その理由を聞かせて(真崎 華凪 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 チャイムを鳴らす。
 居住まいを整えて、扉が開くのを待つ。
 たまたま休日の合ったパートナーと、今家で一日、ゆっくりと過ごすつもりだ。
 しばらくして扉が開かれると、にこやかに迎えてくれる。

「差し入れにと思って、お菓子を少し持ってきました」

 わざわざお菓子だけを買いに行くのもどうかと思ったし、手ぶらで、と言うのも気が引けた。
 けれど、パートナーは笑って、

「気を遣わなくてよかったのに」

 と。
 でも、どこか嬉しそうで、喜んでもらえたことに安堵する。

「適当に座ってて」

 パートナーに促され、どこへ座ろうかと思案した挙句、おとなしくソファに座る。
 キッチンから、カタリ、カタリ、と何か音が聞こえては来るものの、待てど暮らせどパートナーは戻ってこない。
 さすがに気になって、キッチンを覗いてみる。

「どうかしましたか?」
「え、ああ、ううん……」

 そうは言うが。

(なんだか、声が……)

 いつもの声と雰囲気が違う。そっと近づいてみると。

「え、あ、え!? どうしました!?」

 パートナーが、目に見えて泣いているのが分かった。
 これには驚きを隠せない。

「わわわわ私何かしましたか!? っていうか救急車!?」

 なぜ救急車を呼ぶのかはさておき、パートナーが泣いている理由を知らなければならない。
 何かしたなら詫びなければならないのだが――。

解説

パートナーが突然泣き出した理由を聞いて、慰めてあげてください。

ガチ目の理由、歓迎します。
コメディ要素、歓迎します。

例えば……
夕飯を作っていたら玉ねぎが目に染みて泣いてただけ、でもよし。
明日のテストが泣くくらい嫌、でもよし。

神人さん、精霊さん、どちらが泣いても大丈夫です。

一応、お家デートを想定していますが、外でデートしてもらっても構いません。
大事なのは、泣いて慰めることなので……!

手土産なり、交通費なり、で300Jrが必要です。
(手土産は必須ではありませんので、プランに組み込まなくても大丈夫です)

ゲームマスターより

気丈な人が、堪らず泣いてしまう瞬間の、綻んでしまう強さにグッときます。
それが綺麗な男性だったらどうでしょう。驚きの破壊力です。だから精霊さんを泣かせるのが好きです(ひどい話)
ですが、女の子が流す涙の美しさには、もだえ苦しむものがあります。可愛い!

優しくされた時、悲しい時、悔しい時、辛い時――。
理由は様々ですが、泣くことというのは、素敵なことじゃないかな、って思います。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)

  やめて、嫌・・・!
離してよ、お願い、エミリオ、いやあ・・・!
・・・っ、(脅迫じみた声音と表情に身を縮こませる)
怖いの、貴方が怖いの・・・!(泣きじゃくりながら)

・・・でも、ここで逃げて、エミリオが私から離れていってしまうのはもっと怖い(真っ直ぐ精霊を見据えて)
そんなの私が一番分かってるよ!
貴方を殺してしまいたいくらいに憎い!
でも、それでも、私は・・・っ、
それと同じくらい、エミリオを愛しているの!

罪を償うというのなら、死ぬのではなく生きて償って!
貴方だけが悪者になって、独りになろうとするなんて許さないんだから!
ずっと私の傍にいて
大好きよ、エミリオ(精霊の涙を頬に受け、自らも涙を流し抱きしめ合う)


リヴィエラ(ロジェ)
  AROA本部の一室にて

リヴィエラ:

(最近ロジェが、何か隠しているような…苦しんで
いらっしゃるような…そんな気がするのです)

あの…ロジェ!
何か悩み事があるのなら、私に話してくださいませんか?
もしかしたら、私もお力になれるかもしれませ…

(泣き声を漏らすロジェに対し)
どっ、どうなさったのですか!? ロジェ!?

