彼方へのフォトグラフ(夕季 麗野 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

とある夏の日の、休日の出来事です。
あなたとパートナーは、 二人で散策中、綺麗な海岸へとたどり着きました。

インディゴブルーの深い青色と、陽光を浴びて煌く砂浜の白のコントラストが目に眩しくて……。
二人は、まるで引き寄せられるように、その浜へと駆け出していました。

 ここは夢見ヶ浜と呼ばれており、昔から『過去と未来を繋ぐ浜』として、人々に親しまれてきたようなのです。
――その所以は、強い願いを持った者が浜に向かって祈ると、過去の自分が失ってしまった大切な「写真」入りの小瓶を受け取る事ができる、という伝承があるからなのです。

また、反対に消し去りたい過去や、忘れたい想い出が宿った写真を小瓶に詰めて海に流す事で、その思いを浄化させ、明るい未来に導いてくれるとも言われています……。

その伝承に興味を持ったあなたとパートナーは、早速試してみることに決めました。

あなたがこの浜に訪れるなら、どんな過去を波間へと流し、再出発を誓いたいと願いますか?
――それとも、遠い昔に過去の自分が失ってしまった思い出の写真を、この手に取り戻したいと願いますか?

そして、写真を受け取ったその時や、写真を手放す瞬間。
あなたやパートナーは何を想い、どんなことを語り合いたいと思うのでしょうか……?

解説

補足

今回皆さんにプランに書いていただきたいのは、

○過去の自分の写真入りの小瓶を受け取る
○再出発を誓い、忘れたい過去の写真を小瓶に詰めて浜に流す。
○写真を流した、または受け取った後の二人の様子
大まかに、この三点になります。

※過去からの写真を受け取る場合、神人が受け取るのか、精霊が受け取るのか、どちらかを記入して下さい。
また、それに対して相手(もしくは自分)がどう思ったのかなど心情や行動、写真の内容をご記載下さい。

※断ち切りたい過去の写真を小瓶に詰めて流す場合、二人で一緒に写真を持ち寄って瓶に詰めるのか、どちらか一方(神人か精霊か)が写真を入れるのかを決める事ができます。
こちらも、写真の内容なども記入お願いします。

※小瓶を流した後(受け取った後)、そのまま二人で海岸で語り合って過ごすのか、あるいはどこか落ち着ける場所へ出かけるのか(どちらかの家へ行って二人で過ごす・浜近くのコーヒーショップに入る)、ご自由に設定する事ができます。

※浜へ来る時間帯はご自由に選べます。(朝、昼、夕、夜)

※便箋代・小瓶代、または移動費などで、300ジェールいただいております。

■浜の傍に有るもの
・コーヒーショップ(コーヒー、紅茶は100ジェール。ケーキ、パフェ、サンドイッチなども注文可能です。それぞれ150ジェール)

ゲームマスターより

こんにちは、夕季です。
夏なので、肝試しの次は「海」シリーズです。
今回は、描写量を増やす関係上、私の方で多少のアドリブを挟む部分が出てくるかとは思いますが、何卒ご了承ください。
以前女性版でエピソードを出させていただいたときは「手紙」でしたが、こちらでは「写真」となります。
はたして、どんな想いが詰まった写真が流れてくるのでしょうか?
それとも、大切な人と一緒に写真を流し、ここから再出発を誓うのでしょうか?
皆さまのご参加、楽しみにお待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)

  [夕刻来訪]
ジェフリーさぁん!すっごく大きなヤドカリが!

はいっ。さっき見つけました

[浜辺で対話]
両親と祖父母です。こっちが妹達と弟達
ノッポな子供が俺

家族が揃う写真はこれ一枚きりなんです
カメラは珍しい物だったから

撮る時はみんなして緊張して
でも楽しかったなぁ
見つかってよかった

思い出というよりは…
(戒めにしよう。己の所業を忘れないための)

誤解です!生きてます!
みんな元気…かどうかまではわかりませんけど。
たぶん、大丈夫です
(故郷を壊した男が消えたのだから、少なくとも清々してるだろう)

(寂しげな表情に胸打たれ、彼の頭をわしわし撫で)
写真だけじゃなくて俺にも話してください
言葉を返す事なら、できますから…!


