俺の方が愛してる!(木口アキノ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 暑さで夜も過ごしにくくなってきた。
 とある貴族が、屋敷を解放し夕涼みパーティーを開くことにした。
 メイン会場である大広間では楽団が音楽を奏で、思い思いに踊ることができる。壁際には数々の料理とドリンクが並ぶ。
 バルコニーからは広い庭園が見える。
 庭園では花々を愛でつつのティーパーティー。紅茶にスコーン、クッキー、ケーキを楽しみ、会話も弾む。
 反対側のバルコニーから見えるのは、ライトアップされたプール。もちろん、水着も貸してくれる。遠くに時折花火が上がる。
 屋敷の中には、いくつか自由に出入りできる部屋もある。
 婦人が趣味で買い集めたドレスが並ぶ衣装部屋。気に入ったドレスがあれば貸し出してくれるそうだ。
 大小様々な水槽が置かれたアクアリウムの部屋。薄暗く静かな空間で色とりどりの魚たちを眺めるだけで、心も穏やかになってくる。
 ビリヤード台やチェス盤が置かれたゲームの部屋、なんていうのもある。
 そして、屋敷の主人一番の自慢は、鏡の部屋。
 もはや芸術品とも言える、美しい装飾の鏡が所狭しと並べられ、その様子はさながら鏡の迷宮のよう。
 その迷宮の一番奥に、先祖代々伝わるという、ひときわ豪奢な鏡があった。
 屋敷の主人は笑って言う。
 魔力が宿る鏡と謳われているが、この鏡に姿を映して何か変わったことが起こったことなど一度もない、と。
 だが……。


 パーティーに参加した一組のウィンクルムが、鏡の部屋を楽しんでいた。
 神人は豪華な金細工が施された鏡に見とれていた。
 その時、後方から争うような声が聞こえ、神人は振り返る。
 言い争っているのは、自分の精霊であった。
 何があったのかとよく見てみれば、精霊が言い争っている相手もまた、自分の精霊。
(彼が2人いる?)
 神人は混乱した。
 言い争っているのは、全く同じ姿をした2人の精霊。
 だが、よく見ると片方は、目に馴染んだ精霊と綺麗に左右対称の姿をしていた。まるで鏡に映したように。
 どういうこと、と神人が精霊に近付きかける。
 すると、左右が反転している方の精霊が神人に素早く接近し、その腕を取る。
「俺の方が、彼女をより深く愛している」
 彼が宣言するようにそう言えば、精霊が神人に訴える。
「そいつは俺の偽物だ。鏡から現れて……」
「偽物?失礼だな。俺はお前だよ。鏡の中の。ただ、お前よりももっと、神人の事を愛してる。違うのはそこだけだ」
 鏡から現れた精霊は、本体の精霊の言葉を遮る。
 そしてまた精霊2人は言い争いを始める。   
 どちらがより、神人のパートナーとしてふさわしいかと。
「ちょっと待ってよ!」
 堪らなくなり神人は声を上げた。
 すると、鏡の精霊は神人の顔を覗き込んで瞳を見つめ、言った。
「じゃあ、君に判断してもらおう。俺たちのどちらが、君を愛しているかを」
「ええ!?」
 驚く神人をよそに、彼は話を続ける。
「簡単なことさ。これから、俺たちが交互に君とパーティーを楽しむ。その中で、どちらとのデートがより楽しかったか、愛が伝わったかを判断してくれればいい」
 鏡の精霊は本体の精霊に向かい、
「自信があるなら、受けてたつだろ?」
 と問うと、精霊も引くことなく
「もちろん」
 と答えた。
 かくして神人は、2人の精霊と交互にパーティーを回ることになった。

 鏡の精霊は、本体の精霊よりも強引だった。
けど、その強引なエスコートが少し心地良くもあった。
 神人に似合うドレスを彼が選び、彼のリードでダンスを踊る。
 彼が取ってきてくれる料理は全て神人の好みに合っており、薦められたドリンクは初めて飲むシャンパンだったが、これも好みの味であった。
 シャンパンだけじゃなく、時折囁かれる彼の愛情溢れる言葉も神人をぽうっとさせた。
 ひととおりパーティーを楽しみ、鏡の部屋に戻る。
「さあ、交代だ」
 自信有り気な鏡の精霊。
 本体の精霊は、鏡の精霊から奪うように神人の手を取り、鏡の部屋を出る。
 精霊は、切なさを伴った瞳で神人を見つめた。
「俺は、パーティーでエスコートとか、うまくできないけどさ……けど、俺なりに一生懸命やるから」
 神人の胸が、きゅうううっと高鳴った。
 鏡の精霊とのパーティーも楽しかったし、正直、鏡の精霊にもかなりときめいてしまったけれど。
 やっぱり自分には彼が一番なのだと、神人は悟った。
 それは、精霊とパーティーを回ることで一層確かな気持ちになった。

 鏡の部屋に戻った神人は、申し訳なさそうに鏡の精霊に告げる。
「ごめんなさい。私、やっぱり……」
 神人が言いよどむ。
「最後まで言わなくていいよ。わかっているから」
 鏡の精霊は寂しげに笑うと、鏡の中へと消えていく。
 精霊が鏡を覗き込む。
 鏡に映る自分の唇が、「しっかりやれよ」と動いたような気がしたが、その後はいくら見ても普通の鏡映でしかなかった。

解説

鏡の精霊、本体の精霊2人とパーティーデートをすることになります。
鏡の精霊の性格には2種類あります。
ちょっと強引にエスコートしてくれる精霊。
優しく、神人の言うことをなんでも聞いてくれる精霊。
どちらの性格の精霊とデートするかをアクションプランでお選びください。
尚、口調などはプランに特別な記載のない場合、設定のままとなります。
鏡の精霊とのデートの後に、本体の精霊とのデートになります。
鏡に映った自分、というライバルが現れた精霊は、果たしてどのような行動に出るのでしょうか……。
参加費として、一律【1000ジェール】頂きます。

ゲームマスターより

2人の精霊から取り合いされちゃうエピソードです。
鏡の精霊とのデートを通して、やっぱり元の精霊が一番!と再確認するもよし、上手に精霊のライバル心を煽って精霊の自分への想いを高めさせるのもよし、です。
パーティー会場は広く、2人分のデートをしなければならないので、EXエピソードとさせていただきます。
アドリブも多く入ることが予想されます。ご了承ください。
また、エピソードの性格上、一組ごとの個別描写とさせていただきます。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)

  鏡の精霊の性格:『ちょっと強引にエスコートしてくれる精霊』選択

鏡の精霊とのデート。
普段の恋人よりも積極的にアプローチしてくる彼にドキリとしつつも、彼の本質を見極めようとします。
く、くっつきすぎじゃないかな。
う・・エミリオの顔で声で、そんな事いうのはずるいよ。

確かに隠し事されるのは悲しい。
エミリオは理由もなくそんなことするような人じゃないから。
例えどんな真実が待っていても受け止めようと思うの。
貴方も私の事を思ってそんなこと言ってくれたんだよね。
ありがとう、エミリオ。

