真夜中、ふと目が覚めた(大江和子 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 真夜中、ふと目が覚めた。
 感覚でしかないが、0時はとうに過ぎているのだろうと思った。
 コチコチと時計の針の刻む音。朝はまだ遠く、空はきっと星が瞬いている。
 目を閉じる。だけどなぜか眠れない。
 寝返りをうつ。やはり夢には戻れない。
 まぶたを開けたり閉じたり、何度も身体の向きを変えたりしているうちに、すっかり目が覚めてしまった。
 観念して起き上がり、寝床から抜け出す。

――水でも飲もう。

 部屋を出て、暗い廊下をそろそろと歩く。
 夜は夜らしく辺りを冷やしていたが、季節が季節なので寒くはなかった。
 台所で水を飲む。コップに一杯ぐっと飲み干すと、深いため息がでて気持ちが落ち着いた。
 もう一杯。半分ほど飲んだあたりで、なんとなく腹がさびしいことに気がついた。
 苦痛を感じるほどではないが、わりと気になるほどの空腹感。

――何か食べようか。

 変な時間に胃にものを入れる行為に抵抗がないわけではなかったが、このまま戻ったところでどうせ眠れはしないだろう、時間つぶしもかねて冷蔵庫をあける。
 朝昼晩のようなきちんとした食事よりかは、おやつのような手軽ですぐに食べられるものがいい。
 何がいいかと考えあぐねていると、ふと背後に気配を感じた。
 振り返れば、まぶたをこすったパートナーがこっちを見ていた。

「おなかすいたの?」

 寝ぼけた声が届く。
 そうだ、心配しなくていいと返事をしてパートナーをベッドに帰すつもりだったのに、実際に出た言葉はまるで逆のものだった。

「一緒に食べる?」

奇妙な時間に二人きりになった。

解説

真夜中に目が覚める→パートナーも起きてそのままひとときの語らい といった場所及び時間限定エピです。

・時間は真夜中過ぎ。二人のほかは誰もいません。
・場所は二人が暮らす家、依頼先や旅行先の宿、あるいは野宿でもどこでもOK。お好きに設定してください。
・飲食をする場合はできるだけ手元にある範囲以内(冷蔵庫や荷物など)で。店はほぼ閉まっています。コンビニや自動販売機など、24時間活動しているところでの購入も可ですが、買い物中の描写は省きます。
・調理も可。自宅や宿なら台所で、野宿なら焚き火や携帯調理器具など環境に応じた料理ならできます。

昔のこと、これからのこと、悩みや相談あるいは他愛のない世間話など静かな夜の二人の歓談をお待ちしております。

ゲームマスターより

閲覧ありがとうございます、大江和子です。
プロローグでは真夜中に何かを食べるようですが、飲食は強制ではありません。ダイエット中の神人さん精霊さんはご安心ください。
夜食は夕食の残り物や軽食はもちろん、めったに飲まないお酒、実は隠していた特別な菓子、フライパンから直接食べるなど普段ならしない行儀の悪い食事作法など、ちょっとだけ特別な夜を演出してパートナーとひとときを過ごしてみるのもいいかもしれない。
皆さまのプランをお待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)

  【依頼先:野宿】
戦いの中で自分が死ぬ夢を見ました
結構リアルな夢で思わず冷や汗をかいていたほど

ディエゴさんも起きていて少し安心しました
きっと理由を言わないとずっと心配されるだろうから
恥ずかしいですが正直に死ぬ夢を見て怖かった、と白状します
私が死んだらディエゴさんはどうなるんだろうとか
ディエゴさんが死んだら私はこの先どうしたら良いんだろうとか
延々と考えてしまって。

彼からしたら「なんだそんな事か」と思うかもしれませんが。

ディエゴさんも死ぬのが怖いんですか?
…なんか、すごく意外です
こんな夢を見ておびえて恥ずかしいと思った気持ちが消えました
私は戦うのが怖い訳じゃあなくて、彼と一緒にいれなくなるのが怖い



リヴィエラ(ロジェ)
  AROA本部の一室にて

リヴィエラ:

(ロジェが淹れた紅茶を飲みつつ、彼の話を聞き)

どうして悪魔さんが死ななければならないのですか?

