
広場へと降りれば、まず潮風の香りが鼻腔をくすぐった。その香りに顔をあげれば眩しいばかりの陽光が海から空から目に刺さる。耳をすませばウミネコがみゃあみゃあと鳴き交わすのも聞こえてくることだろう。そう、あなたがたは海辺の広場へとやってきたのだ。
「もうすっかり初夏だね」なんてやりとりをしながら二人は広場をゆっくりとそぞろ歩く。海水浴にはまだ早いが、潮風を楽しむのはいつだっていいものだ。まったりと海を眺めるのもいいし、近くの屋台でアイスでも食べるのも悪くないし、飛び交う海鳥に餌をやるのも楽しいだろう。
ここでどうやって過ごそうか。そんな風に考えていると、ふと古びた洋風の店が目に留まった。鮮やかな緋色の看板には金色の美しい筆記体で“Stationery Tithonia”と綴られている。訳せば「チトニア文具店」といったところだろうか?
どこか周囲から浮いた雰囲気に興味をそそられ、あなたは店内を覗き込んだ。
薄暗い店内に備え付けられた棚には、ところ狭しと色とりどりのインク瓶が並べられていた。もっと奥に目をやればいくつかの羽も見える。それが羽ペンだと分かった時、店奥の暗がりから一人の男が顔を出した。
「いらっしゃいませ。インクをお求めですか、それとも羽か万年筆?」
やたらと深みを帯びた声で店主が説明した所によれば、この店は羽ペンと万年筆、またそのインクを専門に取り扱っているらしい。
それは文具店ではなくペン屋では? なんて内心のツッコミをよそに、店主は続ける。
店主の語る所によれば、この店の売りどころはインクの調合なのだという。
「あなたの思うままの色をここで作ることが出来るという訳です。仕事に使ってもいいし、
メモ用に扱ってもいいし、誰かに言葉を送ってもいい」
そう言って彼は赤い花の生けられた花瓶の足元を示した。その下に目を向ければ、ちょこんとメッセージカードが備え付けられている。「こちらはサービスでおつけします、試し書きに使ってもいいですし」と彼は焦茶色の目を微笑ませて言った。さて、どうしたものだろう?
●概要
潮風香る広場の一角にある文具店でインクを調合してみよう……というお話になります。
やる事としては
1二人でインクを選んでみる
2一人がインクを選んでプレゼント
3一人がインクを選び、それでメッセージカードを書く
のいずれかになると思います。
2や3で片方に待っていてもらう時はカモメに餌をやるなり海を眺めるなりアイスを食うなりして海辺の公園でまったりしていてもいいと思います。そっちは料金設定も特にありませんので。
●料金
インクの調合代として300 Jr頂きます。また、万年筆及び羽ペンが50 Jrで購入できます。
こんにちは。悪筆の月村真優です。ウィンクルムの皆さんはどんな文字でどんな文を書くのか気になるな、なんて思っていたらこんなプロローグが出来上がっていました。文字にはそれぞれ個性が出ますよね。
汚い字とはいえ、羽ペンも万年筆も書いていると中々楽しくて良いものです。……まあ、このプロローグはシャープペンシルとWordで書いたんですけど。
そうそう、こちらの世界ではカモメに餌をやっても問題ないですが(躾が行き届いているのでしょう)現実でやってはいけない所も多いのでそれだけはお気をつけてくださいね。
それでは皆様のプランを楽しみにお待ちしております。
◆アクション・プラン
七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)
![]() |
(潮風を感じながら、インクのお色を選べる……うはふ、素敵な時間ですね) その分だけ、どんなお色にするのか、すぐには決められませんでした。 悩んだ結果、黒の万年筆を選び、インクを翡翠色になるよう調合してみます。 どうやって調合するのかは、お店の人に尋ねて教わりましょう。 待たせていた翡翠さんに声をかけ、一緒に海辺の公園を歩きましょう。 人気のない所まで。 そして出来たばかりの万年筆をメッセージカードと共に両手で渡す。 翡翠さんの顔を見つめる。 (あなたは、どう思っているのですか?) もし、否定されたら……そんな不安が胸を過りました。 涙を滲ませながらも途切れ途切れに言う。 「これからも……よろしくお願いします……ね」 |
