プロローグ
● A.R.O.A.本部にて
バン――
勢いよくドアが開いたかと思うと、A.R.O.A.職員が大きな段ボールを抱え部屋に入ってきた。
部屋の中央に置かれた、五組のリクライニングソファー。その前に置かれた長机。
今日はいつもと違い、仮眠室に通されたからだろう。ウィンクルム達は落ち着かない様子で、部屋の中央に立っている。
職員は、重たそうに抱えていた段ボールを机の上に置くと、ウィンクルム達に資料を手渡し、ぐるりと彼らを見回した。
「はいっ、みんな集まったかな? 集まったね? よしっ、じゃあ、今から任務の説明をするよ! 今回の任務は、ある学校に体験入学して、レポートを書いてもらうことだ」
「体験入学?」
オーガの討伐じゃなくて?
ウィンクルム達は顔を見合わせ首を傾げた。
「そー、そ! 学校って言っても、バーチャル学校だけどね!」
「あの、バーチャル学校って?」
職員のテンションに引き気味に神人が質問する。
「んー、簡単に言うと、仮想空間にある学校にアバターで通う、通信制の学校だよ」
職員が段ボールからヘッドディスプレイを出し、ウィンクルム達に掲げて見せた。
「これを頭に装着することで、あたかも本当に学校にいるかのようなリアルな3D体験をすることが出来る。ゲームみたいにアバターの年齢、性別は自由に設定できるのもポイントだね。小学生時に勉強でつまずき、以来学校に行っていない人は、もう一度小学生からやり直すことができるし、反対に、飛び級制度もあるから、どんどん自分の得意な分野で能力を伸ばすこともできる」
「それは画期的だな」
精霊が感心したように頷き、真剣な顔で書類を読み出した。
「ただ――」
「ただ?」
神人が首を傾げる。
「まだ試作段階だからね。予期せぬアクシデントが起こる可能性がある。そこで、君たちの出番だよ! バーチャル学校のプログラムの最終テストとして、実際に学園に通って問題がないか調査してほしい」
解説
「アバターを登録するのに必要だから」
と、職員がアンケートを渡してきた。そこにはこう書かれてあった。
1)年齢、性別を選択してください。ゆくゆくは保育園から大学院までプロジェクトを拡大していくつもりなので、園児から選ぶことが出来ます。
2)どんな見た目のアバターにしますか?
3)設定はどうしますか? 先生や生徒など自由に選べますが、アバターと言う性質上、精霊と神人はお互いにどんな姿になるのかはわからないようになっています。
4)さまざまなシチュエーションでバグが発生しないか確認するため、文化祭、入学式、普通の授業風景などご自由に設定していただくことが出来ます。なければ、プログラムがランダムに選択します。
5)バグがあった場合、どんなバグがあり、どんな対処をしましたか?
6)バーチャル学校に体験入学する前のお気持ちをお書きください。
7)体験入学を終えてどう思いましたか?
以上、ご協力ありがとうございました。
ゲームマスターより
こんにちは、椿爽鳥です。
今回は学園ものに手を出してしまいました。
任務の中では、何らかのバグが発生することになっています。
オーガが襲ってくるのか、はたまた、設定していたはずの性別とは逆の性別になってしまうのか? 動物になってしまうのか?
オーガが襲ってきた場合、精霊と神人は姿が変わったお互いを認識し、トランスすることが出来るのか?
