彼方からのメッセージ(夕季 麗野 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 とある夏の日の、休日の出来事です。
あなたとパートナーは、 二人で散策中、綺麗な海岸へとたどり着きました。

インディゴブルーの深い青色と、陽光を浴びて煌く砂浜の白のコントラストが目に眩しくて……。
二人は、まるで引き寄せられるように、その浜へと駆け出していました。

 どうやらここは、夢見ヶ浜と呼ばれており、昔から『過去と未来を繋ぐ浜』として、人々に親しまれてきたようなのです。
――その所以は、強い願いを持った者が浜に向かって祈ると、過去の自分が書いた「手紙」入りの小瓶を受け取る事ができる、という伝承があるからなのです。

また、反対に「未来の自分宛の手紙」を書き、それを小瓶に詰めて海に流す事で、伝えたい想いを未来へ届ける事ができる、とも……。

その伝承に興味を持ったあなたとパートナーは、早速この場で試してみることに決めました。

もしも、あなたがこの浜に大切な人と訪れるなら、どんな願いを込めた手紙を書いて、未来に届けたいと思うでしょうか?
――それとも、遠い昔に過去の自分が書いた手紙を、この浜で受け取ることを望みますか?

そして、手紙を受け取ったその時、あなたやパートナーは何を想い、どんなことを語り合いたいと思うのでしょうか……?

解説

補足

今回皆さんにプランに書いていただきたいのは、

○過去の自分が書いた手紙を受け取る
○未来の自分へ宛てた手紙を書いて、浜に流す
○手紙を流した、または受け取った後の二人の様子
大まかに、この三点になります。

※過去からの手紙を受け取る場合、神人が受け取るのか、精霊が受け取るのか、どちらかを記入して下さい。
また、それに対して相手(もしくは自分)がどう思ったのかなど心情や行動、手紙の内容をご記載下さい。

※未来への手紙を書いて海に流す場合、二人で一緒に書いて瓶に詰めるのか、どちらか一方(神人か精霊か)が書くのかを決める事ができます。
こちらも、手紙の内容なども記入お願いします。
二人で一つの便箋に書いても良いですし、別々に書いたものを瓶に詰めて流すのでも大丈夫です。

※流した後、そのまま二人で海岸で語り合って過ごすのか、あるいはどこか落ち着ける場所へ出かけるのか(どちらかの家へ行って二人で過ごす・浜近くのコーヒーショップに入る)、ご自由に設定する事ができます。

※浜へ来る時間帯はご自由に選べます。(朝、昼、夕、夜)

※便箋代・小瓶代、または移動費などで、300ジェールいただいております。

■浜の傍に有るもの
・コーヒーショップ(コーヒー、紅茶は100ジェール。ケーキ、パフェ、サンドイッチなども注文可能です。それぞれ150ジェール)

ゲームマスターより

こんにちは、夕季です。
夏なので、肝試しの次は「海」シリーズです。
今回は、描写量を増やす関係上、私の方で多少のアドリブを挟む部分が出てくるかとは思いますが、何卒ご了承ください。
はたして、どんな想いが詰まった手紙が流れてくるのでしょうか?
それとも、大切な人と一緒に未来へ想いを託すのでしょうか?
皆さまのご参加、楽しみにお待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  夕暮れ時から日没後

サンダル片手に波打ち際を裸足で歩く
途中で手紙入り小瓶見つける

天藍が拾い上げ、中を確認するのを見守る
何か書いてあったのですか?
驚いた様子とその後の懐かしそうな表情に首傾げ

手紙の内容「今も一人か?それとも……」
見慣れた天藍の字

手紙のことを天藍から聞きくと
今なら、当時の自分にその先に最高の出会いがあるから、落ち着いてしっかり腕を磨いておけって伝えられるのにな
と苦笑を浮かべながらも真っ直ぐな言葉が続く

更にかのんと出会えて良かったと続き
嬉しさと気恥ずかしさ入り交じり、顔を隠すように彼の腕に自分の腕を絡ませ寄り添う

手紙を書いた頃の天藍には申し訳ないけれど、天藍に出会えたということに感謝を


リヴィエラ(ロジェ)
  浜へ来る時間帯・朝

リヴィエラ:

未来への自分へ向けて、お手紙を書くなんて素敵ですね。
ふふ、私の望みはその…(もじもじ)ロジェと幸せになる事ですから
お手紙を書くのはロジェにお任せします。

ところで…お手紙にはどのような事を書かれたのですか?
私と同じ望みなら嬉しいのですが…(顔を真っ赤にしながら)
むぅ、また秘密ですか?
もう、ロジェには秘密が多すぎます!