エミリオとのデート。
ふふ、やきもち焼いてくれているの?
離れたりしないよ、私はどんな貴方でも大好きだから(精霊からのキスを受け入れる)


リゼット(アンリ)
  優しい精霊と行動
水槽の光に照らされた精霊の横顔に見惚れる
それに気づかれ指摘されるも怒る気にはなれず
「だって…あなたの方が綺麗…だったから

メイン会場でダンス
食事に目もくれずリードしてくれる事に感動

本物と交代
敢えて同じコースを辿ってみるも
案の定幻滅の連続で鏡の精霊帰ってきて…と頭を抱える
「やっぱり中身に問題がありすぎるわ。さっきまで同じ顔の王子様が確かにいたのに

精霊に連れられ花火を見る
花火に照らされた顔がアクアリウムの鏡の精霊と当然同じでなんとなく目を逸らす
どこかに安心感を覚えていることに気づいて表情が緩む

精霊のつぶやきに苦笑、少し心が躍る
おとなしく手を引かれ
「なにそれ。しょうがない王子様ね、全く


ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  鏡の精霊ディエゴさんは正に私が偶に「こうしてくれたら良いのにな」っていう姿を体現したディエゴさんでした。
積極的にリードもアピールしてくれるディエゴさん…!
本物の彼の愛情や優しさを疑ったことは一度だってないですけど
いつも素っ気ないし言葉も少ないしで、私がちょっかいかけるしかなくて少し寂しかったんですよね。

でもなんというか距離が近すぎて恥ずかしい
調子が狂うというか…いつもの関係じゃあないことに少し怖さも感じました。

ディエゴさんはいつも素っ気ないし言葉も少ない
だけど陰に隠れた優しさや気遣いがあったんだってわかりました
私を怖がらせないように
私の隣にいるのは最高の親友で戦友で、自慢の永遠の恋人です。


リヴィエラ(ロジェ)
  ※優しい精霊と

リヴィエラ:

お願いです、どうか喧嘩はやめて下さいっ(おろおろ)

●鏡の精霊と

え、ええと…プール、ですか?
あの、私泳げな――(ニコニコした鏡の精霊に連れて行かれる)
…っ、ごほっ、ごほっ!(プールの中で溺れてしまう)

…はぁ、はぁ…ごめんなさい、大丈夫、です…

●本物の精霊と

ロジェ、私は大丈夫です、大丈夫ですから
どうかそんなに怒らないでください!
泳げない私が悪かったのです…

(鏡の精霊に)
…ごめんなさい。ロジェは確かに、すぐに怒るしお説教もします…
けれど、それでも私は…そのままのロジェを愛しているのです。
私、いつかきっと泳げるように努力します。
だから…気づかせてくださってありがとう…


八神 伊万里(蒼龍・シンフェーア)
  鏡の蒼龍さんは、私の言うことを何でも聞いてくれるし尽くしてくれる
完璧なエスコートだけどむず痒いというか調子が狂う…
さすがに段差渡るのにお姫様抱っこはやり過ぎでは…(引き気味

そ、蒼龍さん?どうし…
そーちゃん…大丈夫、私はここにいるよ
抱きしめ返して優しく頭を撫で
きっとこの時点で鏡への返事は決まっていた

料理をいくつか取ってバルコニーに出る
そーちゃん、口を開けて?食べさせてあげる
寂しがらせたお詫びと、誕生日のお祝いだから…今日は特別
改めて、お誕生日おめでとう

鏡の間へ戻り
本物のそーちゃんはたまに意地悪だけど
本当は優しくて、ちょっぴり寂しがりや
きっと彼には私が必要なんだ
だから、そばにいてあげたいって思うの



「それじゃあ、行こうか」
 鏡から抜け出て来たエミリオは、ミサ・フルールの手をとる。
「あ……えっと……」
 鏡のエミリオの提案を一度は受諾したミサだったが、やはり戸惑い、本物のエミリオ・シュトルツを仰ぎ見る。
「行っておいで」
 口元は笑っているが、心の底では彼が苛立っているのがわかる。
「せいぜいそこで余裕ぶっているといい」
 鏡のエミリオは、本物のエミリオの耳元にそう囁くと、ぐいとミサの腰に手を回し、鏡の間を出て行った。
「言ってくれるね……」
 2人の後ろ姿を、剣呑な瞳でエミリオは見送った。

