思い出写真館(真崎 華凪 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 ひっそりと佇むような建物。
 ずっとそこにあったと、気付かないくらい周囲に溶け込んでいるその建物は、壁が剥がれ、一部が欠けている、古めかしい風情だった。
 建物を眺めてみると、どうやら写真館のようだ。

「いらっしゃいませ」

 鍵を手に、写真館の主と思われる人物が声をかけてきた。

「今から開けますから、入って行かれませんか?」

 店主はそういうと古めかしい建物の、古びたドアを開く。
 中にはひと昔前の写真機と、それで撮られたのであろう写真がいくつも壁に飾られている。

「もしよければ、ですが」

 店主がそう言って一枚の分厚いアルバムを引っ張り出してきた。

「アルバムを見ていかれませんか?」

 ――他人のアルバムを?

 訝って見遣ると、店主はにこりと笑う。

「もしかすると、あなたたちの写真が入っているかもしれませんよ」

 まさか。
 こんな写真館に来た覚えがない。
 当然、店のアルバムに写真が入っているはずもない。

「あなたたちの、褪せない思い出が綴られてるといいですね」

 明るい声で言われ、怪訝な気持ちのままアルバムのページを開いた。
 一枚。
 また一枚とページをめくりながら、やはりそこにはなにもない。

 ――やっぱりな。

 アルバムを閉じかけて、ふと手が止まる。
 そこには、見覚えのある、見知った人の姿。

 そっと手を伸ばし、触れてみる。
 ――と、同時に大量に流れ込んでくる思い出と記憶。

 自分のもの。
 その人のもの。
 知らない、記憶すらも。

 戻りたいあの日の思い出。
 知りたかった記憶。
 封じてしまいたい時間。

 一瞬のフラッシュバックのあと、忽然と姿を消した写真館。

 感情と感覚だけが、やけにリアルに残っている。

解説

写真に触れて、流れ込んでくる記憶を疑似体験していただきます。

・神人さん、精霊さんどちらでも可。ご縁のある家族、友人、過去の恋人などでも問題ありません。
・疑似体験は共有していただいても大丈夫ですし、共有はせずに、あとからフォローなりしていただいても問題ありません。
(触れば見える、ので、共有される場合は一緒に触ったと言う感じになります)
・声は聞こえますが、話しかけることはできません(干渉はできません)
・知らない記憶でも大丈夫です。古傷を抉る可能性もございますのでご注意ください。
・疑似体験ですので、痛みや温度などを感じることがあります。

幼少期の忘れていたキラキラした思い出、歓迎です。
ウィンクルムさんの思い出のデートの様子とかでも全然大丈夫です。
ご両親が映っていて彼らの――とかもでも。

被写体はどんなものでも構いませんが、疑似体験に関するものでお願いいたします。
本人、思い出の品、関連する人など。

写真につきましては写真館と共に消滅しますのでご了承ください。

どうやら写真館の店主に300Jr持っていかれたようです。

ゲームマスターより

写真は苦手です。
でも、インスタントカメラのやらかした感とか、ポラロイドカメラとかは好きです。
ちなみに、私はレンズを覆い隠すタイプです。真っ暗を量産しました。懐かしい思い出です。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  生まれたばかりの自分を抱いた母と寄り添う父
数年前に亡くなった父の優しい笑顔に
…お父さん…
小さく呟く 

「見れば見るほど 君に似ている」
「でも 髪の色は貴方譲りよ。のんびりした性格も似るのかしら」
くすくす笑う母
ひどいなと でも楽しそうに答える父
「…お嫁にはやりたくないなぁ」
「もうそんな心配?」
「だってこんなに可愛い 変な男に引っかかったらどうしよう」
「大丈夫 私の娘だもの
 きっと素敵な人と巡り会うわ」
「…それはそれで複雑だ」

優しい記憶 暖かな想い
流れ込んできたそれに涙が溢れる
シリウスにぎゅっと抱きついて
ぽつりと零された言葉に小さく笑う

怒る訳ないじゃない
わたしの大好きな人だもの …お父さんも絶対あなたを好きになるわ


ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)
  すごく綺麗な人でした…一体誰なんでしょう、
ま、まさかグレンの昔の恋人だったり…グレン格好いいですしそういう人が過去にいても不思議ではないんですけどっ!
うぅ、でもそうだとしたらちょっともやもやします…

