剣技は語る(午下)(都成 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 お祭りの出店が並ぶ境内は、まだ夕方も遠いというのに、多くの人でにぎわっている。真っ青な空には、もくもくと入道雲が育っていき、吹く風は夏に相応しく、じっとりと肌に湿気を残して、重く熱い。それでも二人で出かければ、肩が触れ合うような人混みも、肌が焦げそうな日差しも、祭りの楽しさのひとつのような気がしてしまう。

 出店をのぞけば、ピンポン玉くらいの大きさの丸いカステラがちょうど焼き上がるところで、甘い蜂蜜の香りとカステラのつやつやした焼き目に、手が誘われてしまうし、その隣をのぞけば、串に刺さった牛肉が、今が食べごろ、と声を上げるようにじゅうじゅうと炭火の上に肉汁をしたたらせていて、これもまた食欲をそそるいい匂いがしていた。
 
 せっかくのデートだから、食べるものより先に、二人で一緒に楽しめるものを、と視線を参道へとめぐらせれば、金魚すくいに、射的、くじ引き、と少し探すだけで選ぶのに困るほどの店が並んでいた。

 出店を選べず足を止めた貴方の目が、出店の並びの端に、ぽつん、と日除けだけ張られている一角を見つける。よく均された地面には何も置かれておらず、そこには椅子が一脚と、刃を潰した何種類かの模造剣が置かれていて、着物に袴、という出で立ちの男性が腰かけているのだった。日に焼け、少し長い髪をサムライヘアに整えた壮年の男性は、腕組みをし、気難しげにしていたけれど、貴方たちと目が合うと、人懐こく破顔した。

「そこのお二人、腕試しは如何か?今ならば、400Jrで私と対戦できるぞ」

視界の隅で翻ったのぼりを見ると、『腕試し屋』と白の布地に鮮やかな墨書があった。どうやら、模造剣で手合せをする、体験型の出店らしい。

解説

お祭りの出店で、侍と手合せができます。

腕試しをする貴方と精霊が、侍との手合せや、やりとりを通してどんなことを感じるのか、がテーマです。魔法抜きの実戦で鍛えてきた武人だからこそ、見えるものがあります。剣技に覚えがある方も、もっと上を目指し強くなりたいと思っている方も、この腕試しをきっかけに、「強さ」を見直すような出来事を描けたら、と思っています。

まずは、戦うのはどちらか、得物はなにか、どんな戦法が得意か、手合せする方の基本の情報を教えてください。

侍は最初、自然な中段の構えしかとっていません。そこから、攻めるか守るか。どんな勝負展開を目指すか。手合せを見ている方は、どんな様子か。など、自由に膨らませてみてください。

例えば…
・侍が刀を取り落すような勢いで大剣を叩きつけ、腕力でねじ伏せるように戦う。見ている方は、大きな声で応援している。

・間合いをとったまま、フェイントで相手の隙をつき、一本とろうとする。見ている方は、相手の攻撃に合わせるように、声で合いの手を入れている。

・戦うというよりは、演武でもするつもりで刀を合わせる。見ている方は息をひそめ、手合せを食い入るように見つめている。

なお、参加費ですが、侍と手合せをすると400Jr。お祭りで飲食をすると100Jr~200Jr程度かかります。また、飲食する描写が入るため、お好みの屋台の食べものをご指定下さい。ご指定がない場合は、都成のオススメ屋台の飲食物になります。Jrがかかりますこと、ご了承下さい。

ゲームマスターより

強さ、と一言で言ってしまうと、力の強いことばかりに目が行ってしまいますが
本当に強い人とはどんな人なのか、強さを目指すとはどんなことなのか、と
昨今のニュースを見ながら考えるうちに、今回のエピソードを思いつきました。

皆さまの思う、強さ。目指している、強さ。
そんなことを考えるきっかけになればいいな、と思っています。
どんなプランを出して頂けるのか、楽しみにしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セラフィム・ロイス(火山 タイガ)

  やりたいんだろ?無茶しないでよ
(このギャラリーの中で応援!?)わ、わかった

■和風好きで本を読んでるので侍を知ってたい。はらはら
剣道?…初めてみたけれどどのジョブとも違う
できる事なら観戦してから参加させたかった
リズとは不本意な決着だったし、無茶して倒れて気にしてたようだから(依頼113など
猪突猛進さが裏目にでないといいけど…

ああっ見てられない
■周りの反応に促され勝負も気になり目線を戻す。羞恥心もあり声になかなかできなかった
(どんな状況でも楽しみながら立ち向かってくタイガはやっぱり僕の憧れだ。勝ってほしいやりきってほしい)
タイガ…、頑張って!