「えーと、その……エミリオ?」
 自分の隣にいるのはエミリオであってエミリオではない。なんと呼んだらいいのか逡巡し、結局、いつも精霊を呼んでいるように呼ぶ。
「なんだい?」
 鏡のエミリオは何の違和感もなく返事をした。
「く、くっつきすぎじゃないかな」
「ふふ、照れてるの?可愛いね」
 鏡のエミリオはミサをからかうように、さらに身を寄せてくる。
「………!」
 ここで何か反応したら、もっと密着してきてしまうのではなかろうか。そう思うとミサは、ただ頬を赤らめるしかできなかった。
「さて、まずは俺のお姫様を皆に自慢しなくっちゃ」
 鏡のエミリオは大広間へと向かった。優美な音楽が聞こえてくる。
「わ、私ダンスは、それほど上手くなくて……」
「大丈夫」
 鏡のエミリオはミサに額を寄せて囁く。
「ミサはただ、俺にくっついていればいいから」
「え……」
 大広間に入るなり、ミサを正面から抱きかかえるようにして踊りはじめる。
 舞いながら、どんどん広間の中央に向かっていく鏡のエミリオ。
こんな目立つところでこんなにくっついて踊るなんて。
ミサが羞恥でうつむくと、それすらも愛しいというように鏡のエミリオは笑い、ミサの顎に指をかけ顔を上げさせる。
ミサの心臓がどきりと跳ねた。
 本物のエミリオよりも、積極的で強引で……そんな鏡のエミリオに、不覚にも胸が高鳴る。
そっと鏡のエミリオが屈み、お互いの吐息が触れそうなほどに唇が近づく。
(あ……ダメ……)
 赤い瞳に吸い込まれるように、ミサは動けなかった。
 その時、丁度曲が途切れ、はっと我に返ったミサは慌てて顔を背ける。
 鏡のエミリオはくすっと笑うと、
「少し休もうか」
 と、ミサの手を引きテラスへと誘った。
 途中でウェイターのトレイから良い香りのシャンパンをそれぞれ受け取り、花火の見えるテラスでスチールベンチに腰かける。
 鏡のエミリオがグラスを傾けてきたので、ミサもそのグラスに自分のグラスを軽く付けた。
 夜空に弾ける花火がシャンパンに映り込む。
「ミサと、こんなふうに過ごすことができるなんて、夢みたいだ」
 鏡のエミリオはうっとりとした瞳でそう告げた。
「でも、こんなところについてきちゃって良かったの?」
 鏡のエミリオは、本物のエミリオが時折見せるちょっと意地悪な笑顔とそっくりな笑顔になる。
「どうして?」
 ミサは不思議そうに訊き返す。
「ここじゃみんな、花火に夢中で誰も俺たちのことを見ていないんだよ」
 鏡のエミリオは笑みを深め、ミサは彼の言わんとしていることを察知し喉を上下させた。
「許されるのなら、今すぐ俺のものにしたいくらいなんだけど」
 鏡のエミリオは、じり、と距離をつめミサの顔を覗き込む。ミサは慌てて視線を逸らし、誤魔化すようにシャンパンを口にする。しかし、味なんてよくわからなかった。
 しかし、それが却って隙になってしまったようだ。
 鏡のエミリオの腕が、ミサの腰に回され、無防備な耳元に囁かれる。
「……ねえ、あんな奴よりも俺を好きになって」
 ミサは動けなかった。グラスの中のシャンパンの水面が細かく震える。
「俺だってお前の事こんなに好きなのに……俺を愛してくれないの……?」
 ミサが見上げると、すぐそばにある切なげな赤い瞳と視線がぶつかる。ミサの胸が、ぎゅうっと締め付けられる。
「う……エミリオの顔で声で、そんな事いうのはずるいよ」
 ミサが精一杯の反発の言葉を口にすると、鏡のエミリオは表情を少し和らげる。
「ふふ、だって俺もエミリオだもの」
 そうなのだ。だからミサの心もかき乱される。
「ねぇ、本気で俺を選ぶ気はない?」
 真剣な表情で、鏡のエミリオは訴える。
「あんな……隠し事ばかりするような奴じゃなくてさ」
 その一言に、ミサの胸がズキンと痛み表情が曇る。
「誰だって隠し事ばかりされるのは悲しいだろう?」
 鏡のエミリオがミサを思い遣ってそう言ってくれているのは理解できた。
 そう、その通り、悲しくて、今みたいに胸がずきずき痛むこともある。けれど。
 エミリオとの関係は、胸が痛むことばかりじゃないから。
 エミリオと過ごした時間は、そんなものを凌駕するくらい、思い遣りに満ちたものだから。
 ミサは顔を上げる。
「確かに隠し事されるのは悲しい。でも、エミリオは理由もなくそんなことするような人じゃないから」
 ミサは笑みすら浮かべてこう告げた。
「例えどんな真実が待っていても受け止めようと思うの」
 鏡のエミリオは、意外そうに目を瞠った。何か反論しようとして口を開きかけるも、揺るぎないミサの笑顔に、諦めたように溜息をつく。
「そんなにアイツの事を思ってるんだね」
 ミサはこくりと頷いた。鏡の精霊との会話で、今一度、自分のエミリオへの想い、信頼を強く認識した。
「貴方も私の事を思ってそんなこと言ってくれたんだよね。ありがとう、エミリオ」
 ミサが感謝の気持ちを述べると、鏡のエミリオも笑顔を返す。
「この俺を振ったんだ。幸せにならなきゃ許さないから」

 エミリオは、鏡の間を苛立ちを紛らわせるように歩き回る。
 無数に飾られた鏡、そのどれにも、エミリオの姿は映らない。
「本当に、あいつは鏡の中の俺だというのか」
 姿形も、ミサへの想いまでも同じだというのか。
「だとしても……譲る気はない」
 エミリオの胸中に、強い感情が湧き上がる。ミサは、誰にも渡さない。
 ぎり、と唇を噛んだところで、扉が開かれ2人分の足音が近づいてくるのが聞こえた。
 エミリオは笑顔を作り、2人を迎える。
「やあ、ゆっくり楽しんだようだね」
 何時間にも思えたよ。
「もう充分だろう」
 冷ややかな目で鏡のエミリオに告げると、彼と入れ替わるようにミサの手をとる。
「それじゃあミサ、次は俺の番だ」
「う……うん」
 鏡のエミリオを振り返りもせず扉へ向かうエミリオ。だが、ミサは後ろ髪を引かれるように鏡のエミリオを何度も振り返る。
 鏡のエミリオは微笑んで手を振り見送った。
 鏡の間を出るなり、エミリオはミサの両肩を掴み自分の方を向かせる。
「アイツに何された!?」
 それまで冷静を装っていたエミリオが豹変し、ミサは目を瞠るしかなかった。
 他のパーティー客も往来する廊下で、こんなに感情を露わにするなんて。
 だが、彼の心情を察し、思わず笑みがこぼれる。
「ふふ、やきもち焼いてくれているの?」
「嫉妬してるよ、いくら自分と同じ顔だからって、好きな女があんなっ……」
 声を詰まらせるエミリオに、ミサは優しく微笑んだ。
 彼が、どんなに自分を想ってくれているか、ミサにはよくわかったから。
「離れたりしないよ、私はどんな貴方でも大好きだから」
 囁くように優しくそう告げると、エミリオはミサの手を引き、柱の陰に身を寄せる。
「当たり前だよ、お前は俺だけのものだ」
 言い聞かせるようにそう言うと、エミリオはミサをきゅっと抱きしめた。
「帰ったらお仕置きだからね」
 拗ねるように言うエミリオが愛しくて。
 人目を盗んで唇を寄せる彼を受け入れ、少し長めのキスを交わした。


「なんだ、お前は?」
 ロジェは、突然目の前に現れた自分と同じ姿の青年に険のある声音で問いかけた。
 しかし鏡のロジェは怯む様子もなく悠然と言ってのける。
「俺は、君だよ。ああ、でもちょっと違うかな」
 鏡のロジェはゆったり笑う。
「俺の方が、君より上手にリヴィーを守ってあげられる」
「な……っ、ふざけるな!」
 ロジェが放った拳を、鏡のロジェが紙一重で避けた。
「君は、自分がリヴィーにふさわしいと思っているのか?」
 突然の出来事に、リヴィエラはただおろおろするばかりであった。
「お願いです、どうか喧嘩はやめて下さいっ」
 鏡のロジェはリヴィエラに微笑む。
「そうだね、野蛮な喧嘩はリヴィーを悲しませるだけだ」
 鏡のロジェがリヴィエラに手を差し出す。
「それじゃあ、リヴィーに決めてもらおう」