セラフィム・ロイス(トキワ)
  ◆海の家バイトのタイガの顔を見て帰路。発見

今日は海が題材?カメラもいるの?

大変だね
あげる。僕はもうご馳走になったから(アイス

撫でられ)いいから(照
寄り道。泳ぎは得意じゃないけど海は思い出があるから

うん、これも思い出


僕はいい。再出発はしてるからこれ以上は甘えになると思うんだ。(過去に向き合ったし、自分で歩きたい)
拾えないなら強い思いもない事だし。興味はあるけど・・・

トキワは?

?あ、いいんだよ!僕も逃げて沢山願掛けや助けてもらったから

■隣で海を眺め
母さんの事・・・何でもない

楽しいよ?

そんな。トキワは昔から憧れだし絵に向かう姿好きだよ
(優しい所も。再出発して幸せになれますように

※昔は親以上初恋未満


ユズリノ(シャーマイン)
  流す方
夕方

「兄の事で 顕現の可能性のある僕は村からはすっかり疎まれ者扱い
 僕もそれをしょうがないって思っちゃったんだよね (苦笑

写真見せ
「旅行者が撮ってくれたもの 15歳かな すっかり荒んでた頃 ふふ
 旅の話を聞いて 神人が自然に暮らせる場所があるって知ったんだ

用意しつつ
「この写真以前の僕は怯えて暮すだけの愚か者だった 世界の広さを考えもしないで
瓶を抱き
「神人の僕を受け入れてくれる場所がある パートナーとして出会えた君がいる
 だから前を見たい その為に断ち切りたい愚かだった自分
彼チラリ
「これからも傍に居たい 迷惑かな

瓶見送る
「でも都じゃ似た境遇の話よく聞くね 自分の視野の狭さ思い知った

今日の彼の言葉は泣きたい位嬉しい


●セラフィム・ロイスとトキワ ~未来へつながる希望の再会~

――カメラのレンズ越しにオレンジ色の海岸線を見つめながら、トキワはふと、考えていた。
たとえどこにでもあるような夕暮れの海岸であっても、ここを訪れる人の心情や状況によっては、この景色はまるで違うモノのように映るのだろう……と。
絵の資料を集めるためにこの浜を訪れたトキワだが、もう一つ、彼が此処に訪れたのには、理由があったのである。

(夢見ヶ浜……か)

「あれ……? トキワ?」
 すると、物思いに耽っていたトキワの背後から、よく聞きなれた呼び声が聞こえた。
「セラ坊……?」
 夕日に照らし出されたセラフィムの髪は、キラキラと輝いて目に眩しい。
トキワが思わず瞳を窄めたその隙に、セラフィムは小走りで彼に近づいてきた。
「今日は海が題材? カメラ持ってるけど――」
「ああ。『海の一枚がほしい』と、ざっくり言われたもんでな」
 なかなかの無茶ぶりだったな、とため息交じりにぼやくトキワの言葉を聞いて、セラフィムも同情を禁じえなかった。
(――いくら絵のためとは言え、現地まで撮影に行くのも大変だろうな……)
セラフィムは、真剣に海を眺めるトキワの姿を見て、改めて絵描きと言う仕事の苦労を実感する。
そして、手に持っていたアイスの袋を、おもむろにトキワの頬へピッタリくっつけた。
「冷てッ……?」 
「はい、あげる」
「……っ、なんだ。アイスか」
 実は、セラフィムが浜に来ていたのは、恋人のタイガが付近の海の家でアルバイトをしていたから。
熱心に「遊びに来い」と誘ってきたタイガに絆されたのもあったが、セラフィムも休日を持て余しているところだったので、快く応じたのである。
このアイスも、海の家で購入してきたものだった。
「貰っていいのか?」
「うん。僕は、もうご馳走になったから」
 労いのアイスを受け取ったトキワは、空いたほうの手を伸ばして、セラフィムの髪をクシャリと撫でる。
「ありがとな」
「いいから……早く食べて。溶けちゃうから」
 トキワにとってはクセのようなものかもしれないが、頭を撫で回される側としては、やはり気恥ずかしいものだ。
セラフィムは、トキワの手から逃れるように頭を避難させつつ、砂浜に腰を下ろす。