屋台はオススメ。労りお世話を焼く

お疲れ様。いい顔してたよ


胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)
  武器は刀
戦闘は苦手
隙を伺うというより途方に暮れて待機
攻撃は必死で打ち返す
好機にも踏み出せず
ただ足が竦んでも逃げはしない
精霊の声に却って勇気を得て、刀を打ち込む

心情:
武器を振るう時はいつも戸惑う
オーガを怖いと思う
でもそれ以上に、そんな異形を打ち倒す己を恐ろしいと感じる
力に酔って道を見失いやしないかと
故郷をなくした、あの時みたいに

事後:
侍に礼を告げ、精霊にもありがとうございます、と
「貴方が居てくれたから、俺は……」
戦いの時だけじゃない
タブロスに来てからずっと、彼は俺の支えだった
この人が俺の居場所だった

「どうしたらお侍さんみたいに強くなれますか」
この身には過ぎた願いだと思う
でも、もう失うのは嫌なんだ


カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  イェルが手合わせか
刀は専門外
普段とは勝手が異なるな

前に出て戦う、か
…以前の事があるしな※13

攻撃を庇ったと言うか
避けられたが避けたらイェルに当たるから避けなかったと言うか
どっちでも見た目派手な重傷だったのには違いなく、随分世話焼かれたよなぁ
まだそうなってなかったのに髪とか洗って貰ったし
普通に助かったが

手合わせ中はイェルへは黙って見守る
信頼してるから

終わったら、雑踏へ
惚れ直したか?
当たり前だろ
綺麗だったぜ
頭引き寄せて撫でて労った後角にキス
続きは祭を楽しんで家に帰った後でな?
はし巻きとか綿飴とか祭っぽいモン食おうぜ
あーんは基本

可愛い嫁さん、だから俺はてめぇがいいんだよ
俺を強くしてくれる唯一の宝物


西園寺優純絆(十六夜和翔)
  ☆応援

☆綿飴
チョコバナナ

☆心情
「わぁ腕試しだって!
カズちゃんやってみるのだよ!
でも怪我しないように、ね…?」

☆行動
・静かめに応援
・ハラハラしながら見守る
「カズちゃんっ!
あぁ危な…っ!(ハラハラ
(でも、カズちゃん楽しそうだな…
あんな生き生きしてる所、初めて見たかも…)
カズちゃん、頑張れっ!」

☆終了後
「カズちゃん、お疲れ様なのだよ
負けちゃったけど、いい試合、だったよ…?
弱点や課題が見つかったんなら精進すればいい
カズちゃん前に言ってたよね?
強くなりたいのは見下していた奴等を見返す為だって
それは今でも…
カズちゃん…(真剣な瞳に打たれ頬を赤く染める
(あの時からカズちゃん見ると胸の辺りがキュッってなる…」


ユズリノ(シャーマイン)
 
片手剣
得意を見極められる程経験は無いがヒットアンドアウェイ身に着けたい

青基調浴衣
すごい人だな カラフルだし美味しそうな匂いも 食い入る様に

オサムライさんの表情のギャップに釣られやってみようかな
よろしくお願いします 礼
待たれてる こちらから打って出るのは不利な気がする それも経験か
翻弄する動きをし相手に手を出させたい
隙を見て一太刀 相手の獲物込リーチ考えた距離を取る
オサムライさんの強さって何?
僕は力と心が相手を凌駕したら強さと評価されるのかなって
勝ち負け拘らない
ありがとうございました 礼

