【桜吹雪】大和撫子のお茶会(森静流 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 ヨミツキが絢爛と咲き誇るサクラウヅキ。
 瘴気を晴らすためにはウィンクルムの愛が必要だということで、城下町の人々も色々と工夫をしてみることにした。
 そのため、満開のヨミツキの桜吹雪が見られる公園でのデートはどうだろうと町の有力者たちが提案したが、それだけではインパクトが弱いという事になった。
 有力者は様々な案を出して話し合った。
「こういうのはいかがでしょう? 我々サクラウヅキの衣装を自由に着られるというのは……?」
 サクラウヅキで観光業をしている男だった。
 元々、自分の店で何着もの美麗な着物を蓄えていて、観光客に有料で貸し出している。日頃からしているので着付けもバッチリだ。
「それはいいですね!」
 その案はすぐに採用された。
「着物を着るのならそれらしいイベントをするといいですね。例えば、お茶会とか……」
「だが今の季節に茶室に入ったらヨミツキが見られないぞ。サクラウヅキに来てもらうのならヨミツキを楽しんでもらわなくては」
「それなら野点にすればいい」
 そういう訳で、サクラウヅキの有力者たちによって、A.R.O.A.にウィンクルムへの招待状が届いた。
 ウィンクルムに好きな着物に着替えてもらって、緋毛氈と日傘の野点に参加してもらうのだ。お茶を一服したら、ヨミツキの桜並木とそれを映し出す大きな池の周囲を散策してもらう。その日は公園はウィンクルムに貸し切りで、他に人はいない。そういう条件で愛をはぐくんでもらい、瘴気を払ってもらおう、と。
 さて、A.R.O.A.の職員から話を聞いたあなたは、どうするだろうか?

解説

●移動費に300Jrいただきます。
●桜並木と大きな池のある公園を貸し切ってウィンクルムでデートになります。
●サクラウヅキにつくと観光係の人たちに好きな着物に着替えさせてもらいます。どんな着物を着たいかプランに書き込んでください。素敵な衣装をお待ちします。(着物はレンタルですので、アイテムとして増える事はありません)
●その後、公園に緋毛氈を敷いて日傘を立てた場所に案内されます。そこで係の女性がおいしいお茶を点ててくれます。上生菓子が添えられています。そこで桜を眺めながら一服してください。
●その後のプランは自由です。ヨミツキの桜並木の下を歩いたり、池を眺めたり……縛りはありませんのでご自由にどうぞ!


ゲームマスターより

和風の世界観ではやはり着物が着たいですよね。
レンタルですが皆さんのプランを読んでそれに沿った着物を書きたいと思います。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

月野 輝(アルベルト)

  着物とお茶会、素敵ね
祖母が着物を着る人だったから、着物は割と馴染みが深いわ
こう言う催しはワクワクするわね

■衣装
大正ロマン風の紫系統の柄の着物に袴
髪は垂らして頭の上に大きなリボン
所謂女学生風

ふふっ
こう言うの一度着てみたかったのよね
動きやすいから散策にもピッタリだし
アルも書生さん風似合うわよ?

茶席で出た和菓子があまりにも綺麗で食べるのが勿体なくて
眺めてたら……え?
い、いらないわけないでしょ!
頂くわよ!

ちょっと怒った振りしたけど、気持ちがほんわかしてきて楽しくて
誘いに、ええ、と頷いて
差し出された手を取って
桜の花びらが舞い散る中を歩いて

どこにも行かないわよ
だって、ここが私の場所
私の幸せはここにあるもの


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  着物:ヨミツキが描かれている華やかな桜色の着物
可能なら髪も結い上げて、桜の簪を飾る

羽純くんと分かれて着替え、合流
(は、羽純くんが素敵過ぎて、息が止まりそう…!
知ってたけど、知ってたけど!和服も似合うなぁ…
こ、ここは私も大人っぽく、羽純くんに似合う女性にならなきゃ…!)

静々と歩き、立ち居振る舞いに細心の注意を払って

移動してお茶
上生菓子、綺麗だね…(ええと懐紙に取って食べるのが作法だっけ?)
お茶も美味しい
桜を眺めながらのお茶は最高♪
けど、正座で足が痺れて…
どうしよう、立てないかも…
羽純くんが支えてくれて、嬉しくて
…有難う

