My Hometown(木口アキノ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 遠方での依頼を無事に終えた帰りの列車。あなたは窓の外、流れてゆく風景を眺めていた。
 懐かしい景色だった。
 偶然にもそこは、あなたの故郷の近くであった。
 故郷で過ごした日々を思い返しつい無言になっていたそのとき、列車は小さな駅でゆるりと停まった。
『ご乗車の皆様、大変申し訳ありません。タブロス行きの本線はこの先、踏切の不具合が発生したため当分の間、通行止めとなりました。尚、復旧の見通しは立っておらず、皆様には当駅で一旦下車をお願いいたします』
 トラブルを告げるアナウンスにざわめく車内。しかし、通行止めであるならば仕方ない。
 鉄道会社は無料で駅近くのホテルに宿泊できるよう手配してくれた。
 依頼の疲れと長時間に亘る移動での疲れもある。
 あなたとパートナーは、ホテルでゆっくり休むことにした。

 ホテルの狭いけれども小綺麗なシングルルーム。
 荷物を置きひとごこちつくと、あなたは窓を開ける。
 遠くに見えるのは……あなたの故郷。
 今、あの地はどうなっているのだろう。
 ふと思い立ち、あなたは故郷を訪れてみることにした。
 部屋の扉を開けると、パートナーに出くわす。
 2人分の缶コーヒーを持ったパートナーは、あなたの部屋を訪れるつもりだったようだ。
 あなたが、ちょっと出掛けてみたい場所があると告げると、パートナーも同行すると言う。
 1人で行動してパートナーに心配をかけるのも申し訳ないと思ったあなたは、2人連れ立って、故郷を訪ねることにした。

 さて、そこで過ごすひとときは……?


解説

2人で、神人と精霊、どちらかの故郷(故郷というほどではなく、一時過ごしたことのある地、でも可)を訪問する、といった内容になります。
離れて暮らす家族の様子を見に行く、久しぶりに会う友達と話す、既に廃墟となった街並みを思い出に浸りながら歩く、などなどのプランを記載してください。
ホテルから故郷までの往復タクシー代として、1組500ジェール頂きます。
現地で物品を購入した場合、その物に応じて50〜500ジェール程度を消費いたします。あまり高価なものは買えません。依頼の帰りですので、現金の手持ちは多くありません。

ゲームマスターより

皆様こんにちは。
転勤族で根無し草だったため故郷のある人がちょっぴり羨ましい木口です。
懐かしの地を巡りながら、パートナーといろいろ語り合ってくれるといいな、と思っております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)

  故郷に帰るのはA.R.O.Aに保護されてからは初めてで…そもそも故郷を出た理由が神人として顕現したことがきっかけだったからしからしかたのないのことなのだけど…。
ホームシックになったことがないといえば嘘になる。
でも家族との連絡は欠かさなかったし時に妹とはよく電話やメールを欠かしたことはない。
妹は大事で、大好きで…そのはずだったのだけど。
気が付いたら私は妹の存在に怯えていた。
私と同じ顔のあの子がイヴェさんに出会ったらイヴェさんはあの子を選んでしまうんじゃないかって。
気付いてしまったコンプレックスに愕然とした。
会うのは怖い、けど会いたい。
少し勇気がいるけど私にとっては必要なことのような気がする。


月野 輝(アルベルト)
  田舎ののんびりした町の様子に何故かとても安心感
アルのご両親って素敵な所で育ったのね
と顔を見れば、懐かしそうに町並みを見る瞳
アルもこの町並みに安心感を感じてるのかしら
きっと思い出がたくさんあるんでしょうね
会ってみたかったな、アルのご両親に

考えてたら連れてこられたのは、小さくて親しみやすい雰囲気で
とても可愛い教会
私もこんな所で結婚式したいわ

アル?そっちは墓地?
えっ
ご両親に紹介してくれるの?
ちゃんと考えてくれてるその気持ちが嬉しくて

生前にお会いできなかったのは残念だけど
アルの事は絶対に守ります
絶対に二人で長生きしてみせますから
手を合わせて誓い

私の両親にも報告に行ってくれるの?ありがとう
満面の微笑みで


ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  記憶が戻ったのにも関わらず、親の元には帰れませんでした
…ディエゴさんと将来を約束したので良い機会と思い帰郷します

