伝えたいこと(真崎 華凪 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

また、嚥下してしまった。
幾度となくせり上がっては飲み込んだ言葉。
あなたは笑って、何でもない素振りで気にも留めない。

とても、もどかしい――。

伝えるにはどこか気恥ずかしくて、その先のあなたの表情を思って、芽生える僅かな躊躇い。
今日も、その優しさに甘えて音にしなかった気持ちは、いっそ何も知らせなくても、なんて錯覚を起こす。

いつか、温く慣れてしまう心。
言わずとも、察してくれる、と浅はかな誤解を持って。
そして、望まず訪れるその瞬間に悔いてしまう。

もっと言葉を重ねれば。
もっと言葉を伝えておけば――と。

それでも、思う。
言葉にすればすべてが真実になる。
言葉にすればなかったことにはできない。

この言葉を聞いて、あなたはどんな顔をするのだろうか。
ざわつく鼓動に息苦しさを感じて、少し先を行くあなたの横顔からそっと視線を外す。

――また、言うタイミングを逃した――。

胸の内に溢れる言葉は無数にあれど、それらのすべてが音になることはなく。

何を言おう。
どんな気持ちを伝えよう。
あり余る感情と、陳腐な言葉を切り捨てて。

ああ、だけど。
今日はこの気持ちを言えそうな気がする。

たった一つ。
あなたに伝えたい言葉。

――……聞いてほしいことがあるんだ。

解説

テーマとしては、「普段言えないことを言葉にしてみる」です。

状況は特に問いません。
任務中でも、デート中でも、休日でも、お好きなものをご指定ください。

伝える言葉も、マイナス過ぎなければ特に問いません。
感謝も謝罪も告白もありです。

進行形の事象だけでなく、過去に言いそびれた言葉でももちろん大丈夫です。

この間の任務では無茶をしてごめんなさい、とか。
重い荷物をさりげなく持ってくれたことへの感謝とか。
何か告白をしてみるのもありかもしれません。

日常では何となく言い辛い言葉を、勇気をもって伝えてください。
神人さん、精霊さん、どちらでも全力でお待ちしております!

本気のものから、ほっこリ、コメディまで、ジャンル不問でどうぞ。

※交通費やデートでの食事などで300Jr必要です。

ゲームマスターより

時期を逃すと言い辛い言葉を敢えて言う。
正直、結構恥ずかしいですし、照れるし、改まった感じになって逃げたくなります。
先延ばしにしまくった挙句、結局伝えられないままになることも少なくはないです。

素直に気持ちを伝える術を持ちたいなぁと思うこの頃です。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)

  翡翠さんの近くに鉄観音茶を置くと、女の人の写真が目に映る。
ご高齢ながらも、目元は彼に似ている気がしました。
「あの、その方は……」

思い切って口を開き、後ろから翡翠さんに恐る恐る尋ねる。
自分がこれまで翡翠さんの過去も、家族も、何も知らずにいた事。
そんな自分に疑問を持っていた事。

では、翡翠さんの本当の名字は……。

会いに行かないんですか?と尋ねる。
翡翠さんは、背を向けたまま答えました。
けれども、その答えを最後まで聞いた後、言葉を返せませんでした。
彼が……決める事だから。

言葉を返さない代わりに、私は彼の両肩に、自分の両手を添えました。
いつか彼の決心が行動となり、ご両親ともう一度会えますように、と願って。


リヴィエラ(ロジェ)
  (自宅にて)

※二人はロジェの養父の家に同居しています。
リヴィエラは高校一年生です。
学校では神人である事を隠しています。

リヴィエラ:

え…えええぇぇっ!? ロジェも…学校に、ですか?
一緒に授業を受けて、一緒に登下校…ですか?
た、確かに一緒にいてくださるのは嬉しいのですが…
お仕事はどうなさるのですか?
て、テストもロジェだったら、学年で一位だと思うのですが…っ
それにその、その容姿では目立つといいますか…っ(あたふた)

それに、この指輪で、ただでさえお友達から「それ、どうしたの?」と
騒がれてしまっているのに、私は貴方をどう紹介すれば良いのか…

え、えええっ!? そ、そそそそんな…っ(真っ赤になってあたふた)


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  休日
また真夜中に目が覚めちゃった
時々、夢を見て目が覚める
夢の中、私は独りで、誰も居ない暗闇を歩く
凄く胸が痛くて…怖くて…
彼のくれた指輪に触れ
こんな時、羽純くんに会えたら…一言でもいい、声が聴けたら