(ロジェの背を撫でながら)
もう何も仰らなくて良いんですよ。
大丈夫です、私は何があっても、ロジェを嫌ったりしません。
私はいつでも、ロジェの傍にいますよ。
ですから、大丈夫、大丈夫…ね? 大丈夫ですよ。
ロジェがくださった、アクアマリンのリングに誓って、大丈夫です。
(『スキル・メンタルヘルス4』)


シルキア・スー(クラウス)
  彼の部屋はよくお邪魔する
今日はぽかぽか陽気、絶好の縁側日和!
庭の緑見ながら春感にほっこり

あ…
涙が零れ

彼の声が余裕無げに感じ
何事!?
涙拭いつつ
なんで自分に原因あるなんて思うの!?

言われた事に心当たり
あー…
目逸らし(気付かれてた…

見守ってくれてた事に感謝
心配させたね、ごめん
悩みっていうかそこまで深刻じゃないの、多分…

自分で整理したい事があって

それとこれ、目にゴミが入って流れ出るの待ってただけだから
申し訳無げにえへへ

見つめられ少し焦り
大丈夫なのか?は二重の意味で聞かれてる様な
うん、ありがと

!!?(赤面
こ、この不意にさらりと繰出してくるッ
あーもう!普通に流せる様になるのよ私ッ
これが目下の悩み事の1つ


秋野 空(ジュニール カステルブランチ)
  精霊と夕食を共にする約束で部屋へ招いたが、遅れるとメール
過ぎる時間、暮れて行く空、心細さと不安感が急激に襲ってきてソファから動けない
閉じた瞳から流れる涙
息を潜め嗚咽を押し殺す
自分を呼ぶ兄の声の幻聴
大丈夫、兄様はここにはいない…ただの幻…
耳を塞ぎ、繰り返し唱えて恐怖をやり過ごす

背にふわりと温もりを感じて顔を上げると精霊
いつしか安堵の涙に

ひとりでいると、ふとした瞬間に兄の狂気に身が竦む瞬間がある
いつまでも兄の幻影と恐怖に囚われていたくはないのに…
こんなにも自分は弱かったのかと情けなくなる

精霊の提案に、迷惑になるのではと躊躇
落ち着くまでの間なら許されるだろうか
頼ってもいいだろうか
自分を取り戻すために


天埼 美琴(カイ)
  私がバイトお休みでも、無理しなくて良かったんです、よ?
え? その…ちょっとお掃除して、ました
あ、あはは…一人で暮らすにはこの家は広いので…それなりに…
普通の一軒家
で、でも。私しか、居ないので

カイさん、お夕飯…食べて行ってください
でも折角来てくれたので…
ありがとうございますっ…ちょっと、支度してきます
そのまま台所へ
あ、大丈夫、です…
なぜ泣いてるのか訊かれキョトン
へ? あ、たまねぎがちょっと
染みるんですよね…たまねぎって
あはは…調味料きれてたので…
心配、させてすみません…
えっ!? わ、笑ってません…!?