落馬事故を起こした際に親に言われたことに傷ついたというのもありますが
それも前の私の傲慢さが引き起こしたことなので
…両親に消息不明のままだった私の無事を伝えて仲直りがしたかったのです。

お声掛けは嬉しかったのですが私は断りました
騎手の道はまだ諦めてません
ですが、一度頂点の前まで行けたのは周りの助力があったから
それに気付けた切欠であるウィンクルムの活動に誇りを持っています、だから私はタブロスに残ります。
週に一度、手紙を出してお二人に無事を知らせ続けますから。

…あと、私結婚するので。


出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
  見たことがある景色だと思ったらレムの故郷の近く
誘われて一緒に町を歩く

レムと初めて会ったのもこの町だった
偶然契約相手がいたことにも驚いたけど
まさかこんなに長い付き合いになるなんてね

天命?(きょとん
語るレムから強い意志を感じる
あたしも同じ気持ちよ
適合したのは神様の意思かもしれないけど、今レムと一緒にいるのは紛れもなくあたし自身の意思
この気持ちは誰にも否定させない
レムの手に自分の手をそっと重ね

そういえば、ご家族の帰りを待ったりしないの?
まだ少し時間あるし挨拶だけでも
そうなの?ちょっと残念だったわね
正式に紹介…それってウィンクルムとして、ってこと?
それとも…期待していいの?
照れて顔そらし道場を見上げる


ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)
  ☆心情
シュトルツさん、任務の時からずっと調子が悪いみたい
心配だよ、私で力になれればいいのだけど・・・

☆精霊の故郷へ
シュトルツさん・・・?(青い顔でふらふらとホテルから出て行く彼の後を追いかける)

(鬱蒼とした森の奥にひっそりと佇むかつては美しかっただろう廃墟と化した屋敷の前にうずくまる精霊を見て)シュトルツさん、どうしたんですか!?
シュトルツ・・・エリオスさん!!
(正気を取り戻した精霊に)まだ顔が青いですよ
・・・よいしょっと(精霊の隣に腰を下ろし)
何って・・・貴方の隣に座っています
シュトルツさん、私が辛かった時に言ってくれたじゃないですか傍にいるって
だから、今度は私の番です
え?
はい、エリオスさん




 ホテルの部屋に一人きりになると、ベッドの端に腰を下ろし、ミサ・フルールは今日の任務を思い返した。
(シュトルツさん、任務の時からずっと調子が悪いみたい)
 エリオス・シュトルツの動きはいつもより精彩を欠いていた。
 ホテルに着いてからも、顔色が優れないようであった。
(心配だよ、私で力になれればいいのだけど……)
 ミサは、きゅっと拳を握る。
 エリオスの様子がどうしても気になる。
 ミサは立ち上がった。放ってはおけない。
 エリオスの部屋を訪ねようとしたミサの目に映ったのは、ふらふらとどこかへ行こうとするエリオスの後ろ姿であった。
(シュトルツさん、どこへ……?)

 ホテルから出たエリオスは、タクシーに乗り込む。
 行き先を告げると、運転手は不審そうな顔をする。
「あそこには、あまり近づきたくないんだ。近くまででいいかい」
「ああ、構わない」

