プロローグ
「ん……しょっ、よいしょ……っと」
旧市街で大量のオーガが確認された。
救援の為に必要な物資を購入し、タブロス旧市街に戻る途中の、首都タブロス市街の公園で。
一人の女の子が、とても重たそうな大きなカートを引いて現れた。
そこに積まれていたのは、いくつものバケツに入った色とりどりの切り花の数々。
少女は、更に両手に持っていた荷物をゆっくり降ろして、やっと一息ついた様子で疲れたのであろう腕を伸ばしてから、一所懸命に忙しなく、その荷物を解いて準備を始めた。
広げられた新聞紙。その上に置かれた一輪挿しを中心とした花瓶と飾りつけ用のカラフルなリボンの見本。
側には『お花、無料で配っています』という張り紙のされた看板がどんと置かれた。
少女が持ってきた花にはかなりの数がある。運ぶこと一つ取っても重く大変であったであろうに、それが無料とはどういう事なのだろう。
不思議に思ったあなた達が声を掛けると、少女はその瞳を輝かせた。
「わぁっ、本物のウィンクルム様だ……
はいっ。旧市街までは行けませんでしたが、せめて自分に出来る範囲でウィンクルム様に喜んでもらいたくて……!」
──話を聞くと、少女の家は富豪の家系であり、ウィンクルムは『目には見えない愛』の力で強くなるのだと聞いて、その手助けがしたいと花とそれを飾る為の一式をかき集めては携えてここまで来たのだという。
「……本当は、旧市街まで行きたかったのだけれど……それでも、少しでもウィンクルムの皆さんのお力になれればって……!
お花、もらって下さい! 花瓶もリボンもあるから、不器用だけれども飾りつけもします!」
少女は本当は思い詰めている様子を打ち消す様に、強く必死な思いであなたに一輪の花を差し出した。
解説
旧市街で、演習ではない大変な闘争が起こっています。
それを聞き、本当は旧市街の西地区まで向かうつもりでしたが、危険すぎて追い返されてしまった一人の少女が、せめてウィンクルム全体の助けになりたいと、首都タブロスの公園で花を配っています。
○個別描写となります。
○参加者様は、戦闘が勃発しているタブロス旧市街へ戻る途中となります。
○花は切り花で、1輪から用意出来ます。
○種類も温室栽培で、余程特殊な花でない限り、季節外れの場合に若干小振りになる等の影響は受けますが、四季に関係なく様々な種類が持ち込まれています。
○大きくはありませんが、シンプルな小さいガラスの花瓶と、切り花を纏められるリボンが用意されています。飾りつけなどをしたい場合には、こちらもプランにお書き添え下さい。
○花を配っている少女にも話し掛ける事が出来ます。
犯罪者でも、マントゥール教団の者でもなく、純粋なウィンクルムへの個人的な思い入れでやっているようです。
●受け取った花のお好きな種類、色、数、併せまして【それをどうするか】をプランにお書き添え下さい。
受け取った花を【何に使うかは自由】となっております。
●A.R.O.A.への物資購入金額を請求していない為、一律-400Jrを頂いております。
ゲームマスターより
この度は、こちらをご閲覧頂きまして誠に有難う御座います。三月 奏と申します。
今回は、少女と花の話となります。
花の種類はもちろん、何にお使いになられるかと併せまして、少女へのアプローチも自由となっております事から難易度が若干高めとなっております。
※今回のエピソードは、フェスバルイベントならびに『A.R.O.A.勲章 収集キャンぺーン!』の対象外となりますので、ご注意ください。
この度は、全体の自由度を少し上げてみました。皆様ぜひ、思い思いのプランを頂けましたら幸いで御座います。
それでは、皆様の素敵なプランを、心よりお待ち申し上げております。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リチェルカーレ(シリウス)
