【桜吹雪】櫻と霧雨に君が拐かされそうで(あき缶 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●降りしきる細雨
 サクラウヅキの中心地から離れた場所。疏水の両脇のヨミツキ並木は花弁を散らして水面を彩り、側の小高い丘には同じくヨミツキが咲き誇る。
 今日は静かな場所で、パートナーと散策しようと思っていた。疏水を歩く前に、上のヨミツキを愛でようと丘を登っている。
 なのに、空は重く灰色で、空気もなんだか湿ってきていた。寒くはないが……と思っていたら、ぽつりと頬に冷たさを感じた。
「あっ」
 サァア……と静かに雨が降り始めた。
 傘をさすまでもないような、細かい細かい雨だが、それでも外にずっと居るとぐっしょりと濡れてきてしまいそうだ。
 だけれど、この付近に雨宿りできそうな長居を許してもらえる茶店や施設は無い。民家と小間物屋くらいしかないようで、観光の町であるサクラウヅキでは珍しいほどに静かな場所なのである。
 君は、パートナーに丘の上で待っているように頼んだ。
「あの小間物屋で傘を買ってくるよ。見つけやすいようにあのヨミツキの下にいて」
 桜の下ならば、少しでも雨宿りになるだろう。
 パートナーは了承し、君は丘を駆け下りる。
 傘を買って、再び丘を登る頃、世界はすっかり銀色に烟っていた。
 君がヨミツキの下のパートナーを認めた瞬間、冷たくはない風が吹き抜けて、ざあっとヨミツキの花びらが散る。

 桜吹雪――!
 そして君は、陳腐な考えが浮かんでしまう。

「桜にさらわれそうだ……!」

 だから、君は……。

解説

●趣旨:雨の桜を楽しむ
 →つまり
 1、「桜にさらわれそうだったんだ……」なトークを繰り広げる
 2、雨の中の花見を楽しむ
 3、雨の下の疏水をそぞろ歩くデートをする
 以上3案のどれか(複数選択可能ですが描写は薄くなります)を選んでください。

●消費ジェール
 傘を買うのに400ジェール消費します
 【注意】傘の本数を明記してください。ただし何本でも400ジェールです。

●状況
 昼のサクラウヅキに霧雨が降っています
 丘の上のヨミツキの下にパートナーだけがいます(他者との絡みは出来ません)
 丘の下には疏水があり、ヨミツキが並び、花びらを水面に散らせています
 飲食店や宿屋などの施設はありません

ゲームマスターより

お世話になります。あき缶です。

お約束のアレ!!!

「君が……桜に攫われそうだったんだ……」
「お前……(トゥクン)」
桜「解せぬ」

です!!! 別にこのエピで(トゥクン)してくれという意味ではないですよ!
え? そんなシチュエーション最近見ない気がする? キニシナイ!

雰囲気的には京都の哲学の道なテイストです。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アルヴィン=ハーヴェイ(リディオ=ファヴァレット)

  …ん?…雨かぁ。
折角、リディとのお花見…って思ったんだけどなぁ。
雨の中のお花見も風情があっていい…かな?

…リディっ!(リディオにぎゅーっと抱き着き)
えっと…その、急に抱き着いたりしてごめん。
…何か、おかしなことを言ったりしてるかもしれないけど、リディがその…いなくなっちゃうような気がして。
黙っていなくなっちゃうなんて事ある筈無いのに…急に不安になっちゃって。

…ええと、そうだ。傘、買ってきたよ。
一本だけ…だけど。その、相合傘ー…なんて。
…今日のオレ、なんか変だね。
っと、気を取り押してお花見しよ?
雨に濡れてる桜も何か良いかも。
まあ、晴れてる方がお弁当とか広げられるんだけどね。


俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
  桜を見てたら雨が
傘を買いに行こうとネカを誘うが、動く気配がないので諦めて一人で店へ

