プロローグ
ようこそいらっしゃいました。
私はこの屋敷の管理人でございます。
さぁさ、ご遠慮なさらず……どうです? 立派な洋館でしょう?
ふふふ、入ってしまわれましたね。
ここは呪われた屋敷。
一歩足を踏み入れてしまった皆様は、呪いを解くまでこの屋敷から出る事は出来ません。
まず玄関ロビーで皆様を待ち受けるのは、恐ろしいゾンビの群れ。
しかし、安心してください。
ゾンビ達の動きは緩慢です。上手に彼らの追跡を逃れ、正面階段から屋敷の二階へと逃げ延びてください。
さて、二階へ逃げ延びた貴方達でしたが、不思議な力で扉を閉ざされ、二階へ閉じ込められてしまいます。
空飛ぶ不気味な人形の追跡をかわしながら、扉を開くための鍵を探してください。
鍵のある場所は、各部屋に隠された手紙にヒントが書かれています。
また、何故この屋敷が呪われているのか、その謎を解くためのヒントも隠されているでしょう。
一階へ戻る事が出来たら、地下へ続く隠し扉を探してください。
二階でこの屋敷が呪われている理由について、ヒントを見つけた皆様なら、簡単に見つける事が出来るでしょう。
地下が最後の関門です。
地下には、呪いの原因となったあるモノが存在します。
その呪いを解く事が出来た時、貴方達は無事に屋敷から出る事が出来ます。
──準備はよろしいですか?
それでは、いってらっしゃいませ。
解説
タブロス市内に、怖いと有名な『夏期限定お化け屋敷・狂気の館』がオープンしました。
そのお化け屋敷を楽しんでいただくエピソードです。
精霊さんと二人で狂気の館からの脱出を目指して頂きます。個別描写となります。
以下、PL情報です。
・呪いは、屋敷の地下牢に閉じ込められ、一生を終えた『少年』により掛けられたもの。
・一階で皆さんを襲うゾンビたちは、少年の呪いで死んだ屋敷の住民達。
・二階で皆さんを襲ってくる人形は、少年の唯一の遊び友達だったもの。
・二階にある手紙には、少年が『望まれて生まれた子ではなく、家族に疎まれていた事』が書かれている。
そして、少年を家から一歩も出さない為に、『地下にある牢』に閉じ込めている事、鍵の場所が書かれている。
・二階では、家族の写真などもあり、見つけることができれば、ゾンビが屋敷の人達であることが分かり、少年の顔も確認可能。
・地下牢には、地下で病死した少年のミイラが居る。
上記を参考に、どのように屋敷を探索するのか、少女の呪いをどうやって解くのかを、プランに明記してください。
少年の呪いの解き方は、一種類ではありません。
自由に考え、行動してください。
なお、神人さんと精霊さんが、それぞれお化け屋敷が得意なのか苦手なのか、どんな反応をするかも、分かりやすく記載頂けますと幸いです。
アトラクション参加費用として、一律300Jr消費いたしますので、あらかじめご了承ください。
ゲームマスターより
ゲームマスターを務めさせていただく、『お化け屋敷、怖いけど大好き!』な方の、雪花菜 凛(きらず りん)です。
今回は、お化け屋敷にパートナーさんと一緒に挑み、親交を深めていただけたらと思います。
プラン提出までの期間が長めですので、ご注意の上、ご参加をお願いいたします。
また、EXのため、アドリブ満載になりますこと、あらかじめご了承ください。
皆様の素敵なアクションをお待ちしております♪
リザルトノベル
◆アクション・プラン
アルヴィン=ハーヴェイ(リディオ=ファヴァレット)
…ほ、ほんとにこれお化け屋敷なの…? すごく怖いんだけど…。 …リディと一緒じゃなきゃ絶対に入れないよ(リディにしがみ付き) 【一階】 …うわっ、ゾンビっ!…走ったりはしない? 動きはゆっくりみたいだね。…囲まれないように気を付けて逃げないと。 上へ逃げれば少しは安全なのかな…。 【二階】 …今度は人形っ!? 追いつかれたりしたら怖そうだね…。振り払ったりすれば大丈夫…かなぁ。 …ううっ、何かヒントになるものがあるといいんだけど。 手紙…?…そんな、こんなのって酷い。 【地下】 …わっ、ミイラ…。これが手紙にあった子なのかな。 …地下牢から出せばいいのかな。外、出たかっただろうし。 |
羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
今度は無事にゴール出来たら、良いな(EP:101) …そんな風に誘われたら断れないよ 差し伸べられた手をしっかりと繋ぐ 彼の背中を必死に追い駆け、ゾンビと人形を撒く 手近な部屋へ飛び込み扉閉めて室内を探索 屋敷の事情を知る度、恐怖が薄れていく この子も。下に居た人達も、助けてあげたい 手紙を探して次の部屋、また次の部屋へ まるで引き寄せられるように ?ラセルタさん、どうしたの 夢中になり過ぎてたかな、ごめんね 手を繋ぎ直して微笑む 地下牢の扉を開け、少年に近寄る 君は此処に居てはいけないと思う 屋敷の人達のことも許してあげてほしい …淋しいのなら俺が一緒に、 へ? 館の出来事を思い出し赤面 うう、違う意味で記憶が飛んでしまいそう |
レオ・スタッド(ルードヴィッヒ)
苦手 強がるものの終始涙目 …話題の洋館って言ったわよね べ、別に怖くねぇし! ひゃあああゾンビィィ!?(錯乱 (…な、なにドキッとしてんの私 基本探索 変なの出てこない?大丈夫? 面倒ね…全部もってこ てことは、疎んだ家族を呪ってたの? 皆死んでるのに 地下に居たんじゃ知り得ないものねぇ…まさか地下に行くの? やだやだゾンビキモイからやだぁぁぁっ!(ぎゅー (心臓に毛が生えてるってレベルじゃねー… ・地下 隠して忘れるなん手酷いわよね (し、死体!? そりゃ嫌になるわよね 最期くらい看取って欲しかったのにさ …もう眠っていいのよ、ゆっくりお休み ・脱出後 地下の子、埋葬するように言っときましょ …どしたの (…殺気立つほど嫌な記憶、と… |
カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
※お化け屋敷も脱出系も好きなのでガチ まず情報集めないとな 2階に書斎・家長の部屋がある事を見越し2階捜索 1階より2階の方が家人の私的空間である事が多く、秘匿情報がありそうな部屋も多いからな 人形に襲われた場合、子供が呪いに噛んでいる可能性を考慮 部屋では手がかり捜索 写真・手紙・鍵の場所確認、鍵入手後地下牢へ 出会ったら、まず自己紹介 可能なら名前を聞く あのさ、自分の友達に人を殺せなんて言うなよ あいつらと自由に外で遊んで来い お前を脅かす怖い奴はもういない 願えば、何処にでも行ける お前は自由だ 怖い? なら、手繋いで一緒に行くか? 脱出後 イェルと恋人繋ぎ これはイェルにしかやんねぇよ 角にキスして可愛がったら楽しく帰る |
ユズリノ(シャーマイン)
お化け屋敷苦手 ビクビク 悲鳴 ひああっ あきゃっ 等 抱き付くとかするかも ゾンビや人形怖い 守ってくれるの頼もしい でもちょっとビビってるの可愛い 二階の閉じ込めはパニック 繋いだ手が心強い 柱時計の振り子裏や付け根調べ手紙探す 文字盤に不自然な印あれば針を合わせてみる 手紙読み この少年 神人だったのかな なんてね そんなんじゃないアハ 心配?嬉しいな うん 少年の写真 人形やゾンビに翳してみる 怯むの超期待 地下階段は床や壁ダンダン 音の違いで扉見つけたい ミイラ 花瓶から拝借の花を添えてあげる わーそれフラグ 動き出したー 家族写真持ち 愛されたかったんだよね 僕だってこんな事されたら呪っちゃうよ 皆ともうお休み 抱しめてみる 帰 頼もしかった ありがと |
●1.
