甘やかな秘め事、ひとつ(巴めろ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●貴方に甘い秘め事を
「秘め事は甘やかなものに限る、と」
 言って、ミラクル・トラベル・カンパニーの青年ツアーコンダクターは、慌てたように言葉を付け足した。
「あ、俺のポリシーとかではないよ? 苦い秘密が必要な時もあるだろうし……って、話が逸れちゃったね」
 コホンと咳払いした青年曰く、最初の台詞はとある祭りに関わる文句なのだという。
「ルチェリエっていう花で有名な町の花祭りなのだけどね、そのお祭りで今年初めて売り出す菓子の売り文句なんだって」
 ルチェリエは、珍しい花の育成に長けたタブロス近郊の小さな町で、タブロス市や近隣の町にその美しい花々を届けるのを生業にしているのだそう。季節の花に溢れたその町の広場では、春を迎える度にその到来を喜ぶ祭りが開催される。
「広場中が春色の花に溢れて、それはもう綺麗なんだ。広場の真ん中には『誓いの門』って呼ばれる格別素敵なフラワーアーチもあってさ」
 その『誓いの門』を祭りの日に親しい人と潜れば、その相手との縁が末長く続くというのが町に古くから伝わる優しくてあたたかなおまじない。それから、と、青年はそのかんばせに乗る笑みを殊更に明るくした。
「お祭りの屋台に今年並ぶのが、先の『甘やかな秘め事』ってわけ!」
 それは、中に好みのフルーツやクリームを包む色とりどりの茶巾クレープ。抹茶や紫芋、南瓜等で色付けされた好きな色の生地を選び、中に入れるクリームやソースに、フルーツ等の具材も好みの物をチョイスして、自分だけの一品を目の前で作ってもらうのだ。
「それだけでもわくわくしちゃうんだけど、中に一枚、砂糖漬けの花びらをそっと入れられるのもポイントなのね。選べる花びらは、薔薇か菫。花言葉に想いを込めて自分だけの茶巾クレープをプレゼント! っていう趣向みたい」
 茶巾クレープの中に包まれているので、こっそり注文すれば相手には中に入っている花びらが何かはわからない。花言葉に込めた想いを、秘密のままに飲み下してもらおう、という趣旨のようだ。
「甘いお菓子の中に小さな秘密を包んでお一つどうぞ、って。何だかちょっとくすぐったくて、でもとびきり楽しそう、なんて思うのは俺だけかな?」
 勿論、込めた想いを包み隠さず話してしまってもいい。自分だけのクレープを、贈り物にするのではなく己でぺろりと食べてしまっても咎める者は誰もいない。ちょっとしたお遊びをどんなふうに楽しむかは、それこそ、お好みのままに。
「と、いうわけで。甘ーい時間、楽しんでもらえたら何よりです」
 興味があればどうぞ良い旅をと、青年ツアーコンダクターはふにゃりと微笑んだ。

解説

●今回のツアーについて
花の町ルチェリエの花祭りをご満喫いただけましたら幸いです。
ツアーのお値段はウィンクルムさまお一組につき300ジェール。
数時間の自由時間の後、日が落ちる前に町を出る日帰りツアーです。

●屋台の食べものについて
ここでしか食べられない物として、プロローグにある茶巾クレープがございます。
甘い系のみになりますが、具材やソース、クリーム等は、幅広い物が用意されています。
ご希望がございましたら、お好きな組み合わせを選んでくださいませ。
また、『☆』とご記入いただきましたら、屋台の店主が指定のない部分をお任せでクレープをお作りいたします。
なお、花の砂糖漬けは菫と薔薇の花びらの2種類で、好きな種類・色の物を選べます。
パートナーに贈る際は、選ぶ花びらと、託す花言葉をプランにご記入くださいませ。
また、屋台には薔薇の砂糖漬けを一枚浮かべたあたたかいローズティーもございます。
茶巾クレープは1個30ジェール。紙コップ入りのローズティーは1杯20ジェールです。