窓の外を見上げれば月明かり
もしかしたら職業柄、彼は起きてるかも…
いつもは手を伸ばしかけ止めてしまうけど
今は…どうしても声が聴きたくて
思い切って彼に電話を掛けます

羽純くん?
ご、ごめんね、こんな時間に…

彼の声を聴いたら、感情が溢れて、いつも飲み込む想いが零れてた

どうしても、声が聴きたくて…
会いたいよ、羽純くん…

まさか来てくれるなんて…
申し訳なさと嬉しさが溢れて…
もう、怖くない
羽純くんが居てくれるから
有難う


かのん(朽葉)
  お出かけの最中、一休み、かき氷つつきつつ

前回でかけた時に朽葉から話を聞いて思ってたこと

根無し草と自称し、事実、契約前まで国内外各地を渡り歩いていた朽葉おじ様
以前はサーカス団を率いていた事もあったと、この前のお出かけの時伺いました
そんなおじ様にとって、私と契約して現在のタブロスに留まる暮らしは迷惑だったりするのでしょうか…

そうだと言われて、離れるような事になってしまったら寂しい
ただ、おじ様を留めておく権利も私にはないわけで…

朽葉に促され、思い切って尋ねる
契約した事がおじ様の迷惑になったりしてませんか?

朽葉の答えにほっとしつつ
(契約した事で)おじ様のお邪魔になってなければ良いなと思っていたんです…


ミミ(ルシード)
  き、気まずい、かも
何か話そうにも、何を話せばいいんだろう…
ちらりと隣を歩く精霊を盗み見
何を考えているかはわからず不安消えず

紋様が浮き出て、ルシードさんと適合してウィンクルムになって
短い間に色々とあった気がする
正直まだ色々と戸惑いはあるけど、でも…

声掛けられどきり
慌ててしまい少し大きめのリアクション
問われ、今言い逃したらまたなあなあになると思い勢いで
言いそびれていた決意表明ぶつける

わ、私、頑張りますから!
だから、その、これからよろしくお願いします
流されるままにきたが、ウィンクルムになったからには一緒に頑張りたい気持ちはある

そ、そういわれても…
そう、ですね
頑張ります…じゃなくて、えっと…、頑張る



 朽葉と出かけて、少しの休憩を、とかき氷をつついていたかのんは、思考の海へと沈んでいた。
 根無し草を自称し、契約前まで国内外を渡り歩いていた朽葉。
 先日、偶然にも聞けた話では、サーカス団を率いていたと言う。
 そんな朽葉が、かのんとウィンクルムとして契約をしタブロスにとどまって暮らしている。
(……それは、おじ様には迷惑だったりするのでしょうか……)
 ふらり、ふらりと世界を巡る暮らしを続けていた朽葉にとって――。
「ほれ、手が止まっておる」
 思考のはるか彼方にあったかのんの意識を、朽葉の声が引き戻した。
 かのんが朽葉目を向けると、しゃくしゃくと氷を鳴らしながら、かき氷を楽しんでいる。
「かき氷がただの色水になってしまうぞ」
 朽葉の言葉に、かのんは手元を見る。
 買った時より色を濃くしたかき氷が思考に沈んでいた時間の長さを物語っている。
「心ここにあらずと言った感じじゃな」
「……そんなことは……」
 ない、とは言えない。けれど、かのんを思考の海へと沈める、その疑問符を問うてもいいものか。
 かのんは聞きかけてはやめ、やめては聞きかけて、と幾度かそれを繰り返している。
 すると、朽葉は溜息を吐いて言った。
「何か知らんが、気になることがあるのなら吐き出してはどうかの」
「それは……」
「溜め込んだところで、いいことがあるわけでもなし」
「そう、なのですけれど……」
 歯切れの悪い返事しかできない。
 もしも、朽葉に先ほど考えたことを問いかけて、迷惑だと言われたなら寂しい。
 どうすることもできないとしても、どうにかしたいと思うだろう。
(でも、おじ様を留めておく権利も、私にはないわけで……)
 返事を聞くのが怖い。それが、かのんの思いが上手く言葉にならない理由だ。
「天藍に対しての困りごとか? それとも愚痴かの?」
 朽葉がかのんの話しやすいように続きを促す。
 液体へと戻りかけているかき氷を見つめ、かのんは思い切って朽葉に尋ねることにした。
「契約したことが、おじ様の迷惑になったりしてませんか?」
 真っ直ぐ見つめて問いかけた言葉に、朽葉は目を丸くする。
 朽葉にとって、それは少し想定外だったようだ。
「……何事かと思えば……」
「すみません……」
「咎めてなどおらぬよ。意外じゃっただけじゃ」
 かき氷を口に運んで、朽葉は遠くへと視線を投げた。
「少なくとも、我は今の暮らしを楽しんでおるよ」
「本当、ですか?」
「もちろんじゃ。今まで知らぬ世界を見ておるでの。それに、二人目の精霊というのがまたいい具合であるしな」
 少なくとも、朽葉の考えは、神人と最初に契約をした精霊の補佐的な意味合いを含んでいるのだろう。
 幾分かは気楽だと言うように、朽葉は柔和な笑みを浮かべる。
「……良かった」
「そんなことを心配しておったのか?」
「おじ様のお邪魔になってなければいいなと思っていたんです……」
 契約をしたことで、朽葉に何か負担を強いているのなら、それは改めるべきだろうとも思う。
 流れるように、一所にとどまらず生きてきた朽葉には、今の暮らしが窮屈なのではないか、といつも考えていた。
 けれど。
「少なくとも、かのんが気に病むようなことではないの」
 穏やかな笑顔でそう言われると、かのんの不安は嘘のように吹き飛んで行った。
 ずっと考えていた心配事は朽葉の言葉で紛いようのない杞憂となったのだから。
 朽葉がかのんのかき氷を示す。
「ほれ、溶けてしまうぞ」
 ほっとして、促されるように溶けかけているかき氷を口に運んだ。