桜の下を二人で散策
羽純くんは正座得意なの?平気そうだから…
コツ、教えて欲しいな


 今日は桜倉歌菜は精霊の月成羽純とサクラウヅキでお茶会です。
 歌菜はサクラウヅキに赴くと、係の人の案内で衣装部屋に入りました。男子と女子で、羽純とは別行動になります。そこで、歌菜は係の人にずっしりと重いカタログを見せてもらい、その中で気に入った衣装を選びました。
 ヨミツキが描かれている華やかな桜色の着物です。
 清純な印象のある桜色の生地には、妖しく美しいヨミツキが白で染め抜かれています。ヨミツキの花弁の先はほんのりと薄い青紫で、それが桜色によく映えるのでした。その着物を着せつけてもらうと、歌菜は普段のかわいらしさとは違う印象の大人の女性に変身することが出来ました。
 それから係の人に案内されて、歌菜は鏡の前に座り、髪を結い上げて桜の簪を飾る事になりました。
(緊張する……! 二月の時とは違うんだよね……!)
 以前、清爽の香のイメージのデザイン画を描いてもらった時、歌菜は羽純と憧れのドレスを見て回った事があります。そのときにシンプルなのに華やかなデザイン画も見せてもらったのです。歌菜はその時、自分が清楚なのに華麗な衣装を身に纏い、羽純の前に現れる自分--それに、羽純とともにドレスアップしてパーティで踊る自分を夢見たのでした。
 歌菜だって若い女性。自分が華麗に変身するところを想像することは、あります。
 だけど今回は、想像だけではなく、夢見た衣に手を通して実際に着て、更に髪も結い上げて整えるのです。
 係の人の慣れた手つきで髪が和風のルーズアップにかわっていきます。
 最後に、髪の毛に桜の簪を差して。
 歌菜は、可憐なのに大人びた一人の大和撫子に変身したのでした。
 鏡の中の、ヨミツキの花を身に纏った自分を見て、歌菜は半分は自分だと信じられないながらも、残りの半分で自分に自信を持ちました。歌菜だって、一人前の魅力的な女性なのです。
 それから足下も桜色の草履で、鼻緒はちょっと小粋な紅色です。何でも、昔の着物を着るような若者たちは、デートする時もお互いの顔を見る事が出来ず、ずっと俯いて話していたそうです。そんなとき、一番、目にするのは草履や下駄の鼻緒。だから、昔の着物の娘さんたちは、鼻緒に精一杯のおしゃれをしたということです。歌菜もそのつもりで、桜色の草履の鼻緒は、椿のような紅色に色とりどりの小花が散っているものを選びました。
(えっと……。羽純くんと私が、俯いたままろくに話せない……なんてことはないけれど……足下まで気を抜きたくないの!)
 そういう訳で、頭の先から足の先まで整えた歌菜は、衣装部屋から出て、玄関も出て、羽純と待ち合わせの場所に向かいました。
 歌菜を一目見て、羽純は
「……綺麗だ」
 歌菜は硬直してしまいます。羽純の言葉が嬉しかった事もありますが。
(は、羽純くんが素敵過ぎて、息が止まりそう……! 知ってたけど、知ってたけど!和服も似合うなぁ……こ、ここは私も大人っぽく、羽純くんに似合う女性にならなきゃ……!)
 歌菜は目の前の羽純を見て心臓がバクバク言うのを止められません。
 羽純の方は藍色の生地に月と桜が染め抜かれたデザインの和服でした。月は紅月のような妖しいものではなく、涼やかな凜とした満月です。それを背中に背負い、やはりヨミツキを思わせる美しい桜を身に纏った羽純。
 彼が儚げな笑顔で歌菜を振り返れば、歌菜は胸が締め付けられるような感動を覚えます。
「歌菜、遅かったな」
「う、うん……きちんと着付けしてもらっていて……」
 そう言って、歌菜はしずしずとした足取りで羽純に近づいていきました。普段の元気で無邪気な歩き方とは違うので、羽純は不思議に思いましたが、やがてくすっと笑いました。歌菜は草履に慣れていないので、そういう歩き方になるのかな?
 二人でお茶会の場所に向かう遊歩道を歩きます。
 左右にはヨミツキ。
 絢爛と咲き誇るヨミツキの美しさは、息を飲むほどで、その華やかな匂いも、二人の胸に伝わってきます。
 ヨミツキを見上げながら、歌菜は感嘆のため息をつきます。
(桜……。桜といえば……)
 少し前に、歌菜は羽純とアロマボトルを作った事があります。
 そのとき、羽純は歌菜の事を、「桜のよう」と表現したのでした。
”「歌菜は気付いてないだろうが……俺は、いつもお前にドキドキさせられっぱなしだ」”
”「歌菜のイメージは桜。凛と美しく咲く、気高い花」”
 あのときの喜び、感動を思い出して、歌菜はますます胸が高鳴ります。
 羽純は、覚えているのでしょうか。
 勿論、そういう言葉の一つ一つを、羽純が忘れるような人ではないと思っているけれど。
(羽純くん……何考えているのかな……)
 そう思いながら、歌菜はちらっと羽純を見ます。
 するとちょうどそのタイミングで、羽純も歌菜の顔を見ました。
 どぎまぎする歌菜。
 すると羽純は、ふっと笑って言いました。
「やっぱり、歌菜は桜がよく似合う。ヨミツキの花の下の歌菜を見られてよかった。あのときのイメージや匂いと……近い」
