プロローグ
チャイムを鳴らす。
居住まいを整えて、扉が開くのを待つ。
たまたま休日の合ったパートナーと、今家で一日、ゆっくりと過ごすつもりだ。
しばらくして扉が開かれると、にこやかに迎えてくれる。
「差し入れにと思って、お菓子を少し持ってきました」
わざわざお菓子だけを買いに行くのもどうかと思ったし、手ぶらで、と言うのも気が引けた。
けれど、パートナーは笑って、
「気を遣わなくてよかったのに」
と。
でも、どこか嬉しそうで、喜んでもらえたことに安堵する。
「適当に座ってて」
パートナーに促され、どこへ座ろうかと思案した挙句、おとなしくソファに座る。
キッチンから、カタリ、カタリ、と何か音が聞こえては来るものの、待てど暮らせどパートナーは戻ってこない。
さすがに気になって、キッチンを覗いてみる。
「どうかしましたか?」
「え、ああ、ううん……」
そうは言うが。
(なんだか、声が……)
いつもの声と雰囲気が違う。そっと近づいてみると。
「え、あ、え!? どうしました!?」
パートナーが、目に見えて泣いているのが分かった。
これには驚きを隠せない。
「わわわわ私何かしましたか!? っていうか救急車!?」
なぜ救急車を呼ぶのかはさておき、パートナーが泣いている理由を知らなければならない。
何かしたなら詫びなければならないのだが――。
解説
パートナーが突然泣き出した理由を聞いて、慰めてあげてください。
ガチ目の理由、歓迎します。
コメディ要素、歓迎します。
例えば……
夕飯を作っていたら玉ねぎが目に染みて泣いてただけ、でもよし。
明日のテストが泣くくらい嫌、でもよし。
神人さん、精霊さん、どちらが泣いても大丈夫です。
一応、お家デートを想定していますが、外でデートしてもらっても構いません。
大事なのは、泣いて慰めることなので……!
手土産なり、交通費なり、で300Jrが必要です。
(手土産は必須ではありませんので、プランに組み込まなくても大丈夫です)
ゲームマスターより
気丈な人が、堪らず泣いてしまう瞬間の、綻んでしまう強さにグッときます。
それが綺麗な男性だったらどうでしょう。驚きの破壊力です。だから精霊さんを泣かせるのが好きです(ひどい話)
ですが、女の子が流す涙の美しさには、もだえ苦しむものがあります。可愛い!
優しくされた時、悲しい時、悔しい時、辛い時――。
理由は様々ですが、泣くことというのは、素敵なことじゃないかな、って思います。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)
やめて、嫌・・・! 離してよ、お願い、エミリオ、いやあ・・・! ・・・っ、(脅迫じみた声音と表情に身を縮こませる) 怖いの、貴方が怖いの・・・!(泣きじゃくりながら) ・・・でも、ここで逃げて、エミリオが私から離れていってしまうのはもっと怖い(真っ直ぐ精霊を見据えて) そんなの私が一番分かってるよ! 貴方を殺してしまいたいくらいに憎い! でも、それでも、私は・・・っ、 それと同じくらい、エミリオを愛しているの! 罪を償うというのなら、死ぬのではなく生きて償って! 貴方だけが悪者になって、独りになろうとするなんて許さないんだから! ずっと私の傍にいて 大好きよ、エミリオ(精霊の涙を頬に受け、自らも涙を流し抱きしめ合う) |
リヴィエラ(ロジェ)
AROA本部の一室にて リヴィエラ: (最近ロジェが、何か隠しているような…苦しんで いらっしゃるような…そんな気がするのです) あの…ロジェ! 何か悩み事があるのなら、私に話してくださいませんか? もしかしたら、私もお力になれるかもしれませ… (泣き声を漏らすロジェに対し) どっ、どうなさったのですか!? ロジェ!? (ロジェの背を撫でながら) もう何も仰らなくて良いんですよ。 大丈夫です、私は何があっても、ロジェを嫌ったりしません。 私はいつでも、ロジェの傍にいますよ。 ですから、大丈夫、大丈夫…ね? 大丈夫ですよ。 ロジェがくださった、アクアマリンのリングに誓って、大丈夫です。 (『スキル・メンタルヘルス4』) |