 ――なぜ、今頃……。
 親族から届いた手紙を見つめていた翡翠・フェイツィの表情が曇る。
 手紙には、男女の顔写真が同封されていた。
 机に向かったまま、何かを考え込んでいるような翡翠の姿に、七草・シエテ・イルゴは鉄観音茶を淹れると、それを翡翠の側に置いた。
 その時、ちらりと見えた写真。そこに写る女性に何ともなく目を止めた。
(ご高齢ですが、目元は翡翠さんに似ているような気が……)
 そこには、翡翠の面差しに重なる女性の姿。
 けれど、シエテにはそれが誰かは分からない。
 聞いてもいいものだろうか。それとも、あえて聞かないほうがいいのかもしれない。
 迷い、やや躊躇って翡翠の肩越しに、恐る恐るではあったが、声をかけてみることにした。
「あの、その方は……」
 一瞬の静寂。
 そして、その声に応えるかのように、翡翠が手にした写真を裏返す。
 裏側には、『楊橄欖(よう がんらん)、母:王緑宝(おう りょくほう)』と記されている。
「俺の両親」
 翡翠はまるで感情のこもらない声で言ったが、その言葉にシエテは息を呑んだ。
 以前から、気にかかっていた。
 シエテは翡翠の過去も、家族も、何も知らない。
 そして、知らずにいる自分に、疑問を持っていた。
 知らないままでいいとは思わない。知りたいと思う。けれど、無理に聞くべきことでもない。
 分かっているからこそ、聞けないこともある。シエテは慎重に言葉を選んだ。
「翡翠さんのことを、聞いてもいいですか?」
 これは、いい機会かもしれないと思った。
 言いたくなければ深く聞くつもりはないし、翡翠がいいと思えば話してくれるはずだから。
 翡翠の答えは――。
「俺を育ててくれた親は、もういない」
 ぽつりと、言葉を紡いだ。
「オーガに……」
 殺されたから。
 掻き消えてしまうのではないかと思うほど、小さな声に乗せられる翡翠の、記憶の切片。
「こちらの方では、ないのですか……?」
「フェイツィは親戚の姓。俺は生まれて間もない頃、親に捨てられ、親戚間で育てられた。――たらい回しにされながらね」
 翡翠の過去は、思っている以上に胸の痛むものだった。
 親戚中を転々とするその気持ちを慮っても、翡翠の気持ちを理解することはできない。
 そんなに、生温い感情ではない。
 けれど、ひとつ分かったことはある。
 親戚の姓を名乗っているのなら、本当の名前は別にあると言うことだ。
「では、翡翠さんの本当の名字は……」
 翡翠は、裏返したままの写真をもう一度返し、一拍ほどの間を取ってから口を開いた。
「楊翡翠(よう ひすい)、それが俺の……本当の名前」
 シエテは、言葉を探した。
 今の話で分かったことは、育ての親はもういないと言うこと。両親は翡翠を捨てたと言うこと。
 ふいに送られた写真に曇った翡翠の表情。
「会いに行かないんですか?」
 そう尋ねたシエテに、翡翠は背を向けたまま、首を縦にも横にも振らなかった。
 その代わりに、淡々とした声で、静かに言葉を紡ぐ。
「親は俺を捨てたのと引き換えに、自分たちの幸せを探しに行った。そう思っていた」
 生まれてすぐに捨てたことの意味を、翡翠はそう理解していた。
 長い間、ずっと。
「ずっとそう思っていた、だから……」
 その考えを突然変えることは容易ではない。
「しばらく……時間が欲しい」
 気持ちの整理がつくまでの間。
 その答えを聞いて、返す言葉を見いだせないシエテは、翡翠の両肩に自分の手をそっと添える。
 会いに行くかどうかは、翡翠自身が決めること。
 けれど、いつか――。
(いつか彼の決心が行動となり、ご両親ともう一度会えますように)
 そう願わずにはいられなかった。


