プロローグ
●アイスキャンディーはいかがですか?
「うあー、今日もあっついなぁ……」
ぱたぱたと手を団扇にして、汗の滴るかんばせに何とか風を送ろうとしているのはA.R.O.A.本部の受付係を務める男である。昼休憩に丼ものをかき込んで、早く涼しい場所へと仕事場の前まで急ぎ戻ってきたところだ。と、その時。
「……ん?」
出掛ける前には見なかった自転車が、本部前に止まっている。自転車はただの自転車ではなく大きなクーラーボックスを積んでいて、でかでかと『アイスキャンディーあります』と書かれた旗も立っている。茹だるような暑さの中だ、男は知らず、
「アイスキャンディー……」
と、うわ言のように呟いていた。その足が、ふらふらと自転車へと吸い寄せられる。
「すいません、アイスキャンディーくださ……あれ?」
アイスキャンディー売りの男に見覚えがあるような気がして、受付の男は首を捻った。白いTシャツの首元にタオルを掛けて麦わら帽子を被った、ザ・アイスキャンディー売りのおじさん! なスタイルの男は体格が良くずんと背も高くて、山を思わせる風体。覗き込んだ顔はどうにも厳つく、馴染みのある凪いだような表情に受付の男はあっと声を上げた。
「シャトラ様じゃないですか! ストレンジラボの!」
「……いや、人違いだ。俺は、ただのアイスキャンディー売りで……」
「誤魔化し切れませんよ!? シャトラ様、結構目立ちますからね!? でかいんで!」
ストレンジラボというのは、ミツキ=ストレンジというやたら胡散臭い美青年が代表を務める、高い技術と情熱を無駄遣いしては傍迷惑な発明品をA.R.O.A.へと持ち込んでくる奇妙な研究所である。シャトラは、そこの研究員……という名前のミツキの実験体で、ミツキに影のように付き従う寡黙な男なのだが、なにぶん、山のような大男なので、何かと目を引くミツキと一緒の時はともかく、ひとりでいると結構目立ってしまう。
「これはあれですね、またミツキ様が何かへんてこなものを発明したんでしょう!? ……ハッ! アイスキャンディー! 今回はアイスキャンディーなんですね! うっかり買うところだった危なかったぁ!!」
受付の男が騒いでいる間、シャトラはじぃと岩のように黙り込んでいた。ひとしきり捲し立てた後で、その反応の薄さに居た堪れなくなって、静かになる受付の男。
「あー、ええっと……今日は、ミツキ様は?」
「……A.R.O.A.本部のロビーにあるソファで、涼を取っている」
「えええ、マジですか……で、シャトラ様は?」
「ミツキに、ウィンクルム達に発明品を売るよう命じられている。アイスキャンディーが全部売れるまでは、帰れない」
「こ、この暑いのに……!」
何ともないような顔をしているが、シャトラの頬には汗が伝っている。あの見目だけは麗しい青年は鬼か悪魔の類なのだろうかと思いながら、受付の男は自分の財布を取り出した。
「……アイスキャンディー、やっぱり買います。食べても死んだりはしないんですよね?」
「ああ。少し、精神に働き掛けるだけだ。例えば、これを食べると、胸の内の不満を吐き出さずにはいられなくなる」
「じゃあそれ、買います。丁度いいので。ウィンクルムじゃないですけど、効果のほどはミツキ様の前でご披露しますから、いいですよね?」
データを取るよう言付かっているのだろう、シャトラがこくと頷く。
暫くの後――本部のロビーにて、溜まりに溜まった鬱憤をミツキにぶちまける受付の男の姿が見られたとか。
解説
●アイスキャンディーについて
ストレンジラボ謹製のちょっとお洒落なアイスキャンディー。美味しい。
以下から、選んだ味を番号でご指定くださいませ。
効果が続く時間は個人差がありますが、大体数時間~長くて一日ほどです。
1)いちごミルク
食べるととろんと甘い気持ちになって、パートナーに思いっきり甘えたくなります。
濃厚な練乳味のアイスに、苺がころんと入っていてとっても贅沢。
2)オレンジショコラ
食べると苦い思い出が想起されて、辛い気持ちをパートナーに打ち明けたくなります。
ビターチョコレートのアイスにオレンジを合わせてほろ苦い大人の味。
