サマー・ブリザード!(雪花菜 凛 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

「あー暑い。もう暑い。暑いったら暑い」
「ご主人様、暑いを連呼すると余計に暑くなると思いますよ」
 デスクの上に突っ伏す主人を、執事のビヴァリーは冷たい眼差しで見つめました。
「でも、暑いものは暑い」
 オーウェン・メイスフィールドは、だらしなく開けた胸元をパタパタとさせます。
「子供ですか」
「あ、その視線にちょっとヒヤッとした」
 突き刺さる氷の視線にオーウェンは身を起こしてから、ぽんと手を打ちました。
「そうか、氷か。そうだね、氷がいいね」
「? 何のお話しですか?」
 首を傾けるビヴァリーに、オーウェンは片目を閉じて笑います。
「今年の迷路は、氷だ!」

 オーウェン・メイスフィールドは、タブロス市近郊に住む若い貴族です。
 屋敷には広大な庭園があり、その生け垣を迷路に改造したテーマパークを運営しています。
 テーマパークでは、季節ごとのイベントを開催しているのですが、今年の夏のテーマは『氷』となったようです。

 数日後、オーウェンからの招待状がA.R.O.A.にも届けられました。

 ★メイスフィールド家主催★

 氷の迷路でヒヤッとしよう!
 今年の迷路は、至る所が氷だらけ。氷の迷宮を君は抜け出せるか!

 ルールその1.
 迷路へは、必ず二人一組で入ってください。

 ルールその2.
 迷路に入る二人の手は、逸れないように手錠で繋がれます。
 手錠はゴールまで外してはいけません。外した場合は失格となります。

 ルールその3.
 氷の迷宮内は、人工雪が降ります。
 場所によっては、ブリザード級も?
 温かい格好で起こし下さい。(防寒コートなどの貸し出しがあります)

 ルールその4.
 生け垣の壁を飛び越えるような行為は、反則とみなし、退場とします。

 ルールその5.
 三つのチェックポイントで、冷たいデザートを食べて下さい。
 ※出されるデザートは、一組につき一人分です。必ず完食して下さい。
 第一チェックポイント:水羊羹
 第二チェックポイント:アイスクリーム
 第三チェックポイント:かき氷

 ゴールすると、記念撮影、ならびに豪華なバーベキューパーティが楽しめます。
 皆様、奮ってご参加ください!

 参加費 300Jr

 以上。

解説

氷の迷路を楽しんでいただくエピソードです。
涼しいを通り越して寒い事態になりそうですが、パートナーさんと協力し合ってゴールを目指して下さい!

防寒コート、手袋、マフラーの貸し出しがありますので、これらは自由に持ち込んで頂けます。

迷路を構成する生け垣は、すべて特殊な仕掛けで凍らされています。
生け垣には電飾が飾られており、氷越しに幻想的な灯りで楽しませてくれます。
また、人工雪も降っています。(時折ブリザードになるので、注意が必要です)

景色を楽しみながら、のんびり進むのも良いでしょう。
所々に設けられている、小さなかまくら(二人入れる大きさで、木製ベンチがあります)で一休みも可能です。

三つのチェックポイントでは、必ず出されたデザートを食べる必要があります。
こちらは『二人で一つ』を食べればOKですので、協力して完食して下さい。
アイスクリーム、かき氷は、食べたいフレーバーやシロップがあれば、プランに明記をお願い致します。

参加費として、一律『300Jr』消費しますので、あらかじめご了承下さい。

ゲームマスターより

ゲームマスターを務めさせていただく『夏は冷蔵庫の中に住みたい』方の雪花菜 凛(きらず りん)です。

かなり久し振りなメイスフィールド家の巨大迷路です。
涼しくなりたい一心でネタを考えていたら、やり過ぎた気がしています。
でも、きっとすっごく涼しい……筈!