蔦の絡まる古い洋館は、見るからに雰囲気のある建物だった。
「………話題の洋館って言ったわよね」
レオ・スタッドは、萌葱色の瞳を瞬かせ、目の前に広がる光景を凝視する。
「今話題の洋館だぞ」
そんなレオを横目に見ながら、ルードヴィッヒが至極当然と言った様子で小さく頷いた。
二人は今、洋館の入り口に立っている。漂う冷たい空気に、肌がぴりっと震えた。
広い玄関ロビーは静まり返り、暗い闇に閉ざされていた。
ぶ厚いカーテンが外界との接触を拒絶するように窓を覆っているのだ。
微かに差し込む光が、屋敷の中をぼんやりと不気味に浮かび上がらせている。
倒れた椅子、傾いたテーブル。壁に掛けられた絵は汚れ傾いていた。
ソファーは無残に引き裂かれ、チェストの引き出しは無造作に開けられ中身が散乱している。
レオはもう一度、入って来た扉を後ろ手に押してみた。
やはりびくともしない。
「どういう意味で話題なのか、聞いてなかったんだけど」
「嘘は言っていない」
即答するルードヴィッヒに、レオは半眼になる。
「怖いなら手でも繋ぐか?」
「べ、別に怖くねぇし!」
叫ぶようにレオが言い返した時、何かを引きずるような酷く不快な音がした。
「な、何……?」
歪な足音だった。一歩進むごとに、湿った音が続く。
ずるずる、びしゃり。
段々と近付いてきた音に目を凝らせば、闇の中、腐った眼と視線がかち合った。
「ひゃあああゾンビィィ!?」
レオは咄嗟にルードヴィッヒの尻尾を掴んだ。
青白く変色した肌は爛れ、落ち窪んだ目には生者の色は微塵もない。
身に纏う服まで腐敗して、屍肉を引きずりながら緩慢に歩いてくるのは、紛れもないゾンビだった。
意味不明な唸り声を上げながら、こちらへ両手を伸ばし近付いてくる。
「いやあああああ?!」
レオはパニックになりながら、ルードヴィッヒの尻尾を掴む手に力を込めた。
「……尻尾を握り締めるな、痛い」
ルードヴォッヒは微塵も乱れない声で、レオを見遣る。
レオが涙目になりながらルードヴィッヒを見返した瞬間、彼の人差し指がレオの口元に押し当てられた。
「……しー」
静かに。
レオはぴたっと動きを止めて、思わず彼の尻尾からも手を引いてしまった。
唇に触れる指の感覚が、熱い。
(……な、なにドキッとしてんの私)
ルードヴィッヒと目が合うと、彼はふっと口の端を上げた。
「来い」
ぐいと手を引かれる。
「えっ?」
ルードヴィッヒは迫るゾンビをまるで障害物のようにひょいひょいと避けて、階段へと向かう。
「ひぃいい!」
間近に迫るゾンビにレオから悲鳴が上がるが、ルードヴィッヒは構わず強行突破し、階段を上った。
階段を上り切ると、大きな扉が二人を出迎える。
後を追い掛けて来るゾンビ達を見てから、ルードヴィッヒは扉を開け、レオを引っ張って中へ足を踏み入れた。
ガチャリ。
扉を潜り抜けた瞬間、扉が閉まり、そして開かなくなる。
「端から見て回る。ここから脱出する手がかりがある筈だ」
平常と変わらぬ声音で言うと、ルードヴィッヒはレオの腕を解放した。そして、躊躇なく近い位置にある部屋のドアノブに手を掛ける。
「変なの出てこない? 大丈夫?」
「さあな」
ドアノブが回り、ルードヴィッヒはゆっくり扉を開いた。
刹那、部屋の中から何かが飛び出してくる。
「ヒッ……!」
レオはルードヴィッヒの腕にしがみ付いた。
『きゃははははは!』
甲高い笑い声と共に、二人の周囲をドレスを着た人形が飛ぶ。
「付いて来い」
低いルードヴィッヒの声が聞こえたと同時、レオは彼の腕の中に引き寄せられていた。
突進してくる人形を躱し、扉の向こうへと飛び込む。
後ろ手に素早く扉を閉ざせば、それ以上人形は追って来なかった。
「し、死ぬかと思った……」
「大袈裟な奴だ」
ぜいぜいと肩で息をするレオの背中をするっと撫でてから、ルードヴィッヒは彼を離した。暗い部屋を目を凝らして見渡す。
「家具を全て開け。めぼしい物は回収しろ」
「全部?」
「急げ、日が暮れる」
ルードヴィッヒは、ベッドの脇に並ぶナイトテーブルを物色し始めた。
レオは仕方ないかと息を吐き出すと、目についた家具を見て回る事にする。
そして、壁に掛かるフレームの一つに手を伸ばした。汚れたガラスの埃を嫌々手で払えば、色褪せた家族写真が見える。
「あら……?」
レオは首を傾けた。この人達、何となく見覚えがあるような……。
「おい」
突然声を掛けられ、思考に入っていたレオの身体は大きく跳ねた。
「何か見つけたか?」
何時の間にか隣に立っていたルードヴィッヒに、レオは胸を押さえた。
「い、いきなり声を掛けるなッ」
「写真か」
「人の話を聞けッ」
肩を怒らせるレオに、ルードヴィッヒは薄汚れた手紙を差し出す。
「読んでみろ」
フレームと手紙を交換する形で、レオは慎重に手紙を開いた。
「……何これ」
内容に目を通したレオが、露骨に眉を寄せる。
「この屋敷の地下牢に閉じ込められた子供が居るらしい」
「そんな酷い事……」
レオの手の中でくしゃりと音を立てる手紙を横目に見て、ルードヴィッヒは写真を指差した。
「先程遭遇したゾンビの正体は、この写真の者達のようだな」
「あっ……!」
既視感はそれだったのだと、レオは大きく頷く。
ルードヴィッヒの指がフレームの後ろの金具を外すと、家族写真の裏に一人の少年が写る写真が隠されていた。
「……行くぞ」
