……?」
パートナーたる精霊の気配をなんとなく察する力は、先日成した契約の効果のひとつであるらしい。
もっとも、今は単独任務の帰り、こんなところに佑がいるはずもない。
なにかの間違いかと再び歩き始めると、今度は間違えようもない大声が聞こえた。
「エリカさんんんん!」
エリカは唖然と目を見開く。
すぐに、目の前の曲がり角から見知った人影が飛び出したかと思うと、猛然と駆け寄ってきた。
「探したんですよ大丈夫ですか怪我してませんかぁああああ!!」
両腕を広げ、佑がぶつかってくる。抱擁というよりは体当たりに近い。
このバカ犬。しがみつかれる寸前で、エリカはぺしりとはたく。すると、佑の尻尾がしゅんとしおれた。
「あぅ……す、すみませ……。でも俺、エリカさんが心配で……」
「心配で来た……? は? それでそんな大慌てでみっともない姿で?」
呆れたように瞬くエリカに、佑は肩で大きく息をしながら、はい!と得意げに頷いてみせた。
よほど急いで来たのだろう、よく見れば、茶色の髪はじっとりと汗で濡れて額やら首やらに張り付いているし、格好は警備見習いの制服らしい服装のままだ。
「でも、よかったです、エリカさんが無事で! エリカさんに何かあったら、俺、ものすごく後悔してたと思うんです」
佑は柴犬のような耳を嬉しげにぺたりと寝かせ、テイルスの尾を振った。
まだ知り合ったばかりの相手に対して、このバカ犬はどうしていつもこんなに一生懸命なんだろう。解せないと呆れながらも、エリカの口元はほんの少しだけ緩む。佑には気付かれぬほど、ごく微かに。
まだこの精霊を信用しきれたわけではないが、その言葉に嘘はないのかもしれない、と思う。
「はぁ……さっさと帰ろう」
そう言って歩き出そうとするエリカの左手は、佑の制服の裾を掴んでいた。
「ほへ?」
佑は一瞬目を丸くしたが、
「あ、それならはぐれないですね! 危ない場所でも大丈夫です!」
すぐに屈託ない笑みを浮かべた。
「エリカさんエリカさん、A.R.O.A.の掲示板に面白そうな遊園地の張り紙があったんです。今度一緒にどこか遊びに行きましょうよ! それからですね……」
ふうん、だとか、そう、だとか、エリカの気のなさそうな相槌を、佑は全く意に介していないよう。
それから、裾を掴んだエリカの左手の理由も、小柄なエリカに歩調を合わせることの手間すらも。
二人で歩く薄暮れの帰り道。けれど、もう寒くはなかった。
●泣き止んでから帰ろう
「まあ、とっとと回収して帰るか……」
サマエルは、『油屋。』の気配がより強く感じられる方へと歩を進めたが、角を曲がりかけたところで、おや、と足を止める。
いつものセーラー服ではなくふわっとしたワンピースを着た油屋。へ、近づく人影があった。
彼はとっさに建物の陰に隠れて様子を伺う。向こうからは死角となる絶好のポジションである。
ただ少し、いい暇潰しになりそうだと思ったのだ。
酔狂な男によるまさかのナンパ――おそらくはそうだろう――に対し、油屋。がどんな反応を示すのか。
あの女も、乳だけはあるからな。覗きを決め込んだ魔性族は独りごち、様子を伺った。
「そこのお嬢さん、ちょっといい?」
「あ? 何だテメェ。アタシに何か用か?」
油屋。は、近寄ってきた軽薄そうな男の顔をまじまじ眺め、不敵な笑みを浮かべた。
「喧嘩なら喜んで相手するぜ? オラ、さっさとかかって来い!」
彼女は拳を軽く胸の前で構える。ファイティングポーズだ。ところが、
「おお怖い怖い。やーだなぁ」
若い男は、降参のポーズでひらひらと手を振るものだから、油屋。はたじろぐように構えを解いた。
「相手してもらうなら、喧嘩じゃなくてもっと楽しいことがいいんだけど。例えば、お茶とかさ」
