《贄》アザミ(こーや マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●報復
 ウィンクルムだけが訪れることが出来る天空島『フィヨルネイジャ』。
 女神ジェンマの庭園とされるだけあって、清らかな空気と美しい緑に溢れている。心地よく、時の流れを忘れさせてくれる場所だ。
 それは、庭園の美しさ以外にも理由がある。この場所では『現実では起こりえない現象』を、現実のことのように味わうことがある。
 白昼夢のようだが、白昼夢と決定的に違うことはパートナーとその夢を共有できる点にある。二人で見る現実のようで現実でない夢を求めて、今日もウィンクルム達がフィヨルネイジャを訪れる。


 精霊の攻撃を受けた敵――デミ・ギルティの首から血が噴き出した。
 返り血を顔に浴びた精霊は顔をしかめる。しかめることが、出来た。
 つまりそれだけの余裕があるのだ。
 デミ・ギルティは確かに強い。けれど今まで報告にあった、或いは君達自身が遭遇したデミ・ギルティと比べれば格段に劣る。
 偶然君達が出向いた村に突如として現れたデミ・ギルティ。放置する訳にはいかず、君達は居合わせた他のウィンクルム達と協力し、対峙することに決めた。
 決死の覚悟だった。A.R.O.A.が間に合えばいい。間に合わなくとも、村人が逃げる時間さえ稼げればいい、そう考えていたのに。
 現実は優勢。
 勿論、君達は訝しんだ。これは罠で他に何かあるのかもしれないと警戒をしてはいたものの、ここまで杞憂に終わっている。
 そしてついに精霊がデミ・ギルティに止めを刺す、その時。
 デミ・ギルティは嗤っていた。ニタリと粘ついた笑み。血が唇を乗り越え、顎を伝い地面へボタタと流れ落ちる。
「こぉろしたぁ……やっちゃったねぇ……?」


 君達はベッドの上で目を覚ました。
 真っ白の天井。病院だとすぐに理解した。
「起きたみたいね」
 聞き覚えのある声だ。そう、さっきまで一緒に戦ったウィンクルム――その神人ものだ。隣にはパートナーたる精霊もいる。
 あの時、村にいた唯一の正規職員で、最も経験が豊かだった彼女たち。
 そんな彼女たちが何故ここにいるのだろう。見舞いにしては様子がおかしい。
 何かを言おうとしては口ごもる神人。見かねた精霊が口を開いた。
「君は、明日死ぬ。……すまない、俺達がもっと気をつけておけば」
 デミ・ギルティを倒してすぐに君達は倒れたのだ。正規職員ウィンクルムは君達を助け起こしたときに、気付いた。君の左手の赤い文様が、黒く染まっていることに。
 君達を病院に預けてから、A.R.O.A.は総出で黒い文様について調べ、そして見つけた。
 数百年前にギルティを封印した時、生き残ったウィンクルムのうち一人が翌日命を落とした。体が真っ二つに裂けるという、異様な死。
 その人物の文様も黒く染まったのだという。オーガによる絶命の呪いだと結論が下されていた。
 オーガによる被害が今よりも甚大で、ギルティ封印時の犠牲が大きかった頃の記録。さらにいえばこの一件だけであったが為に、重要視されず今日まで掘り返されることのなかった情報。
 説明を終えた精霊は、なおも続ける。
「その体じゃ出かけることは難しいだろうが、残された時間を好きに過ごすといい。……苦しまないように手伝うこともできる。必要なら、言ってくれ」

解説

●参加費
ものすごくそんな気分になったので、寄付しました 300jr

●状況
オーガの呪いで神人か精霊のどちらかは必ず明日死にます
病院でも自宅でも、ご希望の場所で最期の一日を過ごしてください
呪いを受けた方は体が弱っているので、にぎやかな場所への外出や遠出は難しいです
遠方でも、その場所に行ったっきり(=自宅や病院に戻らない)ならどうぞ

また、呪いを受けた側が望めば、最期の瞬間が悲惨なことにならないように正規職員ウィンクルムが『手伝って』くれます
求めれば毒薬も用意してくれるでしょう

死ぬ瞬間の描写及び目が覚めた後の描写は行いません
念の為に付け加えておきますが、『らぶてぃめっと』は全年齢向きゲームであることをお忘れなく

●必須
呪いを受けたのが神人であればアクション、精霊であればウィッシュプランの冒頭に『呪』の記述をお願いします

●その他
このギルティの話は、今回の白昼夢のみでのお話
あしからずご了承ください

ゲームマスターより

「もし、神人か精霊が死ななくてはいけなくなったとしたら」というコンセプトのゆるーい連動、《贄》です。
そういえばそんなのやってたな、なタイミングでもういっちょと投下してみました。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