 自分が思い出していた事を、羽純も思い出していたようです。
 歌菜は嬉しくて顔が真っ赤になりましたが、言葉が出てきません。
(もう、羽純くん、そんな顔でそんな事言うなんて反則だよっ……! でも、嬉しい!)
 歌菜は恥ずかしさにぎゅっと目を瞑って、そのまま前に歩いて、草履のつま先を小石にぶつけて、転びそうになりました。
 慌ててさっと羽純が歌菜の体を受け止めます。
「しょうがないな、草履に慣れていないんだろ? ほら」
 それから羽純は、歌菜の手をそっと取って、手を繋いで、お茶会の緋毛氈に向かったのでした。
 敷き詰められた緋毛氈、朱色の傘。
 そこで茶道の先生らしき人達が、作法通りにお茶を点ててくれます。
 かぐわしい抹茶の香り。
 それからすぐに、上生菓子を並べたお盆が出てきました。
 上生菓子は三つ。
 花便りという、半透明の赤紫の生地の上に桜の花びらのような練り切りが浮かんだもの。
 春衣という、緑と桃の餡の上に、桜の花びら型の餡を置いたもの。
 水仙という、白い生地の上に黄色の花と緑の茎を描いたもの。
 それと薫り高い抹茶を嗜みながら、ヨミツキの花見をするのです。
 上品な、目にも楽しい和菓子とお茶に羽純の顔も綻びます。歌菜は勿論、上機嫌です。
「上生菓子、綺麗だね……」
(ええと懐紙に取って食べるのが作法だっけ?)
 たどたどしい手つきながらも歌菜は春衣を半分に切ってぱくりと食べ、抹茶を一口飲みました。
「お茶も美味しい。桜を眺めながらのお茶は最高♪」
 ひらひらと舞い落ちてくるヨミツキの花弁。それから白くこんもりと枝がしなるほど開いた桜花。
 暖かい春の日射し、青空。
 歌菜は心まで明るくなってくるような気分を味わっています。
「桜の花びらが風に舞って……綺麗だな」
 そう言いますが、羽純の視線は歌菜にあります。
(隣で笑う歌菜も綺麗だ)
 桜を見ていた歌菜ですが、羽純の視線に気がついて振り返ります。
「そういえば、バレンタインの前に桜の花を食べたよね、羽純くん」
「桜の花?」
 きょとんとする羽純。
「シュガー・プランツだよ。あれもおいしかったね」
 桜の器に、桜の花を、何から何までお菓子で作ったのです。
「ああ、そうだった。ゼリーは青が俺のイメージで、桃色が歌菜のイメージで、グラデーションにしながら……」
「そう! チョコレートでお花を作って、お花はミルクとビターとホワイトと……」
 その他にもクッキーやポテトチップスで作られた、不思議な桜の花。
「ああ、二人で作ったんだったな。バレンタインの前に」
 くすくすと羽純は笑います。
 あのときの歌菜の真剣な表情を思い出したのです。
「せっかくだったから、キャンディニア王国の町並みを眺めながら、コーヒーを頼んで二人で食べたんだよね」
 あのときの幸せの味を思い出して、歌菜はとろけそうな笑顔を見せます。
 今だって、充分に幸せなんだけれど。
 羽純とおいしいものを食べながら、幸せをかみしめる日々が続くのは、なんということなのだろう。
 こんなにも幸せなウィンクルムは他にいるのだろうか?
 歌菜は時々、そういうことを思って、恐くなります。
「シュガー・プランツ。あっという間に小さくなってしまったんだったな。あのときはキャンディニア王国で、今回はサクラウヅキか。歌菜とは本当に、あちこちいろいろなところを回るな」
「どこだって、羽純くんと一緒なら恐くないしね」
「ああ。歌菜とだったら、どこに行っても何をしていても楽しいな」
 そう行って、羽純は上品な生菓子をまた一口食べました。
 シュガー・プランツとは全く別の味わいが口の中に広がります。だけど、何よりも噛みしめているのは、あのときと同じ、「歌菜と二人の幸せ」。
 そうして話していると、羽純は、歌菜がふるふると震え始めた事に気がつきました。
 顔はぎこちないながらも笑っていますが、何となく泣きそうな雰囲気になっています。
「歌菜。……足が痺れたんだろう?」
「え、あ、そのっ……」
 羽純はくすっと笑って湯飲みを置くと、正座していた歌菜をそっと支えて立たせてあげました。
「ゆっくり歩こう」
 歌菜の足の痺れが取れるのを待ちながら、羽純はそう言いました。
「……ありがとう」
 歌菜は素直に礼を言います。
 足の痺れのピークが過ぎると、羽純は歌菜の手を取って歩き始めました。桜並木から続く池の方へと。
「転ばないようにな」
 ちょっと意地悪みたいに笑って言っていますが、歌菜が心配なのです。
 歌菜は赤くなってこくんと頷きます。
「羽純くんは正座得意なの? 平気そうだから……コツ、教えて欲しいな」
「正座は親指を重ねて座るとか……コツがあるんだ」
 やがて大きな澄んだ池が見えてきて、二人は水面を漂う桜の花弁に目を走らせます。池の畔を手を繋ぎながらゆっくり歩いて行きます。
 歌菜は、草履なこともあって、少し覚束ない足取り。
 それを支えるような羽純。
 確かに、手弱女をそっと守ってくれる日本男児のように見えます。
 二人とも華麗な衣装を身に纏い、繚乱としたヨミツキの花の回廊を歩いて行く--。