物陰から覗いているサマエルは、思わずぷっと噴き出した。
早瀬たん、大ピンチじゃないですか! 盛大に肩を震わせながら呟いて、ああおかしい、と目元の涙を拭う。
どうやら、彼女はナンパだと気づいていなかったらしい。そこがまた、らしくもあるのだが。
けれどもサマエルの愉しむような表情は、あたふたと慌てる油屋。を眺めているうちに、知らず渋くなる。
「えっ……えっと、こ、これナンパってヤツ? アタシ、どうしたら……」
「あはは、そうとも言うけど、別に誰にでも声をかけてるわけじゃないよ。お嬢さんが可愛いからさ」
歯の浮くような台詞にも関わらず、免疫のない油屋。は顔を真っ赤にする。
ふん、何だつまらん奴だな。サマエルは鼻を鳴らした。
どうしたもこうしたも、自慢の拳を一発ブチ込んでやれば良い。なのに、優しくされたぐらいでデレデレしやがって。
だいたい、あの女のことでこうも不愉快極まりなく感じること自体、大層不愉快だ。
彼の眉間に剣呑な皺が刻まれかけた頃、サマエル、と呼ぶ声がした。
「サマエル、近くに居るの? お願い、助けてぇ゛え゛!」
見れば、油屋。はいつもは勝気な顔をくしゃりと歪め、目には涙を溜めている。
「! ……泣い、た?」
何だあの顔は。予想外の反応に、サマエルは一瞬呆気に取られ、それから心底愉快そうに笑い出す。
今まで見た事のない中々良い顔に免じ、そろそろ助けに行ってやろうと歩き出した。
「少し良いですか?」
サマエルは、人当たりの良い笑顔で若い男に話しかけ、目が合ったところで低い声で囁いてやる。
「……失せろ」
さながら炎天下に一週間放置した生ゴミでも見るような目で。
いけ好かない男は、ひっと引き攣れたような声を上げて、逃げるように去って行った。
建物の外壁際にへたり込んだ油屋。は、視界に映った長身を見上げる。
「サマ、エル? 本当に助けてくれた……」
いつかもこんなことがあったような、と彼女は既視感を覚える。そして、
「もう、早瀬たんてば泣き虫さんですねぇ! ……いいかすぐ立て、そしてそのみっともない涙をとっとと引っ込めろ。貴様、この上なく愉快な面をしているぞ」
続くちっとも優しくない言葉もいつものサマエルだ。この先一ヶ月はからかいの種にされることは間違いない。
「怖かったよぉ゛サマエルぅう!!」
それでもぼろぼろと溢れ出る涙は、安堵ゆえ。
さっきの優男は言葉尻こそ優しげだったし、剣幕だけでいえば遥かにサマエルのほうが怖いはずなのだが、彼の顔を見てどうしようもなくほっとするのはどうしてだろう。
「いつまでもうるせぇんだよこのクソ餓鬼! 貴様の大好きな粗飼料を食えば泣き止むのか!?」
「うん、ご飯食べる、食堂行く……」
すん、と啜り上げながら、油屋。はサマエルの後を歩き出した。
「美味しいッ、ふふふ~幸せ!」
油屋。は炊きたての白米を頬張り、おかずの皿に次々と箸を伸ばす。
からりと揚がった唐揚げは、噛めばじゅわりと肉汁が溢れる。キャベツも新鮮で瑞々しく、唐揚げの旨さを引き立てていた。
定食屋『油屋。』――名乗っている通名の元になった店だ――の婆ちゃんのご飯ほどではないけれど、なかなか悪くない。
「全く……美味そうに食いやがって。今泣いたカラスがなんとやら、か。もっとも、カラスというより頬袋が膨らんでリスのようだ。おい早瀬、無駄乳に米粒ついてるぞ」
今日は、早瀬と本名で呼ばれても噛み付くことはしなかった。
「はい、これ今日のお礼。唐揚げ一個あげる!」
「これだけ手間をかけさせて、その対価が肉の塊一つか? ……割に合わん」
「今日はありがとね! 助けに来てくれて嬉しかった!」