 

病院の屋上 星空を見上げ

綺麗ね 星が落ちてきそう

ぎこちなく返される笑顔
無理に作っているとわかる 顔

…家族に 伝えてくれる?
ごめんねって 大好きよって
後はそうね お友だち皆に
リチェが シリウスのことをよろしくって言っていたって
…ふふ そうよ
あなたが言ってね 大事なことなんだから忘れちゃダメよ

言葉が途切れ 黙って彼の目を見る
呪いを受けたのは彼の方ではと思うくらい 生気の失せた顔に心が痛む

シリウス わたし、あなたの笑った顔が好きよ
ねぇ これからも沢山 笑…?

初めて見る歪んだ顔に絶句
震える背に指に 涙が零れる
力いっぱい抱きしめて

ずっと側にいるわ 
大好きよシリウス 
だからお願い 幸せに

口づけに言葉を奪われ 目を閉じる
甘くて悲しい 味がした


紫月 彩夢(神崎 深珠)
 

家に帰りたくなかったから、深珠さんの家にお邪魔させてもらう
あたしを看てくれてる深珠さんは、少しだけ心配そう
でも、深珠さんならあたしがいなくても大丈夫だよね

ね、深珠さん
言わなくても大丈夫だと思うけど、あんまり悲しんだりしないでね
敵はちゃんと倒せたんだし、これで良かったんだよ
だから、明日からまた、頑張って。咲姫に宜しく

…何でそんな意地悪言うのよ
嫌に、決まってるじゃない…嫌だ、やだ、深珠さんを取られたくない…
死ぬことよりもそれが怖いなんて、どうかしてる
新しい契約の時なんて来なければいい。ずっと、ずっと

ひどい死に様なんて見せたくないし、ちゃんとしてもらおう
深珠さんを独りぼっちにさせて、ごめんなさい


冴木・春花(悠)
  もしかしたら、私が受けていたかもしれない
…また、守られた?
心中で問い

心配してみれば、彼はいつもみたいにあっけらかんとしていて
もうっ。冗談言ってる場合じゃ無いんだからね…!

…でも
ルカがそうして笑うなら
私がばかり泣く訳にはいかないから

呪いなんかに、殺させない
たった一件の前例なんかに、死ぬって決めつけさせやしない
調べる
見つけてくるから
だから絶対!
最後まで諦めちゃダメだからねっ
神人命令!

すぐに戻って来るから
言い残して…まずは文献のあったという場所へ
駆ける

ルカ兄はいつでも私を守ってくれた
だから今度は、私が助けるんだ

ねぇ、だから
(もう、置いていかないで)



幼い頃から妹分
追い付きたい
それはとても無自覚な――


マユリ(ザシャ)
 
神人宅
大丈夫なんてそんな一言じゃ片付けられないけれど、僕の運命なら受け入れます
…怖いですよ。怖いけど…
ザシャの顔は見れない
見てしまったら、泣いてしまうような、そんな気がして
…ザシャ。お別れの言葉は言わないのでいつものにやにやな笑顔で良いから笑って下さいよ
…そうですね…なに言ってるんですかね…

ザシャが口元に持っていった左手を自分の両手で包む
なに、言うんですかっ
僕はあなたに生きてほしいです…確かにザシャから僕が見えなくなるのは寂しいですよ?
それでも僕は嫌なんです、ザシャに死んでほしくないから…!
…はい。嫌です
明日には死んでしまうなら、せめて今だけこの寂しがり屋で、尾のない黒猫と一緒に居たい