 妖艶にも見えるヨミツキの花にあてられたようになりながら、羽純は傍らの歌菜に聞きます。
「歌菜は--桜が好きか」
「うん、やっぱり、自分の名前にもあるし……。それに、羽純くんが……」
「うん?」
「わ、私のイメージって言ってくれたから……好き」
 好きという言葉が、桜に向けられているのか、それとも羽純に対して言っているのか、判然としません。
 歌菜自身、どちらに向けて言ったのかよく分からないのでしょう。
 そんな表情です。
 羽純は、自分の事を好きと言われたようで、胸がどきりとします。
 そのときの歌菜の表情が、恥じらいながらも、とても色気のあるものだった事もあります。
「桜は毎年咲く。来年も一緒にみたいね」
 歌菜はそう言って、池の前で立ち止まり、水面に自分を映し出しながら眺めました。
 水面には桜の花弁が散り、花筏を作っています。
 花筏が揺れて、水面に映し出された歌菜をより華やかに彩っているようでした。鏡のように水面は、二人の美しい姿を映し出しているのです。
「……不思議だ」
 羽純はぽつりと呟きました。
 歌菜は、きょとんとしますが、水面の自分たちと花筏の光景の事だと思い、特に問いただしはしませんでした。
 羽純は考えます。
 桜は毎年咲くのです。
 今はこうして、巡り会って想いを通じさせあった二人ですが--。
 歌菜と出会わなかった時も、桜はずっと咲いていたのです。
 羽純の父は、歌菜を守って亡くなりました。歌菜はずっとそのときの痛みを心に封じ、苦しんでいました。
 何年もの間--。
 その間も、桜は咲いていました。
 歌菜が辛かった時も、悲しかった時も、成長した時も--羽純と出会った時も、契約した時も--いつだって、毎年のように桜は咲きます。
 この先も、どんな時が来ても、桜は咲いて。
 そのたびに、二人はきっと、こうして桜の花の波を歩くのでしょう。
 歌菜は桜が好きですし、羽純もそうです。二人で桜の名所を訪れて--
(父さん……あなたが守った命を……俺は受け継ぐ。歌菜に出会えなかった時も……そのときの分も、俺が歌菜を守る……)
 明るくて元気で、何事にもへこたれない歌菜。
 だからこそ、守る価値があるのです。
 もっと早くに出会い、契約をしたかった。
 そんな気持ちがあるのですけれど、面はゆくてなかなか言えません。
 歌菜は、自分の事をどう思ってるのだろうか。
 妙に大人っぽく見える歌菜の横顔。
 そっと見つめると、なんだか恥ずかしそうに、ふいと目をそらされてしまいました。
(羽純くん、なんでそんな真剣な目で、見るの--)
 自分の顔に何かついているのだろうかと気になってしまいます。
 さっきの抹茶の泡を口の周りにつけているとか? 
 そう気になって、口元をごしごしする歌菜。
 その仕草を見て、思わず苦笑してしまう羽純。
 何を考えているのか、わかりやすいぐらいわかりやすい。
 それが歌菜の持ち味だと思います。
(毎年、必ず桜が咲くように、いつどんな時も、桜が咲くように、俺は不変に歌菜を守り続けよう。歌菜が歌菜である限り--俺の大好きな歌菜である限り)
 そう心に決めると、ずきんと心地よい痛みがあります。
 普段の歌菜も好きなのですが、美しく装った歌菜を見ていると、なんだか無性に愛しさがこみあがってきて止まりません。
 歌菜は水面の花筏を見つめています。
 その水面の歌菜と目が合いました。
 歌菜は微笑みます。
「羽純くん、何を考えているの?」
「--歌菜と桜の事だ」
「私と、桜?」
「桜は歌菜の木だから……」
 流石の羽純も、ちょっとつかえてしまいます。
 今、思った事を、そのまま言ってしまうには勇気がいるのです。
 羽純は、クリスマスの事を思い出しました。
 やっとの思いで告白出来た時の事。
 ちゃんと言葉にしなければ何も伝わらない事を。
 あのときは、歌菜は泣きだしてしまったけれど。
 結局、自分の事を受け止めてくれたのです。
「桜だって、当たり年とかあるだろう。毎年、変わらず咲くように見えて、花だって少しずつ変化している。俺も、歌菜も、去年の俺たちじゃないだろう。少しずつ変わり続けるんだ」
「え--うん」
「少しずつ変わりながらも、桜は必ず咲く。美しく艶やかに、凜として。本当に歌菜みたいだ。だから--俺は、桜のように必ず」
「羽純くん……?」
「桜が毎年必ず咲くように、少しずつ変わりながらも変わらずに、歌菜の事を守り続けるよ。愛している。歌菜」
 とても綺麗な歌菜に向かって羽純はそう言いました。
 歌菜は大きく目を見開きます。感動に、声も出ない様子です。
 そんな歌菜をそっと抱き寄せて、羽純はその愛らしい唇に唇を重ねました。好きで好きでたまらないという気持ちが迸ります。
 はらはらと夢のように舞い落ちる桜の花びら。花吹雪。花の波。
 その中で、桜のように変わらない恋心が重なり逢ったのでした。歌菜も同じ想いで羽純を見ています。羽純が想うように、対等に、歌菜も羽純を愛し続ける事でしょう。毎年花開く桜のように、清純な気持ちで、羽純を想い続けるのです。
 --麗しい、不変の桜の花。