お互いを認識した後、アバターは設定した姿ではなく、現実の姿になります。
どうぞ、掲示板も大いにご活用ください。
また、アドリブがいやな方は、掲示板にてその旨をお知らせください。
よろしくお願いします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
1:16歳(高校一年) 女 2:現実世界と変わらない 3:陸上部入部希望の生徒、早弁してみたかった 4:授業の日常風景、ディエゴ先生の保健体育の座学 スポーツの技術、戦術、 ルールの変化についてでした あくびが出るくらい私にとっては簡単な内容だったので早弁決行です 教科書の朗読中に、教科書を立ててその陰でお弁当をかっこみます お弁当二つ持ってきておいてよかった。 5:ありえないことに陸上部がなかったので立ち上げます 顧問はディエゴ先生にお願いして部員募集です、押忍よろしくおねがいしまーす。 6:普通(以前は競馬学校にいた為)の学校に行ってみたかったので楽しみ 7:これが普通の青春ってやつだったんですね! |
クロス(オルクス)
1 女 高3 18歳 2 黒髪ポニテ 左眼眼帯 ブレザー 3 不良系生徒 4 放課後の屋上 5 オーガ襲来 最初は素手やナイフで戦うが中々倒れないのでウィンクルムの真似でトランスを試みる 6 「俺、高校に行ってないから高校生活憧れててさ! 小説や本で培った事を試してやる!」 7 「オルクのアバターがそのままだったから親しみやすかったなー こう言う先生がいたら良いよなぁ」 ☆屋上 「はぁ、勉強とかマジだるい …チッ、なんの用だよ 用がねぇn…っ!?(驚き固まる なっ何でもねぇよ!俺の事はほっとけ!」 ☆対オーガ 「学校にオーガ!? 嫌だね!最近鬱憤が溜まってんだ、逃げるかよ! ……あぁもう、ウィンクルムがいれば… はぁ!?…しゃぁねぇなぁやってやるよ!」 |
エリー・アッシェン(ラダ・ブッチャー)
1 男17歳 2 金の長髪の王子様系美男子 3 高校生 4 生物授業 5 チャット機能エラーで発言できないバグ 会話はイケメン微笑でごまかし、授業は筆記で対応 オーガが襲撃し、発言不可能な状態で精霊を探すことに 自分がエリーであることを示すため、バケツに墨汁を入れて頭からかぶります イケメン笑顔はやめて、ゆらめきながらホラー漫画さながらの笑顔 ラダさんと合流後はトランスを試みますが、チャットバグの影響が気がかりです インスパイアスペルが唱えられなければオーガ退治は断念し、安全な撤退と避難誘導に方針転換 6 ゲームのバグって怖いものが多くて心惹かれます! 自分とは違う人物像を演じてみましょうか 7 ラダさん、予想外の姿をしていましたね |
●エリーとラダの場合
エリー・アッシェンとラダ・ブッチャーは、ヘッドマウントディスプレイを装着し、リクライニングソファーに深く背を預けた。
ブゥン、機械が作動し、視界がぶれる――
蝉が鳴いていた。
エリーはゆるゆると目を開け、辺りを見回した。
(すごい、本当に教室にいるみたいです!)
匂いなど感じないはずなのに。初夏の風をはらんで膨らむカーテンを見ると、誰かの使った制汗剤の香りや、日直のはたく黒板消しから舞い上がるチョークの匂いが鼻によみがえる。
エリーは懐かしさに目を細め、自の手をまじまじと見つめた。筋張った大きな手、細い指――どうやら、指定した通りのアバターになれたらしい。
(ラダさんは一体どんな姿になったのでしょうか?)
どんな姿になっても、きっと見つけられる。自信がある。
エリーは、早速ラダを探しに行くことにした。
一方その頃、ラダは女子トイレの鏡にかじりついていた。
「ウヒャァ! ホントに女の子になってる!」
赤いリボンのセーラー服、背で揺れる三つ編み。そして、分厚いビン底メガネ! ナイスバディな美女も捨てがたいけれど、勉強に集中したいからと12歳の少女になって正解だった。
「エリーを見つけて、一緒に授業を受けようっと」
ラダは高まる期待を抑えきれず、口をむずむずと動かし、トイレのドアを開けた。
「あ」
目の前にエルフの王子がいた。
さらりと風に遊ばす長い金の髪、涼やかな目元。ドアを開けようとしていたのか、中途半端に腕を伸ばしている。
だが、
(何で男が女子トイレに来るんだよぉ!)