 それきり、二人並んで浜に座ると、暫し無言で海を眺めた――。
トキワは黙ったまま、アイスを齧っている。
――彼の横顔にどこか憂いが感じられるのは、この夕日のせいだろうか?
セラフィムは、この時まだ、その理由を知らなかった。

***

「そう言えば……セラ坊、一人でいるなんて珍しいな」
 アイスを食べ終わったトキワがようやく口を利いてくれたので、セラフィムは内心安堵しつつ答える。
「寄り道。泳ぎは得意じゃないけど、海は思い出があるから――」
「ふうん……。指輪。いつもつけてるのか?」
「うん、これも思い出」
 トキワと顔を見合わせたセラフィムは、柔らかく微笑んでいた。
彼の銀の瞳の中には、一点の曇りさえ見えない。
(――きっといい思い出が、セラ坊の「今」を形作っているんだろうな)
トキワは、セラフィムの細い指におさまっているリングが煌くのを見つめながら、無意識に自身が提げているカバンに触れた。 
「この浜の云われ、知ってるか?」
「え?」
 セラフィムが不思議そうに首を傾げたので、トキワはゆっくりとした口調で説明した。
……この浜は、『過去と未来』に通じている。
強い想いを持った者が訪れれば、過去の写真が詰まった瓶を拾うことが出来るとされ、また、過去の未練が詰まった写真を海に流せば、再出発への祝福を授けてくれるのだと――。
「過去か……」
 セラフィムはトキワの話を黙って聞いていたが、やがて首を横に振った。
「僕はいい。再出発はしているから、これ以上は甘えになると思うんだ」
 ……幼い頃の自分。
病がちで体も心も弱かった。周囲からは腫れ物扱いされ、冷たい視線を向けられ、蔑まれ続けた日々――。
でも、そんな過去を乗り越えたから、今の自分がいる。
封じ込めてきた辛い記憶と向き合うことは、とても怖かった。
だけれど、最初の一歩さえ勇気をもって踏み出してしまえば、きっと自分を受け止めてくれる人に巡り合える……。
(この先の未来を歩くのは、僕だ)
セラフィムの心には、揺るがない意思が宿っていた。
過去を受け入れたものだけが持つ、強さが。
「未来への道は、自分で歩きたい」
「そうか……」
「それに、瓶を拾えないなら、強い想いも無いってことだろうし。興味はあるけど……」
 波打ち際は、静かな波音が寄せるのみ。
過去からの写真は、もうセラフィムの元に届く事はないのだろう。
――自分より一回り以上も年下のセラフィムが、既に未来を見据えている。
その事実に、トキワの胸は切なく痛むのだ。
(いつの間にか……小さかったあの「セラ坊」が、俺の前を歩いてるんだな。いつまでも過去を引きずっているのは、俺だけ……か)
トキワは、口元に苦笑を浮かべながら鞄を開き、小瓶を取り出した。一枚の写真と一緒に。
「トキワ?」
 首を傾げているセラフィムの髪を、ぐしゃぐしゃと撫でまわした後、トキワはぽつりと呟いた。
「年下にそう言われたら、返しにくいだろうが……」
 彼が持っていた写真を見たセラフィムは、一瞬目を見張った。
(その写真――)
 見間違う筈も無い。
姿を見たのは夢の中だったが、それは紛れもなく、『自分の母親』と若かりし頃のトキワ、仲良く並んだ二人のツーショットだったのだから……。
思い出の写真を丸め、瓶に詰めるトキワの横顔は、どこか晴れ晴れとしたようにも憂いを帯びているようにも見える。
「母さんの事……」
 沈黙に耐え切れず、セラフィムは思わず独り言のように呟いたが、トキワは無言のまま立ち上がり、瓶を海へと流したのである。
「ん? なんか言ったか?」
「……なんでもない」
 トキワが抱えている複雑な心境のすべては、きっと誰にもわからない。
 けれど、確かなことがひとつだけあった。
(トキワの新しい一歩は、ここから始まるんだ)