ふぅー汗かいちゃった
受取パクリ サイコー!
応援ありがと 力割増スパイスだったよ

えええ!
こんなご褒美貰えるならいくらでも頑張るよ



『腕試し屋』のルール、『自分の武器を相手の身体に、二度、触れさせた方が勝ち』、『相手の武器を落とさせた方が勝ち』、と説明している侍を、(親父みてぇ)、と火山タイガは思った。
「やりたいんだろ?無茶しないでよ」
じっと侍を凝視しているタイガの意を汲んで、セラフィム・ロイスは言った。たしなめるようだけれども、どこか笑みを含む声に、タイガは大きく頷いて弾む声で返事をした。
「行ってくる!セラ、応援よろしく!」
応援を頼まれ、はっと周りを見回すと、いつの間にか人だかりができていて二人と侍のやり取りを興味深そうに見つめていた。
(このギャラリーの中で応援!?)
戸惑うセラフィムをよそに、見物客は二人の会話にぱらぱらと拍手をする。がんばれー、などと暢気な声がかけられ、セラフィムも後に引けなくなる。
「わ、わかった」

鐘を鳴らす合図があった。
タイガと対峙する侍の構えを見て、セラフィムは侍についての本で知ったことを、はらはらしながらも思い出す。
(剣道?……初めて見たけれどどのジョブとも違う)
最初は様子見をしていたタイガだったけれど、侍が誘うように模造刀の切っ先を数度軽く上げると、大剣の重さをものともせず、鋭く切り込んで行く。
タイガの使う武器は、いつもならばハンマーだが、今は大剣だ。自称ライバルのリズも大剣を使うのを、この武器を目にしてから頭のどこかで意識している。
侍は、大剣の間合いに入らないよう足を運びながら、身体に当たりそうになる一撃には刀を当て、軌道をずらす。
押せ押せ、とばかりに、貪欲に勝ちを取りに行くタイガの一瞬も油断ならない動きに、侍の額に薄く汗が浮く。手合せの始まる前に侍へ、「全力を頼む」 と言った通り、タイガも全力でぶつかっているのだろう。

分の悪い勝負をしているようには見えないけれど、セラフィムは、できる事なら観戦してから参加させたかった。以前戦ったリズとは不本意な決着だったし、無茶して倒れて気にしてたようだから、と思う。
(猪突猛進さが裏目にでないといいけど……)
そう思った瞬間、侍の身体が深く沈む。大剣で胴を払う、タイガの大きな動きの攻撃を躱し、間合いに潜り込むと、地を這うように低い位置から、横薙ぎに刀を一閃する。
(ああっ見てられない)
思わず目をそらしたセラフィムをよそに、見物客がどよめく。地面の砂利が何かを擦ったように、ざっ、と音を立てるのを耳が拾った。
驚きの声を上げた周りの反応に促されて、勝負も気になり、おそるおそる視線を戻す。侍の一閃を、地面に転がることで避けて土埃に汚れたタイガは、それでも大剣を手放さず、緑の目を獣のように光らせていた。
負けるだとか怖いだとか、そういったことは欠片も浮かんでいない、楽しげにさえ見える強い眼差しだった。羞恥心もあり、応援を声になかなかできなかったセラフィムは、胸を詰まらせる。
(どんな状況でも楽しみながら立ち向かってくタイガは、やっぱり僕の憧れだ。勝ってほしい。やりきってほしい)
胸元でぎゅっと手を握り、声を上げる。届け。
「タイガ……、頑張って!」
タイガの耳が、ぴくりと動いた気がした。
金色の髪が雷のように閃き、侍の防御を許さず、腕に一撃を叩きこむ。
玩具のように軽い音で刀が地面に落ちる。呼吸を止めていた見物客は、どっと歓声で沸いた。

「ありがとうございました……!」
タイガが笑顔であいさつをすると、にこやかに侍は頷いて、「こちらこそ、ご参加、有り難う存ずる」、と、二人を見送った。祭りの人波に揉まれるように歩きながら、ぽつり、とタイガはこぼした。
「『強い』ってことはわかる気がする。だけど、もっと強さを知りたい。誰より強くなって守れるように」
タイガの土埃と汗で汚れた顔をタオルで拭い、水を持たせて、と労りお世話を焼くセラフィムを、タイガは真直ぐ見つめた。
屋台から声を掛けられ、注文していたフローズンフルーツアイスバーを受け取ったセラフィムは、タイガにもそれを差し出しながら、気恥ずかしさに視線を伏せる。
それでも、こつり、と二人のアイスバーを触れ合わせ、
「お疲れ様。いい顔してたよ」
照れくさそうに微笑んで言うセラフィムの言葉に、タイガはきらめくような満面の笑みで答えた。




