プロローグ
「ミラクルゥ?」
「トラベルゥ?」
「「カンッパニー☆」」
A.R.O.Aの受付娘ミシェル・ペペロンチーノのデスクの前でポーズを決める2人組。ご丁寧にラジカセでBGMまで流してやがる。
「帰れ」
悲しいことにミシェルは2人組の片方とは既知の仲。業務提携しているミラクル・トラベル・カンパニーの職員だが、自分のど真ん前で奇行をされて笑顔で受け流すミシェルではない。
「古来より帰れと言われて帰る人はいませんよ。第一、今日も仕事で来てるんですから」
仕事で来ておいてこんなことするなという話である。この職員は自称マッスル☆ロリちゃん。本名なのかどうかは分からないが、こんな名前を平然と名乗っている時点で残念な人間である。
「ほら、サラ。持ってきたの出して」
「はい、先輩」
マッスル☆ロリちゃんの後輩ことサラ・グレイシーがいそいそと鞄から企画書を取り出した。
「……『華やぎグラス』?」
「色のついたグラスなんですけど、水を入れると花の香りがするんです。その販売会ですね」
今はまだ月に1個を作れるかどうかというくらいで、数は作れない。
しかし、知名度をあげて売れるようになればいずれは量産も出来るはず。そこで製作者はウィンクルム限定の販売会をすればいいのではないかと思いついたらしい。
「見るだけじゃなくて実際にどんな香りがするかも試させてくれるそうですよ」
黄色いグラスはジャスミン。ピンクは薔薇。白いグラスはバニラ、紫はラベンダー、緑はミントといった具合だ。
どれも底の方に色が乗り、縁に向かうにつれ透明になっていく。ところどころ泡があるデザインなのだそうだ。
「お茶やジュースでも香りはでるらしいんですけど、飲み物の香りとグラスの香りが喧嘩しちゃうのでインテリア用だそうですよ。水を飲む用にって割り切っちゃうのもありじゃないですかね」
「分かりました。ウィンクルムの皆さんに声をかけてみますね」
「お願いします」
ミラクル☆マイちゃんが頭を下げると、サラも慌てて頭を下げる。実に初々しい反応である。
こんなサラががさっきの残念な行動をしてしまったか気になるところである。
丁度、ミラクル☆マイちゃんの携帯端末に着信があった。彼女がそちらの対応をしてる隙に、ミシェルはこそりと理由を尋ねてみた。
曰く。『皆キャラが立ってるから、インパクトで勝負しないと生き残れないと先輩が言ったから』らしい。哀れ。
解説
●参加費
グラス2つ分400jr
●華やぎグラス
水を注ぐと薫りがする、不思議な色付きグラス。
下記の5種類。同じものを2つでも、違うものを1つずつでも構いません。
2つとも神人、2つとも精霊のものとするのも問題ありません。
大体の見た目はプロローグを参照ください。
・黄色(ジャスミンの香り)
・ピンク(薔薇の香り)
・白(バニラの香り)
・紫(ラベンダーの香り)
・緑(ミントの香り)
入り口で水の入った瓶を貸してもらえます。
香りを試すのはご自由に。
●その他
こちらのグラスがアイテムとして配布されることはありません。
ご了承ください
ゲームマスターより
フローラルな香りがするおっぱいビームのエピというネタを練りなおしたらこうなりました。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
かのん(天藍)
白 お水を入れたら香りがするって不思議ですね 触って良いか確認の上、香りを試す水を入れる前に手に取り中をのぞいたり全体を眺めたり 一通り香りを試した後、尋ねる 天藍はどのグラスにしますか? 折角なので天藍と同じ色でお揃いのグラスにしたいのですけれど 花の香りとは異なる少し甘い香りが欲しくて白を選択 お花には日頃囲まれていますし 花の香りなら自分で欲しい香りの物を咲かせることもできるので、少し違う物にしたいなと思って 天藍の家にも置く事を考えると少し悩むも、強い香りではないですし、お水入れた時だけ香るのなら大丈夫でしょうか 同じ物をお揃いで持てるのが嬉しいです この香りと一緒に今日のお出かけを思いだして貰えたらと思う |
夢路 希望(スノー・ラビット)