 降ろされたのは、手入れの行き届いていない道路。
 エリオスが進んでいくと、道は徐々にその形を失くし鬱蒼とした森へ変わっていく。
 やがて、目の前に大きな古い屋敷が見えてきた。
 荘厳な構えの屋敷はかつては美しかったであろう。だが今は、一目で廃墟とわかる。
(何故また帰ってきてしまったのだろうな。此処には忌々しい記憶しかないというのに)
 眉を顰め屋敷を見上げれば、途端に眩暈と耳鳴りに襲われエリオスは近くの木の幹に身体を預けた。
 耳鳴りの中、人の声までもが切れ切れに聞こえてくる。
 低い厳格な声。これは父か。
『お前はシュトルツ家の為に生きて、死んでいけ』
 何故?エリオスの胸に生じた疑問は吐き出すことは許されず。
 優しく柔らかく、しかし呪詛のような母の声。
『私達の手はね、真っ赤な血で染まっているの……化け物は化け物を殺すことでしか此処にいることを許されないのよ……だから、ね?』
 嫌だ。
 逃げ出したい。逃げ出したい。
 だが逃げたところで……。
 大勢の足音が追ってくる。
『見つけたぞ!シュトルツ家の人間は1人残さず殺せ!!』
 その家名からは、逃れられない。
 嫌だ、嫌だ。
『おね……がい、エリオス……わたし……たちを……』
 切々と懇願するこの声は、誰のものだっただろうか?
『わたし……たちを……』
 コ ロ シ テ
「嫌だ!!」

 エリオスの後を追ったミサは、屋敷の前でうずくまり呻いている彼を見つける。
「シュトルツさん、どうしたんですか!?」
 真っ青な顔で冷や汗を流し、苦しげな息の彼に、只事ではないと直感する。
「シュトルツさん!シュトルツ……」
 ミサは口を噤む。
 気のせいだろうか。ミサが「シュトルツさん」と呼びかける度、エリオスの顔が苦悶に歪む。
 ミサはひとつ息を吸うと、思い切って呼びかける。

「……エリオスさん!!」

 その声はエリオスの闇を打ち破る。

 エリオスの瞳が焦点を結ぶ。
 はっとして顔をあげ、傍らに跪く神人の姿を捉える。
「ああ……お前か」
「まだ顔が青いですよ」
 立ち上がろうとするエリオスをミサが押し留める。
「大丈夫だ、問題ない」
 とは言うものの、やはり立ち上がるのはまだ無理だと判断し、その場に腰を下ろし直す。
「……よいしょっと」
「何をしている?」
 エリオスは怪訝な顔をした。ミサがエリオスの隣にちょこんと腰を下ろしたのだ。
「何って……貴方の隣に座っています」
 ますます眉間の皺を深めるエリオス。
「シュトルツさん、私が辛かった時に言ってくれたじゃないですか傍にいるって。だから、今度は私の番です」
 と、ミサはエリオスに微笑みを向けた。
 不思議な娘だ。
 弱くて脆そうに見えるのに、強さも感じる。
 エリオスの唇が、ふっと緩んだ。
「家の名で呼ばれるのは好きじゃない」
「え?」
「名で呼んでくれないか」
 優しい笑顔でそう請われ。
「はい、エリオスさん」
 ミサも双眸を細め、答えるのだった。