3)キウイヨーグルト
食べると(恋愛感情を抱いているか否かに関わらず)パートナー相手に初々しい恋をしているかのようにどきどきしてしまいます。
ヨーグルトベースのさっぱりアイスにキウイを合わせて甘酸っぱく。
4)ジンジャーレモン
食べると胸の内にわだかまっている不満をパートナーに零さずにはいられなくなります。
すっきりレモン味のアイスにぴりりと生姜を効かせたスパイシーな味わい。
●シャトラについて
ストレンジラボの研究員で、必要なこと以外は喋らない山のような大男。
プロローグのような経緯で、本部前で静かにアイスキャンディーを売っています。
●ストレンジラボについて
すごいのはすごいのだけれどもよくわからない物を研究開発しているタブロス市内の小さな小さな研究所。
研究所の代表で(性格はともかく)優秀な研究者のミツキと、研究員という名の雑用係兼実験体のシャトラが2人で頑張っています。
●消費ジェール等について
本部での用事後、パートナーと出掛ける予定です。
アイスキャンディー代を含むお出掛け代として、一律300ジェール頂きます。
アイスキャンディーを食べながら・食べた後の場所移動は、プランにてご指定の上ご自由にどうぞ。
(食べる前の移動だと、アイスキャンディーが溶けてしまいます……!)
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!
アイスが美味しい季節ですね! 暑い!
データ集めがミツキの目的なので、アイスキャンディーのパッケージには『効果のほどはストレンジラボへお知らせください!』の一文と電話番号が記されていたりしますが、気付かなくても気付いた上で無視しても全然構わないです、という完全なる余談。
不思議なアイスキャンディーの力で、いつもと少し違う時間を過ごしていただけますと幸いでございます。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!
また、余談ではありますがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
手屋 笹(カガヤ・アクショア)
1 出掛け先:近くの公園(散歩) 以前の依頼の事で報告忘れがあったなんて… さっさと報告してカガヤの所に戻りましょう。 アイスキャンディー…急いで来るのにも少し疲れましたし、 食べて行きますか。 カガヤの分も買って行きましょう。 …?何だかぼんやりする…ような…。 わたくしが言い出したのですから気にしないで下さい。 (カガヤに抱きつく) カガヤ…その代わり…今日はずっとこうしていていいですか…? アイスキャンディーですよ。カガヤにも買ったんでした。 カガヤ、しゃがんで下さい。 (無言で顔を近づける) あら…? (カガヤは待つって言ってくれてたのに…わたくしは何して…!) …ごめんなさい…止めてくれてありがとうございます…。 |
夢路 希望(スノー・ラビット)
本部へ依頼報告を終えた帰り際 懐かしさと暑さから購入(一文気付かず アイス:1 ん…冷たくて、甘くて、とっても美味しいです 道中 何だかもっとスノーくんの近くに寄りたくなって、そっと距離を縮めに (暑いかな…迷惑じゃないかな…) チラリ窺い笑顔に赤面しつつ …あの…腕、組んでもいい? 人目もあるのになんだかくっ付いていたくて 叶えば擦り寄り幸せ気分 私の、スノーくん 周りの女性にささやかアピール 溶け始めたアイスを慌てて舐めていると彼の顔が近付いてきて 一瞬キスされた時のことを思い出して驚いたけど (このまま、されても) けれど勘違いだったみたいで少し残念 …私は、じゅうぶん涼んだので… どうぞ、と口元へ 覚めれば顔上げられず赤面 |
淡島 咲(ドラグ・ロウ)