過去エピソードを参照頂かなくても、今回のプロローグの情報だけで問題ありませんので、お気軽にご参加いただけますと嬉しいです。

皆様の素敵なアクションをお待ちしております!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アルヴィン=ハーヴェイ(リディオ=ファヴァレット)

  わぁ、涼しい……を通り越して寒い位だね。
防寒コートと、手袋、マフラーはちゃんと借りておかないと風邪をひきそう。

…わ、手錠で繋がれるんだね。
逸れない様にって事なんだろうけど、なんか不思議な感じ。
雪が降っててブリザードが起きるみたい、だからリディの手も握ってよう。

んー、迷路の攻略法っていえば、左手法だよね。
時間は掛かるだろうから、休憩をとりながら進もうっと。

水羊羹は割と大丈夫そう…かな。凍ってたりはしないよね。
アイスはイチゴ味がいいなぁ。
かき氷はイチゴのシロップがいいかな。
冷房の効いた部屋でっていうのはあるけど…うん、クリア出来る様に頑張らないと。

やるからにはゴールしたいし、リディ頑張ろうね。


俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
  防寒はばっちり、ブリザードは手を繋いで駆け抜けるとして

問題はデザート
つまり、いかに相手に多く食べさせるか!

水羊羹
凍ってなきゃいいけどな
ここは平等に、俺が分けるからお前が選べ
きっちり半分にならなくても、互いが平等だと思えるならそれでいい

アイス(バニラ
おい、そんな一気に食べ…んむっ!?(真っ赤になり咳き込む
な、何しやがるっ!?
あ、愛が冷たい…

かき氷(イチゴミルク
結構思い出深いデザートなんだよな
多めにスプーンにとり相手を真剣に見つめながら
ネカ…実は俺、お前のこと好きなんだ
今だ!くらえ!
口を開けるタイミングを見計らってスプーンを突っ込む
ははは、さっきのお返しだ
反撃にも負けずにさらにかき氷を相手に食わす


胡白眼(ジェフリー・ブラックモア)
  最初こそ幻想的な光景を楽しんでいたが
拷問めいた寒さに気が立ち、口喧嘩に
『GMPの方がまだマシだった』と言われてつい…!

山羊がゴリラがと口は動きっぱなし
デザートも協力どころか競うように

初めて聴く弾けるような笑声に胸が温かくなる
しかしそこまで山羊好きとは
「ガゼルとかも好きですか?」
今のも見たことのない表情だ。いい笑顔だな

「でも、やっぱり冷えますね」
からかわれてばかりだと思ったら、大間違いですよ?
繋いだ手をコートのポケットへ

「こうすれば、もっと温かいでしょう?」

赤面しながらも得意げに
だけど視線を合わせるのは照れくさくて
「ははっ、もう怒ってませんよ。…出口はこっちかな」
彼を引っ張るような早足で、前へ


カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  イェルと初めて遠出した時も冬を実感したな※1
去年とは一緒になんねぇだろうけど
※言いながら借りた防寒具着用

手錠?
いつも手を繋ぐしな
※気にしない

景色を見ながらのんびりいくか
タイムアタックでもねぇし、歩いた場所の特徴を憶える程度で
歩き疲れたりブリザードが発生したらかまくらで休憩
ここじゃ頬寄せる位しかしねぇよ?

チェックポイントか…
アイスとかき氷希望?
ババヘラ、マンゴーの雪綿氷があれば、それ
なければお任せ

イェル、あーんしてやる
美味ぇか?
ならば良し※角キス
俺にもやるよな? よ め さ ん !※イイ笑顔

迷路出たら、楽しかったなと笑う
1年前より涼しかったが、1年前より楽しかったし、イェルが可愛かったからいい※笑ってキス


咲祈(ティミラ)
  コート、マフラー、手袋装着
…ふむ。迷路か
ああ、嫌いじゃない。こういうのを見るとわくわくするよ
景色もキレイだし見飽きない。これ考えた貴族さん、良いセンスしてると思う
楽しそうに兄を引っ張って先に進む
雪……。本物じゃないのかい。ふむ、なかなか興味深い…!