●『誓いの門』について
プロローグで語られたような言い伝えがある、広場のシンボルです。
色とりどりの季節の花が彩る、眩しいほどのフラワーアーチ。

●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは極端に描写が薄くなってしまいますので、お気を付けくださいませ。

●補足
薔薇と菫の花言葉を参考までに幾らか挙げておきます。
それぞれの花にこれ以外にも沢山の花言葉がございますので、パートナーに手渡したい花言葉をここに挙げた以外のものから選んでいただいても勿論OKです。

赤い薔薇:情熱・愛情・熱烈な恋・私を射止めて
ピンクの薔薇:あたたかい心・満足
白の薔薇:尊敬
黄色の薔薇:友情
オレンジの薔薇:信頼・絆
紫の薔薇:誇り・尊敬
青の薔薇:神の祝福・奇跡・夢叶う
菫:誠実・小さな幸せ

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

自分の想いを、何とは知らせずに相手に飲み込んでもらう……。
少々趣味に走ってしまいましたが、今年も花祭りのお誘いができて嬉しく有り難い限りです。
昨年・一昨年の花祭りは『甘い花唇を捧ぐ』及び『花祭りと誓いの門』に登場しておりますが、ご参照いただかなくとも本エピソードを楽しみいただくのに支障はございません。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アルヴィン=ハーヴェイ(リディオ=ファヴァレット)

  …甘やかな秘め事、かぁ。
何だかロマンティックな感じだね。
んー、赤い薔薇の花びらを入れて貰おうかなぁ。
託す花言葉は…幾らリディでも気付かないだろうし、此処は愛情にしようっと。
…ホントはそういう事は、言葉で伝えられたらいいんだけど、まだ照れちゃって中々言えないし。

うーん、クレープの具材はイチゴとバナナ、ピーチにブルーベリー。クリームは生クリームでソースはチョコレートが良い…かな?
リディが気に入ってくれるといいんだけど。

…気付かれないとは思うんだけど、ドキドキしてきちゃうなぁ。
んー、食べてる所をジッと見てるのも変だと思われるかもしれないけど見てたいな。
…その、口にクリームが付いてたりしたら大変だし。


初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
 
花祭り、今年もやるんだな
そしてお前は相変わらず食い気か……こら、走るんじゃない
はいはいわかったわかった
(この手のやり取り何度目だ、と苦笑し)

茶巾クレープはスタンダードに苺と生クリームかね
それに青薔薇の花弁一枚
去年と同じでも、込めた思いに大きな変化
あの日はただ願い、望んだ奇跡
ひとつひとつ、想いを重ね交わした日々が実を結んで
「夢叶う」ことにささやかな感謝を
……なんてのももちろん秘密だが
秘め事は甘やかな物に限るんだろう?

あぁほら、クリームついてる
(親指で拭ってそのまま舐め)
?何だよ
ほら、行くぞ。今年もくぐるんだろう?
(手を取って誓いの門を差し)

……ま、たまにはこれくらい。
積極的でもいいだろう?


羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
  広場入口で待ち合わせる
春色の中で目立つ彼に笑顔を向けて
誓いの門の方まで、行こうか

掴んでくれた手は、とても冷たくて
しっかり握り返す

俺ね、ラセルタさんの気持ちを汲んだつもりになってた
その事を、まずは謝らせて欲しくて
ごめんなさい

今の俺は中途半端な事しかできないから
このままじゃ、何も守れないと思った
誰かの役に立つ為ではなく、大切なものを守り続ける為に
死ぬ時の覚悟じゃなくて生きる覚悟をしようって

ねえ、ラセルタさん
俺は今まで、たくさんのものを貰ったことがなくて
溢れて零してばかりで、頼りないかも知れないけれど
それでも俺に、もっと話して欲しいよ

そろりと背に這わせた手で頭を撫でる
…居るよ。ずっと、此処にいるから


蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
 
屋台で食べ物を調達してくるから、待ってろとフィンに言い、こっそりフィンに食べて貰う為の茶巾クレープを購入する
具材は、フィンの好きな林檎とさつま芋、バニラアイス
薔薇の花びらはオレンジ
フィンとの絆をずっと繋いでいけますように、願いを込めて