●マユリ・ルトネ・ディトメア
 自分の部屋に漂う空気が圧し掛かるように重くマユリには感じる。冷静でいる為にこそりと息を吐く。
 盆にのせて運んできた二人分の茶器をカタリ、カタリとテーブルに置いた。正面に座るテイルスの青年――ザシャは常と同じようにフードを被っているが、蒼玉の瞳は射貫くようにマユリを見据えている。
「オマエ、これでいいのかよ」
「大丈夫なんてそんな一言じゃ片付けられないけれど、これが僕の運命というなら受け入れます」
 紅茶を注いだティーカップに角砂糖一つとミルクを少々。スプーンで混ぜればあっという間に伽羅色へと変わる。
 マユリの視線は先ほどから変わらずティーカップへと注がれたまま。
「なんだよ……それ、オマエは、怖くないのかよ……」
「……怖いですよ。怖いけど……」
 怖いけれど、怖いと嘆くことは即ち甘え。他者に甘えるなと言い聞かされ習い性となってしまった今では、甘えるなんて出来やしない。
 マユリはザシャの顔を見れないでいた。ギリギリで堰き止めている涙が溢れだしてしまうから、カップの中で揺らめく加羅色を見つめる。
「……ザシャ。お別れの言葉は言わないのでいつものにやにやな笑顔で良いから笑って下さいよ」
 ザシャの拳にグッと力が入った。爪が皮膚に食い込み、いつ血が流れだしてもおかしくないほどで。それゆえに、拳が震えている。
「……オレの顔、見てないクセに笑えってなんだよ……なに言ってんだ。ふざけんな……」
「……そうですね……なに言ってるんですかね……」
 俯いたままのマユリの視界の隅でザシャの手が動いた。
 爪を噛むのはザシャの癖。左手の親指の爪が歯に当たる度に削れていく。もともと不揃いになっていた爪がさらに歪んでいく。数度それを繰り返してザシャはぽつりと呟いた。
「……なあ、オマエは呪いで死ぬ」
「……はい」
「なら。オレも死ぬ。そうでもしないとオマエは寂しいだろ……?」
「なに、言うんですかっ」
 マユリは咄嗟にザシャの左手を取った。削れた爪ごと白い両手が包み込む。
 温かい筈なのにマユリの手は冷たく感じる。
「……なんでだよ……」
「僕はあなたに生きてほしいです……確かにザシャから僕が見えなくなるのは寂しいですよ?」
 途端、白い手に力がこもった。ザシャなら簡単に振りほどけるほどなのに妙に痛む。
「それでも僕は嫌なんです、ザシャに死んでほしくないから……!」
「……嫌? オマエは、オレが死ぬのは、嫌なのか……?」
「……はい。嫌です」
 何故マユリはザシャが死ぬのは嫌と言うのだろうか。ザシャは考えてみるものの答えが浮かばず、押し黙るのみ。
 マユリも、何故嫌なのかとは言えない。その言葉が出てこない。理屈などなくただ嫌なのだ。
 フッと、ザシャの左手から力抜けたのをマユリは感じた。
「……そう、か。嫌、だったんだな……」
 そう呟いたザシャは剥き出しのマユリの手を見た。
 赤かった左手の文様は禍々しい黒へと色を変えている。乳白色の前髪に隠れた眉間に皺を寄せる。
 ザシャは自身が強くないことを知っている。この呪いを受けたのがザシャであったら、マユリのように死の運命を認めることなどきっと出来ない。
 マユリが死ぬのが必然というなら、世界は少しも優しくない。必死に生きる人達に苦難を浴びせ、もがく姿をただ嗤っているだけなのかもしれない。
「……冷める前にお茶にしましょう」
 ザシャから手を離したマユリはティーカップに触れた。まだ温かく、香りも残ってる。
 マユリはカップを持ち上げ、そっと目を伏せた。 紅茶は心中の恐怖を映すようにゆらゆらと揺れている。
 明日には死んでしまう。その運命を避けられはしないと、目を覚ましてからずっと纏わりつく倦怠感が告げている。
 それならせめて今だけでもこの寂しがり屋で尾のない黒猫一緒にいたいと思う。
 部屋の片隅には未完成の縫物。ああしよう、こうしようと考えて針を取ったものだ。けれどマユリがその存在を思い出すことはついぞなかった。