ルードヴィッヒはレオに写真を渡すと、部屋の外へ向けて歩き出す。
「ま、待ちなさいよ! これどうするのよ……面倒ね、全部もってこ」
レオは慌てて彼の後を追った。
全ての部屋を探索し、二人は再び閉ざされた扉の前に立った。
「この屋敷の住人が、少年を監禁していた事実に変わりはないな。少年は監禁されたまま病死した」
ルードヴィッヒの手の中で、古びた鍵が光る──部屋の一つで彼が見つけたものだ。
「てことは、この屋敷の呪いって……少年が疎んだ家族を?」
「少年は今も地下に居て、復讐が完遂した事実も知らないのだろう」
「下に居たんじゃ知り得ないものねぇ……皆死んでるのに」
「俺達がここを出る為に、少年にその事を教える必要があると思うが……」
ルードヴィッヒはひたとレオを見つめる。
「まさか地下に行くの?」
レオが目を見開いた。
「やだやだゾンビキモイからやだぁぁぁっ!」
ぎゅうとルードヴィッヒの尻尾を掴めば、彼の冷たい眼差しが突き刺さる。
「嫌なら残れ」
「それもやだぁぁぁ!」
「行くぞ」
「置いてかないでぇぇ!」
「……普段から素直でいて欲しいものだ」
ルードヴィッヒは口元を上げると、レオの手を握り扉の鍵を開けた。
ドスッ!
ルードヴィッヒの鋭い蹴りで、ゾンビが倒れ込む。
(心臓に毛が生えてるってレベルじゃねー……)
レオはしっかりルードヴィッヒの手を掴んだまま、倒れたゾンビの脇を通過し地下への扉を潜った。
地下は湿った空気に満ちていて、満ちる寒さにレオは肩を震わせる。
「隠して忘れるなん手酷いわよね」
靴音を響かせ向かった先に、地下牢はあった。
鉄格子の向こう、少年のミイラは窪んだ瞳でこちらを見ている。
(し、死体!?)
「お前の復讐はもう終わっている」
固まるレオの隣で、語り掛けたのはルードヴィッヒだった。
「お望み通り、家族は全員呪殺されていたぞ。これ以上誰を殺すつもりだ?」
少年の肩が僅かに動く。
「そりゃ嫌になるわよね」
レオは膝を折り、少年と視線を合わせた。
「最期くらい看取って欲しかったのにさ……もう眠っていいのよ、ゆっくりお休み」
その瞬間、屋敷の空気が変わった。
「地下の子、埋葬するように言っときましょ」
出て来た屋敷を見上げ、レオは静かにそう言った。
「ああ」
頷くルードヴィッヒに違和感を感じ視線を向ければ、その眼差しにレオは瞬きする。
「……どしたの」
「……少し昔を思い出しただけだ。大した事じゃない」
緩く首を振り、ルードヴィッヒは唇を上げた。
「まだ手を繋いでいた方がいいか?」
「じょ、冗談じゃないッ」
(そう、大した事じゃない……今となってはな)
(……殺気立つほど嫌な記憶、と……)
二人の背中を、洋館は静かに見送った。
●2.
シャーマインはユズリノの手を引いて、『いかにも』な洋館の扉を潜った。
「ひああっ!?」
入って早々、扉を閉ざされた事にユズリノは悲鳴じみた声を上げる。
「大丈夫か?」
シャーマインはユズリノを引き寄せ、震える肩を撫でた。
内心彼自身も結構驚いていた訳なのだが、ユズリノの様子に己がしっかりせねばという使命感めいた思いが浮かぶ。
「俺がつい──」
ユズリノに声を掛けようとした瞬間、シャーマインは嫌な物を見てしまい、危うく声を上げそうになってしまった。
屋敷の中は暗く、ぶ厚いカーテンの隙間から薄く差し込む微かな光だけが頼りだ。
その光の中、青白い爛れた肌が見える。
それは腐肉を引き摺りながら、引き裂かれたソファーの隣を通って、ゆっくりこちらへと近付いて来ていた。
それも一体ではない。
男女のゾンビ──七体は居るだろうか。奥から現れた彼らは、シャーマインとユズリノに引き寄せられるように、両腕を前に突き出して歩いてくる。
「あきゃっ!?」
シャーマインの視線を追って、ユズリノもそれに気付いたらしい。
可愛らしい悲鳴を上げ、シャーマインに抱き着いてきた。
ぎゅーっとしがみ付いてくるユズリノを抱き寄せ、シャーマインは大きく息を吐く。
そのたれ耳に下がったピアスがしゃらりと揺れて、彼はユズリノの腰を支え床を蹴った。
「こっち来んな!」
素早くゾンビ達の横を駆け抜け、二階へと続く階段を駆け上る。階段の先には大きな扉。
ゾンビ達も階段を上ってくるのを見て、シャーマインは迷わず扉を開けて中へと飛び込んだ。
ガチャリ。
「あれ?」
「閉まっちゃった……?」
思わず顔を見合わせる。
シャーマインがユズリノを連れて扉を潜ったと同時、まるで自動ドアのように扉は閉まり、鍵まで掛かってしまったのだ。
扉の向こうから、恨めしそうなゾンビの声が聞こえる。
「ど、どうしよう……僕達閉じ込められちゃった……!」
パニック状態になり震えるユズリノを見て、シャーマインは大きく息を吸った。
「大丈夫だって。俺がいるだろ」
ユズリノの背中に手を回し、力強く抱き締める。
「……」
ユズリノは瞳を閉じた。触れる身体が温かくて、そして──シャーマイン自身も少し震えているのが分かった。
彼を可愛いと思う気持ちが込み上げ、怖さが少し落ち着くのを感じる。
「ありがとう」
ぽんぽんとシャーマインの背中を優しく叩き感謝を伝えると、身体を離してシャーマインは笑った。
「よし、じゃあ、脱出する為の手がかりを……」
『きゃはははは!』
「あきゃっ!?」
シャーマインの声を遮るように響いた笑い声に振り向くと、ドレスを着た人形が宙に浮いて二人を見ている。
