とりかへばやパニック!EX(雪花菜 凛 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「ああ、楽しみだなぁ!」
「……いいよな、お前は楽しそうで」

 よく晴れた日。
 一組のウィンクルムが、対照的な表情で電車に乗るべく駅へと歩いていました。
 神人の名前はコロナ。精霊の名前はリドルフォ。
「別に私だって、楽しみなだけじゃないんだよ。だって下着とか水着とか着て感想を言わなきゃいけないし」
 コロナは少し頬を膨らませ、半眼でこちらを見つめるリドルフォに抗議の眼差しを向けます。
「けど、お前の意思で行くんだろうが」
 リドルフォの指先が、膨らんだコロナの頬をツンと押しました。
「だって~……モニター参加したら、桃色食堂の限定フルーツを貰えるんだもん!」
 リドさんだって食べたいでしょ!とコロナが拳を握れば、リドルフォはハイハイと右手を振ります。
「俺はその桃色食堂絡みで一日バイト……どうしてこうなった」
「それは、リドさんがハルカ店長の頼みを断れなかったからだよ。そっちも限定スイーツ貰えるんでしょ?」
「それくらい報酬がないとやってられるか」
「でも、私も見たかったなぁ……リドさんの執事姿! 執事喫茶なんて素敵♪」
「じょーだん! お前が来たら、やり難い事この上ないぜ」
 リドルフォが肩を竦めたその時、

「もしもし、そこ行く仲の良さそうなカップルさん」

「「別にカップルじゃないし!!」」

 二人は見事にハモリながら、声の方を振り返ります。
 そこには、ニコニコ笑顔を浮かべた少女が居ました。手には小さな籠を持っています。
「これ、試供品です。どうぞ♪」
 二人に1つずつ、カラフルな包装紙に包まれたキャンディが手渡されました。
「とっても美味しいのど飴なんです」
 にっこり少女が微笑めば、気付けばコロナもリドルフォも釣られて微笑んでいました。
「丁度、少し空気が乾燥してるなーと思ってたんだよね」
「いただくか」
 二人は包装紙からキャンディを取り出して口に入れます。甘く爽やかな味が口の中に広がりました。
「美味しい!」
「美味いな!」
「よかったです。それでは良い時間を♪」
 行き交う他の通行人にもキャンディを配る少女を見送り、二人は駅の改札を潜りました。
「それじゃ」
「ああ、また夕方に」
 それぞれの行き先を目指し、二人は別れて電車に乗ります。

「あ、舐め終わっちゃった」
 電車を降り、飴の感覚が無くなって少し口さみしい気持ちになって、コロナは異変に気付きました。
「……え?」
 視界に映る脚は、スカートを履いていた己の脚ではありません。
「え? え?」
 手を広げて見てみても、その手は大きくゴツゴツしていて……そう、まるで男性のような……。
 ブルルッ!
「……!?」
 何かが震えて、コロナは驚きながら慌ててジーンズのポケットに手を突っ込みました。
 出てきたのは携帯電話。凄く見覚えがある機種です。
 モニターには、『コロナ』からのコールを表す文字。
「も、もしもしっ」
 通話ボタンを押して電話に出れば、可憐な女性の声が響きました。

『おい、コロナ! お前『俺』になってないか!?』

「リドさん……なの?」

 何故だか分かりませんが、どうやら二人の身体は入れ替わってしまっていたのです!

『おい、今から直ぐ合流するぞ!』
「ダ、ダメだよ! リドさんはそのまま会場に行って! 会場への地図は鞄の中に入ってるから」
『はぁ? 何言ってんだ、お前……」
「私はリドさんの方のバイトに行くから。バイトが抜けると迷惑掛けちゃうでしょ!」
『それはそうだが……』
「はい、決まり! じゃあね!」
 コロナは強引に話を纏めると、電話を切ってしまいました。

「マジかよ……」
 リドルフォは切れた電話の画面を見つめて、頭を抱えたのでした。

解説

不思議な飴のせいで、一日パートナーと入れ替わってしまうエピソードです。

双方にどうしても外せない用事があり、入れ替わったままその用事を済ます事になります。
朝から夕方までを何とか乗り切って、夕方に合流するまでを描写致します。
※PL情報となりますが、夕方合流すると同時に元に戻ります。

用事は自由に決めて頂いて構いません。
必ず、『何処へ行くか』『何をするか』を明記して下さい。

思い付かない場合は、プロローグに出た以下の用事をご利用下さい。

<神人用(実際行くのは入れ替わった精霊)>
 タブロス市内で行われる、とある服飾メーカーによる下着と水着の試着会。お土産で限定極上スイーツが貰えます。
 試着室に入って着替えを行い、感想を述べる必要があります。
 目隠しして着替える? それとも、鼻血覚悟&バレちゃうかもしれないけど、見ちゃう?
 精霊さんは頑張って下さい。(らぶてぃめっとは全年齢対象です。あまり過激なプランはマスタリング致します)

<精霊用(実際行くのは入れ替わった神人)>
 タブロス市内にある桃色食堂提携の執事喫茶でバイト。執事服を着て、お客様を接待して下さい。
 こちらもバイト代として、限定極上高級スイーツが貰えます。
 執事服に拘りのある方は、細かく指定もOKです。

※プロローグに登場したウィンクルム達は、展開上必要となる場合以外は、原則登場しません。
※限定極上スイーツのアイテム配布はございません。

移動費用として、「400Jr」一律出費となります。
あらかじめご了承ください。

ゲームマスターより

ゲームマスターを務めさせていただく、『一日イケメンになりたい』方の雪花菜 凛(きらず りん)です。

かなり久し振りの入れ替わりピソードです。
雪花菜はラブコメ大好きです! 大好きです!(大事な事なので、今回も二回叫んでおきます)

是非お気軽にご参加頂けたらと思います。

皆様の素敵なアクションをお待ちしております!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

月野 輝(アルベルト)

  アルの用を私が…?
だってアルは知人の学会用原稿の為の会議に行くんだったんじゃ
私、医学の事なんて全然判らないわよ!?
遅刻するわけにいかないのは判るけど、でもっ!

…もう知らないから

とにかくアルのフリをして余計な事は言わず
黙って話を聞いてれば何とか…なる?(不安
この身長も
頭ぶつけないように気をつけなきゃ

アルの知人に話しかけられて
引きつらないよう気をつけながら笑顔
アルの営業スマイルってこんな感じ…よね

私にはさっぱりの話だけど
ちゃんと記憶しておかないと
後でアルが困るわよね
意見を求められたら
「私の意見はまた後ほど」って笑顔でごまかし

…つ、疲れた
でもアルが普段どんな事をしてるのは知れたのは
ちょっと嬉しかった


夢路 希望(スノー・ラビット)
  ※精霊
前にもこんなことあったような…<依頼35
今はとにかくノゾミさんとして頑張ろう

確か試着会って…試着…
着替え、どうしよう
な、なんとか見ないように気を付けないと

頼まれた試着品に赤面
引けず試着室へ
目を瞑って着替え

先に水着
シンプルな黒ビキニ
胸元で揺れる星のチャームがおしゃれ
大人の女性って感じが、する

次は下着
上は胸元に動物型の穴が開いていて
下は後ろに尻尾の飾りが付けられるようになってるみたい
思わず見惚れそうになるけど慌てて視線を逸らす
え、えっと…か、可愛い…です…


★神人
戻れてよかったです
スノーくんもお疲れさまでした
こちらは何とか…そちらは大丈夫でした?試着会
…試着…あ
あ、あの…み、見ました…?


リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
  仕事の用事じゃないだけマシか
銀雪に代理出勤などさせたら私が職を失う

私がこなす銀雪の用事は…大学のレポート提出か
教授に渡すだけでいいのか
私は専門学校卒業だから大学は馴染みがないな

大学の構内歩いていたら、銀雪の学友に次々会う
銀雪は私の話を通常運行でしまくってるらしく、興味を持った学友が私が働いてる店に来店、以後私目当ての常連になり、銀雪と奇妙なライバル関係になっているようだ
何を言っているか解らないと思うが、私もよく解らない

レポート提出しに行ったら、教授からも私の話が
お前、どんだけ私の話してるんだ…?

大学生活そのものはまともっぽいからいいことにしとく

でも、元に戻ったら張り倒す
事情聴取も必要そうだな?


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  執事喫茶でバイトだったんですね。
代役出来るかしら、と、大いに不安。
でも。
極上高級スイーツが貰えるの?
頑張らなきゃ(態度豹変。

着替え、鏡を見るとフェルンさんの格好さに見とれそう。
笑顔の練習して、いざ戦い(接客)に行きます!
やっぱり不安でドキドキ。
失敗なんて絶対ダメ。笑顔笑顔。フェルンさんのためよ。

お客さんは女性が多いのかしら。
凄く注目を浴びている気がします。
「いらっしゃいませ」と穏やかに対応。
世間話を交つつ来客者の服装等を褒めて、楽しんで貰えるようにします。
褒める所を探すのも楽しいですね。

あ。
私の用事は試着会だった。
フェルンさんに色々と知られたかも。見られたかも!
ひーん、色々と、恥ずかしいです。


シェリー・アトリール(柳楽 源)
  入れ替わり、こんな事が実際起こり得るんですね
普段聞いている声とはまた別の声のように聞こえます
面白いものですね、と呑気

精霊が通う大学へ
さぼりはいけませんよね
そうですね、正直行って見たいだけというのはあります
でも理由なんてそれで充分ではないですか?
精霊のお願い了承し守る

初めて行く場所ですし、何がなにやら
困ったら人に尋ねたほうが早いですよね
あら、あれは何でしょう
あっちへふらふらこっちへふらふら

用事終わり合流
あ、戻りましたね
中々興味深い体験ができました
なんとかなってよかったですね
なってましたよ?

でも今日は不思議な体験もできて楽しかったです
一人でいたらできなかった事ですよね
また、一緒に出かけましょうね


●1.

 春の日差しに緑の並木が輝いている。
 リーヴェ・アレクシアは、照り付ける太陽に瞳を細め、周囲を見渡した。
 彼女が今立っているのは、とある大学のキャンパス。
 校門を潜る学生達は楽しそうにお喋りをしながら、並木道を歩いている。
 案内の地図に視線を向け、リーヴェは目的地を確認した。
 専門学校卒のリーヴェにとって、大学は馴染みがなく新鮮な場所だった。学科の多さと敷地の広さに舌を巻く。
「史学科研究室──ここか」
「おーい、銀雪ー!」
 一瞬、それが自分の事だと気付くのに遅れた。
 振り返ると、声を掛けて来た人物は既に目の前に居る。
「レポート出来たのか?」
 白い歯を見せて笑う青年に、リーヴェは笑みを返した。どうやら、銀雪の友人らしい。
「ああ、何とかね」
 青年はその瞬間、何とも言えない顔をした。
 リーヴェは反応を間違えただろうかと、表情には出さずに思案する。
 銀雪らしい対応を心掛けたつもりだったのだが。
 何を言っているか分からないと思うが、彼女は今、パートナーの銀雪・レクアイアになっている。
 なっているというのは少し語弊があるような気がするが、他に適当な説明は思い浮かばなかった。
 兎に角、リーヴェは銀雪の身体の中に居て、彼の代わりにこの大学に足を運んでいるのである。
 リーヴェとなった銀雪もまた、リーヴェが果たすべき用事を果たしている筈だ。
「銀雪──」
 じっと彼女を見ていた青年が徐に口を開く。
「今日は何だかキリッとしてね?」
「……『キリッ』?」
 思わず聞き返してしまった。
「びしっとしてるっていうのかね?」
 青年はじろじろとリーヴェを見つめて、うんうんと頷く。
「分かった! 例の『リーヴェ』さん絡みだろ」
 ぽんと手を打ち、楽しそうな青年から飛び出した言葉に、リーヴェは思わず肩を揺らした。
「リーヴェさんにキリッとしてろとか言われたんだろ? まあ、せいぜい頑張れよ!」
 ばしばしと背中を叩かれる。
 手を振り去っていく青年を見送って、リーヴェは内心思い切り眉を寄せた。
(銀雪の奴……大学で私の話をしてるのか?)
 気になるが、今は銀雪の用事を済ませる事が先決だ。
 詳しい話は、後でじっくり銀雪に聞こう──そう思った矢先。
「銀雪じゃないか」
 再び声を掛けられ、リーヴェは振り返った。
 あ、と出そうになった声を抑える。
 今度はリーヴェも知っている顔だった。彼女の勤める惣菜屋にやってくる常連客の青年である。
(銀雪の知り合いだったのか)
 瞬きして見た瞬間、常連客の青年は銀雪に人差し指を突き付けた。
「レポートは間に合ったようだな。しかし、リーヴェさんにご迷惑をお掛けしてないだろうな!」
 リーヴェは今度こそ露骨に眉を顰めてしまった。
「いいか、はっきり言っておく! 切欠は銀雪に教えて貰ったからだが……リーヴェさんの事、譲らないからな!」
「……は?」
「今は常連客として甘んじているが、リーヴェさんは本当にいつも麗しく凛々しく……!」
 トリップし掛けて、男は首を振る。
「銀雪!俺とお前は恋のライバル! 正々堂々勝負だからな!」
 もう一度指差しそう言い残すと、常連客の青年は肩を怒らせて行ってしまった。
 その背中を見送り、リーヴェは頭痛がしてくるのを感じている──全く訳が分からない、何なんだ、これは。
「銀雪くん、今日は言い返さなかったのね」
 更に背後から声がして、リーヴェは少しうんざりとした視線を向ける。
 女学生達が、瞳をキラキラさせこちらを見ていた。
「いつもは最新のリーヴェさん情報を言い返すのに」
 笑う女学生達を眺めながら、リーヴェは心の中で拳を握る。
 リーヴェは適当に女学生をあしらって、今度こそ研究棟に向かった。
 自然と歩く脚は大股に、辿り着いた研究室の扉を叩く手にも、僅か力が籠る。
 どうぞと言う声に扉を開ければ、一面本棚に囲まれた研究室の中、温和そうな教授がリーヴェを待っていた。
 一礼して、持参したレポートの束を彼に差し出す。
「確かに受け取りました」
 教授はにっこり笑ってから、ところでと口を開く。
「最近、リーヴェさんとは仲良く出来ていますか?」
 ──ここでもか!
 リーヴェは湧き上がって来た言葉を飲み込んで、無難に微笑んだ。
「ウィンクルムとして色々と大変でしょうが、君はきちんと学業にも励んでくれている。とても素晴らしい事です」
 リーヴェは瞬きする。
(どうやら──大学生活そのものは、悪くはないようだな)
「有難う御座います」
 気付けば、自然と笑みを返していた。