青の流水紋の浴衣を身にまとったユズリノは、竹林を描いた深緑の浴衣のシャーマインを振り返る。
「すごい人だな。出店はカラフルだし、美味しそうな匂いもするね」
シャーマインは、食い入るように祭りの様子を見つめるユズリノに、満足げに笑う。
(何でも興味津々なの、可愛いな)
見て回ろう、と、声を掛けようとした時。ぴたりとユズリノの足がとまる。
「やってみようかな」
話しかけられた侍に興味ありげに返事をしているのに、シャーマインは驚いて、
「えっ、参加マジ? アレコレ楽しもうという矢先に……」
「よろしくお願いします」
止めようとするも、間髪を入れず清々しいユズリノの挨拶が聞こえ、シャーマインはがくりと肩を落とした。

侍と向かい合いながら、ユズリノは、(得意を見極められる程の経験は無いけど、ヒットアンドアウェイを身に着けたいな)、と思った。
鐘の合図の後、侍は自然な姿勢で刀を構え、ユズリノの動きをじっと見つめる。
(待たれてる……。こちらから打って出るのは不利な気がするけど、これも経験かな)
翻弄する動きをして侍から攻撃させたかったけれど、ユズリノは隙を見て一太刀を浴びせることにした。
ユズリノの剣を受けた侍の刀が、高く金属音を上げる。斬りつけを受けた侍が、攻撃に転じようと刀を上段に構え直すと、ユズリノは相手の得物込みのリーチを考えた距離を素早くバックステップで取る。
(ヒットアンドアウェイ……。敵に攻撃し俺の守りに帰ってくる。そういう事か?)
ロイヤルナイトである自分を想定した戦い方に、シャーマインは思わず口元の笑みを深くする。
(ただ守られてはくれないという訳だ。初陣で分ってたけどな)
深く息を吸い込むと、声を張り上げて力のこもった応援をする。
「俺が付いてる!そこだ!」
シャーマインの声援を受けて、ユズリノの動きにも力が入る。
双方が剣を下ろした時に、勝負はついていなかったけれど、止め、の合図があるまで、剣を打ち合わせる音がなくなることはなかった。

笑顔で大きく息を吐いて礼を取った侍に、ユズリノは問い掛ける。
「オサムライさんの強さって何?」
急な問いを受けて目を瞬く侍を見上げながら、ユズリノは問いを重ねた。
「僕は力と心が相手を凌駕したら、強さと評価されるのかなって」
手合せを終えたばかりの弾む息のまま、素直な考えを口にする。勝ち負け拘らない強さに、侍は微笑む。
「力と同時に心の強さを求めることを、私はよいことだと思う。心の強さは誰にも奪うことのできない、貴殿だけのものだからだ」
自分の思う強さを肯定され、ほっとしたようにユズリノは肩の力を抜く。
「ありがとうございました」
今度こそ頭を下げたユズリノに、侍も微笑み、深く頭を下げて応えた。

シャーマインはユズリノを座れる所に連れていくと、並んで腰を下ろす。
「お疲れ」
出店で買ったフラッペストロベリー差し出し、自分はブルーハワイを持つ。
「ふぅー…。汗かいちゃった」
受取り、パクリと口に含むと氷の冷たさに、くしゃりと笑顔になる。
「サイコー!」
「頑張ったな」
「応援ありがと。力割増スパイスだったよ」
ユズリノの明るい笑顔と言葉に、シャーマインは僅かに照れて、少し曖昧に頷く。
「それにしても、リノの言葉、強さは他人の客観的評価てとこか?ふわふわ印象なのに意外にリアリストなんだと思ったよ。その考え方、嫌いじゃない。……頑張ったご褒美」
シャーマインは、ユズリノの肩を抱き寄せて、額に唇を触れさせた。
「えええ!こんなご褒美貰えるならいくらでも頑張るよ」
「ゲンキンだな。……と、祭りはこれからだ。行くか」
片手にフラッペを持ったまま手を引いて、出店の並びへと歩き出した。リンゴ飴、たこ焼き、と目につくものから購入して、二人で分け合う。
ユズリノは、こんな祭りを見たことがないと言っていたから、踊りだって初めて見るだろう。
これから見るものに、ユズリノはどんな顔をするのだろう、とシャーマインは考えるだけで口の端が緩むのだった。