こんなに沢山の花 一生懸命運んでくれたのよ? こういう時はまず「ありがとう」よ 少女には明るい笑顔で向き直る 彼は別に怒ってないの あなたが怪我をしないか心配なだけ ありがとう とっても嬉しい! お互いにプレゼントしましょうよ ふふ 難しく考えなくてもいいじゃない シリウスが選んでくれたら わたしは何でも嬉しい 彼の反応には気づかず 自分も花を選ぶ 決めたのは白い花が沢山ついた槐の枝 真っ白な花が集まって光みたいでしょう? シリウスには木の花が似合うと思って …気に入ってもらえるといいんだけど 手渡されたブーケに表情を輝かせる ありがとう!カモミールね とても素敵な意味があるの 今一番欲しいもの、かしら 爽やかな香りを胸いっぱいに吸い込む |
かのん(天藍)
黄色のカタバミ1輪と細いリボンを頂けますか? 天藍の双剣の片方の柄に邪魔にならないように結びつけ どこかの言い伝えで、カタバミをこうして剣に結んでおくと敵からの災難を避けることができると聞いた覚えがあるので 験担ぎですけど それから…白バラとリボンを何本か頂いても良いですか? バラの花をレースのリボンで飾ってヘッドドレスに 頂いた物をこんな風にお返しするのが良いのか分からないのですけれど…1人で沢山のウィンクルムに力をくれる貴方に心からの尊敬(白バラの花言葉)を 少女に渡しありがとうございますとお礼 こんな風に支えてくれる方がいるのですから、がんばらなきゃですね 天藍に気遣いに内心の不安振り払うよう笑顔を向ける |
リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
花か 実家を思い出すな 少し時期が早いが、ヤロウが欲しいな 白、ピンクどちらでもいい、あれば両方 数はあなたが片手で持てる程度 シンプルで構わないから束ねてくれ 銀雪へ渡す ヤロウは傷を治すハーブとしても名高かったそうだ また、生の葉を噛むと、歯痛にも効く さて、銀雪 私が何を言いたいか解るな? AROA経由で大学から健康診断の結果来たぞ 虫歯らしいな さっさと歯医者行け ※女の子へは笑顔 花も綺麗だが、あなたの心は花よりも綺麗だ あなたはウィンクルムではないかもしれないが、ウィンクルムの心を救う英雄だ ありがとう ところで、迎えは来るのか? 危ないから送って帰ろうか? 可愛い英雄の危機は招きたくなくてな で、銀雪は何言ってるんだ(呆 |
桜倉 歌菜(月成 羽純)
お花…綺麗だね 見てるとホッとするな 女の子に、とても癒されます、有難うと笑顔でお礼を言いたい あ、クチナシの花…白い花と甘い香りは、羽純くんとの思い出 これにピンク色の千日紅を足して、二輪の小さな花束にして貰います 束ねるリボンの色はブルーで 千日紅には「不朽」と「色あせぬ愛」って花言葉があるから 絶対に負けないという思いと、私の気持ちを込めて お花は、羽純くんへ贈ります こうやって胸元に飾るの そしたら、戦場にも一緒に行けるでしょう? 羽純くんの胸元で揺れる花 私と羽純くんの絆の花 女の子の優しい思いと共に 絶対に、一緒に戻ってこようねと、花に囁いて 女の子と羽純くんに、似合うかな?と笑ってから それじゃ、行ってきます! |
向坂 咲裟(ギャレロ・ガルロ)
素敵なお花ね…お言葉に甘えて頂くわ 心配してお家で待っているお父さんとお母さんに贈ろうかしら ギャレロもお花を見て回っている様だしその間に お花を用意してくれた彼女にお礼を言ってから花束を作るわね 花束が完成したら花を見ているギャレロに声を掛けて あら?ギャレロもお花を貰ったの?綺麗ね え、ワタシに? ありがとうギャレロ…嬉しいわ とっても良い香り…ライラックね ワタシもお返ししないとね 作った花束から一輪の赤いフリージアをギャレロにあげるわ ワタシに紫と白が似合うと言ってくれた様に ギャレロ、あなたには赤が似合うわ これからもよろしくね ◆花束 黄色のフリージアをメイン 赤いフリージアとかすみ草添え リボンは緑色 中位の大きさ |
