蓮舟小池(山内ヤト マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 雨垂池は六月の繁忙期を迎えている。
 ここは紫陽花の名所で、雨の多い季節ならではの行楽サービスも充実しているのだ。

 池の周りに植えられた紫陽花を蓮の葉の舟に乗って眺めることができる。
 この蓮は強い浮力を持つ特殊な品種で、大人二人が同時に乗っても平気なほどだ。よく似ているがこれはハス科の植物で、スイレン科ではない。
 見た目は一般的な蓮と変わらないが、サイズがかなり巨大である。葉一枚で、タタミ二畳ほどの大きさだ。
 代金を払うと、係員が畑の蓮の茎を切り取り、大きな葉を雨垂池へと浮かべてくれる。
 なお、特殊な蓮が栽培されている湿った畑と雨垂池はきっちり区分けされている。池に植物が繁茂しすぎると、舟が動きにくくなってしまうからだ。
 雨垂池は遮るものがない広々とした池で、池の周囲に植えられた紫陽花もよく見える。

 舟の動力となるのは、雨垂池で飼い慣らされている水鳥である。純白や灰色がかった茶色の羽のガチョウが混在しており、エサのパンを見せれば鳥の方から近づいてくる。よく似ているがガチョウはガンから家禽になった鳥で、カモから家禽となったアヒルとは違う。
 パンを食べ終えると、手綱をくわえて蓮舟を引っ張って泳いでくれる。雨垂池に住むガチョウは蓮舟を引くのに慣れており、手綱を持っている人間の意図をくんで進む。
 水鳥用の手綱やパンは、舟に乗る代金を払う時に係員から渡される。

 天気は小雨のち晴れ。
 午後には虹が出ると予想される。

解説

・必須費用
蓮舟代:1組400jr



・プラン次第のオプション費用 各種レインポンチョの貸出
透明ビニールポンチョ:1つ50jr
水玉柄ポンチョ(色自由):1つ150jr
緑のカエルポンチョ:1つ150jr
黄色いアヒルポンチョ:1つ150jr



・デートコーデについて
雨のレビャーにぴったりなデートコーデをPCが装備している場合、積極的にコーデの描写をおこないます。

ゲームマスターより

山内ヤトです!

雨垂池へ遊びにいくエピソードです。
同じ雨垂池を舞台にしていますが「蕗傘小道」と「蓮舟小池」では遊べる内容が違いますので、参加の際にはご注意ください。

こちらでは、蓮の葉の舟に乗ることができます。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  レンタル:水色水玉ポンチョ

親指姫になった気分ね
蓮舟を見て楽しそうに笑う
集まってきたガチョウに嬉しそうにパンを 嫌がられなければそっと触って

池の周りの花や水に映る風景に目を輝かせていたが ふと黙々とガチョウたちを動かすシリウスに目をやる
…シリウス、手綱を取るの上手ね
わたしにも教えて?-意地悪、ひっくり返したりなんてしないもん
軽く頬を膨らませるも 楽し気に目を細める彼を見て自分も笑う
一緒に手綱を持つと更に笑みを深めて

虹に気づくと歓声をあげて立ち上がる
きゃ…!ご、ごめんなさい
でもすごく綺麗!
虹は天からの贈り物なの
止まない雨はない 雨雲の向こうに光が待っているよって…
素敵でしょう?
光に手を伸ばし 彼を見上げ


かのん(天藍)
  本当に大きい葉っぱですね
皆さん乗っていますし大丈夫じゃないです?
蓮と睡蓮の違いは…端的に言えば蓮根の有る無しですけど
葉の形や花の咲く位置が違っていたりするんですよ

小雨がちですし…折角なので葉の上の蛙の気分を満喫しませんか?
カエルポンチョ2人分借受

アヒルさん可愛いですね
ガチョウとアヒルって違うんです?首傾げ
天藍の話しに納得しつつ、ではガチョウさんどうぞよろしくお願いします、パン差し出し

晴れた日も綺麗ですけれど、紫陽花は雨の日の方が綺麗に見えるような気がします
子供じゃないんですから、ちゃんと気を付けています
少しだけ拗ねたフリして、見ていてくれる事は嬉しくてそのまま天藍に寄りかかる