…って、何でフィンも…
考える事は一緒なのかと笑みが漏れる
何の花びらを入れたかは秘密だ

一緒にローズティーも買う

屋台を離れたら、買ったクレープをフィンに差し出す
フィンの為に買ったんだ
フィンも俺に?
…交換だな(嬉しい

二人で『誓いの門』を眺めながらクレープを食べて
フィンの手を取り、一緒に門を潜ろう

フィンとの縁が末永く続きますように
…俺が花びらに込めた言葉も、一緒なんだ…


カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  いや、来た事ねぇ
イェルの方が来てそうだが
…そうか※頭を抱き寄せ撫でる

クレープは苺で色づけの生地、普通の生クリームに苺、あとホワイトチョコソース
花弁…これ※ピンクの薔薇選択
(『我が心君のみぞ知る』ってな)
ローズティーも贈る
砂糖漬けの色も選べるなら…※白選択
贈り合ったら食うか
あーんでもするか?(くくく

食い終わったら、門潜るか
(同じ門を潜って、お前が遺した男は『心から笑えるようになった』と届けばいいが。ちゃんと好きだから、安心しろ。離さねぇって『約束を守る』)
嬉しそうなイェルが可愛くて愛しい
彼女の想像外だろうな
(俺のになった途端可愛くなったが、苦情は受け付けねぇ)
隣にいてくれる今が幸せなんで、悪ぃな


●共に歩む幸せ
「今年も来ました花祭り!」
 花に溢れた広場を楽しげに見渡して、イグニス=アルデバランは高らかに声を上げる。色付き眼鏡の向こうにイグニスと同じ景色を眺めながら、
「花祭り、今年もやるんだな」
 と、初瀬=秀はある種の感慨めいたものが混じった呟きを漏らした。ゆらゆらと揺れていたイグニスの尻尾が、不意にピン! と跳ねる。
「あっ噂の新しい屋台発見!」
「って、こら、走るんじゃない。全く……お前は相変わらず食い気か」
 諭されたイグニスはつんのめるようにして立ち止まり――満面の笑みを浮かべて秀の方を振り返った。
「秀様! 今年も交換しましょうね!」
「はいはいわかったわかった」
 一見おざなりな秀の返しには、しかと温もりが滲んでいる。それを察しているからこそ益々足取りを弾ませるイグニスの姿に、秀は優しい苦笑を漏らした。
(この手のやり取りは何度目だろうな)
 なんて、秀はゆったりと、屋台の前で難しい顔をしているイグニスの元へと歩み寄る。
「うむむ、何を入れよう……」
 どこまでも真剣に思案するのは、秀に贈る茶巾クレープの仕立て。悩みに悩むイグニスの傍らで、秀はさらりと注文を済ませていく。
「中身はスタンダードに苺と生クリームかね。それから……」