「ひああっ!?」
「こ、こっちだ……!」
人形の目が不気味に光るのに、シャーマインは悲鳴を上げるユズリノの手を引いて、近場の部屋の中へと逃げ込んだ。
扉を締め、廊下の様子を窺う。
人形が追ってくる気配は無かった。
「……ふう。リノ、大丈夫?」
「う、うん……ありがと」
シャーマインに背中を撫でて貰い、ユズリノは深呼吸する。
「この部屋は……?」
「書庫、みたいだな」
暗い中、大きな本棚に沢山の本が並んでいた。
本を読む為のデスクに、大きな姿見の鏡もある。そして何よりユズリノの視線を釘付けにしたのは、大きな柱時計だった。
「立派な振り子時計だね……」
「こっちの鏡も古くて汚れてるが、綺麗な装飾だよな」
シャーマインは鏡の縁を飾る銀装飾に触れる。
「あれ? この印……」
ユズリノは、文字盤に不思議な印を見つけた。まるで花びらのような印は、長針と短針の長さにぴったり合う位置にある。
「もしかして……」
文字盤の硝子部分は扉のように開く事が出来るようだった。ユズリノは迷わず硝子の扉を開き、恐る恐る長針と短針をその印の位置へ動かした。
カチッ。
「あ……」
文字盤が開いて、中から古びた手紙が現れ、ユズリノは大きく瞬きする。
「シャミィ……!」
「リノ、こっちも鏡の縁から見つけた!」
振り返ると、シャーマインの手には古びた鍵があった。
「手紙、何が書いてあるんだ?」
歩み寄ってきたシャーマインにも見えるように、ユズリノは手紙を広げる。
──そこには、望まれなかった子供である『少年』が、家族に疎まれ、地下牢に閉じ込められ一生を終えた事が書かれていた。
「……この少年、神人だったのかな」
ぽつりとユズリノが呟く。
「え?」
シャーマインは瞬きしてユズリノを見た。彼の鮮やか翠目が切なげに震えている。
「なんてね」
シャーマインの視線に気付くと、ユズリノはにっこりと笑った。
ズキリとシャーマインは胸の痛みを覚える。
「まさかあんたも?」
「そんなんじゃない」
緩く首を振って、ユズリノは手紙を丁寧に元通りに折り畳んだ。
「けど……」
「アハ、心配? 嬉しいな」
「……今は無理には聞かないけど……今度話せよ」
シャーマインの真剣な眼差しに、ユズリノは瞬きしてから微笑む。
「うん」
その笑顔が何だか儚げに見えて、シャーマインは己の胸元を押さえた。
(影のある顔するな。弱いんだよ、そういうの……)
「ね、シャミィ。机の上に写真立てがあるよ」
ユズリノは、木製の机の上にある小さな写真立てを手に取る。中には古ぼけた家族写真が収まっていた。
「……リノ、これ……さっきのゾンビ達……じゃないか?」
写真を覗き込んで、シャーマインは声を震わせる。一階で追って来たゾンビ達と写真の中の家族達は、同じ人物に見えた。
「……そう言われてみれば……あ、この写真、中にもう一枚」
ユズリノが写真立てを裏返せば、中から一人の少年が人形を抱いて佇む写真が落ちて来た。
部屋を出た二人の前に、再び人形が現れた。
即座にユズリノが少年の写真を人形に向けて突き出す。目に見えて、人形の動きが止まった。
「大人しくしてろよ!」
その人形を、シャーマインは大ジャンプして両腕に確保する。
人形はまるで生気を失ったようにシャーマインの腕の中で沈黙した。
二人は頷き合うと、一階へ向かう扉の鍵を開ける。
扉を開くと、待ち構えていたようにゾンビ達が群がってきた──ユズリノは、ゾンビ達にも少年の写真を突き出す。
まるで時代劇の印籠のような効果で、ゾンビ達は怯んで後退した。
二人は一気に階段を駆け下りる。
「地下への入り口、何処だ?」
「シャミィ、ちょっと待って」
廊下を駆ける途中、ユズリノは花瓶を見つけて、その中に刺さっていた造花を拝借した──本当は生花が良かったが、贅沢は言っていられない。
「手紙によると、この辺りに地下への階段がある筈だよな」
「床を蹴ってみよう。音の違いで扉が見つかるかも」
ユズリノの提案に頷き、シャーマインは床を蹴った。ユズリノも続いて床を蹴る。
何回か繰り返して、二人は違う音を見つけた。そして、地下への階段が現れたのである。
地下牢では、少年のミイラが二人を待っていた。
造花と人形を少年の腕の中に置く。
シャーマインが悪戯っぽく首を傾けた。
「呪い主とは戦うのがセオリー?」
「わーそれフラグ」
ユズリノがそう言った瞬間、少年の身体が人形と花を抱えたまま宙に浮く。
「動き出したー」
驚くユズリノの隣でシャーマインは少年の手を取り、軽くぶんぶんと振った。
少年は戸惑うようにこちらを見下ろす。
「愛されたかったんだよね」
少年に向けて、ユズリノは家族写真を見せた。
「僕だってこんな事されたら呪っちゃうよ」
ぽたり。
窪んだ少年の瞳から、涙が落ちたように二人には見えた。
「一人で良く頑張ったな」
シャーマインが少年の頭を撫でる。
「遊びの時間は終わり。眠りな」
「皆ともうお休み」
ユズリノが少年の身体をそっと抱き締めた瞬間、少年の身体は光って、人形と花と共に空気に溶けるようにして消えたのだった。
地下から地上に戻ると、ゾンビ達ももう姿を消していた。
「頼もしかった。ありがと」
ユズリノがシャーマインを見上げて微笑む。
「あんたも中々やるじゃん」
シャーマインはそう言って、ユズリノの背中を軽く叩いた。
●3.
