【祭祀】今日の君は(北乃わかめ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 いつもとは違うデートだから、ちょっとだけ、おめかしをした。
 ちょっとだけ、背伸びをした。
 髪型を変えてみたり、普段しないようなメイクをしてみたり、フリルのスカートなんか履いてみたりして。
 褒めてくれるかな、なんて期待を込めて、あなたと会った。
 ……だけど。

「遅いぞー! 俺、お祭りって初めてでさー、すっげー楽しみなんだ!」

 橙色の明かりが灯る中、子どもみたいにはしゃぐあなたの声に、そうだねと返すのが精いっぱいで。数歩先を歩くあなたの背中を見つめるばかり。
 あなたと来る、初めてのお祭り。見たことのない屋台や食べ物に目を奪われるのもわかる。
 ……ほんの少しの違いだもの、気づかなくたってしょうがない。いつもなら、そう思うはずなのに。

 こっちを見てほしい、とか。
 もしかして、わたしに興味ないのかな、なんて。

 飲み込むはずの思いが、こぼれてしまいそう。慌てて口を押さえれば、今度はなんだか目頭がじんわり熱くなった。

 髪型変えただけなのに、気づくわけない。――毛先、ちょっと巻いてみたんだけどな。
 メイクの違いなんて、わかるわけない。――いつもより明るめに、少しでもかわいく見えるように。
 普段の服なんて、覚えているわけもない。――勇気を出して、着てみたのに。

 言葉の裏側には、なんともどろどろした感情が渦巻いている。
 気づいてよ、ねぇ、わたし、今日ね。

「――なぁ、なんかさ」

 ふと、彼が振り返る。

「すっげー、きれいだな」

 そう言ったあなたの目は、確かにわたしを見つめていた。

解説

神人・精霊どちらかが、いつもと違った装いで待ち合わせ場所にやって来ます。
髪型やメイク、服装など……いつもよりちょっとだけ違うパートナーに、気づいてください。

おめかししたけど、気づいてくれるだろうか。
もし気づいてくれなかったら、自分には魅力が無いのではないか。
むしろなんで気づいてくれないの。

そんな気持ちで、不安を感じているかもしれません。もちろん、まったく違う感情でそわそわしているかもしれません。
待ち合わせに来た瞬間に気づいてもいいですし、プロローグのように後で気づいたり褒めたりしても構いません。

碑文の影響で、普段感じていることを吐露しやすくなっています。

パートナーの変化に気づく。そんなエピソードとなっています。

※交通費として300jr消費します。

ゲームマスターより

初めてのエピソードとなります。
普段は鈍感そうなのに、案外気づいてくれる。スマートだったり、ちょっと照れながら褒めてくれたり。人ってポテンシャル高いなぁと常々思います。
皆さまどうぞよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リヴィエラ(ロジェ)

  違った装いをする側

リヴィエラ:

おじさま(※ロジェの養父)に選んで頂いた浴衣はバッチリです!
メイクもお友達に教えて頂いて、初めてしてみました。
今日は髪もアップにしてみました!(拳をぐっ)

ロジェは気づいてくださるでしょうか?
はぅぅ…ドキドキします…。

(暫くしても普段通りの彼に)あのっ、ロジェ…私、今日…!

(知らない男にナンパされ)あ、あの、私、困ります…! 嫌、離して…!

あ、あの、ロジェ…私、不用心でした…申し訳ありません…
助けてくださって嬉しかったです。
ロジェ…? え、最初から気づいてくださっていたのですか…?
ごめんなさい…そしてありがとうございます。


クロス(オルクス)
  ☆淡い藍色 月と桜柄浴衣

☆化粧 ナチュラルメイク 桜色のチークとリップグロス

☆心情
「んー、偶には化粧でもしてみるか…
今迄した事無かったけど、オルク、気付いてくれっかなぁ…」

☆デート
(同僚達に手伝って貰いながらだが、上手く出来た気がする…
でもオルク、気づく素振り無いんだけど、なんでだ!?
もしかして、俺に似合わない、から…?
魅力が、無いから…?
そんなんだったら、もう、化粧するの止めるしかないじゃん)
「え、あ、あぁそうだな…
オルクはどこ行きたい?
因みに甘いもんは食べ過ぎだから無しな
――オルク、気付いてた、のか…?
えっと、まだまだ拙いけど、オルクに言われると、嬉しい…
ありがと(照微笑/額キスで紅く染まる頬」