ラダは憤慨して声を張り上げた。
「変態!」
ひとまず自分の姿を確認しようと女子トイレに向かったエリーは、中から出てきた女子小学生に開口一番そう叫ばれ仰天した。
(ええっ、何でですか? 私は変態じゃありません!)
そう叫んだはずなのに、声が出ない!
(もしかしてバグっ?)
「変態がいるよぅ!」
(違います! 私、変態じゃありません!)
エリーは必死の形相で、違う違うと顔の前で手を振った。だが、そのジェスチャーをするには場所が悪い。
「えっ……」
臭いと言うジェスチャーだと勘違いした少女が、ショックを受けたように後ずさった。
「ボク、臭い?」
(違うんです! ああ、もうっ、こうなったら笑ってごまかすしかありません!)
急に目の前の青年に微笑みかけられ、ラダは真っ赤になって固まった。
元がいいからだろう。慈愛に満ちた表情を向けられると、男だとわかっていても恥ずかしくなってくる。
「どうした? さっきの声は何事だ!」
ラダの声を聞きつけ、体育教師が息せききってやってくる。
ラダは咄嗟にエリーの手を取り、駆けだした。
逃げ込んだ先は大講堂だった。
どうやらここは小中高一貫校らしい。大講堂の中には、あらゆる学年の生徒たちがいる。どうやら今は、古生物学者を招き、恐竜の特別授業を行っているようだ。
二人は空いている席に座り、授業に集中した。
ステージには恐竜の骨格模型が置かれ、羽毛の生えたティラノサウルスがスクリーンいっぱいに映し出されている。
「えー、であるからして」
学者が茫洋とした目で学生たちを見回して言った。
「恐竜は絶滅したのではなく、鳥になったと言えるでしょう。では講義はここまでにして、質問を受け付けます」
学者が一同を見回した。
聞きたいことはたくさんある!
ラダが手を挙げる。だが、学者は気づかない。それどころか、ラダの隣の青年を見て目を見開くと、今までのやる気のなさはどこへやら、切りつけるような声で言った。
「そこの君! 質問は?」
(わ、私ですか?)
質問を言おうにも、自分は今しゃべれない!
エリーは助けを求め、講堂内を見回した。ラダは――いた!
エリーはラダのアバターを知らない。だが、きっとあれだ!
エリーはラダに似た男子校生を見つけると、すがるような目を向けた。
(助けてください、ラダさん!)
その時だった!
壇上に置かれていた骨格標本が音を立て姿を変えていく!
あの骨格は、デミ・ウルフだ!
学生たちが悲鳴を上げ、いっせいに逃げ出した。
「なんで、オーガがいるのぉ!?」
ラダが椅子を蹴立てて立ち上がる。
このままじゃ危ない。
(バーチャルとは言え、倒したほうが良いよねぇ)
でも、この姿では倒せる気がしない!
ラダは必死の形相でエリーを探した。いない!
逃げずに講堂に残っているのは、自分と隣にいる美青年だけだ。
(まさか……?)
たらりと汗を流しながら、隣を見たラダが悲鳴を上げた。
さっきまで、そこにはエルフの王子がいたのに!
血塗れならぬ、墨汁まみれになった男が座っている!
ぼたぼたと髪から落ちる黒い滴。自分を凝視する血走った目。つ、と真っ黒の顔の真ん中に、赤い線が生まれ、見る見る内に横に裂け、にぃと弧を描く、口。
男が、空気の漏れる声で言う。
「つ、かまぁえ、たぁ」
「ウヒャァアッ!」
男にがしりと腕を捕まれ、ラダが涙目になって叫んだ。
「助けて、エリー!」
ふ、と頬に柔らかなものがふれる。耳元でつぶやかれたのは、聞き慣れた呪文。
「はい。助けます」
心に響いたのは、力強いエリーの声。
ラダは驚いて目を見開いた。
エリーが黒髪を踊らせ、オーガに飛びかかり、闇神楽でオーガの骨を粉砕する!
