プロローグ
●嵐は突然に……
「先輩!センパイー!!見て下さいよ!試作品が完成しましたよー!」
A.R.O.A.内科学班所属、サージは探していた人物を正面ホールで発見し嬉々として駆け出した。
急いで履いたのか、その靴の紐は伸び切ったまま走るたびに大きく揺れ、両手にはビーカーがしっかと握りしめられている。
それを見とめた「先輩」と呼ばれ振り向いた女性、クレオナは外へ向かおうとしていた足をクルリと反転させ、
ツカツカとサージへ近づいた。
「何度言えば分かるの!試作品を研究室外に持ち出さないで!
それもビーカーに入れたままなんて……あぁもう……怒られるのは班リーダーの私なのにっ」
「あああああ!!す、スイマセン!すぐに見てもらいたくて、つい……!!」
最後はため息をついて片手を額に当てるクレオナ。
慌てて謝るサージをしばし見つめてから、諦めるように顔を上げた。
どうやら彼のこういった突飛な行動には慣れている様子。
「それで?完成したって、まさか例の対オーガ用の……」
「そうですそうです!前線で戦うウィンクルムたちの負担を少しでも減らすため、
オーガの体をわずかな時間硬直させるあの薬です!
ウィンクルムたちにまで影響しては大変と、中々人間には効かないようにするのに
ずっと奮闘してたんですが……
さっき!その効果が確かめられました!あと数度確かめて裏付けが取れれば……、とっ、ああ!?」
興奮のあまり班リーダーも分かっているであろう内容まで、すごいいきおいで説明口調で話していたサージが
更にクレオナに近寄ろうと足を踏み出した途端、無造作に垂れていた靴紐を思い切り踏み付けた。
そして……。
「きゃぁ!?」
見事にビーカーは床に叩きつけられ砕け散ったのだった。
●実験失敗
「わーーー!!!そのドアすぐに閉めてーーー!!!」
任務から戻ったり、用があってやってきたウィンクルムがA.R.O.A.のドアをくぐった途端、叫び声が鳴り響いた。
何事!?と思いつつも、反射的にその言葉に従い中に入ったウィンクルムの数人が慌ててドアを閉める。
しかし叫び声はそれだけでは終わらなかった。
「早く!神人は精霊に抱えてもらって!!!」
え……という怪訝な視線が叫び声を上げている女性に集中した。
その女性、クリオナは受付カウンターの台の上に靴を履いたまま乗り上げている。
「見て足元!!緑色の霧みたいなのが一帯に広がってるでしょう!?
神人、っていうか人間はそれに触れちゃダメなの!!
ちょっとサージ!!説明しなさいっ」
「は!はいぃぃ!!」
返事が聞こえた方向を見れば、高さのある植木鉢にぎりぎり乗っかりその植木にしがみつくよう、
落ちないように必死になっている男性がいた。
「スイマセン!スイマセンーーー!!その緑の霧、精霊には効かないみたいなんですけど…っ
我々人間、神人もですが、その霧に触れてると笑いが止まらなくなって、最後は貧血みたいになって倒れちゃうんですー!!!」
「全く!どこが『人間には効かない効果が確かめられた』、よ!