天藍、虹が見えます


ひろの(ルシエロ=ザガン)
  透明ビニールポンチョ

餌を受け取って、池に近づく。
出された手を理解するのに、少しかかった。
エスコート? してくれるみたい。
少し迷って、手を乗せる。落ちたくないし。(池に

大きな葉っぱの上で、ルシェに抱え込むように座らされた。
なんでか、ルシェはこの体勢が好きみたい。
嫌じゃないけど。(少し恥ずかしい
この体勢だと。ルシェの顔が見えないなって、思う。

腕を伸ばしてパンをあげた。くちばし、平べったい。(観察

「わ……」
水の上を移動する感覚が不思議で。視線が落ち着かない。
池の広さを確かめたり。過ぎてく紫陽花を見たり。
(問いに頷く
慣れてないからかな。「おもしろいよ」

雨で体は冷えたけど。
つないでた手が、あったかかった。


ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)
  ぼーっとしてごめんなさい。
あ、有り難うございます。

一生懸命パンを頬張る水鳥が可愛くて微笑ましくなります。
ふふ、可愛い。

綺麗な風景に心を落ち着かせていた時に精霊にかけられた言葉。
先日大規模な戦闘で恋人(エミリオ)が大怪我を負ったこと。
自分は大丈夫だからと気丈に微笑む恋人に心配かけまいと泣けなかったことをエリオスに見抜かれていたことを知り、彼は自分の為に今日ここに連れ出してくれたのだと察します。

『ここには俺と水鳥しかいない』
つまりは泣いてもいいんだと。
彼の不器用な優しさが恋人とよく似ていて、それがどこかおかしくて。
・・・っ、ふふ、やっぱり親子、ですね。
ひっく、う・・・エリオスさん、ありがとう・・・っ


水田 茉莉花(聖)
  ビニールポンチョ着用

ひーくん、ほら、鳥さんに餌あげてごらん?
大丈夫大丈夫、ちぎったパンを水面に投げてあげれば平気だから(やってみせる)
ひ、ひーくん大丈夫?…っても手をかじられてる訳じゃないのね

(舟に乗りながら)ひーくんは動物さんと遊ぶのは初めてなの?
…あはは、脱走ぐせはその頃からだったのね

誰と来ても楽しいと思うわよ
例えば…そうそう!みんなで来ればもっと楽しくなると思うわ
だからひーくん、1個ずつ楽しいなと思うことを増やしていこう

(頭を撫でる)ほら、あっち見て、紫陽花が綺麗だよ
…ひーくん、すっかり鳥さんと仲良くなったみたいね
そういえば、ランチボックスにいっぱいお弁当作ってきたけど
どこで食べようか?


●不器用な優しさ
「きゃっ……!」
 蓮の舟に乗ろうとして『ミサ・フルール』はバランスを崩した。あわや転びそうになったところで、ミサの体をぐいっと引き寄せて助けたのは『エリオス・シュトルツ』だった。
「大丈夫か?」
「……ぼーっとしてごめんなさい」
 エリオスが手を差し伸べる。
「手をかしてやる、落ち着いて蓮舟に乗れ」
「あ、有り難うございます」
 エリオスの手を借りて、慎重に蓮舟に乗る。
 以前ならば、ミサは警戒してその手を取らなかったかもしれないが、最近はエリオスへの印象が変化してきている。エリオスを父親のように感じることが多くなった。
 プラグマの効果で、ミサはエリオスの人柄をよく確認するようになっていた。今回の外出でも、エリオスの振る舞いを通して彼の本心を少しでもつかめたら良いと思えた。