その悪魔さんは、王様を殺してしまう程、狂おしく
お姫様を愛していらっしゃったのでしょう?
それならば、お姫様も悪魔さんを深く愛してると思うのです。

種族も身分も超えた愛に人は稀に戸惑うけれど、幸せな未来から
過去を振り返った時『これで良かった』と思えるならば
それはハッピーエンドと呼べるのだと。

それでも報いを受けなければならないのならば、それは
悪魔さん一人で受けるものではないと思うのです。
お姫様も、きっと喜んでその荷物を一緒に背負うと思…

ど、どうなさったのですか!? ロジェ?


メイリ・ヴィヴィアーニ(チハヤ・クロニカ)
  依頼の帰りにコテージで一泊。
備え付けのキッチンでちー君が作った夕飯食べてぐっすり…のはずが
変な時間に起きちゃった。
うーん…依頼帰りで興奮が収まってないのかな?
ホットミルク作ってもう一回寝よう。

ミルクパン落としたらちー君起きてきちゃった…。悪いことしたなぁ。
もう一回寝るまで一緒にいてくれるって言ってくれた。

いつもだったらちー君にくっついて色々話してるところだけど
なんだかそういう気になれなくてホットミルク飲みながら他愛もない話に
相槌を打ってた。

こんなにかっこよくて優しい人がいつも傍にいてくれるって
やっぱり幸せなことだと思う。
どんどん手放せなくなってきてる…。
何か生まれそうな予感…いやきっと気のせい


ドミティラ(レオカディオ・クルス)
  依頼先
あ、あれっ? レオカさん、まだ起きてるの?
え、私? なんとなく目が覚めたというか、小腹が空いたというか……
…私、お夕飯食べても夜中になるとお腹空くのよいっつも
うう、分かってるわ
でも最近は諦めて食べてるの。…あーあ、太っちゃう…

家からパン持ってきたの。レオカさんも食べる?
パンを精霊におすそ分け

…ところでレオカさん、なに書いてるの?
知ってるけど……
え、まさか…こんな時にもお仕事っ?
レオカさんって実は仕事熱心……?
あ、そうなの…?
どういう意味よそれ…?
もう…! すぐそうやってはぐらかすのね! 分かってたけど!



スティレッタ・オンブラ(バルダー・アーテル)
  目が覚めちゃったし何か退屈ね…
あら、ウイスキー?いいの?
って、一口飲んで気が付いたけど…これ間接キスよね。ふふっ
止めろって言われても貰っちゃったし全部飲むわよ
これぐらいの量じゃちっとも酔わないわよ

まだ眠くないの
そのまま寝ても安全なようにクロスケの傍にいさせてよ
まさかいかにも強そうな男と添い寝してる女を襲おうなんて思う奴なんていないでしょ
それに、お互い傍にいたほうが寒くないでしょ?

って、何やってるの?
星ね…あんまり眺めたことなかったかも
流れ星は見えるのかしら?
何を願うのかって?
このまま楽しい日々が続けばいいなって
クロスケと一緒に居られればいいな、って願ったのはクロスケには秘密だけどね


 真夜中、ふと目が覚めた。
 しかし世の中は広いから、そんな奴がなん人もいた。
 過ごした人生はそれぞれ違うから、過ごした夜もやはりそれぞれ違っていた。
 そう、たとえばこんなふうに……