***

 やがて、夕暮れが一層深まってきた頃。
ふたりは浜べを散歩していた。
特にどちらかが提案したわけではなかったが、なんとなく、ただ帰るのも味気なかったからだ。
そもそも、この出会い自体「偶然の神様」の計らいによるもの。
約束を交わしあう関係でもないし、次にいつ出会うきっかけが訪れるかはわからない。
二人が離れがたくなるのも、無理はない話だ。
「……楽しいか?」
「?」
「今」
 囁くような声でセラフィムに質問を投げかけるトキワは、知りたいと望んでいた。
過去を乗り越えた「現在のセラフィム」が――真に幸せであるのかどうかを。
自分がセラフィムと同じように、未来を信じる気持ちを持てるのかどうかを。
「楽しいよ?」
 だから、セラフィムも素直に質問に答え、微笑みを返す。
かつて狂おしいまでに恋焦がれた女性と、瓜二つの容姿を持ったセラフィム――。
彼の綺麗な笑みを眩しそうに見つめながら、トキワは胸のつかえを吐き出すように告げた。
「お前は、大事にしろ。間違ってもこんな奴になるな」
「……そんな。トキワは昔から憧れだし、絵に向かう姿、好きだよ」
「……はは」
 ――それも、懐かしい思い出だ。
自分を親のようにも思い、慕ってくれていた幼いセラフィムのことを、トキワが忘れることはない。
(父と娘ってこういうのか)
「お前もあいつも、悔しいぐらい言い顔しているよ」
 言いながら、へたくそな笑顔を浮かべている自分に、トキワは気づいていた。
だが、今はこれ以上、巧く笑えそうな気がしない。
(断ち切りたいときもあった。憎めないのも辛いな……)
――この『夢見ヶ浜』が再出発の背中を押してくれるのなら、いつか前を向いて、未来に歩いていけるのだろうか?
(……前向きな俺ねぇ……)
トキワは未だ、未来の自分が想像できないくらいだったが、セラフィムだけは彼の幸せを信じ、祈っていたのだ。
(トキワが再出発して、幸せになれますように……)

 紅く燃える砂浜に、トキワとセラフィム、二つの影が伸びていく。
 それは、二人それぞれの未来の道を表すように、長く。
ひとつに交わる事はないけれど、隣り合ってどこまでも……。

●胡白眼とジェフリー・ブラックモア ~家族の思い出~

 夕暮れが深まり、雲は揺るやかに赤い空を流れていく。
物言わぬ波間を目を窄めて見つめながら、ジェフリーは遠い記憶を手繰り寄せていた。
(海か……。変わらないな、この景色はいつの時代も……)
大切そうに小瓶を抱え、ジェフリーの後をにこにこ笑いながら追いかけてきた、娘のエラ。
エラが転んだりしないよう、優しい眼差しでその様子を見守っていた、愛する妻……。
――ジェフリーの「海の思い出」は、温かいぬくもりの中に包まれていた。

夕日とは、眺める者をこうも感傷的にさせるのだろうか。
だとしたら、精霊という存在も、意外と単純なものだ。
ジェフリーは、ひとりでにそんなことを考え、深い記憶の底に眠る思い出に意識をゆだねる。

(あの時エラと流した小瓶の手紙も、何処かを漂って――)

「ジェフリーさぁん!」
「……っ」
 しかし、物思いに更けるジェフリーをよそに、少し先を歩いていた白眼が、大きな声で手を振っている。
(人が感傷に浸っているときに~……!)
現実に引き戻された事を恨めしく思いながらも、ジェフリーはゆったりした足取りで白眼の傍に近づいていった。
「何かあったのかい?」
「はい、すっごく大きなヤドカリが!」
「ヤドカリ?」
 ――何がそんなに珍しいのか。
目を輝かせる白眼を、最初は怪訝に思っていたジェフリーだが、いざその場所に来て見てみると……。
「って、本当におっきい!? わー……こんなの初めて見た」
 砂を這うヤドカリは、ジェフリーの拳ほどの大きさだった。
確かに、ここまで立派なヤドカリには、中々お目にかかれない。
(背負っている巻貝も、変わった形をしてるな。このサイズに合う貝殻ってのも―ー)
じっくりヤドカリを観察してしまったジェフリーだが、白眼の「すごいですよね!」という言葉に我に返った。
「すごい、じゃなくて! 君、さっき写真を探すって言ってたじゃない」
「あ、そうでした……。つい……」
 二人がこの『夢見ヶ浜』に足を運んだのは、珍しいヤドカリを見つけるためではない。
強い想いを持つ者がこの浜を訪れると、過去の写真を受け取ることができる――。
その言い伝えを耳にして、流れ着く「小瓶」を探しに来たのだ。
「……フー君って、結構マイペースだよね」
「はい?」
「いや、いいよ。瓶を探そうか」