 パンをまくと、わらわらと水鳥達が集まってくる。
「焦らずゆっくり味わって食べるといい」
 ガチョウにパンを与えるエリオスは、優しそうに見えた。
 一生懸命にパンを頬張るガチョウの姿を見て、ミサはほんわかと微笑ましくなる。
「ふふ、可愛い」
 興味津々でエサやりを眺めていたら、エリオスから話しかけられた。
「お前もパンをあげてみるか?」
 ミサもガチョウにパンを食べさせてあげた。元気な鳥達に囲まれて、人気者の気分だ。

 蓮の舟に揺られながら、エリオスは景色を眺めて楽しんでいた。時折吹く風に目を閉じる。小雨は天然のミストシャワーだ。自然の豊かさを感じるそんな一時。
 エリオスがミサのいる方を見れば、彼女もまた自分と同じように穏やか表情をしていた。そっと声をかける。
「……どうだ? また前に進めそうか?」

 その言葉にミサはハッとする。隠していたつもりだが、エリオスには心の不安を見抜かれていたのだと悟った。
 先日の大規模な戦いにより、ミサの恋人エミリオは大きな怪我をした。深手を負いながらもエミリオは、自分は大丈夫だからと気丈に微笑んだのだ。
 ……だからミサは泣けなかった。泣くのを我慢した。ここで泣いたりしたら、ミサに心配をかけまいとするエミリオの微笑みを無意味なものにしてしまう気がして。
 エリオスが今日ここに自分を連れ出したのも、きっと悲しみを無理に押し込めたミサのためなのだろう。
(そっか……エリオスさんには、バレバレだったんだね……)
 途端にミサの目の奥が熱くなった。涙腺が緩んで、涙があふれ出しそうになる。
 今にも泣き出しそうなミサを見かねて、エリオスはふいと背を向けて、ただ静かに言葉を続けた。
「ここには俺と水鳥しかいない」
 その遠回しな言葉が意味するところは……。ミサはエリオスの意図を察した。
(つまり、泣いてもいいんだ……)
 エリオスが見せる不器用な優しさが、恋人のエミリオとよく似ていて、それがなんだかおかしくて。半分泣きながら、ミサは笑ってしまった。
「……っ、ふふ、やっぱり親子、ですね」

 親子という単語が出てもエリオスは平然としており、顔色を変えることはない。彼は悠然とした声で、蓮舟を引く水鳥に優しく語りかける。
「どうか、水鳥よ。泣きたくても泣けなかった彼女の為にできるだけゆっくりと歩を進めておくれ。陸に着く頃には笑顔でいられるように」
 エリオスにはナゾが多い。計算高く、変装偽装とフェイクを得意とする。ミサに対する感情も複雑だ。絶望の淵から這い上がろうとする彼女を忌々しいと思うような危険さも秘めている。
 だが今日エリオスがミサに見せた行動に、打算は感じられない。むしろそれは、アガペ――無償の慈愛を思わせた。
「ひっく、う……エリオスさん、ありがとう……っ」
 ポロポロと涙をこぼすミサ。あの日泣けなかった分を取り戻すかのように。



●植物と動物のプロフェッショナル
「本当に大きい葉っぱですね」
 植物に詳しい『かのん』でも、これほどまでに巨大な蓮はあまり目にしたことがない。まるで小人になったような錯覚に陥る。
「大きいとはいえ、植物の葉なんだろう?」
 『天藍』は少し疑わしげに蓮を見ている。
「蓮か睡蓮かはともかく、本当に沈まないのか、これ? 大人二人だぞ」
 かのんが雨垂池の方を見やれば、蓮を舟にして遊んでいる人の姿があった。
「皆さん乗っていますし大丈夫じゃないです?」
 実際に蓮舟が浮かんでいる光景を見て、疑心暗鬼だった天藍もまあ納得がいったようだ。
「そうそう。蓮と睡蓮の違いは……端的に言えば蓮根の有る無しですけど、葉の形や花の咲く位置が違っていたりするんですよ」
 簡単な見分け方の一つとしては、蓮の葉は円形で、睡蓮の場合は三角の切り込みが入っていることだろうか。
「なるほどな」
 天藍が頷いた。植物に詳しいかのんと一緒にいると、自然と知識が身について楽しい。