え、グレンのお姉さん…?
わわわ…分かってますっ、本当ですよっ!?
…言われてみれば確かに、前にグレンの家族写真を見た時に見た覚えがあるような…恥ずかしい…
何嬉しそうにしてるんですかーっ

何だかお腹が空いてきちゃいましたね…帰ったら何か作りましょうか?
…はいっ、任せてください!
お姉さんに負けないくらい美味しいやつ作りますからっ!
あ、アイスとかも乗っけると美味しいですよねっ
お買い物してから帰りませんか?


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  写真:
上品なお嬢様風、20歳程の女性が微笑んでいる。
栗色の髪が風にふんわりなびいて。とても綺麗な人。
傍に同じ年頃の黒髪のファータ。穏やかな笑みで佇む。彼はシンクロサモナー?
背景には桜の花が満開で花弁が舞う。

フェルンさんが手を伸ばしたから。私もつい手を伸ばした。
2人はとても仲が良さそう。
表情からお互いへの信頼が見て取れる。
2人ともこの穏やかな時間を凄く大切にして居て。
ずっと共に過ごしたいと願っていて。
それが途切れるなんて思ってもいなかった。
だって彼は私を護ってくれるから。私も彼の力になるから。
そう信じていて。信じるだけの体験も重ねてて。

現実は時にとても残酷。

私は彼女達の想いを継ぎたい、と思う。


クロス(ディオス)
  心情
「なぁあの時の記憶が知れるかもよ?
大丈夫、俺も一緒に見るから」

記憶
ディオス父:
ふはははははは!
遂に死神を追い詰めたぞ!
跡取り―生贄―が今死んだのは誤算だが、まぁ良い
どのみちオーガ様に…
なっ何を!?
ヒッやっ止めろ!
だっ誰だ、お前はっ!?
ぎ……ぎゃぁぁぁぁぁぁああああああ!!

共有後
(あぁ、そうか…
オシリスはずっとディオを護っていたんだな
それも小さな頃からずっと…
あの時の記憶だって己のみ受け継ぎ、時が来る迄封印してきた
オシリスはディオが本当に危険な時にしか現れない
ある種の二重人格だけど、この記憶を見たディオが受け入れれば、2人は一つになるんだろうな…

「ディオ、ゆっくりで良い
徐々に受け入れよう?」


アラノア(ガルヴァン・ヴァールンガルド)
  おぼろげだけど見覚えのあるその顔に引き寄せられるように触れる

初恋の記憶

中学の頃
同じクラスの人に初めて恋をした

当時は内気で話すのが苦手
でもその人の事が気になって目で追ったり
困った様子ならなるべく助けようとした

やがて気持ちが大きくなり
告白しようと呼び出した

あ…あの…ね…私…

伝える前に遮られ

もう知ってるよ
これ以上付き纏われたら困るんだよ!
お前の事なんて誰も好きになるわけないじゃないか!

荒く突き放される

あ…
言葉が深く突き刺さって痛い

ご、めん…なさい…

その場から逃げて終了


精霊の顔を見
ガルヴァンさん…?

…確かに辛かったけど
この出来事があって今の私がいるから
今となっては良い思い出だよ

心配してくれてありがとう



 一枚の写真のおぼろげな、けれど確かに見覚えのある顔に引き寄せられるように、アラノアは手を伸ばした。
「知り合いか?」
 ガルヴァン・ヴァールンガルドがつられるようにその写真に触れた。
 可視化される、その写真の思い出。