傘を二本買って戻ってくるとネカはちゃんとこっちを見て微笑んでいた
雨と桜に浮かび上がるネカの姿が幻想的で
今だけは外見通りのように見えて、だからガラにもないことを思ってしまった
『桜に攫われてしまいそうだ』って
そう思ったらいてもたってもいられなくなって傘を放り出してネカに駆け寄り抱き締める
雨で冷えてるけどちゃんと体温があって安心する
普段ならこの辺で我に返って慌てて離れるんだが、今日は何故だかそうしたくない
正直に不安になったことを呟く

予想外の返答に一瞬呆気にとられる
…好きにしろよ
お前がいなくならないんだったらそれでいい


ティート(梟)
  待つ間桜の下でうろうろ
一人になると余計なことを考えてしまうな
母が消えた日も雨が降ってたから
どうせなら物心付く前に捨ててくれたら良かったのに

桜吹雪の時一歩踏み出して手を伸ばす
置いて行かれそうだと思ったんだ
からかわれるだろうと俯く

……お、遅かったなおっさん
別に、なんでもない
図星を指され動揺
思ってない!あんたみたいなでかいのが花弁に乗って消えたら怖いだろ!

優しい言葉と手に甘えてしまいそうになる
でもあんたが見てるのは、思い出してるのは、違う人間だから
俺だけを見て欲しいなんて贅沢は言わない、でも…
自分がわからない。俺はどうしたいんだろう

顔を見られたくないから手を振り払って傘ひったくって
置いてくぞおっさん


レオ・スタッド(ルードヴィッヒ)
  2
女の子とデートならまだしも、なんであんたと…
うわ…雨も降って来た、髪が濡れちゃうじゃない
え、どこ行くのよ!?

傘…なんで1本?
無いよりマシだけど…(相合傘かよ…!
…またキスしたら殴るぞ
手を引かれついて行く
(…誰かに見られたらどうすんだよ

…綺麗、ね(ポツリ
情趣ってなによ?
ぐ…(普段使わねぇだろ!
…ていうか、手ぇ離せよ(苛々
…恥ずかしいんだよ!大の男が!こんな綺麗な所で!手なんか繋いで!!
なんか、デートしてるみたいじゃん…変だろ
…は?
(気にするなって、無茶言うなよ…

バツの悪さに沈黙
…ルードは、私とデートして楽しいの?(チラ
何それ、口説いてるの?(薄笑い
…ふん、バーカ
(これが有意義な時間なの?


ラティオ・ウィーウェレ(ノクス)
  傘を2本。

「はい、買って来たよ」この距離ならどちらでも大差ないさ。
「折角来たのに、雨とはツイてない」
雨に濡れても桜は桜だけどもね。

帰ったら着替えなきゃいけないかな。
理由かい?
「僕に付き合わせて、かどうかはわからないけど。お互い篭り切りだろう?」
僕の家も田舎だけど、そこまで景観は良くないからね。
どうせなら時期も合うから良いものを見ようかと。
「君のいた場所は、ええと。随分と風情というものがあったと聞いたからさ」
同じぐらい素晴らしい景色なら、喜ぶんじゃないかと思ってね。
生憎の天気だけど、君が気しないなら良かったよ。