●月野 輝(アルベルト)編

 月野輝と精霊のアルベルトは、今日はサクラウヅキでお茶会です。
 サクラウヅキに到着した二人は、係員に案内されて、それぞれ男子と女子の衣装部屋に入りました。
 輝は、係の女性に重たいカタログを持って来てもらい、一ページずつめくりながら一番のお気に入りの衣装を選ぶ事にしました。
 輝が選んだのは、大正ロマン風の紫系統の柄の着物に袴。髪は垂らして頭の上に大きなリボン。いわゆる女学生風の衣装です。
(着物とお茶会、素敵ね。祖母が着物を着る人だったから、着物は割と馴染みが深いわ。こう言う催しはワクワクするわね)
 輝は胸を躍らせながらレンタルとはいえ新しい衣装に着替えました。輝は着付けには慣れているのですが、それでも係の女性が手伝ってくれて、髪の毛もセットしてくれ、完璧な女学生に変身することが出来ました。
 奥ゆかしくも賢そうで、上品でお嬢様っぽくもある、ハイカラな女学生。輝は鏡の中の自分にはにかみながらも自信を持ちます。
 係の女性にお礼を言って、輝は衣装部屋を後にしました。
 玄関を出て、輝はアルベルトと待ち合わせの場所に向かいます。
 アルベルトは、現れた輝にちょっと目を見開いて驚いたような表情を見せました。
 アルベルトの方は大正時代の書生風の着物に袴を着付け、マントをたなびかせています。
 古風で凜としていて、泥臭さもあるのにとても粋な出で立ちです。
「何だか学生時代に戻ったような格好だな。普通に着物に羽織りでも良かったんだが。」
「ふふっ。こう言うの一度着てみたかったのよね。動きやすいから散策にもピッタリだし
アルも書生さん風似合うわよ?」
「似合うか? 輝の女学生もよく似合う。今は、昔の学生カップル気分を味わってみるのもいいかもしれないな」
 そんな会話をして、二人は連れ立って歩き始めます。お茶席へ。
 ヨミツキの花波の下、女学生に変身した輝の横顔をそっと見つめながら、アルベルトは”昔”の事を思い出します。
 学生時代どころか、アルベルトは輝が三歳の時の事を覚えているのです。
 二人はそれなりに長いつきあいなのですから。
 --輝の記憶は不明なのですが。
(アル、前に私が三歳の時、『お兄ちゃんのお嫁さんになる』って言ったって言っていたけれど……)
 アルベルトからのプロポーズを受けて、現在があるのですが、それよりもずっと先に、輝がアルベルトにプロポーズした事になるのでしょうか。
 そう思うと、二人の仲は本当に学生どころではない大昔からとても深くて意味があるような気もするのだけれど……。
 ですが、アルベルトの方は輝と学生気分を味わうつもりでいます。
 美しい桜の下をハイカラな格好をして二人で歩く。
 美しく、麗しく成長した乙女姿の輝の横顔。それは桜の下で華やかに、だけどどこかしっとりとした大人の憂いを滲ませてアルベルトの目にうつります。
「もしも学生時代からつきあっていたならどうなっていただろう」
 少し声をひそめてアルベルトが言いました。
「それって、アルベルトが二十二歳の時に、私が十五歳よ。それならぎりぎり高校生と大学生と言えるかもしれないけど……。周りから変な目で見られないかしら」
 真面目な輝は、冷静な突っ込みを入れました。
「そうなるかもしれないね。はは。だけど、少し犯罪チックな事もしたくなるほど、十五歳ぐらいの君も魅力的だっただろうね」
「か、からかわないで! 腹黒眼鏡!」
「それは褒め言葉にしかならないんですけどねえ?」
 そんな会話をしていると、やがて緋毛氈と朱色の傘のお茶席の場所につきました。
「ようこそ……」
 お茶の先生が優雅な手つきで抹茶を点ててくれます。それから上生菓子がお盆に乗せられて並べられます。
 上生菓子は三つ。
 花便りという、半透明の赤紫の生地の上に桜の花びらのような練り切りが浮かんだもの。
 春衣という、緑と桃の餡の上に、桜の花びら型の餡を置いたもの。
 水仙という、白い生地の上に黄色の花と緑の茎を描いたもの。
 それと薫り高い抹茶を嗜みながら、ヨミツキの花見をするのです。
 輝は作法通りにお茶は飲みましたが、上生菓子にはすぐには手をつけませんでした。
 和菓子に描かれた花びらと、舞い散るヨミツキの花弁を見比べています。
 アルベルトの方は菓子を少しずつ切って味見をしていましたが。
「いらないなら私が貰おうか?」
 ため息をついている輝にそう声をかけました。
「……え? い、いらないわけないでしょ! 頂くわよ!」
 大慌てで輝は上生菓子をかばうような仕草をします。
 慌てる輝に、アルベルトも苦笑。本当に可愛いと思います。
 もったいなさそうに上生菓子を少しずつ切る輝。
「輝は本当に甘いものが好きだな」
「ええ」
 綺麗なお菓子の前で、輝も意地を張るつもりはないようです。
「最近、食べたスイーツの中で一番おいしかったものは?」
「そうねえ……。色々あるけれど……」
 輝はウィンクルムの活動としてあちこち見て回った事を一つ一つ思い出しました。
「二月、三月と、随分甘いものを食べたわね……」
「そういえばそうだったな」