 ――アラノア……?
 そこには、今よりも幼いアラノアの姿があった。
 顕現している様子はない。年恰好から見て、おそらくは中学生くらい。
 アラノアはひとりの人をずっと追いかけていた。
 目で追って、視界にその人を捕らえ、困っているなら積極的に話しかけて手伝った。
 その頃は内気だったアラノアにとって、それは勇気を振り絞ったすべての行動の結果だ。
 そして、いつかに気付いた淡い恋心。その人が好きだった。
 好きで、好きで、どうしようもなくなった。
 ――アラノアが、他の誰かを……。
 共に見つめるガルヴァンの心の内側に沸き起こる、その当時の二人へのもやもやとした、形容する名前すら知らない感情だけが渦巻いていく。
 アラノアが相手を好きなことは分かる。
 そして、その相手もまた、アラノアに好意を持っていることは、傍目にも――傍目だからこそわかった。
 思い出の中のアラノアは、決意をひとつにその相手を呼び出していた。
『あ……あの……ね……私……』
 震えるような、頼りない声がアラノアの唇から思い出の片鱗として零れていく。
 その先を、彼も察したのだろう。
『もう知ってるよ』
 彼もまた、アラノアの好意に気付いていた。
『――これ以上付き纏われたら困るんだよ!』
『……ッ』
『お前のことなんて誰も好きになるわけないじゃないか!』
 残酷な言葉が、はらりと零れ落ちた。
 多感な時期ゆえに、やむを得ないことだとしても。
『あ……』
 泣き出してしまいそうなアラノアの表情は、俯いてみることはできなかった。
 けれど、ガルヴァンの目に不明瞭な気持ちと共に残った、彼の後悔したような表情。
 ――そんな顔をするくらいなら、傷つけるな……。
『ご、めん……なさい……』
 こらえきれずに泣き出し、逃げるように立ち去ったアラノアが、あの時の彼の表情には、おそらく気付いていないのだろう。
 気付いていたとして、どうすることもできなかったはずだ。
 記憶が苦い痛みを伴って終わりを告げた。

「アラノア……」
 心配そうな声に、アラノアはガルヴァンを見上げた。
「ガルヴァンさん……?」
「大丈夫か?」
「うん……。この後も、恋は何度かしたんだけど、やっぱり告白までは踏み出せなくて、結局失恋したんだよね」
 ただでさえ塞がりにくい傷だ。もっとも多感な時期に負った傷ならなおさら、後々まで尾を引く。
 ――強いな。
 記憶の中で泣いていたアラノアは、今はもういない。
「自分なりに変わろうとはしたんだけど、自信まではつかなくて」
 苦笑いを浮かべるアラノアの姿にガルヴァンの内側から湧く感情があった。
 ――……安堵?
「……確かに辛かったけど、この出来事があって今の私がいるから、今となってはいい思い出だよ」
「そうか……」
「心配してくれてありがとう」
 ガルヴァンがふいに、アラノアの手を取り、神人の証である紋様に唇を寄せた。
「――っ、ガルヴァンさん……っ」

 ――……どうかしている。
 他の誰かにものになるまえに契約できてよかったなど……。


「なぁ、あの時の記憶が知れるかもよ?」
 ディオスはあまり乗り気でなかったが、クロスの言葉に迷いが生まれた。
「大丈夫、俺も一緒に見るから」
「……ああ」
 一人でならとてもではないが触れなかったであろう記憶。
 二人が写真に触れると、描き出されるあの日の記憶――。