 月野 輝がアルベルトに連れられてやってきたのは、のんびりとした雰囲気の田舎町。なぜかとても安心感を感じる場所であった。
「私のと言うより、亡くなった両親の故郷だ」
「アルのご両親って素敵な所で育ったのね」
 輝が微笑んでアルベルトを見あげれば、懐かしそうに町並みを見渡す彼の瞳。
 アルベルトもまた、この町に輝が感じたような安心感を感じているのであろうか。
「祖父母が住んでいて、幼い頃何度か遊びに来た事があったのだが」
 しかし、その祖父母ももういなく、養父母に引き取られてからは、あまり足を運ばなくなっていた。
 この町を訪れるのはもう何年振りだろう。
「会ってみたかったな、アルのご両親に」
 そう言う輝にふっと笑いかけると、アルベルトは彼女と町を歩き始める。
 小さな町だが、アルベルトの記憶よりは都会的になっている。
 整備された道に軒を連ねる商店。
 アルベルトは花屋の前で足を止めると、小さな花束を買った。
「確かこの道の先に教会があったはずだ」
 アルベルトは花と街路樹に飾られた小道を行く。
 数分も歩くと、蔦の絡まる門扉の奥に、小さいがよく手入れされた白壁の教会が見えてきた。
 花や小動物をモチーフにしたステンドグラスが目を引く。
「とても可愛い教会ね」
「この町で育ち、幼なじみだった両親が結婚式を挙げた教会だと聞いている」
 きっと、その頃から変わらずこの教会は町の人々に親しまれてきたのだろう。
「私もこんな所で結婚式したいわ」
 輝は未来に想いを馳せる。
 アルベルトは輝を優しい瞳で見つめると、再び足を踏み出す。
 彼が向かったのは、教会の裏手。
「そっちは……墓地?」
 あまり広くない敷地に、墓石が整然と並んでいた。
「両親は今ここに眠っている」
「えっ」
 輝はその言葉の意味を考えた。
「ご両親に紹介してくれるの?」
「輝を両親に紹介したかった」
 アルベルトが頷くと、輝は微笑んだ。
 輝との将来を具体的に考えてくれているアルベルトの気持ちが嬉しくて。
 アルベルトは足を止めると輝の肩を抱いて、あるひとつの墓石の前に誘導する。
 アルベルトは屈んで、先ほど買った花束を墓前に捧げた。
「お父さん、お母さん。私の花嫁を紹介します」
 そう言うと、そっと手を合わせる。
 輝もアルベルトに倣って手を合わせた。
(アルのお父さん、お母さん。生前にお会いできなかったのは残念だけど……。アルの事は絶対に守ります。絶対に二人で長生きしてみせますから)
 オーガの蔓延るこの世界でそれはなかなか難しいこと。
 だからこそ、そう誓うのだ。
「次は輝のご両親のところへ行かなくてはな」
 輝が顔をあげると、アルベルトは微笑んだ。
「生涯守る事を報告に行きたいんだ」
輝の顔に満面の笑みが広がる。
「私の両親にも報告に行ってくれるの?ありがとう」
 微笑み合う2人を見守るように、陽の光が降り注ぐ。


「なんだかこの辺りの景色って、見たことあるような気がするのよね」
 駅からホテルまでの道すがら、辺りを見回し出石 香奈が言う。
「俺の故郷の近くだからだろう」
 レムレース・エーヴィヒカイトに言われて合点がいった。
「そうだ。ホテルに荷物を置いたら、一緒に出掛けてみないか。あの町に」
「レムの故郷の町に?」
「ああ、復興の様子や道場も見ておきたいんだ」
 かつて、オーガに襲われ荒らされた町。
 レムレースはその後ウィンクルムとして故郷を出てしまったから、彼の記憶の中の故郷はオーガに破壊されたままだ。
「うん、いいよ」
 香奈は頷いた。

(レムと初めて会ったのもこの町だったっけ)
 町は綺麗になっていたけれど、修繕跡のある建物も目立つ。
 あの日、オーガが現れ混沌に陥った町で、懸命に人々を避難させている青年に出会った。
 それが、レムレースだった。
 香奈は隣を歩くレムレースの顔を窺い見る。
 彼は感慨深そうに町並みを見て回っていた。
 かつての生活を取り戻した、人々の強さを感じているのかもしれない。
「ここ、道場?」
 レムレースが足を止めた建物を見て、香奈が訊くとレムレースは頷いた。
「俺の、義両親の道場だ」
 しかし、義両親は留守だったようで、道場の中には誰もいなかった。
 がらんとした道場で、2人はしばし足を休める。
「この町で俺達が出会ってもうすぐ2年になるな」
 そうだね、と香奈は笑う。
「偶然契約相手がいたことにも驚いたけど、まさかこんなに長い付き合いになるなんてね」
 レムレースは目に付いた壁の傷を何とは無しに撫でる。
 大きな爪で抉られたような傷。
 それは、オーガに町が襲撃されたあの日に付いたものだった。
 幸いなことに命を落とす犠牲者はなかったが、それでも、被害がまったくなかったわけではない。
「あの日は災難でもあったが、俺にとっては記念の日だ」
 オーガの脅威が迫り、レムレースは必死になって人々を避難させた。そんな中で出会った、当時の香奈の姿を思い出す。
「香奈に……己の天命に出会えた日なのだから」
「天命?」
 思いもよらぬ言葉に香奈はキョトンとする。
「そう、天命だ」
 レムレースは香奈をしっかりと見据えた。
「俺はウィンクルムとは神が与えた使命だと思っている……だが定められているのは出会いまでのこと。未来は俺達自身で決めるんだ」
 口調から、彼の強い意志が伝わってくる。
「あたしも同じ気持ちよ」
 香奈もいつしか真剣な表情になっていた。
「適合したのは神様の意思かもしれないけど、今レムと一緒にいるのは紛れもなくあたし自身の意思」
 香奈はレムレースの手にそっと自分の手を重ねた。
「この気持ちは誰にも否定させない」
 静かだが、きっぱりとした口調で言い切る。
 2人はお互いの気持ちを確かめるように見つめ合った。