 純真な白眼のことだ。
このヤドカリも、素直な視点で海を見つめているからこそ、発見できたのだろう。

(まぁ、ヤドカリのおかげで、目も覚めたことだしね……)

白眼の天真爛漫な一面に、ジェフリーが少なからず救われている部分があるのも、また事実である。

***

――その後、暫し砂浜を散策しているうち、白眼が波打ち際に落ちている何かを拾った。
「ジェフリーさん、ありましたよ」
「へぇ……。本当に拾えるんだね」
 実際に現物を見るまで半信半疑だったジェフリーだが、瓶の蓋を開けた白眼の表情を見て、やっと実感が湧いてきた。
(言い伝えは、真実だったのか……。胡散臭いと思ってたけど)
――写真は、どうやら白眼の思い出の一枚らしい。
「両親と祖父母です。こっちが妹達と、弟達で……ノッポな子供が俺」
「大家族だねぇ」
 兄弟・姉妹に囲まれて、背の高い白眼はちょっと窮屈そうに写っていた。
穏やかな表情や人のよさそうな雰囲気は、今の白眼とまったく変わっていない。
(そういえば、フー君の家族の事を、詳しく聞いたことは無かったかもしれないな)
ジェフリーは、砂浜に腰を下ろして彼の話に耳を傾けていた。
「実は、家族が揃う写真はこれ一枚きりなんです。カメラは珍しいものだったから。撮る時はみんな緊張してて……でも、楽しかったなぁ」
「へぇ……」 
 ジェフリーは、白眼が遊牧民だったことは知っている。
その故郷は「もう戻れぬほど遠くにある」のだと、以前耳にした記憶があった。
……だとしたら、彼が貴重な過去を取り戻せたことは、素直に喜ばしい事だろう。
たった一枚の家族写真なら、なおさらだ。
「思い出が見つかって、良かったじゃない」
「……思い出というよりは……」
「?」
 ジェフリーは思ったままを口に出したのだが、なぜか白眼の表情が険しくなった。
細い眼が、痛みを堪えるようにすっと伏せられる。
(戒めにしよう。己の所業を忘れないための……)
彼の胸の内をはっきり読み取れたわけではないが、ジェフリーは雰囲気で、白眼の心の機微を感じ取った。
「ねぇ、君のご家族は……」
(形見、か? ……下手に踏み込んでいいものか)
――パートナーのことを知りたい気持ちが、無いわけでもない。
だが、互いの家族のことは繊細な問題だ。
今の自分が、白眼の過去を根掘り葉掘り訊ねるのは、筋違いかもしれない。
一方、ジェフリーの途絶えた言葉の先を悟った白眼も、慌てて首を振った。
「あ、誤解です! 生きてます! その、みんな元気かどうかまではわかりませんけど。――たぶん、大丈夫です」
 ジェフリーの前であからさまに顔に出してしまった事を、白眼は後悔した。
(故郷を壊した男が消えたのだから、少なくとも清々して……。だけどそんなの、ジェフリーさんに言うことじゃない――)
写真を握りしめる手に力を込め、精一杯笑顔を作ろうとする白眼。
だが、それが偽りであることくらい、パートナーのジェフリーには一目瞭然だ。
「君は、大丈夫じゃないように見えるよ。会いたいなら、無理してでも会った方がいい」
「……ジェフリーさん」
「いくら写真に語りかけても、ハグもキスも返ってこないから」
 ――過ぎた日々に想いを馳せることが、どれだけ虚しいか。
自嘲めいた笑みを浮かべるジェフリーは、それを身を持って知っていた。
夕日は鮮やかに波間を彩るのに、あの日となりに在った温もりは、もうどこにも存在しないのだから。
「ジェフリーさん!」
「……っ!?」
 だが、孤独を宿したジェフリーの眼差しを見て、白眼は胸を抉られた心地になった。
その衝動を堪えきれずに身を乗り出すと、ジェフリーの赤い髪を、手の平で撫で回し始める。
「な、なに? ……うわっ」
「――写真だけじゃなくて、俺にも話してください」
「は……」
「言葉を返すくらいなら、できますから……!」
 キスやハグは返せないですけど……そう言いながらも、白眼はジェフリーの頭をかき乱すのを止めなかった。
「ちょ、だから撫でるのやめ、……うう」
 内心は気恥しさとこそばゆさで一杯だったものの、ジェフリーは白眼の手を拒絶できなかった。
そんな自分が信じられなくて、珍しく動揺を覚える。
(まったく。いい大人が二人揃って、海で何やってるんだが……)