(なりゆきとはいえ……姿はロジェとはいえ……デートすることになってしまうなんて)
 窓から花火の見える廊下を歩き、リヴィエラは隣に並ぶ鏡のロジェをちらと見遣る。鏡のロジェは柔和な笑みを返す。
「俺の愛しいリヴィー。君はどの場所でパーティーを楽しみたい?」 
「そうですね……どうしましょう」
「君の行きたい場所に、連れて行ってあげるよ」
 リヴィエラの希望を尊重しようとしてくれることは嬉しい。だが、この屋敷は広く、楽しめる場所も多い。突然そう問われても迷ってしまう。
 ロジェであってロジェではない男性とデートしている緊張感と、何か答えなければという焦りとが相まって、リヴィエラはほんのり冷や汗をかく。
 その様子を、鏡のロジェは暑さによるものと思ったようだ。
「そうだ、最近暑いからさ、プールに行こう」
「え、ええと……プール、ですか?」
「泳いだら気持ちがいいよ」
 鏡のロジェはにっこり笑う。確かに、夏の夜の暑さにプールは気持ち良いだろう。だが。「あの、私泳げな――」
 言いかけるも、にこにことリヴィエラの手を引く鏡のロジェを見ると、彼の気持ちと行動に水を差すような真似はできなくて、リヴィエラは口を噤んだ。
 鏡のロジェは、リヴィエラが泳げないなんて全く知らないのだから。
(だって、あの笑顔を見ると、断れないですよね)
 リヴィエラは内心溜息をつき、借りた水着に着替えると更衣室を出る。
「リヴィーは何を着てもよく似合うな」
 外で待っていた鏡のロジェの臆面ない褒め言葉に、リヴィエラは照れてしまう。
「そ、そんなこと、ないですよ」
 照れるリヴィエラにくすっと笑うと、ロジェはリヴィエラの手を引きプールサイドへ。
 他の客が起こした水飛沫が足元にかかる。ひんやりとして気持ち良かった。
 プールサイドで足をぱちゃぱちゃさせるくらいなら、大丈夫かもしれない。
 リヴィエラはそう思った。
 鏡のロジェはリヴィエラの手を離すと、まずは自分からプールに浸かる。
 リヴィエラも続いてプールサイドに腰をおろす。
「リヴィーもおいでよ」
 鏡のロジェはリヴィエラを振り返り、両腕を広げてみせた。
「え……でも……」
 リヴィエラは躊躇する。
「水の中はとても気持ちがいいよ」
 屈託のない笑顔で誘われると、断りにくい。
(少しくらいなら、大丈夫……でしょうか)
 鏡のロジェもいてくれるのだから。
 リヴィエラは、えいっと覚悟を決めて水の中に飛び込んだ。
 だが、緊張のあまりぎくしゃくとした動きになってしまったリヴィエラは、元々泳げないこともあり、あっと言う間に足を滑らせ水の中に沈む。
 頭まで水に浸かってしまうと、リヴィエラを混乱が襲う。
(あ、私、溺れ……っ?ど、どうしたら!?)
 必死に手足を動かすも、思うように身体が浮かばない。
「大丈夫かい!?」
 すぐに鏡のロジェが助けてくれたが、リヴィエラは激しく咳き込んだ。
「ど、どうしよう」
 鏡のロジェはおろおろと辺りを見回す。
「だ、大丈夫……ごほっ」
 なんとかそういうリヴィエラだが、どう見ても大丈夫そうではない。
 急いで屋敷の者にタオルを借り、リヴィエラの肩にかける。
「休んだほうが良さそうだな」
 リヴィエラの背をさすりながら、鏡のロジェが心配そうな顔で言う。
「ごめん……なさい……」
 ぜいぜいと息をしながら謝罪するリヴィエラに、鏡のロジェはふるりと首をふる。
「リヴィーは悪くない。一旦着替えて、鏡の間に戻ろうか」
「……はい」
 まだ混乱から立ち直り切っていなかったリヴィエラは、鏡のロジェの提案に素直に従った。
 鏡の間に戻ってきたリヴィエラが、濡れた髪で時折咳き込み、憔悴した表情なのを見てロジェは血相を変えた。
 リヴィエラと一時でも離れていた、それだけでもロジェの心中は嵐のようにかき乱されていたというのに、戻ってきたら、この有様だ。
「リヴィー!何があった!?」
 リヴィエラはなんとか笑顔を作る。
「ちょっと、プールで……」
 そこまで言うと、ロジェは概ねを察したようだ。
 鏡のロジェに掴みかかる。
「どうしてリヴィエラをプールになんて連れて行って、泳がせた!?」
「ロジェ、私は大丈夫です、大丈夫ですから」
と言う、リヴィエラの声も耳に届いていない様子だ。
「こいつは泳げない、溺れて当たり前だろう!お前はリヴィエラを危うく殺す所だったんだぞ!」
「どうかそんなに怒らないでください!」
 リヴィエラが必死に叫び、なんとかロジェは荒げた声を収める。
「泳げない私が悪かったのです……」
 だから、怒らないでと懇願するような眼でリヴィエラはロジェを見上げた。
 ロジェは息をついて鏡のロジェから手を離した。
 リヴィエラは鏡のロジェに頭を下げる。
「……ごめんなさい。ロジェは確かに、すぐに怒るしお説教もします……」
 言われてロジェはバツの悪い表情で視線を逸らす。
 初めに、鏡の自分に言われた言葉が胸をよぎる。
『君は、自分がリヴィーにふさわしいと思っているのか?』
 それは以前から、自問していたことだった。リヴィエラのこととなるとすぐに感情的になってしまう。そんな自分が、果たしてリヴィエラを護るにふさわしいのだろうか?
 しかし、リヴィエラの次の言葉はロジェのそんな迷いを打ち消してくれるかのようなものであった。
「けれど、それでも私は……そのままのロジェを愛しているのです」
 言葉にして、リヴィエラは改めて実感する。自分は、ロジェを愛している。ロジェの全てを受け入れ、ロジェに全てを捧げても良いと思うほどに、彼を愛しているのだ。
「リヴィー……」
 ロジェは視線をあげ、リヴィエラを見つめる。
 リヴィエラは優しく微笑んでいた。
「私、いつかきっと泳げるように努力します。だから……気づかせてくださってありがとう……」
 それは鏡のロジェへの感謝の言葉であると同時に、鏡のロジェではなく、本物のロジェを選んだという意思の顕れでもあった。
「いつか、リヴィーと一緒に泳いでみたいな」
 鏡のロジェは寂しそうに笑った。その願いは叶えられないとわかっていたから。
 リヴィエラは申し訳なさでいっぱいになる。
 そんなリヴィエラの肩を抱き、ロジェは鏡の間を出ようと促す。
「また、いつか……」
 リヴィエラは鏡のロジェに言うと、ロジェと共に鏡の間を出ていくのであった。
 
 ロジェはリヴィエラをバルコニーまで連れていき、そこで一休みさせる。
「リヴィエラ……すまない。君をひと時でも鏡の中の偽物に渡すんじゃなかった……」
 後悔の念に顔を歪ませるロジェを安心させるようにリヴィエラは微笑む。
「もう大丈夫ですから。そんな顔をしないでください」
「……悪い」
 いつまでも後悔していては、リヴィエラに余計な心配をさせてしまう。
 ロジェはなんとか笑顔をつくる。だが、その胸中でロジェは、今後リヴィエラを片時も離すまいと強く誓うのであった。