アイスキャンディー美味しそうですね。 私はいちごミルクにします甘くて美味しそう。 なんだろうな…ドラグさんといるとなんだか友達と居るような気分になります。甘いものを一緒に食べたり可愛いものを見たり。 イヴェさんは甘いものが苦手みたいだからこうやって思いっきり甘いものを食べれるのはなんだか嬉しいです。 いえ、イヴェさんと一緒に居るのが気まずいとかじゃなくて。 ドラグさんと居るとついつい甘えちゃうって言うか。 なんだろう、女の子同士の会話に近いと言うか…。 あ、でもウィンクルムとして信頼してます。だからこれからも一緒にこんな風に過ごせたらいいなぁなんて。 |
ひろの(ルシエロ=ザガン)
1(食べ終わった ルシェだ。(これ以降、力が抜けた小声 「ん」頷いて、耐えられなくて抱きつく。 「んーん」何もない、けど。(ルシェの体に額を擦りつける 「行く。……でも、離れたくない」(ぎゅっと強く抱きつく 「これ」(アイスキャンディーのパッケージを見せる ずっと、ずっと。こうしてたい。(抱きつき直す !(予想外で驚くも、首に抱きつく 「いい匂いがする。なんか、つけてる?」(擦り寄る 「ぎゅって、して」(周囲を考える余裕もなく、甘えたい (嬉しくて、強くしがみつく 「うん」(離れる気が無い 何、買いたかったんだっけ。そうだ。「薄手の、カーディガン」 「ルシェ、好き」(ふと無意識に小さく呟く 「ん」(聞こえた言葉に擦り寄る |
上巳 桃(斑雪)
アイスクリームがすごく美味しそうに見えるね 私はキウイヨーグルトにしよっかな はーちゃんは? 食べ歩きはお行儀悪いから、そのへんの座れるところで食べてこうか ん、美味しい…でもドキドキする? 分かった、これは熱中症だな(あっさり きっとお昼寝の時間が足りなかったんだ←つまり、既に昼寝を済ませている アイス食べたら治るかなあ(ガジガジ はーちゃんも妙な気分なの? 私と同じだ、たぶん軽い熱中症だよそれ はーちゃん、私よりずっと体が小さいから 食べかけで悪いけど、私の残りのアイス全部食べていいよ はーちゃんが弱いなんてことないよ むしろ私にはいつもかっこよく見えるよ(なでなで よーし、熱中症対策にアイスのおかわり買いに行こう |
●待ってる、待ってて
「以前の依頼の事で報告忘れがあったなんて……」
ため息一つ、手屋 笹はA.R.O.A.本部から夏の日差しの下へと戻った。じりじりとする暑さに、黒の双眸を細める笹。
「報告も済ませましたし、カガヤの所に戻りましょう……あら?」
笹がふと目に留めたのは、件のアイスキャンディー売りだ。急いていた為に行きは気付きもしなかったが、見留めてみれば、その涼やかさが想起されて喉がこくと鳴る。
(……急いで来るのにも少し疲れましたし、食べて行きますか)
そうして笹は、いちごミルクのアイスキャンディーを買い求めた。
(カガヤの分も買って行きましょう)
と、近くの公園で自分を待つ、カガヤ・アクショアの分も忘れずに。そうして笹は、夏色の甘味をぱくりとした。うん、甘くて美味しい。けれど。
「……? 何だかぼんやりする……ような……」
とろんとした声で呟いて、笹は半分夢の中を歩くような心地でカガヤの元へと向かった。
「あ、笹ちゃん!」
笹の姿を見つけるや、公園のベンチに座っていたカガヤはぱあと明るい声を上げた。立ち上がって、目前に歩み寄る笹へと、ちょっぴり申し訳なさそうな笑みを向ける。
「報告ありがとうー。ごめん、急ぎで一人で行って貰っちゃって……」
自然と眉が下がるのは、笹に報告を任せたことへの申し訳なさから。先の依頼の際の怪我があるという事情もあり、笹が役目を買って出たのだ。
「もうほとんど傷無いも同然で、大丈夫だったんだけど……」
カガヤの言葉に、笹は緩く首を横に振る。
「わたくしが言い出したのですから、気にしないで下さい」
「……そっか。じゃあ改めて、ありがとう、笹ちゃん」
笑顔を零して、「それじゃあ散歩の続き行こうか」とカガヤ。そんなカガヤへと、笹は不意にぎゅうと抱きついた。突然のことに、カガヤの緑の目がくるりと丸くなる。
「あれ? 笹ちゃん、どうしたの?」
「カガヤ……お礼なんていいですから、その代わり……」
今日はずっとこうしていていいですか……? と、笹は潤む瞳でカガヤの顔を見上げた。その様子に、カガヤはぐるぐると思案する。
(これじゃ歩けない……っていうか、何か笹ちゃんの様子がおかしい……?)