隣に立つ彼のとても楽しそうな空気が伝わって来て、イェルク・グリューンは微かに口元を緩めた。
カイン・モーントズィッヒェルは、生き生きとした瞳で注意深く辺りを見渡している。
「イェル」
カインが名前を呼ぶのに、イェルクは表情を引き締めて頷いた。
「声がしますね」
二人が居るのは、洋館の玄関ロビー。
分厚いカーテンで窓を覆われた暗い空間に、唸り声のようなものが響く。
否、声だけではない。何かを引き摺る不快な音も聞こえてきた。
ビシャリビシャリ。
音が近付いてくる。
カインとイェルクの視線が絡んだ。それだけで二人には十分だった。
手を取り合い、同じタイミングで駆け出す。
二人の眼前には、腐肉をまき散らしながら手を伸ばすゾンビの群れが姿を現していた。
右、左と、二人でステップを踏むようにゾンビの追撃を躱し、正面の階段へと駆け抜ける。
二階への扉をカインが扉を開き、イェルクが扉を閉めた。
直後、ガチャリと鍵の掛かる音がする。ゾンビ達の恨めしそうな声が扉越しに聞こえた。
「つくづく閉じ込めるのが好きな屋敷みてぇだな」
ドアノブを回し、扉がびくともしない事を確認して、カインが何だか嬉しそうに言う。
「さて、まずは情報を集めないとな。一階より二階の方が家人の私的空間である事が多いし、その分秘匿情報がありそうだ」
「そうですね。カイン、少し待って下さい」
頷いたイェルクが懐からペンとメモ帳を取り出すのに、カインは瞬きした。
「簡単に見取り図を描いておきましょう」
イェルクの長い指がペンを持ち、メモ帳に二人が駆けてきた道順を描く──玄関ロビーから二階まで、そして現在視認出来る二階の部屋まで。
「先程のゾンビ達、服装に特徴がありました。随分と汚れた上に腐ってもいましたが立派な身なりでした」
メモに七人のゾンビと書かれ、性別やそれぞれの特徴が書き込まれた。
「そういや、立派な指輪を着けてたな。台座の細工が見事だった」
カインがイェルクの手元を指差す。
「この男のゾンビだ」
宝石と大きく書いて丸く囲い、イェルクは一つ頷いた。
「一先ずこんな所でしょうか。随時、集めた情報を書き込んでいきます」
「助かる」
カインがお礼を言うのに、イェルクの瞳がキラリと輝く。
「生き生きとしている良人をサポートするのも妻ですので」
ドヤァ。
カインにはそんな擬音が聞こえた気がした。
イェルクの尻尾がゆらゆらと揺れている──褒めて下さいと言わんばかりに。
ならば、期待には応えないといけないだろう。
「本当に、良く出来た妻だ」
尻尾を撫でて、角に唇を滑らせる。
「……ひゃあああっ!?」
イェルクは大きく肩を跳ね上げてから、真っ赤に染まる頬でカインを軽く睨んだ。
「可愛かったからな」
仕方ないと大真面目に頷くカインに、もうとイェルクが息を吐き出した時、
「……人形?」
視線を感じ顔を上げたカインは、宙に浮いて、こちらを見下ろしている人形に気付いた。
『きゃははは!』
カインと目が合った人形は大きな声で笑うと、くるりと宙を一回転して逃げていく。
「イェル、追うぞ!」
二人は人形の後を追った。
人形は廊下を真っ直ぐ飛んでいくと一番奥の部屋へと姿を消した。カインは迷わず扉を開き、中へ足を踏み入れる。
「……ここは、子供部屋でしょうか?」
イェルクは暗闇の中、子供用の机や椅子、本棚が並ぶ部屋を見渡した。
「さっき飛んでた人形が居るな」
椅子の上に座る人形を見つけ、カインは歩み寄る。
青いドレスを着た人形。先程の哄笑はなく、無表情に静かに椅子に座っている様は、何だか悲しそうに見えた。
人形の視線の先に写真立てを見つけ、カインとイェルクは手に取る。
色褪せた写真には、笑顔の家族が写っていた。その中に特徴的な指輪を見つけ、カインは瞬きする
「この指輪と服装……」
「この写真の方達がさっきのゾンビという事ですか?」
二人は顔を見合わせた。
「しかし、この写真には子供が写ってねぇな」
カインはもう一度写真を食い入るように見つめた。写っているのは成人済みと思われる男女のみで、この子供部屋を使うような者はいない。
「じゃあ、この部屋は誰のものだ?」
カインは写真立ての裏側を見た。裏板は簡単に外せそうだったので、外してみる事にする。
すると、中から手紙が出て来た。
──ぼくは、うまれてきてはいけなかったらしいです。
たどたどしい文字で書かれた手紙の内容に、カインは目を細め、イェルクは思わず口元を押さえた。
それは、生まれた時から家族に疎まれ地下牢に閉じ込められた少年が、寂しさと恨みを書き綴ったものだった。
ぼくが、ふつうだったら、にかいのおへやにいけたのかな。
──最後にそう書かれていたのを読んで、イェルクは新緑の瞳を伏せる。
『ミンナ、キライ!キライ!キライ!』
突然人形が飛び上がった。
「イェル!」
「わかってます……!」
カインの呼びかけにイェルクは即座に頷く。体当たりしてくる人形を躱して、二人で協力して人形を捕まえた。
暴れる人形をカインが強く抱き締めれば、人形はぴたっと動きを止める。
「……落ち着いたみたい……ですね」
イェルクはカインが抱き締める人形の髪をそっと撫でて、違和感に気付いた。
「カイン、この子……背中に何かあります」
指が探り当てた違和感の正体──背中のファスナーを下ろすと、中から古びた鍵と写真が出て来る。
「手紙の主か……」
「そしてこの子のご主人様、ですね」
写真の中では、無表情の少年が人形を抱いていた。
ゾンビの追撃を振り切り、カインとイェルクは地下牢へと降りて来た。
カインの腕の中には、人形が大人しく抱かれている。
鉄格子の中、椅子に座ったまま動かない少年のミイラに、カインはゆっくりとした口調で語り掛けた。
「俺はカイン。こっちは俺の妻でイェルクだ。よろしくな」
カインの隣でイェルクも微笑めば、少年の窪んだ瞳が揺らいだ気がする。
「名前を教えてくれないか?」
カインの問い掛けに、少年の唇が開いた。
『ゼロ……』
「……ゼロさん」
イェルクがゆっくりと一歩前に出る。
「私達は、あなたに会いたくてここまで来ました。あなたはずっと、ここで一人きりだったのですね」
少年の昏い目がイェルクを見た。
「あなたはずっと一人で頑張ったんですね。だから友達も今もあなたが好きなのでしょう」
友達という単語に、少年が瞬きする。
「あのさ」
カインは腕に抱いていた人形を両手で抱え、少年の方に向けた。
「自分の友達に人を殺せなんて言うなよ」
ふわりと人形が宙に浮いて、少年の腕の中に飛び込む。
かさかさに乾いた少年の手が、人形の頭を撫でた。
『トモダチ……』
ごめんなさいと、少年の唇が震える。そんな少年を見つめ、カインは上を指差す。
「そいつと一緒に、自由に外で遊んで来い。お前を脅かす怖い奴はもういないから」
少年が虚を突かれたようにカインを見上げた。
「願えば、何処にでも行ける。お前は自由だ」
戸惑うように少年は首を振る。
「怖い? なら、手繋いで一緒に行くか?」
「一緒に行きましょう。あなたに外の青さを見せてあげたい」
カインの手とイェルクの手──二人の手が、真っ直ぐに少年へと差し出される。
ぽたりと。
カインとイェルクは確かに、少年が涙を零したのを感じた。
ミイラの身体を脱ぎ捨てて、少年は人形と一緒に二人の手を取り、それから光となって消えていく。
『ありがとう』
少年は人形を抱いて笑っていた。
屋敷の外に出て、カインはイェルクの手に己の指を絡めた。
「カイン?」
「これはイェルにしかやんねぇよ」
絡めた手を上げ、手の甲に唇を落とせば、イェルクの頬が一気に染まる。
「べ、別に私は……」
「妬いてない?」
素早く角にキスを贈れば、イェルクの身体から力が抜けて行くのを感じた。
「ティエンに何か美味いもんでも買って帰るか」
満面の笑みを見せるカインに、イェルクは熱い吐息を吐き出した。
──は、恥ずかしいが、嬉しくて幸せだから……このままでも、いいか。
クスクスと、何処かで明るい笑い声が聞こえた。
●4.