![]() |
私は使わないけど。(小首を傾げる ルシェは使ってた、よね。(見上げる (少し目を泳がせてから、頷く 私は使わないから、「ルシェの、好きな色とか」 何色が好きなんだろう。 私は、似合わないけど。「青とか」 「最近は、赤と橙色も好き」 (ルシェの好きな色が意外で、目を瞬く なら、赤かな。(赤のインク瓶に手を伸ばす 「?」(見上げる 「そんな色でいいの?」(首を傾ぐ 地味な色だけど。ルシェがいいなら、いいかな。 私は。調合してみたいだけ、だから。 できた。「これで合ってる?」 なんか、どこかで見たような色。 どこで見たんだっけ。(考え込む カード、私に? ……。(理解し、段々顔が赤くなる なんでだろ。これ、恥ずかしい。(片手で顔を隠す |
![]() |
心情 素敵な雰囲気のお店ですね! 羽ペンって魔法使いみたいで憧れます。 行動 モルさんと一緒に店内の商品を見て回ります。 そういうことでしたら、私がインクを選びましょう! モルさんの嫌味は、いつものことですね。 ええ。好きなインクの色を自由に選ぶこともできない頭の固いモルさんのために、私が協力してさしあげますよ。 インクの色はマゼンタ系の鮮やかなピンク。 明るく発色し、にじみにくい品質を目指して調合。 一通り文句を聞いた後で。 それでこそ頭をひねって色を選んだ甲斐があったというものです。 さあ、お渡しします。 モルさんなら絶対に選ばないはずだった色のインクです。 色は変わったものにしましたが、書き心地には気を配りました。 |
![]() |
1 インクの調合ですか。面白そうですね 羽ペンも万年筆も持っていませんが どんな色が出来上がるのかには興味があります 私だったら黒系統でしょうか 何に対しても使えるでしょう 消耗品は使ってこそです だから私は柳楽の意見を聞きたいです 私はもう考えが固まってしまっているので あの色とりどりのインク瓶を見て、貴方はどう考えるか知りたいです なるほど、そういった考え方もあるのですね じゃあ混ぜましょうか これで合作ですねと微笑み インクがあっても使うものがなければと万年筆購入 なくなったらまた新しく調合すればいいです その時は、また別の色になるのかもしれません 今度は一体どんな色になるのだろうって そう考えるのもまた楽しいですね |
![]() |
2 ふんふん。なるほど。インクかぁ…… そういえば、テレンスは筆談でたまに万年筆を使っている そろそろインクのボトルが底を尽きそうになっていたことを思い出す (あ、丁度良いかも) 色があるのもたまには悪くないんじゃないかと思い、相方のイメージカラーだと思う、紫にしてみようと思い至る ただし、黒みがかった紫 (うーん…シュール) 公園でカモメに餌をやる相方の姿を見つけて、笑ってしまう やっほ。待った? テレンス 首を左右に振る相方に、そっか。と微笑む はい。テレンス、これあげる 調合したインクを相方に差し出し もう、ボトルが底尽きそうになってたでしょ? 気持ちばかりだけどいつも助けてもらってるお礼 いつもありがとう |
●『ボルドー』(風架、テレンス)
海辺を二人歩いていて、ふと深紅の看板が風架の目に止まった。興味を惹かれ、後ろに従っていたテレンスに「ちょっと待ってて」と声をかける。テレンスは一つうなずくと『わかった』とスケッチブックに書いて見せた。彼はいつも筆談で会話を行う。今回は万年筆か。
テレンスに見送られ、彼女は文具店へと足を踏み入れた。店主の説明を聞きながら考える。
「ふんふん、なるほど。インクかあ……」