 ディオスは兄弟を連れて家を出た。
 実家がマントゥールの下部組織であると知って、逃げ出したのだ。
 けれど、兄弟はその途中、デミオーガによって無残な死を遂げた。
 その瞬間から先の記憶はひどく虚ろで、おぼろげで、ないに等しいものだった。
『ふははははは! ついに追い詰めたぞ!』
 男が狂ったような目で迫る。それが、ディオスの父だなど、誰が信じただろう。
『跡取りが今死んだのは誤算だが、まぁいい。どのみちオーガ様に……』
 デミオーガの手にかかった彼らは、目の前のこの男からすればただの生贄。今殺されたことは誤算でも、オーガに殺されたことは誤算などではない。
『よくも、…………の大切な人たちを……』
 誰かの名前を口にしたようだったが、聞き取れなかった。
 ディオスの姿をした彼が、武器を手に、狂った男へと斬りかかる。
『なっ、なにを!? ヒッ、やっ、やめろ!』
『やめろ?』
 じりと一歩詰め寄り、彼は男の首筋に刃を押し当てた。
『ディオが受けた痛みはもっとだろぉが。血に塗れ、死と隣り合わせ――心が耐えられるわけねぇよなぁ?』
『だっ、誰だ、お前はっ!?』
『オシリスだ。耐えきれなくなったディオスの代わりに生まれた。だが、それも今日で終わり……こんな組織、ぶっ壊してやらァ!』
 ざっ、と刃がすり抜けていく。
『ぎ……ぎゃぁぁぁぁあああ!!』
 断末魔が響き渡った。
 オシリスは双眸を眇めて男を見下ろした。
『ふはっ、呆気ねぇな』
 その刹那はあまりに呆気ない。けれど、オシリスは自分の胸元を服ごと掴んだ。
『……この記憶は、テメェには似合わねぇよ』
 こんな、惨たらしい光景は、ディオスの記憶になくていい。
『ディオス、時が来るまで思い出すな。それまで幸せをみつけろ。それがオレの一番の願いだ』
 オシリスはディオスの記憶の一部。そして、彼の記憶は彼だけのものとして、封じていく。

(あぁ、そうか……)
 写真の記憶が終わるころ。クロスはその意味を理解していた。
(オシリスはディオをずっと守っていたんだな……)
 あの時の記憶も、オシリスの記憶の中だけに留めて、時が来るまでディオスに悟られないように封じてきた。
 オシリスは、ディオスが本当に危険な時だけに現れる、いわばもう一つの人格だ。
(この記憶を見たディオが受け入れれば、二人はひとつになるんだろうな……)
 分かたれた記憶の片鱗が、元に戻る瞬間がやってくるはずだ。
「ディオ、ゆっくりでいい。徐々に受け入れよう?」
「あぁ……そうだな」
 とはいえ、ディオスの頭はひどく混乱している。
 受け入れると一言で言っても、それは容易ではない。
「頭の中を整理せねば……」
 向き合って、受け入れられるその時まで――。


 ――ああ、そんなこともあったな……。

 写真を手に、グレン・カーヴェルは懐かしい思い出に意識を沈める。
 多忙だったことは分かるのだが、当時のグレンにとって、両親が帰ると同時にまた仕事に出かける、と言うことは決して楽しいものではなかった。
 近所の公園で不貞腐れるのも無理はない。
 両親は家にいないことがほとんどだった。だから、年の離れた姉が親代わりのようなものだった。
 ふらりといなくなるグレンをいつも探しに来て、不貞腐れてすぐには帰ろうとしないことを分かっているのか、なんでもない話を取りとめもなく続ける。
 そして、決まって姉は言う。
『ホットケーキ、作りましょうか』
 その一言は、まるで何かのまじないのような、そんな一言だった。
 とびきり美味いわけではなかったが、姉の作るホットケーキはグレンの気持ちを柔らかくしていた気がする。
 姉と歩く道は、ただ家に帰るだけのものだったのに、それなりに楽しかった。