 ※

(リーヴェの用事が出勤じゃなくて良かった)
 タブロス市内にある図書館──歴史ある趣を湛えた外観を見上げながら、銀雪はしみじみと息を吐き出した。
 リーヴェの職場は惣菜屋。調理など担当しようものなら、地獄絵図になった上、リーヴェはクビになってしまったかもしれない。
「図書館への本の返却は完了……と」
 銀雪は携帯電話を取り出し、リーヴェから来たメールを再確認した。
「次は……本屋さんで取り寄せの本を受け取る、ね」
 呟いて、銀雪は思わず頬が緩んだ。リーヴェの声をこんな風に聞ける日が来るなんて思わなかった。
(凄く綺麗な声……凛と響いて)
 ニヤケそうになり、慌てて表情を引き締める。
 リーヴェはこんな顔はしない!
 颯爽と格好良くがリーヴェの魅力。銀雪は口元を引き締めて次の目的地である本屋へ足を踏み入れた。
「すみません。注文していた本を引き取りに来ました」
 声を掛ければ、店員はぽっと頬を染める。
 ──リーヴェ、美人で格好良いもんね。
 心で大きく同意しながら、本を受け取り代金を支払った。
 またいらして下さいねと笑う店員に、銀雪は少し考えてから、すっと顔を寄せた。
(リーヴェらしく、格好良く……)
「また来るよ、子猫ちゃん」
 囁いて身を翻せば、バタンと物音がした。
(よかった、喜んで貰えた……)
 目がハートマークとなっている店員を背に、銀雪は揚々と店を出る。
「これで用事は終わりっと……」
 リーヴェも今頃、大学に到着している頃だろう──そう思って、銀雪はハッとした。
(友達にも教授にもリーヴェのことを話しているのがバレる……!)
 リーヴェがどのような感想を抱くのかも容易に想像出来て、銀雪は冷汗が浮かぶのを感じる。
「お、お茶でもしようかな……ははは……」
 銀雪はそれ以上考えないよう、思考を閉ざした。
 目に留まったカフェに入り、珈琲を注文する。
 席に座って砂糖へと手を伸ばしてから、銀雪は首を振った。
(駄目だ。リーヴェはブラック。イメージは保たないと)
 口を付けた珈琲は、普段ミルクと砂糖を欠かさない銀雪にとって、もの凄く苦い代物だった。
「苦い……」
 げんなりと窓を外を見遣った銀雪の視界に、煌びやかな店が映る。
 レースをふんだんに使ったブラジャーとショーツがショーウィンドウを飾る──ランジェリーショップだ。
 銀雪は店内の時計を見上げた。リーヴェとの待ち合わせには、まだ時間がある。
「よし」
 銀雪はカフェを出て、向かいのランジェリーショップに足を踏み入れた。
 ラブリーからセクシーまで、所狭しと女性用下着が並べられている、眩しい世界だ。
(わあ……これ、すっごく綺麗だな)
 銀雪の目に、薔薇刺繍に大ぶりのレースのブラ&ショーツセットが留まる。
 露出多めだが品の良さもあり、リーヴェが身に付けたら……と銀雪は思わず想像してしまった。
(試着し……いや、バレたら死ぬまで殺されるから止めよう)
 白昼夢の中の出来事を思い出し、身の毛がよだつ恐怖を感じる。
 銀雪は結局何もせずに店を後にしたのだった。

 ※

 待ち合わせ場所で顔を合わせた瞬間、二人は元に戻っていた。
「元に戻った?」
 少し寂しい気もするが、良かったと銀雪は破顔する。
 そんな彼へ向けて、リーヴェはぐっと拳を握った。
「何で!?」
 張り倒されて、銀雪は目を丸くして仁王立ちする彼女を見上げる。
「リーヴェの下着姿見たくて下着の試着とかやりたかったけどやめ……あ」
「ほーう?」
 パキパキと、リーヴェは拳を鳴らした。
「その件も含めて、詳しく話を聞こうか?」
 銀雪は血の気が引くのを感じていた。


●2.