祭りの出店には、目を引く可愛らしい菓子であふれている。
淡いピンク色の綿菓子は花の形を模して愛らしく、チョコバナナは幾何学的なカッティングが施されている珍しいもので、動物の形の飴細工は食べるのがもったいないほど細やかな作りだった。
西園寺優純絆は歓声を上げて、目につく端から、気に入ったものを次々と購入していく。
手にした出店の食べものにはしゃぐ優純絆と並んで歩きながら、十六夜和翔も楽しげに顔を綻ばせている。優純絆に差し出された綿飴を和翔が齧っていると、歩みが止まった。
「わぁ、腕試しだって!」
客を呼び込む侍の声に、優純絆は和翔の手を引いて物怖じせずに近付いて行く。
侍から、簡単なルールである、『自分の武器を相手の身体に、二度、触れさせた方が勝ち』、『相手の武器を落とさせた方が勝ち』、と説明を受けると、和翔は不敵に笑った。
「へぇ……、面白そうじゃねぇか、折角の機会だ。俺様の実力を試してやるよ……!」
双剣の模造剣を手に取った和翔に、優純絆は弾む声で返事をする。
「うん!カズちゃんやってみるのだよ!でも、怪我しないように、ね……?」
楽しそうだと思いながらも、双剣を手に取る和翔を見ると、思わず心配そうに言葉を添えた。
和翔の腕を信頼していても、巌のような体格の侍を見上げると、そう言わずにいられなかったのだ。

侍と対峙し、模造剣を互いに構えると、鐘を鳴らす合図があった。鐘の音と同時に、和翔は突進するように走り出す。
素早く双剣を繰り出し、刀による侍の防御にも足を止めず、一気に懐へと間合いを詰めた。剣での勝負というよりは、金属の棒で殴り合うような激しい音に、優純絆はハラハラしながら見守っている。
「カズちゃんっ!あぁ危な……っ!」
思わず悲鳴じみた声を上げた優純絆をよそに、和翔はひらりと身体を躱し、弾むようなステップで侍と対面し直す。不意を突かれた格好になった侍の手元を狙い、舞うように双剣を打ち付ける。
気をつけて、と言ってしまいそうなのを抑えて、優純絆は唇を結ぶ。
(でも、カズちゃん楽しそうだな……。あんな生き生きしてる所、初めて見たかも……)
危ない、ではなく、今度は応援を届けるために声を上げる。
「カズちゃん、頑張れっ!」
和翔が双剣を叩きつけ、身を翻して攻撃を躱すのを、侍は眉ひとつ動かさず見ていたけれど、和翔の息が上がってきているのにすぐに気付いた。和翔には、持久力が足りない。連撃を重ねても、決定的な一撃を与えられずにいるのだ。
はあ、と和翔が苦しげに顔を伏せて息を継いだとき、目の前の地面に侍の影が落ちる。
「とどめ」
低く短い声が、和翔の負けを宣言した。とん、とほんの軽く、侍の刀が和翔の肩を打ち、手合せはそこで終了を告げた。

肩を落とす和翔に、優純絆は慰めるように言う。
「カズちゃん、お疲れ様なのだよ。負けちゃったけど、いい試合、だったよ……?」
「……ッ、クショ……っ。勝たなきゃ、ダメなんだ!」
歯を食いしばるようにして言う和翔の顔を、優純絆はのぞきこむ。
「弱点や課題が見つかったんなら精進すればいい。カズちゃん前に言ってたよね?強くなりたいのは見下していた奴等を見返す為だって。それは今でも……」
「確かにそうだ、だが今は違う!ユズが応援してくれたお陰で気付いた。俺様はユズの為護るべき人の為に強くなりたい」
和翔の強い言葉と真剣な瞳に打たれ、優純絆は頬を赤く染める。
「カズちゃん……」
グレイの目が真摯な光を宿してこちらを見るのを、優純絆は眩しそうに見返した。
(あの時からカズちゃん見ると胸の辺りがキュッってなる……)




