漕げよウィンクルム(紺一詠 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 人工の池だ。とはいっても元々は自然の沼沢であったところを舟遊びに耐えられるよう補修してできたものだから、深さも大きさもそれなりにある。ぐるりを巡れば、徒歩でおよそ30分といったところか。
 その池の中央のあたりに、中州といったほうが正しいぐらいの、小さな島がある。1本の針葉樹と一叢の薮、それでもういっぱいの、小さな小さな島だ。
 そこに、どこからか流れてきた妙な生き物が2匹居着いてしまった。
 いや、2匹といおうか。2羽といおうか。
 なにせ奴等には羽がある。かといって鳥ではない、鳥類ではけしてありえぬ腕と指と爪まで奴等は備えていたから。奴等はとてもはしっこい。羽で飛び回り、腕と指と爪で悪さをはたらく。

「あまりにもすばしっこくって、誰もまともに姿を見たものがおらんのですよ。ですから、オーガかデミ・オーガではないかという噂まで出始めているという始末でして。これじゃあ商売あがったりです」
 被害はたいしたものではないのに――A.R.O.A.に訴える男は池の管理者だった。池畔に設置された貸しボート小屋のオーナーも兼ねている。池の平和よりは、もっぱら営業の行方が気になるらしい。

「そうですな。具体的な被害といえば、せいぜいスワン・ボートが壊されたぐらいですか」
「スワン・ボートっていうと、あの、自転車のようにペダルで漕いで推し進めるボートでしたか。船体の見掛けが白鳥を模した」
「はい。うちには普通のオールで漕ぐボートもあるんですが、奴等そっちには手を出さないのですよ。スワン・ボートばかり狙ってきます」
 翼ある妙な生き物がちょいと潜り込むだけで、スワン・ボートはたちまち動かなくなり、そうなると引き上げにたいへん時間がかかるらしい。男はしばらく愚痴をこぼしたあと、ふと、思い出したように付け加える。
「すいません、前言撤回します。一度だけ、普通のボートが狙われたこともありましたっけ。やけに立派な腕時計をつけたお客様がご利用でした。でもそのときだって、壊されたのはその腕時計だけです。ボートが使えなくなるほどの損傷はありませんでした」
 奴等は普段島で休んでいる。スワン・ボートで島に近付けば、スワン・ボートが壊される。普通のボートならば、奴等は島に篭ったまま出てこない。接近を試みても、ついと空へと逃げられる。にっちもさっちもいかぬと首を振る男へ、A.R.O.A.の職員は質問を重ねる。

「その生き物が島以外の畔に上陸したことはありますか?」
「いや、こっちの岸辺までは来ませんねえ。水上だと自分たちのほうが有利なことをわかってるんでしょう。だから、被害はスワン・ボートに集中するわけですが」
 オーガかデミ・オーガか、或いはどちらでもないせよ、これ以上の危険な風聞が出回れば、もはや商売は立ちゆかなくなる。男の言葉は半分泣き言だった。

「ねえ、おねがいします。なんとかしてくださったら、あとは自由にうちの池で気晴らししてくださって結構ですから。むろんボートは乗り放題、なんならバーベキューセットも貸し出しできますよ。どちらもジェールはいただきませんから、ただし、あいつらを確実に追い払ってくださいね」

解説

・成功の最低条件は「妙な生き物の追放」倒さなくても、池に戻ってこないようにしてくださればいいです。

・妙な生き物の正体は、オーガでもデミ・オーガでもなく、羽のあるグレムリンです。身長20cmほどの骨張った小人(人語は理解しませんけど)である普通のグレムリンに、ずばり羽がはえてます。ネイチャーですから、トランスしなくてもダメージは与えられます。そんなに強くはありません。でも、羽があるって点が少々面倒。あとはプロローグにあるような習性と能力です。

・スワン・ボートもボートも最大4人ぐらいまで乗れます。ただし運転の小回りが効くのは2人乗りまでがせいぜいでしょう。現在無事なスワン・ボートは2艇、ノーマルなボートは4艇。

