【祭祀】花の語る思い出(森静流 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 あなたは今日、紅月ノ神社の納涼花火大会に精霊と一緒に来ています。
 屋台がたくさん出る事を知っていたので、昼から神社に訪れて、屋台巡りをたっぷりした後、花火開始時刻よりもかなり早く、大輪の園を訪れました。
 色とりどりの夏の花が咲き誇る大輪の園。
 あなたは、花も見物したかったのですが、屋台巡りで疲れていたため、花壇の側のベンチに腰掛けて一休みをしました。
「だいぶ疲れているみたいだな。はしゃぎすぎだ、お前。飲み物を買ってくるからじっとしていろよ」
 すると、精霊がそう言いました。大輪の園の中にもいくつか屋台が出ているので、その中からコーラかウーロン茶でも買ってくるのでしょう。
 あなたはベンチに深く腰掛けて、ぼんやりと夕暮れの花園を見つめていました。

……不思議な光景が見えました。
 幼い精霊が笑って走って行く夢。
「ダメ、ダメよ。ご飯にするから、手を洗ってらっしゃい!」
 洗濯物を畳みながら、お母さんが精霊を呼んでいます。叱っているようだけれど、顔は笑っている。元気よく返事をして、また走って行く精霊。
 それから……胸に痛み。
 お母さんの、お葬式がありました。

 場面が変わって、精霊が男の子達に取り囲まれています。
 男の子達は、4~5人。恐い顔をしています。
「お前がやったんだろう!」
「オレじゃない!!」
 ……なんだったのでしょう。男の子の一人が、精霊の肩を突きました。
 痛みが、あなたの肩にまで走ります。すると精霊は、黙ってはいずに、同じ場所を突き返しました。--痛い。掌に痛みが走ります。人を突き飛ばす痛み。

 それから数年経って、精霊は学校の図書館に行くようです。
 そこには髪の長い上級生がいて。
 いつも同じ席で本を読んでいます。
 あなたは後ろの離れた席で本を読むだけ。
 でも、昼休みの間ずっと、上級生の綺麗な長い髪だけを見ています。
 本よりも、ずっと気になる。
 ある日、上級生が棚に本を返したので、そっと自分も本棚に近寄ります。
 上級生がいつも読んでいた本を確かめます。
……プルースト……
 それが作者の名前でした。

 思い出の濁流があなたを襲いました。
 あなたははっとして、顔を上げます。
 気がつくと、視界は、元の大輪の園の花々に変わっているのでした。
「なんだったんだ、今の……」
 あなたは額を抑えます。軽い頭痛がするのでした。
「花が教えてくれるんですよ」
 そのとき、いつの間にか近づいてきていた青年があなたにそう話しかけました。
 青年はクーラーボックスを抱えていました。夕闇で、暗くて顔はよく見えません。ただ青年の吸う煙草の火が赤く、目に染みるようでした。
「今のはそこの早咲きの曼珠沙華があなたに、教えてくれたんでさあ……。あなたの前では何も言わない精霊のかわりにね」
「花が……?」
 青年はこくりと頷くと、クーラーボックスの中から一本の不思議なお茶を取り出しました。
「これを飲めば、花がもっと、あなたの精霊の事を教えてくれまさあ。どうですか? 300jrで精霊の思い出を知る事が出来る……」
「本当か?」
「碑文の影響で精霊も不安、あなたも不安……それを優しい花たちが心配しているんです。何、オレはこのお茶とちょっとのお金でそれを手伝いたいんでさあ……どうしますか?」
 あなたは花壇を振り返りました。
 早咲きの赤い曼珠沙華があなたに話しかけるように揺れています。
 花が教えてくれる、相方の思い出……。

解説

 大輪の園のベンチで不思議なお茶を飲んだら、相方(精霊→神人、神人→精霊、どちらでも可)の思い出が頭の中に侵入してきました。
 それは大輪の園の花がしてくれた事のようです。
 思い出は本文のようにダイジェストでもよく、あるいは、一つの思い出を深く掘り下げるものでもOKです。
 相方と出会う前でも相方と出会った後でもOK。
 ただし、神人の思い出を精霊が見る、精霊の思い出を神人が見るのどちらか片方となります。