 されるがまま白眼の手に頭を預けていると、穏やかな波音だけが、ジェフリーの耳に優しく響いていく――。
「まぁ、君が俺と話したいなら……別に。いいけどさ」

――最愛の家族を失ったジェフリーと、帰るべき故郷を失ってしまった白眼。
二人が神人と精霊として巡り合ったのは、必然だったのかもしれない。
たとえ、このオレンジの海の先に見ている過去が、別の景色であったとしても。
ジェフリーは、頭に載った白眼の手に、自分の手の平をそっと重ねた。
「えっ? ジェフリーさん……? あの……!?」
 その感触は、ジェフリーの「家族」のものとは、何もかも違う。
幼い娘の小さな指や、妻の柔らかい肌の感触とは比べるべくもないし、似ても似つかないものだ。
(それでも、今は君の手に絆されているんだからね……)

ウィンクルムとして困難を乗り越えるうち、神人の傍に在るのも、存外悪くないと思うようになっていた――。
実際、白眼と過ごす日々は、ジェフリーに新鮮な驚きを与え続けたのだ。
愛する家族をオーガに殺されたあの日、自分の心も共に燃え尽きて灰になったとばかり思っていたのに。

(――いつの日か、互いに過去を打ち明け合い、未来へ歩いていけるだろうか……)

今となっては、そんな希望めいたことまで想像してしまうのだ。
ジェフリーは、変わりつつある自分自身がなんだか滑稽に思えて、口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「あ、手をその……っ。というか、ジェフリーさん、なんで笑ってるんですか!?」
「クク……ッ」
 手をつかまれて慌てる白眼の頬は、夕日に負けないくらい朱色に染まっている。
それがまた面白くて、ジェフリーも今度は吹き出して笑った。

時の移ろいと共に、いくつもの思い出を授け、未来へと流れ去る海。 
今日からは、新たな二人の想い出が、波間に刻まれていく――。


●ユズリノとシャーマイン ~秘められたと、受け止める笑顔~

 濃く深みを帯びた橙色に、紫がかった雲が流れる。
ユズリノは潮風から庇うように、髪の毛をそっと手で押えた。
――反対の手の平には、小さな瓶が握りしめられている。
彼の隣に立つシャーマインは、夕日に照らされたユズリノの横顔を眩しそうに見つめながら、その足取りを見守っていた。
ユズリノがどこか思いつめた様子にも見えたので、心配なのだろう。
「この海岸か?」
「うん。付いて来てくれてありがとう」
「気にすんなよ」
 ユズリノの頭を、シャーマインがあやすように軽く撫でてやる。
――当たり前だろ、いちいち遠慮なんかするな。
そんな思いやりの込められた仕草だった。
シャーマインの手のぬくもりに安堵して、ユズリノも笑顔を浮かべる。
二人の間の空気はいつも明るく、よどみの無いものだった。
これからユズリノがしようとすることを、精霊であるシャーマインは、ただ優しく見届けてやるつもりだ。
――神人が抱えるどんな過去も思いも、この身で受け止める。
シャーマインには、その覚悟が既に出来ているのだから。