(すごく綺麗な人でした……いったい誰なんでしょう……)
 グレンの思い出には女性の姿があった。ニーナ・ルアルディは、さすがにその女性の姿を見て平然とはしていられない。
(ま、まさかグレンの昔の恋人だったり……グレンならそういう人が過去にいても不思議ではないんですけどっ!)
 恋のひとつやふたつ。
 恋人の一人や二人。
 あってもおかしくない話だ。
(うぅ、でもそうだとしたらちょっともやもやします……)
 けれど、事実と気持ちは全くの別物。
 グレンが思い出に耽っている間に、ニーナの思考は妄想の域に達しかけていた。
 あからさまな表情に、グレンが面白いと言わんばかりに目を眇める。
「なんだ、やきもちか?」
「ち、ちがいますっ」
「ふうん?」
 このままやきもちを妬いていてもらうのも、グレンにしてみればある意味で面白いのだが。
 誤解ならそれはそれで困る。
「誤解のないように言っとくが、あれ姉貴だからな」
「え、グレンのお姉さん……?」
 露骨に安堵した表情を見せるニーナに、やはり一言を添えて正解だったと思う。
「わわわ……分かってますっ、本当ですよっ!?」
「なにも言ってないだろ」
 何も言ってはいないが、さすがに口元が緩みそうになる。
(……言われてみれば確かに、前にグレンの家族写真を見た時、見た覚えがあるような……恥ずかしい……)
 見慣れない女性を元恋人、としてしまうあたりに、ニーナの羞恥は最高潮だった。
「なに嬉しそうにしてるんですかーっ」
「いや、別に」
 ひとしきり感情を走らせたニーナの一言に、くすりとグレンが小さく微笑む。
「……なんだかお腹がすいてきちゃいましたね……帰ったら何か作りましょうか?」
「んじゃホットケーキ」
「……はいっ、任せてください! お姉さんに負けないくらい美味しいやつ作りますからっ!」
「いや、姉貴はむしろまともに作れるのがそれしか……」
 言葉尻は飲み込んだ。
 ――黙っておくか。
 その先は、張り切るニーナに言わないほうがいいだろうから。
「あ、アイスとか乗っけるとおいしいですよねっ。お買い物してから帰りませんか?」
「んじゃ、荷物は持ってやるから一緒に帰るか」
 二人で帰る道は、やはりそれだけなのにそれなりに楽しいものだった。
「グレン、なんだか楽しそうですね?」
「……気のせいだろ」


 生まれたばかりの幼子を抱く女性に寄り添う、男性の姿。
 数年前に亡くなった父の優しい笑顔に触れた途端、リチェルカーレの唇から言葉が零れた。
「……お父さん……」

 そこには、薄茶色の髪と水色の瞳の、リチェルカーレによく似た顔立ちの女性と、青銀の髪と青い瞳の穏やかそうな、優しい表情をした男性がいた。
 生まれたばかりの幼子を女性が抱き上げると、二人は破顔する。
『見れば見るほど君にいている』
『でも、髪の色は貴方譲りよ』
 まるで、二人を切り出したかのような幼子は、おそらくリチェルカーレだろう。
『のんびりした性格も似るのかしら』
『ひどいな』
 軽口に乗せて零れる笑顔。穏やかな時間があたりを包みこんでいる。
『……お嫁にはやりたくないなぁ』
『もうそんな心配?』
『だってこんなに可愛い。変な男に引っかかったらどうしよう』
 父親の、娘に対する底知れない愛情が垣間見える。
 愛して、愛して、誰よりも幸せを願っている。だからこそ、素敵な人と巡り合ってほしい。
『……君は将来、どんな人を好きになるんだろう』
 真剣に、答えない幼子に問いかける父に、母が鈴を鳴らすように笑う。
『大丈夫、私の娘だもの。きっと素敵な人と巡り合うわ』
『……それはそれで複雑だ』
 本当に複雑そうな顔をしていうものだから、やはり母はころころと鈴を転がすように笑うのだ。
『いいかい、僕たちと同じ――、いや、それ以上に君を大事にしてくれる人を選ぶんだよ』

 祈るような言葉が、彼女への想いとして伝わってくる。どれだけ、彼女を大切にしているかが、手に取るように分かってしまう。
 溢れるほどの愛情に、シリウスはそっと目を伏せた。
「……リチェ」
 気付けば涙を流しているリチェルカーレの涙を指先でそっと拭う。
 見ているシリウスですら、胸に溢れる想いを持て余している。リチェルカーレにはもっと暖かで、優しい記憶として伝わっているはずだ。
 身体に腕が回されて、リチェルカーレはシリウスにぎゅっと抱きついた。
 一瞬こそ驚きはしたが、シリウスはすぐに抱き締めて、髪を撫でた。
「……『変な男を』と怒っていないだろうか」
 リチェルカーレには、もっと相応しい相手がいたのではないだろうか。
 そんなことを考えなかったわけではない。
 今でも相応しいと思っていない。思えるはずがない。
 けれど、リチェルカーレは小さく笑って、濡れた瞳でシリウスを見上げる。
「怒るわけないじゃない」
 そっと胸に顔を寄せて、囁くように、想いが零れだすようにリチェルカーレは言葉を紡ぐ。
「わたしの大好きな人だもの。……お父さんも絶対あなたを好きになるわ」
 彼女にはその確信があった。
 ただ、リチェルカーレが好きな相手だから、ではない。
 僅かに微笑んだシリウスの腕が、より強くリチェルカーレの身体を抱きしめた。
(だって、あなたはこんなにも、わたしを大切にしてくれているもの……)
 父が、彼を嫌いになるはずがない。
 満たされる温かな想いに、リチェルカーレはそっと涙を零した。