重厚さを感じさせる邸内は、とてもアトラクションには思えない。
「……ほ、ほんとにこれお化け屋敷なの……?」
アルヴィン=ハーヴェイは、肌が泡立つのを感じながら辺りをゆっくり見渡した。
入った瞬間に閉ざされた玄関の扉は、重くびくとも動かない。
「すごく怖いんだけど……」
「アル、大丈夫だよ」
思わず両腕で己の身体を抱き締めたアルヴィンの背を、優しい手が落ち着かせるように撫でた。
「リディ……」
アルヴィンが見上げる先、彼のパートナーであるリディオ=ファヴァレットが菫色の瞳を細めて微笑む。
平常通りの彼の笑顔に、アルヴィンは少し心が落ち着くのを感じた。
「……リディと一緒じゃなきゃ絶対に入れないよ」
存在を確かめるようにぎゅっと彼の服を掴めば、リディオはアルヴィンの肩を抱き寄せる。
早いリズムのアルヴィンの鼓動と、ほとんど乱れのないリディオの鼓動。
異なるリズムだけれども、伝わって重なって……温かい。
「それじゃ、頑張って進んでみようか」
「……だね」
リディオの言葉にアルヴィンは小さく頷いて、二人は手を繋いで歩き出した。
玄関ロビーを真っ直ぐに進むと、暗闇の中に浮かび上がるように大きな階段が見える。
階段の先には、大きな扉があった。
「二階に行ってみる?」
アルヴィンがそう言った時だった。
びしゃり、ずるずる。
背筋がぞわっとするような、嫌な音が聞こえる。
何かを引き摺って、ゆっくりとした足取りで、それはこちらへやって来た。
爛れた青白い皮膚に、腐り落ちる肉。
「……うわっ、ゾンビっ!」
アルヴィンの口から悲鳴じみた声が出て、ぎゅっと強くリディオの腕にしがみ付く。
二人の周囲に、数体のゾンビが姿を現した。
ゆっくりじわじわと距離を詰めて来る。
「ど、どうしよう……動きはゆっくりみたいだけど、囲まれたら……」
「大丈夫だよ」
リディオは優しくアルヴィンの手を握り返して、注意深くゾンビ達の動きを観察した。
彼らを避けつつ、階段を上って逃げる──即座にそう判断し、リディオはアルヴィンの腰に手を回した。
「アル、階段を上ろう。僕に付いて来て」
3.2.1……リディオはカウントを取ると、アルヴィンを腕に守るようにして駆け出す。
両手を突き出すゾンビの間を掻い潜り、階段を一気に駆け上った。
扉を開き中に入ると、二人に続いて階段を上ってくるゾンビ達の姿が視界に入る。
彼らの侵攻を遮る為、リディオは扉を閉めた。
カチャリ。
「まさか……ここも鍵が掛かったの……?」
アルヴィンは慌てて扉を開けようと手を伸ばすが、扉は動こうとはしない。
「でも、これでゾンビは追ってこれないよ」
大丈夫と、リディオはアルヴィンの肩をぽんと優しく叩いて、周囲の様子を確認する。
「沢山部屋があるみたいだ……何かヒントになるものを探さないとね。行ってみようか」
リディオがアルヴィンの手を引くのに、アルヴィンは頷いた。
(早めに見つけて、ここから逃げ出さないと)
震えているアルヴィンの手をぎゅっと握り、リディオは油断なく警戒しながらまずは手前の部屋の扉を開ける。
そこは、遊戯室のようだった。
一階同様にぶ厚いカーテンで窓が覆われ、室内は暗い。
暗闇の中、ビリヤードの台やカードゲームを行う為のテーブル等、薄汚れているが品の良い調度品が並んでいる。
「テーブルとか棚とか、見てみようか」
「……ううっ、何かヒントになるものがあるといいんだけど」
二人はまず古びたカードが放置されているテーブルの上を見る事にした。
うっすらと埃の積もるテーブルの上、カードが散乱している中に、アルヴィンは黄ばんだ紙が挟まっている事に気付く。
「リディ、これなんだろ……」
「手紙、みたいだね」
慎重に拾い上げると、それは封筒に入った手紙だった。
二人は頷き合って、手紙を広げてみる。
暫し無言で書かれている文字を目で追って。
「……そんな、こんなのって酷い」
アルヴィンの唇から、震える声が漏れた。
手紙には、ある少年について書かれている。
生まれた時から家族に疎まれた少年を、ずっと地下室に閉じ込めていた事。
少年が一人きり地下牢で病死した事。
そして、地下へ入る為の鍵を二階の部屋の何処かに隠している事も書かれていた。
「アル……鍵を探してみようか」
瞳を揺らすアルヴィンの髪を撫でて、リディオはそっと手紙を元通りに仕舞う。
それから、二人は鍵を探して、二階の各部屋を回った。
やがて、辿り着いた寝室のベッドの裏に古びた鍵を見つけ、一階へ戻るべく階段の方へ向かっている時だった。