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  雑誌を参考に、普段しないような大人メイクに挑戦
目指すは大人の色っぽさ
アイメイクはブラウン系で
チークは自然な血色感が出る様にほんのりと
リップはスモーキーピンクで上品に色気ある口元に
羽純くん、気付いてくれるかな…
ドキドキしながら待ち合わせ場所に行ったけど、羽純くんはいつも通りの反応
…やっぱりちょっとメイクを変えただけだと何も変わらないかな…
いや、変わらないならまだいいけど…も、もしかして壊滅的に似合ってなかったりして…!?
ど、どどどどうしよう…!

羽純くんの言葉に驚いて、じわじわ嬉しく
頑張ってチャレンジしてよかった…!
もっともっと羽純くんに釣り合う大人の女性になりたいの

やっぱり私羽純くんには勝てない


ファルファッラ(レオナルド・グリム)
  浴衣に髪のセットもOK…といってもこれをしてくれたのはレオなんだけど…。
可愛く仕上げてくれたと思う。だけどね、これじゃだめ。
こっそりグロスを塗ってみる。レオは気付いてくれるかな。

・・・!?気付いてくれた。相変わらず私のこと子供扱いだけど。
「けど、リップじゃなくてグロスよ」
でも、嬉しかった。
本当はね浴衣も髪のセットも自分でできるようになりたい。
だけど、レオに浴衣を着せてもらうのも髪をセットしてもらうのも嫌いじゃなくて…。
子供扱いされたくない気持ちとレオに世話してもらいたい気持ちとが複雑に絡み合ってるみたい。
ただレオに好きだって思ってもらいたい。それが一番かな。


伊吹 円香(ジェイ)
  長いストレートの髪を緩く巻いてハーフアップ
同居中ですが、神人は準備があるので玄関先で待ち合わせ

ジェイ、気付くかなと、期待混じりで玄関へ
真面目な精霊だから既にいるかと思いつつ
案の定既にいてこちらの存在に気付きはした
遅くなりました…早いですねジェイ
いつもと少し違う自分に気付いているのかいないのか全く触れてこないので、ジェイを見つめる
いえ。なんでも(にこり
…あら? 気づいて、たんですか
ふふっそうでしたか
改めて
どうでしょうか? 思いきって巻いてみました
本当ですか! 難しかったから頑張って良かったですっ
じゃあ次はお願いしますね?


●誰よりも目立ってる

 姿見の前で、くるりと一回転。鏡の中には、いつもとは違う様相の自分がひとり。何だか、少しむず痒い。

「バッチリです!」

 よし! と意気込むリヴィエラ。せっかくのお祭りだから、とロジェの養父に選んでもらった浴衣は、サイズも色もぴったりで、それがますます嬉しい。
 鏡に近づけば、ほんのりと目元や頬が色づいているのがわかった。濃すぎず、かと言って薄すぎるわけでもなく。友人に教えてもらったメイクを初めて実践したリヴィエラは、満足気に再びくるりと回る。
 いつもはそれに合わせてふわりと舞う長い髪も、今日は珍しく頭上近くでゆるくまとめられていた。涼しげな髪留めがきらりと光る。
 ――ロジェは、気づいてくださるでしょうか?
 お出かけの準備は万端、というところで、ふとよぎる疑問。
 いつも傍で寄り添ってくれる彼のことだから、気づかないことなんてない、はず。

「はぅぅ……ドキドキします……」

 深呼吸を二度、三度。リヴィエラは意を決して、ドアを開けた。



 わいわい、がやがや。そんな騒がしくも活気あふれる紅月ノ神社にやって来たが、ロジェは内心気が気ではなかった。

(何だって今日は、特別目立つ格好をしてるんだよ。変な男に声を掛けられたらどうするんだ、こいつは……!)