水羊羹
…ティミラ
なぜ水がついているのに羊羹?
君もよく知らないのか…ふむ
アイス
このもはや寒い空間で食べるアイスというのは……
まあ…分からなくもないけれど…
かき氷
ティミラ、君…元気だね。寒い。凍えそう
いや、遠慮しておく
…。仕方ないな…
しょんぼりとした兄が可哀想に思えて、手錠側の手を繋ぐ
これまで辛辣な態度をとっていた自覚もあって
じゃあ、離す


●1.

 氷の迷宮が奥まで続いている。
「……ふむ。迷路か」
 咲祈は、手袋を嵌めた手で氷に触れた。
「ん? ツバキってこういうの好き?」
 マフラーを巻き直しながら、ティミラは咲祈を見つめる。
「ああ、嫌いじゃない。こういうのを見るとわくわくするよ」
 舞う雪の粒を掌で受け止めながら、咲祈は小さく頷いた。
「景色もキレイだし見飽きない。これ考えた貴族さん、良いセンスしてると思う」
「……そんなに感動する!?」
 驚くティミラの手を咲祈は掴んだ。二人を繋ぐ手錠が音を立てる。
「ちょ! ツバキ、早いちょっと待って!」
 歩き出す咲祈に引っ張られ、ティミラは蹈鞴を踏んだ。
「夏にも雪って降るものなのだな」
 積もる雪を踏み締め、咲祈が口元を僅か緩める。ティミラも頭上を見上げた。
 広がる夏空。雲一つない。けれど、雪だけは舞い降りて来る。
「もう七月だし、本物は降らないだろ。人工的に作り出した雪じゃない?」
「……本物じゃないのかい」
 きょとんと咲祈がティミラを見た。
「ふむ、なかなか興味深い……!」
 顎に手を当てて何度も頷く。
(うーん……ツバキ、記憶無くしてから不思議ちゃんになったなぁ……)
 ティミラは咲祈を眺め、小さく唸った。
(けどまぁ……楽しそうだし、いいか)
「あそこの壁、凄く綺麗だ。行ってみよう」
「足元には、気を付けて!」
 二人は次々変わる電飾の光に導かれるように進む。
 やがて、第一チェックポイントと書かれた旗が立つ場所へと辿り着いた。
 毛皮のコートを着込んだ執事達が、水羊羹を手に二人を出迎える。
「羊羹か……」
 咲祈はしみじみとそれを見つめてから、ティミラに視線を投げて来た。
「なぜ水がついているのに羊羹?」
「え」
 ティミラの時が一瞬止まる。
「……うーん、水も材料の内だから?」
 やっと出て来た言葉には、己でさえ納得できず首が傾く。
「ごめん、オレも興味ないし、よく分かりませんツバキさん」
「君もよく知らないのか……ふむ」
 執事達が小さく咳払いした。
「普通の羊羹より寒天が少なく水の配合の多いものが、一般的な水羊羹の定義であると聞いた事があります」
 咲祈は興味深いと頷いて、水羊羹を二つに切り分け、ティミラと一緒に食べた。
 続く第二チェックポイントには、着ぐるみを着た執事達が居る。
「冷たいアイスクリームを完食して頂きます。お好きなフレーバーをどうぞ」
 咲祈とティミラは、ケースの中に並ぶカラフルなアイス達を眺める。
「このもはや寒い空間で食べるアイスというのは……」
 咲祈が半眼になった。
「なに言ってんの。寒い中食べるアイスは格別!」
 対照的にティミラは瞳を輝かせる。
「暑い中食べるのも最高だけど!」
「まあ……分からなくもないけれど……」
 拳を握るティミラに笑ってから、二人でアイスを選ぶ。
 カップにこんもり盛られたアイスと格闘し、無事完食したのだった。
 しかし、試練は最後に待っている。
 最大の敵、かき氷を前に、ティミラは拳を握った。
「ツバキ! 最後だから頑張ろうな!」
「ティミラ、君……元気だね。寒い。凍えそう」
 感心したような視線でティミラを見てから、咲祈は寒そうに肩を震わせる。
「え、ツバキもう限界? マジ?」
 ティミラは目を見開いてから、直ぐに手錠で塞がってない側の腕を広げた。
「それなら、オレの腕に! さあ、おいで!」
「いや、遠慮しておく」
 一秒と置かずに返って来た返事に、ティミラはしゅんと肩を落とす。
「……だよね、うん……」
 そんな彼を横目に眺め、咲祈はふっと息を吐き出した。
「仕方ないな……」
 手錠で繋がっている手に、突然の温もり。ティミラの身体が跳ね上がる。
「えっ、いきなりどうした!?」
 咲祈の手がティミラの手に重ねられている。
「じゃあ、離す」
「いや、良いよっ、このままで!」
 離そうとする咲祈の手を慌ててがっちりと捕まえて、ティミラが嬉しそうに笑った。
「じゃ、ゴール目指して頑張ろうか、ツバキ!」
「うん。完食、頑張って」
「えっ、オレ一人でですかっ、ツバキさん!?」