「アルの用を私が……?」
 月野 輝は、携帯電話から聞こえて来たアルベルトの言葉に目を丸くした。
「む、無理よ。だって、アルは知人の学会用原稿の為の会議に行くんだったんじゃ……」
『会議と言っても、私はただのオブザーバーだし問題ない』
 聞こえてくるのは自分の声。
 中身がパートナーのアルベルトであるのは分かっているが、慣れないし、慣れる筈もない。
「私、医学の事なんて全然判らないわよ!?」
 思わず声が大きくなって、輝は口元を押さえた。
 出てくるのは聞きなれた男性の知的な声。アルベルトの声で、思い切り女性の話し方をしてしまった事に、羞恥と罪悪感を覚える。
(ごめんなさい、アル……)
 申し訳なさでいっぱいになりながら、輝は声のボリュームを落として口を開いた。
「発言を求められたら……」
『適当に誤魔化せばいい』
「でもっ」
『輝のバイトは、私が何とかしておく。遅刻する訳にはいかないんだ──頼む』
 輝は言葉に詰まった。
 そんな言い方をされてしまったら、断れる筈もない。
『では、また夕方に』
「……ええ」
 輝は通話の切れた携帯電話をじっと睨むように見つめた。
(……もう知らないから)
 それから少しして、輝が指定された駅で電車を降りると、そこはオフィス街だった。
 大小さまざまなビルが立ち並び、スーツ姿の人達が忙しなく闊歩している。
 普段、輝には余り縁のない場所だった。
 加えて、アルベルトの背の高さも、輝には新鮮なもの。見渡す景色がいつもと違う。
 いつもの様子で振る舞えば、敷居の低い場所などでは頭を打ってしまいそうだ。
 輝は緊張に引き攣る頬を感じながら、大きく深呼吸する。
(とにかく、アルのフリをして余計な事は言わず、黙って話を聞いてれば何とか……なる?)
「アルベルトさん!」
 突然響いた声に、輝は肩を震わせる。
「早かったですね。お待たせして申し訳ない」
 スーツ姿の男性がこちらに駆け寄って来た。輝は咳払いしてから笑みを作る。
「いえ、然程待ってはいませんよ」
(アルの営業スマイルってこんな感じ……よね?)
 引き攣らないように気を付けてみたものの、きちんと笑えているか輝には自信が無かった。
「それならば良かった」
 男性が明るい笑顔を見せてくれたので、内心胸を撫で下ろす。
 輝は男性に促されて歩き出した。
「今日はアルベルトさんに来て頂けて、皆楽しみにしているんですよ」
「……そ、そうなのですか?」
「お忙しい所、本当に有難う御座います。実りある会議になりそうです」
 朗らかに笑う男性に、輝は冷汗が出るのを感じた。
(アル、全然大丈夫そうじゃないわよ……!)
 男性が足を止めたのは、一際大きなオフィスビルだった。
 上層階が貸し会議室になっているようだ。
「こちらです」
 男性に案内されるまま、エレベーターへと乗り込む。27階で降りれば、辺りは静寂に包まれていた。
「こちらの部屋ですね」
 男性は部屋のプレートを確認してから、ノックして扉を開ける。
「どうぞ」
 部屋は白を基調とした落ち着いた空間だった。
 長机が口の形に配置され、その外周に椅子が置かれている。
 既に何人かの男女が、椅子に腰を掛けていた。
 会釈しながら、その一角へと輝も腰を落ち着ける。机の上には、ペットボトルに入った水と今日の資料らしき書類があった。
(……当然だけど、全く分からないわ……)
 専門用語だらけで、未知の世界の言語に見える。
「全員揃ったようですので、始めましょう」
 輝をここまで案内してくれた男性が、一同を見渡した。どうやら彼がこの会議の主催者らしい。
「まずはお手元の書類の──」
 輝は言われるまま、書面と向かい合った。
(私にはさっぱりの話だけど、ちゃんと記憶しておかないと後でアルが困るわよね)
 ペンを手に、重要そうな箇所には線を、書かれていない事については分からないなりに聞き取ったままを書いていく。
 会議は、進むにつれて熱を持つようだった。
 参加者が次々に意見を言っていく。輝のメモを取る手も自然と速くなった。
「──アルベルトさんはどう思われますか?」
 突然名前を呼ばれて、輝の心臓が跳ね上がる。
 輝は必死に動揺を隠しながら、にっこりと微笑んで見せた。
「私の意見はまた後ほど」
「では、後でご意見を伺うとして、次に──」
(何とか誤魔化せたわ……)
 輝はそっと安堵の息を吐き出し、再び会議の内容に耳を傾ける。

 ※

 更衣室で、アルベルトは受け取った服をしげしげと眺めた。
 黒のワンピースに、フリルの付いた白いエプロン。レース付きのカチューシャと、ニーハイソックス。厚底のストラップシューズ。
 所謂メイド服。スカートの丈の短さに眉根が寄った。
(問題は私の方のようだな……輝も何故メイド喫茶のバイトなど……人が足りないと友人に泣きつかれたとは言っていたが)
 アルベルトが居るのは、とあるメイド喫茶の従業員用の更衣室である。
 使うよう指示されたロッカーに荷物を置いて、シャツに手を掛けると、ロッカーの小さな鏡に映る『輝』と目が合った。
(……一応、目を閉じておくか)
 アルベルトは瞳を閉じて、手探りで着替える事にした。
 ──とはいえ、完全に視界を閉ざしての着替えは難しく、所々で白い下着や肌を見る事になり、平常心を保つのにそれなりに苦労する事になったのだが。
「……まあ、似合わない訳はないのだか」
 最後に白いカチューシャを装着し、アルベルトは姿見の鏡で全身をチェックした。
 釣り鐘型に膨らんだ膝丈のスカートが、何とも心許ない。
(姿勢に気を付けなければ)
 アルベルトは色々とポーズを取り、スカートの中身が見えない角度を確認した。
「輝ちゃーん! 用意できたー?」
 ノックの音と共に、店長の女性が顔を出す。
「ええ」
 アルベルトがにっこり微笑めば、店長は嬉しそうに両手を合わせた。
「凄く似合うわー! お客様増えて来たから、早速接客をお願いね♪」
 笑顔を返しながらも、アルベルトは内心顰める顔を抑えられない。
(正直、他の男に輝がサービスをするのは不愉快なのだが。ある意味、入れ替わっていてよかったのかもしれないな)
 店へ足を踏み入れれば、店内は客で溢れていた。
「新人さん? 可愛いね~」
 注文を取りに行くと、早速馴れ馴れしく話し掛けられる。
「有難う御座います」
 綺麗な笑顔を返せば、男達はデレデレと表情を緩めた。
 輝の立場を考え、アルベルトは作り笑顔を振りまく。勿論、スカートの角度には細心の注意を払って。
「ねぇねぇ、アレやって欲しいな~」
 客がニヤけた顔で言ってくるのに、アルベルトは可愛らしく小首を傾げてみせた。
「ほら、オムライス! ケチャップでハート描いてよ♪」
 ピキッ。
 アルベルトの中で堪忍袋の緒が切れる音がした。
「ほう?輝……ではない、この私にケチャップで模様を描けと?」
 突如雰囲気の変わったアルベルトに、客達が固まる。
 アルベルトからはどす黒いナニカが立ち昇っていた。
「私にそのような事させるとは……貴方は何者ですか」
「あ、その、あの、決してそのようなつもりでは……!」
 男はあわあわと手を振り、突き刺さるアルベルトの冷たい眼差しに、ついにはその場に土下座した。
「すみませんでしたー!!」
 女王様!
 女王様だ!!
 女王様が降臨なされたぞ…!
 店内がざわめく。
「何か?」
 ──問題でも?
 ニッコリと微笑むアルベルトに、客達は問題ありません!と首を振ったのだった。

 ※

「……つ、疲れた」
 アルベルトと合流した瞬間、元に戻れた事を確認して、輝は深く息を吐き出した。
「お疲れ様、輝」
 脱力する身体を、アルベルトは優しく支える。
「何とかなっただろう?」
「もう、ヒヤヒヤだったわよ……」
「こちらもヒヤヒヤした」
「え?」
 驚いて顔を上げれば、アルベルトが真剣な顔でこちらを見つめていた。
「もう二度とあんなバイトはしないように」
 メイド服は似合っていたけれど──囁かれた言葉に、輝の頬が染まる。
「私も──アルが普段どんな事をしてるのは知れたのは……ちょっと嬉しかったわ」
 小さな呟きに、アルベルトが嬉しそうに微笑んだ。


●3.