シルキア・スー(クラウス)
彼の部屋はよくお邪魔する 今日はぽかぽか陽気、絶好の縁側日和! 庭の緑見ながら春感にほっこり あ… 涙が零れ 彼の声が余裕無げに感じ 何事!? 涙拭いつつ なんで自分に原因あるなんて思うの!? 言われた事に心当たり あー… 目逸らし(気付かれてた… 見守ってくれてた事に感謝 心配させたね、ごめん 悩みっていうかそこまで深刻じゃないの、多分… 自分で整理したい事があって それとこれ、目にゴミが入って流れ出るの待ってただけだから 申し訳無げにえへへ 見つめられ少し焦り 大丈夫なのか?は二重の意味で聞かれてる様な うん、ありがと !!?(赤面 こ、この不意にさらりと繰出してくるッ あーもう!普通に流せる様になるのよ私ッ これが目下の悩み事の1つ |
秋野 空(ジュニール カステルブランチ)
精霊と夕食を共にする約束で部屋へ招いたが、遅れるとメール 過ぎる時間、暮れて行く空、心細さと不安感が急激に襲ってきてソファから動けない 閉じた瞳から流れる涙 息を潜め嗚咽を押し殺す 自分を呼ぶ兄の声の幻聴 大丈夫、兄様はここにはいない…ただの幻… 耳を塞ぎ、繰り返し唱えて恐怖をやり過ごす 背にふわりと温もりを感じて顔を上げると精霊 いつしか安堵の涙に ひとりでいると、ふとした瞬間に兄の狂気に身が竦む瞬間がある いつまでも兄の幻影と恐怖に囚われていたくはないのに… こんなにも自分は弱かったのかと情けなくなる 精霊の提案に、迷惑になるのではと躊躇 落ち着くまでの間なら許されるだろうか 頼ってもいいだろうか 自分を取り戻すために |
天埼 美琴(カイ)
私がバイトお休みでも、無理しなくて良かったんです、よ? え? その…ちょっとお掃除して、ました あ、あはは…一人で暮らすにはこの家は広いので…それなりに… 普通の一軒家 で、でも。私しか、居ないので カイさん、お夕飯…食べて行ってください でも折角来てくれたので… ありがとうございますっ…ちょっと、支度してきます そのまま台所へ あ、大丈夫、です… なぜ泣いてるのか訊かれキョトン へ? あ、たまねぎがちょっと 染みるんですよね…たまねぎって あはは…調味料きれてたので… 心配、させてすみません… えっ!? わ、笑ってません…!? |
●
クラウスの部屋に、今日も招いてもらえた。
暖かな陽気に気分は上向き。絶好の縁側日和だと、シルキア・スーは嬉々として和室の縁側に座る。
ゆっくりと話をしたい。こんな陽気なら、そう思うのも不思議ではない。
普段のとりとめのないことを、何ともなく話すだけで楽しくなる。
クラウスは、そんなシルキアの嬉しそうな姿を見ながら、羊羹とお茶を用意する。
シルキアの隣にそれらを置き、縁側に腰を下ろす。
「――!」
息が止まるかと思った。
つい先ほどまで楽しそうにしていたシルキアの頬に、つ、と涙が伝っている。
「あ……」
シルキアが涙を拭う。
「原因は俺か!?」
突然、クラウスの様子が切迫したように変わった。
「何事!?」
思わずシルキアは上半身を引いた。
その余裕のなさに驚いたから、というのもあったが。
「俺の至らなさがお前をを苦しめているのか?」
「え……?」
「俺はもっとお前の心の機微に踏み込むべきであったか……。すまない、シルキア」
クラウスは、何か勘違いをして自分を責めている。
「なんで自分に原因があるなんて思うの!?」
まるでクラウスに落ち度はないのに。
シルキアの問いかけに、クラウスはゆっくりと言葉を探した。
「……このところ、何かを悩む憂いの様を見ることが幾度かあった」
「あー……」
言われて、目を逸らす。
(気付かれてた……)