・そんなに難易度高くしてませんので、半分戦闘、半分レジャーぐらいのプランがよいような気がします。

・特殊なものでなければ、バーベキューの食材のお金もいらんです。「俺はワニを食うぜ!」とか言い出さないかぎりは。

ゲームマスターより

舟遊びは夏の季語(挨拶)。御拝読ありがとうございます、紺一詠です。
ちょっと軽いめのアドベンチャーがやりたくなってみました。
仕事はさくっと終わらせて、初夏の空気を楽しみましょう。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)

  「悪戯さえやめて貰えたらそれでいい。殺す必要は無いさ」

◆行動
銀紙と色ガラスで派手に豪華にした腕時計をして、それをタオルで巻いて隠した上で普通の船で島に上陸

開けた場所を選定し、そこでタオルを取り魔物を誘き出す
誘き出されたら剣で身を守りつつ相手を見定め、正体を見極めたい
それによってトランスの必要性や殺すべきか追い払うだけでいいのか決められるだろ

頃合を見て時計を外して逃げるように身を屈めつつ高空に投擲
そこに相棒が魔法を投射してくれたらって思ってる

◆事後
島の生物を調べたい
小動物がいたら嬉しい
ランスは動物が好きだしさ
俺も、こいつらもこれからは安心して暮らせるなと嬉しくなるだろう

船遊びをして帰ろうか(にこ



柊崎 直香(ゼク=ファル)
  湖畔で無料でバーベキュー!
はいはい、ちゃんと働きますよー

ノーマルボートにゼクと乗船。
セイジくんセイリューくんたちが誘き出してくれるようなので
僕たちは攻撃に専念。
二艇の邪魔にならない位置まで下がり
グレムリンが飛び立とうとしたら魔法弾での援護攻撃。
“空に逃げても攻撃される”って覚えさせられれば
落とせなくても深追いはしない。
ゼクの詠唱中は舟が流されないよう僕が操舵。
こっちには目ぼしいものないけど念のため小刀は構えとく

お仕事後はお待ちかね肉、肉、肉ー
バーベキューっていうか焼肉って呼んでもいいよ
ゼク殿を労い、あーんしてやらぬこともないが嘘だよ?

ところでワニはお金出せば出てくるのだろーか。いや食べないけど


セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  スワンボートに乗り島に向かうぜ。
ボートに普通のオールも積んでおく。壊されてもこれ使って戻れるじゃん。
普通のアナログ目覚まし時計も用意。足漕ぎボートより機構が複雑で心惹かれるだろ?グレムリンが来るまではボート遊びを楽しむぜ。風が気持ちいいじゃん?景色も良いし。
グレムリンが寄って来たら捕まえよう。はしっこい虫を捕まえる要領で。平手で叩いて落とす感じ。羽根を狙うぜ。グレムリンの相手をしている時にラキアが怪我しないように気を配るぜ。
捕まえたら、後でどこか遠い所に放したい。それならグレムリンを傷つけずに済むからさ。
敵に手こずり他所から魔法が飛んできたら「済まない、ありがとう」と相手にお礼を言うぜ。



●羽のあるグレムリンについて
 そも羽のあるグレムリンは、ミッドランドでも西方の一部に棲息するネイチャーであり、このあたりで見掛けることは滅多にない。馴染みのない生き物だからこそ、オーガやデミ・オーガの噂がたったのだろう。迷鳥よろしく、狂風やなにかで流されてきたのではないか。
 以上がA.R.O.A.で得られた情報と助言を基に、ヴェルトール・ランスが組み立てた推論だ。

「つがいかな? 見た目はアレだけど」

 ラキア・ジェイドバイン、件の池をとおりいっぺんみわたした。微かに2つの異形、まんなかの針葉樹のなかほどで戯れている。少々不格好な翼をばたつかせる彼等に、悪意はかんじられない。かもな、と、ランスも相槌を打って同じ方向に目をやる。

「仲むつまじいようだし、ない、とはいいきれないんじゃないか」

 ほう、と、傍で肯き、意外な思いを抱くのは、ランスの相棒アキ・セイジ。もともと人懐こい性格のランスだから、気後れせず他人と言い合う姿はごくふつうに見慣れている。が、理路整然と持論を展開する様子にはそれとはまた別の趣があり、知識欲の旺盛なセイジにとっては頼もしい側面におもわれた。見蕩れるつもりではなかったが、すこし心持ちを改めてもいいかもしれない、と検討する程度には。