●2.

 まるで冷蔵庫の中のような空気に、俊・ブルックスは眉を寄せた。
「シュン、寒いのでぴったりくっついて進みましょうね」
 舞う雪の中、ネカット・グラキエスがぴたっと身を寄せてくるのに、俊は一瞬身を引き掛け、ぐっと堪える。
 二人の駆け引きはもう始まっているのだ。

 問題はデザート──つまり、いかに相手に多く食べさせるか!
 今日の二人は協力者であり、ライバルでもある。

「吹雪は一気に駆け抜けるぞ」
「了解です」
 手錠で繋がれている手同士をしっかりと繋いだ。


「凍ってなきゃいいけどな」
 俊は執事から受け取った皿の上を真剣に見つめた。ピックナイフと水羊羹が輝く。
「大丈夫そうですね」
 ぷるぷる揺れる水羊羹に、ネカットが微笑んだ。
「切り分けるぞ」
「えー、さてはシュン、自分の分を小さく切るつもりでしょう」
 ネカットが半眼で見つめてくるのに、ピックナイフを手にした俊は口の端を上げた。
「ここは平等に、俺が分けるからお前が選べ」
「なるほど……」
 ネカットは顎に手を当てる。
(今回は双方不満が出ないようにというシュンの気遣いですね)
(きっちり半分にならなくても、互いが平等だと思えるならそれでいい)
 二人同時に互いを見て、目が合う。
「そうしましょう」
 ネカットが笑顔で頷き、俊は慎重に羊羹を二つに切り分けた。
 二人は半分こにした羊羹を笑顔で完食したのだった。


 続くチェックポイントで二人を待ち受けていたのは、色鮮やかなアイスクリーム達。
「ここは王道のバニラか……」
「では、バニラでお願いします」
 俊の呟きに、ネカットは迷わずバニラを注文した。
「結構な量があるな……」
 カップにこんもり盛られたアイスに、俊が思わず身震いする。
「では、いただきます」
 その間に、ネカットはカップを持ち上げた。
「ネカ……!?」
 ネカットが一気にアイスを口に掻き入れ始め、俊は目を見開く。
 口いっぱいにアイスを頬張るネカットを俊が慌てて覗き込んだ時、ネカットの瞳が光った。
「おい、そんな一気に食べ……」
(隙あり……です!)
 俊の唇が開いたタイミングで、ネカットは彼の首に手を回しその身体を引き寄せる。
 驚きに染まる俊の表情を楽しみながら、強引に唇を合わせた。
「んむっ!?」
 唇から甘く冷たいアイスが移される。
(口移し……!?)
 俊がそれを理解した時には、アイスの大部分は俊の口の中へと移動していた。
「っ……!」
 やっと唇が解放されると同時、俊は大きく咳き込む。顔が熱い、いや冷たい。どっちなのか分からない混乱が俊を包む。
「な、何しやがるっ!?」
 漸くアイスを飲み込み叫べば、ネカットは爽やかに微笑んだ。
「ラブラブパワーで速く溶けないかと思って!」
「あ、愛が冷たい……」
 赤く染まった頬を押さえて、俊はがっくりと項垂れる。
「シュンの唇はとても甘かったです」
 にっこり笑うネカットに、執事達が拍手をしていた。