 ポンチョを貸し出しているコーナーで、かのんが足を止めた。
「小雨がちですし……折角なので葉の上の蛙の気分を満喫しませんか?」
「……俺もこれを着るのか?」
 大人っぽい性格の天藍は、カエルポンチョを着ることに一瞬難色を示した。が、結局はかのんからの提案に折れた。
「少し気恥ずかしいが、こういう遊び心も良いだろう」
 苦笑して天藍もカエルポンチョを羽織る。ユーモアを受け入れるのも大人らしさだ。
 アンダーウェアなので目立たないが、実は二人共スタイリッシュ・フォースを着込んでいる。万が一水中に落ちてもこれなら安心だ。

 二人が蓮舟に乗ると、エサをもらえるのを期待して水鳥が集まってきた。
「アヒルさん可愛いですね」
「こいつらはガチョウだろう」
 すかさず天藍が指摘する。彼は動物に関してとても深い知識を持っていた。
 一方かのんは、二種の違いがわからずに首を傾げている。
「ガチョウとアヒルって違うんです?」
「首が長いし体も大きい。アヒルはもう少し小さくて丸い感じかな」
 ガチョウは体が大きいから、人の乗った蓮舟も引っ張ることができる。アヒルの体格では、舟を引っ張って泳ぐのは重労働になるだろう。
「……まぁ、それこそ睡蓮と蓮の違いと同じぐらい違うな」
 今度はかのんが天藍の知識に感心する。
「ではガチョウさんどうぞよろしくお願いします」
 ガチョウはかのんの手からパンを食べ終えると、手綱の紐をくちばしでしっかりくわえる。手綱を握るのは天藍だ。
「かのんどこに行きたい?」
 舟の行き先を尋ねられ、こうリクエスト。
「池の縁にそって紫陽花がみたいです」
「よし。池の縁沿いを泳いでくれ」
 天藍の指示を理解して、ガチョウは希望通りのコースを進んでいく。

「晴れた日も綺麗ですけれど、紫陽花は雨の日の方が綺麗に見えるような気がします」
 綺麗に咲いている紫陽花をもっとよく見たくて、かのんは葉の端の方へと身を乗り出した。
「かのんあまり身を乗り出すな」
 片手を空けて、天藍がかのんの胴へ腕を回す。
「子供じゃないんですから、ちゃんと気を付けています」
「葉から落ちても良いなら止めないが」
 天藍は笑いを堪えている。
 親しい友達感覚のやり取り。二人の愛の形はストルゲ。想いの性質も強さも対等だ。
「もう」
 かのんはすねたフリをする。けれど、ちゃんと見ていてくれたことは嬉しくて、そのまま天藍に寄りかかる。

 そんなかのんの反応を天藍は可愛らしく思った。
「いろんな色があるんだな」
 体にかかる重みを心地よく感じながら、改めて紫陽花を眺める。
 ふいにかのんが空を指差した。
「天藍、虹が見えます」
 蓮舟に揺られながら、心ゆくまで紫陽花と虹を鑑賞した。



●特等席
 小雨が降っているので『ひろの』と『ルシエロ=ザガン』は、透明のビニールポンチョを借りた。これで髪や服を濡らさずに済むだろう。
 蓮舟を管理している係員からそれぞれ、ひろのは水鳥のエサを、ルシエロは手綱を受け取った。
 雨垂池で蓮舟に乗ろうとするひろのの前に、スッと腕が伸ばされた。
「……?」
 見れば、ルシエロが右手を差し出している。出された手の意味を理解するのに、少しかかった。
(もしかして……)
 ひろのは考えた。不慣れな状況だったが、優れた直観力でパートナーの意図を察する。
(ルシェが……エスコート? してくれるみたい)
 逡巡した後で、自分の手を重ねる。
(落ちたくないし……池に)