 花弁選びは、傍らの人に聞き咎められないようこっそりと。卵色のプレーン生地が包むのは、昨年の贈り物に飾ったのと変わらない、青薔薇の花弁が一片だ。けれどそこに込めた想いは、昨年とは大きく異なっている。
(あの日はただ願い、望んだ奇跡)
 あれからひとつひとつ、想いを重ね交わした日々は実を結び。今この花弁に乗せる想いは、『夢叶う』ことへのささやかな感謝だ。
(……なんてのももちろん秘密だが)
 と、秀は口元を緩く綻ばせた。その傍らで、イグニスも着々と世界に一つだけの贈り物を形にしていく。
「あ、紅茶の風味のものってありますか?」
 色好い返事が返れば、「じゃあそれを」と微笑み一つ。薫り高い紅茶色の生地には、バナナキャラメリゼと生クリームが包まれた。忘れずこっそりと仕込んでもらうのは、愛らしいスミレの花弁だ。
(想いを込めれば花弁一枚には収まりきらないのですが……)
 イグニスは、隣に立つ秀の横顔をちらと見遣った。熱々の出来立てを受け取ったら、冷めないうちに交換を。紅茶風味の茶巾クレープを、イグニスは心底からにっこりとしてお姫様へと差し出した。
「出会って、こうして歩いて、隣に貴方がいてくれる。なんでもないことですけど、きっとこういうのが『小さな幸せ』、ですよね」
 だから。
「これから2人でたくさんたくさん集めましょうね!」
 真っ直ぐな言葉に秀は面映ゆそうに首の後ろを掻いて、「ありがとうな」とぽつり。そのままぐいと手渡されたお返しは、シンプルな装いの茶巾クレープだ。
「秀様、お返事は!?」
 わくわく顔でそう問われて、秀は軽く肩を竦めた。
「秘密だ」
「えー、今年も秘密!?」
「秘め事は甘やかな物に限るんだろう?」
「うぅ、確かにそうですが!」
 ちょっぴり唇を尖らせれば、秀が可笑しげに仄か音を漏らす。その様子に、イグニスはふわり息を吐いた。
(まあいいです、きっと素敵な思いですから)
 だって、目の前の秀は嬉しそうだ。そんなことを思いながら甘い贈り物に齧りつけば、
「あぁほら、クリームついてる」
 と、保護者めいた声と共にイグニスの口元へと秀の親指が伸びた。指先が、そっとクリームを拭う。
「む、ありがとうございま……」
 そこから先は、言葉の形にはならず。クリームを拭った親指を、秀がそのままぺろりと舐めたからだ。脳裏に焼きつくその様に、イグニスは青の双眸をぱちぱちと瞬かせる。
「? 何だよ。ほら、行くぞ。今年もくぐるんだろう?」
 何でもないようにイグニスの手を取って、『誓いの門』を指し示す秀。
「~~~!! はい!」
 例えようもなく幸せそうなイグニスの表情に、
(……ま、たまにはこれくらい)
 積極的でもいいだろう? と秀は胸の内に呟いて、そっと口の端を上げた。