「このお花綺麗ですね。なんていう名前のお花なんでしょう」
 八神 伊万里は庭園に咲く花に見惚れ、ほうっと息をつく。
「イマちゃんはこの花が気に入ったんだね。それじゃあ、少し貰えるように頼んでみようか」
「そ、それはダメですよ蒼龍さん。花を折ってしまうことになります」
 伊万里は慌てる。
 蒼龍さん、とは呼ぶものの、目の前にいる彼は蒼龍・シンフェーア本人ではない。
 鏡から出て来た蒼龍である。
 鏡の蒼龍は伊万里が花を貰うことを拒否したので、一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。
「イマちゃんがそう言うなら、やめておくよ」
 鏡の蒼龍は花壇から離れると、テーブル席へと伊万里を誘う。
 自然な動きで椅子をひき、そこに座るよう促す。
「ありがとう」
 伊万里が礼を言っている間にも、流れるような動作で紅茶を用意し、シュガーポットとミルクもそばに置いてくれる。
 手際の良さに見惚れていると、
「お菓子は何がいいかな?」
 と訊かれる。
「あ、えっと、スコーンをお願いします」
 映画に出て来る執事のようだ、と思った。
(鏡の蒼龍さんは、私の言うことを何でも聞いてくれるし尽くしてくれる。完璧なエスコートだけど……)
なんというか、違和感。
(むず痒いというか調子が狂う……)
 蒼龍が用意してくれた紅茶はとても美味しかった。けれど、伊万里の心はなぜか晴れなかった。
「あ……音楽が聞こえますね」
 伊万里が顔をあげる。
 人々の談笑の合間に、広間から音楽が聞こえてくるのだ。
「向こうの会場にも行ってみようか」
「そうですね」
 伊万里が紅茶とスコーンを食べ終え席を立とうとすると、鏡の蒼龍はすかさず伊万里の手をとる。
 やはり、調子が狂う。伊万里は苦笑した。
 広間へ向かうため、ポーチの階段を登ろうとしたところで、ひょいと伊万里の身体が持ち上げられる。
「!?」
「段差は危ないからね」
 微笑む鏡の蒼龍。
「さすがに段差渡るのにお姫様抱っこはやり過ぎでは……」
 もはや苦笑も引きつってしまいそうになる。
「躓きでもしたら大変だよ」
 鏡の蒼龍は真面目な顔で言う。
 伊万里は思わずううむ、と頭を抱えそうになった。

 一方鏡の間では、部屋の隅に置かれていた椅子に座り、蒼龍が所在なさげになんども脚を組み替えたり、溜息をついてみたりしていた。
「最悪だ」
 小さな声でぽそりと呟く。
 今日は蒼龍の誕生日祝いでここに来たというのに、一時的とはいえ伊万里を鏡の自分に取られてしまうなんて。
(いくら自分でも許せない)
 蒼龍は、伊万里の手を引き鏡の間から出て行った鏡の蒼龍の姿を思い出す。
 胸の奥にむかむかとした気持ちが蘇る。
 それと共に、寂しさも。
(イマちゃん、早く戻ってきて……)
 祈るように、蒼龍は項垂れた。

 せっかく広間に来たんだから、と一曲ダンスを踊ると、鏡の蒼龍はとりあえず満足したらしく、伊万里の「そろそろ戻りましょう」の言葉ににこやかに応じた。
 鏡の間までの道のりで階段に差しかかると、伊万里は慌てて
「あ、大丈夫ですから」
 と、先に予防線を張る。またお姫様抱っこをされたのではたまらない。
 伊万里が疲労を感じているのは、慣れないダンスのせいだけではないようだ。
 鏡の間に戻ると、蒼龍がぱっと顔を上げ、伊万里の元に駆け寄ってきた。
「お帰り、イマちゃん」
 蒼龍は数秒まじまじと伊万里を見つめると、にやりと笑った。
 伊万里本人は気付いていないかもしれないが、彼女はあまり満足した様子ではなかったのだ。
 蒼龍は鏡の自分に向きなおると、
「代役ご苦労様」
 と冗談半分嫌味半分で言い、鏡の蒼龍と繋いでいた伊万里の手を引きはがすようにして離すと、今度は自分が伊万里と手を繋ぐ。
「それじゃあ、また……」
 伊万里が鏡の蒼龍に「またあとで」の挨拶をする暇も与えず、彼女を引っ張るように鏡の間を出る。
「そ、蒼龍さん?どうし……」
 強引に鏡の間を出た蒼龍に疑問を投げかけようとしたが、勢いよく抱き付かれ、言葉を続けられなくなった。
「そんな他人行儀な呼び方やめて」
 伊万里の肩に顔をうずめた蒼龍の声がくぐもって聞こえてくる。
「いつもみたいにそーちゃんって呼んでよ」
 母親とはぐれて心細く鳴く子猫のような、蒼龍の声。
「僕を一人にしないで、お願い」
 顔をあげた蒼龍は縋るような瞳で伊万里を見つめる。
「そーちゃん……」
 伊万里は、ふっと微笑んだ。
「大丈夫、私はここにいるよ」
 伊万里は蒼龍を抱きしめ返して優しく頭を撫でる。
 蒼龍は安心したように、伊万里の額に自分の額をこつんと寄せた。
 この時点で、伊万里の答えは決まっていた。
 完璧なエスコートなんてなくても、蒼龍は蒼龍だから良いのだ。

 広間に戻ると、伊万里は蒼龍が好みそうな料理をいくつか皿に盛る。
 これも美味しそう、あっちの料理はどんな味かな?と会話しながら。
「バルコニーに出て、花火を見ながら食べない?」
 蒼龍の提案に、伊万里は賛成する。
「イマちゃん、こっちこっち」
 早速バルコニーに駆けていった蒼龍は、花火がよく見える位置に置かれた二人掛けの椅子の背もたれをぽんぽん叩く。
(そーちゃん、楽しそう)
 蒼龍の機嫌が良くなったことに、伊万里は安心した。
 伊万里が二人掛けの椅子に座ると、蒼龍もその隣に腰かけた。
「今日の僕はちょっとわがままかもね」
 ふいに蒼龍がそんな事を言う。
「だからイマちゃんのこと振り回しちゃうかも」
 伊万里は「どうして?」と問い返す。
「だって嬉しいんだもの、あいつより僕といる時の方が楽しそうだから」
 子供のような満面の笑みの蒼龍。
(そ……そうかな?)
 伊万里は思わず自分の頬を押さえる。
 意識はしていなかったけれど、そう言われればそうかもしれない。
 伊万里は微笑むと、蒼龍を見上げる
「そーちゃん、口を開けて?」
 フルーツの乗ったスプーンを少し持ち上げる。
「食べさせてあげる」
「え……えぇっ」
「寂しがらせたお詫びと、誕生日のお祝いだから……今日は特別」
 蒼龍は頬を染めるときょときょとと周囲を見回し、それからおずおずと口を開ける。
 ぱくり、と伊万里の持つスプーンからフルーツを食べると、蒼龍は照れつつも笑顔になる。
「改めて、お誕生日おめでとう」
 伊万里も共に、笑顔になった。