 ひろのが手をつかむまで間が空いても、ルシエロは平然と待っていた。足を滑らせたりしないよう、丁重に蓮の葉へエスコートする。
 繋いだ手にかかる力で、以前よりもひろのの遠慮が減ってきたことを感じ取る。一見よそよそしく見えるが、これでもひろのはだいぶルシエロに心を許してきている。
 様々な出来事を積み重ね、かなり親密さが深まってきた二人だが、それでもひろのはベタベタとパートナーに甘えるような行動はとらない。

 大きな蓮の葉の上。
 ルシエロはひろのを抱え込むように、自分の膝の間に座らせる。繋ぐ手を右から左へと替えて、ひろのが落ちないようガードする。左手と左手で、ひろのと手を繋いでおく。ウィンクルムにとって左手は特別だ。左手の甲に浮かぶ赤い紋章は、二人の契約の証。
 水鳥の手綱を握って舟の行き先をコントロールする必要からも、右利きのルシエロにとってはこうして左手でひろのをつかんでいた方が動きやすかった。

 ルシエロの膝の間にすっぽり入ったひろのは、若干恥ずかしさを感じたが、特に抵抗もせず大人しくしている。
(なんでか、ルシェはこの体勢が好きみたい。……嫌じゃないけど)
 少し恥ずかしい。それにもう一つだけ、この姿勢には小さな不満があった。
(この体勢だと。ルシェの顔が見えないなって、思う)
 ひろのは繋いだ手に視線を落とした。この姿勢では、ルシエロの手足しか見えない。
 係員からもらったパンをチラつかせると、さっそくガチョウが近づいてきた。ひろのは腕を伸ばしてパンをあげる。ルシエロはひろのが落ちないようしっかりと支える。
 エサをあげながら、ひろのはじーっとガチョウを観察する。
(くちばし、平べったい)
 水鳥らしい形をしている。よく見ると、くちばしの端がノコギリのようにギザギザしているのがわかった。
(……意外と物騒)
 パンを食べ終えたガチョウの口にルシエロが手綱をつけたので、そこでひろのは観察を切り上げた。

(どこまでの速さが出るか解らんが……)
 手綱を持ってルシエロは思案する。
(ヒロノが驚かないように、最初はゆっくりと進ませよう)
 ガチョウはゆるやかな速度で蓮舟を引いて泳ぎ始めた。
「わ……」
 水の上を滑るように移動する感覚が不思議で、ひろのは思わず小さく声をあげた。
 視線もあちこち目まぐるしく落ち着かない。気になるものはたくさんある。池の広さを確かめたり、過ぎていく紫陽花を見たり。

 しきりに頭を動かすひろのを見てルシエロはその口元を緩めた。視点の関係上、ひろのが彼の表情を目にすることはなかったが。
「どうだ。蓮の葉に乗った感想は」
 ルシエロの目は漠然と紫陽花を眺めていたが、意識はひろのに向いている。
「おもしろいよ」
「そうか」
 ひろのの返事を聞いて、ルシエロはさっそく次のレジャーの計画を練る。
(機会があれば、舟遊びも良いかも知れんな)

 小雨で少し体が冷えたが、ひろのとルシエロが繋いでいた左手は、穏やかなぬくもりに包まれていた。



●楽しいと思えること
「あら、小雨……」
 『水田 茉莉花』は手のひらに雨の雫を受けた。
「あそこでポンチョが借りられるんだって。いってみよう」
 『聖』が迷わず選んだのはカエルポンチョ。よく似合っている。
 茉莉花はシンプルな透明ビニールのポンチョにした。
 係員から蓮舟の説明を聞いて、二人は雨垂池へ向かう。

