プロローグ
●ふしぎなしずく
プリメール自然公園。桜色から蒼々と変化した並木道を、子供や大人、男女のカップルなどが笑顔で歩く。
そんないつもの光景の中にもう一つ、いつもの光景といえる黒い耳がぴこぴこ見え隠れ。
そう、ここはケットシーが出ると噂の公園である。
時々美味しそうなお弁当やお菓子を持っている人のそばへ忍び寄り、ちょこっと拝借なんてイタズラも、この公園を訪れる人々の間ではもはや微笑ましい出来事。
大人たちは気付かなかった。そのイタズラが最近ささやかに変化していることに。
最初にそれに気付いたのは、泣いていた小さな女の子だった。
親に怒られたのかお友達と喧嘩したのか、公園の片隅で半べそをかいているその頬に、ぷにっとした感触がしてはビックリして横を見る。
まん丸黒い目が覗き込み、髭をゆらゆらさせてどこか不思議そうに女の子のホッペを、正確にはそこに流れる涙をぺたぺたと触ってきたのだ。
家に帰った女の子は大人に話す。
『ねこちゃんがね、聞いてきたよ。悲しくて泣いてるの? 痛くて泣いてるの? って』
大人たちは当然、猫が喋るわけないと笑って流した。
ケットシーの声は一般人には聞こえない。少なくとも、プリメール自然公園に出没するとある一匹のケットシーの声は。
それを聞けるのは、理屈はいまだ分かっていないがウィンクルムだけだった。
が、稀に子供にも聞こえるようだ。純真無垢な目や耳に妖精は捉えやすいのかもしれない。
ケットシーは不思議だった。
人間は涙を流すということは知っている。とりわけ子供はよく泣くことも。本当にたまにしか見ないけれど、大人だって泣くことも。
そんな時はほとんどが、悲しいという感情、もしくは痛いという思いから。
しかしケットシーは一度だけ、笑って泣いている人を見た。
夕暮れ時、沈みゆく橙色に染まった横顔から静かに、一雫の涙がつたっていた。そうして誰もいない夕焼け空を仰いで、その女性は目をつむり微笑んだのだ。
― ヒトは、かなしくないと泣かないんじゃないの? 楽しくないと、笑わないんじゃないの?
疑問が浮かぶも、そのヒトの姿は今まで見た泣いている人間の誰よりも、妖精の目から見ても美しいと思えた。
ケットシーはヒトが好きだ。だから考える。
悲しい、痛い、それ以外でどうしたらヒトは涙を流すのだろう。もう一度見たらそれが分かるのだろうかと。
でもどうしたら見れるだろう……どうしたら悲しい、痛い以外で泣くヒトを見つけられるのだろう……
●A.R.O.A.にて
「――と、いう理由からケットシーのイタズラが少々特殊になってるらしいんですよ」
任意で集まったウィンクルム一同に、本部職員が説明をしている。
公園周りを聞き込んでいた、とある一組のウィンクルムがたまたまケットシーと出会って、話を聞いてきたらしい。
「泣く理由が知りたいから、一度だけ見た綺麗な泣き顔というものをもう一度見たいからと、泣いている人間に接触しては
顔を触っていくらしいです。ええ、ケットシーの声が聞こえるのは子供のごく一部だけらしいですが。
頬に不思議な感触がして驚いて逃げてくる子から、話を聞いた親御さんからの報告が増えてきまして。」
それだけなら、特に害があるというわけでは無いので放っておくんですが……と、どこか困惑した表情を浮かべ職員は続けた。
「悲しい、痛いという以外のどんな感情で泣くのか判らないからと、急に茂みから飛び出したり物を隠してしまったり、
おかしな方向にイタズラがエスカレートしてしまってきて……
ケットシー自身には、必死すぎて今回はイタズラしてる自覚があまり無さそうなのがなんとも。」
どうやら先に出会ったというウィンクルムは、上手くケットシーに人間の感情を説明できなかったようだ。
(というか、長々説明している最中ケットシーがお腹がすいてどこかへ行ってしまった、というのが実態だったり)
人が泣く理由、そんなの人だって理解は難しいのでは……と戸惑うウィンクルムたちに、ケットシーが納得さえすれば良いのでっ、と
頭を下げる職員がいるのだった。
解説
●ケットシーを見つけて、涙話を聞かせてあげましょう。
1.ケットシーを見つける。
主旨は「ヒトが泣く理由(悲しい・痛い以外の涙の種類)を教えてあげる」ですので、見つけるのは簡単です。
お好きに見つけ方を記載してください。
例:お菓子で釣った、泣き真似をした、他の泣いている子のそばにいた、等等
2.とくと楽しく、または真剣にお話。
自分の体験談を話すとケットシーには伝わりやすいかもしれません。
話している最中に、うっかり悲しい方の思い出を語ってしまいこみ上げて涙が浮かんだり?