「……え? エリー?」
「はい」
「エリー?」
「はい」
元の姿に戻ったエリーがにこりと笑って、ラダの頬に手を触れる。
「お怪我はありませんか、ラダさん?」
「うん」
「よかった」
目を見開き自分を凝視するラダを見て、エリーが照れくさそうに笑った。
「あんなアバターだったから、驚いたでしょう?」
「ううん! そんなことないよぉ」
「本当に?」
「うん! だって、ボク、一目でエリーだってわかったもん」
「……私も、一目であなただってわかりましたよ」
二人はそう言って、お互いに吹き出した。
嘘じゃない。だってその証拠に、姿が変わってもこうやって一緒にいたのだから。
でも、どうせなら――
「今度はこの姿で一緒に授業を受けませんか?」
エリーが手を差し出すと、ラダははにかんで笑って手を取った。
「うん! やっぱり、エリーはこっちの姿の方がいいもんね」
さぁ、次は何の授業だろう?
●クロスとオルクの場合
休み時間を告げるチャイムが鳴った――
クロスはポニーテールに結った黒髪を風に遊ばせ、屋上から教室を眺めていた。
初めは楽しかった。でも教室にいると、目が無意識のうちに幼馴染を探してしまう。
(あいつはもういないのに!)
胸に熱いものがこみ上げ、クロスはフェンスに腕をつき、顔を埋めた。左目につけた黒い眼帯。胸が見えるぎりぎりまで開けたシャツのボタン。ゆるめに結んだネクタイ。いつか読んだ小説に倣い、クロスはスカートをうんと短くして紺色のソックスをはいている。
授業の開始を告げるチャイムが鳴った。だが、クロスはそこから動くことができなかった。
「おーい。そこで何してる? 五時限目が始まるぞ」
いつ屋上のドアが開いたのだろう? クロスは肩を跳ね上げ、ドアを振り返った。
オルクだ。
白衣の下に着た水色のシャツ。だらしなく結んだネクタイ。銀縁メガネをかけたオルクがいる。
「さぼりか?」
「……勉強とか、マジだるいんだよ」
「教師の前で言う言葉じゃないな」
オルクが、横に来てフェンスにもたれた。
見た目は同じだが、いつもと雰囲気が違うのは、オルクもアバターだからだろうか?
クロスは気まずさをごまかすように、ブレザーのポケットを探った。不良っぽいから、とつっこんでおいたガムが入っているはずだ。
「お、それ何味?」
「……ピーチミント」
「ちょうだい」
「……やだ」
意地悪な気持ちになってしまうのは、何でだろう?
「ケチ」
オルクが唇をとがらせ、白衣のポケットをさぐる。ややあって煙草のにおいが漂ってきた。
せっかくのガムがまずくなる!
文句を言おうと顔を上げたクロスは、オルクがずっと自分を見つめていたのに気づき体を強張らせた。
「午前中はちゃんと授業に出たんだろうな?」
オルクの問いに、思わず素直に頷いてしまう。
「そうか。よし、偉い偉い!」
頭を乱暴になでられ、クロスが目を見開いた。
「なぁに固まってんだぁ」
オルクが悪戯に笑ってクロスの顔をのぞき込む。
「なっ何でもねぇよ! 俺のことはほっとけ!」
「ほっとけるか。キミはオレの大事な」
クロスがハッと息を飲む。
「生徒だからな」
生徒だから――?
心に穴が開き、風が通り過ぎていく。
今わかった。違和感の正体が。
クロスが赤い顔でオルクをにらんだ。
この目だ。
クロスがオルクの腕を払いのけた。
オルクがやり場のなくなった手でぽりぽりと頬をかく。
(笑い方が違う。頭のなで方が違う)
いつものオルクはもっと、優しい。
(今の俺たちは、ただの学生と先生だもんな)
オルクが傷のないきれいな指に煙草を挟み、紫煙を吐く。
目が、オルクの唇に吸い寄せられる。
いつもみたいに名前を呼んでほしい。気づいてほしい。でも、自分から正体をばらすのは癪だ。
クロスは切ない思いをごまかすようにガムを膨らませた。
パチン。
ガムが弾ける。
その時だった。巨大なカラスのデミ・オーガが現れたのは!