まぁっ! コーヒーショップですか?
わぁ、嬉しい! 久し振りの二人きりでの朝食ですね!
おじさまと共にする朝食も良いですけれど、ロジェと一緒だと
ふっ…夫婦、の予行練習、のような…
わ、私ったら何て事を…っ

注文
リヴィエラ…紅茶とサンドイッチ
ロジェ…コーヒーとパフェ


オンディーヌ・ブルースノウ(エヴァンジェリスタ・ウォルフ)
  満月の夜
浜辺で

曖昧な文章、乱れた文字

時が来てしまった
心は千々に乱れ、平静を保つのすら難しい
先々これを読むわたくしは幸せで在るだろうか
想い合える御方が傍にあるようにとは、今となっては過ぎたる願いだろうか

当時の心境が蘇り、手紙を持つ手が震える
問いに答える代わりに隠していた真実を告げる
…わたくしには、郷里に許婚がいるのです

そんな簡単なことではありませんわ

…貴方のその決意に、わたくしも応えなくてはなりませんわね
穏やかに微笑んで
ずっと…もうずっと、貴方を想っておりました
この想いを口にできず苦しくて、いっそ嫌われてしまえばと、そう思うこともありましたの

彼の腕の中
零れる涙
最初の問いに
…願いは、叶いましたわ


スティレッタ・オンブラ(バルダー・アーテル)
  私の子供時代からの手紙ね
「きれいなおよめさんになっていますか?」ですって
クレヨンでの花嫁さんの絵付きよ
きっと孤児院にいた頃のものね
お嫁さんか…
私だって憧れるわよ
孤児院の先生は意地悪だったし、白馬の王子様ぐらい夢見たわ

綺麗なドレスなんて何十枚と男に買ってもらったけれど
愛なんてなかったし、結局お嫁さんにはなれずじまい

そうよね。クロスケ白い色嫌いよね…
って、え?
クロスケ、それまるでプロポーズよ?
でも貴方らしいわね
じゃあキスして
唇じゃないわよ。手の甲によ
夕日が見ている中でそんな誓いなんてロマンチックじゃない
いいでしょ?私の黒騎士さん


…案の定愛し合おうって言ってくれないのがちょっと恨めしいけどね


●リヴィエラとロジェ ~遠い未来まで、君を守る~

 朝の陽光に照らし出されて、蒼い海は眩く煌いている。
「ロジェ、見て下さい!波間がキラキラ光っていますよ!」
 ロジェの少し前を歩くリヴィエラの足取りは、羽のように軽やかだった。
白い砂浜に無邪気に足跡をつける仕草、振り返って微笑む表情――。
彼女が見せる一瞬一瞬が鮮やかで、眩しくて。
「ああ、本当に。……綺麗だな」
 ロジェは瞳を細めながら、リヴィエラの姿だけを視界に収めていた。
(蒼い海が、天然の芸術作品だと言うなら……。俺にとってリヴィーは、唯一無二の宝石だ)
――出来る事なら、君を鍵つきのジュエリーボックスの中に閉じ込めて、何処かへ隠してしまいたい。
誰かの手に不用意に触れられて、その輝きが曇らないように…。
ロジェの心の奥底には、強い独占欲が眠っている。
しかし、それをリヴィエラに垣間見せないように振る舞うのは、中々に辛かった。
なぜなら、リヴィエラは陽の光の下でのびのび過ごす方が似合っているのだと、ロジェ自身が一番知っているからだ。
(…俺には時々、君が眩しい)
小瓶を握りしめたロジェの掌には、無意識の内に力がこもる。
手紙に込めた覚悟が重荷となって、彼の頬から血の気を奪っているのだ。
「ロジェ?大丈夫ですか……?」
「――っ……すまない」
 いつもと違うロジェの様子に、リヴィエラも気づいたようだ。
慌てて傍へと駆け寄ると、じっとロジェの横顔を覗き込んでいる。
(彼女にだけは、この胸の内を悟らせてはならない)
ロジェは口元に精一杯の笑みを形作りながら、小瓶を握る手とは反対の手の平で、彼女の手を握りしめた。
「……平気だ。行こうか――未来へ手紙を届けに」
「はい!未来への自分へ向けて書くお手紙……なんて、素敵ですね」
 何も知らないリヴィエラは、ロジェの書いた手紙が未来へ届く事だけを祈ってくれるだろう。