 アルベルトも思い返しているらしい。
「そういえば、三月にはショコランドで桃のスイーツコンクールがあったわね。あのときは本当に食べたわ。桃のコンポートタルトに、菱餅カラーのチョコケーキに……」
 そして輝はちょっとアルベルトを睨むような目つきで
「雛人形の果物大福」
「そこでどうして、そんな目つきになるんだい」
「いきなり口に入れたでしょう。ああいうのは行儀が悪いわ」
「君がいつまでも迷っているからじゃないか」
「でも」
 そうは言っても、輝だっていつまでも怒っている訳じゃないのです。
 アルベルトとのこうしたコミュニケーションは今では楽しんでいる面もあるんですから。
「結局あのフルーツ大福がコンクールで優勝したんだったな」
「そうね。楽しかったわね」
 輝は盛況だったコンクールを思い返しながら頷きました。
「それなら、最近で一番おいしかったのは、雛人形のフルーツ大福?」
 すると輝はあっさりとかぶりを振って否定します。
「それなら、なんだい?」
「……分かっているでしょう?」
 またからかっているのかと、輝は少し怒ったようなそぶり。
「いや、……」
 そこでアルベルトも気がついて、言葉を濁します。
「決まっているでしょう。……アルの作ってくれた苺タルトよ」
 輝は小声でしたが、それでもどこか意地を張っているような口調で早口にそう言いました。
「ああ、……そうか。嬉しいよ」
 そういえばあのとき、メッセージカードに”結婚式はいつにする”と書き込みましたが、返事はまだもらえていません。もっとも、アルベルトの方が返事はゆっくりで構わないと伝えているのですが。
 輝は何故か怒っているような表情で、上生菓子を細く切っています。
「後は……二人でやったチョコットも……おいしかったし面白かったわ。困ったけど」
 輝はあの時は、前半の文章は嬉しかったのです。後半にどう反応していいか分からず、チョコットを食べてしまいましたが。
 こうして並べてみると、輝はおいしいスイーツをいつも楽しんでいるのですが、その都度その都度、アルベルトがいじってからかって余計に楽しんでいるのでした。
 輝は、そのいちいちからかわれた事も同時に思い出して、怒っているのか喜んでいるのか分からないような複雑な表情になっているようです。
 それがまた可愛らしくて、アルベルトは口元を覆って笑ってしまいます。輝は、上生菓子をちまちま食べながら沈黙。
「お茶が済んだら、散策しないか」
 気分転換もいいでしょう。アルベルトは輝の様々な表情をより楽しみたくて、彼女にすっと手をさしのべます。
「ええ」
 輝は差し出された手をすんなりと受け取って立ち上がりました。
 差し出された手を取って。
 手と手を握り合ったまま。
 二人はヨミツキの桜並木の下、舞い散る桜の中を、池の方に向かって歩き出します。
 ふと錯覚が起こります。
 去年は、二人でイベリン王家直轄領まで虹蛍花を見に行ったのでした。アルベルトは、殺伐とした仕事に疲労を貯めていく輝の事を気にして……。
 あのときも、空に向かって散っていく不思議な色合いの花を見つめて、二人は手を握りあっていました。
 空に舞う、角度によって様々に色を変える不思議な花。
 あのときの会話を思い出します。
--この瞬間で、時が止まってしまえばいいのに
--……時が止まったら、困ります
 そんな会話をしたのだけれど、今はアルベルトの方が同じ事を考えているかもしれません。
 プロポーズを受け入れてもらっての、この数ヶ月。
 今が人生の幸福の絶頂なのかもしれないと--。
 まだ二十歳の輝は、今の幸せがどれほどのものか、理解出来ないかもしれませんが、大人であるアルベルトは現実、現世の生活をよく知っているのですから。
 今、時が止まってしまえばいいのに……。
 否、そうではありません。そうではないということを、去年の自分はよく知っていたではありませんか。
--え?
--輝と過ごす時間がなくなってしまいますからね
 そう。自分はよく分かっているのです。
 輝と人生を歩むと決めて、プロポーズして、輝はそれを受け入れてくれたのです。
 ならば、二人は、こうして手を握って、同じ歩調で歩き続けるしかありません。
 この降りしきる桜花、ヨミツキの花の回廊の下を歩いて行くように。
 人生は、いつだって、舞い散る花の中をくぐり抜けていくような美しいものではないかもしれませんが。
 でも、輝とならば。
 輝を生涯守ると決めたのならば……。
 それはきっと、いつもどこかに、凜とした美しいものがあるのです。
 それを、アルベルトはよく知っているから、結婚する気になったはず。
「何を考えているの、アル?」
 ずっと沈黙して、ヨミツキではなく、ヨミツキを眺める輝を見ているアルベルトに、輝が不思議そうに聞きました。
「もったいないわよ、ほら、ちゃんと花を見て」
「君だって花のように綺麗だけれどね」
「ま、また、そんなこと言って……」
 恥じらう輝。
 その輝の手をアルベルトはぎゅっと強く握ります。
「アル?」
「輝があんまり綺麗で……」
「……」
「桜に攫われそうな気がした」