しかも体を硬直させる効果はどこへいったの!?」
「僕にも分からないですーーー!!……あ、でもそういえば、先輩探して棟内走り回ってるときに、
コーヒー持った班メンバーにぶつかったような……ちょっとビーカーにかかりました」
「コーヒーが入っちゃってるんじゃない!!なんで今まで気づかないのよっ!!」
「スイマセンすいませんスイマセン……!!!」
なるほど……。二人の(一方的)口論で何となく事態は把握できた。
周囲を見渡すと、数名の受付嬢が精霊の何人かに担架で運ばれている光景も目に入ってきた。
「そういうワケなのよ!他へ被害拡大しないよう、その正面入り口はもちろん、他の棟や部屋へ移動する扉も全部締め切ってて……
今までの実験結果からの推測でしかないけど……、30~40分くらいで消えてくれると思うの。たぶん」
「これはこれで、笑ってるうちにオーガ攻撃できそうじゃないですかっ?」
「霧広がったら神人たちまで笑って倒れちゃうでしょ!!」
「ああああそうでした!でもそうか……あれにコーヒーを混ぜるとこういう効果、と……」
「もうアナタ責任もって笑いながら倒れる前に実験室行って、すぐに中和薬作ってきたら!?」
怒るクリオナとひたすら謝罪するサージの声がホールにしばし響き渡る。
すでに周囲には、精霊に抱え込まれる神人が続々と増えていた。
ある者は肩に担がれ、ある者はおんぶされ、またある者は自ら姫抱きを所望し。
体格の大きな精霊には神人とA.R.O.A.一般職員2人が抱えられていたり。
かくして、正面ホールという密閉空間に異様な光景と空気が溢れていったのだった。
解説
●緑の霧は、成人女性の膝くらいまで。ドライアイスのスモークのように下を這い、上にあがってくることは無い様子。
●正面ホール内の、受付カウンターや植木鉢、テーブルなど高さのある所は全て
A.R.O.A.一般スタッフの避難場所として埋まっている。
●神人は、霧に体の一部が触れる、吸い込む、などをすると次第に笑い声が出て
力を吸い取られるように5分程で倒れてしまう。精霊には全く無害。
30分間、精霊に抱えてもらって霧を避けて下さい。
抱えられ方としては、「姫抱き」「米俵抱き(肩担ぎ)」「小脇に抱えられる」「おんぶ」など。ご指定下さい。
これ以外のオリジナルな抱えられ方ご希望の場合、GMに伝わるようご説明をお願い致します。
(オリジナル抱っこの場合、解釈間違えて違う抱えられ方になる可能性も、多少なりございますのでご了承下さい。
いえ読解頑張りますが……!)
勿論、「精霊と口論になって」「精霊に力が足りなくて」などでむしろ落とされて、笑って倒れるプランも有りです。
(それだけですと本当に「倒れて終わる」ので、何かしらのプラン内容の最後に書くことをオススメします)
同じ密閉内ですので、他のウィンクルム様方と抱っこ状態で会話も楽しめます。
お互いをからかうもヨシ、羨ましがるもヨシ、意外と楽しみ方は様々。
ゲームマスターより
プロローグを一読頂きありがとうございます!蒼色クレヨンと申します。
やたら説明っぽい内容になってますが、要は
「霧を口実に遠慮なく精霊に抱き付けばいいじゃない☆」というラブコメディなエピソードです(笑)
距離感ゼロな状態で、日頃出来ない態度や今なら言えそうな話などなど。
全員がシンプルな同じ状況下でこそ、各々の個性が映えると信じております!(ええ!私個人が!)
皆様のキャラらしさ溢れるプランをお待ちしております♪
……精霊様方、頑張って……!(←)
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)
これ、所謂お姫様抱っこっていうやつですよね? 何でそんな楽しそうな顔してるんですかー! うう、備品返却に来ただけなのに何でこんなことに… だんまりなのも何なので、趣味とか好きな食べ物とか 質問してはみますが、何を聞いても 反応が薄いのでちょっと寂しいです… そういえば、意外でした。 グレンのことなのでこうやって抱えてくれるなんて 全く!これっぽっちも!微塵も!思ってなくて… …あああああごめんなさい私の言い方が悪かったです、 この後グレンのためにケーキ沢山焼きますので どうか下ろさないでくださいー!!! あはは…人って怖い思いすると 本当に笑うしかなくなるんですね… え…あ、さっきので霧には触れてないです、 大丈夫ですよ? |
手屋 笹(カガヤ・アクショア)