カイン・モーントズィッヒェルは、出店の内容の物珍しさに足を止めた。
客引きをしていた侍の話を聞けば、並んで歩いていたイェルク・グリューンも興味を引かれたらしい。
刀は専門外のため、模造剣に手を伸ばそうか迷うと、
「では、私が」
と、先にイェルクが打刀を手に取った。
「イェルが手合わせか。普段とは勝手が異なるな」
イェルクは、接近戦は専門外のプレストガンナーだ。得物を打刀にした時点で、普段の戦い方は出来ないと分かっているが、やりたい、と意志をこめて刀の柄を握る。
「必要なら、私の良人も前に出ますので、前に出て戦う事を知っておきたくて」
凛とした顔で微笑むイェルクを見て、カインは少し前の記憶がよみがえり、視線を少し落とす。
(前に出て戦う、か。……以前の事があるしな)
胸中で呟くと、その様子に気付いたのか、イェルクはカインに悪戯っぽく視線を投げる。
「本当は、『作り手』の彼が前に出て怪我をしたら嫌なんですが、私が愛してる人は『そういう』人ですから」
二人が意味ありげな視線を交わすのを見て、侍は僅かに首を傾ける。それを受けて、カインは苦笑しながら補足をした。
「攻撃を庇ったと言うか……。避けられたが避けたらイェルに当たるから避けなかったと言うか。どっちでも見た目派手な重傷だったのには違いなく、随分世話焼かれたよなぁ」
当時を思い出したのか、カインは喉を鳴らして含み笑う。
「まだそうなってなかったのに髪とか洗って貰ったし。普通に助かったが」
それを聞いたイェルクが僅かに頬を赤らめると、今度こそカインは軽く声を立てて笑った。

『腕試し屋』の侍と対峙し、イェルクがすらりと背筋を伸ばして刀を構えるさまは、武人もかくや、という雰囲気だった。
侍から打ち込まれても、慌てることなく脇構えの形から緩く打刀を動かして受け流し、ひらり、とかわした。侍の攻撃の勢いを殺さず、直後にできた隙を狙う。
それはまるで、演武のようだった。攻撃を受け流し、静かな足運びで相手の隙をつく。
動きに乱れはなく、手合せの最中であっても優美ささえ感じられるイェルクの動作を、そう表す以外になかった。
止め、と合図があるまでそれは続き、双方が礼を取った後、見物客たちは、ほう、と息をついて、感心したように拍手をしたのだった。

『腕試し屋』を出て、祭りの雑踏を歩きながら、イェルクはカインに尋ねる。
「惚れ直しました?」
カインには分かる甘えを含んだ問いに、愛おしむように目を細めて答える。
「惚れ直したか?当たり前だろ。綺麗だったぜ」
手合わせ中、カインはイェルクを黙って見守っていた。それは、声を上げ、身を乗り出して応援せずとも、イェルクは勝つだろう、と確信に近く信じていたからでもあった。
イェルクも、黙って見ていてくれた事が信頼の証と解るから嬉しい。返ってきた答えも嬉しくて、頭を引き寄せられるまま身を寄せ、頭を撫でられ、労わられながら角にキスを受ける。
される事は照れるが、大丈夫。皆、祭に夢中だ。
恥ずかしくも感じるけれど、気づかれないだろうし少し甘えよう、と、こっそり甘い溜息をつく。
「続きは祭を楽しんで家に帰った後でな?」
芳ばしいソースの香りのはし巻きや、淡雪のように溶けてしまう綿飴など、祭らしい食べ物を購入し、あーん、と口元に運ばれながら、イェルクは小さく頷いた。
カインに差し出された綿飴を齧ったあとの甘い唇で、イェルクはカインに囁く。
「あなたがいるから、私は強くなれます。……愛してます」
カインは素直な言葉に微笑んで、イェルクの腰を抱き、耳元へと唇を寄せる。
「可愛い嫁さん、だから俺はてめぇがいいんだよ。俺を強くしてくれる唯一の宝物」
ひっそりと囁いた言葉は、イェルクの耳だけに溶けるように馴染んだ。




(うわぁ……。すっごく怪しい)
ジェフリー・ブラックモアは、出店の客引きをする侍を訝しみ、思わず半眼になった。
そもそも、『腕試し屋』に、かかずらわず通り過ぎようとしたのに、神人の胡白眼は、ふらりと出店に近付き、侍の口上に聞き入ってしまったのだ。
手合せをしない内には離れそうもないのを、内心舌打ちして眺める。
侍から白眼へ、模造刀を手渡されてしまうと、観念したように溜息を吐き、
「怪我しない程度にね」
と苦笑を浮かべた。
刀の握り方を何度も確かめる白眼が、こちらを見ていないタイミングで、侍に近付く。
「手加減してあげてください」
こっそりと耳打ちする。
「こういう事には向かない人なんです」