 リヴィエラの姿がいつもと違うなんて、そんなこととっくに気づいていた。さぁ行こうかと顔を合わせた途端に、自分のためにきれいになってくれたんじゃないかと自惚れもした。
 ――だが、しかし。
 すれ違う人――むしろ男が、リヴィエラを見ている。それだけで、ロジェは胸の内がぐつぐつと煮えたぎるのを感じていた。
 リヴィエラが楽しみにしていたお祭りなのだ、少し冷静になろう。そう考え、なるべくいつも通りにしていようと努めた。
 一方でリヴィエラは、そんなロジェを不安げに見上げていた。
 がんばった、と思う。慣れないメイクも、髪のセットも、ひとえにロジェに見てほしいからやったことなのに。それを見てもらえないのは、少し、寂しい。

「あのっ、ロジェ……私、今日……!」
「リヴィエラ、何か食べたい物はあるか?」
「え、あ、えっと……」

 なんてことはないロジェの問いかけに、ぐっと言葉が詰まる。普通の物を食べてなかったからな、と続く言葉に、リヴィエラも以前食べた妙に長い焼きそばを思い出していた。
 ロジェなりの気遣いだ、だけどそれに答えられるだけの言葉が、なぜか今は見つからない。お祭りと聞いて、食べたい物もやりたいこともたくさんあったはずなのに。
 まごつくリヴィエラを不思議に思いつつも、ロジェは「何か買ってくる」と言ってリヴィエラのとなりから離れた。人の波の邪魔にならないよう、そっと脇に寄る。

「ロジェ……」

 憂いを帯びた瞳は、足元を見つめるばかりだ。喧騒がどこか遠くに聞こえた。

「ねぇ、かーのじょっ」

 ふと、視界が陰る。顔を上げれば、およそリヴィエラとは接する機会の少ないだろう軽薄な男二人が、囲うように立っていた。
 無意識に逃げ場を探すが、手を伸ばせば捕まえられる距離まで詰められている。どうしよう、と不安が押し寄せてきた。

「あ、あの、私、困ります……! 嫌、離して……!」

 不躾にも掴まれた左腕から全身にかけ、鳥肌が立つ。激しい嫌悪感があるのに、戦闘とは違う恐怖感が勝って声がうまく出てこない。
 リヴィエラは必死に、心の中で彼の名を呼び続けた。――刹那。

「――何だ、貴様らは?」
「あぁ? んだよ、このガキ……」
「俺の女に、手を触れるんじゃないッ!」

 ぶわ、と湧く殺気。慣れた体さばきで拳を構えるロジェに、男たちはひっと情けない声を漏らす。その鋭い視線に射抜かれた男たちは、後ずさりそそくさとその場から逃げ出した。
 ロジェ、と言葉がこぼれる。呼ばれた本人は男たちと拳を交えることなく、呆然とするリヴィエラに居直った。