笑いながら気絶というのも格好がつきませんし、 少し恥ずかしいですが、カガヤに抱えてもらう事にしましょう…。 どのくらいで晴れるかはっきりしませんし、 抱え方はカガヤにお任せいたします。 あんまり変な抱え方の場合は一言入れます。 カガヤだと何も言わない場合、 肩車とかありえそうですから…。 最近空気が読めないのではなく、 わざと違う方向に空気読んでる気がしてきましたわ…。 これを始めから言うのは気が引けたので一言…。 小声で、でもはっきりと。 「あのカガヤ…その…姫抱っこ…がいいですわ」 うう、恥ずかしい…。 抱え直したり、抱えられている間は無闇やたらと動かずじっとしていましょう。 さすがに動いてしまうと大変でしょうしね。 |
かのん(天藍)
状況を理解しない内に天藍に抱え上げられ、驚きで足がばたつく きつい口調の天藍に一瞬怯むも、足下の霧に気付き、謝罪と感謝の言葉を伝える 体の位置を当初より上に上げ、体制を整えるも、天藍の顔が至近距離にあり落ち着かない 何となく一般職の方の視線が痛い気がします かのんは殆ど動けない状態なので大丈夫かと天藍に尋ねられたので、むしろ、天藍の方が大変だろうと気遣う 「私は大丈夫ですけど・・・天藍はずっと荷物抱えている状態ですから重いでしょう?本当に無理をしないでください・・・」 話している途中で顔を寄せて囁く天藍の返事に顔を朱に染める 霧が収束し一段落した所で、感謝を込めて天藍の手から肩、背中等のマッサージを行う |
リヴィエラ(ロジェ)
リヴィエラ: 【心情】 契約をする前に、ロジェ様に命を助けて頂いただけで十分なのに これ以上何も望みません。私は幸せになってはいけない。 幸せになったら、私を庇って死んだお父様とお母様に申し訳が立たないもの… ああ、なのにそんなに抱き寄せられたら、この秘めた気持ちがバレてしまう… お願い…これ以上貴方を好きにさせないで… 【行動】 ロジェ様に『降ろして下さい』とお願いします。脚をバタバタさせてでも、です。 ああ、他の神人様達はどうなさっているの?(辺りを見る) 私は『薬学』のスキルを持っています。いざとなれば解毒薬だって…! だからお願い、降ろしてください…貴方を愛してはいけないんです…! |
●ホールド開始~A.R.O.A.一般女性職員は見た~
「ねぇ……っ」
「ええ!これは……、眼福ね……!」
緑の霧がホールをすっかり覆ってしまったが故、通常ホールで仕事をしているA.R.O.A.一般職員たちは、
各々霧の届かない高さのある場所に避難していた。
そんな中、後からやってきては続々と巻き込まれていくウィンクルムたちが、少しずつ事態を把握しては抱えられていく光景が広がっていた。
ウィンクルムたちには美男美女が多い、それはA.R.O.A.に関わる者の大半が周知の事実である。
そして今まさに、巻き込まれたウィンクルムたちは女性職員が思わずガン見、もとい、
見惚れるほどの雰囲気を持った者たちが多かったのであった。
「これ……所謂『お姫様抱っこ』っていうやつですよね?
なんでそんな楽しそうな顔してるんですかー?!」
「ほれ。動くと落ちるぞ。落とすぞ」
「意図的にはダメですよ?!」
ニーナ・ルアルディは備品を返しに少し寄っただけのつもりだった。
それが今や、ある意味のとんでもない事態にまだ少々混乱していた。
真っ赤になった己の神人を抱えているグレン・カーヴェルは、ニーナがこういう反応をするであろうことを分かった上で、抱え方をチョイスし楽しんでいるようである。
「しかしまぁ……触れると笑って倒れる霧ねぇ。本当、俺ら精霊には効かないのな。
…………なぁ、」
「笑いませんよ?!霧に触れて倒れたくないですよ?!私!」
「まだ何も言ってないんだが」
「そんな好奇心の目を向けられたらさすがに分かります……」
「チッ」
ただでさえ近距離ですし…、という言葉は飲み込んだニーナ。
言ったが最後、からかいのネタを提供するようなものだということは、最近の彼との付き合い方で身に染みて理解していたのだ。
それでも下ろすことはしないグレンに、少し不思議な視線を送ってもいた。
「え?!な、なんですかっ?!おお下ろして、ください……っ」
「いいから大人しくしていろ……!」
今扉をくぐってきたばかりのかのんは、パートナーである天藍の突然の行動に足をバタつかせ身じろぎをしていた。
いきなり横抱きに抱えられてはそれもそのはずである。
しかして、天藍は強引にかのんをより一層抑え込めば思わず声を荒げていた。
彼の目には扉をくぐった瞬間から、異様な事態が映っていたのだ。
滅多に聞かないその声色にビクリと体を硬直させるも、その視線の先、今も視界をやや下に向け警戒をしている天藍の様子にかのんも気付いた。
「かのんさーーーん!この緑の霧、神人は触れちゃダメみたいなんですよー!