 花火と料理を堪能した2人は、鏡の間へ戻る。
 鏡の蒼龍は「どうだった?」と伊万里に優しく微笑みかける。
 伊万里は自分の胸に手をあてて、言葉を選んでゆっくりと告げる。
「本物のそーちゃんはたまに意地悪だけど、本当は優しくて、ちょっぴり寂しがりや」
 それを聞いた蒼龍は照れくさそうに視線を泳がせる。
「きっと彼には私が必要なんだ。だから、そばにいてあげたいって思うの」
「……そっか。残念だなぁ」
 鏡の蒼龍は寂しげに笑う。それから、蒼龍に向けて、
「あんまり意地悪ばっかりするなよ」
 と忠告すると、するりと鏡の奥へと消えていった。
 伊万里は心の中で、鏡の蒼龍にごめんねと呟いた。
 そこへ突然。
 ばふ、と両肩に重みがかかる。
「そーちゃん?」
 蒼龍が後ろから抱き付いてきたのだ。
「さ、鏡に見せつけてやらなきゃ」
 楽しそうな蒼龍。
「もうっ」
 伊万里は驚きと恥ずかしさで頬を染めた。
「まだパーティーは終わらないみたいだから、もう少しあちこち見て歩こうよ」
「そうだね」
 2人は笑みを交わしつつ、鏡の間を後にした。
 鏡に映った蒼龍が、一瞬だけ振り返り手を振った。


 人が多く集まる広間で、ハロルドは思い切って訊いてみた。
「ディエゴさん、私のこと、どう思ってますか」
「もちろん、愛しているよ、エクレール」
 ハロルドは、心の中でおおおーっと歓声をあげた。
 人前で臆面もなくこんな事を言ってくれるなんて、本物のディエゴ・ルナ・クィンテロではありえないことだ。
 そう、相手は鏡から生じたディエゴ。それでも、欲しい言葉を言われれば心はふわりと浮足立つ。
「嬉しいです」
 ハロルドが鏡のディエゴの腕に手を絡ませようとすると、彼の方も脇を少しあけて、ハロルドが腕を絡めやすいようにしてくれる。
(パーティー会場でディエゴさんと腕を組んで歩けるなんて)
 ハロルドはついにやけそうになる頬をなんとか抑えた。
 これまでのディエゴが不満だったというわけではない。いつでも冷静で、状況をわきまえた行動をとることができる彼のことを、尊敬もしていた。
 けれど、もっと愛情表現して欲しいな、なんて偶に思ったりもしてしまうのだ。
 ハロルドだってうら若き乙女なのだ、そのくらいの夢を見ることだってあるのだ。
 鏡のディエゴは、そんな夢をまさに体現したような存在だった。
 広間の音楽に合わせてハロルドが軽く身体を揺らすと、ディエゴはハロルドの手を取り向き合い、ダンスのステップを踏み始める。
 ハロルドはぱあっと笑顔になり、共に軽やかに踊り始めた。
 他の舞踏客とぶつかりそうになるとさりげなくハロルドの手を引き避けさせてくれる鏡のディエゴ。
「ありがとうございます」
 ハロルドが礼を言うと、耳元で囁かれる。
「少しでも他の男と触れるのは我慢できそうになかったからな」
 なんて気障な台詞を、と思わないでもないが正直言うと嬉しい。
(積極的にリードもアピールしてくれるディエゴさん……!)
 いつか読んだ恋愛小説のようなこの状況に、ハロルドはついうっとりしてしまう。
 が、ふいに、鏡の間で待っているだろう本物のディエゴのことが思い浮かぶ。
(いえいえ別に、本物の彼の愛情や優しさを疑ったことは一度だってないですけど)
 想像の中のディエゴはむすっと仏頂面だ。
(いつも素っ気ないし言葉も少ないしで、私がちょっかいかけるしかなくて少し寂しかったんですよね……)
 ハロルドは鏡のディエゴをちらと仰ぎ見る。鏡のディエゴは「どうした?」というように笑みを返してくれた。その笑みで、想像の中の仏頂面ディエゴは消えていった。
「次は、外を歩いてみませんか」
「そうだな、少し夜気にあたろうか」
 人の多い広間では、どうしても暑さを感じてしまう。
 広間を出ようと歩き出すと、鏡のディエゴは当たり前のようにハロルドの手をとり、それを自分の腕に絡める。
 広い廊下も人が多ければ狭く感じる。
 ディエゴがハロルドを引き寄せると、ハロルドの身体はディエゴの腕に密着する。
 それを機に、人気が少なくなった場所に出ても距離は変わらなかった。
 どこから見ても2人は睦まじい恋人同士。
(でもなんというか距離が近すぎて恥ずかしいかも)
 初めのうちは新鮮さと驚きで鏡のディエゴの行動全てにときめいたけれど、慣れてくると違和感が湧き上がる。
(調子が狂うというか……)
 ディエゴはハロルドに紳士然とした優しい笑顔を向けてくれる。
 でも、これは……いつもの関係じゃ、ない。
 そう思ったとき、ハロルドはどこか怖さを感じた。

 ディエゴは鏡の間の窓から何気なく外を見遣った。
 丁度、花が咲き乱れる庭園が見える。
 たくさんの恋人たちが庭園での散策や飲食を楽しんでいた。
 その中でひときわ、仲が良さそうに歩く二人組がいた。
 その2人に目がいったのは、仲が良さそうというだけではなく、見慣れた姿の2人、つまりはハロルドと鏡のディエゴだったからだろう。
(なんだあれ……。よく人目につくところでベタベタできるな、羞恥心ってものがないのか)
 自分の思考が嫉妬混じりであることに気付き、ディエゴは眉根を寄せる。
 だが、ハロルドの表情を見るに彼女は満更でもなさそうであった。
(……くそっ)
 ディエゴは感情を隠すことができず思わず舌打ちする。
 面白くない。面白い光景であるはずかない。
 鏡のディエゴはハロルドと腕を組み、段差があれば一歩先に出て彼女を上手に誘導する。
 淑女を扱うように。
 ハロルドははにかみ、そんな彼女に鏡のディエゴは顔を寄せ何事かを囁くと、ハロルドはさらに嬉しそうに笑むのであった。
(エクレールはもしかして、あんな風にしてもらいたがっていたんだろうか)
 ふとそんなことを思う。
 今までの自分の態度ではハロルドが不満を持ってしまうのも当然だったのでは、と。
(そんなつもりはなかったが、子ども扱いをしていたかもしれない)
 ディエゴはこれまでの自分を省みた。
 恋人同士とはいえ、ハロルドはまだ幼い部分もある。そんな彼女を年上である自分がしっかり見ていないといけないという思いから、自分が「恋人」ではなく「保護者」として彼女を見ていた節があることを、認めねばなるまい。
(いつまでも通用はしない、既に将来を約束した仲だ)
 ハロルドだっていつまでも「保護者」を必要としてはいないのだ。
 ハロルドが求めているのは「伴侶」として自分を同等に見てくれる存在なのだろうから。