「か、勘違いしないでよね! 別にアンタのためにやったわけじゃないんだからねッ! 食ったか? さ、それじゃ、牛は牛舎へ帰る時間ですよー★」」
わざとらしくふざけるサマエルが常より上機嫌に感じたのは、油屋。の気のせいか。
会計を済ませて食堂を出た後、二人連れ立って歩く夜道。
そこに、油屋。は不思議な安心感を覚えていた。
●ほのかに心通じ合わせて帰ろう
「……」
「ねえってば、お姉さーん? お茶くらい、いや、せめて立ち話だけでも!」
『リーリア=エスペリット』はすっかり辟易していた。
届け物を終えて数分も歩かないうちに、寄ってきたひょろりとした男に付きまとわれた。
無視し続けようとちっとも去る様子は見せず、すっかり我慢比べの様相を呈して今に至るというわけだ。
リーリアは、男の貧相な腹筋を横目で見やる。あの鳩尾に一発鉄拳を決めてやったなら、どんなにかスカッとすることか。
いつも相手にしているデミ・オーガたちとは大違い、身のこなしも隙だらけである。
だが、肉体言語による解決を図れば、後々面倒なことになりそうなのは目に見えていた。
仲間を呼ばれるかもしれないし、なにより、任務中のウィンクルムが暴力事件を起こしたならちょっとしたスキャンダルだ。
リーリアは、反射的に握った拳を密かなため息とともに緩めた。
「お姉さんの声、聞かせてくださいよ。そんなふうにしてるとせっかくの美人さんが勿体ないすよ」
男は相変わらずしつこく横にぴたりとついて来るものだから、歩きにくいことこの上ない。
一旦我慢した鉄拳をやっぱり解禁しようか、そう思った矢先、リーリアはふと足を止めた。
「あ……」
紛れもない、ジャスティの気配。
面倒を掛ければ、気難し屋の精霊からは後で散々文句を言われるだろう。
だが、背に腹は変えられない。リーリアは、息を吸い込んだ。
「え、なんすか、もしかして気が向いてくれちゃいました?」
「うるさい!」
大声で一喝してやると、男は一瞬だけ怯んだような顔をしたが、すぐにへらへらと笑みを浮かべる。
「あはは、びっくりした。もー、怒らないでよ」
元より、これだけでしつこい相手が引くとは思っていない。大声の目的は、他のところにあった。
「何をしているのです?」
「ジャスティ……!」
声を聞きつけてくれるようにと念じた相手の姿を認め、リーリアは無意識に表情を綻ばせる。
彼は一瞥しただけで事態を諒解したようだった。早足のまま、つかつかと無表情で近づいてくると、
「早く退散した方がいいですよ」
男にそう告げた。体裁こそは忠告の言葉だが、その声音は戦いの時に見せるのに似た威圧感を孕んでいた。
「このままナンパし続けたら、地面とお近づきになるかもしれませんよ」
低く続けられた言葉に、男は目に見えて青ざめる。
「けっ、男連れかよ」
離れ際、一度振り向いて吐き捨てられた言葉には、二人してぴくりと眉を動かしたのだが、それはさておき。
「怪我は……ありませんね。それより、届け物があるのでしょう」
「ううん、それはさっき終わったから帰るだけなんだけど……」
「そうですか。それなら長居は無用、では戻りましょう」
眼光鋭く辺りを見回す彼は、一刻も早くここを離れたいらしく、たまたま通りかかっただけとは思われない。
「もしかして、この場所のこと、聞いて来てくれたの?」
リーリアがそう問えば、紫の瞳は戸惑ったように揺らいだ。
「いえ、ただキミが迂闊な行動に出ては方々に迷惑が掛かると思い……」
「ありがとう、ジャスティ。助けてくれて嬉しかったよ」
本心からの礼を伝えると、彼は言いかけた文句を途中で止めた。そして――
「……あれ?」
もしかしてジャスティ、喜んでいる? それとも、安心している?