***

二人は、波打ち際を散策したのち、ポツリと浜に佇んでいる木製のベンチに腰を下ろした。
ゆったりと潮騒を聴きながら、シャーマインはユズリノの持つ小瓶と写真を覗きこむ。
「リノ、写真を見せてくれないか? 流したら、もう見られないだろ」
「そうだね。少し、恥ずかしいけど」
 ――過去の自分を見せる事に対してのはじらいもあるが、それ以上にユズリノが恐れていたのは、抱えてきた過去の傷すべてを、パートナーに打ち明ける事……。
(シャミィのことは信じてる。だけど、あまり良い話じゃないから……)
「難しいカオ、しなくていいって」
「うん……そうだね」
 明るいスマイルに励まされるように、ユズリノも釣られてはにかむ。
(シャミィなら、大丈夫)
 ユズリノとシャーマインは、共に暮らし、心から信頼し合える友人のような関係を築いてきた。
その強い絆が、過去に惑うユズリノの背中を押してくれる、勇気になる。
「この写真は、兄を亡くした頃の僕を、映したものだよ」
「兄を、亡くした?」
「実は――」

 ユズリノは、遠い日の記憶を辿るように瞳を細め、ぽつぽつと語り始めた。
幼少のころ、ユズリノの兄が顕現したこと……。
兄の顕現が引き金となり、オーガが村を襲ったこと。
その後、A.R.O.A.から派遣されたウィンクルムがオーガを討伐したものの、兄が命を落としてしまったこと――。

 シャーマインは、ユズリノの話に真剣に耳を傾けていた。
「兄の事で、顕現の可能性のある僕はすっかり疎まれ者扱い……。でも、僕もそれを『しょうがない』って思っちゃったんだよね」
 ユズリノは、当時のことを思い出し、口元に苦笑を浮かべていた。
「写真は、僕が十五歳の頃かな? すっかり荒れてた時期……。旅行者が、撮ってくれたものなんだ」
 村人に蔑まれ、故郷を後にしたユズリノは、道中で自分のような神人が自由に暮らせる場所があることを知ったらしい。
だが、それまではずっと一人きり、あちこちを点々として過ごしてきたのだ。
まだ年若い少年が、周囲の冷たい視線を浴びながら各地を旅するなど、辛く険しい道のりだったことだろう。
(ったく、こんな時も強がって――)
それでも、シャーマインを気に病ませないようにと、努めて明るく語るユズリノの姿は、なんともいじらしい。
神人の痛ましい笑顔を見せられたシャーマインは、これ以上黙っていることはできなかった。
そっとユズリノの背中に腕を回し、支える意志を伝えようとする。
「中々の美少年だな」
 だが、ユズリノはその力強い腕の感触に、鼓動が逸るのを感じた。
なにせ、あこがれる程美しい美貌を持ったシャーマインに自分の容姿を褒められた上、顔と顔がくっつきそうなほどに、距離が近づいたのだから。
「そ、そうかな。僕からすれば、シャミィのほうがよっぽど……その、美形だと思うけどね」
 どぎまぎするユズリノだが、シャーマインは笑みを湛えたまま写真の中のユズリノを見つめている。
 
 ――十五歳のユズリノは、その心に負った傷を表すように憂いを帯びた微笑を浮かべていた。
その儚く繊細な雰囲気が、シャーマインの目を惹きつけてやまないのだ。

(過去も全部ひっくるめて、リノはリノだからな……。辛い時に助けてやれなかったのは悔しいけど……)

過去は取り戻せないし、変えられない。
だけど、これからの未来はこの手で変えていける。
(俺が、傍にいてやるからさ……)
シャーマインは、ユズリノの横顔を眺めながら、そう思っていた。

***

「この写真以前の僕は、怯えて暮らすだけの愚か者だった。世界の広さを考えもしないで……」

 未熟だった自分。
疎まれる事を受け入れて、諦めてしまった自分。
もし、あのまま狭い世界で生きていたのなら、未来はどうなっていただろう……。
これまでのユズリノは、暗い過去の思い出に囚われ、一人もがく事しかできなかったのだ。

「でも、今は違う。僕を受け入れてくれた場所がある。パートナーとして出会えた君がいる……」
「ああ」

 丸めた写真を小瓶に詰めるユズリノの目に、迷いはもう無かった。
(だから、前を見たい。……そのために、愚かで弱い自分を、断ち切りたい……)
彼の傍らには、シャーマインが寄り添うように立っている。
ユズリノの再出発を、誰よりも祝福してくれている、シャーマインが。