 クラウスの部屋に、今日も招いてもらえた。
 暖かな陽気に気分は上向き。絶好の縁側日和だと、シルキア・スーは嬉々として和室の縁側に座る。
 ゆっくりと話をしたい。こんな陽気なら、そう思うのも不思議ではない。
 普段のとりとめのないことを、何ともなく話すだけで楽しくなる。
 クラウスは、そんなシルキアの嬉しそうな姿を見ながら、羊羹とお茶を用意する。
 シルキアの隣にそれらを置き、縁側に腰を下ろす。
「――!」
 息が止まるかと思った。
 つい先ほどまで楽しそうにしていたシルキアの頬に、つ、と涙が伝っている。
「あ……」
 シルキアが涙を拭う。
「原因は俺か!?」
 突然、クラウスの様子が切迫したように変わった。
「何事!?」
 思わずシルキアは上半身を引いた。
 その余裕のなさに驚いたから、というのもあったが。
「俺の至らなさがお前をを苦しめているのか?」
「え……?」
「俺はもっとお前の心の機微に踏み込むべきであったか……。すまない、シルキア」
 クラウスは、何か勘違いをして自分を責めている。
「なんで自分に原因があるなんて思うの!?」
 まるでクラウスに落ち度はないのに。
 シルキアの問いかけに、クラウスはゆっくりと言葉を探した。
「……このところ、何かを悩む憂いの様を見ることが幾度かあった」
「あー……」
 言われて、目を逸らす。
(気付かれてた……)
 心当たりがまるでないわけではない。
 それを、クラウスはしっかりと察してくれている。
「お前の爛漫とした笑みも見ることが減った気がしていた。突如に涙を零すほどに思いつめていたのか?」
 覗き込んでくる瞳は、とても心配そうな色をしている。
 きちんと見守ってくれていた、その事実に嬉しさと感謝の気持ちが、じんわりと湧く。
「ありがとう。……心配させたね、ごめん」
 クラウスはゆっくりと首を横に振る。気にしなくていい、と言うように。
「悩みっていうか、そこまで深刻じゃないの、たぶん……。自分で整理したいことがあって」
「そう……か」
 クラウスは、まだ少し訝っている様子だ。
「それと」
 だからというわけではないが、ことの顛末はきちんと話さなくてはならない雰囲気だ。
「これ、目にゴミが入って流れるの待ってただけだから」
「目にゴミ……」
 クラウスは一瞬呆けたような、安堵したような、何とも言えない表情を見せた。
 シルキアが、申し訳なさそうに、えへへ、と笑う。
「すまない、取り乱した」
 早合点をしてしまったことは気まずかったが、シルキアの笑顔につられてほっと胸を撫で下ろす。
 そして、再びシルキアの目を覗き込んで、
「大丈夫なのか?」
 と、やはり心配そうだ。
 シルキアはそんなクラウスに、少し焦りながらも、その問いは、いくつもの思いが込められているように感じた。
「うん、ありがと」
「――そうか」
 ようやくシルキアから視線を外し、クラウスも縁側に腰を下ろす。
 目を閉じて、ぽつりと呟く。
「……涙する様、実に美しかったと思う」
 静かな水面に、波紋を広げるようにふわりと言うものだから、その言葉が耳に届くまでしばらくの間があった。
 意味を理解した途端。
「!!?」
 シルキアは顔を真っ赤にした。
(あー、もう! 普通に流せるようになるのよ私ッ)
 不意に。
 さらりと他意なく繰り出されるクラウスの言葉に、どきりと鼓動が躍ってしまう。
 悩みのうちの一つは、これなのだが、クラウスにはとてもではないが言えそうになかった。


 天埼 美琴のバイトが休みだと言うので、顔を出してみたカイだったが、チャイムを鳴らす前に手が止まった。
 扉越しであるというのに、ガタガタと音が聞こえていたからだ。
 しかもその音は一向に止む気配がない。ずっと待っているわけにもいかず、チャイムを鳴らせば少しして美琴が顔を見せた。
 どうぞ、と促され、家に入ると美琴はカイを振り返る。
「私がバイトお休みでも、無理しなくてよかったんです、よ?」
「無理してない」
 来たいから来たのだが、美琴には伝わっていないようだ。
「ところで、何やってたんだ。えらい物がガタガタいってたけど」
「え? その……ちょっとお掃除して、ました」
「……掃除?」
「あ、あはは……」
 掃除であの音が出ていたことに納得をして、つい反芻したのだが、美琴は何とも言えない曖昧な笑みを浮かべている。
 だから、すかさず言葉を継いだ。
「全部の部屋と廊下を一人で?」
「一人で暮らすにはこの家は広いので、それなりに……」
「日が暮れるな」
「で、でも。私しか居ないので」
 美琴の家は普通の一軒家だ。美琴一人で暮らすには、部屋が余るほど広い。
 だが、一人しかいないのなら、日が暮れようが夜が更けようが、できる時に自分で掃除をしなくてはならない。
 カイがぐるりと見回していると、
「カイさん、お夕飯……食べて行ってください」
 美琴が夕飯を誘う。
「俺は良い。俺が勝手にお前の家来てんだから気遣うな」
「でも、せっかく来てくれたので……」
 美琴は大人しい性格だが、頑として譲らない部分も持っている。
「……ああもう分かったよ……」
 今がまさにそれで、カイはやや渋りながらも白旗を上げる。
「ありがとうございますっ……。ちょっと支度してきます」
 台所へ向かう美琴の背中を見つめながら、カイは首を傾げた。
 ――なんで今、ありがとうございます? 普段言わないくせに。
 美琴の言葉がまるで分らないと言いたげな顔だ。
 それにしても、広い家だ。ガタガタと結構な音量がしていただけあって、きれいに掃除されていて美琴らしいと思う。
 しばらく眺めていると、先ほど美琴が向かった台所から、声が聞こえた。
 泣いているような、それとは少し違うような、不思議な声にカイは自然と足を向けた。
 そこには、棚の前にしゃがみこんだ美琴がいて、その不思議な声は間違いなく美琴が発していたもの。
「大丈夫か?」
 カイは、泣いていると判断した。だから、そう声をかけた。
「あ、大丈夫、です……」
 美琴はそういうが、涙声は隠せない。
「じゃあなんで泣いてたんだ」
「へ?」
 カイは、顔にこそ出ないが、真面目に心配をしている。
 それに反して、美琴は何を言っているのかわからないような、きょとんとした顔をカイに向けた。
「あ、たまねぎがちょっと」
「……」
 美琴はなんと言っただろうか。
「は?」
「しみるんですよね……たまねぎって」
「たま、ねぎ?」
 紛らわしいことこの上ない。
「棚の前でしゃがんでるから何かと思っただろ」
「あはは……調味料切れてたので……」
 このタイミングで切れる調味料も悪い。
 だが、それだけのことで良かった。ほっとしたのが美琴に伝わったらしく、
「心配、させてすみません……」
 言いつつも、どこか嬉しそうに笑顔を作る。
「……おい、なに笑ってんだ」
「えっ!? わ、笑ってません……!?」