●ハルカ
 正規職員の精霊が告げた言葉で冴木・春花は瞬時に青ざめた。
 もしかしたら、この呪いは自分が受けていたのではないか。もしかしたら――悠が代わりに受けたのではないかと。また、守られた? 心中で渦巻く疑問に答える声はない。考えれば考えるほど涙がにじんでくる。
 対して悠は顔色一つ変えなかった。
「そっか」
 と、いつもの軽やかな声音。
 挙句、正規職員が席を外してからは『死ぬには早すぎるでしょー』、『彼女だって居ないのにー!』、『あのお店の夏限定メニューもまだ食べてなかったなー』だなんて。
 空元気なのか実感がないだけなのかも分からない春花は、心配そうに悠を見つめるのみ。
 ふいに悠が口を閉ざし、真顔で春花を見上げた。何か言いたいことがあるのかと春花は言葉を待つ。
「ねー、はる」
「何? どうしたの?」
「……キス、しよっか?」
 唐突な言葉だった。いつもの表情とは違うものの、声音こそはいつもと変わらない。
 だから、春花は『いつも』と同じだと受け取った。
「もうっ。冗談言ってる場合じゃ無いんだからね……!」
「こんな事、冗談なんかじゃ言わないよ」
 ケロリと笑う悠。
 抗議こそすれど、その笑顔に春花は励まされてしまった。悠がこうして笑うのに自分が泣いてはいられない。
 手の甲で涙を拭う。一度で充分。長女気質の春花は泣くことを堪えがちだから。
「呪いなんかに、殺させない。たった一件の前例なんかに、死ぬって決めつけさせやしない」
 毅然と言った春花からは、もう先ほどまでの脆さは見当たらない。
 嘆いてはいられない。そんな時間があるなら一刻も早く行動を。調べて、助かる方法を見つけるのだ。
「見つけてくるから。だから絶対! 最後まで諦めちゃダメだからねっ。神人命令!」
「あーハイハイ、分かってるって。諦めないから」
 悠の返事を聞いた春花はすぐさま病室を飛び出そうとして――入り口で、一度振り返る。
「すぐに戻って来るから」
 だから、待ってて。そう念を押す。
「ん、いってらっしゃい」
 見送りの声を背に春花は駆けた。ここは病院だなんてそんな悠長なことは言ってられない。
 一分一秒でも早く探さなくては。まずは黒い文様の記述があった文献だ。場所はA.R.O.A.で聞けばいい。
 悠は――ルカ兄はいつでも春花を守ってくれた。だから今度は、自分が助ける番だ。
 あっという間に息が上がり、涙が滲んでくる。急ぐから、見つけるから、助けるから、だから。
 もう、置いていかないで。
 溢れた涙が地面に落ちるよりも先に春花は足を動かした。

 目を細めて春花を送り出した悠は、足音が完全に聞こえなくなるまでずっと入り口を見ていた。唇は穏やかに弧を描いてはいるものの、そこに熱は無い。どこまでも冷ややかな笑み。
 春花は悠の性質をよく知ってはいるけれど、理解していない。だからあんなことが言えたのだ。
 諦観した現実主義に加えて、兄貴分としての意地。それらが導き出した答えは一つ。
「体が真っ二つ、か……そんな姿、アイツに見せらん無ぇな」
 下半身を覆っていたシーツを退かして靴を履く。ふらつかないように注意深く歩を進める。歩くだけだというのに可笑しいほどに労力を要した。自分の体ではないような錯覚を起こしかける。
「泣くのを見るのも御免だ。だから、さ……お仕舞」
 いるんでしょ、と小さく声をかければ精霊が姿を見せた。
 苦い表情の精霊に対し、悠はふわりと落ち着き払った微笑みを浮かべる。
「手伝ってよ、先輩」
 言葉の意味は単純明快。こくりと頷いた精霊の得物が鈍く光る。精霊は得物にそっと『何か』を垂らした。ぼんやりと眺めながら、苦しませない為の物だろうと悠は推測した。
 そして精霊は構え、振るう。得物の軌跡を眺めながら悠は最期のやり取りを思い出す。『諦めない』、そう春花には言ったけれど。
「そんな事、冗談じゃなきゃ言えるかよ」