うん。「君、物言いがきついと言われないかい?」
僕も人付き合いが得意とは言えないけどさ。


●静かな慈雨の中で
 ――どんちゃん騒ぎの花見も良いが静かな花見も良いぞ。
 そう梟がいうから、ティートはサクラウヅキにやってきた。
 なるほど、人気のないヨミツキの下は風情がある。だけれど、天からしずくが垂れてきた。
「……」
 ティートはヨミツキの下でぼうっと白糸のような雨を眺めていた。
 梟は、傘を買いに行ってしまったから今は一人だ。静かで誰もいないヨミツキの下、雨音だけがティートの耳を埋める。
(一人になると……)
 一人になると、余計なことばかり考えてしまう。
 例えば、母が消えた日のこと、とか。
(あの日も、雨が降っていた……)
 ティートは目を伏せた。あの日のことは、覚えている。いっそ、いっそ……。
(物心付く前に捨ててくれたら良かったのに……)
 孤独を思い出したティートは、体の奥が冷えきっていく気分がして、このまま目を閉じていると闇に吸い込まれていきそうな気がして、思わず目を開く。
 さくさくと芝を踏む音が聞こえてきて、ティートはハッと音の方へと目を向ける。
 傘を持った梟が近づいてきていた。
 近づこうと足を踏みこむ。その瞬間、強い風が吹いて窒息しそうなほどの花吹雪――!
(綺麗だな。相棒との散歩を思い出す)
 梟は花吹雪を見て、故人とのもう戻らない時間を思い出していた。
「ん……?」
 桃色の視界の奥に垣間見える今の相棒の様子がおかしいことに、梟は眉をひそめた。
 縋るように手を伸ばして、真っ青で必死な形相だった。
「どうした坊や」
 硬直しているティートに梟は急いで近づく。傘は一本しか買わなかったなどという冗談を言える雰囲気ではなかった。
 梟の呼びかけを聞いて、ティートは我に返ったのか、恥じらうように顔を伏せた。
「……お、遅かったな、おっさん」
 消えそうな声でティートはそれだけ言った。
「どうした」
 もう一度問えば、別に何でもないとつれない返事。
(置いてかれた子犬みたいな顔して……ああ、昔を思い出したか)
 梟は眉をハの字に下げ、優しい声かつ軽い調子で問う。
「もしかして俺が桜に攫われると思ったか?」
 ティートは眉を寄せた。
(そうだ。置いていかれそうだと、思ったんだ)
 梟は年長者だからか察しが良い。これ以上悟られたくなくて、ティートはムキになって大声を上げた。
「思ってない!! あんたみたいなでかいのが花弁に乗って消えたら怖いだろ!」
「あっはっは、そりゃあそうだ」
 梟は笑い飛ばす。
 ティートの真っ青だった顔が一気に紅潮したのを認め、苦笑を浮かべながら梟はティートの頭に手を置いた。
「大丈夫だ、俺はここにいる。居なくなったりしないぞ」
「……」
 甘えたい衝動が湧き上がってきてしまって、ティートは戸惑う。
 このまま身を委ねてしまいたかった。でも、梟の目が過去の相棒に向けられていることを、ティートは知っている。
(俺だけを見て……)
 けれど、それは贅沢だ。でも。
 ティートは自分で自分の気持がわからなくなって、ぎゅうと唇を噛むと、うつむいたまま梟の手から傘をもぎ取った。
 そして梟を振りきって走りだす。
「置いてくぞ、おっさん!」
「…………ああ、待ってくれ」
 ティートの背をぼうっと眺めていた梟は、ティートの声を聞き、ようやく彼を追い始めた。
 どこまで踏み込んでいいのだろうか、梟はティートの頭を撫でていた手を見つめる。
「不安を拭ってやるにはどうしたらいい?」
 その小さな問いかけに答える声はなく。慈雨はただただ二人を包んで降り続ける……。