●
精霊の天藍と共に、花を目にした神人のかのんは、優しく少女へ語り掛けた。
「黄色のカタバミ一輪と細いリボンを頂けますか?」
「は、はいっ!」
カタバミは、道端や草原に咲く花。切り花ではないが、道中花が目に入った時に図鑑で調べては、それらも手当たり次第に摘んできて良かったと少女は安堵した。
急ぎ、一輪の茎を長めに整えて切った黄色の小さな花と、同じく細長いリボンを用意して、かのんに渡す。
「天藍、剣の片方を少しお借りしても良いですか?」
「ああ、構わないが」
かのんの突然の要望に、天藍が驚きつつも双剣の片方を鞘ごと預ける。
かのんはその柄の手に、持っても邪魔とならない位置へとカタバミの花をリボンで巻いて結び付けた。
「どこかの言い伝えで、カタバミをこうして剣に結んでおくと敵からの災難を避けることができると聞いた覚えがあるので……験担ぎですけど」
少女はその言葉に緊張した。この二人も旧市街の戦闘に赴くのだと。
しかし、かのんの言葉を聞いた天藍は、少女の表情とは裏腹に驚きからその表情を微笑みへと変えた。
「験担ぎでも、おまじないのような物であろうが──これから戦場に向かうのに、これは有り難いな」
かのんの心遣いに天覧は嬉しそうに微笑んで、しばし何かを思案してから少女の方へと向き直った。
「俺だけじゃなく、かのんの武器にも結んでおいた方が良いだろう。
すまない、同じ花を一輪もらえるか」
少女は慌てて、カタバミを同じように整えてリボンと共に天藍へ届ける。
天覧は礼を言うと、それを同じようにかのんが持つ片手剣の柄に括りつけた。
二人はこれから戦場に向かうのだ……それに気づいて、どう話し掛けて良いのか分からずにいた少女に、かのんは優しく問い掛けた。
「それから……白薔薇とリボンを何本か頂いても良いですか?」
少女が緊張と共にそれらを用意すると、かのんはその薔薇の花を綺麗に編み込み、レースのリボンで飾りつける。
そして、それを静かに少女の頭の上に乗せた。
「え……?」
「頂いた物をこんな風にお返しするのが良いのか分からないのですけれど……一人で沢山のウィンクルムに力をくれる貴方に心からの『尊敬』を──ありがとうございます」
『尊敬』は、白薔薇の花言葉──少女はにわかには信じられない気持ちで白薔薇のヘッドドレスに手を伸ばす。
「有難うな。俺からも礼を言う。
だが、どう状況が変わるか分からないから、無理はしないように」
天藍の言葉に、少女は頷きつつも感動に泣きそうになりながら、二人の姿を見送った。
「こんな風に支えてくれる方がいるのですから、がんばらなきゃですね」
かのんの言葉。しかし、ウィンクルムとして天藍に届いたのは、取り巻く僅かな強がりと不安。
「そうだな、ここで俺達が負けるわけにはいかないな」
少女の目を受けて、かのんはウィンクルムという応えるべき希望の対象を少女に伝えきった。
しかし、戦闘は文字通り命懸けのものとなるだろう。
……不安が無い方がおかしいのだ。
天藍は、そっと一瞬だけ仰いだ空に不安が影差したかのんの肩を抱き寄せた。
「大丈夫だ、何があっても一人にはしない」
独りで死なせない、かのん一人を置いては逝けない。それは、天覧の強い誓い。
驚いたかのんは、そっと様子を覗き見る。
「いざ戦闘になったら──俺の背後はかのんに任せる。
だから……離れないでくれ」
天藍の双剣は正面の敵を倒す為にあり、後ろへの注意は圧倒的に疎かになる。
その背中を任せるという事は、お互いの生き死にを平等に分かち合うという事──