●隠す想い、伝える想い
「……甘やかな秘め事、かぁ」
 何だかロマンティックな感じだね、と小さく呟いて、アルヴィン=ハーヴェイは傍らに立つリディオ=ファヴァレットへと顔を向けた。
「ねえ、リディ。ちょっとここで待っててくれる?」
「いいけど……どうしたの、アル?」
 きょとりと目を丸くするリディオへと、「とにかくちょっと待ってて」と念を押すアルヴィン。小首を傾げていたリディオが、くすりと面白がるような笑みを零した。何が起こるのか楽しみだ、というふうに。
「わかった。それじゃあ僕はここで花でも見てるよ」
「ありがとう。すぐに戻るから」
 言って、アルヴィンは秘密を商う屋台へと急ぐ。屋台にて、アルヴィンは数多ある具材を前に「うーん」と少し難しい顔を作った。
「ええっと……具材はイチゴとバナナ、ピーチにブルーベリー。クリームは生クリームでソースはチョコレートが良い……かな?」
 アルヴィンの注文に返事を一つ、屋台の店主はクレープ生地に所望された物を包んでいく。
(リディが気に入ってくれるといいんだけど)
 そして、忘れてはいけない花弁は。
「んー、赤い薔薇の花びらを入れて貰おうかなぁ」
 託す花言葉は『愛情』だ。幾らリディオでも気づかないだろう、なんて思って。
(……ホントはそういう事は、言葉で伝えられたらいいんだけど、まだ照れちゃって中々言えないし)
 だからせめて、甘い贈り物に包む想いくらいは真っ直ぐに正直に。完成した茶巾クレープを受け取って、アルヴィンはリディオの元へと戻った。
「ああ、おかえり、アル」
 綺麗な花が沢山あったよ、とリディオは微笑む。後で一緒に見て回ろう、とのお誘いに勿論だと頷いて、アルヴィンはリディオへと茶巾クレープを差し出した。
「はい、リディ」
 突然の贈り物に、双眸を瞬かせるリディオ。そんなリディオへと、アルヴィンは慌てて説明を付け足した。
「これ、ここでしか食べられない茶巾クレープっていうんだって。中身は……」
 包んでもらった具材を指折り数えるアルヴィンの声を、リディオは楽しげに目を細めて耳に聞く。花弁以外の中身を挙げ終えて、アルヴィンはそっとリディオの顔を見遣った。
「オレが勝手に色々選んじゃったけど、苦手な物とか入ってない……よね?」
「うん、大丈夫」
「良かった……リディには何時もお世話になってるし。オレに今日も付き合って貰ってるし」
 だからそのお礼っていうか……お返しっていうか。もごもごと付け足したアルヴィンへと、ふっと優しい笑みを向けるリディオ。
「そういうことなら、有り難く受け取っておくよ」
「うん、遠慮しないで食べてね? その方がオレも嬉しいし」
 ありがとう、とリディオが茶巾クレープに齧りつく。その様子を、アルヴィンはどきどきしながら見守った。気づかれないだろうとは思っても、やはり気になる。
(食べてる所をジッと見てるのも変だと思われるかもしれないけど……)
 それでも見ていたいという想いに、口にクリームが付いてたりしたら大変だし、とアルヴィンは理由を付けた。案の定その視線を捉えたリディオが、不思議そうな顔をする。
「僕の顔に何か付いてる?」
「いや……ええと、ジッと見られてたら食べ難い……よね?」
「そんなことはないけど……どうしたのかなあ、って」
「その、美味しいかなぁとか気に入ってくれるかなぁとか、気になっちゃって……」
 だから、無茶なことを言っているかもしれないけれど自分のことは気にしないで食べてほしい。アルヴィンのそんな頼みに、
「少し面映ゆいけど、アルのお願いなら断れないねえ」
 と、リディオは言葉の通りにくすぐったそうな笑みを浮かべてみせた。リディオの口の中に、甘やかな秘密が、『愛情』の花弁が消えていく。
「……リディ、美味しい?」
「うん。美味しいよ、すごく」
「そっか、美味しいなら良かった。リディが喜んでくれるとオレも嬉しくなるから……さ」
 アルヴィンの言葉に、リディオは柔らかく口元を綻ばせた。