●曇天の情緒の下で
 ぶすくれた顔と口調でノクスは、花吹雪をかき分けるように戻ってきたラティオ・ウィーウェレを迎えた。
「貴様は急ごうとは思わんのか」
 突然の雨に、傘を買い求めにいったことまではいい。だがしかし、のんびり歩いて帰ってくるとは。
「この距離ならどちらでも大差ないさ」
 しかしノクスの不機嫌さもラティオはひょうひょうといなした。
「折角来たのに、雨とはツイてない。雨に濡れても桜は桜だけどもね」
 と言いながらラティオはノクスに傘を一本渡す。
「濡れた様もまた趣があるだろうが」
 傘を開きながらノクスは、また不機嫌になる。雨に濡れる桜の雅さ、情緒を解せないとは嘆かわしい、と言わんばかりである。
 とにかく雨を凌ぐ方法を手に入れた二人は、疏水へと向かった。
 すっかり服は濡れていて、着替えが必要そうだが、これ以上濡れる心配はなくなった。
「……で、何故に外に出ようなどと思ったのだ」
 ぽつんとノクスが問う。
「理由かい?」
 ラティオは、少しだけ間を開けてから口をもう一度開く。
「僕に付き合わせて、かどうかはわからないけど。お互い篭り切りだろう?」
 確かにラティオは研究室に篭り切りだ、ノクスはただの出不精だが。
 そうやって同じ屋根の下に住んでいるが、あまり二人は親しいわけでもない。
「しかも季節物の桜を見になど」
「僕の家も田舎だけど、そこまで景観は良くないからね。どうせなら時期も合うから良いものを見ようかと」
 ラティオはニコニコと笑顔のまま続けた。
「君のいた場所は、ええと。随分と風情というものがあったと聞いたからさ」
 ノクスはただラティオを見つめる。
(風情があるとは聞こえは良い。実際はただの山奥だが)
 ラティオはその沈黙をどう取ったか、笑顔のまま続ける。
「同じぐらい素晴らしい景色なら、喜ぶんじゃないかと思ってね。生憎の天気だけど、君が気にしないなら良かったよ」
「ほう」
 とだけ返して、ノクスは視線をヨミツキに移す。雨降る曇天の下でも、薄い日光を浴びるこの壮麗なる桜はため息が出るほど美しい。
(……友好を深めたいということ、か?)
 普段から何を考えているかわからないラティオは、ノクスの皮肉にもひょうひょうとしていて、文字通り暖簾に腕押し、打てども響かぬ、という言葉が似合いだが、なかなかどうしてノクスのことを気遣って、このサクラウヅキに誘ったらしいではないか。
「貴様にしては殊勝な心掛けだな」
 考えた末に褒めてやると、ラティオは眉を下げた。
「君、物言いがきついと言われないかい?」
 僕も人付き合いが得意とは言えないけどさ……とぼやくラティオに、ノクスは動じずに鼻で笑う。
「我に直接、意見するような者は滅多におらんわ」
 というよりも、ひたすらに孤独なだけだったのだが。ノクスは多くを語らず、素知らぬ顔で花見を続けるのだった。

●晴天に焦がれながらも
「……ん?」
 ぽつんと額に落ちた冷たいものに、アルヴィン=ハーヴェイは天を仰ぐ。
「雨かぁ」
 残念そうにアルヴィンは眉を下げた。
「折角、リディとのお花見……って思ったんだけどな」
 と見つめられたリディオ=ファヴァレットは困ったように微笑んだ。
「雨は嫌いかな?」
 そう問われ、アルヴィンは眉を下げたまま首を傾げる。
「んー雨の中のお花見も風情があっていい……かな?」
「そう」
 アルヴィンの返答を聞いて、リディオは微笑んだ。
 その笑みにドギマギしてしまったアルヴィンは、誤魔化すように傘を買ってくると言いおいて、店へとかけ出した。
 傘を買い求めたアルヴィンは急いでリディオの方へと戻る。リディオは急かすこともなく、ただ笑顔で待ってくれていた。
 その笑顔をかき消すほどの桜吹雪が、二人の間を通り過ぎる。
「リディ!」
 視界から掻き消える精霊に我慢できなくなって、アルヴィンはリディオに飛び付くように抱きついた。
「わっ」
 驚くリディオに、アルヴィンはハッとして腕を解く。
「えっと……その、急に抱きついたりしてごめん」
「い、いや、大丈夫だけれど……どうしたの? びっくりしたよ」
 リディオからのごもっともな質問だが、アルヴィンは答えるのが恥ずかしくて、口ごもってしまう。
 だが、リディオは我慢強く彼の答えを待ってくれるので、
「……何か、おかしなことを言ったりしてるかもしれないけど、リディがその………いなくなっちゃうような気がして」
 アルヴィンは、なんとか正直に答えるのだった。
「いなくなる?」
 きょとんと復唱するリディオに、アルヴィンは自分の答えの恥ずかしさを尚更自覚してしまい、真っ赤な顔でうつむいて、もごもご言った。
「急に変な事言い出しちゃってごめんね。黙っていなくなっちゃうなんて事ある筈無いのに………急に不安になっちゃって」
 リディオはオロオロするアルヴィンを穏やかに見下ろし、首を横に振った。
「え、ええと、そうだ。傘、買ってきたよ」
 一本だけだけど、とアルヴィンはためらいがちに大きめの傘をリディオに見せた。
「その、相合傘ー……なんて」
 バッと傘を開いて、アルヴィンはリディオに寄り添う。
 今日はもっとくっついていたい気分だった。
 しかし、リディオが嫌がるのではないかと、アルヴィンはリディオを伺う。
「あ、その、今日のオレ、なんか変だね。ダメだったらもう一本今からでも買ってくるから」
 今にももう一度店に走りこみそうなアルヴィンの腕を、リディオは優しく捕まえた。
「大丈夫。それより、アルヴィンこそ、肩は濡れてないかな? もっと寄るといいよ」
「あ、う、うん!」
 こくこくと頷いたアルヴィンはリディオの側にぴたりとつく。
「っと、気を取りなおしてお花見しよ?」
「うん、そうだねぇ。雨のヨミツキというのも、こうしてみると、いいねぇ」
 穏やかに笑って桜を見上げるリディオを見て、アルヴィンはほっとする。彼が楽しめているならよかった。
(オレはリディと一緒なら楽しいから)
「そうだね、雨に濡れてる桜も何か良いかも。まあ、晴れてる方がお弁当とか広げられるんだけどね」
「うん、また晴れた時に来ようね」
 次を提案してくれるリディオに、アルヴィンは心から笑顔になる。
「うん。今日は付き合ってくれてありがとね」
 ひらりひらりと風にのって花弁が舞うのを、二人はずっと見つめていた。