心当たりがまるでないわけではない。
それを、クラウスはしっかりと察してくれている。
「お前の爛漫とした笑みも見ることが減った気がしていた。突如に涙を零すほどに思いつめていたのか?」
覗き込んでくる瞳は、とても心配そうな色をしている。
きちんと見守ってくれていた、その事実に嬉しさと感謝の気持ちが、じんわりと湧く。
「ありがとう。……心配させたね、ごめん」
クラウスはゆっくりと首を横に振る。気にしなくていい、と言うように。
「悩みっていうか、そこまで深刻じゃないの、たぶん……。自分で整理したいことがあって」
「そう……か」
クラウスは、まだ少し訝っている様子だ。
「それと」
だからというわけではないが、ことの顛末はきちんと話さなくてはならない雰囲気だ。
「これ、目にゴミが入って流れるの待ってただけだから」
「目にゴミ……」
クラウスは一瞬呆けたような、安堵したような、何とも言えない表情を見せた。
シルキアが、申し訳なさそうに、えへへ、と笑う。
「すまない、取り乱した」
早合点をしてしまったことは気まずかったが、シルキアの笑顔につられてほっと胸を撫で下ろす。
そして、再びシルキアの目を覗き込んで、
「大丈夫なのか?」
と、やはり心配そうだ。
シルキアはそんなクラウスに、少し焦りながらも、その問いは、いくつもの思いが込められているように感じた。
「うん、ありがと」
「――そうか」
ようやくシルキアから視線を外し、クラウスも縁側に腰を下ろす。
目を閉じて、ぽつりと呟く。
「……涙する様、実に美しかったと思う」
静かな水面に、波紋を広げるようにふわりと言うものだから、その言葉が耳に届くまでしばらくの間があった。
意味を理解した途端。
「!!?」
シルキアは顔を真っ赤にした。
(あー、もう! 普通に流せるようになるのよ私ッ)
不意に。
さらりと他意なく繰り出されるクラウスの言葉に、どきりと鼓動が躍ってしまう。
悩みのうちの一つは、これなのだが、クラウスにはとてもではないが言えそうになかった。
●
天埼 美琴のバイトが休みだと言うので、顔を出してみたカイだったが、チャイムを鳴らす前に手が止まった。
扉越しであるというのに、ガタガタと音が聞こえていたからだ。
しかもその音は一向に止む気配がない。ずっと待っているわけにもいかず、チャイムを鳴らせば少しして美琴が顔を見せた。
どうぞ、と促され、家に入ると美琴はカイを振り返る。
「私がバイトお休みでも、無理しなくてよかったんです、よ?」
「無理してない」
来たいから来たのだが、美琴には伝わっていないようだ。
「ところで、何やってたんだ。えらい物がガタガタいってたけど」
「え? その……ちょっとお掃除して、ました」
「……掃除?」
「あ、あはは……」
掃除であの音が出ていたことに納得をして、つい反芻したのだが、美琴は何とも言えない曖昧な笑みを浮かべている。
だから、すかさず言葉を継いだ。
「全部の部屋と廊下を一人で?」
「一人で暮らすにはこの家は広いので、それなりに……」
「日が暮れるな」
「で、でも。私しか居ないので」
美琴の家は普通の一軒家だ。美琴一人で暮らすには、部屋が余るほど広い。
だが、一人しかいないのなら、日が暮れようが夜が更けようが、できる時に自分で掃除をしなくてはならない。
カイがぐるりと見回していると、
「カイさん、お夕飯……食べて行ってください」
美琴が夕飯を誘う。
「俺は良い。俺が勝手にお前の家来てんだから気遣うな」
「でも、せっかく来てくれたので……」
美琴は大人しい性格だが、頑として譲らない部分も持っている。
「……ああもう分かったよ……」
今がまさにそれで、カイはやや渋りながらも白旗を上げる。
「ありがとうございますっ……。ちょっと支度してきます」
台所へ向かう美琴の背中を見つめながら、カイは首を傾げた。
――なんで今、ありがとうございます? 普段言わないくせに。