今日のように、テレンスは筆談でたまに万年筆を使っている。先ほど見た文字はかすれた様子もなく黒々としていた。だが、そろそろあのインクボトルも底を尽きそうだ、という事を彼女は知っている。というか今思い出した。
(あ、丁度良いかも)
時には色が付くのも悪くないだろう。調合する、と告げると、店主は道具を広げ始めた。
「どのような色に?」
「うーん……紫で」
相方のイメージカラーは紫だと、風架は内心思っている。
「紫ですか。神秘性か、高貴さか、それとも……」
店主は口の中で呟きながらいくつものボトルを並べていった。紫陽花、菫の紫から宵空の紫まで。限りなく青に近い紫からほとんど濃赤、そして明るいものから暗いものまで色とりどりだ。風架はテレンスの事を思い浮かべながら思案する。
「黒みがかった紫にします」
いくつかの深い色のインクを三種類ほど混ぜ合わせて、その後一滴一滴ごとに試し書きを繰り返し、風架の思い浮かべる色に近づけていく。大体近づいたかなと思ったとき、一つのボトルが目に留まった。深みを帯びた赤紫だ。
「葡萄酒色ですか」という声に頷くと、店主はそれを一滴調合中のインクに落とした。差し出されたインクに、風架はペン先をそっと浸した。試しに曲線を一本引いてみれば、しっかりした黒を帯びながらもそれでいて鮮やかな紫が軌跡を描く。この色ならイメージ通りだ。
「この色で宜しいですか?」
風架はそれに頷いた。
「ご来店、ありがとうございました」
ボトルに詰めなおしたインクを手に店を出れば、途端にさんさんと降り注ぐ太陽の光が目に突き刺さった。ちかちかする目でテレンスの姿を探せば、案外その後姿は容易に見つかった。どうやらすぐ近くで待機していたらしい。風架は一歩二歩と歩み寄り、そこで思わず足を止める。
(うーん……シュール)
テレンスはカモメに餌をやっていた。身長180 cm超の男がフードを被って海鳥に餌をやっているのだ。思わず笑ってしまう。
「やっほ。待った? テレンス」
問いかけにテレンスはふるふると首を横に振った。「そっか」と微笑めばテレンスの纏う雰囲気が柔らかくなった気がする。
「はい。テレンス、これあげる」
テレンスは首をかしげつつ封を開けた。姿を現した濃紫のインクを手に、不思議そうにこちらを見る。受け取っていいのか、と問いかけているようだ。
「もう、ボトルが底尽きそうになってたでしょ? 気持ちばかりだけどいつも助けてもらってるお礼」
そう言うと、意図を理解したのだろう、少し遅れて彼はふっと笑った。そうして万年筆を取り出すと入っていたインクを惜しげも無く拭い取り、封を開けた紫のインク瓶にその先端を浸す。そうして万年筆のインクを替えると、さらさらとスケッチブックに文字をしたためはじめた。その様子をどこか緊張した面持ちで風架はただ見つめる。
こちらに向けられたスケッチブックには二言だけ、簡潔に。
『ありがとう。嬉しい』
思い描いた通りの紫色が陽光の下で、くっきりと優しさを伝えていた。
「いつもありがとう、ね」
そう言うと、今度はその下に柔らかみを帯びた紫色の字が「こちらこそ」と続いた。
ちなみに、後に彼が明かした所によれば。
「母の日に子供から物を贈られる母親の気持ちが少し分かった」んだそうな。
●『ジェイドグリーン』(七草・シエテ・イルゴ、翡翠・フェイツィ)
万年筆という物は、少し特別な贈り物の中では一種の定番だ。その上にこの店では自らで調合した、思いを乗せたインクでメッセージカードを綴る事が出来るのだという。
店主の説明に心惹かれるものを感じたシエテは少し思案する。インクの色を選ぶ、というのも魅力的だったが、それとは別にも思惑があった。直接では伝えにくい想いであっても、文字でなら一息に伝える事が出来るのではないか。それが色を乗せたものなら尚更だ。
「翡翠さん。万年筆が出来るまで、待っていてくれませんか」
心を決めたシエテは翡翠にそう頼んだ。それに頷いた翡翠を見送ってから、まずは万年筆を選びにかかる。