隣でパートナーの涙を見て驚いたり? またはケットシーと一緒になって、パートナーが語るのを聞き入ったり?
二人で話しても、神人さん精霊さんどちらか片方が話しても、どちらでも構いません。
きっとケットシーは夢中になって聞いてくれることでしょう。
●ケットシー
黒猫の妖精。二足歩行もしてウィンクルムにだけ聞こえる人語をしゃべる。
普通に喋ります。めっちゃ喋ります。※勿論主役はウィンクルムの皆様ですので描写は最低限。
お話に否定やツッコミはしません。……ツッコミは分かりません。
ヒトが大好きなので、ヒトへの好奇心がいっぱい。わからない事を知りたくなるあまり、行き過ぎてしまうことしばしば。
◆途中でお腹がすかないように、ケットシーとのおやつ代 <300Jr>消費。
・購入任意:目薬 <100Jr> 何に使うかはアナタ次第……
※目薬を購入される場合、分かるようにプランにご記載をお願い致します。
基本、個々で描写予定。
もしも神人精霊揃って体験話が無く困った……等の場合、会議室でご相談の上、誰かと一緒に話を聞く、というのも可。
ゲームマスターより
大変お久しぶりです! もしくは初めまして!
神出鬼没なヘタレGMこと、蒼色クレヨンと申します。プロローグご拝読誠にありがとうございます☆
泣く理由、人によって本当に色々ありますよね。
クレヨンは最近特に涙もろくなった気がします。………年かな………(遠い目)
嬉しくて感動泣きしたエピソードや悔し泣き、または笑いすぎて涙が出たなど
個々によってシリアスだったりロマンスだったりコメディだったり、様々に転がると思います。
どんなお話もどんとこい! 個性豊かなプランをお待ちしております♪
リザルトノベル
◆アクション・プラン
かのん(天藍)
久し振りに会えるの楽しみです 前に会った時のお弁当 具沢山のオープンサンド+林檎と木の実のクラムケーキ 木陰で見つける相談 あの頃より天藍が近くにいる事が普通になっていて少し不思議な感じ お弁当食べつつお話 悲しい事だけじゃなく、何かに感動した時や嬉しい事でも涙は出る事 私の場合は、死別した両親の事を思い出した時、何気ない日常の中で綺麗な風景を見た時 …一緒にいたいと望んでいた天藍からプロポーズされた時 きっと心の中にある器から溢れた気持ちが涙になると思う事 泣いている人には悪戯じゃなく寄り添ってあげて欲しい事 気持ちを分かち合える人がいたら、溢れた分心に温かい物が満たされると思うから 温もりをくれる隣の天藍へ微笑む |
水田 茉莉花(八月一日 智)
何やってるんですかこのバカチビ!(頭すぱーん) 嘘泣きでおびき出すだけじゃなく 罠を作るって…完全に狩猟じゃないですかっ! ゴメンねケットシーさん(バスケットのお菓子も食べつつ) で、痛いとか悲しいとかの他に、泣く理由を聞いてるのよね? たしか…安心して泣くってのがあったかな? 保育士していたとき お迎えでおうちの人が来たら、泣く子がいたから… あの時? ああ、ほづみさんと初めてあったときか あの時は、家も職も突然無くなっちゃって、びっくりしすぎて泣けなかったなぁ いまだにあのことは、夢なんじゃないかって思うくらい 何よ藪から棒に…そんな急に言われても泣けないわよ 頭そうされても、泣くわけ無いじゃない…泣くわけ…うう… |