考え込むカガヤの耳に、カサ、と何かが擦れるような音が届いた。音は自分の背中――笹の手があるはずの辺りから聞こえた様子。
「笹ちゃん、何か持ってる?」
「ああ……アイスキャンディーですよ。カガヤにも買ったんでした」
「アイスキャンディー? ねえ笹ちゃん、それちょーだい」
ゆるゆると身を離して、笹はカガヤへとアイスキャンディーを差し出す。そして。
「あ、うん……理解した」
殆ど溶けてしまっているそれの袋に印刷された文言に、カガヤは頷いた。一方の笹は、
「カガヤ、しゃがんで下さい」
なんて、甘いような声でお願いをする。
「笹ちゃん……?」
と首を傾げながらも笹の言う通りにしゃがみ込んだカガヤの顔へと、無言で自分の顔を近づける笹。
(ひょっとしてキスしようとしてる……?)
2人の距離が、限りなくゼロに近づく、その直前に。
「笹ちゃん……そろそろおしまい」
カガヤは笹の肩を優しく掴むと、そっと自身からその身を引き離した。その力に我に返ったように、「あら……?」と笹がぱちぱちと瞳を瞬かせる。その姿に、カガヤは小さく笑った。
(笹ちゃんはまだ答えをくれてない。彼女の意思じゃないなら受け取れないな)
そんなことを胸に想いながら、紡ぐ言葉は。
「甘えてくれるのは嬉しいけど、これ以上は俺が勘違いしちゃうから」
状況と、そしてカガヤの言葉の意味。全てを理解した笹は、胸苦しさに胸元をきゅっと握る。
(カガヤは待つって言ってくれてたのに……わたくしは何して……!)
ごめんなさい、と、か細い声が、けれど確かに笹の喉を震わせた。
「……止めてくれてありがとうございます……」
「ちゃんと俺は待ってるよ。焦らないで……ね?」
俯く笹へと、カガヤはどこまでも優しい声を掛けるのだった。
●なでなでの魔法
「おー、アイスクリーム。すごく美味しそうに見えるね」
眠たげな目をこすりながら上巳 桃が零す隣で、とりどりのアイスキャンディーの涼しげな煌めきに釣られたように、斑雪も瞳をきらきらと輝かせる。
「私はキウイヨーグルトにしよっかな。はーちゃんは?」
「拙者はいちごミルクにしますっ」
心酔する主様に問われて、斑雪、元気よくお返事。違う味のアイスキャンディーを一緒に買い求めて、
「食べ歩きはお行儀悪いから、そのへんの座れるところで食べてこうか」
「はっ、そうですね。さすが主様っ」
という次第で、2人はすぐ近くのベンチへと並んで腰を下ろした。ひんやりと甘いおやつを、ぱくりと口に運ぶ。
「ひゃあ、あまーいつめたーい!」
きゃーっ! という顔になって頬を抑える斑雪。その傍らで自分もしゃくしゃくとアイスキャンディーを食べながら、
「ん、美味しい……でもドキドキする?」
なんて、桃はことりと首を傾ける。そして、彼女は気づいてしまった。
(――分かった、これは熱中症だな。きっとお昼寝の時間が足りなかったんだ)
あっさりばっさりである。しかも昼寝の時間の不足を訴えるということは、昼寝自体は既にしっかり済ませているということだ。さすが主様。
(アイス食べたら治るかなあ)
と、桃がガジガジとさっぱり味のアイスキャンディーを食べ進めるその横では。
(拙者、なんだかおかしな気持ちです……)
本人的にはこっそりと桃の方を見遣って、斑雪が自分の胸をきゅっと抑えていた。
(今すぐ主様に頭をなでなでしてもらいたいような……そんなこととても口にできませんけどっ)
浮かんで消えない欲求を振り払うようにぶんぶんと首を横に振る斑雪。声は出していないのに何やら騒がしいその様子に、桃の眼差しが斑雪へと向けられる。
「はーちゃんも妙な気分なの?」