***

「本当に、手紙を書かなくて良かったのか?」
「はい。私の望みはその…、ロジェと幸せになることですから……。お手紙は、ロジェにお任せします」
 波打ち際にしゃがみこんで、リヴィエラは顔を俯けた。
気恥ずかしさを誤魔化す為に、砂を指で弄って遊んでいるらしい。
恥らうリヴィエラの愛らしさを見て、ロジェの心にそよ風のような優しさが吹き込んでいった。
「一緒に見届けてくれないか、リヴィー」
「勿論です。ロジェのお手紙が未来に届くように、ちゃんとお願いしておきますね」
 小瓶の中に封じたロジェの『未来への手紙』は、リヴィエラが見守るその横で、海に向かって放たれた。
ロジェは、波に揺られた小瓶が次第に沖へ流れゆくのをじっと見つめながら、心の中で想いの丈を復唱する。

――未来の俺よ。
まだ生きているのなら、リヴィエラを全力で守れ。
憎きマントゥールの手から、命を懸けて守れ。
もし…志半ばで死の淵に立たされたその時は、ガウェインに彼女を預けろ。
例え何が起ころうとも、彼女だけは守るんだ――。

***

「ところで、ロジェ。お手紙には、どのような事を書かれたのですか?私と同じ望みだったら…嬉しいのですが」
 リヴィエラの願いは、ロジェと共にいる事。
恋い慕いあう関係を経て婚約者となり、いまこの上なくロジェと寄り添っているリヴィエラにとって、他に望むものはないのだろう。
彼女の未来図の中には、ロジェとの幸せな毎日がくっきり描き出されているからだ。
しかし、ロジェはリヴィエラの為にも、「手紙の内容は明かさない」と誓っている。
「――秘密だ」
「むぅ~……また秘密ですか?ロジェは、秘密が多すぎます…!」
 すっかり拗ねてしまったリヴィエラの様子に、ロジェはこっそり苦笑いしていた。
君を想う程に、俺の秘め事は増えていくばかりだ――と。
「ふふ…。まあそう膨れるな。すぐそこのコーヒーショップで、朝食にしよう」
「まぁっ!コーヒーショップですか?……嬉しい!」
 二人での久しぶりの朝食が、余程嬉しかったのだろう。
リヴィエラは、たちまち満面の笑みを取り戻した。
その顔を見た途端、ロジェはほんの少しだけ、胸が痛んだのだ。
(本当は、俺だけが彼女の傍に立っていたい…)
願わくはその未来まで、君の隣に在るものは、俺でありますように。

***

 窓の外から眺める『夢見ヶ浜』は、額縁に閉じ込めた一枚絵のようだ。
あの汚れない波が、一体どれだけの手紙を未来へ運んだのか。
果たしてその願いは、届いたのか…。ロジェは、そんな事をふと考えた。
「このサンドイッチ、凄く美味しいですよ」
 そんな彼の物憂いを、リヴィエラの言葉と芳ばしいコーヒーの香りが、ふわりと包み込む。
「おじさまと共にする朝食も、良いですけれど…」
「ん?」
「ロジェと一緒だと……その。ふ…夫婦、の予行練習、のような…」
「なっ…!?」
 ――流石のロジェも、このリヴィエラの爆弾発言を聞いて、手に持ったスプーンを滑り落としそうになった。
コーヒーを口に含んでいたのなら、今頃大惨事になっていただろう。
「あっ…?わ、私ったら、何て事を…っ」
 口に出して改めて羞恥に襲われたのか、リヴィエラは耳朶まで朱に染めて、両手で顔を覆い隠してしまった。
「ふっ、夫婦って…。君と言う奴は……」
 一方で、ロジェも平静を取り戻そうとパフェを口に運んだものの、ちっとも味が分からない。
(っ…頬が熱い……)
……甘く高揚した気持ちは、当分収まりそうになくて。
内心動揺したロジェは、窓の外を眺めるフリをして、リヴィエラから目を反らしたのだった。
流した小瓶はどこにも見当たらないが、ロジェの紫苑の瞳の中に、愛しい人の未来が映っている――。