 目の前の乙女は、凜としていてしっかりしていて、大人びていて……だけどどこかに脆さや危うさを感じさせる、繊細な美しさを持っています。
 そんな彼女をどうしても手に入れたいと思っていたのは自分。
 そうして、こうして手に入れたはずなのに--。
 まるで突然、花か風かに攫われてしまいそうな、そんな錯覚を覚えるのは何故なのでしょう。
 それはやはり、幸福過ぎるから--なのでしょうか。
 そのアルベルトの彼らしくない不安げな言葉を聞いて、輝は目を見開きました。
 次の瞬間、輝は本当に艶やかに笑いました。ヨミツキの花よりも、艶やかに、凜々しく。
「どこにも行かないわよ。だって、ここが私の場所。私の幸せはここにあるもの」
 アルベルトの隣。
 手を握りしめられる距離。
 そこが、輝の居場所。
 一緒に歩んでいく道。
 そういうものを堂々と、しっかりと、伝えてきます。
 輝の艶やかな微笑を受けて、アルベルトも本来の彼らしい、余裕のあるにこやかな笑みを見せます。
「私も、誰にも渡すつもりはないがな」
 アルベルトは強い覇気を取り戻した態度でそう言い切りました。
 輝はまた恥じらいを感じさせる表情を見せます。
 舞い散る桜の下で、本当にころころと表情を変えていく輝。
 アルベルトはもう本当に彼女が愛しくてたまらないのだけれど。--だけれど、その気持ちは抑えて、池に向かいました。
 花筏が水面を漂う澄み通った池。
 空の青さを反射する水面をのぞき込めば、二人の学生姿が映し出されます。
 輝は、水面に浮かぶ花と、映し出される花が、自分の影に浮かび上がるのを見て、その豪勢な美しさに破顔します。
「本当に……! 不思議なぐらい、綺麗ね……!」
 辺りにはひらひら、はらはらと、ヨミツキの花弁が咲きこぼれ、降りしきり。
 水面には花弁が筏となって浮かび、池を化粧し。
 サクラウヅキの空間全体が、ヨミツキの桜花で最も美しい衣装を着せ替えたようです。その中、池の水面を鏡にすれば、自分たちはまるで桜で出来た桃源郷に迷い込んだように見えるのでした。
「ヨミツキの花言葉って……あるのかしら……」
 そよ風に舞い散る花、それから水面の花筏を見比べながら輝が呟くように言います。アルベルトの答えは期待していなかったかもしれません。
 アルベルトは、花や花言葉に関しては疎いのですから。
 不意に、小さな春の突風が輝を突き上げて、長く垂らした黒髪を払い上げました。アルベルトのマントも大きく広がります。
「--キャッ……!」
「輝?」
 乱れた黒髪を慌ててかきあつめる輝。
 リボンが崩れてしまったのではと、気になります。
 少し片側に寄ったリボンを、アルベルトが正面から向き直ってきちんと整えてくれました。
「あ……ありがとう……」
 普段とは違う学生姿のアルベルトに真正面から見つめられて、輝は赤面し、微かな声で礼を言います。
「いいえ。せっかく素敵に装ったんだからね……」
「……」
 アルベルトは、ふと輝の頬に触れましたが、それ以上は何もせずに手を離しました。
「ヨミツキの花言葉……? 知らないな。でも、輝はそういうのが好きそうだね。花言葉を知ったらどうするんだ」
「花言葉があるんなら、それに託して、人に想いを伝えるわ」
 そういう輝はまるでアルベルトから目を背けるようにしています。
 アルベルトは、意外に思いましたが、視線の先に気がついて、ふっと苦笑を漏らしました。
 輝は確かに、アルベルトの方を見てはいません。かわりに、水面をじっと見つめて、花筏に囲まれたアルベルトの影を注意深く凝視しているのでした。
「そういえば……花言葉でメッセージを送ってくれた事もあったね。輝」
「そうね……。あのときは、アルは知らないでかすみ草を使って……」
 そこで二人はなんだかおかしくなってしまって吹き出しました。笑いさざめきます。
 あのときは、輝はスターチスで”変わらない誓い ”を、カランコエで”あなたを守る”と、そしてかすみ草で”永遠の愛”を、そういう言葉を、アルベルトに送ったのでした。だけど、アルベルトに分かったのはカランコエだけで。
 対するアルベルトは、何も知らずにかすみ草と、赤とピンクの薔薇を輝に送りました。それは永遠の愛と変わらない誓いを象徴するような、二人の思い出。
「言葉にならないから……今の気持ちを……ヨミツキがあなたに届けてくれればいいのに……」
 それはきっと、スターチスと、カランコエと、赤とピンクの薔薇と、かすみ草を全部含めたような想い。その気持ちで輝は水面のアルベルトを見つめているのです。
 アルベルトが輝の手を取って、そっと抱き寄せました。
「何も言わなくても、伝わっているよ。愛しい輝」
 そっと重なり逢うのは、二人の唇。目に見えない世界で、重なり逢うのは二人の魂。永遠を誓い合った二人を、降りしきるヨミツキがかすみ草のように広がって覆い尽くします。
 どんな苦難が訪れても、二人の愛で、乗り越えていけるでしょう。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: イチル  )