 最後のお題はかき氷。
(結構思い出深いデザートなんだよな)
 赤い苺のシロップと練乳を見つめ、俊はスプーンを手に取る。
(次はどんな作戦で行きましょうかね)
 ネカットが思考を巡らせていると、俊が口を開いた。
「ネカ」
 真剣な俊の眼差しと目が合い、ネカットは瞬きする。

「実は俺、お前のこと好きなんだ」

 ネカットの頬がほんのりと染まった。
「……え、何ですシュン急に改まって……」
(今だ!くらえ!)
 その隙を見逃さない。俊はこんもりスプーンに掬った氷をネカットの口へねじ込む。
「もごっ!?」
「さっきのお返しだ」
 口を押えるネカットに俊は朗らかに笑った。
「お返しなら、キスしてくれないと割りに合わないです」
 恨めしげに俊を見つめ、ネカットもスプーンを持つ。
「ば、何言って……」
 キスという単語に動揺する俊の口に、ネカットは氷たっぷりのスプーンを突っ込んだ。
「もが!?」
「美味しいですか? シュン」
「っ……ああ、とっても美味い……ぜ!」
「もごごっ!?」
 激しいスプーンの往復で、いつの間にか器は空に。
 二人は無事にゴールしたのだった。


●3.

 ──最初は楽しかったのだ、最初は。
「……寒過ぎませんか」
 胡白眼はガチガチと己の歯が鳴る音を聴いていた。
「冷やすにしても限度があると、初めから思ってたけどね」
 ジェフリー・ブラックモアは、白眼を見遣り溜息を吐き出す。
 二人を繋ぐ手錠がじゃらりと揺れた。
「ジェフリーさんだって、最初は涼しいって……」
「GMPの方がまだマシだった」
 その一言に、白眼はむっと眉を寄せる。
「ゴリラ・マスター・パークの方がマシなんて、聞き捨てなりません! どう考えてもゴリラより氷でしょう!」
「涼しさを求め過ぎて凍死なんて、笑い話にもならないじゃないか」
 ぴくりと肩を揺らし、白眼はにっこり微笑んだ。
「なら、ヤギ園にでも行けばよかったです。ヤギ園なら閑散としていて、のんびり楽しめたでしょうねぇ」
 今度は、ジェフリーが耳をぴくんと揺らす。
「山羊は人気がないとでも?」
「GMPみたいなヤギ園があればいいんですけど、山羊には無理ですよね」
 二人の視線がぶつかる。
「山羊がゴリラに劣るとでも?」
「山羊がゴリラに勝てる所あるんです?」
 二人は言い合いながら、第一チェックポイントに到着した。
「山羊の笑みの可愛さを知らないとは、可哀相に」
「あのおじいちゃんみたいな笑みがいいんですか?」
 執事から奪い取るように皿を受け取って、白眼が素手で割った水羊羹を奪い合うように食べる。
 そのままの勢いで、二人は第二チェックポイントにも辿り着いた。
 ほぼ競歩のように歩いてきたので、息はすっかり切れているが言い合いは止まらない。
「ゴリラはドラミングできるし!」
「山羊ミルクは人の母乳に近い栄養価がある!」
 アイスのカップを間に挟んで、スプーンを持つ。
 ガガガッと、二人はアイスを掻き込んだ。
「俺の方が速かったですね」
「俺の方が沢山食べた」
 ムッと顔を見合い、ほとんど走るようにして、最後のチェックポイントに雪崩れ込む。
 かき氷を前に、二人同時に思わず動きを止めるも、直ぐに互いを見遣って口の端を上げ、スプーンを手に取る。
「うっ……」
「キーンと来た……!」
 二人でかき氷を掻き込んで、一緒に鼻を押さえる。
 数秒の後。
「アハハハッ……!」
 笑い出したジェフリーを、白眼はぽかんとして凝視した。
 明るい笑い声──こんな風に声を上げて笑う姿、初めて見るかもしれない。
 胸の奥が温かくなる感覚を覚え、白眼の口元にも笑みが浮かんだ。
「こんなくだらない喧嘩は久しぶりだよ……」
 ジェフリーの横顔を眺めながら、白眼は疑問に思ってた事を問い掛けた──彼がこんなに山羊が好きだとは思ってもみなかったから。
「ガゼルとかも好きですか?」
「ううん。山羊がいいんだ」
 ジェフリーが、はにかんだような笑顔を浮かべる。
 ──今のも見たことのない表情だ。
 いい笑顔だなと、白眼は思う。
「喧嘩したら血が温まったよ」
「でも、やっぱり冷えますね」
 白眼がそう言うなり、ジェフリーの指が伸びて、手錠で繋がれた手と手が繋がれた。指をゆっくりと絡め、ジェフリーは微笑む。
「これならどう?」
 慌てる筈──そう思ってる眼差しだ。
(からかわれてばかりだと思ったら、大間違いですよ?)
 白眼は笑みを返すと、繋いだ手を己のコートのポケットへ入れる。