――リヴィー。
君の未来が、幸福でありますよう…。
未来の俺も今の俺も……変わらず君を、愛しているよ。

●スティレッタとバルダー ~黒騎士は永久の忠誠を誓う~
 
 太陽が西へと、傾き始めている。
夕日を見つめるスティレッタ・オンブラの瞳の中にもまた、もう一つの紅い陽が宿っているかのようだ。
 彼女の後方を歩いていたバルダー・アーテルは、敢えてスティレッタの背中を直視しない様にしていた。
黒く艶やかな髪が風に吹かれると、時折垣間見える細い項。
一度視界に入ってしまえば、意識せずにはいられなくなると分かっていたからだ。
――夕暮れの中に立つ彼女は、美しい。
しかし、バルダーにとって「女性として魅力を感じている事」と、「恋情」は別モノの筈だった。
これまでもこれからも、そう誓ってきたのだから、と。
「クロスケ」
 その時だ。
不意にスティレッタに名前を呼ばれたバルダーが、そちらへ目を向けると……。
「――ッ、おい!」
 スティレッタが、波打ち際に身を屈めているのだ。
(まさか、躓きでもしたのか?)
早足でスティレッタに近づいたバルダーが、肩をつかんで自分のほうへ振り向かせると、彼女は怪訝そうな眼差しでバルダーを見つめた。
…その手には、小さな瓶が握られている。
「これを拾ったから、呼んだだけよ」
「――紛らわしい真似はするな」
「ふふっ……心配したの?」
 からかう様に微笑を浮かべるスティレッタを前に、バルダーは分かりやすく眉間に皺を寄せた。
(考えてみれば、ヒール慣れした彼女が転ぶ筈も無い、か……)
取り乱した自分が滑稽に思えて、バルダーはムッと押し黙る。
「私の、子供時代からの手紙ね」
 波打ち際に腰を下ろしたスティレッタは、瓶のふたを開けて、便箋を広げ始めていた。
バルダーは彼女の脇に佇み、静かにその様子を見守る。
「きれいなおよめさんになっていますか?……ですって。クレヨンで描いた、花嫁さんの絵付きよ」
 懐かしそうに瞳を細め、長い指先で紙をなぞるスティレッタの仕草は、過去に囚われた心を、救い出そうとするかのようで――。
(白いドレスを着た、ナンナの姿か…。幸せそうな笑顔の絵だな…)
バルダーは、幼いナンナが一生懸命未来へ向けて描いた自画像の中にこそ、スティレッタの本質が見て取れる気がした。
「お嫁さんか…。きっと、孤児院にいた頃のものね…」
 普段は気丈に振舞い、バルダーを挑発するような態度さえ取っているスティレッタ――。
だが、彼女の心の片隅にはきっと、少女時代の憧れが大切にしまい込まれている。
「……そんな子供時代があったんだな」
 バルダーが思ったままを正直に告げると、
「それは、私だって憧れるわよ」
 スティレッタは、口元を切なげに吊り上げて微笑んだ。
「孤児院の先生は意地悪だったし、白馬の王子様ぐらい夢みたわ……」
「『意地悪だった』か…。一言で済むような状況じゃなかったろう」
 ――想いを吐露する時でさえ、彼女らしい。
しかし、バルダーには、その裏で傷ついているナンナの姿が目に浮かぶようで……知らず、頬が強張るのを感じた。
「綺麗なドレスなんて何十枚と男に買ってもらったけれど、愛なんて無かったし、結局お嫁さんにはなれずじまい」
 いつも男達の一番にはなれず「愛人」として暮らしてきた日々に、スティレッタが得たモノなど何もなかった。
愛情どころか、ひとかけらの感傷さえも残らない…。