桜倉 歌菜(月成 羽純)
手っ取り早く、泣いてケットシーさんを誘き寄せましょう! …でも、いざとなると泣くって難しい…って、羽純くん!? ふえええ!(恥ずかし過ぎて涙が) あ、ケットシーさん、来てくれた! こんにちは!(可愛い♪ ケットシーさんとお話しに来たのです 最近、涙が気になってるんですよね? なので、私の涙話でもと思いまして… えっとさっきちょっぴり涙が出たのは、恥ずかしいのと嬉しいのが混じったと申しますか… 恋をすると涙が良く出ます 羽純くんの事を想うと、胸がきゅっとなって… 幸せで嬉しくて涙が出ます 切なくて涙が出ます その涙は嫌な涙じゃないんです 幸せの涙っていうか… 溢れる想いが涙になり落ちるのです ケットシーさんも恋すれば分かるかも |
エリザベータ(時折絃二郎)
ギク)そ、それもだけど年の功って言うだろ? だから泣ける話の一つや二つあるかなって… 誘いだせっても…(嘘泣きはゲンジが嫌がるし そだ、名作劇場のフランソワと犬のラストを思い出せ… (教会でフランソワが力尽きて天に召されて… うぅぅ…(号泣してハンカチ握り ケットシーを抱っこしおやつも手に持ち あんまり困らせると嫌われちゃうからこれからはやめような?(なで でさ、この猫のおじさんが泣ける話を聞かせてくれるからあたしと一緒に聞こうぜ? よ、よかったなぁ…婆ちゃん…!(号泣してハンカチ出し ぐす、確かに… (詩的だけど解るかも… 何故って、嬉しくても悲しくても涙は出るから? …ゲンジ?(なんだろ、この暗くて冷たい感じ…? |
どんなに頑張っても、悲しい・痛い以外で泣く理由がわからない黒猫が、公園内で途方に暮れ始めた頃、
救い主たちが現れることとなる ――。
●とあるポカポカ晴れた休日
「黒猫の獣心族なら説得しやすいんじゃね? などと考えたのだろう」
整えられた前髪の下のアメジストをキロリと動かし、時折絃二郎 は少し前を歩く エリザベータ を見据え呆れ気味の声色を放った。
その肩がギクッと上下したのを見逃さない。流れた沈黙に溜息がつかれれば、慌てたようにエリザベータも口を開く。
「そ、それもだけど年の功って言うだろ? だから泣ける話の一つや二つあるかなって……」
「……考えておくから誘いだせ」
自分が話すことになるのを何となく察していた絃二郎から、仕方なさそうではあるものの承知された旨を受ければホッとして。
そういえば、ケットシーをどう見つけるか考えていなかった事に思い至るエリザベータ。
(誘いだせっても……)
泣けば来るのかな、と思案する中で一瞬、泣き真似をしようかとも思った……が。
ちらりと、こちらに今は向けられている背中を見つめる。
(嘘泣きはゲンジが嫌がるし)
そう。あまり本心を見せない彼が、珍しくも真っ直ぐ、諌める中で伝えてきた事。
『嘘が嫌いだ』と言ったあの時の表情は、どこか深い重みを纏っていた気がする。エリザベータにはそう感じられたのだ。
(そだ、名作劇場のフランソワと犬のラストを思い出せ……教会でフランソワが力尽きて天に召されて……)
嘘が駄目なら本当に泣くしかない。
一度見て号泣した切ない物語を思い出す。思い出す。思い……