 蓮の葉の舟に乗ると、雨垂池のガチョウが美味しいパンを目当てに集まってきた。
「ひーくん、ほら、鳥さんに餌あげてごらん?」
 茉莉花がそう促すが、聖はわずかに身を引いた。
「えっ、こわいです、パン、あげられないです!」
 この池のガチョウ達は人との交流の仕方を心得ており、嫌がっている相手は深追いしない。聖から手荒にパンを奪ったりしなかった。愛想良くおねだりアピールしてエサを待っている。
「大丈夫大丈夫、ちぎったパンを水面に投げてあげれば平気だから」
 まずは茉莉花が手本をやってみせる。
「えっえっ……」
 聖は戸惑いながらも、茉莉花を見よう見真似で、ちぎったパンをそっと水面に浮かべようとする。
「あっ、わっ、いっぱい来た」
 あっという間に聖は人懐っこいガチョウに囲まれる。
「手から食べないでよ、くすぐった、うわわわわ!」
「ひ、ひーくん大丈夫? ……っても手をかじられてる訳じゃないのね」
 小さな聖に水鳥が殺到したので、ちょっと心配になる茉莉花だが、特に問題はないようだ。
「こ、これでハスをもって行ってくれるのかな?」
 聖がおそるおそる手綱を差し出すと、ガチョウはくちばしでしっかりと紐をくわえた。これで蓮の舟を動かすことができる。

 のんびりと蓮舟を楽しみながら、茉莉花が尋ねる。
「ひーくんは動物さんと遊ぶのは初めてなの?」
「はい、ぼくあんまりこういうところに来たことないです」
 聖くらいの年頃の子供なら、動物園などにいく機会も少しはありそうなものだが。
 聖の次の言葉が、その疑問に対する答えだ。
「しせつでも遠足ありましたけど、ぼくだっ走して行かなかったです」
 脱力気味に、茉莉花が乾いた笑いを浮かべる。
「……あはは、脱走ぐせはその頃からだったのね」
「でもでも、ママといっしょに来ると楽しいですね」
 気さくな友達のように聖は茉莉花を慕う。
「誰と来ても楽しいと思うわよ。例えば……そうそう! みんなで来ればもっと楽しくなると思うわ」
 茉莉花は聖がもっと多くの人間と円滑なコミュニケーションができるように、それとなく誘導する。人柄を見定めようとするプラグマの作用は、茉莉花のとった行動と咬み合っていた。
「だからひーくん、一個ずつ楽しいなと思うことを増やしていこう」
 茉莉花の思いはどれだけ聖に届いたのだろうか。
「……パパと来ても? ……ぼくはママとがいいんだけどなぁ」
 腕組みをして考え込んでいる。
 茉莉花はそんな聖の頭を優しく撫でた。

 蓮舟が池のほとりに近づいた。
「ほら、あっち見て、紫陽花が綺麗だよ」
「あじさい? ……こんぺいとう集めたみたい、おいしそう!」
 嬉々とした表情で、聖は舟を先導するガチョウに声をかけた。
「鳥さんもそうおもいませんか? それとも、鳥さんはパンのほうがすきですか?」
「……ひーくん、すっかり鳥さんと仲良くなったみたいね」

「そういえば、ランチボックスにいっぱいお弁当作ってきたけど、どこで食べようか?」
 ルーメンのうさぎが編んだランチボックスを茉莉花は持ってきていた。
「お弁当……鳥さんを見ながら食べたいです、できるかな?」
 見渡したが、ベンチや東屋などは見つからない。
「うーん、良い場所がない……。ここで食べちゃう?」
 蓮舟は使いきりで飲食を禁じるルールもない。おしぼりでよく手を拭いて、蓮舟の上でのランチタイムとなった。