「あ、あの、ロジェ……私、不用心でした……申し訳ありません……助けてくださって、嬉しかったです」
「君は……」

 溢れそうになる雫をこぼすまいと微笑むリヴィエラに、今度はロジェが言葉に詰まる。がしがしと乱雑に頭を掻いたロジェは、さっき男が掴んだリヴィエラの腕を優しく撫ぜた。

「……最初から気づいていたさ。その浴衣も、髪も、メイクも」
「え……、気づいてくださっていたのですか……?」

 当たり前だろ、とはっきりした口調でロジェは続ける。

「でも君は目立ちすぎるんだよ! 全く……そういう格好は、俺の前でだけにするんだ」
「ロジェ……」
「……他の男に……見られたくないからな……っ」

 尻すぼみに小さくなる言葉。だが、確かにリヴィエラには届いた。
 あぁ、何も心配することなどなかったのだ。彼はいつだって、自分を見てくれている。

「ごめんなさい……そしてありがとうございます」

 耳まで真っ赤になったロジェに、リヴィエラはもう一度笑んで。
 今度は離れないよう、しっかりと手をつないだのだった。



●ドキドキさせるから

 むむむ、と雑誌とにらめっこをすること、数十分。そこには、「この夏必見! 大人モテメイク!」とありふれた見出しが大きく並んでいた。
 何事も、チャレンジすることは良いことだ、と手持ちのメイク道具を確認する。大丈夫、できそう。
 雑誌には、「あなたのセクシーさに彼もメロメロ!」なんて書いてあり、桜倉 歌菜はふふっと緩む口元を抑えられない。
 ――綺麗だよ、なんて。
 途端に熱くなる頬を両手で仰ぎ冷ましながら、歌菜は諸々の出かける準備とメイクに取り掛かった。



 待ち合わせの、神社へ続く階段の前に月成 羽純はいた。

(羽純くん、気づいてくれるかな……)

 近づくにつれ、高鳴る鼓動。それと比例するように、黒い靄が胸の奥で生まれたのを感じた。
 ――大丈夫、変じゃない。
 ここまで来るのに何度言い聞かせたかわからないそれを、もう一度だけ呟く。

「お待たせ、羽純くん! 待った?」

 つとめて明るく、声をかける。振り向いた羽純と、まさしく目が合った、が。

「……あぁ、いや。大丈夫だ、行こうか」

 いつも通りの反応に、あれ? と心の中で首を傾げる。転ぶなよと気遣ってくれるし、変わらず優しく接してくれる羽純に、何の不平不満はないはずなのに。
 ……今日だけは。

(……やっぱり、ちょっとメイクを変えただけだと何も変わらないかな……)

 ちょっと不満、なんて。
 ちらりと羽純を見れば、いつものすまし顔でとなりを歩いている。微々たる変化かもしれないが、それでも気づいてくれると思っていた。少しだけ、自信も無かったわけじゃない。
 ふと、歌菜の表情に陰りが生まれる。

(……も、もしかして壊滅的に似合ってなかったりして……!? ど、どどどどうしよう……!)

 ざ、と青ざめる歌菜。思えば、会ってからちゃんと顔を合わせていない気がする。
 これからお祭りを堪能しようという矢先、となりにちぐはぐなメイクをした彼女がいては、確かに目を逸らしたくなるかもしれない。――どこかで落とすべきかな、なんて悶々と思考を巡らせる。

「歌菜、まずは屋台を――」

 連なる屋台の群れが見え、歌菜の方へ振り向く羽純。言いかけた言葉を止め、そこでようやく、歌菜の表情をしかと見た。
 難しい顔をして、青くなったり目を泳がせたり。口に出しているわけではないが、羽純は気づいたのだ。ちゃんと、伝えていなかったことに。

「……歌菜」

 未だ不安げに揺れる瞳に、胸を痛ませて。ごめん、という思いも混ぜて、いつもよりほんのりと明るい頬を指でなぞる。

「メイク、いつもと違って……大人っぽくて驚いた」

 ぱっと顔を上げる歌菜。間近で視線がぶつかる。眉尻を下げ、それでも愛おしそうに自分を見つめる羽純に、胸が高鳴る。

「……凄く似合ってる」

 待ち望んでいた言葉が、歌菜の耳へするりと入っていく。気づいてくれてたんだ、と表しがたい嬉しさがこみ上げ、歌菜の表情に明るさと笑みを戻した。
 いつもと違う色が、自分にちゃんと似合っているのかわからなかった。リップを塗るときは手が震えた。気づいてくれないかも、と不安でたまらなかった。
 だけどそれがすべて、羽純の言葉であっという間に消え去って。チャレンジしてよかった、そう思えたことが何よりも嬉しかった。

「本当に、大人っぽい」
「でも……もっともっと、羽純くんに釣り合う大人の女性になりたいの」

 花が咲くように喜ぶ歌菜を見て、微笑ましく思う。それと同時に、ふつりと湧いた悪戯心。
 不意に、歌菜の耳元へ唇を寄せる。
 驚き離れようとする前に、一度。色気のあるスモーキーピンクの唇を指先で触れて、囁いた。