……あっ!こんにちはーーー!!」
「……お前マイペースにも程があるな」
同期のウィンクルム、ニーナとグレンの言葉にそちらを向けば、やはりあちらも精霊に抱えられている姿が目に入った。
ようやく事態を飲み込んだかのんは、ニーナに挨拶を返した後おずおずと天藍を見つめ。
「あの……天藍。その、ごめんなさい。すぐに気付いてくれて、助けてくれてありがとうございました」
「いや。俺も説明すれば良かった。驚かせてすまなかったな」
「いいえ。守って下さったんですから謝らないで下さい。
それにしても……天藍はその霧、大丈夫なのですか?」
「さて。今のところ特に何ともないが。周りを見るに、普通に立っているのは皆精霊ばかりだな」
とりあえず手近に居たA.R.O.A.職員に詳細を聞くかと、かのんを抱えたまま移動する天藍であった。
「……素敵、ですわね……」
かのんと天藍のやり取りの一部始終を見ていた、手屋 笹はぽろりと思考を口にしていた。
彼女もまた、精霊である カガヤ・アクショアにすでに抱え込まれ難を逃れている一人である。
いや、抱えられているというより担がれているといえるだろう。
笹の視界は今や普段の2倍近い高さ。肩車をされた状態であったのだ。
予想をしていたとはいえ、あまりの素早い動きに止める間もなくあっという間にこの状態にされていたのである。
「確かに……抱えるのはカガヤで、大変かと思い……お任せしましたが……」
「え?何か言った?笹ちゃん」
先ほどの絵に描いたようなお二人とのこの違いは……、とどうしても居た堪れない思いを笹は募らせていた。
真っ先に浮かぶのが肩車、というあたりカガヤらしいといえばそうだが、
そうされる女の子の心理には気付かないのもまたカガヤであるのだろう。
「どう?笹ちゃんっ。視界良好じゃない?いつもの笹ちゃんの背とはまた違った…っイタ?!」
「おまけに空気も読めてないですわ……」
日頃から身長を気にしているのを知っているだろうに、それでも素でそこに触れようとするカガヤの脳天を
べしりっ、と叩かずにはいられない笹が居た。
大抵の神人たちは、この状況を把握すれば抱えられること自体は避難措置として受け入れている。
しかしここに、未だ揉めているウィンクルムがいた。
「お願いですから……下ろしてくださいっロジェ様!」
「絶対下ろさない」
「私なら大丈夫ですから……っっ」
「倒れてしまうというのに何が大丈夫なんだ!」
「あの……ですから……っ」
日頃はあまり強い物言いなどをしないリヴィエラが、ここまで頑なに抱えられることを拒否するには彼女なりの葛藤があった。
(ロジェ様には……もう返しきれない恩がありますのに……っ
なのに貴方を……貴方のことを、何も出来ない私が……このままでは気持ちが育ってしまう……)
「何をそんなに意地になっているんだ……っ?」
「い、意地、などでは……とにかく大丈夫なので、下ろしてください」
「そんな納得いかない理由で下ろせると思うのか?」
そして再び足をばたつかせ無理やりにでも下りようとするリヴィエラとロジェの、静かな攻防が始まってしまうのだった。
●15分経過
研究職員、クレオナの推察する効果の切れる時間まで約半分が過ぎた頃。
神人とA.R.O.A.職員、二人を抱えていたりする体格の良い精霊などはさすがに少々疲労の色が見え隠れしていた。
何もせず、ただただ抱えて立っているだけだとどうしても体重と重力の存在を感じずにはいられないのだろう。
何か気をまぎらせようと、必死に会話を続けているウィンクルムも見える。
意図としてはそれと同じ、だが一方通行になってしまっている組がここにいた。
「……が好みなのですが、グレンさんはどうですか?」
「え?あ、わりぃ。聞いてなかった」
「この距離でどうしてですかっ?」
異議を申し立てるニーナを抱えているグレンは、他のウィンクルムを観察して気をまぎらせていた様子。
疲労の見える精霊に気づけば、そういえばまだほとんど疲れていない自分にも気づいた。
思わずその細い体をしげしげと見つめる。
「な……なんですか?」
「……いんや。何でもない」
「そういえば、意外でした。グレンのことなのでこうやって抱えてくれるなんて
全く!これっぽっちも!微塵も!思ってなくて…」
「ほぉ……」
グレンの爽やかな笑顔が向けられた瞬間、ニーナは次に訪れる危機を瞬時に悟った。
「あああああごめんなさい私の言い方が悪かったです!