●天からの贈り物
 水色の水玉ポンチョをひるがえし『リチェルカーレ』は楽しそうに笑う。
「親指姫になった気分ね」
 とても大きな蓮の葉を見て、そう感想を口にする。たしかあの童話には、睡蓮の葉に乗った親指姫を白い蝶が引っ張るシーンがあったはずだ。
 『シリウス』は透明のビニールポンチョを着て、係員から手綱の使い方の説明を受けているところだ。
 リチェルカーレが蓮舟に乗ると、すーっとガチョウが近づいてきた。近寄ってきたガチョウにパンをあげる。かなり人に慣れているらしく、リチェルカーレが触っても動じる様子はない。
「落ちるなよ」
 無邪気に水鳥達と戯れるリチェルカーレにシリウスが一声かけた。手綱の使い方を教わったので、さっそく蓮舟をガチョウに引かせてみる。

 池の周りに咲く紫陽花や水面に映る風景に、リチェルカーレは目を奪われた。子供のようにはしゃいだ声で、楽しそうに花の話をする。
「ここの紫陽花は一際綺麗ね! 色々な品種もあるようだし」
「ああ」
 シリウスは相槌を打ちながら落ち着いて舟を進める。
「見て、シリウス。珍しい色の紫陽花よ」
 リチェルカーレが指差す方へ視線を向けては、シリウスは目を細める。

 しばらくは雨垂池の景色を堪能していたリチェルカーレだが、黙々とガチョウを操っているシリウスのことが気になって、じっと見つめた。
「リチェ? どうした」
 視線に気づいてシリウスは軽く首を傾げる。
「……シリウス、手綱を取るの上手ね。わたしにも教えて?」
 リチェルカーレは真面目に頼んだのに、シリウスときたらわずかに目を丸くしてこんなことを言ってきた。
「……池の真ん中で舟をひっくり返されると困るんだが」
「――意地悪、ひっくり返したりなんてしないもん」
 可愛らしく頬を膨らませて、リチェルカーレはソッポを向く。

「……ふふ」
 その怒り方があまりにも予想通りで、シリウスは小さく笑う。普段は無表情で不機嫌そうなイメージの彼だが、こんな風に穏やかに笑うこともあるのだ。リチェルカーレの無垢さは、シリウスの心を太陽の日差しのごとく温めた。
「シリウスったら」
 楽しげなシリウスを見ていると、リチェルカーレの気持ちもほぐれた。
 いつしか、二人で笑っていた。
「あまり引っ張るなよ」
 手綱をリチェルカーレに握らせて、シリウスは操作方法をレクチャーする。
 シリウスと一緒に手綱を持ったリチェルカーレは、笑顔で水鳥の動かし方を教わった。ガチョウはリチェルカーレの指示通りに進んでくれた。
「ね! 上手くできたでしょう?」
 得意げに胸を張るリチェルカーレの笑顔は眩しかった。

 午後になり、降り続いていた小雨もじょじょに上がっていった。
「あっ……! 虹!」
 晴れた空に虹がかかったのを見つけて、リチェルカーレは歓声をあげて立ち上がる。虹に夢中で、自分が蓮の舟に乗っていることをうっかり忘れていた。
「リチェ!」
「きゃ……! ご、ごめんなさい」
 危うくバランスを崩しかけたところをシリウスに抱きとめられた。しかし、リチェルカーレはまだ感動を抑えきれない。
「でもすごく綺麗!」
 リチェルカーレは虹を見上げて、鮮やかに笑う。
「……やれやれ」
 シリウスも視線を空へと向ける。
 二人で同じ空を見上げた。

「虹は天からの贈り物なの」
 リチェルカーレは歌うような口ぶりでこう続けた。
「止まない雨はない。雨雲の向こうに光が待っているよって……素敵でしょう?」
 虹をつかもうとするかのように、リチェルカーレはその手を光の先へと伸ばす。その後で優しい眼差しをシリウスに送った。
「……止まない雨はない」
 ごく小さな囁きが、シリウスの喉からこぼれた。彼はどんな思いで、その言葉を口にしたのだろうか。



依頼結果:成功
MVP
名前:ミサ・フルール
呼び名:お前、ミサ
  名前:エリオス・シュトルツ
呼び名:エリオスさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 山内ヤト
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月16日
出発日 06月21日 00:00
予定納品日 07月01日

参加者

会議室


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