●リチェルカーレ
「綺麗ね。星が落ちてきそう」
 病院の屋上。リチェルカーレはベンチに体を預け星の海へと両手を伸ばす。数え切れない光の粒が散りばめられた夜空を遮るものは何もない。
 備え付けのベンチがあってよかったとつくづく思う。こうやって手を伸ばすことすら重りがついているかのように感じるし、身を起こしたままなのも厳しい。背もたれがあるから体重を預けるだけで夜空を見上げることが出来る。
 それに、シリウスと並んで座れる。
「ね、シリウス」
 そう笑いかければ、彼女の精霊も笑みを返す。ただしそれはぎこちなさを伴ったもの。
 頭がうまく働かない。息が出来ないほどの苦しさに溺れかけながらも、せめてリチェルカーレの望み通りに笑えとシリウスは自分に命じたのだ。
 シリウスが無理に笑顔を作っているのだと分かったけれど、彼の精一杯の気遣いを無駄にはしたくない。だからリチェルカーレは言及することなく、言葉を託すことにした。
「……家族に、伝えてくれる? ごめんねって、大好きよって」
 こくりと頷くシリウス。声が苦しみの海で溺れてしまって、相槌が打てない。
「後はそうね、お友だち皆に。リチェが、シリウスのことをよろしくって言っていたって」
「……俺がそれを言うのか?」
「……ふふ、そうよ。あなたが言ってね。大事なことなんだから忘れちゃダメよ」
 リチェルカーレの笑い声は鈴の音のように柔らかい。常ならばつられて笑うというのに――青と碧、色違いの一対の瞳にシリウスの顔が映っている。表情は完全に消え失せていた。
 リチェルカーレは黙ってシリウスを見つめている。呪いを受けたのが自分ではなくシリウスなのではないかと思うくらいに生気のない顔が痛ましい。
 気力を振り絞り、ゆるゆるとシリウスの頬へと手を伸ばす。
「シリウス。わたし、あなたの笑った顔が好きよ。ねぇ、これからも沢山笑っ――」
 紡いでいた言葉が途切れる。
 何故ならシリウスは泣いていた。押し殺していた苦しさがリチェルカーレの言葉を呼び水とし、心の全てを覆ってしまった。
 ぽたり、眦から零れる一滴が星と同じように煌く。
「……無理だ」
 絞り出した声は微かに震えている。
「知っているだろう、笑うのは得意じゃない。お前がいないのに、笑えるはずないじゃないか……!」
 それは間違いなくシリウスの慟哭であった。星空が割れそうに思えるほどの嘆き。もとより白かった肌からは血の気が引いている。
 華奢な体を引き寄せ、強く抱きしめる。漏れる嗚咽も体も震わせて泣く姿は拠り所を無くした子供のようだ。
 リチェルカーレはそっとシリウスの背に手を回す。指で触れたシリウスの背中、肩に触れるシリウスの手――そのどれもが震えている。
 ぽろり、リチェルカーレの碧の目から涙が零れた。ぽろり、今度は青の目。一度零してしまえば次から次へと涙は湧き出てくる。
 リチェルカーレは自分でもこんな力が残されていたのかと驚くほどに強く抱きしめ返した。
「ずっと側にいるわ。大好きよシリウス。だから――」
 お願い、幸せに。
 そう続けようとしたリチェルカーレの言葉は音として放たれることは無かった。言わせないとばかりにシリウスが強引に唇を奪ったから。
 リチェルカーレは拒めなかった。言葉を紡ぎ直そうとも思えなかった。
 温もりを逃がさないように、生命力を吹き込もうとするように口付けるシリウス。
 お願い、幸せに。
 言ってしまえば壊れてしまいそうなほどに危うさがここにある。
 無理をしないで、大丈夫なんて言わないで。
 そう願ったのはリチェルカーレ自身。どちらも紛れもない本心だ。
 相反する願いを抱きながら、痺れるほどに甘く凍えそうなまでに悲しい世界の中でリチェルカーレは目を閉じた。
 二人分の涙が頬を濡らす。ぽたりと落ちた一滴が星の海に紛れて消えていった。