「リヴィエラ、話がある」
 ソファにリヴィエラを促し、俺もその隣に座る。
 ずっと考えていた。どうするべきかを。
 マントゥール教団に命を狙われているのは俺もリヴィエラも同じだ。
 俺は一人でも多少なりとも戦える。けれど、リヴィエラは神人であることを隠して学校に通っている。
 しかも、学校にいる間は一人だ。
 どちらがより狙われやすいか――狙いやすいかと言われれば、神人であるリヴィエラだろう。
 だが、その危険から、現状では守る術が思いつかない。
 正しく言えば、答えはいくつかあるが、最適解がないのが本当のところだ。
 その上で考え、俺が出した答え。
 ――それならば、リヴィエラを極力一人にしなければいい。
「しばらく言い出し辛かったんだが……君は高校に通うようになっただろう?」
 すると、リヴィエラはぱっと目を輝かせた。
 その様子に、答えは分かっていてもつい、尋ねてしまう。
「楽しいか?」
「はい、とっても楽しいです」
 知ってる。
 きらきらと、日を追うごとに輝きを増す君をずっと見てるんだから。
「――俺も一緒に通うことにした」
 だから、さらりと本題を伝えた。
「はい、ロジェも一緒……え……えええぇぇっ!?」
 今度は驚嘆一色の表情。いつも思うことだが、リヴィエラはころころとよく表情を変える。
「ロジェも……学校に、ですか? 一緒に授業を受けて、一緒に登下校……ですか?」
「そうだ。今よりきっと楽しくなる」
「た、確かに一緒にいてくださるのは嬉しいのですが……お仕事はどうなさるのですか?」
 俺は大学を飛び級で卒業しているからすでに仕事に就いている。それを辞めることは、当然できない。
「仕事は授業中、パソコンでやる」
「授業中に!? でも、て、テストもロジェだったら学年で一位だと思うのですが……」
 突然来た転入生が、他の生徒を差し置いて、学年一位を華々しく飾り続ければ嫌でも目立つ。
「だから、授業中にするんだ。テストも手を抜くさ」
 本気で高校生の授業を受けに行くわけじゃない。あくまでも、リヴィエラを守ることが目的だ。
「それにその……、その容姿では目立つと言いますか……っ」
 思わず聞き返しそうになった言葉をぐっと飲み込む。代わりに、溜息を一つ吐き出して。
「……はぁ。目立つ容姿なのは君のほうだろう」
 分かってない。リヴィエラは自分の姿を見たことがないのか、と思うほど、まるで分っていない。
 俺よりもはるかに目立つのに。だから、心配なのに。
「それに、この指輪で、ただでさえお友達から『それどうしたの?』と騒がれてしまっているのに……」
 神人であることを隠しているのだから、当然だろうな。
 あたふたと言葉を探すリヴィエラに助け舟を出しても良かったけれど、つい意地悪をしてしまう。
 黙って、言葉の続きを待ってみた。
「私は貴方をどう紹介すればいいのか……」
「なんだ、そんなことか」
 少し意地悪く笑って見せて、リヴィエラの頬にそっとキスをする。
「その時は、『私の婚約者です』と堂々と宣言してやればいい」
「え、えええぇっ!? そ、そそそそんな……っ」
「どうせ君に目のくらんだ男どもが群がっているんだろう?」
 手を取って、指を絡ませる。
 リヴィエラは否定しているが、目に浮かぶようだ。
「そいつらを一掃できるチャンスだからな」
「……ロジェ」
「うん?」
「……あの、その、……やきもち、ですか?」
 恥ずかしそうに、上目遣いでリヴィエラがそんなことを言う。
 はっきり言って図星だ。
 見抜かれたことが何となくバツが悪くて、リヴィエラの唇にキスをする。
「ち、違いました、か……」
「いいだろう、別に」
 そう応えると、リヴィエラが嬉しそうに笑う。
 彼女をぎゅっと抱きしめて、込み上げてくる気恥ずかしさをごまかした。