(潮風を感じながら、インクのお色を選べる)
はふ、と一息ついてシエテは万年筆の並ぶ棚を見回した。
(素敵な時間ですね)
どんな色のものにしようか。愛らしくて派手なピンクから落ち着いた焦茶色まで、いろいろな万年筆が棚の上から彼女を見下ろしている。選ぶのは楽しい時間だが、いや、楽しい時間だからこそ、なかなか決められない。
あれこれと悩みいろんなものを手に取って考え、ようやくシエテはシンプルな黒の万年筆を選んだ。そうしてインクの調合にかかる。色はもう決めてあった。
「翡翠色にしたいのですが、どの色を混ぜれば?」
「翡翠ですか。確か、先ほどの彼も」
緑色のインクを選びながら店主は問う。そう、彼が名に冠する色だ。
「ええ、翡翠です」
「ならばこのジェイドグリーンを基本色にして、このあたりで調整するのが良いと思いますよ」
「なるほど。ありがとうございます」
店主に教わりながら、色を作り上げていく。尋ねながらやったからか、すんなりと翡翠色のインクは完成した。さっそくシエテは万年筆にインクを詰め、ペン先を滑らせ始める。
カードを書き終えて店を後にしたシエテは待っていた翡翠へと声をかけた。
「お待たせしました。よければ、少し歩きませんか」
そう言って海辺の公園をゆっくりと二人で歩く。歩く間、翡翠は見かけた鳥の話をしていた。カモメに餌をやっていたのだという。どこか遠い目をして語る彼に、何か考え事でもしていたのかもしれないなとシエテは思った。
人気のない場所までたどり着いた所で、シエテは改まって「翡翠さん」と呼びかける。
「受け取って、もらえますか」
こちらに向き直る翡翠に、彼女はそっとカードを添えた万年筆を渡す。
そうして彼女はメッセージカードに目を落とす翡翠の顔をじっと見つめていた。
彼女が綴ったのは今までのことだ。神人でありながら自分の事ばかり考えていて、彼を労らずにいた事、ウィンクルムとしても個人的に彼に対しても貢献できていない事に対しての謝罪と自責。そして、それ以上に深い、3年間の感謝。
こんな自分でも今日までウィンクルムを続けていく事が出来たのは、翡翠がいたから、彼が支えてくれたからだ。これからも自分の傍にいてほしい、その想いをこめて万年筆を贈ります、と。
彼が読み進めていくのをただ彼女は見ていた。翡翠が「これからもよろしくお願いします」と締めくくった最後の一文を読み終えたのがわかる。だが、その表情は読み取れない。まだ動かない彼を見ていて、不意に不安が胸をよぎった。否定されたら、自分はどうすればいいのだろう。
(あなたは、どう思っているのですか?)
不安に潰れそうになった時、彼が顔をあげた。そのままそっと優しく口づけを落とされる。「ありがとう」という掠れた囁き声が聞えた。
見開いた目に涙が滲んだのが自分でもわかった。鼻声になりそうなのを押し隠しながら、途切れ途切れに彼女は応える。
「これからも……よろしくお願いします……ね」
そう言って彼に抱きつけば、背中に優しく手が回った。
●『ダークブラウン』(ひろの、ルシエロ=ザガン)
「この店ではオリジナルのインクを調合する事が出来るんですよ」
店主の説明に相槌を打ちながら、ルシエロは万年筆を選ぶべく器具を確認していた。ひろののその様を後ろから眺めていると、ふいに赤い長髪が揺れて彼がこちらを振り返る。
「どうした。ああ、やってみるか?」
少し考えて、ひろのは「私は使わないけど」と呟く。だが、ルシェなら万年筆を使っていた気がするし、今後そのインクを使う事もあるだろう。彼女は少し目を泳がせてからこくりと頷いた。
「どんな色を作りたい」
「ルシェの、好きな色とか」
自分は使わないのだから、使うルシェの好きな色にすればいいんじゃないか、と思う。……そういえばルシェが好きな色は何色なんだろう? そう思って見上げたが、逆に問い返される。
「オマエは何色が好きなんだ」
最初に思い浮かぶのは青色だ。あまり自分には似合わない気もするが。