●この想いはどこまでも
「屋台で食べ物を調達してくる」
 だから待ってろとフィン・ブラーシュに言い置いて、蒼崎 海十は屋台を目指した。密かに買い求めるのは、秘密の花びらを隠した茶巾クレープ。自分が口にするのではなく、大切な人に食べて貰うための物だ。
「具材は、林檎とさつま芋、それからバニラアイスで」
 注文を告げる海十の言葉に迷いはない。フィンが好きな物を、海十はちゃんと知っているから。海十の目の前で、黒ごまを練り込んだ生地に甘く煮た林檎とさつま芋、それから優しい甘さのアイスクリームが包まれていく。
「花びらは、オレンジの薔薇を」
 ひらり、黒い生地が海十の希望通りの花弁を隠した。そこに乗せる想いは。
(フィンとの絆をずっと繋いでいけますようにって、願いを込めて)
 熱々の茶巾クレープを受け取ろうとした、その刹那。
「あれ……海十?」
 耳に慣れた声に呼ばれて振り返れば、そこにはにこやかに自分を見送ったはずのフィンの姿。実はフィン、「『甘やかな秘め事』って、名前も素敵だね」なんて、こちらもこっそりと屋台を訪れる算段だったのだが、
「……って、何でフィンも……」
「……はは、俺達、考える事は一緒だね」
 という次第で、2人は見事に鉢合わせてしまったのだった。
「待ってろって言ったのに……」
 なんて口では言いながらも、海十の表情は柔らかく笑んでいる。思うことは同じかと思うと、嬉しくて。そんな海十の様子に、フィンもふわりと微笑した。
「ねえ、海十はどの花びらを選んだの?」
「それは秘密だ」
「……秘密か。なら、俺も秘密にするよ」
 海十の返事に悪戯っぽくそう応じて、今度はフィンが注文をする番だ。金色プレーン生地の中身は、フルーツと生クリーム、それからチョコレートとオレンジソース。
「花びらは赤い薔薇……ああ、その黒赤色の物で」
 包む秘密は、傍らの愛しい人に聞き咎められないようごくごく小さな声で。込めた花言葉は、『永遠の愛』。完成した茶巾クレープの出来栄えに相好を崩した後で、フィンは自分を待っている間にローズティーを注文していたらしい海十へと向き直った。
「ちょっと歩こうか、海十」
 フィンの言葉に、こくと頷く海十。花に溢れた広場を少し歩いて屋台から離れた時、海十が待っていたようにフィンの名を呼んだ。差し出すは、先ほど買い求めた茶巾クレープだ。
「これ。フィンの為に買ったんだ」
「俺の為に? ……嬉しい」
 言葉の通り殊更に嬉しそうに笑みの花を咲かせて、フィンもまた海十へと茶巾クレープを手渡した。
「俺も海十に食べて貰いたくて。だから、交換」
「フィンも俺に? ……うん、交換だな」
 くすぐったいように笑う海十の表情にも声にも、嬉しさが滲んでいる。2人は『誓いの門』を眺めながら、互いが互いに贈った甘い贈り物を口に運んだ。
「うん、美味しい。このクレープ、海十の色だね」
「こっちは、フィンの髪の色に似てる」
 そんなことを言い合いながら茶巾クレープを食べ終えれば、海十がそっとフィンの手を取って。それが、「一緒に門を潜ろう」という意味だと分かったから、フィンも表情を益々優しくして愛しい手を握り返す。
「……フィンとの縁が末永く続きますように」
 手を引かれ門を潜りながら聞いた言葉に、フィンは青の双眸を見開いた。そうして、自分もしっとりと音を紡ぐ。
「……俺が隠した花びらに込めた言葉は、『永遠の愛』」
 前を向いていた海十の視線が、フィンへと注がれた。
「俺は永久に……海十の事を愛すると誓うよ。ずっと一緒に……俺達の縁は続く」
 だって、こんなに愛してる、と続けられた言葉に、海十は面映ゆげに、けれど幸せそうに仄か俯く。
「……俺が花びらに込めた言葉も、一緒なんだ……」
 互いに望むは、どこまでも2人の道が続くこと。それぞれの温もりを手の中に感じながら、2人は末長い縁を紡ぐというフラワーアーチの向こう側の景色に辿り着いた。