「うぅぅ……」
鮮明に思い出しすぎたようだ。不思議な呻き声に振り返った絃二郎が、思わずぎょっとする。
目にしたものは、すでに両目から大粒の涙を流しハンカチを握り締めたエリザベータだった。
「おい、そこまでやれとは……む」
近寄ろうとした所で、すぐそばの茂みが揺れたのに絃二郎は気付く。程なくして小さな黒い耳がぴこりと顔を出した。
「あっ、ケットシー! 良かった来てくれたんだな」
「ヘイル、早く顔を拭け」
嬉しそうに見つめられればケットシー、泣いているのに笑っているエリザベータを不思議そうにまじまじ。
ちょっと話そうぜ、と笑顔で良い匂いのするバスケットを指差されれば、『にゃ!』と返事し、てててっと寄っていく。
「あのな? 最近のお前の行いで、びっくりする人が増えてるみたいなんだよ」
『にゃにゃっ?』
イタズラをしているつもりは無かったケットシー、エリザベータの言葉に目がくりん。
「あんまり困らせると嫌われちゃうからこれからはやめような?」
『にゃー……』
しょんぼりしたケットシーを抱っこし撫でてから、バスケットからおやつを取り出し差し出してやる。
まぁるい形に穴があいた甘い匂い……。絃二郎氏の視線がこっそりそこへいく。ケットシーが持つエリザベータ特製ドーナツへ。
「でさ、この猫のおじさんが泣ける話を聞かせてくれるからあたしと一緒に聞こうぜ?」
『にゃ? かなしい話にゃ?』
「それは聞いてみてからのお楽しみだ」
一人と一匹から期待の眼差しが注がれ始めたのに気付いた絃二郎。
ドーナツにあった視線を外して、どこへともなく語り出した。
「数年前の事だ。この指輪を調べて欲しいと老婆が持ってきた。骨董品ではなかったがどうしてもと言われて引き受けた。
数年前に病死したある職人の作品と伝えたら老婆は泣きだした。老婆は職人の妻で生前は指輪以外なにも贈られなかったらしい」
『ろーば、なんで泣いたにゃ?』
「……唯一の贈り物に深い情愛を感じたのだろう」
「よ、よかったなぁ……婆ちゃん……!」
ハンカチを再び出して泣き出したエリザベータを見上げ、ケットシーは小首を傾げた。
その様子を見て、絃二郎はケットシーへ伝えてやる。
「人は心の器以上の感情が溢れると涙になる。だからまだ浅い器を持つ子供は泣きやすいし深い器の大人も泣く」
これこのように、とイイ例と化しているエリザベータを軽く顎で差しながら。
「ぐす、確かに……」
『うつわ……あふれると、涙になるのにゃ……』
詩的な言葉も、具体的な話の後と実物の分かりやすさに、同時に納得するエリザベータとケットシーがいるのだった。
ドーナツを嬉しそうに頬張りながら去っていくケットシーを見送って、さぁ帰るかとスッキリした顔で歩き出したエリザベータへ、絃二郎から呟くような声がかかる。
「ヘイル、何故あんな説明をしたか解るか?」
「何故って、嬉しくても悲しくても涙は出るから?」
「悲しみや怒りは限界を超えると涙にならないからだ」
―― ……俺はそれをよく知っている。
特に理不尽で不条理な事柄に対しては尚更。くすぶる過去が顔をもたげた。
エリザベータが見上げる絃二郎の瞳が揺らいだ気がした。涙では無い。
じゃあ……なんだろ、この暗くて冷たい感じ……?