この後グレンのためにケーキ沢山焼きますのでどうか下ろさないでくださいー!!!」
「ハハハ、さてどうするかなーっ」
ニーナを抱えていた腕をじりじり下げ始めるグレン。
勿論下ろす気はないのだが、これが彼流のコミュニケーション方法なのだから、もはや振り回される運命となってしまっているニーナである。
「あ!!ほ、ほら……っ!ニーナさん、も……下ろしてもらうつもりみたいですよ……!」
「……あれはどう見てもグレンさんが遊んでいるんだと思うぞ」
一体他の神人たちはどうしているのだろうっ、とひたすら辺りを窺っていたリヴィエラが渡りに船とばかりに、ロジェにニーナたちを見る様促す。
一瞬気の毒そうな視線を送りつつ、ロジェによってしかしそれもあっさり一蹴される運びとなった。
「で、では……!私、薬学の知識が多少ですけどもあります、ので……っ
すぐ解毒薬を作ってみます……、から……!」
「笑いながら手が震えているかもしれない中でか?」
「ええと……そ、そしたら…………」
まだまだ続きそうな抵抗に、ロジェは一度息を吐いてから口を開く。
「俺はリヴィーを下ろす気はない。何があっても、だ。
俺とてお前じゃなかったら……」
「え?」
「……いや。とにかく、神人を護るのが俺の役目であり俺の意志だ。
笑って倒れて……その後だって万が一何かあっては困る」
「……」
「リヴィー?」
「……すいません、ロジェ様……」
「うん?」
それまでずっと体を強張らせ、抱え込まれることを拒絶していたリヴィエラの体から徐々に力が抜けていくのに、ロジェは一度目を丸くする。
(ロジェ様を……困らせるつもりは……ないんです……)
自責と後悔のような葛藤の中、それでもこの温かな腕は安心が出来て。
今はただこの腕に頼るしかないのだとそう言い聞かせて。
大人しくなったリヴィエラに、小さく微笑みを向けるロジェもまた、身の内に迷う心を抱えていた。
それは決して表に、形に、なることはなく身を隠すのであった。
「……リヴィエラさんたち、何か揉めてらっしゃったようですが大丈夫でしょうか……」
「……あぁ、大丈夫だ。落ち着いたようだな」
A.R.O.A.職員に詳細を聞き終えた、かのんと天藍は先ほど少し目にしたウィンクルムを気にかける。
とはいえ、完全に横抱きに抱えられているかのんは、移動したことにより見える視界が変わっていて
丁度真後ろの位置になったリヴィエラたちを視界に捉えることは出来ずにいた。
代わりに天藍が首を動かし様子を窺えば、問題ないことをかのんに告げる。
安堵の色を浮かべるかのんを確認しては、天藍はかのんへ向き直る。
「ずっと抱えられて動けずにいるが……かのん、体は大丈夫か?」
「あ、はい。私は大丈夫ですけど……天藍はずっと荷物抱えている状態ですから重いでしょう?
本当に無理をしないでください……」
態勢を立て直そうとする天藍に、少しでも楽な姿勢になれればと自分も手をかける位置を
首から相手の肩に回しながら、かのんは気づかわしげにその顔を見上げた。
重心を上半身から腰下へ移らせ、再びしっかりとかのんの背中とももの下でその腕に力を込めれば、いつの間にか二人の距離は更に縮まっている。
偶然か確信犯か、その密着度を利用するように先程のかのんの言葉へと天藍は返答する。
「なに、役得だろ」
耳のそばで囁かれた言葉には流石に平静を保てず、顔を赤らめるかのんを見つめれば
これは中々悪くない事態だ、と心中で不敵な笑みを浮かべている天藍がいたとか。
「……カガヤ、あの……ちょっといい、ですか……」
「うん?どうしたの笹ちゃん。疲れてきちゃった?」
「いえ疲れるのはカガヤの方です。えっと……そうではなく……」
普段の、すっぱりキッパリな笹らしくなく何かを言いたそうな様子に、カガヤも首を傾げ
位置的には見えない肩車上の笹の方を見上げてみる。
チラリと、かのんと天藍の方へ視線をやる笹。
(やっぱり、いいなって思うんですもの……)
他の神人たちとは明らかに違う抱えられ方も気になったが、どこかカガヤにこうして欲しいのに、と思う自分がいる。
そんな複雑な気持ちを勇気を振り絞って、とうとう口にした。
「あのカガヤ……その……姫抱っこ…………がいいですわ」
「へ……?」
頭の上でもじもじと動く手の感触に、しばらく思考を停止していたカガヤだったが
ああ!とようやく汲み取ったように声を出し。
「そっか!笹ちゃんも女の子、だもんねっ。
ちゃんと言ってくれたのもなんか嬉しいから、うん、了解!」
「……いいんですの?」
「もちろん!えーと、そしたら一旦下ろしてすぐ抱えるけど……一瞬なら平気かなぁ。
笹ちゃん、緑の霧、怖くない?」
「え、ええ。問題ありませんわ」
「よし!じゃあ……、よっと」
ゆっくり、しゃがみ込んでは首を傾け笹が下りやすいようにし。
笹が着地したのを確認してすぐ様、その体を横に抱いては自分の方へ体重を寄せさせる。
「っっあのカガヤ……、く、首に手を回して、も?お、落ちそうで……っ」
「落とさないよー。俺、普段これでも鍛えてるんだぜ?