●思い出を教えてくれる花は以下になります。以下のいずれかの花に近づいてお茶を飲んでください。()内は花言葉です。
花言葉がキーワードとなる思い出を見る事が出来ます。
A菊(破れた恋・私を信じて下さい・わずかな愛(黄色)・愛しています(赤)・高潔(白))
B百日草(不在の友を思う)
C桔梗(変わらぬ愛・誠実・従順)
Dつるバラ(愛)
Eカサブランカ(自尊心)
F曼珠沙華(悲しい思い出)
G女郎花(親切・美人・はかない恋)
Hアスチルベ(楽しい恋の訪れ)
Iマリーゴールド(予言・別れの悲しみ・友情)
Jアンスリウム(煩悩・飾らない美しさ(ピンク)・粋で可愛い(赤)・情熱(白))

●思い出を見る方はプラン上に「見」と記入してください。
●思い出を知った後、あなたはどうするか、精霊はどんな反応をするかをプランに記入してください。
●お代は300Jrになります。

ゲームマスターより

いつもよりやや難易度高めかもしれません。相方にはどんな過去があるでしょう。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)

 
I

まず見えたのは、真っ白な病室
まだ幼い面影の残るフィン
痛々しい白い包帯
無気力にベッドに横たわって
これは…故郷を失くした直後…か
医師らしき男性が、生き残ったのは貴方だけだと告げ、フィンは体を震わせた

酒場のカウンターでフィンが酒を飲んでいる
荒んだ…そんな言葉が浮かんでしまう姿
女性に声を掛けられて、誘われるままにフィンは行ってしまう
行くなと叫んでも声は届かない

山の上
満点の星空
夜明け前の空
登る朝日
見上げて大きく息を吐き出したフィンの瞳に生気が戻ったような…

A.R.O.A.会議室
フィンの目の前には俺
険しく殺気立ってる過去の俺に、フィンは微笑んで
手の甲の文様に口付けを

フィンの過去…勝手に見てごめんと謝る


ロキ・メティス(ローレンツ・クーデルベル)
  見:曼珠沙華
ローレンツと同じ髪色の少女が咳をする。
心配げにローレンツが背中を撫でた。

病状が悪化したのか苦しそうな少女。
ローレンツは雨の中どこかへ走っていった。

泥だらけで帰ってきたローレンツの手には一輪の花。
けれどベットの周りには両親。そして物言わぬ少女。

泣きながら何度も謝り続けるローレンツ。

これはたぶんローレンツが大切な誰かを亡くした時の映像。
悲しい過去。
良く考えれば俺はローレンツのことを詳しく知らなかった。けれど誰にでも言いたくないことの一つや二つはあるだろうって納得したふりをしてた。
ローレンツが自分を卑下する訳を知ろうともしなかった。
お前のせいじゃないよと今すぐ抱きしめたい。


●蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)編

 今日は紅月ノ神社の納涼花火大会です。蒼崎海十と精霊のフィン・ブラーシュは大輪の園を訪れました。疲れた海十のためにフィンが飲み物を買いに行きました。海十がベンチに一人でいると、不思議な出来事が起こり、不思議な青年が現れて、海十は青年からお茶を買いました。
 お茶を持って海十は大輪の園のマリーゴールドの花壇に近づいて行きました。黄色やオレンジ色の丸い花が夕暮れ時にいじらしく咲いています。
 海十はマリーゴールドの花をおっかなびっくりつついてみます。花は首を傾げるように揺れました。どこから見ても普通のお花に見えますが……。
 そうして、海十は、マリーゴールドの側に屈むと青年からもらったお茶を一気に飲み干しました。
 すると視界がぼやけて、海十の意識が溶けていきます。
 海十はとろけるような不思議な感覚のまま、フィンの心の奥に潜む、思い出の世界を夢に見ます。
 それは海十の意識で、フィンの意識。海十の心と、フィンの心が交わるのです。
 まず、海十の目に見えたのは、真っ白な病室でした。
 まだあどけない表情を見せるフィンが、全身に白い包帯を巻き付けて、ベッドの上に横たわっています。
 細長い手足に巻き付けられた包帯は痛々しく、海十は目をそらしたくなりました。それでも……。
(フィン……)
 フィンは、青ざめた顔に何の表情も浮かべていませんでした。
 何も見ていない目が、天井の方を向いています。
 薄く開いた唇。呼吸をしているのは分かりますが、言葉を発する様子がありません。まるでよく出来た人形のような雰囲気の虚ろなフィン。
(これは……故郷をなくした直後……か)
 海十はフィンの姿を見てそう思います。
 フィンから過去の事を聞いた事はあったのです。
 やがて白衣の男性がフィンの病室に入ってきました。
 フィンのベッドの隣のビニール椅子に座り、彼にそっと声をかけます。
 フィンは反応を返しません。
 ただ、何も見ていない目で、天井の方を見上げているだけ。
 医師は、カルテと一緒に持ってきた資料の紙をぱらぱらとめくっています。
 そうして、静かな声で言いました。
「生き残ったのは、あなただけです……」
 フィンの体がびくりと震えます。
 ただ見上げているだけの瞳。
 虚ろな表情。
 それでも、確かに反応はあったのでした。フィンは、医師の言葉を聞き取っています。彼は事実を知ったのでした。