こくり、おずおずとして頷きが返れば、差し出されるキウイヨーグルトのアイスキャンディー。
「だったら、食べかけで悪いけど、私の残りのアイス全部食べていいよ」
「ぬ、主様のアイスクリーム……」
今度はどきどきと跳ねる胸を抑えて、けれど斑雪は、
「い、いらないですっ。主様のアイスを横取りするなんてできませんっ」
と、その誘惑になんとか打ち勝った。頑張ったぞ、斑雪!
(……本当は欲しいですけど)
なんて本心は、故にこっそりと胸の底に沈める。そっか、と桃が頷いた。
「でも、私と同じだ、たぶん軽い熱中症だよそれ。はーちゃん、私よりずっと体が小さいから」
「へーそうなんですか、これが熱中症ですか……」
桃の博識っぷり(?)に感嘆を滲ませて、けれどすぐに、斑雪の表情が曇る。
「……熱中症になるなんて、拙者、弱い自分が情けないです」
しょんぼりとして俯く斑雪。
「これじゃあ、主様をお守りすることなんてできないです」
それなのに、なでなでしてもらいたいだなんて都合いいですよね。その台詞は口に出せずに、斑雪はきゅうと口元を引き結ぶ。と、その時。
「はーちゃんが弱いなんてことないよ」
桃の声が、斑雪へとそっと降り注いだ。ハッとして顔を上げ、斑雪は桃の顔を見る。
「むしろ私には、いつもかっこよく見えるよ」
言って、桃は斑雪の頭を優しくなでなで。受け取った言葉と触れる温もりに、あっという間にぱああと晴れる斑雪のかんばせ。
(拙者、何も言ってないのに、主様になでなでしてもらっちゃいました)
やっぱり主様はすごいですっ! と斑雪は口元を緩ませる。その様子に、自身のアイスキャンディーをぱくと食べ終えた桃は「よーし」と立ち上がった。
「はーちゃん、熱中症対策にアイスのおかわり買いに行こう」
「はい、主様っ」
斑雪の方も慌ててアイスキャンディーの残りを食べ切って、2人はまた連れ立って、2本目のアイスキャンディーを買いに向かった。
●想い、2人分
「暑いね~……溶けちゃいそうだよ~」
A.R.O.A.本部から夏の日差しの下へと出れば、熱が身を焦がすよう。苦笑混じりに言葉を零して、ドラグ・ロウは額に手で庇を作った。と、その時。
「あ」
黒の双眸に『アイスキャンディーあります』の旗を見留めて、ドラグは彼の『神人』たる淡島 咲へと笑みを向ける。
「咲ちゃん咲ちゃん、アイスキャンディーだって」
「わ、アイスキャンディーですか。美味しそうですね」
甘い物の話は、2人にとって共通の話題のひとつだ。咲も当然、涼やかな甘味に興味を引かれて、澄んだ蒼の瞳をぱあと煌めかせる。そうして2人は、アイスキャンディー売りのクーラーボックスの中を、一緒になって覗き込んだ。
「お~、色んな味がある。冷たくて美味しそうだね。……ねえ、一緒に食べよっか?」
「いいですね、ぜひ」
ふんわりとした微笑と共に咲がそう言葉を返せば、ドラグのかんばせを彩る笑みも益々濃くなって。
「じゃあ、俺はこのキウイヨーグルトを貰おうかな」
「私はいちごミルクにします。甘くて美味しそう」
それぞれに気に入った味を買い求めれば、早速始まる幸せな甘味の時間。
「うん! 美味しい」
そう零して、傍らの咲の様子をドラグはそっと見遣る。その視線に気付いて、咲はドラグへと笑顔の花を零した。
「なんだろうな……ドラグさんといると、なんだか友達と居るような気分になります」
「友達?」
「はい。ほら、こんなふうに、甘いものを一緒に食べたり、それから可愛いものを見たり」
にこにこと言って、咲はまたアイスキャンディーをぱくりとする。その姿に、柔らかく目を細めるドラグ。
(咲ちゃん、美味しそうに食べてるなー。俺の神人さんは今日も可愛い!)