美琴の言葉がまるで分らないと言いたげな顔だ。
それにしても、広い家だ。ガタガタと結構な音量がしていただけあって、きれいに掃除されていて美琴らしいと思う。
しばらく眺めていると、先ほど美琴が向かった台所から、声が聞こえた。
泣いているような、それとは少し違うような、不思議な声にカイは自然と足を向けた。
そこには、棚の前にしゃがみこんだ美琴がいて、その不思議な声は間違いなく美琴が発していたもの。
「大丈夫か?」
カイは、泣いていると判断した。だから、そう声をかけた。
「あ、大丈夫、です……」
美琴はそういうが、涙声は隠せない。
「じゃあなんで泣いてたんだ」
「へ?」
カイは、顔にこそ出ないが、真面目に心配をしている。
それに反して、美琴は何を言っているのかわからないような、きょとんとした顔をカイに向けた。
「あ、たまねぎがちょっと」
「……」
美琴はなんと言っただろうか。
「は?」
「しみるんですよね……たまねぎって」
「たま、ねぎ?」
紛らわしいことこの上ない。
「棚の前でしゃがんでるから何かと思っただろ」
「あはは……調味料切れてたので……」
このタイミングで切れる調味料も悪い。
だが、それだけのことで良かった。ほっとしたのが美琴に伝わったらしく、
「心配、させてすみません……」
言いつつも、どこか嬉しそうに笑顔を作る。
「……おい、なに笑ってんだ」
「えっ!? わ、笑ってません……!?」
●
(最近ロジェが、何か隠しているような……苦しんでいらっしゃるような……そんな気がするのです)
A.R.O.A.本部の一室で、リヴィエラがロジェに視線を向けている。
ロジェはその視線に気づかないふりをする。
「用事も済んだし、そろそろ戻ろう」
悟られぬよう、巧みに隠す感情。
「あの……ロジェ!」
けれどリヴィエラは、ロジェが懸命に張ったバリケードをあっさりと踏み越えてくる。
そんなものなど、何一つ存在していないと言うように。
「なにか悩み事があるのなら、私に話してくださいませんか?」
青い瞳が、曇りなくこちらを見つめてくる。
穏やかな空のように、深い海のように、隠し事すら見透かすような、そんな色で。
だが、それは何の対抗策も持っていなければの話。
ロジェにはリヴィエラの真っ直ぐな心に立ち向かう術がある。
だからこその選択をした。
だからこそ、ここにいられる。
「悩み事? そんなこと、あるわけないじゃないか」
ロジェは、深く闇の淵に感情を置いてリヴィエラには努めて明るく、いつも通りに接する。
「君に話さなければならないことなんて――」
「もしかしたら、私もお力になれるかもしれませ……」
揺らがない、堅牢なバリケードのはずだった。
ぐらりと心が揺らされるのが、怖いくらい鮮やかに理解できた。
「なにもな………い、……?」
リヴィエラが、言葉を――声を失っていく。
ロジェの頬を滴が伝う。
闇の深くに置き去りにした感情が、揺れた心に追い付いてくる。
「どっ、どうなさったのですか!? ロジェ!?」
「はは、おかしいな……目にゴミが入ったのかな……」
喉が詰まるような、震えるような嗚咽が漏れる。
意思とは正反対に涙が溢れて、止まらない。
袖口で乱暴に涙を拭って、はっとする。
自分の手に、あるはずのない真紅の残像を見た気がして。
今でも、手に残る感触を思い出す。
朱に染まった手。
紅い花びらのように舞った、その温度。
見開かれ、白濁していく瞳。
――俺は……
君の父親を殺した始末した殺した始末した……ッ。
幻影が眼前に迫り、そのたびに震え、苛まれ、罪の意識に声を上げそうになった。
――死ぬべき下衆とはいえ君の父親を……
奥歯を噛み締めて、拳を握り締めて、言い訳を繰り返す。
リヴィエラの父親がマントゥール教団だった。そのせいで。
――君も奴らに命を狙われている……。
俺は、愚かだ。
咎人だ殺人鬼だ狙われるのは俺だけでよかった……ッ!