『きゃははは!』
場違いな明るい声と共に、二人の前に人形が現れた。
青いドレスを身に纏った美しい人形だ。宙に浮くスカートがふわりふわりと広がって、瞳が不気味に光る。
「……今度は人形っ!?」
「アル、こっち……!」
不穏な空気を感じて、リディオは固まるアルヴィンの腕を引いた。人形は二人目掛けて体当たりしてくる。
右、左とそれを躱して、リディオは扉に鍵を差し入れた。カチッと鍵が回る音がして、扉を押し開くと階段へと逃げる。
追って来ようとする人形を阻み、リディオは素早く扉を閉ざした。
人形は追ってこない。ホッとしたのもつかの間、今度は階下から低い唸り声のようなものが聴こえる。
「リディ……!ゾンビが……っ」
階段の下に集まってくるゾンビ達に、アルヴィンは目を見開き、リディオの腕に強く抱き着いた。
「アル、僕を信じて付いて来て」
「えっ……!?」
リディオはそう言うなり、アルヴィンの身体を両手で抱え上げた──所謂お姫様抱っこだ。
そのまま、一気に階段を駆け下りる。
群がってくるゾンビの間を縫って、階下に降りるとゾンビ達を振り切り一階の奥へと駆け込む。
「……もう大丈夫だよ。怪我はない?」
玄関ロビーへと続く扉を閉ざし、ゾンビが追って来ない事を確認して、リディオはアルヴィンを下ろした。
「平気……リディ……ありがとう」
「うん、アルが無事で良かった」
見上げたリディオは疲れを微塵も感じさせない微笑みで、アルヴィンは胸が熱くなるのを感じる。
「さ、地下への入り口を探さないとね」
再び手を繋いで、二人は暗闇の広がる部屋を見渡した。
「不自然な個所とか、動かせそうなものがある所にあったりするのかな」
「ね、リディ……あそこ、ちょっと不自然じゃない?」
ぽつんと置かれているチェストの下、引き摺ったような跡がある。二人は協力してチェストを動かしてみた。
すると、チェストで塞がれていた壁に隠し扉があった。
鍵穴に鍵を差し込めば、鍵の開く音がする。
二人は扉を開き、地下へ続く階段を慎重に降りて行った。
湿った空気に、据えた匂い。
アルヴィンはより一層リディオにくっ付いて、そうして辿り着いた先に地下牢はあった。
錆びた鉄格子の向こうに、少年のミイラを見付けて、アルヴィンは口元を押さえる。
「……これが手紙にあった子なのかな」
震えるアルヴィンの身体をそっと抱き寄せて、リディオは少年をひたと見つめた。
「……地下牢からこの子を外に出そう」
「外に?」
見上げて来るアルヴィンに、リディオは頷く。
「ずっとここに閉じ込められていたんだろうから。外に出してあげたいなって思うんだ」
その言葉に、アルヴィンも少年に視線を向けた。
鉄格子に囲まれた、窓もない空間。
彼はずっとここに一人きりだったのだろうか。
「……そうだね、出してあげよう」
アルヴィンが頷くのを確認して、リディオは錆びた鉄格子に触れた。
力を込めて引けば、それは脆く折れた。
牢の中に入ると、リディオが少年を両手に抱え上げる。少年の身体は羽のように軽かった。
牢の外に出ると、少年の身体がほんのりと光り始める。
『ありがとう』
確かにそんな声が聞こえた気がした。
ふっと少年の姿が霧のように消える。屋敷の空気が変わった事に、二人は気付いた。
一階に戻るとゾンビの姿も消えていて、玄関の扉も開く。
「……安らかに眠れるといいね」
「そうだね」
アルヴィンとリディオは手を繋いで外に出た。
●5.
羽瀬川 千代の胸に思い浮かぶのは、白と黒と灰色の世界に一際鮮やかだったアカ。
「今度は無事にゴール出来たら、良いな」
以前訪れたメルヘンなお化け屋敷で、最後意識を失った時の事を思い出して、思わず身体が震える。
「案ずる事は無い」
そんな自分をこちら側へ引き戻すように、凛と強く響いた声に千代は視線を隣に戻した。
ラセルタ=ブラドッツの鮮やかな水色の瞳が、千代を真っ直ぐに見ている。
「俺様が必ず連れ出してやろう」
すっと差し出された手が、千代の頬を撫でた。
「何ならおまじないを、もう一度掛けようか?」
頬を滑った手が千代の手を取って、その甲に恭しく唇を落とす。
「幸せな結末に辿り着くように」
「……そんな風に誘われたら断れないよ」
目元を赤く染め、眉を下げて微笑む千代に、ラセルタは満足そうに口元を上げた。
「では、行くか」
ラセルタの出した手をごく自然に握り返して、千代はその洋館へ足を踏み入れた。
バタン!