けれど――ふと、胸の底から湧いて出るものがあった。
(俺の……神人さん……か……でも、咲ちゃんは俺だけの神人さんじゃない)
溢れ出る想いは、ドラグの心に波を立たせる。そんなドラグの胸中には気づかずに、咲は屈託のない笑みをその顔に咲かせた。
「イヴェさんは甘いものが苦手みたいだから、こうやって思いっきり甘いものを食べれるのはなんだか嬉しいです」
一瞬、ドラグは息が止まったかのような錯覚を起こす。そう、そうなのだ。
(――イヴェリアが、いる)
何か、得体の知れないものが胸の奥に引っ掛かるのをドラグは感じた。神人――咲のことを、ドラグはもうひとりの精霊と『共有』しているつもりだった、そのはず、なのに。
(彼女と過ごした時間はイヴェリアの方が長くて。それって、フェアじゃない)
今日は、そんな考えが頭から離れてくれなかった。知らず表情を曇らせるドラグの様子を、自分の先の言葉に対する心配から来るものだと見て取って、咲が慌てたように言葉を足す。
「あ、いえ、イヴェさんと一緒に居るのが気まずいとかじゃなくて」
懸命で真っ直ぐな否定は、咲らしい真摯さを纏っているけれど今のドラグには痛いものだ。
「えっと、ドラグさんと居るとついつい甘えちゃうって言うか。なんだろう、女の子同士の会話に近いと言うか……」
小首を傾げながらの咲の言葉に、ドラグは少しだけ口の端を上げた。込み上げる切ないような想いに、胸がズキズキとするのを感じながら。
(イヴェリアが咲ちゃんといた同じ時間。俺が咲ちゃんと居られたらよかったのに)
なんでそんなことを思うのか、ドラグにはわからない。嫉妬めいた感情なら自覚しているけれど、どうしてこんなにも、胸が痛いのか。
「あ、でも、ウィンクルムとして信頼してます」
何も知らない咲が、不意に居住まいを正して――それからふっと、口元を緩めた。
「だからこれからも、一緒にこんな風に過ごせたらいいなぁ、なんて」
邪気のない笑顔で言う咲へと、ドラグは自分自身を持て余しながら曖昧に微笑んでみせる。胸を満たした苦い想いがアイスキャンディーの効果によるものなのか否かは、少なくとも今この瞬間は、まだ、誰も知らない。
●私の、僕の、
「わ、何だか懐かしい、ですね。今日は暑いですし……その、一緒に食べませんか?」
A.R.O.A.本部にて依頼の報告を終えた帰りのこと。『アイスキャンディーあります』との旗に気付いて、夢路 希望はスノー・ラビットへとおずおずと声を掛けた。にっこりふわり、スノーの顔に柔らかな笑みが乗る。
「うん、素敵だと思う」
焦げ茶めいた瞳に見上げられては、募る愛おしさに勝てるはずもなく。パッケージの奇妙な表記に内心首を傾げながらも、スノーはほっと微笑を浮かべた希望に倣って、いちごミルクのアイスキャンディーを買い求めた。