なぜ君を巻き込んでしまったのだろう。
なぜ君を守ることがこんな形になったのだろう。
なぜ――。
「なにも仰らなくていいんですよ」
リヴィエラの手が、そっと背を撫でる。
壊れ物に触れるように、その小さな身体に指先だけで触れ、熱を感じた途端、荒く抱きしめた。
それでも、リヴィエラは拒むことも怯むこともなく、ロジェを抱き返した。
「大丈夫です、私は何があっても、ロジェを嫌ったりしません。私はいつでも、ロジェの傍にいますよ」
傍にいる。
そう、君は、俺の傍にいてくれる。
でも。
だから。
だけど――。
「ですから、大丈夫、大丈夫……ね? 大丈夫ですよ」
あやすような声に、ふっと狂気が顔を覗かせる。
――これを言えば……。
リヴィエラの優しい声が、遠くなっていく。
「ロジェがくださった、アクアマリンのリングに誓って、大丈夫です」
真実を言えば、君に嫌われてしまう。
だから、言えない。
言わない。
――俺は、卑怯者だ。
狂い咲く狂気の花。
君に、伝える日が訪れることのないように――。
●
ソファの端で、端末が震える。
取り上げて、無機質が告げたのは、夕食を、と誘ったジュニール カステルブランチからの遅れる旨の知らせだった。
とさり、とソファに沈み込み、秒針の刻む音だけがやけに響く。窓から射し込んだ西陽は闇の蒼を連れてくる。
秋野 空は胸を押さえ、急激に襲い来る心細さに動けなくなっていた。
目を閉じる。それでも、涙が流れる。
息をすれば嗚咽が漏れそうで、浅い呼吸を繰り返してせり上がる衝動をやり過ごす。
『空――』
名前を呼ぶ声は、幻。その声は、兄のもの。
耳を塞いで、呪文のように繰り返す。
「兄様はここにはいない……ただの幻……」
背に、羽のように包み込む温もりを感じ、顔を上げる。
一度は止まりかけた涙が、熱を持って再び頬を伝う。その温もりを、知っているから。
「ソラ……。――ソラ……っ」
ぐっと込められる力強い腕に抱きすくめられ、安堵する。
縋るように、涙がジュニールの手を濡らした。
「遅れてしまってすみません……」
急いで来たが、窓に明かりが一つとて灯っていないことに嫌な予感がしたジュニールは、合鍵を使って中へ入った。
まさか、自分のいないところでこんな風に空が一人で耐えているなど、想像だにしていなかった。
泣くことで、心が解放できるのならそれでいい。
けれど、空が先ほど口にしていた言葉は。初めて見るその涙の理由は――。
「ひとりでいると、ふとした瞬間に動けなくなってしまうことがあるんです……すみません、ジューン」
声にはならなかったが、唇が告げた。
こんなに、弱くて――、と。
「いいんです。いいんですよ、ソラ」
落ち着かせるように髪を撫でる。
けれど、心が穏やかでいられないのも事実だ。
空は今も兄の幻に捕らわれ、それでも立ち向かおうと懸命にもがいている。ずっと、待つと誓った。
でも、今手を差し出さなければ、二度とその時は訪れない。そんな気がした。
「ソラ」
だから、もがく空の手を取る。
ゆっくりと、戸惑いと不安に揺れる空の瞳をしっかりと見つめて、言葉を紡ぐ。
「お願いがあるんです」
両手で空の顔を包み込んで、額をそっと近づける。
――ソラに、届きますように。
祈るように目を閉じて、言葉を続ける。
「しばらくの間、俺のマンションに来てくれませんか」
空が、息を呑むのが分かった。
「部屋も余っていますし」
離れて、柔らかく微笑む。空の目は、変わらず戸惑いに揺れていたけれど。
「それは……迷惑になりませんか……」
「迷惑どころか、大歓迎です」
手を取って、指を絡ませる。空の指先はひどく冷たくて、胸の奥が軋むようだ。
それでも、笑顔を崩すわけにはいかない。
どれほど胸が痛んでも、どれほど感情をかき乱されても、笑顔でいることが空に対する誠意だと思っている。
空を見遣れば、未だ心が迷い揺れている。
色々と考えてしまうのだろうから、それならば空が頷けるようにすればいい。
偽りのない本音で。
「正直に言うと、俺がソラの傍にいたいのです」
知らぬところで泣かれるより。
一人にしてしまうより。
「あなたの傍で支えることを許してくれませんか?」
もっと早くに決断すべきだった。
少し悩んだ空が、消え入りそうなほど儚く、吐息混じりに言った。