「どうした、セイジ」
「いや……」
「惚れなおしたか?」
「あ、あのな。その言い方だと、まず俺の気持ちが確定してることが前提であって」
「照れなくてもいいぞ」
「ねえ、」

 セイジとランスの犬も食わないなんとやらに置いてかれたラキア、袖を引っ張られる。約30cmほど低い目線に柊崎 直香が、いた。

「それ、飴玉?」

 ラキアの服からわずかにはみだした包みを、直香、神人の勘(※そんな都合の良い能力はない)で発見したのだ。

「うん、グレムリンにあげようかと思って。食べる?」
「虫と茸とピーマンが入ってないなら、いただきますっ」

 どれも入ってないとのことだったので、直香、ありがたく一つ頂戴した。甘い。舌で転がせば、歯に当たってカラコロと愉快な音を立てる。マーブル模様の飴は口の中で廻るごとに、微妙に風味を変えた。

「ふふーん、食前のデザートー」
「……おい、」
「ゼクも欲しいの? 3回まわってワンができたら、ひとつあげよう」
「おまえのじゃないだろ」
「はい、どうぞ。沢山ありますから」

 ラキアはゼク=ファルにもひとつ手渡す。断るのも失礼なようで、ゼク、結局はひとつふくんだ。優しい甘味が仏頂面の眉間を、おもむろにほぐす。

「ゼク、3回まわってワンしてお手決定ね」
「だから、おまえのじゃない……芸が増えてる」
「おーい、そろそろいこうぜ」

 下準備を終えたセイリュー・グラシアが声をかけ、彼等はそれぞれのボートに乗り込む。


● VS
 セイリューの下準備とは、スワンボートに幾つかの小荷物を積み込むことだった。荷の中にはオールもある、これでスワンボートが壊されようと、ボートを漕いで岸に戻ってこられるだろう。

「ま、これは最終手段だけどな。さあ、漕ぐぜ!」
「ちょ、ちょっと待って……」
「ん、漕ぎ方わからねえの? そこのペダルに足を置くんだよ。で、ぐるぐるぐるっと」
「いえ、あの、そうじゃなくって、」

 おおよそのスワンボートは、左が動けば右もといった具合に、二対のペダルが連動している。片方のペダルが回れば、もう片方もおなじ配分で回らざるをえない。

「おお、これ楽しいな。ようっし、島を目指すぜ!」
「ハンドルはどうしよう?」
「ラキアに任せた!」
「はい……えぇ?!」

 ファータらしくおっとりしたラキアと活力にありあまるセイリューでは、テンポが合わぬのも道理だろう。いちおう動いてはいるボート、しかしいつのまにか右に傾く、左に曲がる、果たしてこれは前進か後退か。彼等のスワンボートのすぐ横合いを、本物の白鳥が怪訝そうに首を捻って滑っていく。
 ――……というわけで、

「僕たちの場合、体格差の問題もあるからタイミングがあわないだろうし、二人ともががんばってへばるぐらいなら、いっそ一人だけががんばるほうがベターではないかと、僕は考えるのであって、」

 体格のよいゼクのほうが効率いいよね、と、直香からの提案はくくられる。
 呉越同舟――ではないはずだ、仮にも誓いを交わしたウィンクルムの間柄なのだから。しかしそれによく似た不思議な緊張感のなかで、ノーマルボートに直香とゼク、腰を下ろして向かい合う。『一人だけががんばる』と直香の宣言したとおり、ゼクの両手にのみ、オールが握らされていた。

「さあ漕げよウィンク……もとい。焦げよ精霊!」
「やるまえから諦めるな。さりげなく燃やすな」
「だって、無理なものは無理だよ。進むどころかくるっとUターンの挙げ句どーんと岸にぶつかって、無残なるかなボートは木っ端みじんに大炎上、賠償弁済をぜんぶ引き受ける羽目になり、哀れ家計は火の車、その日の明かりにも事欠いて、爪に火ともすような生活を、ゼクが覚悟するっていうなら考えないこともないけど、考えるだけだよ?」
「御丁寧にいろいろ燃やすな」

 さて、火の粉がかかることもなく、船底に穴が開くこともなく、セイジとランスのボートは島に接舷した。思いの外小さな面積の島だ。彼等の作戦には十分な距離も必要だったから、さしあたってセイジ一人が上陸し、ランスは舟で待機する。