「ん……冷たくて、甘くて、とっても美味しいです」
「はぁ……うん、暑いから一段と美味しく感じるね」
太陽の下、涼やかな甘味を口に楽しむ2人。そのまま2人並んで、来た道を辿る。傍らのスノーの顔をちらと見遣って、希望は胸に湧いた想いにそわそわとした。
(何だか……もっとスノーくんの傍に、近寄りたいな)
自分の心が背を押すままに希望はスノーへとそっと寄り添う。ちょっぴり驚いて、赤の双眸を瞬かせるスノーだったが、
(暑いかな……迷惑じゃないかな……)
という顔で、ちらりとこちらの様子を窺う希望のいじらしさに、その顔には微笑みが乗った。王子様の笑顔を見留めた希望の頬が仄か朱に染まる。そして。
「……あの……腕、組んでもいい?」
躊躇いがちな、けれど彼女にしては大胆なお願いが希望の唇から零れた。通りには沢山の人が歩いているけれど、スノーにくっついていたい、という気持ちが止まらなくて。
(人前なのに、珍しいな)
とは思いながらも、希望からのおねだりの嬉しさに、スノーの頬はゆるゆるしてしまう。笑顔で「勿論」と告げられれば、希望は幸せいっぱい、スノーの腕に自分の腕を回し、甘えるように彼へと擦り寄った。
(私の、スノーくん)
周りの女性達にそのことをこっそりとアピールするような、そんな気持ちを胸に抱く希望。一方のスノーも、彼女は僕の、なんて、ちょっと見せつけるような気持ちで街を歩く。間もなく、スノーはアイスキャンディーを食べ終えたけれど、希望はまだ、溶けかけのそれと絶賛奮闘中。とろりと流れる淡いピンク色を慌てて舐める希望だったが、
(え……)
不意に、スノーの顔が間近に迫って、そのかんばせに驚きの色が乗った。瞬間、口付けを零された時のことを思い出したのだ。
(このまま、されても……)
そんな想いが胸を過ぎったけれど、スノーは希望の指先を僅か濡らしているアイスキャンディーだった液体をぺろりとした。密かに希望を見つめていたが故に溶け出したアイスキャンディーが少し垂れるのにいち早く気づき、思わず希望の指先を舐めてしまったスノー。
(……甘い)
なんて感想を抱いたスノーの眼差しが、希望の唇へと移る。けれど。
「――ノゾミさん、早く食べないと手がべたべたになっちゃうよ」
スノーは、柔らかな笑顔でそう音を紡いだ。突然、周りの視線が気になり出してしまったから。アイスキャンディーの効果切れだ。
(勘違いだったみたい……少し、残念だな)
希望はそんなことを考えながら、スノーの口元へと、残りの一口を「どうぞ」と差し出した。
「……私は、じゅうぶん涼んだので……」
「……え? いいの?」
問いに頷きがこくと返れば、幾ばくかの面映ゆさは感じながらも、スノーはそれをぱくりとする。
(いつもより大胆……というか、甘えてくれる彼女。……これが『効果』なのかな?)