契約済みの神人には、契約相手の感情が伝わってくることがあるとは聞いていた。
とはいえ、ジャスティのひねくれた性格のせいか個人差か、普段ははっきりとは分からないことも多い。
そのせいで苛々して喧嘩になることも多いのだが、今日ばかりは例外のようだった。
ぼんやりと穏やかで暖かい感覚が、リーリアの胸にじわりと広がる。
リーリアが彼の感情を悟ったことを知ってか知らずか、ジャスティも観念したように息を吐く。
「……心配しました」
小声で早口に告げられた言葉は、短くも素直な気持ちの伝わるもの。
てっきり苦言の束でも飛んでくると思っていたリーリアは、緩む口元を隠しきれず、提案をする。
「あのね、ジャスティ。どこかでお茶しない? 今日のお礼に奢るから」
「お礼などは構いませんが……いいでしょう。厄介事を処理したら喉が乾きました」
この気持ちも、もしかして彼に伝わっているのだろうか。
今日は珍しく喧嘩にならない予感を感じつつ、リーリアは心弾ませて喫茶店を探し歩き出すのだった。
●カフェオレを飲んで帰ろう
「……は、早く帰ろうっと。なんていうかここ……雰囲気がちょっと怖いし」
『月泉 悠』は、居並ぶ酒場や安宿に心持ち首を竦め、北へと向かう足を速めた。
顕現してからは慣れないことばかり、こんな盛り場へも以前の生活ならまず来ることはなかったはずだった。
何事も無く帰れればいい。悠の切実な願いはしかし、あえなく裏切られた。
「お疲れさまでーす、道に迷っちゃってる感じです?」
「え……? いえ、私、これから帰るところで……」
突然かけられた声に振り向くと、今どき風の身なりに身を包んだ若い男が悠の顔を覗きこんできた。
男は最後まで言い終えるのを待たず、畳み掛けてくる。
「せっかくだから、遊びに行きましょーよ? オレ、このへん詳しいんだ」
「遊びに行こうって言われても……こ、困ります、もう夜ですし、それに……」
「んー、じゃあさ、ちょっとだけ遊んで、それから帰ればいいでしょ。全然、送ってくし」
男は人懐こい笑みを浮かべ、ぐい、と一歩近づく。とても否やは聞いてくれそうにはなかった。
気圧された悠が後ずさると、いいじゃん、と強引に手首を取られる。
嫌だ、と反射的に思った。逃げ出そうとしながら、瞬間、思い浮かんだのはパートナーのエードラム=カイヴァントのこと。
エードさん、助けて……! 悠が咄嗟に心の中でそう叫んだときだった。
「僕の連れに、なにかご用ですか?」
聞き知った穏やかな声。
「あの、えっと……エード、さん?」
あんまり自分にとって都合の良いタイミングだったから、夢ではないのかと悠は何度も瞬いた。
エードラムは、しい、とこっそり人差し指を立ててみせた。
合わせて。声は出さず、唇の動きだけで悠に素早く伝える。
「申し訳ありませんが、彼女はこれから僕と食事に行く予定が入っておりまして」
「は、はい……しょ、食事に……」
堂々と応対する彼に対し、悠の声は震えていた。
エードラムはそれに気づいてか、自然な所作で悠の手を取り、さりげなく背に庇う。
「は? なに、あんた、横取りする気? それはマナー違反っしょ、ならこっちも……」
血相を変えた男の怒気に悠が固まると、エードラムの大きな手は、大丈夫、と励ますように悠の手をすこし強く握った。
食って掛かろうとした男は、エードラムの特徴的な耳に目を留め、口をつぐむ。
人間のものよりも長く尖ったその耳は、彼がファータであることを告げていた。
精霊は人間よりずっと身体能力が高く、下手に逆らうのは得手ではないと判断したらしい。
「いいよいいよ、どうせ遊びで声かけただけだしさ」
捨て台詞とともに去っていく男を悠は半ば放心して見送ったあと、ふとつないだままの手に気づく。