かのんは肩に軽く抱き寄せている彼の手に、腕に、その強い優しさを受け取った。
「……はい、天藍」
いつしか、かのんの胸中から不安が消えていた。
「二人で……帰りましょうね」
「ああ、必ずだ」
死が起こり得る戦闘を前にして、二人は固く誓い合い、タブロス市街地の方へと足を向けた。
二人が身に着けている武器には、小さくも輝くカタバミの花を携えて──
●
「花か。
実家を思い出すな」
公園で花を配る少女を前に、通り掛かったリーヴェ・アレクシアが呟いた。
「色々な種類が沢山あって綺麗だね」
それに銀雪・レクアイアが目を細める。
配っている花を、相談の上で二人は受け取る事にした。
「少し時期が早いが、ヤロウが欲しいな。
白、ピンクどちらでもいい、あれば両方」
「数はどうしましょうっ!?」
「数はあなたが片手で持てる程度。
シンプルで構わないから束ねてくれ」
ヤロウは、一つの茎から分かれた枝先より、小さくも可憐な花が群を成して咲く。
茎自体は細いが花嵩は多い。その少女は、一所懸命にそれを細いリボンで一纏めにした。
「俺はそうだなぁ……
ビスカリアあるかな?」
ビスカリアは丁度5月から6月に掛けて、濃いピンクや青に近い紫色の花をつける。
銀雪の実家では、今の季節に丁度庭でこの花が咲いているのだ。
「か、飾りとかはどうしますかっ?」
「君の手で軽く掴める程度ので、色は同じものに統一してくれれば特に希望はないかな」
柔らかく微笑んだ銀雪に、少女は頬を僅かに染めながら花を揃えていく。
そしてリーヴェが他の花を見て回っている間に、銀雪はこそりと少女に耳打ちした。
「俺、この花言葉好き。『望みを達成する情熱』って言うんだけど──
でも……リーヴェに俺の情熱伝わればいいんだけど、まだまだ弟の域出なくてね」
まあ、と少女が興味深さげに銀雪を見つめる。
「でもいつか……
いつかこの花言葉がリーヴェに通じて想いが伝わって一緒に幸せに暮らし始めたら俺がテーブルの上にカモミール飾って二人でリーヴェの手作りブイヤベースを食べながら改めてリーヴェの事が好きって言っ」
「──銀雪」
「……は!? 何でもないよ!!」
こうして、氷水の如くその場に響いたリーヴェの言葉に、言葉だだ漏れだった銀雪の幸福トリップ体験は、見事に絶ち切られたのだった……
「綺麗でしょこの花、プレ──」
「受け取れ」
「──って、この花俺にくれるの!?」
それはリーヴェが作った花束だった。二つの花束を手に銀雪が顔を輝かせる。
「ヤロウは傷を治すハーブとしても名高かったそうだ。
また、生の葉を噛むと『歯痛にも効く』」
最後の一言に、銀雪の肩が僅かにピクリと動いた。
「さて、銀雪。
私が何を言いたいか解るな?」
隠し事が苦手な銀雪に向けて、リーヴェが最終宣告を放った。
「A.R.O.A.経由で大学から健康診断の結果来たぞ。
虫歯らしいな。
さっさと歯医者行け」
「う、健康診断で虫歯出たよ、でも歯医者怖──……行きます」
訴えかけた銀雪が、相手の一瞥に項垂れる。
(だから大学もA.R.O.A.経由でリーヴェに連絡したんだよね……)
その持ち前の性格故に、各所で行動心理が読まれている──銀雪はその状況に、ギロチン台に向かう罪人のような面持ちで観念した。
そして、その流れをほぅと眺めていた少女へ、リーヴェはその長身から王子もかくやという微笑を向けた。
「花も綺麗だが、あなたの心は花よりも綺麗だ」
「え?」
「あなたはウィンクルムではないかもしれないが、ウィンクルムの心を救う英雄だ。
──ありがとう」
凛々しくも恭しく、微笑と共に、リーヴェが少女へ感謝を告げた。
その内容に顔を赤くした少女の前で、リーヴェは更に言葉を重ねる。
「ところで、迎えは来るのか?
危ないから送って帰ろうか?