 ウィンクルムとしての任務にあたった、その道中。
 ミミとルシードの間には、重苦しい空気が流れていた。
(き、気まずい、かも)
 何かを話そうと思うのだが、何を話せばいいのかがわからない。
 ミミの隣を歩くルシードを盗み見るも、考えがまるで読めず、不安は消えるどころか募るばかりだ。
 俯いたミミを、今度はルシードが見遣った。
 正直。
 ルシードには女性の気持ちはあまりわからない。
 無言である理由、この空気感、それらに、全く心当たりがないのだ。
 ――特に問題行動を取った覚えはないが、何か気に障ったことがあったのだろうか……。
 しばし逡巡してみるが、思案したところで、それは所詮憶測でしかない。いたずらに不安を重ねるだけだ。
 それならば、悩むより直接本人に聞いたほうが早く、確実な答えが得られるだろう。
 ルシードが口を開く。
「ミミ……」
「は、はいっ!?」
 ミミがびくりと、それこそ飛びのくのではないかと思うほどの勢いで驚いた。
 それにつられるようにルシードも思わずびくりとしてしまう。
 声を掛けただけで驚かれるたのでは、二の句をすぐには継げない。
 また、気まずい空気が流れる。
(せっかくルシードさんが声をかけてくださったのに……)
 ――何かまずかっただろうか……。
 同じようなことを考えながら、ルシードは天を仰いだ。
 黙っていても会話は進まない。気まずい空気が払拭できるわけでもない。
 心臓をバクバク言わせたままのミミに、ルシードが本題を切り出した。
「俺に何か言いたいことがあるのなら言ってくれ」
「……え?」
「何か、言い辛いことがあるんだろう?」
 ルシードは、ミミが自分に何か不満なり、気になることがあるのだろうと考えている。
 けれど、ミミは少し違う。
 顔をあげたかと思うと俯いて、言おうかどうかを考えあぐねている様子でそんな行動を繰り返した後。
 ミミが思い切って、勢いよく言葉を発した。
「わ、私、頑張りますから!」
 ルシードの問いかけに、ずっと言いそびれていた言葉を伝える。
 すると、ルシードは驚いたと言わんばかりに瞠目した。
「……え……?」
「私、ルシードさんと適合してウィンクルムになりました」
「あ、ああ……」
「短い間に、いろんなことがありました」
 演習中のオーガ群の襲来などはその最たるものだろう。
「だから、その、これからよろしくお願いします」
 ややあって。
「こちらこそよろしく頼む」
 丁寧に、ルシードは頭を下げた。
 ――嫌われているわけではないんだな……。
 少し、安心した。
 正直なことを言えば、決意表明のようなミミの言葉に戸惑った。が、ミミはちゃんとウィンクルムとしてどうしたいかを考えている。
 流されるまま、ここまで来たミミもウィンクルムとしてルシードと一緒に頑張りたい気持ちは、当たり前だがあるのだ。
 その気持ちを少しでも伝えられたことに、ミミはほっと胸を撫で下ろす。
「気がかりついでにひとつ、いいか」
「はい、なんでしょうか」
 ずっと気になっていたことだ。
「敬語を使われるのは気になる」
「え、す、すみません……!」
「だから、使わなくていい」
「そ、そう言われても……」
 ルシードはミミから視線を外し、ぽつりと。けれどミミにきちんと届く声で言う。
「他人行儀だ」
「……そう、ですね。頑張ります」
 その言葉に、ルシードが再びミミに目を向ける。
 さらりと敬語で返したことを、諫められているような気がして。
「……じゃなくて、えっと、……頑張る」
 少し恥ずかしそうに言ったミミに、ルシードを取り巻く空気がほんの少し、柔らかくなった気がした。