 酒場のカウンターでフィンがお酒を飲んでいます。
 乱雑に梳かされた金髪。
 薄汚れたコート。
 カウンターに屈みこむようにして、矢継ぎ早に、安酒を喰らっていくフィン。
 胃は痛まないのでしょうか。健康を害するような飲み方です。
 それは思い出の中の出来事と分かっていても、海十はフィンが心配で、フィンに近づいて行きたくなります。ですが、夢の状態である海十は、決してフィンに近づく事が出来ないのでした。
 そのフィンに髪の長い女性が声をかけます。
 赤い口紅の妖艶さが、海十の目に染みるようでした。
 女性は二言三言、話しかけると、フィンの肩になれなれしく手をかけました。
 フィンは、その女性の手を取ります。
 女性はカウンターにコインを投げつけました。それを拾う店員。
 女性に促され、腕を組みながら、フィンは酒場を出て行きます。
「フィン!」
 海十は叫びます。
「フィン! 行くな!」
 そんな荒んだ状態でお酒を飲んでいるフィンが、女性をどこへ行くかなんて……海十でも予想がつきます。そんなことは許せなくて、海十は叫ぶのです。
「フィン! ……行かないでくれ!」
 だけれど、海十の声が、フィンに届く事はないのでした。
 これはフィンの思い出の中。海十の夢の中。海十にはどうすることも出来ません。海十の胸を苦しくさせるのは、これは本当にあった出来事で、フィンは心を荒ませ自分を痛めつけていた時代があったということなのでした。

 場面は変わります。
 満点の星空が見える山の上。
 空に向けて吐いた息は真っ白です。
 宝箱をひっくり返したように暗い空いっぱいに散らばっている星々の冷たい光。
 振り返ると東の空の方は金赤に明るくなってきています。
 山の上、フィンは東の黒い山脈の峰を見つめています。
 少しずつ、少しずつ、明るさは広がっていき、ゆっくりと、太陽が昇ってきます。
 フィンは白い息を吐きながらじっと登り来る朝日を見つめているのでした。
 太陽が空へ昇るに従って、フィンの瞳に光が戻ります。フィンに命の輝きが戻って来るのです。

 最後に見たのは、A.R.O.A.の会議室でした。
 フィンの目の前に、今よりも若い海十が立っています。
 顔が険しく、なにやら殺気立っている様子の海十。
 ですが、フィンは微笑んで、そっと海十の手を取り、その紋様に口づけをしました。

 そこで海十は意識を取り戻しました。
 飲み物を買って戻って来たフィンが不思議そうな顔をして隣に立っていました。
「海十、どうしたの?」
 フィンは返事をしない海十に話しかけています。
「……勝手に見て、ごめん」
 海十は思わず謝りました。フィンはびっくりしています。
 海十は事情を話しました。
 フィンは海十が見た内容を聞いて、わずかにうつむきます。
「……そっか」
 海十はフィンの表情の変化を感じ取りますが、どうしたらいいのか分かりません。
「余り誇れる過去じゃないけど、でも、それでも海十が知りたいと言ってくれるから……」
 そういいながらフィンはベンチに座り、海十に隣に座るように促しました。
 海十は遠慮がちに、それでもフィンの近くに座ります。
 フィンが屋台から買ってきた冷たいコーラを差しだし、海十は受け取りました。フィンは自分でもコーラの缶を開けながら、話し出しました。
「俺の故郷があんな事になって、怪我が治った後は……旅に出た。随分と荒れたんだ。今でもあの頃の事は思い出したくない。けど……山に登った時、そこから見た景色の雄大さに自分の小ささを思い知って、それで……自暴自棄になるのは止めた」
 フィンがあまり話したがらない過去。
 それは、オーガに故郷を襲われ、肉親も何もかも失ったということでした。
 そうして、旅に出ていたということ。
 海十はその記憶を夢の中で見たのです。荒れてすさんだ、過去。
「海十と出会った時、予感がしたんだ。きっと俺達は上手く行く。海十が俺の人生を変えてくれる……そんな予言じみた思いが浮かんだ」
 予言、友情、別れの悲しみ……。
 それが、マリーゴールドの花言葉です。
 故郷との別れの悲しみを乗り越えたフィン。
 たった一人で孤独の旅を繰り返して、大自然に癒やされるまで荒んだ生活をしていたフィン。
 その彼に新しく与えられた試練と友情。
 最初は友情だったのかもしれません。それとも……。
「そしてそれは、現実のものになってる。……俺の事、海十に知って貰えて嬉しい……」
 フィンは勝手に思い出を覗かれても、怒る事はありませんでした。
 自分の心の奥の秘密を知られたのなら、人間は怒りや恥ずかしさを感じるはずですが、それが海十ならばいいと思えたのです。
 海十はそれを知り、深い感動を覚えて、フィンの瞳を見つめました。最初は友情だったかもしれないけれど、その心は次第に変化して、恋愛感情になり、かけがえのない愛となりました。その事を感じながら、フィンを見つめていると、フィンは微笑んで、あのときのようにそっと海十の手の紋章にくちづけたのでした。
 最初は友情。いえ、今だって友情です。友情と共に、愛。フィンはいつだって、海十の一番の親友なのです。