「あ、あの、手……」
「ああ、すみません。穏便に済ませるために少し強引な手段を採りましたが、却って緊張させてしまったかな」
気遣うようにするりと離し、エードラムは悠を促して歩き出した。
「そんなこと……! あの、スイマセ……いえ、ありがとうございました」
悠は歩調を緩めたエードラムと並んで歩きながら、ふと思う。
――私、なんでさっき心の中でエードさんに助けを求めたんだろう。
その疑問は、一度抱いてしまえばじわじわと大きくなり、手に触れられていやに早くなった鼓動と共に頭を一杯にする。
さっきはしつこい相手への対応に必死で、特にエードラムの接近を感じ取っていたわけではなかった。
にもかかわらず、名前が出てきたのは家族でも友人でもなく、知り合ってそう長くないエードラムの名前だった。
たしかに、エードさんは大人だし、頼れる感じだし――。
考えているうちに悠は妙に気恥ずかしくなり、気を逸らすために慌ててもうひとつの疑問をぶつけてみることにした。
「あの……エードさん、どうしてこんな所に?」
「たまたまこの近くに用事があったんです。それで、悠さんを見掛けて」
こんなところに何の用事なのだろう。悠が疑問を募らせる間もなく、そうだ、とエードラムが声を上げる。
「この近くにカフェオレが美味しいカフェがあるんだ。食事も美味しいし、一緒にこれから行きませんか?」
「え……? でも、さっきのはただの方便です、よね」
「うん。でも、本当にしてしまいましょう」
こちらだよ、と歩き出すエードラムの蒼い瞳にほんの少し悪戯っぽい色が浮かぶ。
彼の意外な表情を見た気がして、悠は思わず目を奪われた。
北の空の、精霊や神人にしか見えない二つ目の月――テネブラは、それぞれの帰り道をやさしく照らしていた。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | コモリ クノ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 05月15日 |
出発日 | 05月22日 00:00 |
予定納品日 | 06月01日 |
参加者
- リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)
- 月泉 悠(エードラム=カイヴァント)
- 油屋。(サマエル)
- 久野原 エリカ(久野木 佑)
会議室
-
2014/05/21-05:50
エードラム:
こんにちは。エードラム=カイヴァントと申します。
私は月泉 悠のパートナーで……と、あまり雑談している時間はありませんね。
悠さんの事が心配ですし、早く迎えに行きませんと……。 -
2014/05/19-23:57
佑:あ、あばばばばばb……!(バカ犬はパニックを起こしている
(ほかの人たちに気づき)あ、あっ、どうも! 久野原エリカさんのパートナーの久野木です。久野木佑です! 今回初参加です! よろしくお願いします!
って、は、早くエリカさん迎えに行かないとあわわわわわ……!
いや、しっかりしてそうだけどあの人やっぱり小さいしうわわ……! -
2014/05/19-10:25
ジャスティ:ほとんどの方が初対面ですね。
お初にお目にかかります。
リーリアのパートナーのジャスティ・カレックと申します。
彼女はキレたら物理的に解決しようとするので、
被害者が出る前に回収しなくては…。 -
2014/05/18-11:17
サマエル: 初めまして、の方が多いようですね。油屋。の相方でサマエルと申します。
あの暴力女に限ってナンパはありえないので、のんびり迎えに行こうかと。