「……ゲンジ?」
自分を映していない瞳を覗き込む。しかしその正体は判らなかった。
だからエリザベータは『今』を紡ぐ。
「まだドーナツ残ってっからさ。持って帰るか?」
「……」
突拍子もない言葉。
絃二郎の瞳にエリザベータが映り込む。
呆れた色の他に無意識に、温度が戻ったように微か細められたように見えた ――。
●とある雨上がりの虹出る午後
「ケットシー、獲ったどー!」
『ふぎゃ!!』
バリバリバリッ、という音の後、八月一日 智 の腕の中で黒猫が毛を逆立てて暴れていた。
水田 茉莉花 は見守っていた自分を深く後悔する。
まさか足に巻き付き吊り上げるこんな形の本格罠だとまでは、思いもしなかったのだ。
「何やってるんですかこのバカチビ!」
「だっ!?」
すぱーん! とまるでハリセンの如く良い音を響かせ、茉莉花の平手打ちが智の頭のてっぺんにヒットした。
「嘘泣きでおびき出すだけじゃなく罠を作るって……これ完全に狩猟じゃないですかっ!」
「当たり前じゃねーか。相手は獣だぞ」
「ケットシーは猫だけど妖精です!」
目薬で濡れた瞳を拭きながらあっけらかんと言い放つ智から、ケットシーを奪うようにひったくり。
「ゴメンねケットシーさん。うちのバカチビが……怪我してない? これ、お詫びよ」
『にゃ?』
優しい微笑みと甘い匂いに、ケットシー、もう警戒解いて茉莉花の手からお菓子を受け取った。
「で、痛いとか悲しいとかの他に、泣く理由を聞いてるのよね?」
『にゃー』
「ねぇ……顔がスダレになったおれのことは気にかけてくんねーの?」
智の顔に見事に幾重にもくっきりついた赤い縦線を、茉莉花は華麗にスルーして問いかける。
茉莉花の足元に下ろされたケットシーは、こっくりと頷いた。
「たしか……安心して泣くってのがあったかな?」
『あんしん、にゃ?』
「保育士していたとき、お迎えでおうちの人が来たら、泣く子がいたから……」
『お迎えきて、なんで泣くにゃ??』
「ええとね、家族と離れてるのを我慢してて、その緊張の糸が切れてっていうか……」
ケットシーと視線合わせるようしゃがみ込みながら、必死に説明しようとする茉莉花の正面で、智が思い出したように口を開いた。
「そいえばみずたまり、あん時は泣いてなかったんだっけ?」
「あの時?」
もうっ今説明中なのに、とひと睨みするも、一度頭の中で逡巡させて。
すぐ思い至ったように茉莉花は顔を上げた。
「ああ、ほづみさんと初めてあったときか。あの時は、家も職も突然無くなっちゃって、びっくりしすぎて泣けなかったなぁ。
いまだにあのことは、夢なんじゃないかって思うくらい」
空っぽのフロア、消防車に囲まれた自分……実際何度も夢に現れた。
茉莉花は条件反射のように笑顔を作る。何かに押しつぶされないよう、自分の心を守る為に。
それが本来の茉莉花の笑顔とは違う事、今の智にはハッキリと見て取れた。
「ふぅん……じゃ、今泣けばいいじゃん」
「何よ藪から棒に……そんな急に言われても泣けないわよ」
「今は、おれん家だけど住む家もあるし。おれが勤めてる会社だけど職もあるから、安心して良いんじゃね?」
青天の霹靂。
泣いていい。そんな事を誰かに言われた事が、あの日から今まで一度でもあっただろうか。
衝撃を受けたように固まった茉莉花の頭へ、智の、見た目より広く温かな手が添えられる。
「頭そうされても、泣くわけ無いじゃない……泣くわけ……うう…」
あれ……あたしどうして涙が出てきてるんだろう……
泣いたって解決しないし、しっかりしなきゃって思ってたのに……
「……泣いちまえ泣いちまえ。みずたまりは、もうお先真っ暗じゃねーんだ、泣いていいんだぜ……」
ポンポンし続けながらのいつもより落ち着いた声色に、茉莉花の肩の力が抜けていった。
―― 出来ることなら一分、一秒でも長く、まりかの事を支えられるように……
―― そうか……過ぎた事でも、泣いてもいい……のかな。
それは智の存在がある今だから出来る事。
無意識に茉莉花の感情が、自分へのそれを許したのかもしれない。
茉莉花の滴る涙を見つめてから、ケットシーは次に智の方を見上げた。
多分、おねーさんはかなしくて泣いてる。
じゃあこっちの、意地悪な(※罠を根に持ったケットシー的印象)おにーさんは?