●私のいない物語

  轟音、斬撃、真っ赤な血しぶき、すぐに動かなくなる身体
  彼の声が聞こえない、彼へ言葉が届かない、かすむ世界――そして、暗転。

 とにかくハロルドの顔色は酷かった。
 時は真夜中、ディエゴ・ルナ・クィンテロがちょうど見張りのために起きた頃だった。
 空には月と星、寝床は土と草、パチパチと焚き火が気持ちよさそうにはぜている。
 依頼のために、二人は外で寝泊まりをしていた。
「ディエゴさん……」
「具合悪いのか…?」
 ディエゴはハロルドの尋常でない様子に気がついた。
「焚火にあたるといい、簡易だがスープを作ってやる」
 とにかく彼女には温もりが必要だ。
 ディエゴは火に枯れ枝を足して、野外用の小さな鍋にスープの缶を開ける。
 ハロルドは素直に従った。
 焚き火にあたって熱いスープを飲んで、ハロルドはやっと落ち着いようだった。
 そこまで見届けてからディエゴは声をかけた。
「それで、どうかしたのか? 具合が悪い訳じゃあなさそうだ」
 顔の血色がもどっている。
 病や怪我なら顔は青ざめたままだ。
 だから心情的なものが原因だろう。
 最初ハロルドは言いにくそうにしていたが、言わなければかえってディエゴに心配をかけてしまうことを、長いつきあいで知っている。
 思い切って、胸の内をさらした。
「私が……死んでしまう夢を見ました」
 ぽつりと少し恥ずかしそうにつぶやく。
「私が死んだらディエゴさんはどうなるんだろうとか、ディエゴさんが死んだら私はこの先どうしたら良いんだろうとか延々と考えてしまって……」
 ディエゴは何も言わない。
 パチパチと枝のはぜる音。しばらくして、ディエゴが動いた。
「そうか…こっちこい」
 手まねいてハロルドを隣へ座らせて、毛布をかぶせる。
 草と土と、ディエゴの匂いがハロルドの鼻をくすぐった。
 ディエゴは語りかける。
「……そうだな」
 こぼした言葉に、ハロルドは少し意外そうな顔をした。
 てっきり、「なんだそんな事か」と笑い飛ばされると思っていたからだ。
「俺も同じだ、死ぬのは怖い」
「ディエゴさんも死ぬのが怖いんですか?」
 ハロルドの驚愕がはっきりしたものになる。
「…なんか、すごく意外です」
「以前なら「戦いの中で死ねるなら良い」とか「怖くない」と考えただろうが…今は怖い」
 ハロルドにとってのディエゴは内縁の夫というだけではなく、二度の絶望から引き上げ、共に歩いてきてくれたヒーローでもある。
 そのディエゴの口から、こんな親しみのある、いじましい人間のような台詞が飛び出すとは。
「何故かわかるか」
 ハロルドの答えはない。
「死ねなくなったからだ、お前がいるから。それは決して悪いことじゃあない」
 ディエゴは迷いを見せずに言い切った。
「なあ、死ぬことは案外簡単なものだ。相手の為なら死ねる精神も美しいんだろうさ。だが俺はどちらも嫌だ、贅沢な道かもしれないが難しくても二人で生きていけるよう努力したい」
 ハロルドは長い間、ディエゴの顔を見つめ……やがて深く息をついた。
 安堵の息だった。
「こんな夢を見ておびえて恥ずかしいと思った気持ちが消えました」
「恥ずかしいと思わないでくれ。たくましいお前も結構だが、だからといって俺がいなくとも立派に生きてみせると言い切られちゃ俺の立場がない。寂しい」
 半分冗談、半分本気のディエゴの言葉にハロルドは笑った。
 そんななごやかな空気の中で、ふと思う。
(私は戦うのが怖い訳じゃあなくて、彼と一緒にいれなくなるのが怖い)
 もし離れたら、別れたら、それっきり二度と会えなくなったら、きっと動けなくなる。
 二度と動けないかもしれない。
 突然、エクレールと名を呼ばれ、肩を抱かれた。
 彼も同じことを考えていたのかもしれない。流されるまま、身を寄せて目を閉じる。

 温かい。
 大丈夫、生きている。彼も私も。


●彼らはホット・ミルクを飲みながら

 真夜中のあるコテージ。
 突然、甲高い金属音に夢を破られて、チハヤ・クロニカはベッドから跳ね起きた。
 すわ、泥棒かと急いでキッチンに駆けつけてみれば、そこには落としたミルク・パンに慌てふためくメイリ・ヴィヴィアーニの姿が。
「ちー君! ご、ごめんね! えっと、何か興奮して、うまく眠れなくて……だからホットミルクでもつくろうかなって……」
 起こしてしまった罪悪感に懸命に謝るメイリを見て、大事じゃなくて良かったとチハヤはひとまず安堵する。
「本当にごめんね……」
「……俺の分も頼む」
「え?」
「眠くなるまで、一緒にいてやるよ」
 ほどなく、二つのマグカップから、熱いミルクの甘くやさしい匂いがたただよい始めた。