 写真には、一人の女性の姿が映っていた。
 栗色の髪をふわりと風になびかせた、上品で育ちの良さが窺える、ようやく成人したくらいの女性だ。
 その側には同じ年頃の黒髪のファータの姿があった。いでたちから、シンクロサモナーだろうか。
 二人が映った写真はとても穏やかな空気が満ちていると、見て取れた。
 桜の花びらが舞う中で描き出された穏やかな一瞬。
 フェルン・ミュラーは、彼らを知っていた。
 精霊のセヤ、そして彼の神人だった八巻美緒。
 その写真は、二人がウィンクルムとして幾度も任務をこなしたあとに訪れた、初めての春。桜を見に行った時の写真だった。
 懐かしくなって、フェルンは写真に手を伸ばす。
 瀬谷 瑞希もつられて手を伸ばすと、彼らの記憶が流れ込むように、鮮明な音声と温度を持った。

『美緒』
 セヤがその名前を愛おしそうに呼ぶ。
 少し先を歩く美緒がセヤを振り返り、微笑む。
 辺りは一面、満開の桜並木。桜の花びらが舞う中、求めるように美緒の手を取る。
 指先が触れて、伝わる互いの温度。
 ふわりと風が凪いで、美緒が心地よさそうに目を眇める。
『君がパートナーでとてもうれしいよ、美緒』
 溢れだす想いを言葉に乗せてセヤが微笑むと、美緒は嬉しそうに微笑んでそっと彼に寄り添った。
『私も』
 共に歩くだけのことが、ひどく幸せで、そんな幸せはいつも当たり前のように互いの存在でもたらされていた。
 春めいた景色には、鳥のさえずりがあちこちから聞こえる。
 木々に飽きたのか、あるいは彼らの穏やかな空気に誘われたのか、一羽の小鳥が美緒の肩で羽を休めるように止まった。
『可愛いわ』
 指先でその羽毛を撫でながら美緒が呟く。穏やかな笑みは、小鳥に向けられている。
『ああ、少し妬けてしまうな。美緒、こっちを見て』
 冗談めかした言葉に、美緒が微笑む。
 本気でないことくらい、彼らには分かっている。幸せの隣にある、ただの冗談だ。
 セヤの指先が美緒の頬に触れると、小鳥が気を利かせたかのように羽ばたいていく。
 吸い寄せられるように二人の距離が縮まる。
『来年も一緒に桜を見ましょうね、セヤ』
『ああ、もちろんだよ』
 終わることのない幸福。
 明日も、来年も、永劫に続くはずだった幸い。
 二人は誰よりも互いを信頼し、大切にし、その瞬間の時間のすべてを慈しんでいた。
 彼が守ってくれる。
 彼女が力になってくれる。
 だから、強くなれる。
 信じて疑わなかった未来と、かけがえのない時間。

 彼らの未来が――。
 次の桜並木が彼らの元へと訪れることはなかった。

 止まった彼らの時計の針。
 消えた笑顔。
 無情にも、桜は毎年美しく咲き誇って、まるで彼らを待っているようにすら錯覚をするのに、そこに彼らはいない。

 二人の姿は、フェルンにとって理想だった。
 彼らを目指して進んでいけるほどの、確かな姿だった。
「フェルンさん……」
 フェルンを呼ぶ瑞希には、確かな思いが芽生えていた。
(彼女たちの想いを継ぎたい……)
 泣き出しそうな瑞希の震えた声に、フェルンは彼女をそっと抱きしめた。
 ――ミズキをなくしたくない……。
 瑞希を抱きしめて、強く、そう思う。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 真崎 華凪
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月14日
出発日 08月21日 00:00
予定納品日 08月31日

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