「こうすれば、もっと温かいでしょう?」

『こうすれば、もーっとあったかいでしょっ?』

 ジェフリーは瞬きした。
 耳に蘇る、大切な彼女の声。

 心臓が凍り付く音がする──何を浮かれているんだ、俺は。

(ふたりとの約束を忘れたのか)

 赤面しながらも得意げに、けれど照れ臭そうに視線だけは外して──目の前で笑っている男。

 ──この締まりのない笑顔のせいだ。
 利用されてるとも知らず、へらへらと。

「ごめんね」

 唇から零れた謝罪の言葉。
 これはマリアとエラへと向けた言葉。

「ははっ、もう怒ってませんよ」

 ──おまえなんかのためじゃ、ない……。

「出口はこっちかな」
 繋いだ手をそのままに、早足に歩き出す白眼の背中を、ジェフリーは昏い眼差しで見つめていた。


●4.

「そういえば……初めて遠出した時も冬を実感したな」
 防寒コートを着ながら、カイン・モーントズィッヒェルが呟いた。
 手袋を嵌めながら、イェルク・グリューンは瞬きする。
「そういえばそうですね」
 去年の同じような時期に、二人は初めて一緒にイベリン王家直轄領へと出掛けた。
 青の食堂の、極寒の冬のブースでの出来事は、遠いようで直ぐ先日の出来事のような気もする。
(あの時は……連れ出されるのも抵抗あった)
 イェルクは当時の感情を辿って、僅かに瞳を伏せた。
 今となっては、カインがイェルクの息抜きの為に連れ出してくれたと分かるのに。
「去年とは一緒になんねぇだろうけど」
 カインの声に、イェルクは瞳を上げた。
 目が合うとカインは笑う。
「そうですね」
 イェルクは手袋越しに左手の指輪に触れた。そう、あの時とは違う。
(だって、カインは私の──……)
「何考えてる?」
 耳元でカインの声がして、イェルクは肩を跳ね上げた。
「な、何も……」
 何時の間にか至近距離に間を詰めていたカインは、口の端を上げる。
 完全に見抜かれてると思うが、それを言って墓穴は掘りたくない。
「手錠で手と手を繋ぐんでしたね」
 執事が手錠を持ってきたのを幸いに、イェルクは話題をそちらへ向けた。
「いつも手を繋ぐしな」
 カインは大した問題ではないと手を差し出し、イェルクもまた抵抗は感じず手を出し、二人は手錠で結ばれた。
 ごく自然に指を絡め手を繋いで、二人は迷路へ踏み出す。
「電飾を目印に行くか」
「綺麗ですよね。あれ、レカーロの形でしょうか? ティエンみたいです」
 愛らしい電飾に、二人で微笑み合う。
(去年はこんな風に微笑み合う事は無かった……その違いがこんなにも嬉しい)
 イェルクは無意識に、カインの手を強く握った。
「ブリサードだ。隠れるぞ」
 一瞬の思考の間に、イェルクはカインに抱えられるようにして、かまくらの中へと入った。
「過ぎ去るまで、ここで待つか」
 かまくらは狭く身体が密着する。
 頬を染め俯くイェルクに、カインは口の端を上げて囁いた。
「ここじゃ頬寄せる位しかしねぇよ?」
 イェルクは、ひたすら他に誰も来ない事を祈った。