 日が暮れる前に香奈とレムレースは帰途につくことにした。
「そういえば、ご家族の帰りを待ったりしないの?まだ少し時間あるし挨拶だけでも」
 しかしレムレースは首を振る。
「挨拶か……いや、今日はやめておこう。あの人たちも忙しいからな」
「そうなの?ちょっと残念だったわね」
「いいんだ。いつか正式に紹介できる日が来ると信じている」
 さらりと言われたが……今、なんだか気になることを言われたような?
(正式に紹介……それって、ウィンクルムとして、ってこと?それとも……)
 期待していいのだろうか。
 はっきりと問いただせなくて、香奈はほんのり染まった頬を隠すように、今しがた出てきた道場を見上げた。


 自分の故郷近くに立ち寄ることになるなんて、こんな偶然あまりないことだ。
 この機会に、自宅を訪ね久し振りに家族に会おうと思う。
 淡島 咲がそう話したところ、イヴェリア・ルーツは自分も共に行くと申し出た。
 咲は少し逡巡したが、すぐにその申し出を受け入れた。
「……土産は何を持っていけばいいだろうか?」
 固い表情で言うイヴェリアに、咲は笑う。
「イヴェさんたら。そんなにかしこまらなくても大丈夫よ」
 とは言うものの、2人は一応、近くの菓子店で菓子折りを買う。
 イヴェリアにとって、咲が生まれた場所を訪ねられるのは嬉しかった。またひとつ、彼女のことを知ることができるから。
 しかし……。
 自宅へ帰るまでの車中の咲は、どこか憂い顔であった。
 咲が故郷に帰るのはA.R.O.Aに保護されてからは初めてであった。
 そもそも故郷を出た理由が神人として顕現したことがきっかけだったから、仕方のないことなのだが。
 咲は故郷に残してきた家族ひとりひとりの顔を思い浮かべる。
 ホームシックになったことがないといえば嘘になる。
 しかし家族との連絡は欠かさなかったし、特に妹とはよく電話もしたしメールを欠かしたこともない。
 咲にとって妹は大事で、大好きで……そのはずだったのだけど。
 いつの間にか、彼女の存在は咲の中で大きくなりすぎていた。
双子故に、幼い頃から比較されることが多かった。
 咲の潜在意識ではそれが、常に妹のほうが優れているのだと突きつけられているように思えたのだった。
 その積み重ねが、どんどん咲の中で膨らんで、家族と離れても、その膨張が止まることはなかった。
 気が付いたら咲は妹の存在に怯えていた。
 何より怖かったのは、自分と同じ顔のあの子がイヴェリアに出会ったら、彼はあの子を選んでしまうんじゃないか、ということだった。
 イヴェリアという大切な存在が現れたことによって、妹への感情を明確に自覚したのだ。
 妹へのコンプレックスに気付いた時、咲は愕然とした。
 大好きな妹に、こんな感情を抱くなんて。
 会うのは怖い、けど会いたい。
 2つの気持ちで揺れ動く。
「サク?」
 イヴェリアが名を呼ぶと、咲はなんでもないように微笑みを返す。
 だがイヴェリアも、咲の心中を察することができた。
 咲と依頼をこなすうちに何度か行きあたった存在。
 咲の双子の妹。
 咲が憂えているのは、その妹のことなのだろう。
 咲の妹は、咲が知らずにコンプレックスを抱いていた相手。
 イヴェリアを彼女に会わせることを怖がっていたこともあった。
(俺が選ぶのは彼女じゃないし俺が選んだのはサクなんだ)
 咲の横顔を見つめ、イヴェリアは強くそう思う。
(……誰にだって負の感情はあるのだからサクがそんな気持ちを抱くことは悪いことじゃない)
 だが、咲のどこか無理矢理拗らされた感情は彼女の心を縛り「妹」という存在を強くしすぎた。
 イヴェリアに会うまでのサクの心を支配していたのは「妹」だったのだから、それも仕方のないことなのだろう。
 イヴェリアは咲の手に自分の手を重ねた。
 咲は、はっとしたように顔を上げ、イヴェリアを見つめ返す。
 イヴェリアはぽつりと呟く。
「……戻っても、いいんだぞ」
 家族に、妹に会わずに。
 しかし咲は微笑み首を横に振る。
「私にとっては必要なことのような気がするの」
 少し怖いけれど。
 でも、咲はこの手の温もりの主を信頼しているから。
 彼は想いを簡単に覆す人ではないと信じられるから。
 咲はイヴェリアの温かく大きな手を握り返した。
 それと同時に、車はある家の前に停まる。
「行こう、イヴェさん」
 咲はイヴェリアに笑顔を向ける。
 そこに迷いの色は、もうなかった。