幾度相手が入れ替わろうとそれは変わらず、彼女を取り巻く環境もまた、変わらなかった。
煌びやかな衣服やアクセサリーを数え切れぬ程手に入れても、一番欲しかった純白の祝福だけは、手に入らないのだ。
スティレッタが便箋を折りたたみ始めると、その隣にバルダーが腰を下ろした。
「お前に、白いドレスは似合わん」
「そうよね。クロスケ、白い色嫌いよね…」
「……花嫁姿が似合わんって意味じゃない」
(彼女が傷ついている…。こんな時くらい、巧い言葉で慰めてやれば良いものを)
バルダーは、不器用な自分を呪いつつ、彼女に捧げられる精一杯の台詞を探していた。
スティレッタは、目を見開いてバルダーを見つめている。
「俺は、確かに白は嫌いだ。だが、お前がもし白いドレスを着ると言うのなら……貰い手は、俺以外にしておけ」
「……」
「俺が仕事で死んだら、ドレスが喪服になるぞ。…それに、お前には赤が似合う」
 ――凜と咲く、一輪の薔薇のような。
触れる者を傷付ける為ではなく、己の身を守る為に全身を棘で覆った、可憐な少女の紅色が……。
「分かっているわ」
 スティレッタは、バルダーが想いを受け止めてはくれない事など知っていた。それでも、どこかで落胆する気持ちを隠せない。
「そんなに寂しがるな。未来に手紙を書けるなら、俺が書く。……『スティレッタの傍にいてやれ』…ってな」
「――って、クロスケ。それまるで、プロポーズよ…?」
 小瓶を奪い取ったバルダーが、真剣な表情で便箋に文字を書き付けるのを見て、スティレッタはくすくすと笑う。
「勘違いするな、これは告白じゃない。俺はただ、お前を支える事を誓っただけだ。……いつでも俺の元を離れていいし、いつでも戻って来ていい」
 彼の言葉を聞いたスティレッタの胸に、甘く痺れるような痛みが沁み渡っていった。
「貴方らしいわ……」
 バルダーの無上の優しさに浸っていると、遠い未来への期待は膨らむばかりだ。
――それが、スティレッタにとっては悔しい。
これ程の信愛を寄せてくれるのに、愛と言う名の真心だけは、決して差し出してくれないのだから。
「でも、そうね…。誓いなんでしょう?――じゃあ、キスして」
「は?」
「唇じゃないわ、手の甲によ。いいでしょ?私の黒騎士さん」
 夕日が燃えつきて沈みゆく中、変わらぬ思いを誓う彼の姿を、見つめていたい。
愛しい男が恋を告げてはくれないのなら、せめてこれ位のワガママは許されても良いはず……。
スティレッタは、今この時だけ、可憐な姫君であることを望んだのだ。
(やれやれ…。こうなった以上は、引かないんだろうな……)
諦めて身を起こしたバルダーは、その長身を折り畳み、仰々しくスティレッタの手を取った。
「……今日は特別だからな?最初で最後だ」
「……」
「知ってたか?実際には、手の甲に唇を付ける訳じゃないんだ」
 触れるか触れないかの距離で交された「忠誠の証」が、スティレッタの心の穴を柔らかく塞ぎ、ときめきで満たしていった。
――彼女にとっては、キスなんて、取り立てて騒ぐ程のものではなかった筈なのに。
「バルダー…」
(直接唇が触れずとも、これ程に胸躍るキスもあるなんて……)
 これまでの人生で男たちと交わしてきた、味気の無いくちづけの数々。
その全てをスティレッタは覚えてさえいないけれど、今日のバルダーのキスだけは、忘れられない予感があった。
 