 月は明るく、星数は少なく、そして少し奇妙な夜だった。
「最近暖かくなってきたな」
「うん」
「散歩するとさ、夏に向けて街も活気づいてきたなって思うんだ」
「うん、私も思う」
「そういえば、感じのいい店見つけたから今度連れて行ってやる」
「本当? うれしいな」
 今宵のメイリは聞き役にまわっていた。
 いつもなら子猫のように飛びついて、子犬のようにはしゃぐというのに。
 話したいことだってないわけじゃない、だけど今のメイリにはそんな気が少しも起きなかった。
 チハヤを眺めながら、メイリは思う。
(こんなにかっこよくて優しい人がいつも傍にいてくれるってやっぱり幸せなことだと思う)
 あらためて思う、当たり前のように彼が存在する日常の温かさ。
 今もそうだ。眠れぬメイリのために、チハヤは傍にいて一緒にホットミルクを飲んでいる。
 そっと、メイリは自分の心の奥をのぞく。
 いつのまにか、鍵のかかったドアが生まれていた。
 開けて正体を確かめたいと思う。
 だけど開けたら自分も周りも何もかもが変わってしまいそうで、ずっと閉じこめたままでいたいとも思う。
(どんどん手放せなくなってきてる…)
 熱く甘い、ホットミルクのようなこの気持ち。
 でもまだ飲みほしたくはない。


 今宵のチハヤは戸惑っていた
(なんか、今日のメイって……)
 きれいだと思った。
 淡い月明かりが、メイリの髪を、肌を、瞳を優しく照らしてその存在を浮かびあげていた。
 別世界からやって来たのだとさえ思ってしまう。
 いつもより口数が少ないだけ、いつもよりも表情が抑えられているだけ、なのになぜこんなにも……
(本当にきれいだ……大人っぽい……)
 彼女は人形ではない。
 日々を過ごせば自然に成長していく、ごく普通の少女だ。
 それを当然だとチハヤが素直に受け取れないのは、ここ最近メイリに向ける気持ちが、友情でもパートナーでもないことに気づいているからだ。
 まだ育ち盛りで、幼いメイリはどんな女性へと成長していくのだろう。
 そしてそれを傍で見ている自分はどうなってしまうのだろう。
 徐々に身体の凹凸がはっきりと表れていくメイリ。
 大人の女性の嗜みを覚えていくであろうメイリ。
 色恋沙汰の甘くも苦い味を知っていくであろうメイリ。
 美しくなったメイリの傍にたたずむ自分。
 いつかはその手を握りしめるのだろうか。
 やがて抱き寄せ、見つめて、それから唇を寄せあい……そこまで考えて、チハヤ大きく頭を振って想像を散らした。
 今なにを考えた。
 その先はいけない。想像してはならない。
 だがこの甘い気持ちはどうにもならない。
 一度入れた砂糖をミルクから抜き出すことなど到底無理なのだ。

「ちーくん、顔赤いよどうしたの?」
「! メ、メイこそどうした、今日はやけに大人しいし……」
「……変かな?」
「いや、別にそこまでおかしくは……」
「あはは、ちーくん変な顔」
「からかうな!」

(何か生まれそうな予感…いやきっと気のせい)
(ロリコン…いや俺は違う!)
 否定すら彼らはよく似ている。


●今はただ、姫の傍で泣く悪魔

 ふとリヴィエラが目を覚ましたとき、ロジェもまた起きていた。
 正確には、彼はずっと起きていたようだった。
 昼の喧噪が嘘のようなA.R.O.A.本部のある一室で、リヴィエラはロジェを見つけた。
「……ロジェ?」
「何だ、目が覚めてしまったのか? 折角だから、紅茶でも淹れようか」
 ロジェはいつもの優しい笑みでリヴィエラを迎えた。
 わざわざ湯をわかし、手際よく二人分の紅茶を淹れる。
 茶葉特有の甘い湯気が鼻をくすぐった。
「俺の独り言…単なるお伽噺を聞いてくれないか」
 ロジェの表情と声が暗くなったのはこの時からだ。