 第一チェックポイントで水羊羹を食べ、二人は順調に次のチェックポイントに辿り着いた。
「ババヘラアイス」
 カインの口から飛び出した注文に、イェルクは目を丸くする。
(マニアックな……)
 思わず執事達へ心配する視線を投げると、執事達の瞳がキラリと光った。
(これは……プロ魂!?)
 ピンクと黄色のバラの花のようなアイスが差し出されると、やるなとカインが微笑んだ。

 最後のチェックポイントでも、カインはしれっとこう言った。
「マンゴーの雪綿氷」
 イェルクがはらはらとした目線を投げるも、執事達はかしこまりましたと頷く。
「流石だな」
 カインは感心した様子で、出来上がった雪綿氷を受け取った。
 水の代わりに牛乳と練乳の氷で作ったかき氷に、たっぷりのマンゴーが乗っている。
「イェル、あーんしてやる」
 カインが氷をスプーンで掬って差し出してきた。
 イェルクは頬を染めるも、素直に口を開く。
(し、新婚なら、許されるかと……!)
「美味ぇか?」
 カインの問いかけに頷く。カインは蕩ける様な笑みを見せ──。
「ならば良し」
「ひゃぁ!?」
 角へ触れた唇に、イェルクは身体を震わせた。
「俺にもやるよな? よ め さ ん !」
 限りなく良い笑顔のカイン。イェルクは何度も瞬きしてから、スプーンで氷を掬い彼の口へと運んだ。
 
「楽しかったな」
 迷路の外に出て、カインは大きく伸びをした。
「一年前より涼しかったが、一年前より楽しかったし、イェルが可愛かったからいい」
 ええ、楽しいです──と言い掛け、イェルクは重なる唇に言葉を失った。
 ──一年前より楽しかったが、一年前と違ってカインが……甘くて……。
 それは、決して嫌ではなくて、嬉しい事で。
 名実共に夫婦になった実感もあるけれど……。
 イェルクは瞳を閉じた。

 これ以上、好きにさせてどうするつもりなんですか。


●5.

「わぁ、涼しい……を通り越して寒い位だね」
 アルヴィン=ハーヴェイは、白い息を吐き出した。
 迷路に入る前の茹だる様な暑さが嘘のような、冷たい澄んだ空気。息を吸えば、身体の中から冷えて来る。
「防寒具、借りてきて良かったね」
 リディオ=ファヴァレットは、防寒コートの前をきっちりと合わせる。
「うん、手袋とマフラーもあって良かった。ないと風邪ひきそう」
 アルヴィンは凍えそうな両手を擦り合わせようとして、鎖の感覚に瞬きした。
「あ、手錠で繋がれてるんだったね」
(逸れないようにって事なんだろうけど)
「アル、どうかした? 大丈夫?」
 鎖をじっと見ていると、リディオが覗き込んでくる。
「何でもない……けど、手錠ってなんか不思議な感じがして」
 素直に感想を口に乗せれば、リディオも頷いた。
「確かに変な感じだよねぇ。手錠がある事を忘れないようにしないと……そうだ、こうしておこうか」
 手錠で繋がる手同士が重なって、ぎゅっと握られる。
「こうしてれば離れないよね」
「……そうだね」
 手袋越しでも、リディオの温かな体温が感じられた。
「リディ、寒くない?」
「僕は平気だよ。アルと手を繋いで温かくなったから」
「そっか。……でも、それでも寒いかもしれないから、そんな時は……」
 アルヴィンは一歩リディオに歩み寄り、片手でぎゅーっとリディオに抱き着いた。
「オレが温めちゃうから。……なんて」
 冗談めかして言ったものの、後半は思わず照れが出てしまい、アルヴィンはリディオのコートに顔を埋める。
「……うん。その時は、是非お願いしたいな」
 ふわりとリディオの長い指が、アルヴィンの頭を撫でた。やわやわと髪を滑る手が心地良い。
 ドキドキと重なる鼓動は、どちらのものなのか分からないくらい、お互いに速かった。