だからこそ、スティレッタはバルダーが恨めしくて……。憎らしくて仕方ないのだ。
(――だから私は、絶対に貴方を振り向かせてやるの。例え、「愛し合うのは御免だ」と、宣言されようとも……ね)

 夕日色のドレスを纏ったスティレッタが不敵に微笑むのを見たとき、バルダーは改めて思ったのだ。

……彼女にはやはり、「赤色」こそが相応しい――と。

●かのんと天藍 ~辿り着いた未来で、手に入れた温もり~

 橙色の空に、薄くたなびき始めた紫色の雲。
夢身ヶ浜は、夕暮れから夜へと衣替えを始めていた。
「夕暮れの海って、綺麗ですね」
 脱いだサンダルを手に持ったかのんは、波打ち際を楽しげに進んでいく。
時折、砂に埋もれた貝殻を見つけては嬉しそうに拾い上げ、天藍を振り返って笑った。
 無邪気なかのんの笑顔を見守りつつ、天藍は、共に過ごせる穏やかな幸せを噛み締めながら歩く。
「天藍」
「どうした?」
「何かが、流れてきたみたいです」
 かのんに呼ばれた天藍が駆け寄ってみると、足元に打ち寄せて来たさざ波が、小さな瓶を運んできたのだった。
「そう言えば、この浜の伝承だったな。過去に書いた手紙が流れ着く……と」
 天藍は、身を屈めて小瓶を拾い上げると、中で丸められていた便箋を丁寧に広げた。
(これは――。もしかして、俺があの時書いた……?)
「何が書いてあったのですか?」
 手紙を見つめる天藍が、どこか懐かしいものを見るかのように目を窄めたので、かのんも興味をそそられた。
懸命に背伸びをして、天藍の手元を覗き込もうとしている。
(可愛いな……)
その仕草が微笑ましくて、暫く見ていたい気がした天藍だったが、このままではかのんの足が疲れてしまいそうだ。
「あちらへ座ろうか。立ったままじゃ、見にくいだろう?」
「はい」
 二人は、波に濡れない位置まで砂浜を移動する事にした。

***

「おそらく、数年前に俺が書いたものだ」
 ――あれから時が経ったとは言え、この文字を眺めていると、当時の感情が鮮明に蘇ってくるようだ。
天藍は、隣に座ったかのんにも、手紙の文面を見せてやった。
「『今も一人か?それとも……』――確かに、天藍の字ですね」
 かのんにとっては、親しみ慣れた大切なパートナーの文字。
しかし、短い文章の中に秘められた天藍の気持ちは、とても一言では語り尽くせないものだった。
「良かったら、聞かせて貰えませんか?この手紙を書いたときの、天藍の気持ち……」
 かのんは、どんなに小さな過去の事でも、天藍の抱える想いの全てを拾い上げたかった。
(私も、天藍を支えたい。彼が私の孤独を、優しく受け止めてくれた時みたいに)
「そうだな。明るい話ではないかもしれないが……。聞いて欲しい」
 かのんの真摯な眼差しと向き合った天藍は、ぽつぽつと心情を吐露し始める。
「この手紙を書いた頃、既に俺の周りの精霊達には、神人が見つかり始めていた。だが、俺だけはいつまで経っても適合する神人が現れない……」
 天藍は、いつかは自分にも――と信じて、ひたすら神人を待っていたと言う。
だが、その願いも虚しく、時間だけが過ぎていった。
焦る気持ちが空回りして、眠れない夜もあったほど…。

「神人が遠くに現れた場合でも、俺はいつでも動けるよう準備していた。希望だけは捨てずにいようと思ったが、諦めかけていた部分も、正直あったよ」
「天藍……」
 天藍が握りしめた手紙がくしゃりと音を立てたのを聞き、かのんの胸も、締め付けられる様に痛む。
(自分だけが、一人取り残される……。それは、すごく辛い事だって、私もよく知っている……)
我が事のように話を聞いてくれるかのんの存在に感謝しながら、天藍は続けた。
「このまま神人に出会えないのなら、ウィンクルムになる事よりも、普通に将来を考えたほうがいいんじゃないか、とも思った」
 ――周囲に置き去りにされて、悶々としていた日々。
しかし、それを誰かのせいにする訳にもいかない天藍は、行き場の無い気持ちを小瓶に詰めて流し、未来に望みを託したのだ。
いつかこの手紙を読む自分の隣に、神人がいることを夢見て。
「……今の俺だったら、当時の俺に『最高の出会いが待っているから、落ち着いてしっかり腕を磨いておけ』って、伝えられるのにな」
 未熟だった過去の自分に対し、思わず苦笑いを浮かべた天藍だが、これだけは、かのんに伝えたいと思った。
真っ直ぐな想いを視線に込めて、かのんと見詰め合う――。
「かのんに出会えて、良かった」
「……天藍……」
 かのんは、過去の天藍の気持ちを知って、より一層彼への想いを強めた。
もしも、天藍がウィンクルムになる事を諦めていたのなら、二人はこうして寄り添い合うことはなかったのだから。
「私も…。天藍に会えて、よかった…」
 
 長きに渡る葛藤と困難を乗り越えた先で、二人は結ばれていた。
天藍の書いた手紙が、過去の荒波に晒されながらも、こうして未来に流れ着いたように…。
――だとしたら、これも運命に違いない。
 