「昔々、美しい姫と醜い悪魔がいた。姫の父王は残虐の限りを尽くす暴君だった」
 リヴィエラは少しずつ紅茶を飲みながら、ロジェの話に耳をかたむける。
「姫に一目ぼれをした悪魔は、姫を攫い、彼女の父親である王を殺した。姫は父を殺された事に嘆き、悪魔を嫌い、憎んだ…」
 淡々と言葉を続けるロジェは、顔をうつむけたままリヴィエラを全く見ない。
 彼の紅茶は一口も飲まれないまま、冷めていった。
「悪魔は…死ぬべきだよな。姫に嫌われて当然だ。人を殺した者は、その報いを受けなければならない」
 ロジェの最後の台詞は少し震えていた。
 ティーカップも震え、紅茶の面が不規則に荒れている。
 話の感想を、リヴィエラから返ってくる言葉を恐れているようだった。
 しばらくして、リヴィエラの唇が動いた。

「どうして悪魔さんが死ななければならないのですか?」

 思いもよらない言葉に、ロジェはぎょっとしてリヴィエラを振り返った。
「その悪魔さんは、王様を殺してしまう程、狂おしくお姫様を愛していらっしゃったのでしょう? それならば、お姫様も悪魔さんを深く愛してると思うのです」
 なんとなく、リヴィエラにはロジェの昔話は悪魔の懺悔のように思えたのだ。
 人の不幸を喜ぶはずの悪魔が、わざわざ人に不幸を振りまく王を殺し、その罪におびえている。
 そこまで己を省みることのできる悪魔が、姫の本当に嫌がることをするのだろうか。
 姫はさらわれたのではなく、残酷な王から救い出してくれたのではないだろうか。
 自分を守り抜いた悪魔を姫は心から慕っているのではないだろうか。
 リヴィエラには、姫が悪魔を嫌い憎んでいるとは思えなかった。
「種族も身分も超えた愛に人は稀に戸惑うけれど、幸せな未来から過去を振り返った時『これで良かった』と思えるならばそれはハッピーエンドと呼べるのだと」
 幸せは傷も汚れもない過去をもった王子や姫と出会うことではなく、傷や汚れ、罪やその他なにもかもを共に抱えて未来へ歩むことではないだろうか。
 たとえその相手が悪魔であろうとも。
「それでも報いを受けなければならないのならば、それは悪魔さん一人で受けるものではないと思うのです。お姫様も、きっと喜んでその荷物を一緒に背負うと思……」
 今度はリヴィエラが驚いた。
「ど、どうなさったのですか!? ロジェ?」
 突如、ロジェは背を丸めるほど深くうつむいていた。
 微かに体が震えている。しかしそれは怯えの類ではなさそうだった。
 リヴィエラは戸惑うばかりだ。
 姫は気づかない。今まさに、悪魔を救ったことに。
「ロジェ、どこか体の具合でも……!」
「…いや、何でもない。ありがとう、リヴィー」
 ロジェはやっとこれだけを言った。
 涙を堪えていた優しい悪魔のまぶたから、一滴だけ粒が落ちて紅茶の水面を揺らした。
 運命か偶然か、神の情けかはわからない。
 それでも、めぐりあわせてくれた奇跡がありがたかった。
 リヴィエラはロジェのそばへ寄ると、うつむいたままのロジェの身体を抱きしめた。
 何も言わなかったし、聞かなかった。顔も見なかった。
 ロジェはされるがままに身を預けている。