「――はい。……頼っても、いいですか……」
強く抱き寄せる。
もう、一人にはしない。
ひとりで泣かせたりしない。
――ずっと、ソラの傍にいます。
●
「やめて、嫌……!」
生活拠点にしている宿屋。
エミリオ・シュトルツはミサ・フルールの腕を強く掴み、強引に自室に連れ込むと、乱暴に床へと押し倒した。
「離してよ、お願い、エミリオ、いやあ……!」
暴れるミサの両腕を束ねて抑え込む。
「……そんなに暴れると、もっと酷いことしちゃうから」
耳元に甘く狂気を囁けば、ミサは途端に力を失くし、ただ泣きじゃくる。
「なんで泣くの?」
にやりと笑みを浮かべ、エミリオはミサの柔肌にそっと指を触れさせる。
表情とは裏腹に、まるで壊れ物を扱うように繊細で優しく触れるエミリオに、ミサは言い知れない恐怖を感じた。
「怖いの、あなたが怖いの……!」
「俺達、恋人同士だよね?」
エミリオの冷たい瞳がミサを捕らえる。
触れていた指先が、ミサの衣服を僅かに引っ掛けると、隠れていた肌が外気に触れてぞくりと身を震わせる。
「これくらい、普通のことでしょ?」
ミサの目元に唇を寄せ、溢れる涙を舐めとる。
そのまま首筋に口付けると、ミサは声も嗚咽も殺して泣いていた。
「そんなに、泣くくらい俺が嫌なの?」
冷たく見下ろして。
――そうだ、それでいい。
エミリオは、ミサに拒まれることを望んでいる。
受け入れられることのないように、ミサに辛く当たり、望んでもいないこともやってのける。
心が引き裂かれそうだ。誰が、愛しい人にこんな仕打ちを望んでしたいものか。
それでもエミリオは、心を殺し続ける。
「怖いの……」
ミサは、もう一度繰り返した。
「……でも、ここで逃げて、エミリオが私から離れて行ってしまうのはもっと怖い」
涙に瞳を濡らしながら、ミサは懸命に、真っ直ぐにエミリオを見据える。
思いもよらないミサの言葉に、エミリオは心臓を鷲掴みにされるほどの衝撃を受けた。
「……自分が何を言ってるのか分かってるの?」
「そんなの私が一番分かってるよ!」
気が触れて、血迷いごとを口にしたわけではない。
「貴方を殺してしまいたいくらいに憎い!」
憎んで、恐れて、それでも揺らがないこの強い意思を宿す瞳から、エミリオは逃げることが出来なかった。
目を、離せなかった。
「でも、それでも私は……っ、それと同じくらいエミリオを愛しているの!」
「……俺は……」
この人は、何を言っているのだろう――。
目の前が真っ白になっていく。否――そんな場合ではない。
「ミサの両親を殺したんだよ、そんな男をお前は……!」
ミサの腕を掴む手に力を込めて、怒鳴りつけるように叫ぶ。
だが、ミサは怯むことなく、けれど大粒の涙を零しながら食い下がった。
「罪を償うというのなら、死ぬのではなくて生きて償って! 貴方だけが悪者になって、独りになろうとするなんて許さないんだから!」
ぽた、と。
エミリオの涙がミサの頬に落ちた。
「ずっと私の傍にいて」
拘束していた腕を解いて、離れようとするエミリオを、ミサは縋るように制した。頬を包み込んで、伝う涙を拭って。
「大好きよ、エミリオ」
「……っ、俺だってお前が……っ」
ミサを掻き抱いて、感情が堰を切ったように溢れ、涙となって零れる。
背に回される温もりが、エミリオを抱きしめる。
「大好き……大好きよ、エミリオ」
愛しさが、止め処なく溢れる。
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 真崎 華凪 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 05月03日 |
出発日 | 05月11日 00:00 |
予定納品日 | 05月21日 |
参加者
会議室
-
2016/05/10-22:22
-
2016/05/08-21:08
-
2016/05/07-20:36
-
2016/05/07-15:21
-
2016/05/06-21:24
天埼美琴、です
ええと…よろしくお願いします -
2016/05/06-07:50
-
2016/05/06-06:59
-
2016/05/06-01:18
どうぞよろしくお願いします