 鏡の間に戻ってきたハロルドを、ディエゴは微笑んで迎え入れた。
「疲れてはいないか?」
 そう問うと、ハロルドは「全然大丈夫です」と答えた。
「そうか、では今度は俺に付き合ってくれ」
 ディエゴはすっとハロルドの手をとった。
 ハロルドが僅かに目を見開き、その手を見つめる。
「どうした?やはり疲れているのか」
「いえ……そうじゃないです」
 ハロルドがディエゴに手を預けてくれたので、ディエゴはほっとして歩き出す。
 ハロルドの歩調に合わせて。
 ディエゴは決めていたのだ。
 今はハロルドを1人の女性として自分の持てるすべての知識を以てエスコートしようと。
 愛する人を満足させることもできなければ、何のために得た礼法の知識だというのか。
 廊下に出ると、ハロルドは先ほど鏡のディエゴにしたように、おずおずとディエゴの腕に手を絡めてみる。
 ディエゴは拒絶することなく、微笑んでその手を受け入れた。
 ハロルドは若干困惑した顔をするも、ディエゴの腕に身を寄せる。
「エクレール、行きたい場所はあるか?」
 柔らかな声音で問う。
「また、踊りたいです」
 先ほども鏡のディエゴと踊ったけれど、もう一度、本物のディエゴと踊りたかった。
「そうか、では広間へ行こう」
 広間へ続く階段を上るとき、ディエゴは軽くハロルドの背中を押さえる。運動神経抜群のハロルドに限ってそんなことはないだろうが、万一足を滑らせた時のため。
 ハロルドは衣服ごしに伝わるディエゴの手の温かさを感じる。
 腕にくっついたり、背中を押さえてもらったり。
 なんだか今日は、ディエゴの体温を感じてばかりだ。
 それに気付いて、ハロルドはくすぐったさと同時に、怖さも感じた。
 鏡のディエゴといた時に感じた怖さと同種の。
 ハロルドの顔からだんだんと笑顔が引っこんでいった。
 舞踏音楽が流れる広間に着いても、ハロルドの表情はこわばったまま。
「む……」
 ハロルドの様子に気付かぬディエゴではない。
 精一杯エスコートしてきたつもりが、何か足りなかっただろうか?と自問する。
 いや、そんなはずはない。
 それではなぜ彼女はいま、こんな表情をしている。
 いつものハロルドじゃないみたいだ……。
 そこまで考えて、ディエゴははっとした。
(いつもの違うのは、俺の方だったじゃないか)
 ディエゴはふっと笑い、ハロルドの頭に手を伸ばす。
 ハロルドは不思議そうにディエゴを見上げる。
 ディエゴは彼女のヘアセットが崩れるのも構わずに、くしゃくしゃとその頭を撫でた。
「何緊張してるんだよ、楽しまないと」
 ディエゴが笑う。髪が乱れていくというのに、ハロルドも嬉しそうに笑った。
 ディエゴに撫でられると、胸の中に生じた小さな恐怖がどんどん小さくなって、そして消えていったから。
「ディエゴさん、踊ってくれますか?」
「もちろんだ」
 ハロルドは乱れた髪のまま、ディエゴの手を引き広間の中央に向かっていく。
 淑女はあっという間に元気な少女へ。
「ディエゴさん」
 踊りながら、ハロルドは言う。
「ディエゴさんはいつも素っ気ないし言葉も少ないです」
「そりゃ悪かった」
「だけど陰に隠れた優しさや気遣いがあったんだってわかりました」
 ハロルドに笑顔で言われ、ディエゴは少々照れ臭かった。
 はにかんだ笑みのディエゴの胸に、ハロルドは飛び込む。
「私の隣にいるのは最高の親友で戦友で、自慢の永遠の恋人です」
 ディエゴはハロルドをしっかりと受け止める。
 最高の親友で戦友、そして自慢の永遠の恋人。ディエゴにとっても同じ想いだった。
 これからも、ずっと共に歩んでいける、そんな確信が2人の胸に生じた。
 鏡の間に戻ったら、気付かせてくれてありがとうと鏡のディエゴに伝えよう。


 アンリは、突然現れた鏡の自分にしばし唖然とする。
 言葉を失っているアンリに、鏡のアンリは丁寧に自己紹介を始めた。
「初めまして。といっても毎日のように顔を合わせているのですが。僕は、鏡の中のあなたです」
「お……おう」
 アンリの頭はなんとか今の状況を理解した。
 鏡のアンリは、アンリ同様ぽかんとしているリゼットに笑顔で向きなおる。
「やあリズ」
「あ……はい」
「愛しい君に、やっと会えた」
 鏡のアンリはリゼットの手を包みこむようにとる。
「えーと……」
「というわけで、今日から僕がリズのパートナーになるよ」
 しれっと宣言する鏡のアンリに、
「いやいやいや!ちょっと待て!なんかおかしいだろそれ!」
 と、やっとアンリは反論する。
「おかしくなんてないよ。僕は君よりもリズを愛しているんだから」
(あ、愛……?)
 鏡のアンリから飛び出した言葉に、リゼットはぽんと赤面した。
「残念だが、リズの王子様はこの俺だぜ!」
「あんたは犬!」
 胸を張るアンリに反射で言い返してしまい、リゼットはこほんと咳払いをする。
「えーと、ね。あなたのその気持ちは嬉しいけれど、そんなことを急に言われても」
 リゼットは鏡のアンリに語り掛ける。どんどん寂しそうな表情になる鏡のアンリ。
 リゼットは怯んだ。元々アンリの顔「だけ」は好みなのだ。その顔でこんな表情をされると、弱い。
「それじゃあ、僕にもチャンスが欲しいな」
「え……?」

 そんな成り行きで、リゼットは今、鏡のアンリとデートしている。
 鏡のアンリにどこに行きたいかと問われ、真っ先に出て来たのがアクアリウムの部屋。
 物腰穏やかな鏡のアンリにぴったりの場所だと思ったからだ。
 部屋の扉を開けた鏡のアンリは、リゼットが通過するまで扉を押さえていてくれる。
 細やかな心遣いと優しさにリゼットは嬉しくなった。
 水槽のエアレーションの音が響く静かな部屋で、揺蕩う美しい魚たちを見ていると不思議と心が落ち着く。
 鏡のアンリは誰かさんと違って「食えそうな魚はいないか~」なんてことは言わない。
 大型水槽の前で立ち止まり、色とりどりの観賞魚が目を楽しませてくれる。
 リゼットは観賞魚を眺めている鏡のアンリの横顔を見上げた。
 水槽をライトアップしている青い照明が鏡のアンリをも照らし、なんとも幻想的な雰囲気だ。
 リゼットは鏡のアンリに見惚れほうっとため息を漏らす。
 鏡のアンリがリゼットを見て苦笑した。
「リズ、さっきから魚じゃなくて僕ばかり見てる」
 ずばりと指摘され、リゼットは赤くなった。でも、怒る気にはなれなかった。
「だって……あなたの方が綺麗……だったから」
 素直な気持ちが口をついて出てしまい、リゼットは慌てて俯いた。
「ありがとう」
 と、鏡のアンリが柔らかく笑う気配を感じた。