嬉しさと恥ずかしさがない交ぜになり、天藍の顔を見れなかったかのんは、俯いたまま、そっと彼の腕に自分の腕を絡ませた。
(ウィンクルムとしてだけでなく、生涯のパートナーと巡り会えた事、感謝している。かのん……ありがとう)
多くの言葉を交さなくても、その柔らかいぬくもりを通じて、二人の気持ちは通じ合っている。
(手紙を書いた頃の天藍には申し訳ないけれど、過去も未来も……天藍に感謝を……)

 二人は、宵闇に染まりつつある海と空を見つめながら、身を寄せ合っていた。
――いつの時代も、波音だけは変わらない。
天藍は、この先の未来もずっと「かのんの手を離さない」と心に誓いながら、彼女の肩を抱き寄せたのだった……。

●オンディーヌとエヴァンジェリスタ ~秘めたる愛が花開くとき~

 太陽が西の海へと沈み、空の頂点には銀色の満月が昇る。
昼間よりも静かで穏やかな光に照らし上げられ、波間は緩やかに時を刻んだ。
 長く美しい髪を風に靡かせて、オンディーヌ・ブルースノウは、浜辺をゆっくりと歩いていく。
傍に付き添うエヴァンジェリスタ・ウォルフは、自らが風上に立ち、彼女が風に当たらぬよう盾になろうとしていた。
「夜の風は、体が冷えましょう」
 どんな瑣末な物事からも、オンディーヌを守ろうとするエヴァンジェリスタ。
彼の優しさはこの海よりも深く、汚れないものだ。
それが時に残酷に、オンディーヌの心を波立たせているとは知らずに。
「平気ですわ。わたくし、これくらいで寒さは感じませんもの…」
「貴女をただ、吹きつける風に晒したくはない。これは自分の我儘であります」
「エヴァン…」
 (――心のまま、貴方の手に縋りつくことが出来たなら、どんなにか楽になれるでしょう…)
 思わず、差し伸べられたエヴァンジェリスタの指に触れそうになって、ふとオンディーヌは足を止めた。
 踝の辺りに、こつりと何かがぶつかる感触があったのだ。
腰を屈めて拾い上げてみると、それは小さなガラスの小瓶だった。中には折り畳まれた便箋らしきものが、押し込められている。
(まさか……) 
それを見た途端、オンディーヌの心臓は、どくりと嫌な音を立てて鳴った。
「ディーナ?」
 エヴァンジェリスタに顔を覗き込まれている事に気づいていたが、オンディーヌはそれに反応する余裕もなかった。
 開いた便箋の中に綴られた文字が、彼女の思考を遠い過去の悪夢へと、誘っていたから――。

――時が来てしまった。
心は千々に乱れ、平静を保つのすら難しい。
先々これを読むわたくしは、幸せで在るだろうか。
想い合える御方が傍にあるようにとは、今となっては過ぎたる願いだろうか……。

 乱れた文字と曖昧な文章は、当時の彼女の心境を、そのまま写し取ったかのよう。
手紙の真意を深く理解は出来なかったエヴァンジェリスタだが、震えているオンディーヌの傍に、寄り添う事はできると思った。
彼女の手をそっと取って、自分の方へ顔を向かせようとする。
――見詰め合ったセルリアンブルーの瞳は、頼りなく揺れていた。
(何故、そのように傷ついた表情をなさるのですか?)
オンディーヌが瞳を潤ませているだけで、エヴァンジェリスタの心は抉られ、千切れそうになる。
彼女が抱えている過去ならば、すべてを知りたい。そう願ってやまなかった。
「その手紙に書かれている事が、貴女の願いなら……その願いは、叶ったのでありましょうか?」
 握りしめられた手の平を通じて、エヴァンジェリスタの燃えるような愛情が、体の内側に浸透していくのが分かる。
(もう……隠しておく事はできない)
その瞬間、オンディーヌの固く閉ざされた心の扉が、音を立てて開いていった――。