手合せ開始の鐘の音を聞いても、白眼は人の良さそうな顔のまま眉を下げ、迷子になった幼子のように心許ない表情をしていた。
侍が、攻撃を誘うように切っ先を動かしても、刀を振り上げるでも挑発し返すでもない。途方に暮れている、と形容するしかない様子だ。
業を煮やしたのか、先に侍が動く。白眼は、はっとして身構えたけれど、守りの甘い脇を狙い、模造刀が突き込まれた。
咄嗟に構えた刀で、武骨な金属音と共に攻撃を打ち返し、受けた刀の重さに白眼は喘ぐように息をする。
白眼は、武器を振るう時はいつも戸惑う。対峙するオーガを怖いと思う。
でもそれ以上に、そんな異形を打ち倒す己を恐ろしいとも感じていた。
故郷をなくしたあの時のように、力に酔って道を見失いやしないかと思うと、武器を握る手に力が入りすぎて痛んだ。
危なっかしい手合せを、ジェフリーは注意深く見守る。何かあれば割って入るつもりでいるのだ。
(別に、心配してる訳じゃない。オーガを殺すための大事な道具が壊れでもしたら困るってだけだ)
そう言い訳をするように胸中で呟くものの、ジェフリーは、握った手のひらに爪の後が付くほど強く手を握りしめている。
打ち合っているのに、ふと、侍が刀を下げる。一番狙いやすい頭、面を空けたのだ。
けれど、その好機にも白眼は踏み出せない。
(なんで今、獲りにいかなかった!?相手を傷つけるのを怖がって?)
恐れが薄く膜となって、白眼の身体を覆っているようだった。攻撃が来ないと見ると、残念そうに侍は刀を上げ、止め、とばかりに最上段に構えた。
打たれる、と白眼の足が竦む。
けれど、今にも刀を振り下ろそうとしている侍から目を逸らさずに、逃げはしない、と足を踏みしめる白眼に、ジェフリーの方が血相を変えた。
「フーくん!避けて!」
ジェフリーの声が白眼を打つ。刀が閃いた。
勝負を決したと見えた一撃は、白眼の刀に阻まれ次の瞬間、火花が散るような勢いで切り返されたのだった。

止め、の合図で手合せが終わり、ありがとうございました、と侍に礼を告げ、ジェフリーにもありがとうございます、と白眼は言う。
「貴方が居てくれたから、俺は……」
白眼は言いよどみ、物憂い瞳を見つめる。
先程の声ももちろんだけれど、戦いの時だけじゃない。
タブロスに来てからずっと、彼は俺の支えだった。
この人が俺の居場所だった。
白眼は、噛みしめるように思う。
「気にしなくていいのに。戦いを精霊に任せる神人だって居るんだよ?」
軽く肩を竦めて、ジェフリーはほんのりと苦く笑う。
自分の後ろで縮こまっていてもらえればどんなに楽か、と思う心は笑みで覆って、爪の跡が残る手のひらを握って隠した。
(……心臓に悪いよ)

白眼は模造刀を返しながら、侍を真直ぐ見て問う。
「どうしたらお侍さんみたいに強くなれますか」
侍は言葉に詰まり、少し痛ましそうに眉を寄せた。
この人の良さそうな青年は、人が打たれたとき、その痛みを自らのもののように感じる性質の人物に見えたのだ。
「強さは……、何と戦うかによって姿を変える。貴殿は、何に打ち勝とうとして強さを望むのだろうか。私は、その答えの中に、貴殿の望む強さがあるように思える」
求める強さを見定めよ、と言われてもなお、強くなりたい、と白眼は思った。
この身には過ぎた願いだと思う。
でも、もう失うのは嫌なんだ。二度と失いたくはない。
顔を僅かに俯かせたジェフリーの横顔を見ながら、白眼は胸に火を灯すように強くそう願った。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 都成
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月30日
出発日 08月06日 00:00
予定納品日 08月16日

参加者

会議室


PAGE TOP