疑問いっぱいといったケットシーからの視線に気付いた智。
「ん? おれの涙か? これは、もらい泣きってんだ」
隠そうともせず、自身の頬を指さしながら智は答えた。
……こういうのもあるんだ、覚えとくといいぜ と。
ふみゅ、とケットシーが頷いてから暫くして。
気まずそうに顔を上げた茉莉花の涙は止まっていた。
かなしくて泣いてた。でも泣いた後のヒトはなんでかすっきりした顔をしてる。
何させんのよっ、と照れ隠しに智をポカポカ殴っている茉莉花の、雨上がりの虹のようにどこか晴れ晴れした表情を、
ケットシーはしっかり見つけたのだった。
●とある朝露光る人の少ない早朝
まだ日差しも優しく、うっすらとした木漏れ日のある木陰の下で、かのん と 天藍 はケットシーを見つける算段を話し合っていた。
「久し振りに会えるの楽しみです」
「前に会った時の格好にしたんだな」
「はい。……分かります?」
「当然だ」
普段、まとめてアップにしているかのんの、艶やかな黒髪が今はおりている。それはケットシーと初めて会った時の髪型。
ケットシーが覚えてくれていれば、警戒させずに済むかもしれないというかのんなりの配慮である。
天藍は以前の時のように、その髪をひと房すくっては指先に絡めてみる。
以前と違うのは、恥ずかしそうにしながらも、もう逃げられることはないということ。
天藍が髪に触れるのを照れた微笑みを浮かべ、かのんは許してくれる。
そう昔ではない懐かしさを感じていたのは、天藍だけではなかった。
(あの頃より天藍が近くにいる事が普通になっていて、少し不思議な感じがしますね)
あの時からずっと、真っ直ぐ想いを向けてくれていたのだと思うと、自然と表情綻ばせるかのんがいた。
「では、かのんの案でいこうか」
「良いんですか?」
「特に支障は無い」
話し合った末の策を決行するべく天藍は立ち上がる。
遮るものが少なそうな開けた散策路へ出ると、取り出した目薬をやや多めにさして……徐ろに手を眉間にあて俯いた。
男性が泣いている方が珍しいのでは、とは言ったものの、実際天藍が(目薬とはいえ)泣いている姿はかのんにとっても新鮮だった。
緑を背景に何だか絵になるような……とついずっと見つめそうになるのを、木陰に隠れたまま慌ててケットシーの姿を探すべく逸らしたり。
(かのんの弁当の方が釣るには確実な気もするが)
かのんの、そんな珍しくも愛らしい挙動不審仕草には残念ながら気付くことなく、天藍は周囲の気配に気を配る。
そうして暫くして、まんまと男性の泣き姿を拝むべく近づいてきたケットシーが、天藍の片手に流れるように捕まった様があるのだった。
『にゃー! 前に食べた、具いっぱいのパンにゃ!』
「覚えてて下さって嬉しいです。オープンサンドは沢山ありますから、お好きに食べて下さいね」
「かのん、このクラムケーキにはもしかして」
「はい。カルヴァドス、入れてありますよ」
とりあえずお弁当でも食べませんか、とケットシーをお誘いして。
ケットシーだけでなく天藍の好きな物でもありますから、と本日のお弁当チョイス理由をはにかみながら述べるかのんへ、
愛しそうに微笑みを向けてから。
かのんが背負っていた金平糖模様あしらったバックを、自身のキーホルダー兼バックハンガーを使って汚れないよう
幹の出っ張りへ引っ掛けてやって、天藍も一人と一匹の間に腰を下ろした。
「便利なキーホルダーですね。ありがとうございます」
「気にするな」
『このリンゴと木の実入ったケーキも、たべていいにゃっ?』
「勿論どうぞ」
ケットシーのお腹がすっかり落ち着いた頃を見計らって、かのんは優しく諭すように語りかけた。
悲しい事だけじゃなく、何かに感動した時や嬉しい事でも涙は出る事。
「私の場合は、死別した両親の事を思い出した時、何気ない日常の中で綺麗な風景を見た時でしょうか」
『しべつ……っていうのは、かなしいことじゃないにゃ??』
「そうですね。悲しい事でしたけれど……温かい思いも感じられるように上書きしてもらったんです」
両親という言葉に、寂しく思わないよう傍にいると示すように握られた手の主へ、かのんは幸せそうに視線を合わせる。
もしも悲しくなっても、今は受け止めてくれる人がいる。