●空に届け
「ルチェリエの花祭り、カインは来た事ありますか?」
 傍らのイェルク・グリューンの問いに、カイン・モーントズィッヒェルは首を横に振る。
「いや、来た事ねぇ。イェルの方が来てそうだが」
 誰と、を付け足す必要は2人の間にはない。言い当てられて、イェルクはごく薄く微笑した。脳裏に思い浮かべるのは、かつて亡くした恋人――メグと共に『誓いの門』を潜った時のことだ。
「門の花が綺麗だと笑ってました」
「……そうか」
 イェルクの言葉に短く応じて、カインは大切な『嫁』の頭を抱き寄せわしゃと撫でた。触れる手つきの優しさに、
「ありがとうございます」
 と、イェルクは温もりに身を委ねるようにして暫し目を閉じる。
(大丈夫、嘆かない)
 瞼を開いて、カインへと緑色の眼差しを向けるイェルク。
「……行きましょうか。ほら、あそこに屋台が」
 そして、2人は揃って甘い秘密を商う屋台へと。イェルクが、悩み悩み注文を零す。
「ええと……クレープは紅茶の生地に、具とソースは苺。後は普通の生クリームで」
 こっそりと具材と共に包み込むのは『奇跡』の花言葉を乗せた青薔薇の花弁。
「それから、ローズティーもお願いします。……薔薇の色は選べますか?」
 問いに頷きが返れば、暫くの逡巡の後――イェルクは真っ赤になって、『愛してる』を囁く赤い花弁を指で示した。そんなイェルクの様子を横目に愛おしく思いながら、カインもさらりと注文を済ませる。
「中身は普通の生クリームに苺、あとホワイトチョコソース」
 生地は苺で色付けされた物を選んだ。その中に、そっと閉じ込める想いは。
「花弁……これ」
 選んだのは、ピンク色の薔薇の花弁だ。
(『我が心君のみぞ知る』ってな)
 ふっと口元を緩めて、それからカインは、イェルクと同じくローズティーも購入した。その上に浮かべたのは、白薔薇の砂糖漬け。互いに買い求めた贈り物たちを交換し合えば、甘くて美味しい時間の始まりだ。くくく、とカインがからかうように喉を鳴らす。
「あーんでもするか?」
「ってそれは! 勘違いした件は忘れて下さい」
 あれは盛大な自爆だったと思い返し、また頬を朱に染めるイェルク。その姿につと口の端を上げて、カインは紅茶が香る茶巾クレープを口に運ぶ。
「ああ、美味いな。そっちは?」
「……美味しいです、カイン」
 まだ赤く熟れたままで、けれどイェルクもそう応じた。秘密の甘味を口に楽しみ終えれば、
「それじゃ、門潜るか」
 どこまでも自然に、カインはイェルクを誘う。こくりと頷いたイェルクの目元の柔らかいのに、カインは目を細めて思った。
(同じ門を潜って、お前が遺した男は『心から笑えるようになった』と届けばいいが)
 感じた風に、空を仰ぐ。思案げなカインの横顔をちらと見遣って、イェルクは傍らの人にも聞こえぬほどの声でぽつりと呟いた。
「カインが一緒だからだな」
 幸せだったあの日を思う。そして、多くのものが変わったけれど、確かな幸せが今ここに、己の胸の内にあることをイェルクは噛み締めた。それを齎すカインは、イェルクにとってまさに『奇跡』そのものだ。
「……行きましょう、カイン」
 言って、けれど控えめに宙を彷徨う手に、カインはそっと指を絡ませた。温もりに温もりが重なる、幸せ。照れを見せながらも嬉しそうなイェルクを可愛いと、そして愛しいと感じながら、
(ちゃんと好きだから、安心しろ。離さねぇって『約束を守る』)
 と、カインは想いを飛ばすのだ。春の花の香りに包まれながら、イェルクも想う。
(私が可愛くなったというメグへの申し開きもリタさんとの意気投合も、まだ先であってほしい)
 今凄く幸せだから、と口元を綻ばせるイェルクの姿に、カインは密かに笑みを漏らした。
(彼女の想像外だろうな。俺のになった途端可愛くなったが、苦情は受け付けねぇ)
 隣にいてくれる今が幸せなんで、悪ぃな、なんて胸中に紡ぐカイン。そうして、2人は共に『誓いの門』を潜り抜けた。