借:水入り瓶 彼の様子に小さく笑う けど、私も興味津々 これに水を注ぐと香りが出るんですよね… 試させてもらうと本当に花の香りがしてきて感嘆のため息 悩んで悩んで選んだのは、白のグラス …色もだけど、ふんわりと優しくて甘い香りが、スノーくんみたいだな、って… あ、え、えっと…スノーくんはどれに? …じゃあ、お揃い、ですね 今までこういうのは掃除が苦手であまり買うことはなかったけど このグラスも、これまでの贈り物も、全部綺麗に飾りたい (帰ったら大掃除です) 飾り方で悩む彼に 私は、グラスの中に水で膨らむビーズを入れて芳香剤みたいにしようかなって …その…帰りに、それもお揃いで買って行きませんか? おずおず尋ね 笑みに照れ笑い |
リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
華やぎグラス…インテリアにちょうどいいかな 香りは一通り試すか 鼻って防御手段が少なく、香りのエチケットもある位だし 詳しい?実家花屋だから香り関係は多少分かる (水を注いで香りを試し) どれもいい香りだ グラスの色合いも綺麗だし 銀雪も現実に戻ってきて選びなさい 少し迷ったが、ミントの緑にしよう すっきりしてていい 銀雪も同じか 私みたいな香り? なるほどね お前らしい選択だ ブレないという褒め言葉だ、受け取っておけ どうして花屋にならなかった? 料理のが楽しかったから 両親の料理の腕が始めるきっかけではあったが 俺は幸運? はは、それは確かに 賛辞はありがたく受け取っておこう 恥じらいはグラスが薫るのを躊躇わない程度にしておけよ? |
久野原 エリカ(久野木 佑)
購入するグラス:紫 水を入れるだけで香りがするグラスか。不思議だな。 それに、綺麗だと思う。 (ミントの香りに耳と尻尾を反応させる祐に) 大丈夫か?(少し可笑しくて笑みつつ) ならこっちとかどうだ?(バニラの香りの方差し出し ……前々から思ってたが耳と尻尾が正直な奴だな……(ぽそ 私は……ラベンダーのやつが良い。落ち着いた感じの香りで良いなと思って。 それにちょっと大人っぽい感じもするし……(小声 き、聞こえなかっただろうか今の……(ちらりと祐をみやり な、なんでもない……!(顔を背けたので祐の尻尾の様子には気づかず |
紫月 彩夢(神崎 深珠)
じーっとグラスを眺めて、気になる色は黄色かな 香りも一通り試してみて、気になる香りはミント どっちにしよう 悩んでたら黄色と緑を深珠さんが持って行っちゃった 深珠さん、黄色と緑、どっちか気になったの? …あたしに合わせてくれなくて、いいんだよ? …毎日…あたし、そんなにお金ないよ? 試飲、かぁ…深珠さんって勉強家だよね。お店で出せるほどにしちゃうなんて ていうか、深珠さんも嗅いだと思うけど、この香り、移るほど強くない、よ? お店で、香りが分かるほど密着されるのは困るかなぁ 騙されてろ、か…うん。それなら、毎日、楽しみに通う ちゃんと貢献もするわよ いずれ、グラスの種類増やせたらいいな 今日のが販売促進に繋がりますように |
真っ白なレースのクロスに覆われた小さなテーブルが七台。一台につき一色ずつと、水の入った瓶にも一台。そして何もないテーブルが一台。最後のテーブルは試したグラスの置き場だ。
テーブルを彩るグラスは照明を受けてカラフルな影を生み出している。
●緑と緑
リーヴェ・アレクシアは水の入った瓶を手に取った。展示されているグラスを見る限り、成る程、インテリアにいいというのも頷ける。
「香りは一通り試すか。鼻って防御手段が少なく、香りのエチケットもある位だし」
「そうなの?」
銀雪・レクアイアは初めて聞くことにほんの少し目を丸くしてリーヴェを見た。
「ああ。食事の場では料理の香りに影響が出るから強すぎる香りは歓迎されない。付けるにしても香りが控えめなものにして、足首などの口と鼻から離れた場所につけるのがいい、とか。まだ他にもある」
「……詳しいね、リーヴェ」
「実家が花屋だから香りについて多少は分かる」
「あ、なるほど、納得」
そんなやりとりを交わしながら、二人がかりで五種類のグラスを空のテーブルの上に集める。
リーヴェが少しずつグラスに水を落としていき、二人は順番に匂いを確かめていく。それぞれ一つグラスを手にとって香りを試し、相手と交換してからテーブルに乗せ、また別のグラスを試す。
「どれもいい香りだ。グラスの色合いも綺麗だし」
「うん、そうだね」
応じながらも銀雪は夢想する。