『まさか、こんな事になるなんて……』
 携帯電話から聞こえてくる声に、シェリー・アトリールは大きく瞬きした。
 自分の声らしきものが、このような形で聞こえてくるとは。何とも面白く不思議に感じる。
「入れ替わり、こんな事が実際起こり得るんですね」
 口から出る声は、自分ではない男性の声。
 いつもより少し違って聞こえるそれは、パートナーである柳楽 源のものである。
「普段聞いている声とはまた別の声のように聞こえます。面白いものですね」
 感想を言葉に乗せれば、電話の向こうで溜息を吐き出す気配がした。
 すぅっと大きく息を吸ってから、源が言う。
『兎に角、直ぐに合流しよう』
「でも、合流している時間はありませんよ? 合流したからといって直ぐに元に戻れるとも限りませんし……そうすると、学校をさぼる事になってしまいませんか?」
 シェリーは携帯電話の示す時刻を確認した。
 いつも通りの通学時間だ。
 このまま学校に向かえば余裕で授業に参加出来るが、今から引き返せば、確実に遅刻である。
『……非常事態だし、さぼっても許されるとは思うよ』
 電話の向こうで、また溜息が聞こえた。
『アトリールさん、もしかしなくても……俺の大学に行ってみたいだけでしょ?』
「そうですね、正直行ってみたいだけというのはあります」
 シェリーは素直に頷く。
「でも、理由なんてそれで充分ではないですか?」
 沈黙が落ちた。
 シェリーは黙って彼の次の言葉を待つ。
『……分かったよ。このままお互い学校に向かおう。そして授業を受ける」
「はい」
 シェリーはこくこくと頷く。
『──一つだけ約束いいかな』
 ふと源の声に真剣さが滲むのに、シェリーは姿勢を正した。
「はい、何でしょう?」
『手袋は外さないでくれる?』
「手袋……」
 シェリーは携帯電話を持つ、彼の手を見た。黒い手袋に包まれている彼の手。
「分かりました。絶対に外しません」
『有難う。それじゃ、授業が終わり次第、いつものカフェで合流しよう。いいかな?』
「はい、そのようにしましょう」
 通話を終えて、シェリーは彼の携帯電話を大事に鞄に仕舞った。
 丁度ホームに電車が滑り込んでくる。
 シェリーは弾む足取りで、いつもは乗らない電車に乗った。

「広い、ですね……」
 校門を潜って、キャンパス案内の地図を確認しながら、シェリーは感嘆の吐息を吐き出す。
 シェリーの通う女学校とは異なり、源が通う大学は共学。学科も実に多彩で、キャンパス内を行き交う人の数も違った。
「最初の授業の教室は……」
 シェリーは源の鞄から、彼の授業予定の書かれた時間割表を取り出した。
「A棟……一体どこでしょう?」
 案内をじっと眺めるも、なかなかA棟を見つけられない。
(何がなにやら)
 シェリーは顔を上げた。
(困ったら、人に尋ねたほうが早いですよね)
 丁度、脇を通り過ぎようとしていた女学生に声を掛ける。
「あの、すみません」
「あら? 柳楽くんじゃない。おはよう」
「おはようございます」
 どうやら源の知り合いだったらしい。シェリーは微笑んで挨拶を返した。
「こんな所でどうしたの? もうすぐ授業が始まるわよ」
「それが……A棟って、何処でしょう?」
「え?」
 尋ねた瞬間、女生徒の顔が唖然としたものになる。
「……冗談、かな?」
「いえ、至って真面目です」
 沈黙。
 女生徒は、目を丸くしてシェリーを見ていた。
 そこでシェリーは気付く。これはいけない。普段通っている場所なのに、急に分からないと言われれば、それは明らかに変だ。
「え、えーっと……ど忘れしまして……」
 はははと笑ってみせれば、女生徒はぎこちなく微笑んだ。
「ちょ……丁度私も行く所だし、一緒に行きましょうか」
「助かります。有難う御座います」
 深々と頭を下げれば、女生徒は訝しげにシェリーの様子を見ながら歩き出す。
 女生徒に続きながら、シェリーは周囲を物珍しげに観察した。
「あら、あれは何でしょう」
 シェリーの目に付いたのは、大きな白い建物。コンクリート壁面にガラスが一体化した外観が印象的だ。
「……柳楽くん、もしかして……あれが図書館だっていうのも分からないの?」
 恐る恐るといった様子で女生徒が言う。
「あれ、図書館なのですか?」
 シェリーは瞳を輝かせる。5階建ての図書館、中はどうなっているのかとても気になった。
「え? 柳楽くん、ちょっと……」
 驚く女生徒の声を背に、シェリーは図書館の中へと歩いて行ったのだった。

 ※

 源は、本日何度目かになるか分からない溜息を吐き出して、その女学校の校門に立った。
 当然の事ながら、校門を潜っていくのは女性ばかり。男性の姿は全くない。
(まさか、女学校とは……)
 思わず己の格好を確認して、源はまた息を吐き出す。
(スカート長いままはく子でよかった……)
 短いスカートで歩かないといけなかったら……想像するとぞっとした。
「シェリー、モーニン!」
 元気に声を掛けられて、源は肩を震わせる。
「どうした? どうした? ぼぅっとしちゃって~」
 元気な笑顔の女の子にばしばしと背中を叩かれ、源は少々面喰いながらも、微笑みを浮かべた。
「おはようございます。いい天気ですね……」
「ん~?」
 ずいっと女の子が源の顔を覗き込んでくる。
「あ、あの……少し近過ぎませんか?」
 やんわり肩を押せば、女の子は訝しげに眉を上げた。
「天気の話なんて……急にどうしたんだ?」
「え?」
 冷汗が出てくる。シェリーらしく振る舞わなければ……と思うのだが、掴みどころのない彼女の真似など、難易度が高すぎる。
「まーいいや。なぁ、いい天気だし、授業の前にカフェで一杯やってかないか? 新しいメニューのケーキが美味しいんだってさ!」
「え? お茶……ですか。しかし……」
 源は携帯電話に視線を落とした。
 もうすぐ授業が開始する時間だ。
「授業が始まるのでは……」
「授業~?」
 女の子は大きく瞬きした。
「新作ケーキだぞ? あの先生なら授業は後半潜り込めば平気だって。いつもなら付き合ってくれるじゃんか」
 源は再びぶわっと汗が浮かぶのを感じる。
 どうする?どう答えるのが正解なんだ……。
 女の子が瞳を覗き込んでくる。これは……疑われている。
「わかった!」
「え?」
 ドキッと心臓が大きく跳ねる。
「風邪でも引いてるんだろ」
 女の子が人差し指を立ててそう言った。
「風邪?」
 瞬きしてから、源は慌てて頷く。
「じ、実は……今朝から調子が悪くて」
「なんだ! 始めからそう言ってくれたらいいのに……あ、風邪で頭ぼーっとしてるんだもんな、仕方ないか」
「あ、あはは……ごめんなさい」
「授業休んで帰ったらどうだ?」
「あ、いや、授業をさぼるのはいけませんから……」
 源がそう答えると同時、また女の子が微妙な表情になった。
「シェリー、相当重症じゃね?」
「……だ、大丈夫です」
 ──まともにしてて風邪の心配をされるって相当だな。
 源は心で呟いたのだった。