音を立てて玄関の扉が閉まり、鍵が掛けられた音がしたのに、千代は無意識に繋いだ手に力を込める。
大きな玄関ホールだった。
分厚いカーテンで窓を塞がれて異様に暗く、部屋の奥は完全な闇に閉ざされているように思える。
格調高い調度品は、すべてが薄汚れ破れ壊れていて、より暗い雰囲気を醸し出していた。
「早速出迎えが来たようだな」
「え?」
暗闇に目を慣らそうと千代が目を細めていると、ラセルタが波打つ銀髪を揺らした。
彼の視線が向かう先に千代も視線を向けて、一瞬息を飲んだ。
青白い肌が見える。
意味不明の呻き声と、腐った匂い。
それが歩く度、びしゃりと嫌悪感を抱かずには居られない音がした。
「……ゾンビ……?」
しかも一体ではない。数体のゾンビ達が、緩慢な動作でこちらに近付いて来ている。
「千代、逸れないように俺様に付いて来い」
ラセルタは千代の手を引くと、迷わず駆け出した。
「う、うん……!」
引っ張られ、ラセルタの背中を追い掛けるように千代も走り出す。
ゾンビの居ない空間を縫って、駆ける、駆ける。
「千代、二階だ」
階段を駆け上がり、二階の部屋へと続く扉を開ける。千代が扉を潜ったと同時に、ラセルタは素早く扉を閉ざした。
ガチャリ。
「……鍵が掛かったようだな」
鈍い音に、ドアノブを回しても扉が動かない事を確認してから、ラセルタは千代の顔を覗き込んだ。
「これしきの事で、挫けていないだろうな?」
「へ、平気だよ」
上がった息を整えて、千代は周囲を見渡した。
そして、ラセルタの背後を指差す。
「ラ、ラセルタさん……う、後ろ……!」
ヒュッと風を切る音がし、ラセルタは千代を抱き抱えて横っ飛びに飛んだ。
二人の居た位置に、人形が着地する。
青いスカートがふわりと広がって、ぐるんと回った首で人形は二人を見た。
『きゃはははは!』
甲高い声で人形は跳ねる。
ラセルタは即座に体勢を整えて、千代の腕を引いた。
「撒くぞ」
ラセルタの瞳が素早く人形と周囲を確認する。近い部屋へ飛び込み、人形をやり過ごす──一瞬でそう判断すると、体当たりしてくる人形を身を捩って躱し、走る。
部屋の扉を開け、千代の肩を抱くようにして中へ飛び込むと、人形より一瞬早く部屋の扉を閉めた。
ドアノブに手を掛け、扉に耳を当てて人形の反応を窺う。
人形は追っては来なかった。その気配が遠のいたのを感じ、ふっと息を吐き出した。
「行ったようだな。少しこの部屋を探索してみるか」
「そうだね……」
千代も胸に手を当てて一息吐くと、部屋の中を見渡す。
暖炉にソファー、テーブルが並ぶファミリールームのようだった。
「写真?」
直ぐに千代の目に留まったのは、テーブルの上の写真立て。
七人の男女が並んで映る写真を見て、千代は目を見開いた。男女が着ている服には見覚えがある。
「ラセルタさん、これって……さっきのゾンビ達が着ていた服と一緒……」
「この写真の者達が、ゾンビの正体という事か」
ラセルタは顎に手を当てて写真を観察した。
「ん? これは……手紙か?」
ラセルタの長い指が、写真立ての隣にあった筆入れから茶色く変色した封筒を取り出す。
千代と一緒に封筒から便箋を出し、目を通す。
「……これは……」
千代は瞬きした。
子供が生まれたが、その子供は『生まれて来てはいけない』子供であった。だから、その子供を地下牢に入れ、外には出さないようにしている。
子供が10歳の誕生日を迎えた日、地下牢でその子が病死をした。その直後から、屋敷に『恐ろしい』事が起きている。
地下牢へ誰も入れないように、屋敷の二階に鍵を隠した。
そんな内容が、乱れた筆跡で書かれていた。
「……地下牢か。行ってみる必要があるな」
「鍵が何処かに隠されているんだね」
千代の声に、ラセルタは僅か眉を上げて彼を見る。
先程まで恐怖に震えていた千代と、明らかに眼差しが変わっていた。
二人は引き続き部屋を探索し、他にめぼしい物がない事を確認すると、次の部屋へと移動する。
部屋を出ても、人形の姿はもう見えなかった。
書斎で少年と人形が映る写真。ベッドルームで少年が書いたと思われる、寂しい気持ちと恨む想いを綴った手紙。
最後に、遊戯室で古びた鍵を見つける頃には、千代の中で恐怖心はすっかり薄らいでいた。
「この子も、下に居た人達も、助けてあげたい……」
写真にそっと触れ呟く千代に、ラセルタはふっと息を吐き出した。
探索の途中、繋いでいた手もいつの間にか外れて、なのに、それにも気付かないくらい──千代は夢中になっている。
──こんな場所でも、千代のお人好しは健在らしい。
(恐怖に打ち勝つ方法が誰かの為、など……面白くはないな)
「この鍵があれば、一階にも戻れそうだね」
振り返って、千代はラセルタの眼差しに首を傾けた。
「? ラセルタさん、どうしたの──……」
瞬間、千代はラセルタに抱き締められていた。
強く強く、求めるように。
「……俺様が連れ出すと言っただろう?」
耳元でラセルタの少し掠れた声がして、千代は目を見開く。
「先へ行くな、傍に居ろ」
痛いくらいに、拘束が強まって。
千代は彼の背中に手を回し、ゆっくりとその背を撫でた。
「夢中になり過ぎてたかな、ごめんね」
そう囁くように言えば、ラセルタが身動ぎする。
「分かれば良い」
身を離し目が合えば、ラセルタの唇が弧を描いた。
千代も微笑みを返し、二人は手を繋ぎ直す。
「開けるね」
千代が鍵を開けて、ラセルタが扉を開けば、ゾンビ達が階下に居るのが視界に入った。
「……お前も来い」
ラセルタは何時の間にか背後に現れた人形に一言そう言い、千代の手を引く。
「駆け抜けるぞ」
「うん」
辿り着いた地下牢で、少年は静かに二人を待っていた。
鉄格子の中、一人椅子に座るミイラを見て、千代は瞳を揺らす。
窓もない、殺風景な暗い地下牢。
少年はここしか知らず、ここで一人で一生を終えた。圧倒的な孤独に蝕まれて。
鉄格子の扉は、錆びていた事もあり簡単に開いた。
千代はゆっくりと牢の中に入り、少年へ歩み寄る。
「君は此処に居てはいけないと思う」
膝を折って、少年と視線を合わせて──千代は語り掛けた。
「屋敷の人達のことも許してあげて欲しい」
千代の手が優しく少年の手に触れる。
「……淋しいのなら俺が一緒に、……」
千代の言葉はそこで止まった。
後ろから強い力で引っ張り上げられたから。
「千代はやれんな」
しっかり千代を抱き締め、ラセルタはきっぱりと言い切る。
「千代はやれんが──……」
ラセルタは背後に視線を向けた。
「代わりに、お前の大事な者を連れて来た」
青いドレスの人形が、ふわり少年の目の前に降り立つ。
「お前の大切な存在だろう?」
少年の手が、ゆっくりと人形に伸ばされた。
「ずっと傍に居てやるといい」
人形を抱き締めて、少年の身体が眩く輝いた。
『ありがとう』
少年と人形は光に溶け、居なくなった。
「大切な人と……ずっと一緒に、か」
千代が呟くのに、ラセルタはその耳元に唇を寄せた。
「ああ、ずっと……一緒だ」
Fin.
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 雪花菜 凛 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | サスペンス |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ビギナー |
シンパシー | 使用可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 5 / 3 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 07月23日 |
出発日 | 07月31日 00:00 |
予定納品日 | 08月10日 |
参加者
- アルヴィン=ハーヴェイ(リディオ=ファヴァレット)
- 羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
- レオ・スタッド(ルードヴィッヒ)
- カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
- ユズリノ(シャーマイン)
会議室
-
2016/07/29-17:18
みなさん初めまして
ユズリノと相方シャーマインです
どうぞよろしく! -
2016/07/27-23:43