思い出すのは、パッケージに踊っていた謎の文言だ。愛しい人の常とは異なる様子に、パズルのピースがぴたりと填まったような心地がした。
(この仮説が間違ってないとしたら……買ってよかった)
そんなふうに思って、くす、と小さく笑う。いつの間にか我に返った様子の希望は、耳まで熟れさせて俯いたまま顔を上げられないようだけれど、その姿だって愛らしい。
(……うん。後でこっそり連絡してみよう)
スノーの心遣いに不思議な甘味の開発者が格別喜んだのは、言うまでもない。
●甘く擦り寄る
(この暑い中、何で外にいる)
A.R.O.A.本部前へと辿り着いたルシエロ=ザガンは、その双眸にひろのの姿を見留めて軽く目を細めた。少し、足を速める。一方のひろのは、
「……ルシェだ」
と小さくひとりごちるや、食べ終えて間もないアイスキャンディーの苺と練乳の甘さなんて、あっという間に忘れてしまった。焦げ茶の眼差しが映すのは、目前に立ったルシエロの姿ばかり。
「そんなにオレが恋しかったか?」
問われて、ひろのは「ん」と首肯するなり、心の促すままにルシエロへときゅうと抱きつく。もう、想いを堪えることができなかった。ルシエロの手が、ひろのをそっと抱き返す。あやすように小さな背を撫でてやりながら、零すのは問い掛けの言葉。
「どうした。何かあったか?」
「んーん」
小さな声は、常と違う、力の抜けたような響きを帯びている。なのに、
「何もない、けど」
ひろのはそう答えて、ルシエロの身体に額を擦りつけた。ひろのの変化にこそ気づいているものの、こんなふうに甘えられてはルシエロからしてみれば悪い気はしない。
「買い物に行くんだろう?」
「行く。……でも、離れたくない」
満ち足りた色が滲む声音で今日の予定を告げれば、返事と同時、ルシエロに寄り縋る力がぎゅっと強くなる。その時――ひろのの手元から、カサリ、と音がした。
「ヒロノ、何を持ってるんだ」
ルシエロの疑問に、ひろのは名残惜しげに彼から身を離すと、
「これ」
と、アイスキャンディーのパッケージを差し出してみせる。そこに踊る文言に、また食べたのか、とルシエロは全てを察した。用は済んだと見て取って、またルシエロへと抱きつき直すひろの。
(ずっと、ずっと。こうしてたい)
そんなことを思うひろのの上に、「仕方の無いヤツだ」と優しい声が降った。そして次の瞬間、ひろのの身体はふわりと宙に持ち上げられる。
「!」
「原因もわかった。移動するか」
予想外の事態に驚くひろのを余所に、ルシエロは落ち着いた様子でそんなことを言った。ひろのは今や、ひょいと抱き上げられてルシエロの腕の上にちょこんと座っている。精霊の地力を以ってかその場所は思った以上に安定しており、ひろのはそれを確認するとルシエロの首に緩く腕を回した。ふわり、漂う香り。
「いい匂いがする。なんか、つけてる?」
「ああ、香水をな」
自身へと擦り寄るひろのにそう答えて、ルシエロはそのまま目当てのショッピングモールへと続く道を歩き出す。歩みを進めるにつれ周囲に人が増えるも、今のひろのの頭にはそのことを考える為の領域がない。
「ねえ、ルシェ。ぎゅって、して」
「ん」
甘えたい、という欲求のままに零された言葉に、ルシエロは空いている方の手で彼女を少し強く抱いて応じる。頬に口付けを落とせば、ひろのは殊更嬉しそうにルシエロへとぎゅうとしがみつき、そんなひろのの頭を、ルシエロの手はどこまでも柔らかに撫ぜた。
「着いたぞ」
結局そのままの状態で、2人はショッピングモールへと到着した。うん、と応じるものの一向に離れる気配のないひろのを見遣って、
(今日はこのままかも知れんな)
と、ルシエロは胸の内に頷き一つ。
「それで、何が欲しいんだ?」
尋ねられて初めて、何、買いたかったんだっけ? なんて、ようやっとひろのは思案する。とろりと心地良い温もりの中で、
「……そうだ。薄手の、カーディガン」
ひろのは、己の目的を思い出した。ルシエロが、ふむ、と音を漏らす。
「なら、あっちか」
再び歩き出すルシエロ。その耳元に、
「ルシェ、好き」
ひろのはふと、無意識の内に甘く小さな言葉を零していて。僅か見開かれたタンジャリンオレンジの双眸に、感情の色が揺れた。
「そうか。オレもヒロノが好きだ」
「ん」
小さな返事をしかと耳に留めて、ひろのはルシエロへと頬を寄せる。
(……そんな気はないんだろうが)
それでも堪え切れずに、ひろのの髪へ、頬へ、指先へ。ルシエロは、軽い口付けを零した。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ビギナー |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 08月17日 |
出発日 | 08月24日 00:00 |
予定納品日 | 09月03日 |