「ちょい待ち、セイジ。トランスは?」
「別に今でなくてもいいだろう。彼等の正体を見極めてから……」
「手間がかかるだろ? 俺、ここだし」

 ランスは船腹を叩く。ほんの短い間とはいえ、離れる以上、トランスを始めて終えるまでには時間がかかる。ならば、あらかじめトランスしておいたほうが手っ取り早い。いざというときは魔法を使って欲しいと頼んだのは自分である以上、セイジはランスの案を呑まざるをえなかった。『コンタクト』可及的速やかに儀式をすませ、可及的素っ気なく、セイジはその場を離れた。

「彼等が来たら、ちゃんと見極めてくれよ」
「はいよ。『相棒』を信じなさい」

 なにか答えかけて、しかしセイジは結局は言葉にしないまま、利き腕に目線を移す。膨れ上がった手首から、その要因である二重三重に巻かれたタオルを剥がせば、5月の日射を照り返し、赤に、青に、砕けた万華鏡のごとく燦めいた。
 光の正体は腕時計だ。下町で捨て売りされているような安物を、カラーセロファンと銀紙で豪奢に飾り立てた品。風変わりな輝きに惹かれたのだろう、転げるような素早さで、グレムリンはまっすぐセイジのもとへ飛来する。

「ランス、ほんとうに『羽のあるグレムリン』か?」

 それが羽のあるグレムリンであるという確証はなかったから(これまでの話し合いは、そうではないかという仮定のもとにおこなわれた)、念には念を入れて、動物の生態について心得のあるランスが視認する。

「うーん……。角はないみたいだな」
「それで十分だ」

 オーガでもデミ・オーガでもない、それさえ把捉できれば十分である。自衛のために一度はたずさえた小刀を、セイジ、再び鞘に収める。

 一方、羽のあるグレムリン、別の1体は蛇行を続けるセイリューらのボートに興味を持ったようで、スワンボートに滑空して近付く。

「ねえ、来るみたいだよ」

 ラキアに促され、セイリューはペダルを踏む足を止める。後部の荷から取り出だしたるは、一抱えほどもある、大きなアナログ目覚まし時計。

「妙に大きな荷物だとおもったら、」
「足漕ぎボートより機構が複雑だろ?」

 壊し屋のグレムリンに、うってつけ。時計の持ち手を五指に引っかけて、スワンボートから身を乗り出す。手旗信号の要領で、振りかざす。

「おーい、こっちだ。オマエの玩具を持ってきてやったぞ」

 羽を止める、グレムリン。なにかを考えるように滞空する、結論はすぐに導かれた。先ずはスワンボートの後部へ、セイリューとラキアの届きにくい箇所に潜って『パキンッ』、それから、セイリューの時計にちょいと掴まって『パキンッ』と。
 ――……端的にいえば、壊れました。ボートも、時計も。

「両方とも好きだったみたいだね……」
「どっちか一つで我慢しとけよ! 贅沢なやつだな!」

 セイリュー、グレムリンを追っ掛ける。といっても、狭く不安定なボートのなかでは、上半身をあちらこちらに拗るのが精々で、なかなかグレムリンにヒットしない。ましてや剣や槍を当てようというのでなく、グレムリンの羽をめがけて、てのひらではたきおとそうというのだ。飛行能力をもつグレムリンのほうが、当然リーチに分がある。
 いや、セイリューはずいぶん敢闘した。5分ちかくも追い回したのだから、グレムリンを逃がさなかったという事実だけでも、立派なものだ。額から熱い汗が滴り、肩が呼気を求めて上下する。

「あーもー、虫取り網とか蠅叩きとか持ってきたらよかったのかな」
「キーイ?」
「あ! オマエ今オレを莫迦にしたろ! 絶対捕まえてやるからな!」

 人語は通じないと聞いていたが、セイリューとグレムリン、なんとなく会話が成立している。グレムリンはお菓子が好きらしいという文献を参考にし、飴玉を用意してきたラキアと違って、セイリューときたら、身一つで渡り合っているのだ。異種間交流とは成る程こういうものか、と、ラキアはひそかにパートナーを見直した。