●ロキ・メティス(ローレンツ・クーデルベル)編

 その日、ロキ・メティスは精霊のローレンツ・クーデルベルとともに紅月ノ神社の納涼花火大会を訪れました。大輪の園に来た時、ロキは疲れてしまってベンチに座りました。ローレンツはロキのために飲み物を買いに行きました。するとロキに不思議な出来事が起こり、彼はある青年から買ったお茶を花に試す事にしました。
(ローレンツの弱気、ネガティブさの訳を知れたら……)
 ロキはそう思い、曼珠沙華の花の側に近づくとお茶を一気に飲み干しました。
 赤い曼珠沙華が夕暮れの風に揺れています。その赤さが血のように空気ににじみ出る錯覚を覚え、ロキははっとして後ろに下がります。
 ですが、そのときには、ロキはローレンツの思い出の世界、夢の中に入り込んでいたのでした……。

 茶色……。
 ローレンツと同じ髪の色の少女。
 家の中で激しく咳き込んでいます。隣にいるのは、今よりも随分若いローレンツ。
 咳き込んで苦しんでいる少女の背中を心配そうに撫でています。
 いつまでも撫で続けます。少女は、妹でしょうか。仲の良い兄妹だったのでしょう。

 ある日、少女は激しい咳のあまり、鍋を取り落として床に倒れ伏してしまいます。
 せっかく作った料理をこぼしながら、咳き込んで動けなくなってしまう少女。
 ローレンツは慌てて後始末をして、少女をベッドに運んでいきます。
「兄さん……」
 少女はローレンツに手を伸ばします。心細くて仕方ないのでしょう。
 ローレンツは頷くと、少女の手を握り返す事はなく、そのまま部屋を飛び出て行きました。
 家すらも走り出ていって、まるで真っ直ぐな弾丸のように、雨の中、どこまでも--。ローレンツを呼び止める両親の声は聞こえていないようです。

 やがて、泥だらけで帰ってくるローレンツ。
 その手には真っ白ないじらしい一輪の花。
 けれども、少女のベッドの周りには疲れ果てた悲しみの両親が座り込んでいました。
 少女は真っ白な顔をして、まるで人形のよう。ローレンツが呼びかけても、一言も返事を返さないのでした。

 ローレンツは床に崩れ落ちます。
 泣きながら、謝ります。謝り続けるのです……。

(妹が病気になった。難しい病で治療方法もまだ見つかってない病気。妹は日に日に弱っていく。俺はある日家を出て森に行った。万病に効くと言われる花を探して。そんなあやふやな言い伝えを本気にして森の中を這いずり回った。やっとそれらしい花……それらしいと信じたかった……を見つけ家に帰ると妹はすでに息を引き取っていた)

 ローレンツの心の声がロキの心の中に聞こえて来ます。
 ロキは目の前の若い頃のローレンツと、その家族の光景の前から動けません。
 ローレンツの激しい悲しみは、今でも、ロキの胸を切り裂くようです。

(「ごめん」
間に合わなかった。いやそもそも万病に効く薬なんてあるはずもない。そんなものにすがって探して。その間に傍に居てやること俺はしなかった。なにより【奇跡】を起こせなかった俺が悪い。全部全部俺が悪い)

 ローレンツの激しい罪悪感。
 失ってしまった妹。失ってしまった幸せ。
 失ってしまった、愛の記憶。
 自分は間違ってしまったという感覚。
『何故、あのとき』
『もしかしたら、あのとき』
『もしも……』
 次々とわき上がるそういう想いに対して打ちのめされて、ローレンツは自信を失ってしまったのでしょう。
 ローレンツは、兄として、妹を守らなければならないと思っていたのです。
 そのために、妹のために行動を起こして、そうして取り返しのつかない事になってしまったのです。
 妹の命は、帰ってきません。
 何故、あのとき、自分は妹の側にいてやれなかったのか。
 両親を助けてやれなかったのか。
 繰り返しそういう疑念が湧いてきて、ローレンツを糾弾し続けるのです。

 目の前には床に崩れ落ちて、謝り続けるローレンツ。

 妹のために?
 一体、誰に対して謝っているのでしょう?