 ※

 カフェで合流すると同時、二人の目の前には、もはや『自分』は居なかった。
「あ、戻りましたね」
 手袋のない手。それが間違いなく自分の手である事を確認して、シェリーが微笑む。
「中々興味深い体験ができました。なんとかなってよかったですね」
「……なんとかなってよかった……のかな?」
 どっと疲れた表情で源が呟けば、シェリーはきょとんとした。
「なってましたよ?」
「なってると、いいかな……何があったか、お互いに報告しない?」
 二人はそれぞれ体験してきた事を語り合う。
 シェリーの報告を聞きながら、源は思わず頭を抱えたくなった。
(俺も風邪引いてたことにしよう……)
 密かに決意する。
「でも、今日は不思議な体験もできて楽しかったです」
 締め括りに、シェリーはそう言って笑った。
「一人でいたらできなかった事ですよね」
「確かに……」
 頷くと、シェリーはでしょう?と瞳を細める。
 前向きな子だなと、眩しい気持ちで源は彼女を見つめた。
「また、一緒に出かけましょうね」
「うん、そうだね……」
 源は一拍置いてから、大切な一言を付け加える。
「でも、僕は平凡な日常も好きだな」


●4.

 スノー・ラビットは、とある雑居ビルの前に居た。
「ノゾミさんの持ってた地図によると、ここの筈だよね」
 『下着と水着の大試着会♪』と書かれたファンシーなチラシに描かれている地図は、確かにこのビルを示している。
 スノーは頬が熱くなるのを感じた。
 視線を上げれば、ビルのガラス窓に映るのは、夢路 希望の姿──。
 不思議な飴を舐めた後、二人の身体は入れ替わってしまい、スノーは今『希望』なのだ。
 ──前にもこんなことあったような……。
(今はとにかくノゾミさんとして頑張ろう)
 スノーはきゅっと口元を引き締めて、雑居ビルの中へと足を踏み入れる。
 会場の中は明るく、女性が好みそうな華やかでカラフルな花のオブジェが沢山飾られていた。
 その中に、水着や下着を着た首なしマネキンが並んでいる。
 スノーは受付を済ませ、しげしげとマネキン達を眺めた。
「お客様」
 スーツを着た女性が、笑顔でスノーに近寄って来る。
「この水着と下着を試着して、感想を聞かせて頂けますか?」
(そうだ、試着して感想を言わなきゃいけないんだ)
「あ、は、はい……」
 スノーは差し出された水着と下着を、恐る恐る受け取る。
「試着室はこちらです」
 そして、店員に背中を押されるまま、靴を脱いでフィッティングルームへと入った。
「着替えが終わりましたらお呼び下さい」
 店員がそう言って扉を閉めると、渡されたそれを眺めて、スノーはごくんと息を飲む。
(どうしよう……これ、着なきゃいけない……よね)
 外では先程の店員が声を掛けるのを待っているようだった。
 顔を上げれば、大きな鏡。その中の希望と目が合う。
(ノゾミさん……ごめん……! 目を瞑って着替えるから……)
 スノーはシャツに手を掛けて、ぎゅっと瞳を閉じた。
 震える手で釦を外して、シャツとそしてスカートを脱ぐ。
 ドキドキドキ……早鐘のような胸を包む下着に手を掛けて、スノーは息を飲んだ。
 感じた事のない、不思議な感覚。
(女の人って…………)
 凄く、凄くやわらかい。
 今、目を開けてしまったら、間違いなく色々とモタナイ──スノーは焦る心を必死に落ち着かせながら、何とか水着に腕を通した。
「……何とか……着れた……かな」
 鏡の中には、頬を紅潮させた希望が居る。
 その身を包むのは、黒のビキニ。
 柄やフリルのついていないシンプルデザインだが、胸元で揺れる星のチャームがアクセントとなっていた。
(大人の女性って感じが、する)
 スノーは思わず鏡の前で一回転してみた。
 どの角度から見ても、希望はとても綺麗だ。普段は服の下に隠されている女性らしいラインが眩しくて、視線のやり場に困る。
「お客様、如何ですか?」
「あ、はい……!」
 慌てて扉を開ければ、店員が満面の笑顔を見せた。
「とてもお似合いですわ! 着心地は如何ですか?」
「そう……ですね」
 スノーは少し考えた。肩紐が少し細くて心許ない気がする。
「肩紐が細すぎるかな……って」
「成程」
 店員は熱心にメモを取る。
「有難う御座います。では、引き続き下着の方もお願い致します」
「は、はい……」
 再び扉を占められて、スノーは下着を手に取った。
 ぎゅっと瞳を閉ざして、手探りで着替える。
「う……わ……っ……!」
 ふにゃりとした柔らかい感触に思わず目を開けそうになって、スノーは耐えた。
(ノ、ノゾミさん……ごめん……!)
 心で謝りながら、何とか下着を身に付けて瞳を開ける。
「わぁ……」
 鏡に映る姿に、息を飲んだ。
 ブラジャーの胸元に可愛らしい動物の形のくりぬき。ショーツの後ろには尻尾の飾りが装着できるようだった。
「可愛い……」
 思わず見惚れて、スノーは慌てて視線を外した。
 可愛いけど、とても刺激的で……一瞬見てしまった胸元とか、腰のラインの女性らしさに頬が熱くなる。
「お客様、どうでしたか?」
 店員の声に扉を開くと、店員がぱぁと顔を輝かせた。
「とてもお似合いですよ、お客様♪」
「あ、有難う御座います……え、えっと……か、可愛い……です……」
 頬を染めて感想を述べれば、店員は尻尾も持ってきますねと微笑んだ。