それを感じるだけで、もうかのんにとって両親の事は悲しいだけの思い出では無くなっていたのだ。
「それから……一緒にいたいと望んでいた天藍からプロポーズされた時」
『にゃ! ぷろぽーず!』
少し頬を染めたかのんよりも、何故かケットシーが照れた。
「きっと、心の中にある器から溢れた気持ちが涙になるんだと思います」
『うつわ……』
「気持ちを分かち合える人がいたら、溢れた分心に温かい物が満たされると思うから」
それを教えてくれた天藍の手を握り返し、かのんは微笑んだ。
―― 本当に、強く、美しい。
天藍はかのんへ微笑み返しながら思う。以前よりもっと、日を重ねる毎に、その表情は変化すると。
泣いている人には悪戯じゃなく寄り添ってあげて欲しい、とかのんが告げたところでケットシーがしょんぼりした空気を感じれば
彼女に見蕩れていた視線を、そっとケットシーへ移して会話に加わった。
「知りたいと思うのは構わないが無理に泣かせようとするのは感心しない」
『うにゃ……』
反省の体で尻尾と耳が垂れたのを見て、天藍とかのんはクスリと零してから
同時にケットシーの頭を、背中を、わしゃわしゃと撫でてやる。
分かち合える人、ケットシーにも見つかるといい。そんな願いを込めてやりながら ――。
●とある爽やかな風通る夕暮れ時
「手っ取り早く、泣いてケットシーさんを誘き寄せましょう!」
「それはいいが、出来るのか?」
「う……いざとなると難しい、ね……」
桜倉 歌菜 が唸りながら、必死に涙を出そうとするも中々出ない様子を見て
ふむ、と思案する 月成 羽純 。おもむろに、その耳元へ己の口を寄せると、
「困っている歌菜……可愛いな」
「ふえ?!」
たっぷりの愛情込めて、トドメと言わんばかりに『好きだよ』と囁いた。
「って、羽純くん!?」
「いや。恥ずかしがらせれば涙が出るかと。勿論、俺の本心だけど」
「ふえええ!」
まんまと涙目になった歌菜を見やれば、心の底から『可愛いな』としみじみする羽純である。
そんな背後から、恐る恐る近寄ってくる二足歩行の黒猫一匹。
泣いているヒトがいるけれど、二人の醸し出す雰囲気はとても温かい。きっと喧嘩じゃ無い。やさしいヒトたちだ、と判断したようだ。
「あ、ケットシーさん、来てくれた! こんにちは!」
『にゃ? うにゃ♪』
自分が待たれていたとは思わなかったケットシー、驚くも歌菜の笑顔につられるように続いてにっこりお辞儀。
可愛い♪
いそいそとケットシーへ近寄ってから、歌菜は切り出した。
「私たち、ケットシーさんとお話しに来たのです。最近、涙が気になってるんですよね? なので、私の涙話でもと思いまして……」
『教えて、もらえるにゃっ?』
目を輝かせたのを見て、嬉しそうにしてから歌菜は話し出す。
「えっとまず、さっきちょっぴり涙が出たのは、恥ずかしいのと嬉しいのが混じったと申しますか……」
ちゃんと先ほどの涙の理由も織り交ぜてから。
「恋をすると涙が良く出ます。羽純くんの事を想うと、胸がきゅっとなって……幸せで嬉しくて涙が出ます。
切なくて、涙が出ます。その涙は嫌な涙じゃないんです。幸せの涙っていうか……」
『しあわせの、なみだにゃ?』
「溢れる想いが涙になり落ちるのです」
ケットシーの問いにコクリと頷いてから歌菜はふと思い出す。
あのチョコレートの香水をもらった時も……驚くよりも幸せ過ぎてそれが溢れてきた感じだった。
でもこの想いをケットシーさんに、具体的に説明出来るだろうか。
歌菜が思案している中、羽純も遮らないよう窺ってから補足するように繋げた。
「歌菜の涙は分かりやすい。恥ずかしがりだから、羞恥心がわっと頂点になると涙が出るな……」
「うう……だって羽純くん相手だと余計に……」
知ってる、とにっこり笑ってから。
「あと、感動しても涙が良く出るな。一緒に映画なんかに行くと、よく登場人物に感情移入して泣いてる」
『かんじょー、いにゅー??』
「感情移入ってのは、共感する事だ。例えば……」
羽純、突如歌菜の耳にふっと息を吹き掛けた。
ひゃああっ、と再び涙目になった歌菜を微笑ましそうに目で指して。
「な? 可愛いだろ?」
『おもしろいにゃ!』