「……キスしたくなる唇だな」

 途端、真っ赤になって飛びのく歌菜。口をぱくぱくとするだけで言葉の出ない歌菜に、「仕返しだ」と笑った。

「ほら、……行くぞ」

 逸れないように、と差し出された手を握って。満足気に歩く羽純の、やや後ろをうつむきがちに歩く。歌菜はあぁ、と熱の孕んだ溜息をもらした。

 ――やっぱり私、羽純くんには勝てない。



●とても可愛くて

 鏡台に映る自身を、細かく言えば髪型を見つめながら、精霊のことを考える。
 友人とどこかへ遊びに行く、といった経験が少なかった伊吹 円香は、お祭りと聞いて浮足立つのを感じていた。
 どこかありふれて、どこか安っぽく。だけど特別に思えるそれは、円香の心をくすぐって仕方ない。だからこそ、自分も少し特別に、と長い黒髪に手を加えてみたのだ。
 長いストレートの黒髪を緩く巻いて、ハーフアップに。首を振るたび、いつもより隙間のできた首元がちらりと見え、少し照れくさい。

(ジェイ、気づくかな)

 立ち上がり、期待混じりに待ち合わせ場所である玄関へ向かう。足取りは軽く、毛先も軽い。
 案の定、自分より早くに支度を済ませていたジェイは、既に玄関先で待っていた。

「遅くなりました……早いですね、ジェイ」
「いえ、お気になさらず。では参りましょうか」

 歩き出そうとするジェイを見つめ、暫し沈黙。まったくもって普段と変わらないジェイに、円香は考えあぐねていた。
 気づいているのか、いないのか。
 髪型とはいえ目立つ変化なわけだから、気づかないなんてことはないだろう。しかしながら、ジェイは全くそこに触れてこない。
 これは、どういう意味なのか。わからず、円香はじっとジェイを見つめた。

「……あの、なにか?」
「いえ。なんでも」
「そう、でございますか……」

 突き刺さる視線にたまらず、といった感じにジェイが問いかけるも、円香はにこりと笑んで濁した。単なる慈愛の微笑みでないことは確かだが、円香が何を求めているのか。
 ジェイは頭の中で答えを探し……行きついた言葉を、口にしてみた。

「お嬢、その髪型……貴女によくお似合いです」
「……あら?」

 ぽん、と投げかけられた言葉に、円香が目を丸くする。

「気づいて、たんですか」
「……いつ切り出すか、迷っておりました」
「ふふっ、そうでしたか」

 このタイミングで合っていただろうか、と不安を顔に出すジェイ。本当は、最初から。円香を見たときから気づいていた。
 ただ、髪を褒めるなんて経験上そうなかったことで。どこで伝えるのが正しいのか、わかりかねていたのだ。
 そんなジェイに、今度は自然と笑みをこぼす円香。では、とジェイの前に立ち、巻かれた毛先を少し摘まんで見せる。

「どうでしょうか? 思いきって巻いてみました」

 円香の弾んだ声に、ジェイも口元をふと緩ませる。

「ストレートも貴方らしく素敵なのですが、そちらもとてもお可愛らしい」
「本当ですか! 難しかったから、頑張って良かったですっ」
「難しい……」

 ぱっと明るく笑む円香。普段の丁寧で礼儀正しい言葉遣いから、やや大人びた印象のある円香だが、今は年相応に見える。

「お嬢、でしたら次回は私が」
「え、ジェイがやってくれるの?」

 それはただ単に、円香の手をあまり煩わせたくない、というジェイの優しさから出た言葉だった。髪型のセットなど、むしろ人にやってもらった方がバランスもわかって楽だろう。そう思っての提案だったのだが。

「じゃあ次はお願いしますね?」

 円香の了承に、ジェイの胸の内がふわりと軽くなる。お祭りに行く前だというのに、二人して微笑み合うなんて。

「ええ。お任せくださいませ」

 少し可笑しく感じながらも、ジェイははっきりとした口調でそう言い切ったのだった。



●誰よりも美しい

(おいおい、マジかよ……!)