でもそうだね。そうしてくれた方が俺も抱えやすいかな!」
「で、では……っ」
カガヤの首に手を回してしっかりとしがみつく姿勢になると、さっきまでとは全く違った視界に笹は息をつく。
なんだろう、何か、嬉しいかもしれない……そんな気持ちがこみ上げてきた矢先。
「それにしても笹ちゃんの体、こんなに柔らかかったんだねー!」
と、やはり全く空気が読めなかった笑顔のカガヤ。
その首を、回した腕できつく締め上げようかと力がこもり始めた笹であった。
●晴れる霧
「あらっ?さっきまでより薄くなってる……かしら?」
いつもならばあっという間の時間も、なんだかとても長く感じていたかもしれないホール内の雰囲気に
区切りを付けたのは、研究員クレオナのそんな第一声だった。
ホール一帯を覆っていた緑の色が、確かに薄くなっており、箇所によってはハッキリと床が見える部分も出てきていた。
固唾を飲んで見守るホール内一同。
そうしてしばし待てば、ほぼ床全面が見えるようになったのを確認したクレオナは、植木鉢の上の男性職員へと声を放つ。
「ちょっとサージ!あなたそこから下りてみなさい!」
「え?!ぼ、僕ですか?!」
「当たり前じゃない!!元凶でしょっ?!」
「は、はいぃぃっ!!」
逆らう余地もなく、恐る恐るその高さのある場所から足を下ろすサージ。
それを見てから、腕時計の針を見つめまたしばし待つクレオナ。
そうしてようやく、ホール全体へと声を響かせたのだった。
「皆さん、本当にお騒がせしてごめんなさいねー!もう大丈夫よ!!たぶん!」
微妙に不安の残る言い回しだったが、その言葉を聞いてまず最初にかのんが頷いては
それを合図に足元から天藍がかのんをゆっくりと下ろしていった。
「うーむ……残念。もう少し堪能していても良かったんだが」
「何を言っているんですか。ほら、腕出してください」
「?何するんだ?」
「その……ずっと抱えてくれていたわけですし……マッサージ、を……」
「してくれるのか?」
「か、感謝の意味で……」
純粋に労いを込めてのつもりだったが、改めて聞かれると少々照れる。
かのんは赤らんだ顔を見られないよう、天藍の手を引いて適当な段差のある場所に座らせれば、
背後から回り込むようにして一度天藍の肩に手をついてから、その若干固くなっている肩から腕にかけて、丁寧にもみほぐしていく。
(こんなことされたことないんだが……)
本来は自分がかのんを労いたかったところだが、という複雑な心中の天藍であったが、
一生懸命なその横顔が視界に入ればそんな心中を隠すように、微笑みを向けるのだった。
かのんたちとほぼ同時くらいに、リヴィエラがロジェの腕からずり落ちるように足を着く。
「あぁ……なんだか地面が懐かしいです……」
「大丈夫か?リヴィー」
「わ、私は、平気ですっ。それよりロジェ様、体、何ともないですかっ?」
「あー……誰かさんが最初のうち激しく抵抗してくれたからなぁ……腕と腰が痛い」
「ああああっ……そのっ、本当にっ、申し訳ありませ……!」
「冗談だ。これくらい何ともないさ。リヴィーが無事で良かったよ」
「ロジェ様……」
ホッとした顔を浮かべたリヴィエラの目に、かのんが天藍の腕をマッサージしている姿が飛び込んできた。
「ろ、ロジェ様!私も、腕、マッサージ致しましょうかっ?」
「えっ?!何故っ?」
彼の視界にはマッサージの2人の姿は映っていなかった為、唐突なリヴィエラの発言に焦るロジェの姿がしばしの間周囲から目撃された。
次々とホールドを解いていくウィンクルムたちを見つめて、笹はおずおずカガヤの首から手を放す。
(なんだか……ちょっと名残惜しい、ですわね……)
滅多にないこんな状況に驚いたり呆れたりしたものの、こうしてカガヤに女の子扱いしてもらっているという事実は、