 ※

 希望は初めて歩く道を、スノーに教えられた通りに歩いていた。
 いつもより高い視線に慣れない。
(当然なのですが……歩幅、全然違います……)
 気を付けないとうっかり転んでしまいそうだ。
(これが、スノーくんの歩幅と……目線……)
 彼を感じられる事が、嬉しい。
(とりあえず、今はスノーくんの用事に専念しないと……)
 目印の公園を見つけて、希望は辺りを見渡した。
(スノーくんがお手伝いするカフェ……あ、ありました)
 大きな窓ガラスが印象的な、明るい雰囲気のこじんまりとしたカフェだった。
 扉を潜ると、アンティーク調に整えられた落ち着いた空間が希望を出迎える。
「ああ、待ってたよ。いつも急にすまないね」
 カウンターの向こう側で、店主らしき老人が柔らかく微笑んだ。
「う、ううん……大丈夫、だよ」
 希望はぎこちなく微笑みを返す。
 上手くスノーになりきれているのか──胸がドキドキと早鐘を打った。
 老人はゆっくりと壁に掛かっていた黒いエプロンを取って、スノーに差し出してくる。
「あ、ありがとう」
 希望は笑顔で受け取り、そのギャルソンエプロンを腰に巻いた。
 黒地にワンポイント兎の刺繍が入っているのが可愛らしい。
 エプロンを眺めていると、老人の手がぽんぽんとスノーの頭を優しく撫でる。
「じゃあ、今日は接客の方をお願いできるかな?」
「は、はいっ」
 希望がこくこくと頷くと同時、カランと来客を告げる鈴の音がした。
「い、いらっしゃいませ」
 希望は早速客を出迎えることにする。
 若い女性の二人組だった。空いているテーブル席に案内し、メニューを渡す。
「お勧めのメニューってありますか?」
 上目遣いで尋ねて来る客に、希望は一瞬言葉に詰まった。
「今日のお勧めは、苺のショートケーキのセットですよ」
 すかさず、店主がそう声を掛けてくれる。
「こ、こちらですね」
 スノーはメニューの中に苺のショートケーキを見つけて示した。
「わあ、美味しそう!」
「これにします」
「かしこまりました」
 希望はスノーらしくを心掛けながらにっこりと微笑み、店主へと注文を伝えに行く。
 後ろから、ひそひそと声が聞こえた。
「ねー、あの人、格好良い!」
「すっごく優しそうで、いいよねー♪」
 突き刺さる視線を感じながら、希望はグラスに水を注ぐ。
(……やっぱり、スノーくんって……凄くモテるのかも……)
 複雑な感情が込み上がってくるのに首を振って、スノーはお客達へお冷とおしぼりを持って行った。
 熱視線には、穏やかな笑みを。
(スノーくんは、私の、です)

 ※

 夕暮れの中、二人の視線が交わった瞬間、希望の目線はいつも通りの高さに戻っていた。
 目の前には驚いた顔のスノー。
「戻れてよかったです」
 ほっと胸を撫で下ろす。
「本当だね」
 スノーもまた大きく息を吐き出してから、ふわりと微笑んだ。
「お疲れさま、ノゾミさん」
「スノーくんもお疲れさまでした」
「どうだった? バイト、大変じゃなかった?」
 スノーが心配げに瞳を揺らせば、希望は笑ってゆっくりと首を振った。
「こちらは何とか……そちらは大丈夫でした?試着会」
 尋ね返して、希望の瞳が瞬いた。
「あ……試着……」
 頬が染まる。もしかしなくても、とスノーを見上げれば、
「あ……えっと……」
 スノーの視線が明らかに泳ぐ。希望は小さくなる声で尋ねた。
「あ、あの……み、見ました……?」
「着替え中は目隠ししたんだけど……試着姿は、少し」
 息を飲んで、更に希望の顔が真っ赤に染まる。
「……ごめん」
 頬を染めてスノーが申し訳なさそうに瞳を伏せた。
「でも、ノゾミさん……凄く……綺麗、だった……」
 また、息を飲む。
 希望は、ドキドキと跳ねる胸を押さえながら、震える唇を開く。
「あの……良かったら、試着会で貰ってきてくれたスイーツ、一緒に……食べませんか?」
 スノーは顔を上げて、希望を見た。
 彼女はとても優しく微笑んでいる。
「うん……!」
 スノーもまた、とても嬉しそうに笑った。


●5.

 渡された衣装一式を眺め、瀬谷 瑞希は瞬きした。
 漆黒の燕尾服。黒の光沢が上品だ。
(執事喫茶でバイトだったんですね)
 広げてみて、瑞希は少し意外に思う。
(フェルンさんの代役なんて出来るかしら……)
 パートナーのフェルン・ミュラーの顔を思い浮かべながら、不安に一つ溜息を吐けば、隣のロッカーで着替えを終えた男性が声を掛けて来た。
「貴方も極上高級スイーツに釣られて来たんですか?」
「……極上高級スイーツ?」
 思わず聞き返せば、男性は大きく頷いた。
「バイトのお礼として、桃色食堂特製、幻の高級スイーツが貰えるらしいです」
「そうなのですか?」
 瑞希の手の中で燕尾服がくしゃりと音を立てた。
(頑張らなきゃ)
 メラッと瑞希の瞳が燃える。
 先に出て行った男性を見送って、瑞希は意を決してロッカーを開いた。着ている服を脱いで、燕尾服に着替える事にする。
「……」
 ロッカーの扉に付いていた鏡の中に映る己に、瑞希は手を止めた。
 エメラルドグリーンの長い髪に、透明感あるターコイズブルーの瞳。
 鏡に映し出されているのは、フェルンの姿だ。
 瑞希は今、フェルンとしてここに居る。
(こんな風にじっとフェルンさんの顔を見るのは、初めてかもしれません……)
 いつもならば、彼の笑顔が眩しくて、視線をずっと合わせる事は困難だから。
 見惚れる、とはこういう事を言うのだろうと、瑞希は思う。
 フェルンは本当に、綺麗だ。
(いけない。早く着替えてお店に行かないと……)
 瑞希は我に返ると首を振って、今度こそ着ているシャツに手を掛けた。
 なるべく見ないようにしながら、慣れない手つきで燕尾服を身に纏う。
 途中何回か、フェルンの素肌に一時停止してしまったものの、瑞希は無事に着替えを終えた。
「こんな感じ……かしら」
 鏡の前で笑ってみる。映るのは眩しいフェルンの笑顔。
(うん、笑えてます)
 瑞希はぐっと拳を握り、もう一度笑顔を作った。
 準備完了。
(いざ戦いに行きます!)
 気合を入れて移動した喫茶店内には、女性客が溢れていた。
 笑顔を振りまく執事姿の他の従業員達は、洗練された動きでプロのように見える。
 瑞希はドキドキと不安に跳ねる胸に手を添えた。
(失敗なんて絶対ダメ。笑顔笑顔。フェルンさんのためよ──)
 すぅっと息を吸ってから、来店した新たなお客へ笑顔を向ける。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
 穏やかに挨拶すれば、女性客は頬を染めた。そのままエスコートして席まで案内する。
「こちらがメニューとなります。……お嬢様、そちらのワンピース、春らしい素敵な色ですね」
「そ、そうかしら?」
 女性が嬉しそうに瞳を揺らした。
「ええ、髪飾りとブローチもお揃いなのですね。愛らしいです」
「有難う」
 女性客は照れながら、メニューを指差し次々と注文をしてくれる。
「執事さん、こちらにも来て」
 注文を取り終えれば、直ぐに別のテーブルから声が掛かった。その調子で次々と客に声を掛けられる。
(凄く注目を浴びている気がします)
 瑞希はふふっと小さく笑った。
 だって、フェルンさんは素敵なのだから、そんなのは当たり前なのだ。