●君の帰る場所
「なぁ、このままじゃ風邪引くってば。早く行こうぜ」
 先程からしきりに俊・ブルックスはがネカット・グラキエスの袖を引くのだが、しとどに雨が落ちる中、ネカットは上のヨミツキに視線を射止められているかのように微動だにしない。
「すみませんシュン、傘は一人で買ってきてくれますか」
「え」
「私はもう少しここにいます」
 視線すら俊に向けぬままでネカットは言うので、俊もこれは相当だ、と肩をすくめる。
「わかったわかったよ」
 きびすを返して、
「うお、ひどくなってきやがった!」
 悲鳴を上げながら、俊は店へと走っていく。
 その背に振り返り、ネカットは不意に脳裏によぎった考えにゾッとした。
 ――もう、帰ってこないのでは……?
 このままヨミツキの花弁の群れに連れ去られて、ネカットを一人サクラウヅキに残して、あの男はもう。
 そんな下らない妄想に囚われ、ネカットは動けないでいた。
「なんだよ、桜に夢中なわけじゃねーじゃん」
 傘の一本は差し、一本は握って、俊はネカットの元へと戻っていた。
 じっと自分の方を微笑みながら見つめているネカットの姿は、精霊らしく美しい。黙っていれば、彼は美人なのだ。
 周囲には荘厳なほどに咲き誇るヨミツキ、そして柔らかくフィルターをかけるような雨。
「あ」
 ――ネカが、桜に攫われる。
「ネカ!」
 思わず両手の傘を放り捨てる。広がったままの傘が芝にぶつかってバウンドしつつ転がるけれど、それには構わず俊は駆ける。
「ネカ、ネカッ!」
 必死にネカットに抱きついた俊を、ネカットは目を白黒させつつも何とか抱きとめた。
(戻ってきてくれてホッとしましたが……これはなかなか熱烈な)
 雨に濡れた冷たい衣服の奥に、温かい生身を感じて、俊は安堵の息を吐いた。
 いつもなら、ここらで恥ずかしくなって突き飛ばすよ言うに離れるけれど、今日はどうにもそうしたくなかった。
「……ごめん、ネカが今にも……桜に攫われてしまいそうで」
 きょとんと、俊の吐露を聞いたネカットは、不意に微笑む。
 もしかしたら、彼もこの恐ろしいほど美しい桜の魔力に包まれて、不安に駆られたのかもしれない。ならば。
 穏やかに目を伏せ、ネカットは俊の背をなでた。
「違いますよシュン」
 否定の言葉に顔を上げる俊に、ネカットは笑顔を見せる。
「私から見れば、いなくなってしまいそうだったのはシュンの方です。だから桜と一緒に、あなたを攫いに来ました」
 なんてね、とおどけて付け足すけれど、彼の目は真剣だったから、俊は思わず言葉を失う。
 ネカットの笑顔は美しい。
「可愛い人」
 甘い声が俊の耳朶をくすぐる。
 頬を寄せ、ネカットは甘い甘い言葉を吹き込む。
「本当に連れ去ってしまいたいくらいです」
「…………好きにしろよ」
 俊の答えに、今度はネカットが驚いた。
「お前がいなくならないんだったらそれでいい」
 いいんだ、と言って、俊はネカットの胸に額をこすりつけた。