意外にも笹の中で手放し難いものとなっていたようだ。
「んー。うん、本当にもう大丈夫そうだな!笹ちゃん、下ろすよー」
「えっ、あ、はい!」
あっさりと床に下ろされれば、ハァと無意識に溜息が漏れた。
「笹ちゃんっ?大丈夫?変な抱え方してどっか痛めちゃったりした……っ?」
笹の芽生え始めた女心には全く気付くことないカガヤは、違う方向から笹を気遣う言葉をかける。
そんなカガヤの、カガヤらしい優しさに触れれば仕方なく、それでも自然と笑顔を向ける笹がいた。
「あはは……人って怖い思いすると本当に笑うしかなくなるんですね……」
下ろす、下ろさないの攻防でグレンによってからかわれていたニーナは、ようやく安全な地に足をつければ、
グレンの手をまだ掴んだままへなへなと座り込んだ。
笑顔で肩を震わせるニーナを見て、怪訝そうな顔をするグレン。
「おい、なんか小刻みに震えて笑ってねーか……
霧には当てていないつもりだったんがな……」
おーいちょっとコイツ見てやってくれねーか、とクレオナに声をかけるグレンに
ニーナは慌てて手を横に振った。
「え……あ、さっきので霧には触れてないです、大丈夫ですよ?!」
心配そうに駆け寄ってきたクレオナに異常なしの旨を告げてから、ニーナはグレンをじっと見上げる。
「と、とりあえず……グレンお疲れ様、でした……ありがとうございます」
「ケーキ沢山、だったよな」
「や、やっぱり覚えてました?」
「当然だろ」
まぁ正直俺は楽しかっただけなんだがな、と内心悪代官のような笑みを含みながら、
ちゃっかりとニーナからのお詫びケーキを頂戴するグレンであった。
「あらー……結構見てて楽しかったのにねぇ」
「でもほら。精霊さんたちもさすがにこれ以上は体力的に疲れちゃうでしょ」
「それもそうね……これで少し、また仲良くなったウィンクルムも居たりするのかしら……。うふふっ」
完全に傍観をしていたA.R.O.A.の一般女性職員たちから、大変他人事な感想が聞こえてきたり。
全ての職員、ウィンクルムたちが無事なのを確認して、扉を解放しながら研究室へ向かう道すがら
再びクレオナに説教をされるサージの、切ない謝罪の連打が鳴り響いていたとか……。
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 蒼色クレヨン |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | コメディ |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 04月28日 |
出発日 | 05月03日 00:00 |
予定納品日 | 05月13日 |
参加者
会議室
-
2014/05/02-00:00
ニーナです、何か大変なことになってますね…
えっと、普段の行動を見るに途中で力尽きたりはしないとは思うんですけど、
30分間何事もなく終わる気がしません…! -
2014/05/01-22:43
こんばんは、手屋 笹です。
はじめましての方はよろしくお願い致しますね。
変な薬品の為に仕方なくカガヤに抱えるようにお願いしてみますが、
何故だか普通にやってもらえる気がしないのは何故でしょう…。
とりあえず何事もなく30分経過できるといいのですが…。 -
2014/05/01-20:51
はじめまして、かのんと申します。
何だか困った状態に巻き込まれてしまいましたね・・・
無事に時間が過ぎる事を祈るばかりです -
2014/05/01-19:07
こ、こんにちは、リヴィエラと申します。
神人と人間限定で効いてしまう霧だなんて怖いけれど
お、おおおお、お姫様抱っこだなんて、そんな…っ(耳まで真っ赤になりながら)
うぅぅ…み、皆さまもどうかお気を付けて…