「おいおい、何でオーガ!? チッ、逃げろ!」
オルクが焦ったように言い、クロスをかばおうとする。だが、彼女はすでに走り出した後だ!
「おいっ!」
「嫌だね! 鬱憤がたまってんだ、逃げるかよ!」
クロスがオーガに向かって蹴りを繰り出す! だが、空に逃げられ当たらない!
カラスに似た声でオーガが鳴き、羽ばたきをする。ぶわり、小石が舞い上がり、飛礫となって二人を攻撃する!
「あんの馬鹿!」
オルクがオーガにナイフを投げた!
刃のような風切羽に跳ね除けられる!
「どうするよ、倒せねぇぞ!?」
オスクが舌打ちした。
クロスがギリと拳を握り、オーガを睨みつけた。絶対に倒してみせる。そして、オルクに自分だと気づかせてみせる。
「危ないっ!」
オルクの声が聞こえた。
「えっ?」
眼帯をつけた左側から、切りつけるような風が吹き付けてくる。
急いで駆け寄ったオルクが、クロスのウエストをさらうようにして抱き寄せ、風切羽をナイフで受け止める! 刃と刃がぶつかり、火花が飛び散る!
(助けられた?)
でも、これじゃあ、オルクに自分だと気づいてもらえない!
クロスはやっきになって、オルクの胸元を握りしめ叫んだ。
「邪魔をするな! 一人で倒せる!」
「わかってるさ」
「だったら、何で!」
クロスが、オルクの手をそっとつかんだ。
「目の前で大切な人を奪われるのは、もうごめんだからな」
クロスは口を開きかけ、ハッと閉じた。殺気の残るオルクの瞳には、狂おしいほどの光が浮かんでいる。恐怖、安堵そして――
オルクのシャツを握りしめるクロスの手から力が抜けた。
オルクの目は、愛おしいのだと雄弁に告げている。
オーガが羽ばたいた。大鎌ほどもある爪が二人に振り下ろされる!
「ああ、もうっ、ウィンクルムになれれば……」
思わず、クロスの口からそうこぼれた。
「ウィンクルム……それだ! イチかバチかやってみるぞ!」
オルクがクロスの頬を両手で包み込んだ。
「クー」
オルクが熱のこもった声で、クロスを呼ぶ。
クロスはぎゅっと目を閉じると、
「しゃあねぇなぁ、やってやるよ!」
覚悟を決め、彼の頬にキスをした。
オーガが倒れる――
クロスがじっとりとオルクを見て言った。
「……いつから気づいてた?」
「さぁ、いつからかな」
「オルク!」
クロスの振り上げた拳をさっと受け止め、オルクが笑った。
「ほら、チャイムが鳴ったぞ。次は俺の授業だ。まさか、さぼるつもりじゃないだろうな?」
傷だらけの手がクロスの髪を柔らかくなで、離れていく。
クロスは思わずその手を引き止めかけ、ぎゅっと拳を握りこんだ。
そんな自分の葛藤などお見通しだというように、オルクが、クロスの手を取る。
クロスが赤い顔で、オルクに言った。
「……ちゃんと授業できるんだろうな?」
「当たり前だろ! だって、クーに格好悪いとこ、見せられないからな!」
●ハロルドとディエゴの場合
ハロルドは高校の教室にいた。
「お腹すいたぁ」
「げ、教科書忘れた!」
「お昼どこで食べる?」
休み時間、クラスメートたちは思い思いに話をしている。誰かの食べるお菓子のにおい、椅子を引く音、バッグのチャックを開ける音。それらには見向きもせず、ハロルドは意味もなくシャーペンの頭をノックし芯を出しながら、教室のドアを見つめていた。次はディエゴの授業、保健体育だ。
ハロルドはそわそわと手櫛で髪を整えた。
(制服、変じゃないでしょうか?)