●この温もりを永遠に
「――ラセルタさん!」
 広場の入り口に待ち人の姿が現れたのをすぐに見留めて、羽瀬川 千代は思わず彼の名を叫んでいた。明るい春色の中にくっきりと浮かび上がって見えるラセルタ=ブラドッツの姿に、自然と口元が緩む。向けられた笑みに、ラセルタはそっと眼差しを伏せた。
「『誓いの門』の方まで、行こうか」
 ラセルタの反応に仄か眉を下げて、けれど千代は柔らかに声を紡ぐ。背を向けて、「ああ、あそこにベンチがある」なんて他愛もないことを口にしようとしたところで、ひやりと冷たい手が、千代の手を思わずといった調子で掴んだ。
(相変わらず、人波に溶けてゆきそうな手だな……)
 けれどそんな千代の手は、確かな温度を持ってラセルタの手をしっかりと握り返したのだ。千代が見つけたベンチに、2人並んで腰を下ろす。繋いだ手を離すことはないままに、しかしラセルタは唇から音を零すことはない。ぽつと口を開いたのは、千代だ。
「……俺ね、ラセルタさんの気持ちを汲んだつもりになってた」
 静かな告白を、ラセルタはやはり押し黙ったままで耳に聞く。温もりを感じる手に籠る力が、僅か強くなった。
「だから、その事を、まずは謝らせて欲しくて」
 ごめんなさい、とどこまでも真摯に千代が言う。正しい言葉を探るようにして、けれど、しかと自身の想いを形にしていく千代。
「今の俺は中途半端な事しかできないから、このままじゃ、何も守れないと思った」
 思って、そして、千代が選んだ道は。その決意は。
「誰かの役に立つ為ではなく、大切なものを守り続ける為に。死ぬ時の覚悟じゃなくて生きる覚悟をしようって」
 そこで、千代は一度言葉を切る。『生きる覚悟』という言葉に、ラセルタは知らず細い息を漏らしていた。千代が見据えているのが『死』ではなかったという事実が、ラセルタの胸にどうしようもない安堵を運ぶ。
「ねえ、ラセルタさん」
 名を呼ばれて、ラセルタは千代の顔をやっと見た。金の双眸に映る色は、穏やかでいて強い。
「俺は今まで、たくさんのものを貰ったことがなくて」
 だから、溢れて零してばかりで、頼りないかも知れないけれど。
「それでも俺に、もっと話して欲しいよ」
 真っ直ぐに向けられた言葉に、ラセルタはその眼差しを彷徨わせた。そして、暫しの逡巡の後、
「……少し、ここで待っていろ」
 短く言い置いて、ラセルタは席を外す。と言っても、千代を長く放っておくつもりもない。屋台で茶巾クレープを買い求め、ラセルタは間もなく千代の元へと戻った。
「食べろ。いいか、欠片も残さずだ」
 有無を言わせぬ口調でそう告げれば、甘味を受け取った千代は僅か戸惑いをみせた後――それでも、それにぱくりと齧りつく。桜色の生地に包まれているのは上品な餡と生クリーム。それから、紫色の薔薇の花弁だ。
「ええと、ラセルタさん? その、食べ終わったよ……?」
 隠された花弁には気づかぬままに、千代が茶巾クレープを食べ終える。それを間違いなく見届けてから、ラセルタは低く声を漏らした。
「……お前が口にしたのは俺様の『誇り』だ。だから、今、俺様は腑抜けた事を言っても仕方がない」
 回りくどいとも言える前置きは、誇り高い彼が素直な想いを外に出すための精一杯の手段だった。ラセルタは、千代の身体を強く掻き抱く。この手から、零れ落ちさせるものかとでも言わんばかりに。
「千代。千代。死ぬな。傍に居ろ。お前の全てが欲しい。幸せにする」
 他に何と言えば伝わる? と、溢れ出た言葉は、どこか懇願めいてすらあった。
「いっそこのまま、腕の中へ閉じ込めておけたなら。――何を失っても、お前だけは失いたくない」
 縋るようにして己のことを抱き締めるラセルタの背中に、千代はそろりと手を這わせる。背に温もりを残した手が、慈しむようにラセルタの頭を撫でた。
「……居るよ。ずっと、此処にいるから」
 千代の温度が、声が、ラセルタの芯まで染み渡っていく。どうか今だけはと、ラセルタは触れる温もりに身を任せた。



依頼結果:大成功
MVP
名前:初瀬=秀
呼び名:秀様
  名前:イグニス=アルデバラン
呼び名:イグニス

 

名前:羽瀬川 千代
呼び名:千代
  名前:ラセルタ=ブラドッツ
呼び名:ラセルタさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月16日
出発日 04月23日 00:00
予定納品日 05月03日

参加者

会議室


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