●有意義な日
 むすっとした表情を隠しもせずにレオ・スタッドはサクラウヅキを歩く。隣には忌々しいマヌルネコテイルスの中年男。
(女の子と花見デートならまだしも……)
 隣りにいるのはあまり花があるとは言えない仏頂面の紳士である。
「たまには俺の我侭にも付き合え。お前が居ないと自衛も出来ん」
 レオの心をまるで読んだかのタイミングで、ルードヴィッヒは言った。
 絶妙のタイミングで言われた言葉にビクと肩を震わせ、レオは視線をルードヴィッヒから外す。
 ウィンクルムとなったからには一緒にいなくてはならないことは、わかっているのだ。
 どうにも察しの良すぎる意地の悪い男、それがルードヴィッヒであって、レオはこの男とウマが合わないと感じている。調子が狂うというか、思い通りにならないというか。
(チッ)
 内心舌打ちした瞬間、さあっと湿り気。
「うわ。雨も降って来た、髪が濡れちゃうじゃない」
 アパレル業界で働く者として、それなりに身だしなみには気を使っているレオにとって、過剰な湿気は鬱陶しい。
(全く……)
 困り顔で掌を空に向けているレオを横目で見て、ルードヴィッヒはため息を吐く。
 霧雨くらいでピーピーと泣き言を言うとは情けない。
「……仕方ない」
 すいっと流れるような動作でルードヴィッヒは身を翻した。
「え、何処行くのよ!?」
「そこで待ってろ」
 慌てたように声が追ってくるが、静かな声で押さえつけ、ルードヴィッヒは商店へと入り、手早く傘を買い求めて、レオの元へと戻ってきた。
「傘……」
 ようやく意図が飲み込めた、とレオは納得したように表情を緩めかけ、また眉をひそめなおす。
「ちょっと、なんで一本だけなのよ」
 険のある問いにルードヴィッヒは眉根一つ動かさず、しれっと答える。
「これしかなかった」
 嘘だ。本当は潤沢に在庫はあった。だが、ルードヴィッヒの表情は疑いの余地を挟ませない。
 広げられた傘を睨み、レオは不満気にブツブツと、
「無いよりマシだけど……」
 とぼやいているので、ルードヴィッヒはぐいと彼の手を掴んで傘の下に引き込む。
「ちょっと!」
 少し乱暴な動きに、レオが睨んでくるも、
「早く入れ。雨で難儀していたのはお前だろう」
「そ、そうだけど……」
 ぐうの音も出ない。だが、これでは相合傘だ。
 しかもルードヴィッヒは掴んだ手を離す気配がないどころか、
「冷たいな、しばらく離すなよ、さあ行くぞ」
 と言うなり有無をいわさず歩き出す。
「またキスしたら殴るぞ」
 春だが寒いことは違いなくて、レオは不満気に唸るとそれだけ言って、おとなしくついてきた。
「あいにく唇は安売りしてなくてな」
(んぐう、ああ言えばこう言う……!)
 レオは臍を噛む思いだった。
 そのままそぞろに雨のサクラウヅキを歩く。
「綺麗、ね」
 周囲の状況がどうあれ、今が盛りとばかりに咲き誇るヨミツキの麗しさは変わらない。思わずレオは感嘆の声をあげる。
 美醜のセンスは秀でているつもりだし、事実秀でている。
 彼の言葉に応えるルードヴィッヒの声もどこか柔らかい。
「情趣に富んだ景色は良いな」
「ジョーシュってなによ?」
 聞き慣れぬ言葉に首を傾げれば、呆れ果てたという視線が戻る。
「味わい深いという意味も解らんのか」
 やれやれ、と目を伏せて息を吐くルードヴィッヒに、ぬぐぐとレオは唇を噛む。
 普段使わない言葉だろ! と心のなかで反論してみるも、口に出せば百も二百も反論されて叩きのめされてしまいそうで、心のなかで罵るに留めた。
 しばし歩きまわり、とうとうレオは立ち止まってしまう。
 ルードヴィッヒは不思議そうにレオの方を向き、
「歩き疲れたか?」