「二人とも、おちついて。お菓子あげるから、悪戯はおよしよ」

 確実に『二人』ではないのだが、他に呼び方を思い付かない。『二人』、同時に振り返り、そこでラキア、ようやく飴を手渡す機会を得た。先ずはグレムリンに、ぽいっと放り投げれば、羽のあるグレムリンはそれを巧味に空中で受け止める。

「はい、セイリューにもあげるから」

 手をだして、と、セイリューに伝える。拳固と平手でぶんまわしていた両手を、セイリュー、おとなしくそろえる。そこへラキアは飴玉を置き、が、マーブル模様の球形はセイリューの口に届く前に消失した。グレムリン、二人の横手から最期の飴を掠っていったのだ。

「オマエはあっ! 一つで我慢しろってさっきも言っただろうがああっ!」
「こら、セイリュー」
「だってあいつが、オレの飴を!」

 害獣とそれを懲らしめようとする神人というよりは、おやつの分け前をめぐって取っ組み合う兄と弟だ。してみると自分は父だろうか母だろうか。検討しようとして、ラキア、はたと悟る。どっちでもないし、そういう場合でもない。
 久々に骨のある遊び相手(違う)と応戦して、羽のあるグレムリン、心から満足したらしい。おまけに、土産の飴玉をふたつも手に入れたのだ。もうここらに用はないとばかり、羽ばたいて、意気揚々と引き上げようとしていた。

「こら待てっ。勝ち逃げなんてずるいぞっ!」

 セイリュー、再びペダルを踏み締める。だが、スワンボートの発進は二人分の力をあわせても、グレムリンの直行を防ぐには間に合わない。
 あわや抜けさせてしまうのか、

「ゼク、あっちだよ!」

 逼迫する寸前、しかし、グレムリンの行く手を掠める風の力。
 ゼクがマジックスタッフから放った魔法の弾力である。そのときだけは、直香がオールを握る。ゼク、又候スタッフを搖らせば、追い打ちを掛けるように新しい魔法。目先の方向感覚を見失ったグレムリン、追い詰められて、上へ行く。
 セイリュー、魔法の来た方角に首をねじむけた。

「すまない。ありがとなっ」
「どういたしましてー。こちらこそ飴ありがとー。あとでゼクに、3回まわってワンとお手と逆立ちさせとくからー」
「……また芸が増えてる」

 しかも、かなりの無茶ぶり。魔法を撃ったのは俺だぞ、と、言いたげなゼクを余所に、直香はセイリューたちに両手を振ってサインを送る。
 ――……セイジ、ふたたび小刀を鞘に収めた。手透きになった片手でグレムリンをあしらいつつ、腕時計を取り去って、それを無二無三に投げ飛ばす。赤と青と銀の寄せ集めの投射、流れ星のような、飛ぶような。

「ランス!」

 ランスはセイジの描いた弧をなぞるようにスタッフを打ち振る。と、グレムリンの鳴き声によく残響を引きつつ、浮かび、走る、プラズマ球。雷撃、カナリアの囀りだ。
 それは2体のグレムリンが鉢合わせする、ほんの近傍で、迸る。地上10mの高さにおける衝撃は池をそよがし、セイジ達の竦む箇所までも弾ませる。これではいくら剛胆なものでも静観を保っていられない。グレムリン達は更に上へと昇っていく、高く、高く、そして西へ。ランス、濃紺の宝石の填めこまれた杖をいったん下ろす。

「どうする?」
「……悪戯さえやめて貰えたらそれでいい。殺す必要は無いさ」
「そうだな」

 セイジとランス、彼等が本当に去ったのかをたしかめるため、グレムリンの軌跡を見送る。
 羽のあるグレムリンは帰ってこなかった。


●のんびりしましょう
「風が気持ちいいじゃん? 景色もいいし」

 そんなわけで、セイリューとラキア、オール(より正確にあらわすと、この場合はパドルという)を漕いで元の岸をめざすこととなる。直香たちが送ろうかと云ってくれたけど、自分たちの力だけで切り開きたかったから、固辞した。
 ちなみに壊されたといっても、グレムリンは徹底して解体したわけでなく、人でいうなら弁慶の泣き所といおうか、致命的な一カ所を外していっただけだから、修理はさほど難しくない。元の場所に返却すれば、ボートは一日でなおるだろう。
 うらうらとした陽気。池のまわりを囲む萌え始めたばかりの緑。透き通った風が、戦い疲れた彼等を、涼やかに慰撫する。先程の白鳥は彼等のボートを無害とみとめたらしく、近付いて、挨拶するように彼等に向けて長い首を折った。