「これが共感、……て、うんっ? ああ……なる程」
即答するケットシー。
まぁ面白いもあながち間違いじゃないか、と顎に手をやる羽純へ『ええ?! ひどい羽純くん!』と歌菜の異議が飛んだ。
それすら楽しそうに受け止めながら、羽純はケットシーへ説明を足してやる。
「つまりは、自分が『面白い』と思ったことを他の人間も『面白い』と、同じように感じる事。それが共感だ」
『にゃ!』
すっかりケットシーを納得させた羽純へ、歌菜の涙で滲んだ瞳が色々訴えていた。
それに気づけば宥めるように、その頭をぽんぽんと撫でてやる羽純。
「そんな顔するな、悪かった。歌菜が可愛いから、悪戯をしたくなるんだ」
「今日の羽純くん、悪戯多くない?」
「歌菜から良い香りがするからつい、っていうのもあるな。顔を寄せるたび、少し違った香りになってる気がしたから……」
「あ、うん。確かに、今日は香水つけてみてる、けど」
「良い匂いだ。さっきより微かな甘さが加わってるのが、歌菜に似合ってる」
羽純、味や見た目でなく匂いにも敏感でないとバーテンはやっていられない、とばかりな伊達な嗅覚である。
ストレート過ぎる言葉続きに、もはやゆでだこKO寸前な歌菜がいた。
ああでも、と羽純の方は思い出したように付け足してケットシーを振り返る。
「悪戯といっても、恋人だから許される悪戯だ、気を付けてくれ」
『にゃー』
「そうだ。ケットシーさんも恋すれば分かるかも」
「こい……にゃ?」
顔を真っ赤にしたままもじもじしていたが、ふと思いついたように歌菜もケットシーへ伝えてみる。
しかして、ケットシーへ今度は『恋とはなんぞや講義』を執り行う羽目になる二人がいたとか ――。
●
黒猫は思い出す。たくさんの話を聞かせてくれたウィンクルムたちの事を。
嬉しい涙、幸せの涙、もらい泣きという涙、安心の涙、感動の涙…………
黒猫なりにはっきりと分かったことは、ヒトは心の中に器があって、そこに何かの感情がたまって溢れるとそれが涙になるということ。
どんな感情か、が涙の種類なのだということ。
それから一週間程経った頃。
プリメール自然公園では、ケットシーの困った悪戯の噂をもう聞くことはなかった。
その代わり一時、やたらカップルたちからケットシーの目撃情報が湧いていたとか。
はてさて、今度はどんな疑問をもってヒトを観察をしているのやら ―――。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 蒼色クレヨン |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 05月03日 |
出発日 | 05月09日 00:00 |
予定納品日 | 05月19日 |
参加者
会議室
-
2016/05/08-23:03
-
2016/05/08-23:01
-
2016/05/08-22:05
-
2016/05/07-03:52
うぃーっす、エリザベータだぜ。
ゲンジと一緒に行くぜ、よろしくなー。
こういうのは年の功が頼りになりそうだから呼んだけどなんかあるかな…べ、別に黒猫系のテイルスだから話が通じるんじゃないかとかそんな事は考えてねぇぞ?
(背後からは疑惑の眼差しが向いている)
……うしっ、頑張るか -
2016/05/07-01:27
桜倉歌菜と申します。
パートナーは羽純くんです。
皆様、宜しくお願いいたします!
私達は、実際の体験談を話そうかなって考えてます。
でも、意外と説明って難しいかもですっ
良い一時になりますように! -
2016/05/06-20:41
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2016/05/06-20:41
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2016/05/06-20:07
こんにちは、パートナーの天藍とかのんです
ケットシーに会うのは久し振りになるのですけれど……何をお話ししましょう?
お出かけまでにゆっくり考えようと思います
どうぞよろしくお願いしますね