「流せよ」
「うん」
 
 二人は波打ち際に歩み寄り、互いの手を重ねあった瓶を、そっと海へ放った。
ユズリノとシャーマイン、二つの手から送り出された小瓶は、次第に波に緩やかに押し流され、遠くへ消えていく――。
なんだか、不思議な心地だとユズリノは思った。
もうひとりの自分が、再び旅に出たような……。
(これでようやく、一歩踏み出せた気がする)
「シャミィ、これからも傍にいたい。……迷惑かな?」
 ユズリノは瓶を見送った後、隣のシャーマインをちらりと盗み見る。
目が合ったシャーマインは、満足気に笑っていた。
「あんたが居て、迷惑だった事はないな。俺のために頑張ってくれるあんたは、健気で可愛いし?」
「っ……」
 ――ぽんぽんと頭を叩かれ、ユズリノは驚きとともに、胸が一杯になった。
彼が自分をまるごと受け入れてくれることが、泣きたくなるくらい嬉しい。
改めて、シャーマインがパートナーでよかったと、心の底から感じられた。
ともに暮らす毎日を楽しく過ごせたのも、少しでも自分にできることをしたいと家事に勤しんだのも、みんな相手がシャーマインだったからだ。
それくらい、大事な存在なのだ。
今はまだ、恋人とか色めいた存在ではないかもしれないけれど、これほど互いの心に寄り添いあえる親友は、きっとこの世界のどこにもいないだろう。
「居てくれよ、これからも」
「ありがとう、シャミィ。……ずっと傍にいさせて」
 涙で瞳を潤ませるユズリノを、シャーマインが抱き寄せた。
――二つの影はひとつに重なり、砂浜に伸びてゆく。
それは、夕暮れ時の海風の冷たささえ忘れてしまうほどに、熱い抱擁だった。

***

 やがて、夕闇が太陽を覆い隠し、海は紫の闇の中に包み込まれる。
二人は星が瞬き始めた空の下、ゆっくりと浜を歩いていった。
ユズリノは、過去を乗り越えた今、自分の視野の狭さを恥じているのだとシャーマインに漏らした。
――都では、自分と似たような境遇の話は、良く耳にしていたからだ。
神人も精霊も、特殊な存在。
ゆえに、生い立ちからその境遇に至るまで千差万別だ。
(僕以上に辛く、苦しい思いをしている人だって、きっと沢山いたんだろうな……。やっぱりまだまだ頑張らないと――)
「だからって、強がって我慢するなよ。リノはリノなんだからな」
「え?」
 だが、そんなユズリノの考えは、シャーマインにはお見通しだった。
ユズリノは、性格的にも真面目で、思いつめるタイプだろう。
聡明であるために、他者の気持ちを汲み取り、明るく振舞おうと無理をしてしまう。
シャーマインは、そんな彼がいつも笑顔でいられるよう、力を尽くしたいと胸に誓っていた。
「うん。わかってる。それに、シャミィがいてくれたら、僕は笑っていられる気がするから……」
 二人で、笑顔の絶えないような明るい未来を目指していこう――。

手を固く繋ぎあった二人は、心に同じ願いを宿していた。
秘めやかな星空散歩は、夜が更けるまで続いていく……。



依頼結果:成功
MVP
名前:ユズリノ
呼び名:リノ
  名前:シャーマイン
呼び名:シャミィ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 夕季 麗野
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用可
難易度 とても簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 08月15日
出発日 08月20日 00:00
予定納品日 08月30日

参加者

会議室

  • [3]セラフィム・ロイス

    2016/08/19-14:10 

    セラフィムと今日の相棒はトキワだよ
    海で偶然あったのだけれど・・・興味深いところだね

    皆もよい一時を過ごせますように。僕らもまったり過ごそうか

  • [2]胡白眼

    2016/08/19-10:18 

    胡白眼(ふぅ・ぱいいぇん)と申します。パートナーはPGのジェフリーさんです。
    どうぞよろしくお願いします。

    なんとも不思議な浜辺ですねぇ。……あの写真も見つかるだろうか。

  • [1]ユズリノ

    2016/08/18-17:00 

    ユズリノと相方シャーマインです。
    どうぞよろしくお願いします。


PAGE TOP