「青とか。……最近は、赤と橙色も好き」
最近私物に赤系統のものがちょっと増えたのを思い出して付け加えた。何となく落ち着く気がするのだ。そう告げるとルシェはなんだか嬉しそうに小さく笑った。何なのか。
「オレが好きな色は赤と白だな」
思わず目を瞬く。意外な感じがするが、ともかく、二人の共通項は間違いなく赤色だろう。
「なら、赤かな」
ひろのは並ぶ赤色のインクたちの中から何となく目についたワインレッドの瓶に手を伸ばした。だが、横から伸びてきたルシエロの手が軽く彼女の手を掴んでそれを制止する。
彼女は頭上に疑問符を浮かべてルシエロを見上げた。
「作るなら黒に近い焦げ茶だ」
「そんな色でいいの?」
曰く、使うならその方がいいらしい。彼が使うにしては随分と地味な気がするが、まあ彼がそれでいいのならいいだろう。
(私は。調合してみたいだけ、だから)
いくつかの色を選び、試し書きをしながら色を整えていく。黒に近い焦げ茶。どのくらいの濃さにするべきか。黒に近づけすぎると色が潰れる気がする。
「このシリーズのものはわりと黒くなりすぎないのでお勧めですよ」
そう言って店主がいくつかの茶色を並べた。
「そうなんですか」
「ええ。暗い所ではただの黒に見えますが、陽光に透かせば茶色っぽくなります」
何やら店主とルシェが目配せしていたような気もするが気にしない事にする。
陽光には到底叶いませんが、といいながら店主は手元にランプを一つ増やした。光に透かして見れば、思っていたより目指した色に近づいていたようだ。さらに少しだけ調整を加えてより暗くすれば出来上がりだ。わりと作業は楽しかった。
できた、と呟いて一呼吸。
「これで合ってる?」
「ああ、この色だな」
ルシェに見せれば彼は何故かひろのの方とインクを見比べてから満足げに頷いた。それにしても、とひろのは考え込む。
(なんか、どこかで見たような色。どこで見たんだっけ)
彼に指定されて自分で作った色だが、別の場所で見た気がする。それもつい最近のことだ。そして、ルシエロと店主は気が付いている気がしなくもない。一体何だ。
考え込んでいる間に、ルシエロは会計を済ませていたようだ。ついでに見ればさっそく調合したインクを使って何かを書いている。気に入ってもらえればいいのだが。
「ヒロノ」
店を出て歩き出したところで、不意に名前を呼ばれた。何かと思うと、すっと一枚のカードを差し出される。……私に?
『Your color』
差し出されたカードにはその二単語だけが流麗な筆記体で記されていた。陽光の下で見るそれは先ほど作った焦げ茶色。潮風に揺れる前髪を払って考える。
(私の、色)
「オマエの髪の色だ」
「……、」
理解が追いつくのと同時に、顔に血が昇っていくのを感じる。
「なんでだろ。……これ、すごく」
恥ずかしい。耐えられず顔をカードを持っていない方の手で覆い隠す。
この反応は想定通りだったのだろうか。その指の向こうで、仕掛け人たるルシエロが満足げにくつりと笑ったのが見ずともわかった。
●『ショッキング・マゼンタピンク』(エリー・アッシェン、モル・グルーミー)
山育ちのモル・グルーミーにとって、潮風の香りというのは初めてのものだったらしい。何度も珍しそうに視線を巡らせていた彼だったが、やがて一点に目を留めた。神人エリー・アッシェンがその視線を追ってみれば、その先にあったのは“Stationery Tithonia”と綴られた看板だ。
モルは暫くの思案の後にそちらへと足を向けた。エリーもそれについていく。
陽光眩しい外とはうって変わって店内は薄暗く落ち着いた色調だった。近くの戸棚に目を向けるといくつもの羽ペンが並べられている。
(素敵な雰囲気のお店ですね)
店内をモルと一緒に見て回りながら、エリーは近くの羽ペンを眺めていた。深く暗い緑色、まるで鬱蒼とした森のような色だ。なんだか魔法使いみたいだ、なんてちょっと彼女は羽ペンに憧れていたりする。その矢先、ちょうど眺めていたものを取り上げられた。