(最近ロジェが、何か隠しているような……苦しんでいらっしゃるような……そんな気がするのです)

 A.R.O.A.本部の一室で、リヴィエラがロジェに視線を向けている。
 ロジェはその視線に気づかないふりをする。
「用事も済んだし、そろそろ戻ろう」
 悟られぬよう、巧みに隠す感情。
「あの……ロジェ!」
 けれどリヴィエラは、ロジェが懸命に張ったバリケードをあっさりと踏み越えてくる。
 そんなものなど、何一つ存在していないと言うように。
「なにか悩み事があるのなら、私に話してくださいませんか?」
 青い瞳が、曇りなくこちらを見つめてくる。
 穏やかな空のように、深い海のように、隠し事すら見透かすような、そんな色で。
 だが、それは何の対抗策も持っていなければの話。
 ロジェにはリヴィエラの真っ直ぐな心に立ち向かう術がある。
 だからこその選択をした。
 だからこそ、ここにいられる。
「悩み事? そんなこと、あるわけないじゃないか」
 ロジェは、深く闇の淵に感情を置いてリヴィエラには努めて明るく、いつも通りに接する。
「君に話さなければならないことなんて――」
「もしかしたら、私もお力になれるかもしれませ……」
 揺らがない、堅牢なバリケードのはずだった。
 ぐらりと心が揺らされるのが、怖いくらい鮮やかに理解できた。
「なにもな………い、……?」
 リヴィエラが、言葉を――声を失っていく。
 ロジェの頬を滴が伝う。
 闇の深くに置き去りにした感情が、揺れた心に追い付いてくる。
「どっ、どうなさったのですか!? ロジェ!?」
「はは、おかしいな……目にゴミが入ったのかな……」
 喉が詰まるような、震えるような嗚咽が漏れる。
 意思とは正反対に涙が溢れて、止まらない。
 袖口で乱暴に涙を拭って、はっとする。
 自分の手に、あるはずのない真紅の残像を見た気がして。
 今でも、手に残る感触を思い出す。
 朱に染まった手。
 紅い花びらのように舞った、その温度。
 見開かれ、白濁していく瞳。