「ここ、私の実家のすぐ近くなんです」
 ホテルの窓から見える景色を眺め、ハロルドが言った。
 彼女から実家の話が出るのは珍しい、と、ディエゴ・ルナ・クィンテロは彼女を見つめた。
「記憶が戻ったのにも関わらず、親の元には帰れませんでした」
 ハロルドは遠い目をする。
 彼女はかつて、エクレール・マックィーンという名の若手騎手であった。
 その才能と若さゆえ、輝かしい成績を飾るたびに彼女は他人の忠告に耳を貸さなくなっていった。
 彼女が落馬事故を起こしたのは、そんな矢先のこと。
「落馬事故を起こした際に親に言われたことに傷ついたというのもありますが」
 あの時自分の非を素直に認められなかったハロルドはそのまま家に帰らなかった。
 自分がいかに傲慢であったか、今ならわかる。両親の言葉が彼女を想うがためであったことも。
 しかし、意地を張って家を出たせいか、帰るタイミングを失ってしまっていた。
「……でもいつか、両親に消息不明のままだった私の無事を伝えたい、とずっと思っていました」
 そして、叶うのならば昔のような関係に戻りたかった。
「……ディエゴさんと将来も約束したことですし。帰郷する良い機会かもしれません」
 ハロルドはディエゴを見上げる。
「む……そうだな」
 ディエゴは顎をひと撫でする。
 他人様の娘と結婚の約束をした。
 それを両親に黙って進めるのはやはり気が引ける。
 せめて挨拶がしたいと思っていたディエゴにとっても、良い機会であった。
「一緒に挨拶に行こうか」
 ディエゴがそう微笑むと、ハロルドは、はい、と頷いた。
 ディエゴが一緒に行こうと思ったのは、挨拶がしたいというだけではなかった。
 両親に会うということは過去に向き合うということでもある。ハロルドにとっては辛い気持ちもあるだろうから、そばにいて少しでも落ち着かせてやりたかった。

「以前とあまり変わってませんね」
 手入れされた庭の奥に、シンプルで清潔感のある家が見える。
 ハロルドは、勇気を奮い立たせるようにディエゴの袖を引く。
 ディエゴが安心させるように微笑むと、彼女はひとつ頷き、門を抜け呼び鈴に手をかけた。
 家の中で呼び鈴が響く音が聞こえる。
 若干の静寂。
 不在だろうか。
 そう思いかけた時、扉の向こうから足音が聞こえ、ハロルドは顔を上げた。
「はい、どちら様で……」
 品の良い夫人が扉を開けて息を呑みハロルドの姿を凝視する。
「エクレール……!?」
 信じられない、というように口元を押さえる夫人。彼女がハロルドの母なのだろう。
 ハロルドは気恥ずかしそうに視線を彷徨わせ、小さく
「ただいま」
 と言った。