「……わたくしには、郷里に許婚がいるのです……」

***

 オンディーヌは、祖父の代から既に定められた許婚がいた事を、エヴァンジェリスタに打ち明けた。
「その手紙は、許婚と出逢ったその日に、わたくしが書いたものです……」
 顔合わせの席で紹介された相手は、容姿端麗なテイルスの精霊。
しかし、彼はその見た目とは裏腹に、醜く歪んだ心を持っていた。
オンディーヌに対しても粗暴な態度を繰り返し、女性の全ては自分に好意的だと言いたげに振舞う。
オンディーヌは傷つき、深く絶望していた。
到底慕う事の出来ぬ男性と、未来永劫ともに暮らさなければならない現実に……。
(自分への返事が無かった事も、それが原因だったのですか……)
 彼女の過去の話を聞いて、エヴァンジェリスタも知りたかった答えに、漸くたどり着いた。
華やかな衣装に身を包みながらも、憂いに満ちた表情を浮かべていた、花魁道中での一幕も……。
あの時、エヴァンジェリスタは、「彼女が他の男のもとに嫁ぐ姿など見たくない」と、本心から思った。
オンディーヌに自分以外の誰かが触れる場面を想像するだけで、身が引き裂かれんばかりだったのだ。
しかし、当事者であったオンディーヌの心痛は、その比ではなかったことだろう。
(お一人で抱えておられたとは、お辛かった事でありましょう)
せめて今日からは、自分が彼女の重荷を共に背負い、同じ道を歩いて行きたい。
エヴァンジェリスタの気持ちは、真実を知った今でも、揺らぐことはなかった。
「ならば、自分こそが貴女に相応しいと、皆に認めさせるしかありませんな」
「……っ」
 強い意思を感じさせる、エヴァンジェリスタの言葉。
それに驚きを隠せなかったのは、オンディーヌのほうだった。
「そんな簡単なことではありませんわ…!」
 思わず彼の視線から目を背けようとするが、エヴァンジェリスタの力強い掌が、オンディーヌの手首を握りしめて、離さなかった。
「簡単だとは微塵も考えておりません。しかし、だからと言って諦めるなど、到底出来ぬ相談ですな」
 その先に待ち受けているものが、茨の道であろうとも。
共に在れるなら、困難さえ厭わないと告げるエヴァンジェリスタの覚悟は、オンディーヌの心の楔をも、解き放とうとしていた。
「何度でも申し上げましょう。たとえ誰であろうとも、我が身よりも大切に思う貴女を、決して渡しはしません」
 エヴァンジェリスタのアメジストの瞳には、オンディーヌしか映っていない。
(ずっと、貴方は傍にいてくれましたわ。わたくしだけを、いつも真っ直ぐに見つめて下さった……)
そう思ったとき、オンディーヌの心に満ちていくものは、彼への愛おしさだった。
偽りのない純粋なまでの恋情が、やがて微笑みとなって溢れ出る――。
「…貴方のその決意に、わたくしも応えなくてはなりません。ずっと…もうずっと、貴方を想っておりました」
「ディーナ――」
「この想いを口に出きず、苦しくて…いっそ嫌われてしまえばと、そう思う事もありましたの」
 ――長きに渡って封じ込めてきた愛の言葉を口に出したとき、オンディーヌは、改めて実感した。
(ああ…。わたくしは、こんなにもエヴァンの事を愛していたのですわ……)
「それ程までに、自分を想っていて下さったとは…。無上の喜びであります――」
 愛おしい人。
貴女をやっと、「恋人」としてこの腕に抱くことができる。

エヴァンジェリスタは、身の内に湧き上がる狂おしいまでの熱情に従い、オンディーヌをきつく抱き寄せた。

「……エヴァン」
 その途端、堪えきれなかった歓喜の涙が、オンディーヌの白く滑らかな頬を、静かにこぼれ落ちていく。
「どうか、お泣きになりますな」
 零れる滴を優しく上唇で拭ったエヴァンジェリスタは、そのまま彼女の唇に、自分のそれを重ね合わせた。
 
 定めに翻弄されるだけの、か弱き少女だった過去の自分。
そんな自分が未来へ託した想いのつぼみは今、こうして花開こうとしている。
この世界で最も愛おしい、エヴァンジェリスタの腕に抱かれて。

「……願いは、叶いましたわ……」
 オンディーヌは、この幸福を唇に乗せて、エヴァンジェリスタに届けたいと願った。
「光栄であります」
 そして、エヴァンジェリスタもまた、彼女へ尽きる事のない愛を注ぐと誓う――。

再び重なり合った二つの影を、満月の光がそっと海岸に伸ばしていった――。



依頼結果:成功
MVP
名前:リヴィエラ
呼び名:リヴィエラ、リヴィー
  名前:ロジェ
呼び名:ロジェ、ロジェ様

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 夕季 麗野
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用可
難易度 とても簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 08月01日
出発日 08月06日 00:00
予定納品日 08月16日

参加者

会議室


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