 冷めた性格のロキは、ローレンツの悲しみに共振することはありませんでした。
 ローレンツの深い悲しみと罪悪感の正体を見極めようと、心をクールに研ぎ澄ましていきます。

(全部全部俺が悪い)

 心の中でそう繰り返すローレンツ。ロキはその言葉に苛立ちを感じますが、それを表す事はありませんでした。

(それから俺は万病に効くと言う薬を探して旅に出た)

 それから、ぼろぼろの状態で、一人で旅を繰り返したローレンツの記憶が川の流れのように押し寄せてきました。
 ロキはそれを、テレビの早送りの映像のように受け止めています。
 悲しみの記憶。癒えない悲しみを繰り返す記憶。
 失われていく、愛と自信。
 ロキはもう苛立ちを感じる事はなく、そんなローレンツを冷めた瞳で見つめているのでした。
 ローレンツの激しい罪悪感、己を卑下しつづける理由。

(これはたぶんローレンツが大切な誰かを亡くした時の映像……)
 ロキはローレンツの思い出を辿りながら、そう判断をつけます。
(悲しい過去。良く考えれば俺はローレンツのことを詳しく知らなかった。けれど誰にでも言いたくないことの一つや二つはあるだろうって納得したふりをしてた。ローレンツが自分を卑下する訳を知ろうともしなかった)
 知った今は、どうすればいいのでしょうか。
 泣き崩れるローレンツを見つめて、ロキは考えます。
 深い悲しみに倒れているのならば、同じぐらいの深さで、喜びを与えてやればよい。
 ローレンツが失った自信を回復するまで、自分が隣に降りていって、一緒に立っていてやればよい……。
 そんな考えて湧いてきました。
 こういう事は、理屈ではありません。
 魔法の呪文で、一瞬にして全てが解決するなどという事はないのです。
 ロキは、ローレンツとの記憶を思い起こしました。
 パイを投げた記憶。
 ロキが初めて作ってくれた栗ご飯。一緒に栗ご飯を食べた思い出。
 魚を釣りに行った記憶。犬が好きと行ったら尻尾を揺らしたローレンツ。
 みんなで切った丸太。ブッシュ・ド・ノエル。
 ショコランドでは人形騒ぎ。懐かれたロキと、タオルケットを持ってきたローレンツ。
 夜の薔薇園の記憶。花酔いにつられて、思わず過去の話をしてしまった自分。受け止めてくれたローレンツ。
 思わず読んでしまったローレンツの日記。自分の事を考えてくれているローレンツ。
 一緒に温泉に入ってじゃれ合っていた記憶。ロキの体の細さをローレンツはいつも気にしています。

 過去が悲しみに満ちているのならば。
 現在を喜びや安らぎで満たしていけばいい。

 魔法の呪文なんてない。ただ同じ場所に降りて、同じ場所に立って、寄り添っていけばいい。自分は知らずに、そうしていたのだ。

 そんな想いに駆られていると、ロキは現実に戻りました。
 目の前には、コーラの缶を持ってキョトンとしているローレンツがいます。
「どうしたの、ロキ。ぼんやりして」
「俺は……」
 ロキは、今あった出来事をローレンツに話しました。
 ローレンツは信じられないと言うように呆然としています。
 だけれど、ロキの話の中の出来事は、実際に彼にあった出来事なのでした。
 逃げたいけれど逃げられない、ローレンツはそんな表情になってしまいます。
 ロキはそんなローレンツを抱き締めました。咲き誇る曼珠沙華の花壇の前で。
「お前のせいじゃないよ」
 抱き締められて、ローレンツは心がきしむのを感じます。
 心の痛みと、解き放たれたいという強い感情。
(俺は許されていいの?)
 自分以上に壮絶な過去を持つロキが、自分を受け止め、肯定してくれると言うのならば……。
 曼珠沙華の花が風にそよぎ、揺らめきながら二人の事を見守っています。風に揺らぐ感情。風に揺らぐ花の匂い。
 悲しみを浄化しようとする赤い華。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 森静流
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 2 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月08日
出発日 09月14日 00:00
予定納品日 09月24日

参加者

会議室


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