可愛い英雄の危機は招きたくなくてな」
「……リーヴェ!!」
少女を虜にするリーヴェの様子を遮って、慌てて銀雪は飛び出すように声を張り上げた。
「リーヴェ『俺にも口説いて!』
俺だってリーヴェに口説かれたい!」
──沈黙が訪れた。
銀雪は本気だった。悲劇的な事に、悲しいまでに本気であった。
少女が新しい世界を見てしまったような、輝いた瞳で二人を見つめている……
「で、お前は何言ってるんだ」
銀雪の縋るような目を、リーヴェはただただ呆れた眼差しでびしりと叩き付けた。
銀雪の手にする花束は、まだまだ想い人には届きそうにない……
●
「素敵なお花ね……お言葉に甘えて頂くわ」
少女の呼び声に足を止めてくれた神人、向坂 咲裟は近くの花にそっと手を添えた。
──彼女には、その帰りを心配して待つ父と母がいる。
精霊のギャレロ・ガルロもその花々に瞳を輝かせて見つめているのを目に、咲裟は己の両親の為に花束を作る事にした。
「花束を、自分で作ってみたいの。いいかしら?」
「はいっ!」
「お花、素敵だわ。ありがとう」
咲裟は改めて礼を告げると、もうイメージは決まっているのか、早速目に入った黄色のフリージアをメインに、同じフリージアの赤とかすみ草を添えていく。
傍らには緑のリボンを用意して、咲裟は室内に飾るのにちょうど良い程度の大きさの花束を作り始めた。
「花……いっぱいあるな」
同時に、ギャレロは花に屈んで顔を近づけたり、鼻をならして香りを嗅いだりと、その興味を隠す事無く花々を見つめていた。
それは、二メートル近くある男性の仕草とはとても思えず──事実、彼が育った環境は一般的なものではなく、それが今のギャレロを形成していた。
例えば、ギャレロの知る環境下では、今までの間に、実際このような形で花を目にするのが本当に初めてであるように。
「なぁ……これ、何て言う花だ?」
「はい、ライラックって言います!」
少女が緊張しながらも丁寧に答える。
「ライラック……これ、花束にしてくれ」
「飾りつけは」
「飾りつけとか俺は分からねぇから、花は紫と白のこれだけで良い」
それを聞いた少女は、まだギャレロの持つ第一印象で受けた、マフィアを超える恐怖に慣れず、慄きながらせめてもと、金糸で編まれたレースのリボンでその二輪の花をまとめ上げた。
短く少女に礼を言ったギャレロが、丁度に花束を完成させた咲裟の元へ向かう。
「あら? ギャレロもお花を貰ったの? 綺麗ね」
咲裟がその様子に小さく笑った。
ギャレロは、その手に持っていた二輪のライラックを咲裟の胸元へ突き付ける。
「え──?」
「俺は花の事とか分かんねぇが……この紫と白のやつはサカサに似合うと思う」
ぶっきらぼうに顔を逸らしながら、言い捨てるようにしてギャレロは花を咲裟に押し付けた。
「ワタシに?」
咲裟は、驚きを隠さず大きな瞳でギャレロを見つめて、
「ありがとうギャレロ……嬉しいわ」
咲裟の瞳が細まって、その表情が笑顔を映し出した。
ギャレロはそれを見て、見て分かる程にその目を輝かせてから、満足げに笑顔を作って子供のように鼻先を指でかいた。
──その二輪の花言葉は『無邪気』と『初恋』……お互いがそれを知っているかは分からないが。
「とても良い香り……ライラックね」
咲裟は、ただギャレロから受け取れた事が嬉しく。
ギャレロは、咲裟に受け取ってもらえた事が嬉しかった。それだけでも充分だった。
「ワタシもお返ししないとね」
目じりを下げたまま、咲裟は完成して作業台に置かれた花束から、赤のフリージアを一輪抜いてギャレロへと差し出した。
「ワタシに紫と白が似合うと言ってくれた様に。
ギャレロ、あなたには赤が似合うわ」
明確な断言と共に差し出された赤い花。
「(俺に……似合う?)」
ギャレロは、このように自分の為にあつらえられた花など知らない。
このように、自分の為にプレゼントされた花を知らない。
「お、おう」
一度手を伸ばし、その手を引いてまた伸ばす──
そうして、緊張しながら手にしたフリージアの赤は、まるでとても価値ある宝石のような色をしていた……
突然、咲裟に背を向けてギャレロが走る。
そして様子をずっと見つめていた少女の元へと、勢い良く飛び込んできた。
「──でも、この花もいつか枯れるんだよな。
なぁ、少しでも長く、綺麗にするにはどうすりゃいいんだ?」
「え、えっと……!」
こうして、少女はギャレロに自分で切り花の手入れが出来るように、何度も置かれている花で実践した。
ギャレロが覚えるまでに茎が短くなってしまった花々は、全て咲裟が満足げな微笑で引き取った。
●
「それは無理だろう」
花を前に足を止めて、少女の事情を聞いた神人リチェルカーレの精霊シリウスは、少女の行動を静かながらも僅かな呆れと共に一刀の元に断じた。
「戦闘区域に、一般市民が入れるわけがない」
「……」
真実の言葉に俯いた少女へ、シリウスの表情が曇る。
静かに冷静に紡ぐ言葉が、時として怒鳴るよりも圧力になり得る事を、シリウスは知っていた。ほんの僅か、自責が吐息に零れ落ちる。
両者が落ち込んでしまったのを察したリチェルカーレは柔らかく声を掛けた。
「シリウス。こんなに沢山の花、一生懸命運んでくれたのよ?