 手を繋いで歩き出すと、輝く生垣の電飾の灯りが二人を包む。
 星や花、動物を模した形に光るそれを眺めるのも楽しい。
「んー、迷路の攻略法っていえば、左手法だよね」
 アルヴィンが壁に左手を付き、二人は歩いていく。
「夏なのに冬の景色を見られるなんて不思議だね」
「ここだけ急に冬になったみたいだよ」
 舞い落ちる雪は確かな冷たさで、見上げる夏空とのミスマッチが季節感を更に分からなくさせている。
「アル、こっち」
 不意にリディオがアルヴィンの手を引いて、近くにあった小さなかまくらへと入った。
「ブリザードだ」
 かまくらの外を猛吹雪が襲う。二人は暫くかまくらで身を寄せ合い、吹雪が止んだのを確認して外へ出た。

 チェックポイントでは、冷たいデザートが二人を出迎えた。
「凍ってたりはしないよね?」
 アルヴィンは水羊羹の柔らかさを確認し、ほっと息を吐き出す。
 早速半分に分け、リディオと分け合って食べた。

 次のチェックポイントでは、更に冷たいアイスクリームが控えていた。
「イチゴ味がいいなぁ」
 カップに盛られたピンクの色が華やかなアイスに、アルヴィンは瞳を細める。冷たそうだけど美味しそうだ。
 これも半分こにして、アルヴィンはリディオの様子を窺う。
「冷たくて甘酸っぱいね」
 リディオは冷たそうに肩を竦めつつ、アイスを完食した。

 最後のチェックポイントでは、冷たさ最高潮のかき氷が出て来る。
 苺のシロップがたっぷり掛かったそれをスプーンで掬って口に運び、リディオはくぅと眉を寄せた。
「リディ、無理しないで。オレが頑張るから」
 アルヴィンが一人で食べようと器に手を伸ばせば、リディオの手がそれを阻止する。
「僕も食べるよ。二人で頑張ろう」
 二人でという言葉が嬉しい。
「……うん、リディ頑張ろうね」
 アルヴィンは頷いて、二人は協力してかき氷も食べ切った。

「わあ……外の空気が凄く温かく感じる」
 無事にゴールした二人は、戻って来た夏の空気に深呼吸した。
「暫くしたら、きっととても暑く感じるんだろうなぁ……」
「その時は、また一緒に迷路で涼んでみる?」
 悪戯っぽくウインクするリディオに、アルヴィンは笑ったのだった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:俊・ブルックス
呼び名:シュン
  名前:ネカット・グラキエス
呼び名:ネカ

 

名前:胡白眼
呼び名:フーくん
  名前:ジェフリー・ブラックモア
呼び名:ジェフリーさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 雪花菜 凛
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月04日
出発日 07月11日 00:00
予定納品日 07月21日

参加者

会議室

  • [4]咲祈

    2016/07/08-21:21 

    咲祈、ティミラだ。よろしくね。
    氷の迷路…ふむ、なかなか興味深い…

  • [3]俊・ブルックス

    2016/07/08-09:08 

    ネカット:
    メイスフィールド家の迷路なら参加しないわけには!
    というわけで、ネカさんとシュンです。
    よろしくお願いしますね。

  • [2]胡白眼

    2016/07/08-07:40 

    ジェフリー:
    アー…。ジェフリー・ブラックモアだよ。神人のフーくんに誘われて参加。

    氷の迷路。面白い趣向だね(ぱたっ)
    暑いから冷やす。これも道理だ(ぱたぱたっ)
    でも何事も(ぱたっ)限度ってものが(ぱたぱたっ)あるんじゃないかなぁ…?(ぱたたたたっ)
    (表情はにこやかだが尻尾が非常にいらいらしている)


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