 ずっとこのままでいたい。


●彼の謎は深まるばかり、彼女は解明されるばかり

 とっくに休んでいるとばかり思っていたのに。
「あ、あれっ?」
 ドミティラは思わず足を止めた。
 思わぬ時間に部屋の明かりとその主を見つけたのだ。
「レオカさん、まだ起きてるの?」
 部屋の主ことレオカディオ・クルスは振り返った。
「…ああ。あんたは、どうした?」
 レオカディオは訪ね返す。
「え、私? なんとなく目が覚めたというか、小腹が空いたというか……」
 ドミティラは決まり悪そうに言葉を鈍らせる。
「…私、お夕飯食べても夜中になるとお腹空くのよいっつも」
「…で、こんな夜遅くに降りてきたのか。太る元を自分で招いているな」
 にやり、と笑みを刻まれて、ドミティラはいたたまれなさに目をそらしてしまった。
「うう、分かってるわ。でも最近は諦めて食べてるの。…あーあ、太っちゃう…」
 そうは言いながらも、しっかりとパンの袋を握りしめているところをみると、彼女は天秤を美容ではなく食欲のほうへと傾けたらしい。
 一度決めたらくよくよと嘆かない性格なのか、ドミティラはすぐに明るい顔を見せた。
「家からパン持ってきたの。レオカさんも食べる?」
「……ああ、まあ。たまには良いな」
 ふっくらと大きなパンをだいたい半分のあたりでちぎってレオカディオと分ける。
「うん、おいしい! 焼きたてじゃなくてもおいしいものはおいしいのね」
「ああ、バターと卵も豊富だ。カロリーも充分すぎるくらいありそうだ」
「……レオカさんお願い、それ以上は言わないで」
 しばらくは、パンを頬張る音だけが部屋に響いた。
「……ところでレオカさん、なに書いてるの?」
「本業が翻訳家なのは知ってるだろう?」
 なるほど、机に目をやれば言語らしき記号の羅列が文章の形式にしたがってきちんと並んでいた。
 ドミティラにはちんぷんかんぷんだ。
「知ってるけど……え、まさか…こんな時にもお仕事っ?」
 思わず声を上げた。
 つかみ所のないこの男に、まさかこんな一面があったとは。
 ドミティラは勢い込みそうになるのを抑えながら、さらにレオカディオに尋ねた。
「レオカさんって実は仕事熱心……?」
「さあな。とりあえず俺もやりたくない時はやりたくない」
 が、あっさりと彼自身の口から否定された。
「けど今はなんとなくやっても良いかなって思ってやってるだけだ」
「あ、そうなの…?」
 肩すかしをくらって、ドミティラは少し間の抜けた返答をしてしまう。
 どうにも消化不良なもやもやを、大きくパンに噛みつくことで紛らわす。
「にしても」
 先にパンを食べ終えたレオカディオは、改めてといった風にドミティラの顔をじっくりと観察する。
「あんたは表情がころころ変わって面白いな。見てて退屈しない」
「どういう意味よそれ…?」
 ドミティラは訝しげに眉を寄せた。
 今日に限ったことではない。
 彼は時々、こんな感じのことを言ってはドミティラを戸惑わせる。
 そして謎をかけるだけかけておきながら、ほとんど答えを明かさないのだ。
「……インクが切れそうだな」
 今回もまた、万年筆に使うインクボトルに目を向けて話題を変えてしまいドミティラの問いには答えなかった。
「もう…! すぐそうやってはぐらかすのね! 分かってたけど!」
 何も話をそらされるのは今回が初めてではない、が、頻繁に振り回すのは勘弁してほしい。
 自分は犬でも猫でもハムスターでもないのだ。
 目の前で玩具を振って反応を楽しむような真似をされてはおもしろくない。
「ははっ、まあ怒るな」
 少しも悪びれた様子もなく笑い流されて、ドミティラはとうとう怒って、そっぽを向いてしまった。
 だがその変化も、レオカディオを楽しませるものでしかないのだ。
「これだからあんたは面白い」
 なるほど、彼は研究熱心である。
 こと、ドミティラに関しては。