──こういう時はまず『ありがとう』よ」
ウィンクルムの二人とも怒っているに違いない、そう思っていた少女の顔が驚きに満ちた。
「彼は別に怒ってないの。あなたが怪我をしないか心配なだけ。
ありがとう、とっても嬉しい!」
そして、リチェルカーレは少女に見えないように、そっと小さくシリウスの袖を引いた。
シリウスは、僅かな不安を浮かべたリチェルカーレの左右で異なる青と碧の瞳を少し見つめ、言わんとしている事を理解して。
瞬きと共にほんの少し苦笑してから、シリウスは少女に仄かに微笑みを向けた。
心配の渦中にいた少女は、シリウスの微笑に心から嬉しそうに微笑んだ。
リチェルカーレは、台車の花々を見渡して、楽しそうにシリウスへと振り向いた。
「お互いにプレゼントしましょうよ」
その言葉に、シリウスは一度瞬きをしてから、一歩下がっていたその位置から花を見渡し、そして戸惑いがちに翡翠色の瞳を伏せる。
「……俺は花の名前も、花言葉もわからないぞ」
リチェルカーレの実家は花屋を営んでおり、彼女はその手伝いをしている。
普段シリウスが顔を合わせる間だけでも、その知識は博学を通じ、到底そのような彼女に、専門とする花をプレゼント出来るような自信は無い。
「ふふ、難しく考えなくてもいいじゃない」
天使のような微笑を向けて彼女が言った。
「シリウスが選んでくれたら、わたしは何でも嬉しい」
──リチェルカーレの言葉に、笑顔に──シリウスは声を失った。
シリウスが目を見開く間、彼女はその様子に気付かずに、早速台車の花を見て回り始めている。
動揺している己に気付く。シリウスは、赤くほんのりと熱さを感じる目じりを抑えながら、少しの勇気と共に自分も花を選びに向かった。
シリウスは迷った末に、清純な白の花弁と中央の黄色のコントラストが綺麗なカモミールを選択した。
少女に頼んでブーケにし、それを持って、既に選び終わって花々を愛おしそうに見ているリチェルカーレの元へと向かう。
「リチェ」
「シリウス。これ、どうかしら?」
先にそっと差し出されたのは、一房に眩しいまでの純白の花が集まった槐の花だった。
「真っ白な花が集まって光みたいでしょう? シリウスには木の花が似合うと思って……」
気に入ってもらえるだろうか……相手への様子を心配そうに伺い見上げるリチェルカーレの表情を目にして。
無言でじっとその花を見つめていたシリウスから、ふ、と小さく笑みが零れた。
「綺麗だな。……部屋に飾っておく」
その瞬間、リチェルカーレの表情が、まさに花のように綻んだ。
今度はシリウスが、先程作ったブーケをそっとリチェルカーレへ手渡した。
その花束を目にして、彼女の見開いた瞳が表情共々に喜びに煌いた。
「ありがとう! カモミールね。
どうしてこれを?」
「何となく」
シリウスの返事はとてもそっけなく……しかし、内実にはその小さな可愛らしい姿が似合うと思った等とは、恥ずかしくて言えるはずもない。
「これはね、とても素敵な意味があるの」
「意味? 花言葉か……どんなものだ」
「そうね……今一番欲しいもの、かしら」
──カモミールの花言葉は『逆境で生まれる力』──
これから戦いに向かう二人──リチェルカーレは、カモミールのブーケに顔を近づけて、その力を分けてもらうように、林檎にも似た柔らかな香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
●
今日は沢山のウィンクルムに会えた──そう振り返る少女の側を、桜倉 歌菜が花を気に留め、その歩みを寄せた。
「綺麗だね……見てるとほっとするな」
「そうだな……綺麗な花は見てるとほっとする」
その言葉に、月成 羽純が同意する。
「お、お花配ってます! ウィンクルム様に、少しでも喜んで頂けたらって……! もらってください、もしお邪魔じゃなかったら……」
思い詰めた少女の声に、歌菜は少し吃驚した様子から、台車に積まれた花を目にして顔をほころばせた。
「お花、とても癒されます。有難う。
ねぇ、羽純くん。少しもらっていってもいいかな?」
「ああ、勿論。
──心遣い感謝する」
今日は、どれだけの優しい思いをウィンクルムから受け取った事だろう。そう思い、少女は救われた自分の心を実感していた。
「あ、これ……」
最初にお互いが目に留めたのは、白の色を湛えたクチナシの花。