 ハロルドの母は2人を居間に通すと家の主人、つまりはハロルドの父を呼んだ。
 両親は代わる代わるに娘を抱擁しては、元気だったか、今どこにいて何をしているのか、と問いかけた。
 ハロルドはそれに、「はい」「ええ」と短く答えるのみであった。
 両親は娘の帰還に対する驚きが薄れると、今度は娘が連れてきた男性の存在に驚いた。
 ディエゴは努めて落ち着いた声で、自己紹介とハロルドと出会った経緯、これまでのことを話した。
 両親は娘がウィンクルムとなっていたことに目を丸くした。
 ひととおり話終えると、ハロルドは両親に頭を下げる。
「今まで、心配をかけてごめんなさい」
 すると、母は頭を振った。
「いいえ、私たちこそ」
 成績は優秀でもまだ子供で未成熟であった娘に対し、感情まかせにひどく傷つけることを言ってしまった。
 例え心配で堪らなかったからといって、許されたことではない、と父母が揃って謝罪する。
(……誰しも大なり小なり失敗はある、エクレールも俺もそしてこの二人にも)
 ディエゴは、親子の間にあった氷が解けてゆくのを感じた。
(この場にいる誰もお互いの失敗を責めることはできはしないだろう)
 必要なのは責めることではなく、許すことだ。

 場が落ち着いてくると、ハロルドの母は人数分の紅茶と菓子を用意する。
 それを楽しみながら会話していると、母親がふと、
「タブロスまではそれほど遠くないわ。またここに住めば良いじゃない」
 と申し出た。
「……」
 ディエゴは無言になったハロルドを見遣る。
 元の仲に戻ったのなら、両親の元に戻り昔のように暮らすのは当然の流れであろう。
 ディエゴはあえて、何も言わなかった。
 ハロルドが両親と暮らすか否か、その選択は彼女自身に委ねるべきだと考えたからだ。
(寂しいけどな)
 ディエゴはハロルドが実家を選ぶだろうと、半ば覚悟していた。
 だが。
「お声掛けは嬉しいのですが、私はタブロスで暮らします」
 ハロルドはしっかりとした口調で話す。
「私は、騎手の道はまだ諦めてません」
「だったら尚更……」
 母の言葉を「ですが」と遮る。
「一度頂点の前まで行けたのは周りの助力があったから。それに気付けた切欠であるウィンクルムの活動に誇りを持っています、だから私はタブロスに残ります」
 言い切り、ハロルドは微笑を見せた。
 神人は1人ではオーガに対抗できない。
 精霊と手を取りあい、初めて力を持つ。
 しかし、任務を遂行するためにはそれだけではまだ足りない。
 多くの仲間たちの助力があって、これまで数多の困難を乗り越えてきたのだ。
 ハロルドの瞳は自信に満ちていた。
 母親はふっと息をつく。
「大人に、なったのね」
 少し寂しそうに、けれども満足そうに笑う。
「週に一度、手紙を出してお2人に無事を知らせ続けますから」
「ええ、楽しみにしてるわ」
 母と子は互いに手を取る。
「……あと、私結婚するので」
「はい?」
「だから、結婚、です。ディエゴさんと」
 両親を新たな驚きが襲う。
(……ついでの報告になってしまったな)
 ディエゴは頬をひと掻きすると、深々と頭を下げる。
「お嬢さんと結婚をしたいと思っております」
「え?いやあの」
「そりゃね、ディエゴさんは良い青年だと思うけれどね」
 狼狽える両親に、ハロルドは静かに問う。
「何か問題でも?」
「いや、その……」
 言い出したらきかない頑固な娘であることは、両親ももうわかりきっていた。
 また頑固な娘に困惑させられる日々が来るだろうけれど、それがまた、嬉しくもあり。



依頼結果:大成功
MVP
名前:ハロルド
呼び名:ハル、エクレール
  名前:ディエゴ・ルナ・クィンテロ
呼び名:ディエゴさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月28日
出発日 05月04日 00:00
予定納品日 05月14日

参加者

会議室


PAGE TOP