 ――俺は……

 君の父親を殺した始末した殺した始末した……ッ。
 幻影が眼前に迫り、そのたびに震え、苛まれ、罪の意識に声を上げそうになった。
 ――死ぬべき下衆とはいえ君の父親を……
 奥歯を噛み締めて、拳を握り締めて、言い訳を繰り返す。
 リヴィエラの父親がマントゥール教団だった。そのせいで。
 ――君も奴らに命を狙われている……。
 俺は、愚かだ。
 咎人だ殺人鬼だ狙われるのは俺だけでよかった……ッ!
 なぜ君を巻き込んでしまったのだろう。
 なぜ君を守ることがこんな形になったのだろう。
 なぜ――。
「なにも仰らなくていいんですよ」
 リヴィエラの手が、そっと背を撫でる。
 壊れ物に触れるように、その小さな身体に指先だけで触れ、熱を感じた途端、荒く抱きしめた。
 それでも、リヴィエラは拒むことも怯むこともなく、ロジェを抱き返した。
「大丈夫です、私は何があっても、ロジェを嫌ったりしません。私はいつでも、ロジェの傍にいますよ」
 傍にいる。
 そう、君は、俺の傍にいてくれる。
 でも。
 だから。
 だけど――。
「ですから、大丈夫、大丈夫……ね? 大丈夫ですよ」
 あやすような声に、ふっと狂気が顔を覗かせる。
 ――これを言えば……。
 リヴィエラの優しい声が、遠くなっていく。
「ロジェがくださった、アクアマリンのリングに誓って、大丈夫です」
 真実を言えば、君に嫌われてしまう。
 だから、言えない。
 言わない。

 ――俺は、卑怯者だ。

 狂い咲く狂気の花。
 君に、伝える日が訪れることのないように――。


 ソファの端で、端末が震える。
 取り上げて、無機質が告げたのは、夕食を、と誘ったジュニール カステルブランチからの遅れる旨の知らせだった。
 とさり、とソファに沈み込み、秒針の刻む音だけがやけに響く。窓から射し込んだ西陽は闇の蒼を連れてくる。
 秋野 空は胸を押さえ、急激に襲い来る心細さに動けなくなっていた。
 目を閉じる。それでも、涙が流れる。
 息をすれば嗚咽が漏れそうで、浅い呼吸を繰り返してせり上がる衝動をやり過ごす。

『空――』

 名前を呼ぶ声は、幻。その声は、兄のもの。
 耳を塞いで、呪文のように繰り返す。
「兄様はここにはいない……ただの幻……」
 背に、羽のように包み込む温もりを感じ、顔を上げる。
 一度は止まりかけた涙が、熱を持って再び頬を伝う。その温もりを、知っているから。
「ソラ……。――ソラ……っ」
 ぐっと込められる力強い腕に抱きすくめられ、安堵する。
 縋るように、涙がジュニールの手を濡らした。

「遅れてしまってすみません……」

 急いで来たが、窓に明かりが一つとて灯っていないことに嫌な予感がしたジュニールは、合鍵を使って中へ入った。
 まさか、自分のいないところでこんな風に空が一人で耐えているなど、想像だにしていなかった。
 泣くことで、心が解放できるのならそれでいい。
 けれど、空が先ほど口にしていた言葉は。初めて見るその涙の理由は――。
「ひとりでいると、ふとした瞬間に動けなくなってしまうことがあるんです……すみません、ジューン」
 声にはならなかったが、唇が告げた。
 こんなに、弱くて――、と。
「いいんです。いいんですよ、ソラ」
 落ち着かせるように髪を撫でる。
 けれど、心が穏やかでいられないのも事実だ。
 空は今も兄の幻に捕らわれ、それでも立ち向かおうと懸命にもがいている。ずっと、待つと誓った。
 でも、今手を差し出さなければ、二度とその時は訪れない。そんな気がした。
「ソラ」
 だから、もがく空の手を取る。
 ゆっくりと、戸惑いと不安に揺れる空の瞳をしっかりと見つめて、言葉を紡ぐ。
「お願いがあるんです」
 両手で空の顔を包み込んで、額をそっと近づける。
 ――ソラに、届きますように。
 祈るように目を閉じて、言葉を続ける。
「しばらくの間、俺のマンションに来てくれませんか」
 空が、息を呑むのが分かった。
「部屋も余っていますし」
 離れて、柔らかく微笑む。空の目は、変わらず戸惑いに揺れていたけれど。
「それは……迷惑になりませんか……」
「迷惑どころか、大歓迎です」
 手を取って、指を絡ませる。空の指先はひどく冷たくて、胸の奥が軋むようだ。
 それでも、笑顔を崩すわけにはいかない。
 どれほど胸が痛んでも、どれほど感情をかき乱されても、笑顔でいることが空に対する誠意だと思っている。
 空を見遣れば、未だ心が迷い揺れている。
 色々と考えてしまうのだろうから、それならば空が頷けるようにすればいい。
 偽りのない本音で。
「正直に言うと、俺がソラの傍にいたいのです」
 知らぬところで泣かれるより。
 一人にしてしまうより。
「あなたの傍で支えることを許してくれませんか?」
 もっと早くに決断すべきだった。
 少し悩んだ空が、消え入りそうなほど儚く、吐息混じりに言った。
「――はい。……頼っても、いいですか……」
 強く抱き寄せる。
 もう、一人にはしない。
 ひとりで泣かせたりしない。
 ――ずっと、ソラの傍にいます。