エピソード情報

マスター 森静流
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 2 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月05日
出発日 04月12日 00:00
予定納品日 04月22日

参加者

会議室

  • [7]桜倉 歌菜

    2016/04/11-23:29 

  • [6]桜倉 歌菜

    2016/04/11-23:29 

  • [5]桜倉 歌菜

    2016/04/11-00:47 

    輝さんとアルベルトさん!お久しぶりですっ♪
    よろしくお願いします!

    本当に色んなお着物があって、悩む時間も楽しいですっ(ぐっ
    まだお着物で少し悩んでいる所があるのですが、プランは提出しましたっ
    こっそりとお菓子が楽しみだったりします♪

    よい一時になるといいですね!

  • [4]月野 輝

    2016/04/11-00:35 

  • [3]月野 輝

    2016/04/11-00:35 

    こんばんは、歌菜さん、羽純さん、お久しぶり。
    お茶会、私達もお邪魔させて貰うわね。
    どうぞよろしく。

    着物、平安時代風も良いし、近代の着物も良いわよね。
    どうしようかしら。
    楽しみね♪

  • [2]桜倉 歌菜

    2016/04/09-01:37 

  • [1]桜倉 歌菜

    2016/04/09-01:37 

    まだ私達だけですが…ご挨拶だけ!

    桜倉歌菜と申します。
    パートナーは羽純くんです。
    宜しくお願い致します♪

    どんなお着物を着るか、目移りしちゃいますね…!


PAGE TOP