 ※

 フェルンは固まっていた。
 普段出かけると言っても本屋巡りとか図書館で調べ物、が主流のミズキが。
 そのミズキが。
(なぜ寄りに寄って今日は「下着・水着試着会」なのか)
 雑居ビルの中にある会場には、カラフルな花のオブジェ中に、水着や下着を着た首なしマネキンが華やかに並んでいた。
 沢山の女性達が、マネキンを眺めて試着する水着や下着を物色している。
(女性としては気になる事だと、良く判っているよ。判っているとも)
 マネキンが着ているのは、刺繍レースやチュールレースの下着に、ビスチェタイプ、フレアデザインの水着等々、可愛らしく眼にも鮮やかな品ばかりだ。
(試着会なら普段と違うものが試せる、とかかな?)
 買う訳ではない。だからか、先程から参加者が選んでいたり、店員が客に勧めているのは、割と大胆なデザインの水着が多いように見える。
(いっそ水着を見立てる気で参加すべき?)
 フェルンは水着を着ているマネキン達を真剣に見据えた。思い浮かべるのは、勿論瑞希の顔である。
(よりミズキが魅力的に見える水着を求めて!)
 そうと決まれば、フェルンは集中して水着を確認し始めた。
(ミズキが選ぶ水着は、ワンピース系の大人しい物が多い)
 ちらりとワンピース系水着を着ているマネキンを見る。確かにこれも控えめで可愛いのだ。だがしかし──。
(もう少し大胆でも良いかもね)
 キラッと光るフェルンの瞳が捕えた先には、胸元にふんだんにレースがあしらわれたバンドゥ ビキニがあった。
 シンプルなギャザーの入ったバンドゥブラは、沢山のレースが天使の羽を連想させ、清楚ながらも大胆な印象だ。
(これいいかな)
「お客様、そちらをご試着いただけますか?」
 フェルンがそのマネキンの前に立つと、直ぐに店員が寄って来てマネキンから水着を取って渡してくれる。
 フェルンは水着を持って試着室に入った。
「さて……着替えという難関が待っていたね。どうしよう」
 顎に手を当て考えつつ、鏡に映る瑞希の姿を見つめる。
(やはり、勝手に裸を見る訳にもいかないし。隠して着替えよう)
 試着室にはラップタオルが完備されていた。
 何故こんな都合の良いものが……と一瞬考えてしまうが、有難く使う事にする。
 首から下をすっぽりラップタオルで包めば、てるてる坊主のようで可愛いなとほっこりした。
「うん、こんなもの……かな」
 多少手間取りながら、うっかり柔らかい箇所に触れてしまったりしながらも、フェルンは無事にビキニに着替える事が出来た。
 見つめた鏡の中には、天使が居た。
 普段は隠されている瑞希の素肌は白くて、女性らしい膨らみと華奢さに──目が離せない。
(水着姿、悪くない)
 出来れば、今度は瑞希本人に自主的に着て欲しい所だが。
「とても可愛いよ」
 鏡に向かって語り掛ける。ふふっと微笑めば、鏡の世界の瑞希も笑った。
(自撮りしとこう)
 これくらいの役得は、きっと許される筈。
 フェルンは携帯電話を取り出し、様々なポーズと角度で写真を撮ったのだった。

 ※

「漸く終わりましたね……」
 燕尾服から私服へと着替えを終えて、瑞希は大きく息を吐き出した。
 無事にフェルンとして切り抜けられた……筈だ。
「スイーツも貰えましたし」
 可愛らしい箱に入ったスイーツに視線を落とし、瑞希は微笑む。
「さて、フェルンさんと合流して元に戻る方法を探さないと……」
 今頃はフェルンも試着会を終えている筈──。
「あ」
 そこまで考えて、瑞希はハッとした。
(試着会……フェルンさんに色々と知られたかも。見られたかも!)
 一気に頬が熱を持つのを感じる。
(ひーん、色々と、恥ずかしいです……)
 どんな顔をしてフェルンと会えばいいのか、考えても一向に良い考えは浮かばなかった。

 待ち合わせた駅前では、先にフェルン(姿は瑞希)が待っていた。
 にこやかに手を振ってくる。
 彼の手にも、同じようにスイーツの入っていると思われる箱があって……という事は、やはり試着会に参加した訳で。
「お、お疲れ様でした」
「ミズキもお疲れ様」
 視線を合わせて挨拶した瞬間。
「あれ?」
「……戻った、かな?」
 急に視界が入れ替わったような感覚で、瑞希は元の視線の高さを取り戻していた。
 目の前では、フェルンがにっこりと微笑む。
「戻れてよかったね。なかなか新鮮な体験だったよ」
「そうですね。戻れてよかったです……」
 頷きながら、瑞希の漆黒の瞳がじっとフェルンを見上げた。
「……試着会、フェルンさん……見ましたか?」
 耳の赤い瑞希に、彼女の問いを理解してフェルンは瞳を細める。
「大丈夫。ちゃんとラップタオルを使って着替えたよ」
「そうですか……」
 ほぅと瑞希が安堵の吐息を吐き出したのを見計らって、耳元に唇を寄せて囁く。
「水着姿、凄く可愛くて……綺麗だったよ」
 一瞬にして真っ赤になる瑞希が、食べたいくらいに可愛いとフェルンは笑ったのだった。

Fin.



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 雪花菜 凛
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月10日
出発日 05月17日 00:00
予定納品日 05月27日

参加者

会議室

  • こんばんは。シェリーです。
    よろしくお願いしますね。

    体が入れ替わる機会なんて滅多にないというか、実際にあり得るとは思いませんでした。
    世の中には理屈で説明できない事がたくさんありますね。それがまた楽しいのですが。
    では、どうなる事でしょうか。

  • [4]瀬谷 瑞希

    2016/05/16-23:06 

    こんばんは、瀬谷瑞希です。
    パートナーはファータのフェルンさんです。
    皆さま、よろしくお願いいたします。

    入れ変わっちゃいましたね。
    フェルンさんの代わり、全然自信ないですけど、頑張らなきゃ。

  • [3]夢路 希望

    2016/05/16-19:41 

  • リーヴェだ。よろしく。
    中身が入れ替わったか…。
    身長変わらないから目線がどうこうというものはないのは幸いか。

    銀雪が暴走しないことを祈る。
    物凄く祈る。

  • [1]月野 輝

    2016/05/13-22:23 

    どうしてこうなったのかしら……
    私がアルの代わりに会議に出るなんて無理に決まってるのに……っ

    あ。
    この顔でいつもの喋り方だと変よね。

    ……変ですね。
    初めての方もお久しぶりの方もどうぞよろしくお願いします。
    お互いとんでもない事になりましたよね…頑張りましょう。


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