 その日、オルクスのテンションは右肩上がりで始まった。
お祭りに行こう、とクロスの誘いを受け、二つ返事で了解したのがつい昨日のこと。準備があるから、と神社で待ち合わせをすることにした。
 オルクスは黒地に銀糸で銀狼の刺繍が入った浴衣を。
 クロスは淡い藍色の生地に、月と桜が描かれた浴衣を。
 それぞれのイメージに合った浴衣を身にまとって、今しがた合流したのだが。

(まさかクーが化粧……!? すっげー可愛すぎる益々美人じゃねぇかっ!)

 平然を装いつつも、オルクスの頭の中は半ばパニックを起こしかけていた。
 普段、クロスがメイクをするなんてことはなく、オルクスもそれに対して言及することはなかった。むしろ、より一層変な男が寄ってくるに違いないと、警戒していたのである。
 だから今日はまさに、青天の霹靂。

(ブラクロの女共に手伝って貰ったな!? ソイツ等流石好み分かってらっしゃる有難うございます!!)

 グッジョブ、と胸の内で感謝を捧げる。これは何のご褒美か、振り切れそうな興奮を抑えながらも、なるべく自然に、オルクスは振る舞う。
 一方で、オルクスの予想通り同僚に手伝って貰いつつメイクをしてきたクロスは、反面浮かない顔をしていた。

(みんなにも褒められたし、自分でも上手く出来た気がする……でも)

 派手すぎないナチュラルメイク。それから、浴衣の柄と合わせた桜色のチークとリップグロス。何度も何度も見直して、同僚に問題ないか聞いて。
 メイクをしたのは、気まぐれのようなものだった。ただ、気づいてくれるかな、なんて淡い期待をしていたのも否めない。無論、オルクスはちゃんと気づいているのだが。

「クー、次どこ行く?」
(……オルク、気づく素振り無いんだけど、なんでだ!?)

 まるでいつもと変わらない雰囲気のオルクスに、クロスは動揺していた。

「クー?」
「え、あ、あぁそうだな……オルクはどこ行きたい? 因みに甘いもんは食べすぎだから無しな」
「えーマジかよー! まだまだ食いたりねぇのにー!」

 クーが言うなら、と唇を尖らせるオルクス。いたって普通、普段通りのやり取りだ。だけどどうにも、クロスの心はふらふらと揺れ動く。
 そのうちに、黒い何かがクロスの心を掴んだ。

(もしかして、俺に似合わない、から……? 魅力が、無いから……?)

 同僚は褒めてくれたが、果たしてそれは本心だったのか。ふつふつと疑問が湧いてくる。傷つかせないためについた嘘ではないだろうか?
 何より、オルクスが認めてくれないなら。

(そんなんだったら、もう、化粧するの止めるしかないじゃん)

 誰かに気を遣わせるくらいなら。気づいてほしい人に、気づいてもらえないなら。
 寂しい孤独感が、クロスを覆い隠そうと迫ってくる。じわりと、視界が滲んで――

「――あぁそうだ、クー」

 一点の光が、差し込んだ。

「今日のクー、すっごく可憐で綺麗だ。化粧も浴衣も、似合ってるぞ。まぁ、しなくともクーは可愛いがな!」

 堂々と宣言される言葉。周りの音が止む代わりに響く、愛しいオルクスの声。心を掴む真っ黒なそれを追い払い、胸がぽかぽかとあたたかくなる。

「――オルク、気付いてた、のか……?」
「当たり前だ」

 さも当然に、気づかないわけがない、と。
 自信ありげにそう言い切ったオルクスの顔に曇りはなく、クロスを取り囲む不安を完全に消し去った。
 嬉しい、と小さく零れたそれは、クロスの確かな本心で。目に浮かんだ雫もいつの間にか引っ込んで、クロスは顔を綻ばせた。