彼は自分を見てどんな反応をするのだろう?
(ディエゴさんの教師姿も楽しみです)
期待が膨らむ。
だけど――
ハロルドは、黒板消しを手に騒いでいる男子たちを見てため息をついた。彼らは教室のドア上部に黒板消しを挟んで笑っている。
(あんなものが、ディエゴさんに当たるわけないのに……)
なんて子供っぽいのだろう!
足音が聞こえた。
窓の向こうを背の高い男の影が通り過ぎて行く。
男子生徒たちが目配せをして、席に飛び返る。
来た!
3、2、1――!
ガラリとドアが開き、白衣の裾が翻る。
瞬間、ディエゴの蜂蜜色の目がハロルドを捕らえる。柔らかく細められる目。
(あっ……)
黒板消しがディエゴの頭めがけ落ちてくる!
「ずいぶんと手厚い歓迎だな」
いつのまに避けたのだろう? 黒板消しを手に、艶のある声でディエゴが言った。
生徒たちがワッと沸き立ち、ディエゴが涼しい顔でドアを閉める。
教室に入った瞬間、ディエゴはハロルドに気づいた。窓際の後ろから三番目の席。ハロルドは、からかうような目で自分を見つめている。
(やりづらい)
ディエゴは黒板消しを戻すと、
「授業を始める。教科書を開け」
と、生徒たちを促した。
「スポーツにおいての歴史の授業だ」
ディエゴの落ち着いた声が、教室内に響いた。
「メディアの影響もあり、スポーツの在り方は日進月歩の勢いで変化している。ノートを取るように」
読み進められていく教科書。ディエゴは時折生徒に質問をしては、補足をいれ黒板に書いていく。
からかうような目で見ていたのが悪かったのだろうか? ディエゴはハロルドをちらりとも見てくれない。
ディエゴに当てられた生徒が、質問に答えられず着席した。
(私なら答えられますのに……)
簡単すぎる授業。目を合わせてくれないディエゴ。
ハロルドは唇を尖らせ、教科書を立てると弁当を取り出した。次の授業は体育だ。腹ごしらえをしておこう。
ディエゴは教科書を朗読しながら、教室内を一回りしていた。
(ん?)
どこからか、おいしそうな唐揚げのにおいが漂ってくる。視線を向ければ――
ディエゴは教科書を丸め、ハロルドの後頭部を叩いた。
「いたっ!」
「授業を聞いているのか、ハロルド? まさか、今時早弁をする奴がいるなんて思わなかったぞ」
ハロルド?
呼ばれた名に顔がこわばる。確かに、今はただの教師と生徒だ。だが――
(ハル、って呼んでくれないんですね)
ハロルドが不安に揺れる目でディエゴを振り仰ぐ、彼はため息をつくと弁当をしまえとジェスチャーをし、そのまま歩いて行ってしまった。
自分から彼女の視線を避けていたのに。いざ彼女に無視されると、ディエゴは後悔に苛まれた。保健体育の授業は、何事もなく終わった。
ハロルドのクラスは、今、校庭で走高跳をしている。
ディエゴは保健室の窓から彼女を見つめていた。
ハロルドが大地を蹴り、大きく跳躍する。体をひねり、背中からひらりとバーを飛び越える。しなやかな白い肢体。太陽にきらめく、淡いピンクの髪――
パシャン、と水音が聞こえたような気がした。
(まるで、人魚のような……)
らしくないことを考え、ディエゴは目を細めた。
じっと見つめていたからだろう。ハロルドがディエゴに気づき、駆け寄って来る。
「見ててくれたんですか?」
「ああ」
「どうでしたか?」
ハロルドの色の違う両の目が、期待に輝いている。素直に誉めるのも気恥ずかしくて、ディエゴは顎をなでると、
「跳躍する寸前、助走リズムが乱れていた。次は気をつけろ」
と言った。
しゅん、とハロルドの肩が落ちる。
「直した方がいいのはそれくらいだ。おまえは才能がある」
ハロルドがぱっと顔を上げる。
「私、陸上部に入ろうと思っているんです」
「陸上部はないぞ?」
「え?」
ハロルドが目を大きく見開いた。
「なら、作ります! ディエゴ先生、顧問お願いします」