「羽ペンを買おう。今使っているものが古びてきた」
彼も羽ペンユーザーであったか。今度使っている所を見てみたくもある。そちらに目を向ければ、店主がオリジナルインクの調合について説明を始めた。
「珍しい色が欲しいのに、結局は無難な黒を選んでしまうな……」
インクの棚をゆっくりと見まわしたモルの呟きに、エリーはひょいと進み出た。
「そういうことでしたら、私がインクを選びましょう!」
モルはエリーの顔を見下ろし、「ほほう」と応じる。
「我に神人のセンスを批評する機会を与えるとは、勇気のある申し出だ」
中々の迫力とプレッシャーに満ちたセリフだったが、別に彼女が怯む事はない。もう慣れっこだ。
「ええ。好きなインクの色を選ぶこともできない頭の固ぁいモルさんのために、私が協力してさしあげますよ」
モルさんは楽しみにしてその辺で待っていてください、と言いくるめて彼を店外に追い出す。振り返れば店主がどこか面白そうに二人のやり取りを眺めていた。
「珍しい色、ですか。どんな色になさいますか」
「そうですね。鮮やかで明るい色にしようかと」
ビビッド系ですね、と言って店主は眼が痛くなるほどビビッドなインクの並ぶ一角へとエリーを案内した。その中で、一際鮮明な濃いピンク色が目についた。迷わず手に取る。
「明るく発色して、にじみにくいようにしたいんです」
店主は一つ頷くと、店主はぱらりと細かい結晶をインクに落とした。紙との相性もあるが、ある程度にじみにくくなるらしい。ただし色合いが少しだけ鈍くなるので、他のインクを足してより鮮やかに、より明るくしてやる必要がある。
明るいピンクのインクを選び、一滴垂らしては試し、時たま結晶を追加する。それを何度も何度も根気よく繰り返せばついに完成だ。ラベルを付け、店を出る。さあ、モルはどんな顔をするか。
モルの姿を探せば、彼は海辺で飛び交う海鳥を眼で追っていた。「モルさん」と声をかけ、インク瓶を差し出す。
「お待たせしました」
彼は振り向いて、インクのラベルに、その色に目を落とす。そこで彼は完全に凍りついた。写真を撮れば「唖然」というタイトルと額縁をつけて飾れそうな表情だ。
「……ずいぶんと派手な色だな」
皮肉を言おうとして固まっていたらしい口がようやく動いた。解凍が終わったらしく、いつもの皮肉と毒舌に溢れた文句が並びたてられていく。
「我が望んだのは画材ではなく、筆記用のインクなのだが?」
そう締めくくってモルはエリーの顔を見下ろした。一通りそれを聞き終えたエリーはにっこりと微笑む。
「それでこそ頭をひねって色を選んだ甲斐があったというものです」
なおも憮然としているモルに、エリーは瓶を差し出す。
「さあ、お渡しします。モルさんなら絶対に選ばないはずだった色のインクです」
色は変わったものにしましたが、書き心地には気を配りました。そう言って彼の出方を窺う。しばらくの沈黙が流れ、そして。
「…………受け取っておこう」
いかにも渋々、という風にモルは瓶を受け取った。それで充分だ。
●『グリーンブラック』(シェリー・アトリール、柳楽 源)
青い空、青い海、白い石畳の街道。チトニア文具店は忽然と佇んでいる。目につく鮮やかな深紅の看板に、思わずシェリーと源は足を止めた。そのまま誘われるように、二人は一緒に店へと並んで足を踏み入れる。
「こんなお店があったんだね」
棚に並んだ色とりどりのインクに感心したように源が言う。圧倒的な眺めだ。
店内を眺めまわしていると、奥から顔を出した店主がこの店ではインクの調合もやっているんですよ、と言った。
「インクの調合ですか。面白そうですね」
「そうだね」
二人は顔を見合わせ、やってみると決めた。
「どんな色が出来上がるのかには興味があります」
シェリーは羽ペンも万年筆も持っていないが、これを機に手を出してみるのも楽しそうだ。
「俺も使うのはインクの準備がいらないものばかりだから楽しみだよ」