真っ先に同じものを見てしまう想いは同じ──歌菜と羽純は、もう一年近く前になる出来事を思い出して小さく微笑み合った。
同じものを希望し、少女がそれを取り分けた。その二人の様子から、その清廉な六弁の花には余程、大切な思い出が詰まっているのだろうと理解する。
先に決まったのは歌菜の方だった。
「これにピンクの千日紅を足して、二輪だけの小さな花束に──
あっ、リボンの色はブルーでお願いします」
少女はふと、指差された花に、家の本で読んだ花言葉を思い出す。
「『不朽』と……『色褪せぬ愛』」
「はいっ、これから少し危険な所に行くんですけど……
──絶対に負けないという思いと、私の気持ちを込めて」
「こちらも頼む」
歌菜のブーケが出来たのと入れ違いに、羽純がクチナシに黄色のヒペリカムを合わせて、ピンクのリボンによるブーケを依頼した。
ヒペリカムは魔除けにも使われるとされている。花言葉は『悲しみは続かない・悲しみを止める』『きらめき』──それは羽純が、必ず一緒に帰るという思いと、歌菜へと抱く感情を込めたもの。
「はいっ、羽純くん」
両方のブーケが完成すると、歌菜は青いリボンのブーケをそっと羽純の胸元に寄せた。
「こうやって胸元に飾るの。
そうしたら、戦場にも一緒に行けるでしょう?」
少女への心遣いも共に。
そして、羽純が胸元のブーケを目に微笑を返し、そっと自分のブーケを手に取って、それを歌菜の胸に飾り付けた。
「(この花と共に、お前を守ってみせる)」
羽純の言葉に出されない強い想い。
それは、飾りつけを待つ歌菜の心に確かに響いて……彼女の顔に幸福を隠さない笑顔を作った。
命懸けの戦闘を前にして尚、クチナシの花とあわせて、互いの想いを贈り合う。
その、クチナシの花言葉は……──『私は幸せ者』──
「絶対に、一緒に戻ってこようね」
優しさと幸せを込めた瞳で、歌菜がそっと花に囁き掛ける。
「ね、似合ってる?」
そして、胸に飾られた小さな花のブーケを誇りとするように、歌菜は少女と羽純へと嬉しそうに問い掛けた。
「ああ、とても良く似合う」
その歌菜の仕草に、幸せそうに羽純が微笑んだ。そして歌菜の手を優しく取って、少女に告げる。
「有難う。温かな力をもらった」
目を細め告げる羽純の様子に、これから戦場に出向く暗い陰は一切見受けられない。
「──それじゃ、行ってきます!」
歌菜も羽純の手を、存在を確かにするように握り返し……そして、少女に向けて元気な大輪の花を思わせる笑顔を残して、その場を後にした。
少女は一人立ち尽した。
『絶対に、一緒に戻ってこようね』
思い起こしたのはブーケへの笑顔。
相手の手を握った時の、疑わない信頼と共にある互いへの強い絆。
──これが、ウィンクルム──
少女の瞳から、涙が溢れた。
「……っ。私も……ウィンクルムになりたい……っ。
危なくても、信じられる人がいて……あんなふうに、立ち向かえたら……!」
その日、公園には少女が一人。
ウィンクルム達への眩しすぎる迄の羨望が、少女の胸に深く刻まれた瞬間だった。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:かのん 呼び名:かのん |
名前:天藍 呼び名:天藍 |
名前:桜倉 歌菜 呼び名:歌菜 |
名前:月成 羽純 呼び名:羽純くん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 三月 奏 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 05月30日 |
出発日 | 06月04日 00:00 |
予定納品日 | 06月14日 |
参加者
- リチェルカーレ(シリウス)
- かのん(天藍)
- リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
- 桜倉 歌菜(月成 羽純)
- 向坂 咲裟(ギャレロ・ガルロ)
会議室
-
2016/06/03-23:43
-
2016/06/03-23:43
-
2016/06/03-22:27
-
2016/06/03-22:11
-
2016/06/03-07:13
-
2016/06/03-05:14
-
2016/06/03-01:02