 と尋ねると、とうとう限界だったレオは激高しながら、ずっと繋がりっぱなしだった手を振りほどいた。
「恥ずかしいんだよッ!」
 ルードヴィッヒの静かな視線が疑問の意を告げてくるから、レオは静かなヨミツキ並木の真ん中で声を張り上げる。
「大の男が! こんな綺麗な所で! 手なんか繋いで!!」
 ぜいぜいと肩で息をしたレオの言葉の勢いはどんどん落ちていった。
「なんか、デートしてるみたいじゃん……変だろ」
「デートだろう? 二人で花見に来たのだから」
 何を言う、と言わんばかりの平静さでルードヴィッヒは返した。特にレオの癇癪には機嫌を損ねていない様子である。
「はぁはぁ……は?」
 予想外の回答に、毒気を抜かれ、レオは気抜けしたような声を漏らした。
「この雨ではここに来る者も居ない、人目を気にするな」
 微笑すら浮かべて、ルードヴィッヒは言ってのけ、また歩き出した。
「……」
 文字通り閉口して、レオはおとなしくついていく。
(気にするなって、無茶言うなよ……)
 周囲に目をやるも、確かにルードヴィッヒが言うとおり、他人は一人も見えなかった。ただあるのは壮麗なるヨミツキだけ。
 いたたまれなくて、レオが押し黙っていると、ルードヴィッヒは彼にしては朗らかに言った。
「雨と桜というのも趣があるな、スタッド」
「…………ルードは、私とデートして楽しいの?」
 まるで叱られた子供のようにチラリとルードヴィッヒに視線をやると、ルードヴィッヒは口元に笑みを浮かべる。
「そうだな。……お前の黒髪に桜が栄えるしな」
「なにそれ」
 レオは薄く笑いを浮かべる。その笑みには自嘲めいた色があった。
「口説いてるの?」
「さぁな、だが覚えておけ」
 ルードヴィッヒは目を細めて、手を伸ばす。
 彼が摘みとったのは、レオの髪にくっついた桃色の花弁。
 ひらりと飛んでいく花弁を目で追うレオに、ルードヴィッヒは告げた。
「俺は無関心な相手に時間を使わない主義だ」
(これが有意義な時間なの?)
 レオは笑みを浮かべたまま、言い返す。
「ふん、バーカ」
 雨は徐々にあがりつつあった。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター あき缶
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月05日
出発日 04月12日 00:00
予定納品日 04月22日

参加者

会議室

  • [4]ティート

    2016/04/10-07:57 

    梟:
    梟だ、パートナーはティート。よろしく頼む。

    坊やに桜を見せてやりたくてな。

  • [3]レオ・スタッド

    2016/04/09-23:52 

    ルードヴィッヒだ、スタッドは俺との外出がご不満なようなので代理で挨拶させてもらう。
    よろしく頼む。

    なかなか趣の場所のようだな。
    しっとりと過ごさせてもらうとしよう。

  • [2]俊・ブルックス

    2016/04/09-21:51 

    ネカット:
    こんばんはー、ネカさんとシュンですよー。
    はじめましての方と久しぶりの方が多いですね。
    よろしくお願いします。
    雨と桜ですか…きっと綺麗でしょうねえ。

  • ラティオ・ウィーウェレという。
    よろしく頼むよ。

    雨に降られるとはツイてない。
    さて、傘はと。


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