「やめて、嫌……!」
 生活拠点にしている宿屋。
 エミリオ・シュトルツはミサ・フルールの腕を強く掴み、強引に自室に連れ込むと、乱暴に床へと押し倒した。
「離してよ、お願い、エミリオ、いやあ……!」
 暴れるミサの両腕を束ねて抑え込む。
「……そんなに暴れると、もっと酷いことしちゃうから」
 耳元に甘く狂気を囁けば、ミサは途端に力を失くし、ただ泣きじゃくる。
「なんで泣くの?」
 にやりと笑みを浮かべ、エミリオはミサの柔肌にそっと指を触れさせる。
 表情とは裏腹に、まるで壊れ物を扱うように繊細で優しく触れるエミリオに、ミサは言い知れない恐怖を感じた。
「怖いの、あなたが怖いの……!」
「俺達、恋人同士だよね?」
 エミリオの冷たい瞳がミサを捕らえる。
 触れていた指先が、ミサの衣服を僅かに引っ掛けると、隠れていた肌が外気に触れてぞくりと身を震わせる。
「これくらい、普通のことでしょ?」
 ミサの目元に唇を寄せ、溢れる涙を舐めとる。
 そのまま首筋に口付けると、ミサは声も嗚咽も殺して泣いていた。
「そんなに、泣くくらい俺が嫌なの?」
 冷たく見下ろして。

 ――そうだ、それでいい。

 エミリオは、ミサに拒まれることを望んでいる。
 受け入れられることのないように、ミサに辛く当たり、望んでもいないこともやってのける。
 心が引き裂かれそうだ。誰が、愛しい人にこんな仕打ちを望んでしたいものか。
 それでもエミリオは、心を殺し続ける。
「怖いの……」
 ミサは、もう一度繰り返した。
「……でも、ここで逃げて、エミリオが私から離れて行ってしまうのはもっと怖い」
 涙に瞳を濡らしながら、ミサは懸命に、真っ直ぐにエミリオを見据える。
 思いもよらないミサの言葉に、エミリオは心臓を鷲掴みにされるほどの衝撃を受けた。
「……自分が何を言ってるのか分かってるの?」
「そんなの私が一番分かってるよ!」
 気が触れて、血迷いごとを口にしたわけではない。
「貴方を殺してしまいたいくらいに憎い!」
 憎んで、恐れて、それでも揺らがないこの強い意思を宿す瞳から、エミリオは逃げることが出来なかった。
 目を、離せなかった。
「でも、それでも私は……っ、それと同じくらいエミリオを愛しているの!」
「……俺は……」
 この人は、何を言っているのだろう――。
 目の前が真っ白になっていく。否――そんな場合ではない。
「ミサの両親を殺したんだよ、そんな男をお前は……!」
 ミサの腕を掴む手に力を込めて、怒鳴りつけるように叫ぶ。
 だが、ミサは怯むことなく、けれど大粒の涙を零しながら食い下がった。
「罪を償うというのなら、死ぬのではなくて生きて償って! 貴方だけが悪者になって、独りになろうとするなんて許さないんだから!」
 ぽた、と。
 エミリオの涙がミサの頬に落ちた。

「ずっと私の傍にいて」

 拘束していた腕を解いて、離れようとするエミリオを、ミサは縋るように制した。頬を包み込んで、伝う涙を拭って。
「大好きよ、エミリオ」
「……っ、俺だってお前が……っ」
 ミサを掻き抱いて、感情が堰を切ったように溢れ、涙となって零れる。
 背に回される温もりが、エミリオを抱きしめる。
「大好き……大好きよ、エミリオ」
 愛しさが、止め処なく溢れる。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 真崎 華凪
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月03日
出発日 05月11日 00:00
予定納品日 05月21日

参加者

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