「ラキア、餌やろうぜ。パン持ってないか」
「さっきの飴で終わりだよ」
「残念。でも、これはこれで楽しいな」
「そうだね」

 まあ、たしかに悪くない。
 ボートも時計も壊れてしまったし、グレムリンとは和解できたのか否か不明だし、相棒は胸板のしっかりした野郎だし、兼ねてからの希望や予想とは違うことばかりだが、そう悪くはない。ラキアはオールを漕ぐ。今はまだボートを進めることさえなかなか呼吸の合わぬ二人、しかし、いつしかより確実な前進をものに出来る日が来るだろう。

「そのためにも、まずは無事に岸に辿り着くことだけど……。セイリュー、無茶に振り回しても意味ないんだってば」

 そして、セイジとランス、彼等は島を出ることなく、なんとなく、それとなく、放心していた。特に、セイジが。カナリアの囀り……愛らしい名前とは裏腹に、範囲も威力もおそろしいものだと、再確認しながら。

「彼らは、」
「ん」
「いや……。白鳥のような美しい翼が……ほしかったのだろうか。ふと考えてしまってな」

 感傷的な思いは、いったいどこから来たのだろう。グレムリンを追い出してしまったような心持ち、罪悪感からかもしれない。

「さあな、俺にはそこまでは分からないけど。云ったろ、あいつら本来は西の生き物だって」

 寄り道していただけ、スワンボートに気を取られてついつい長居をしてしまっただけだ、と云われれば、そんな気もしてくる。西へ帰れば仲間がいるだろうよ、と云われれば、そうであってほしいと思う。セイジがうつろに西の空を眺めていれば、舟を降りたランス、セイジの隣に立った。

「それはともかく、セーイージーくーーん?」
「なんだ、わざわざ気持ち悪い呼び方で」
「白かったはずのタオルにどうして赤い模様ができてるのかなー?」

 ランスの指さす方向に釣られて目をやれば、ぽっちりと赤く、指の爪先ほどにも満たぬ、ささやかな滲み。グレムリンを手で払ったとき、付いた傷だ。大した痛手ではない。しかし、ランスを無駄に心配させたくはなかったから、手近なタオルで覆っておいたのに、大胆なようで、ランスは思い掛けず鋭い。

「タオルを貸せ。巻き直してやる」

 一言も答えぬうちに腕をとられて、タオルを剥かれる。こうなってはおとなしく従ったほうが話は早いだろう。セイジは暫し口を閉じ、なされるがままとなる。

「よし、出来たぞ。傷のある男は動物にはもてないんだから、以降気を付けるように」
「そうなのか?」
「冗談だ」

 まあ、俺にはもてるけど。さらりとそんな皮肉まで付け加えられて、セイジは口籠る。いつもいつもあと一歩、というところで、セイジはランスに先を越される。時間をくれるといったランス、その猶予の合間に、セイジはランスに逆転できるだろうか。

「では、島の動物を先に見付けたほうが勝ちとしようか」
「あ? なんで勝負事になってんだ?」
「じゃあ、お先に」

 セイジは颯爽と歩を進める。うしろに追いかけてくるランスの気配を感じ、我知らず口許が緩む。ほんのわずかに。


「肉だ肉にくー」
「ああ肉だ」
「焼けーー」
「命令か」
「ゼク殿、焼いてくれたまえ」
「丁寧にいっても、命令は命令だな」
「オニクタベタイーノオニクヤキナサイーノ」
「よくわからないが、命令だということはよくわかる」

 湖畔のバーベキューコンロを目の前にして、直香とゼク、世にも奇妙な漫才大会を開いているわけではない。どちらが肉を焼くか、要はそれを話し合っているだけだが、展開が一方的なのは、この際横に置いておこう。

「僕に任せても、具材もれなく生焼けになるのは目に見えてるから」

 適材適所ってやつです。参ったかとばかり、直香は胸を反らせる。なんとなく直観していたゼク、素直に練炭と着火剤を手に取った。一度心が決まってしまえば、調理におぼえのあるゼクの手際はよい。火加減を調整し肉を並べて頃合いをみてひっくり返す、そういう地道な作業も実は嫌いではないのだ。