 ひととおり観賞魚を見て回った2人は、メイン会場である広間へと向かう。
 流れる優美な音楽。華やかな衣装で軽やかに踊る人々。
そして、並べられたご馳走。
リゼットは咄嗟に警戒した。
 ご馳走に向かって一目散になる誰かを思い出して。
 だが、それは杞憂だった。
 リゼットの隣に立つ鏡のアンリは豪勢な料理には目もくれず、
「1曲お願いできるかな」
 と、リゼットに手を差し出してきた。
 リゼットは安堵の息をつき、差し出された掌に自分の手を乗せる。
「喜んで」
 男性が食事に目もくれずリードしてくれる。それは、普通のカップルであれば当然の流れなのかもしれない。
 だが、その「普通」を今まで味わってこなかったリゼットにとっては、感動すら覚えることだった。
 今、目の前にいる鏡のアンリは、見た目だけではなく、全てがリゼットの理想通りの王子様だった。
 理想の王子様とダンスを踊る至福の時を、リゼットは思いきり堪能した。
 そんな2人をこっそり追っていた影が1つ。
 鏡ではない、本物の方のアンリ。
 すれ違うパーティー客たちに怪訝な目で見られても気にしない。
(ほら俺リアルに精霊だし?リズになんかあったら困るし?別に変なアレじゃねぇし?)
 なんて、たくさん言い訳を並べているが、要は気になって仕方がないということ。
 気持ちが落ち着かないのに、黙って待ってはいられないのだ。
 柱の陰に身を隠しつつ、踊るリゼットを盗み見る。
(リズの奴、ずいぶんうっとりしちゃってさ)
 と少し拗ねそうになったが、すぐに思い直す。
(まあこの俺と同じ顔だもんなー、見惚れるのも当たり前か)
 恐ろしくポジティブな思考回路で良い気分になりふんふん鼻歌を歌っているところへ。
「……あんた、何してるわけ?」
 気付けば踊り終えたリゼットがそこにいた。胸の前で腕を組み、冷たい視線でこちらを睨んでくる。
「あー……えーと」
 とりあえず、笑って誤魔化しておこう。
「迎えに来たぜ!なーんて」
「………まあ、いいわ。そろそろ戻ろうと思っていたところだし」
 リゼットは呆れてため息をつく。
「じゃあ、僕は鏡の間で待っているね」
 そう言ってこちらを振り返りつつ去っていく鏡のアンリを、リゼットは名残惜しそうに見送った。
「さて」
 さきほどまでのうっとりした表情はどこへやら、くるりとアンリを振り返ったリゼットは、いつものちょっと勝気な顔の彼女だった。
「ねえアンリ、私、アクアリウムの部屋に行きたいんだけど」
 リゼットは、敢えて鏡の精霊と同じコースを辿ってみることにした。
 その方が、より正確に公平に、2人のアンリを比べられると思ったから。
 だが、アクアリウムの部屋に入ってすぐに後悔することになる。
 美しい観賞魚は2回目に見ても、その感動は衰えなかった。
 やっぱり、綺麗……と魅入る間もなく、アンリのぼやきが耳に入る。
「な~んだ、食えない魚かぁ……」
「……あんたはそう言うと思っていたわ……」
 気を取り直して広間へ。
 こんなアンリでもダンスの腕前はそれなりにある。だからきっと……。
「おーっ、美味そうなご馳走!」
 だから……きっと……。リゼットの淡い期待は脆くも崩れ去る。
 鏡の精霊帰ってきて……と頭を抱えるリゼットを、誰が責められるだろう。
「やっぱり中身に問題がありすぎるわ。さっきまで同じ顔の王子様が確かにいたのに」
 小声で漏らされた不満に、料理を盛った皿を手に戻ってきたアンリは気付いているのかいないのか。
「あんなんと一緒で疲れたろ」
 なんて、呑気に言い放つ。
 そんなことないわよ、夢のようなひとときだったわよ、と反論しようとしたが、それより先にアンリが次の言葉を発する。
「花火見やすい穴場見つけといたから行こうぜ」
「花火?」
 そういえば、鏡のアンリとは花火は見ていなかった。
 良く見える場所をアンリが前もって見つけておいてくれたことも意外だった。
「ほら、こっち」
 と、観葉植物の奥にある人気のないスペースに案内される。ここなら、あまり背の高くないリゼットでも花火がよく見えた。
「あのさぁ、リズ」
「何よ」
 呼ばれてリゼットはアンリに視線を移す。
「夢は夢だからこそ良く見えるもんだ。花火だってキレイだが毎日見てたら飽きるだろ」
 アンリはまっすぐにリゼットを見つめてくる。
「だから現実見ろって」
 その時丁度花火が打ちあがり、アンリの顔を彩った。
 リゼットは息を飲む。
 アクアリウムの部屋で見た鏡のアンリと同じだったから。いや、同じ顔なのは当たり前なのだけれども。
 リゼットは鏡のアンリと過ごしたひとときを思い出し、なんとなくアンリから目を逸らした。
「ま、俺様はあんなんより何万倍もイケてるけど!」
 その一言に、リゼットはふっと吹き出す。
 顔は全く同じでも、中身はやっぱりアンリだ。
 そしてそのことに安心感を覚えている自分に気付く。
「何万倍は言い過ぎじゃないかしら」
 リゼットはアンリに微笑んだ。
 アンリも笑みを返すと、安心したように、一言呟く。
「……なんつーかちょっと、ちょっとだけ寂しかったぞ」
 言ってから、アンリはリゼットと視線を逸らして頭をぽりぽりと掻く。本音を漏らしてしまったことの照れ隠しだろうか。
「何それ」
 リゼットは苦笑する。
 アンリは視線を逸らしたまま、リゼットに手を差し伸べる。皿の上の料理はもう空っぽだった。そろそろ帰る頃合いか。
「しょうがない王子様ね、全く」
 リゼットは素直にアンリに手を引かれ、広間を出ていく。
 鏡の精霊への答えはもう決まっていた。
 このしょうがない王子様は、私が見ていてあげなきゃね。



依頼結果:大成功
MVP
名前:リゼット
呼び名:リズ
  名前:アンリ
呼び名:アンリ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用可
難易度 簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月07日
出発日 07月14日 00:00
予定納品日 07月24日

参加者

会議室

  • [6]リゼット

    2016/07/11-16:55 

    (ぱっと笑顔になって)お久しぶりですっ。
    せっかくのパーティですから、素敵な夜になるといいですね。

  • [5]リヴィエラ

    2016/07/10-16:23 

    こんにちは、私はリヴィエラと申します。
    パートナーはロジェです。そ、その…宜しくお願い致します!

  • [4]ミサ・フルール

    2016/07/10-13:23 

    こんにちは!
    ミサ・フルールです。
    エミリオと参加します、よろしくお願いしますー!(ぺこり)

  • [3]ハロルド

    2016/07/10-08:32 

    ディエゴ・ルナ・クィンテロとハロルドだ
    よろしく
    リゼットとアンリは久しぶりじゃあないか。

  • [2]八神 伊万里

    2016/07/10-06:51 

    八神伊万里と、パートナーの蒼龍さんです。
    皆さん、よろしくお願いします。

    わ、リゼットさん!久しぶりですね!
    ふふ、お会いできて嬉しいです。

  • [1]リゼット

    2016/07/10-00:39 

    こんにちは、みなさん。よろしくお願いしますね。

    それにしてもバカが増えるだなんて…勘弁してもらいたいわ。


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