押忍、と気合いを入れハロルドが言う。
「陸上部を立ち上げたとして、学校のメリットは?」
メリット、ハロルドが口の中で小さくつぶやく。断られるとは思わなかったのだろう。彼女の形のよい眉尻が下がり、見るからにショックを受けたような顔になる。
(少しいじめすぎたか)
さすがにかわいそうになってきた。
「冗談だ」
ディエゴはふっと笑い、ハロルドの髪をくしゃりとなでた。
「保健体育の教師が言うことじゃなかったな。生徒の自主性を重んじ協力する。まずは、入部希望者を十人集めろ。生徒会に話を通すぞ」
ハロルドの顔がぱっと輝いた。
「はい! すぐに集めます」
言い終わるやいなや、ハロルドは身を翻して駆けだした。途中くるりと振り返り、ディエゴに向かって叫ぶ。
「だから、絶対顧問やってくださいね!」
年相応の幼さを見せるハロルドに、ディエゴは苦笑するとひらりと手を振って見せた。
もし、彼女が普通の高校に行っていたら。
もし、彼女がウィンクルムになっていなかったら。
これが、本来の彼女の姿だったのかもしれない。
(なんて、な)
いつもよりも明るい声音、弾むような足取り。
ディエゴはまぶしそうに目を細め、ハロルドの後ろ姿を見送った。
●そして、A.R.O.A.本部
「どうやら、バグは自分たちで何とかしてくれたみたいだね」
職員はホッと息をついて、リクライニングソファーに体を預けるウィンクルムたちを見た。バグが起こったと知ったときは焦ったが、
「楽しそうな顔しちゃって……。これじゃあ、『現実』に起こせないじゃないか」
ウィンクルムたちは皆、幸せそうな顔をしている。
「アンケートの結果は気になるけど、時間はまだあるしね」
もう少しだけ、起こすのはやめておこう。職員はイスに座ると、冷めたコーヒーを飲んでため息をついた。
「あーあ。俺も、誰かと一緒に青春したいなぁ」
依頼結果:大成功
MVP:
名前:エリー・アッシェン 呼び名:エリー |
名前:ラダ・ブッチャー 呼び名:ラダさん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 椿 爽鳥 |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | 日常 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 3 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 05月04日 |
出発日 | 05月09日 00:00 |
予定納品日 | 05月19日 |
参加者
会議室
-
2016/05/08-19:27
よろしくお願いします
私は学校行きましたが、普通の学校ではないので楽しみですね
ディエゴさんは養護教諭らしいです -
2016/05/08-18:02
クロス:
皆久々だな、今回も宜しくな♪
俺はオーガによって中学しか通ったこと無いからさ、楽しみなんだ(微笑
ウィンクルムになるまではずっと独自で勉強してたし高校にも行ったこと無いから高校生にしてみた!
放課後の屋上で屯ったりとかサボったりとか憧れてて…!
そんで不良少女と先生との……!(恋愛小説やラノベの読み過ぎによる偏った知識←
とは言え通信で通うならそういう子達も通える方が良いと思うしな
因みにオルクは教師だと
まぁこんな感じだが皆宜しく☆ -
2016/05/08-02:14
ラダ・ブッチャーだよぉ! バーチャルとはいえ、学校にかようの楽しみだなぁ!
ボクの出身地は学校とかの機関が整っていない地域で、子供時代は学校にいかなかったんだよねぇ。
大人になってタブロスに来てから個人的に勉強して、基礎的な教養は身につけたけど。
というわけで、一緒に依頼を受けた人は、よろしくねぇ!