「しかし、ほんとうに肉ばっかりだな……。直香、おまえが具材を頼んだんだよな」
「焼肉って呼んでくれてもいいよ」
「野菜も食べろ。大きくなれないぞ」
「食べるけどー……」

 ハラミ、カルビ、ロース、時々キャベツ、ところによって人参等。はぐはぐ、もぐもぐ、ゼクが皿へ放り込むものから、直香は順番に頬張る。ゼクがほとんど口を付けないので、皿の中身は嵩む一方だ。

「焼けたぞ。新しい肉だ」
「うーん、ちょっと待って」

 さすがにちょっと飽きたかな、と、直香は箸を止める。そして、気が付いた。

「ちょっとじゃない、ものすごく待って。これ、茸じゃない?」

 ゼクにだって、作戦はあった。椎茸の笠の色目はすこしばかり肉に似ている。わんこそばのように次から次へと肉を注ぎ、その合間に椎茸を挟めば、肉に紛れて目立たないのではないか? これは断じて嫌がらせではない、愛情だ。

「……ゼク」

 だから、ゼクはもう一切れ、椎茸を差し入れる。直香にだって愛情がないわけではない。黙って椎茸を受け入れる――……ことはなく『ゼク専用』と名づけられた小皿にぺいっと移し替える。

「ゼク殿を犒い、あとでこれだけあーんしてさしあげようかね。ん?」

 ここに、グレムリンを相手取るより苛烈で熾烈で卑怯な戦いが口火を切る。


●◎
 さて、余談である。バーベキューもとい焼き肉にいそしむ直香には疑問があった。

「お金を出せば、ワニの肉は食べられるのだろーか」

 出す気はないので、ひとまずはロハの肉を無心についばむ。と、ゼクがトングを使って差し出した、彼の肌色のようにこんがり焼けた物体。

「にゃに?」(←肉を口に入れたまま)

 それは器用にも円形にくり抜かれた牛肉である。2枚。
 ◎ → 輪っかがふたつ → 輪2 → 鰐 \バンザーイ/ \バンザーイ/

「ゼク、疲れてるんだね。わかったよ、3回回ってワンは勘弁したげるから、帰ったらぐっすり寝よう。ね?」

 同情のほうがむしろつらいこともあるのだ、と、ゼク=ファルは今日の最後に学習した。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: あやひ  )


エピソード情報

マスター 紺一詠
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル 日常
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 4
報酬 通常
リリース日 05月02日
出発日 05月08日 00:00
予定納品日 05月18日

参加者

会議室

  • [6]柊崎 直香

    2014/05/07-01:06 

    同時に動くなら三艇近づいたら邪魔かなって思って?
    もし飛ばれたら、ちょっと離れた場所から援護射撃のつもり。

    あ、誘き出したその場で成敗完了してくれれば一番イイカタチなので、
    その場合僕ら仕事なくなるけどー。それもよきかなー。

  • こっちのボートが囮になるかも、だな。了解。
    こちらはその旨心づもりしておくぜ。

  • [3]柊崎 直香

    2014/05/06-22:33 

    遅ればせながらこんにちはー、クキザキ・タダカくんですー。
    バーベキューが無料と聞いて!

    あ、はい。ちゃんとお仕事するよ。
    二人が誘き出しも兼ねるなら僕たちは攻撃に専念してもいいかな。
    ノーマルボートから魔法エネルギー弾撃ってみようかなと思ってる。
    すばっしこいから外れるかもだけど、びっくりして戻ってこなくなるかなーと。

  • セイリュー・グラシア。よろしく。

    こちらはスワンボートに乗ってグレムリンを呼び寄せるつもりだぜ。
    ただの悪戯だろうから、グレムリンにあまり酷い事はしたくないけどさ。
    お仕置きでちゃんと止めてくれる事を願うぜ。

  • [1]アキ・セイジ

    2014/05/05-11:52 

    アキ・セイジだ。よろしくな。

    銀紙や色ガラスでそれっぽく豪華にしたでかい腕時計をして普通の船で島に近づくつもりだ。
    魔物を誘き出したところを痛い目にあわせて追い払うか、倒せたらと思っている。


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