「気づかねぇと彼氏失格、だろ」

 そう言って、クロスを引き寄せ額に口づけする。
 思わぬ不意打ちに、クロスは頬が熱くなるのを感じた。チークの色とは違うそこに、オルクスは満足気に微笑んだのだった。



●まるで女の子のよう

 浴衣の直しをしてもらい、さて次はとレオナルド・グリムに髪のセットもお願いする。ファルファッラから細かい指示を受けながらも、レオナルドは何とか仕上げた。やれやれ、と息を吐き、お祭りへ行くためレオナルドも準備する。
 ファルファッラは鏡に映る自分を見て、どこも変ではないことを改めて確認した。整えられた蝶結びの浴衣の帯と、髪に挿された簪。

(可愛く、仕上げてくれたと思う)

 希望通りに、頭を悩ませながら。はいはいと適当な返事をしながらも、レオナルドはファルファッラの望みを叶えてくれる。

(――だけどね、これじゃだめ)

 それは確かに嬉しいことだが、子どものわがままだと捉えられていることに不満を感じていた。子どもじゃないと伝えたところで、高い壁にぶつかって落ちてしまう、そんな感覚。
 ファルファッラは、鏡の前にぽつんと取り残されたグロスを見つけ手に取った。なんとなく買ってはみたが、使う機会もなく置きっぱなしにしていたそれ。
 レオナルドは、ファルファッラに背を向けて身なりを整えている。

(レオは気付いてくれるかな)

 こっそりと、薄い唇にグロスを乗せてみる。まるで、いけないことをしているようで、ファルファッラはそっとグロスをカバンへ隠した。

「そろそろ行くか」

 そわそわとざわめく胸を抑えて、振り向いたレオナルドにうなずいた。
 ふと、レオナルドの視線がファルファッラの唇に向けられる。違和感と呼べるほどでもないが、手を加えた覚えのないそこは、何かを訴えるように艶やかに光っていた。

「リップでも塗ったのか?」
「……!?」

 ぱっと見上げた先のレオナルドは、不思議そうにファルファッラを見ている。
 ――気づいてくれた。ちゃんと、見てくれた。
 まぎれもないその事実に、嬉しさがこみ上げる。

「けど、リップじゃなくてグロスよ」
「グロスか」

 熟した果実のようなそれは、確かにリップとは違った。子どもだと思っていたが、こういう年相応のおしゃれをするのも悪くない、とそんな感想がレオナルドの脳裏をよぎる。

「本当はね、浴衣も髪のセットも自分でできるようになりたい。だけど、レオに浴衣を着せてもらうのも、髪をセットしてもらうのも嫌いじゃなくて……」

 子ども扱いしてほしくないのに、あれやこれやとお世話するのもやめてほしくない。胸の内で絡み合う複雑な感情は、まだ整理できないままでいる。
 背伸びではなく、ファルファッラも成長しているのだ。子どもから、その先へ。だが、進もうとするファルファッラが「女の子」に見えて、レオナルドの胸が軋んだ。きっとそれはいつか、さらに認識を変えるときが来るのかもしれない。そんな未来を、描きかけて。

「……俺は、保護者でいるのが一番いいんだ」

 浴衣の直しも髪のセットも、自分が保護者であるからやったことだ。何ら問題はない、変ではない。
 まるでそれらは、自身を縛り付ける戒めのようだった。容易に壊れてしまわぬよう、幾度も重ねて言い聞かせる。
 ――今の生活が心地いいから。保護者という立ち位置が心地いいから。
 年の差、なんていう壁は、存外乗り越えるのは困難だ。たった一歩で飛び越えようなんて、無謀なことは言わない。それは、ファルファッラもわかっている。

「ただ、レオに好きだって思ってもらいたい。それが一番かな」
「ファル……」

 互いを思い、自分を思って。その先にどんな未来が待っているのか、わからないことだらけだけど。
 胸の内に広がる名前も知らない感情に、レオナルドは戸惑うばかりだった。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 北乃わかめ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月01日
出発日 09月08日 00:00
予定納品日 09月18日

参加者

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