●星に願いを、彼には平穏、彼女にとっておきの日常を

 バルダー・アーテルは夜空を見上げていた。
 依頼帰り、種々様々な要因が重なって野宿だった。
 スキットルのウィスキーを一口やりながら、バルダーはひとりごちた。
「何も起きないとは思うが…つい目が覚めたな」
 だが何かは起きてしまうのである。
 間もなく、彼専用の災厄ことスティレッタ・オンブラも目を覚ました。
「……あら、どこの愛想の良い熊かと思ったらクロスケ」
「熊だと思うならすぐ離れろ……って、起きたのか? 早く寝直せ。身体がもたんぞ?」
 さんざんしてやられている相手を気遣うバルダーはお人好しなのか単に甘いのか。
 しかしスティレッタはバルダーの言葉とは裏腹に起きあがってしまっていた。
「目が冴えちゃったみたい。退屈だし、当分夢に戻れそうもないわね」
「眠れんのならウイスキーがあるから飲め。俺の飲みかけだが……」
「あら、ウイスキー? いいの?」
 バルダーからスキットルを受け取って、スティレッタは一口含む。
 胃を焼くほど度数の高い液体を難なく喉に通す。
「……って、一口飲んで気が付いたけど…これ間接キスよね。ふふっ」
「は? か、間接キス!?」
 スティレッタは思わせぶりな視線をバルダーに投げると、チュッと音をたててスキットルの飲み口に口づけた。
「やっぱ返せ! あからさまにキス意識した飲み方だそれはやめろ! こっちが恥ずかしい!!」
「止めろって言われても貰っちゃったし全部飲むわよ」
 慌てれば慌てるほど、スティレッタの行動は大きくなっていくのだということを彼はまだ学んでいない。
 すっかり飲みほしてから、ステレィッタはバルダーにしなだれかかった。
「…ったく、酒を飲んだ後は俺にくっつくな…酔うほどの量でもないだろそれぐらい…」
「これぐらいの量じゃちっとも酔わないわよ」
 バルダーは早々に諦めてスティレッタの好きなようにさせている。
「まだ眠くないの。そのまま寝ても安全なようにクロスケの傍にいさせてよ」
「安全って、おい……」
「まさかいかにも強そうな男と添い寝してる女を襲おうなんて思う奴なんていないでしょ」
「……熊やイノシシに人間の理屈が通じるのなら、な」
「あら、熊やイノシシ程度、クロスケがなんとかしてくれるでしょ? 友達になっちゃえば?」
「俺はゾウに角砂糖を与えるサーカスの調教師でも動物園の園長でもない!」
 それに、とスティレッタの言葉が続く。
「お互い傍にいたほうが寒くないでしょ?」
 その言い方に何か感じるものがあったのか、バルダーは少しのあいだスティレッタに目を向けたまま口を閉じた。
「…まあ、安心に感じるならいい」
 結局、それだけを言ってこの話を終わらせた。
「って、何やってるの?」
「星を眺めているだけだ。しばらくしたら寝直す」
「星ね…あんまり眺めたことなかったかも」
 頭上の星は月明かりのせいか、思っていたほどはなかった。
 もちろん、街にくらべれば充分すぎるほどだったが。
「仕事で寝ずの番の時は退屈でな、かと言って寝る訳にもいかんからな星を眺めるのが癖みたいなもんだ」
「流れ星は見えるのかしら?」
「…流れ星? そりゃ時々見えるが……何を願うんだ?」
 スティレッタは決まってるでしょとでも言いたげな笑みを浮かべた。
「何をかって? このまま楽しい日々が続けばいいなって」
 もちろん楽しいの部分には、バルダーをからかう日々も含まれている。
 バルダーも答えた。
「俺は…日常が平穏であればいい」
 平穏の部分にはスティレッタに振り回されないことも含まれている。
 これからも続くであろう賑やかな日々を思い、バルダーは諦めたようなため息をつく。
 そんな彼の様子を眺めながら、スティレッタは心の隅でこっそりとこんなことを思った。
(クロスケと一緒に居られればいいな、って願ったのはクロスケには秘密だけどね)

 さて、果たして彼女だけの願いだったか。




依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 大江和子
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月16日
出発日 05月22日 00:00
予定納品日 06月01日

参加者

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