 カクテルバーの閉店は、いつも月の顔を高くに見上げた時間になる。
 片付けを終え、シャワーを浴びてベッドに入ろうとしていたところに、月成 羽純の携帯電話が鳴った。
 コール音の主は、桜倉 歌菜。

 珍しい。
 歌菜がこんな時間に電話を掛けてくるなんて初めてだ。
「歌菜? どうした?」
『羽純くん? ご、ごめんね、こんな時間に……』
 電話の向こうで、歌菜が声を詰まらせる。
 何か理由があってのことだと分かってはいたが、思っているより深刻なのかもしれない。
『どうしても、声が聞きたくて……』
 そんなことを歌菜が言ったことなど、どれくらいあっただろうか。
 次第に弱くなっていく歌菜の声に、不安が募る。
 ――何か、あったのか?
 問いかけようとして、歌菜が震える声で言った。
『会いたいよ、羽純くん……』
「待ってろ、今からすぐ行く」
 何があったかは分からない。けれど、電話越しで悠長に聞けるほどの余裕は、今の俺にはなかった。
 通話を終えたあと、手早く着替えて歌菜の家へと向かう。
 今にも泣いてしまうのではないかとさえ思うほどの、震えて涙の色の混ざった歌菜の声。
 思わず飛び出して、歌菜の家の前まで来たものの、時間が時間だけに呼び鈴は鳴らせない。
 しばらく思案した後、再び歌菜に電話をかける。
『羽純くん……?』
「歌菜、部屋の窓を開けてくれ」
 それだけを伝えると、歌菜がすぐに窓を開けて顔を覗かせる。
 暗闇を探るような歌菜と目が合うと、部屋に近い木を登り、窓から部屋へと入る。
 歌菜は少し驚いた様子で、俺を見上げたまま。
「羽純、くん……来てくれたの……?」
 不思議そうな、驚いたような、そんな顔をしている。
 そんな歌菜の前に人差し指を立て、声を低める。
「静かに。おじいさんとおばあさん、起こしたくない」
「うん、ありがとう」
「それで、何があった?」
 尋ねると、歌菜はぎゅっと縋るように俺の腕を掴んだ。
「夢を見たの……」
「夢?」
「私は独りで、誰もいなくい暗闇を歩くの。すごく胸が痛くて……怖くて……」
 本当に胸が痛むかのように、歌菜がぎゅっと自分の胸元を押さえる。
 話す歌菜の瞳が濡れているのは、その夢が本当に怖かったからだろう。
「目が覚めて、月を眺めながら羽純くんがくれた指輪に触れてたら、落ち着くかと思ったんだけど……」
「うん……」
 頭を撫でながらただ、頷く。
 そんな風に気を紛らわせている歌菜を想うと、たまらなく愛しくなる。
「余計会いたくなって……一言でもいいから、声が聞けたら、って……ごめんね、羽純く――」
 歌菜を引き寄せて、強く抱きしめた。
「気にするな」
「でも、すごく我儘言ってる……」
「我儘?」
 本当に申し訳なさそうな歌菜の顔を、両手で挟んで仰のかせ、啄むようにキスをする。
 不安そうな歌菜に、これは少しずるいかとは思ったものの、理性がどうにも追いつかない。
「こんな我儘なら、いつでも叶えてやるから……遠慮なく俺に頼ってくれ」
 こんな、可愛い我儘なら。
 歌菜が望むなら世界の果てにだって迎えに行くというのに。
「でも……」
「その分、俺も歌菜に我儘言わせてもらう」
「……うん、ありがとう、羽純くん」
 交換条件なら、歌菜の気持ちも少しは軽くなるだろうか。
 歌菜の瞳を見つめて、
「まだ、怖いか?」
 そう問えば、歌菜がぎゅっと俺を抱きしめた。
「もう、怖くないよ。羽純くんがいてくれるから」
「いつでも俺を呼んでくれ」
 怖い夢のあと。
 寂しさに震えてしまいそうなとき。
 歌菜が呼ぶならいつでも、必ず駆け付ける。

 ――俺はそれを、我儘だとは思わないから。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 餅村  )


エピソード情報

マスター 真崎 華凪
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月30日
出発日 07月07日 00:00
予定納品日 07月17日

参加者

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