●紫月 彩夢
 家には帰りたくないと、紫月 彩夢は言った。
 自分を溺愛する両親と兄。事実を告げたら家族がどんな反応をするのだろう。予想出来ても見たくはない。
 彩夢が選んだのは神崎 深珠の家だった。ベッドを使うかという言葉を断って、ソファに横になった。体がだるい。
 ことり。サイドテーブルに二人分のマグカップを置いた深珠は彩夢を見てる。状況が状況だ。少しばかり心配の色がある。
「ね、深珠さん。言わなくても大丈夫だと思うけど、あんまり悲しんだりしないでね」
 深珠なら自分が居なくなっても大丈夫だろう。そう思う。
「敵はちゃんと倒せたんだし、これで良かったんだよ。だから、明日からまた、頑張って。咲姫に宜しく」
 ぎこちなく、無理に笑う彩夢。
 深珠とて彩夢の潔さを知らないわけではない。覚悟を決めて、最期を迎える気でいるのも分かっている。
 けれどそこに深珠はいない。彩夢は自覚しないままに深珠を置いてきぼりにしている。
 それなら――最期というのなら、暴こう。
「彩夢がいなくなれば、また他の神人と適合するかも知れない。また新しく絆を深めることは難しくないだろう」
 ぴくり、彩夢の顔が強張った。
 気づきながらも深珠は真剣な顔のまま言葉を続ける。
「……それでも、お前が俺に生きて欲しいと願うなら、そうする」
「……何でそんな意地悪言うのよ」
「嫌か?」
「嫌に、決まってるじゃない……」
 彩夢の中で恐怖が膨れ上がり暴風となって荒れ狂う。
 死への恐怖ではない。深珠の隣に自分ではない誰かが立つ。そう考えるだけで怖い。死ぬことよりもそちらの方が怖いなんて、自分でもどうかしてると思う。
「嫌だ、やだ、深珠さんを取られたくない……」
 それでも嫌だ。唇を噛みしめ、拳を握りしめて恐怖に耐えようとするも出来ない。
 ボロボロと涙が溢れだし、彩夢の紅玉髄の瞳が滲む。
 深珠は涙で濡れる彩夢の頬に手を添えた。頬の温かさと涙の熱さを感じる。
「……今の内に泣いておけ。お前の分も、生きるさ。そう望むんだろう」
 彩夢が落とした未練を深珠は拾い上げた。彼女の最期を全て貰うつもりだったから、暴いた。
「だが……新しい神人との契約を求め時は、お前の後を追うことを許してくれ。俺の神人は彩夢だけだ」
 こくこくと、子供の様に彩夢は何度も頷く。
 隣には誰も立たせないまま、生きてほしい。それが彩夢の本当の願い。
 深珠は頬から手を離すと小指を差し出した。
 何度も涙を拭って、それでも拭いきれず流れ続ける涙に見切りをつけた彩夢が小指を絡める。
 指切りげんまん、嘘ついたら。そこまで唱えて口ごもる彩夢に深珠は微笑みかけた。
「運命を、願おう」
「うん、運命を、願おう」
 くしゃり、彩夢の顔が歪む。今の深珠に出来る精一杯のことだ。
 ひとしきり泣いた後、彩夢はぽつりと呟いた。
「……ちゃんとしてもらう」
 体が真っ二つに裂けるなんてひどい死にざまは見せたくない。正規職員ウィンクルムに『ちゃんとして』もらう為にも病院に行きたいと彩夢は言う。
 深珠は首を振り、彼らをここに呼ぶと告げた。連絡先は貰ってる。呼ばれればそこにいくと彼らは言っていた。
 立ち上がった深珠は受話器を取り、彼らの連絡先を打ち込む。その姿を見ながら彩夢は言う。
「深珠さんを独りぼっちにさせて、ごめんなさい」
 彩夢の言葉に深珠が見せた顔。その表情を胸に焼き付けながら、彩夢は最期の時を待つのであった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:冴木・春花
呼び名:はる
  名前:
呼び名:ルカ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター こーや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 07月02日
出発日 07月07日 00:00
予定納品日 07月17日

参加者

会議室

  • [4]冴木・春花

    2016/07/06-22:57 

    あっ、マユリさん! 先日はお世話になりました。
    他の皆さんははじめまして、ですっ。
    私は冴木春花。パートナーは悠です。……何だかややこしくてごめんなさい。
    どうぞよろしくお願いしますね。

  • [3]リチェルカーレ

    2016/07/06-22:08 

    リチェルカーレです。パートナーはマキナのシリウス。
    彩夢さんはお久しぶりです。他の皆さんははじめまして、ですね。
    どうぞよろしくお願いします。

    フィヨルネイジャ、わたしたちも初めてなんですけど…悲しい夢、ですね。

  • [2]紫月 彩夢

    2016/07/06-14:18 

    えっと、だいたい初めまして…?
    リチェルカーレさんたちとは、お出かけの場でたまに会うわよね。
    紫月彩夢と深珠おにーさん。どうぞよろしく。
    ……ほんとフィヨルネイジャろくな夢見せてこないわよね…

  • [1]マユリ

    2016/07/05-20:17 

    どうも。マユリです。
    春花さん以外の方は初めまして。どうぞ、よろしくお願いしますね

    フィヨルネイジャは初めてなのですけれど、ザシャと共有するこの夢は、寂しいですね…


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