どんな色が出来上がるのか。二人は微笑みあった。
「では、どの色を使いますか」
「私だったら、黒系統でしょうか」
店主の問いに、シェリーは迷うことなく複数ある黒の中でも最もシンプルなブラックを選んだ。
「これで」「……速いね?」
見れば面食らった顔で源はこちらを見ている。
「何に対しても使えるでしょう。消耗品は使ってこそです」
「たしかに」
理に適っているね、と源は答える。感心しているのか、ちょっと呆れているのか。シェリーは「だから私は柳楽の意見を聞きたいです」と語った。
自分はもう考えを固めてしまっているが、彼ならこの立ち並ぶインク瓶をみてどう考え、何を選ぶのか。その選択を、考え方を知りたいのだ。
「俺だったら、か」
改めて悩むその横顔を、揺れる視線の先をシェリーは追いかける。しばらく考え込んだ末に彼が手に取ったのは深緑のインク瓶だった。
「ビリジアングリーンですか」
「目に優しい色。この色で文字を書いたら見た時に心も優しくなれそうかな、って」
源はそう言いながら手に取った瓶をシェリーの手のひらの上にそっと置く。確かに、この深い色にはどこか心を落ち着けるような佇まいがあった。
「なるほど、そういった考え方もあるのですね」
手の中にある緑をランプの光にかざしながら、シェリーはそう呟いた。光に透かせば緑のインクが柔らかく彼女の目を休めてくれる。彼女はそれを自分が選んだ黒のインク瓶の横に置いた。二つの瓶がちんまりと机上に並ぶ。
「じゃあ、混ぜましょうか。これで合作ですね」
そう言って微笑みかければ、少し驚いた顔をしていた彼もつられたように微笑みを返してくれた。二人で試し書きを行いながら、比率を決めていく。出来上がったのは限りなく黒に近い緑とも、緑を帯びた黒とも呼べそうなうつくしい色だった。
せっかくインクがあっても、使う者がなければただの小さなインテリアだ、と二人は万年筆を一本ずつ購入した。なんとなく、色違いのお揃いだ。
「ご来店、ありがとうございました」
店主に見送られ、それぞれにインクと新しい万年筆を持って店を出れば、隣から「少し使うのが勿体ないな」という呟きが聞こえてきた。
「なくなったらまた新しく調合すればいいです。……その時は、また別の色になるのかもしれません」
「今度か……」
そう、一緒に居ればまた「今度」が巡って来る事もあるだろう。その時はどんな色になっているだろうか。次に彼はどんな色を選ぶのだろうか? そして彼女は黒以外を選ぶ事もあるのだろうか?
同じ色を選んだとしても、日が違えばまた配合が変わるかもしれない。それはどんな色になるだろうか? もっと明るい翡翠色だったりするかもしれないし、もしくはもっと黒味を帯びた深い紫になったりするかもしれない。今はまだ、誰にもわからない事だ。
同じ潮風の中、似た様な事を考えていたのだろうか、それとも別の思考があったのか。
源はただ、「それも素敵だね」と笑って答えたのだった。
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 月村真優 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 04月28日 |
出発日 | 05月05日 00:00 |
予定納品日 | 05月15日 |
2016/05/03-23:59
シェリー・アトリールです。
どうぞよろしくお願いします。
どんなインクにしましょう。
実用性、見栄え、感覚。何を重視するにしても個性が出る事でしょうね。
2016/05/02-23:41
2016/05/01-21:38
エリー・アッシェンです! よろしくお願いします。
羽ペンって格好良いですね。
見た目に憧れてはいるものの実際に使うとなると……どんな感じの使い心地なんでしょうか?
楽しみです。
2016/05/01-15:27
2016/05/01-14:53