机の片隅に緑のグラスを置いておく。そしてレポートを書く直前に水を注げば、作業中に香りが漂う。嗅げばリーヴェに励まされている気分になるだろう。リーヴェを近くに感じながらであれば筆も進む。ああ、でも規定枚数内に収められるだろうか。時の経過すら忘れてしまうだろう。
そんな風に夢、もとい空想の中へと旅立つ銀雪。しかし、彼の沈黙が何を意味するのかリーヴェは理解している。
「銀雪も現実に戻ってきて選びなさい」
さらりと指摘し、銀雪を引き戻す。その合間にもリーヴェはもう一度グラスの香りを試している。
現実に戻った銀雪は頭を振り、思い描いた光景を締め出した。テーブルの上のグラス――特に緑のグラスとリーヴェを交互に見る。
そしてリーヴェが香りを試し終えると、銀雪はまっすぐに緑のグラスを手に取った。
「緑のミントにしようかな」
「銀雪も同じか。私も緑にする。ミントはすっきりしてていい」
リーヴェの言葉に銀雪は目を細めた。
「うん、だから1番リーヴェっぽい」
「私みたいな香り?」
リーヴェにとって予想しなかった形容だが、悪い気はしない。
「なるほどね。お前らしい選択だ」
どういう意味だろうか。考えかける銀雪にリーヴェはふっと笑って言い添えた。
「ブレないという褒め言葉だ、受け取っておけ」
少しばかり間を置けば、リーヴェの言葉が染み渡る。褒められたという事実に銀雪はパァッと顔を輝かせた。
リーヴェは緑のグラスばかりを乗せたテーブルへと向かい、一つ一つ吟味する。泡の入り方が微妙に違うのだ。光にかざし、影がどう出るかを確認する。
その姿を見ているうちに、銀雪に浮かんだ素朴な疑問。
「そういえば、花屋になろうって思わなかったの?」
「嫌いだった訳ではないが、料理のが楽しかったから。両親の料理の腕が始めるきっかけではあったが」
家事については絶望を通り越して壊滅的な両親だからとリーヴェは言う。
「楽しいならいいけど、きっかけが何か凄いね……」
とはいえ、そのお陰で銀雪が得たものもある。銀雪はくすりと笑みを零した。
「俺は幸運だよね。両親の料理の腕気にしたことなかったし、リーヴェの料理は凄く美味しいし」
「それは確かに」
はは、とリーヴェは笑った。
その潔い笑い声を頼りに、どうにか銀雪は言葉を紡ぐ。
「勿論料理を作るリーヴェがかっこいいからなんだけど」
リーヴェのようにさらっと言うことは銀雪にはまだ難しい。どうしても顔を赤くして、もじもじとしてしまう。
「賛辞はありがたく受け取っておこう。恥じらいはグラスが薫るのを躊躇わない程度にしておけよ?」
見ぬかれている、というよりもひと目で分かる。
修行を積まなくてはと銀雪は思う。そしていつか、もっとさらりと言えるようになった時こそさらに踏み出して――と、再び銀雪は空想の旅へ。
リーヴェはそんな銀雪を尻目に、さっさと2つの緑のグラスの梱包を頼むのであった。
●黄と緑
グラスの位置に目線を合わせ、じーっと眺めているのは紫月 彩夢。腰を曲げ、膝に手をついて体制を崩さないようにしている。
彩夢の半歩後ろからそれを眺めているのは神崎 深珠。
白いクロスで覆われたテーブルの上には五色のグラスを並べてある。
彩夢は一度身を起こすと、今度は少しずつグラスに水を注いでいった。そして一つ一つ香りを試していく。
そして深珠は、彩夢が試し終えたグラスを受け取り、香りをみてはテーブルへと戻していく。
香りは一通り試した。それでも彩夢は悩んでいる。その表情は真剣そのもの。
彩夢はこういうものが結構好きなのだとは深珠には分かっていたから、今更驚きはしない。
逆に深珠は特に欲しいと思うものがなかった。深珠とて、店で使えるものであれば真剣に選んだのだがインテリア用となるとそうはいかない。
だから深珠は、ここまで気にしているならは彩夢に自分の分も渡してやりたいとも思うわけである。
ふいに彩夢がことん、ことんとグラスを並べ替えた。手前には黄色と緑のグラス。
「決まったのか?」
「まだ。色が気になるのは黄色。香りが気になるのはミント」
どっちにしよう。そう言う彩夢はグラスとにらめっこしている。睨んでいるように見えるのは本気で悩んでいるからだ。
「2つまでは絞り込んだんだな」
なら丁度いいと、深珠は黄色と緑のグラスを手に取って、さっさと販売員の元へと向かっていった。
そんな背中を彩夢は複雑な心境で見つめる……というよりも睨みながら、深珠の側に寄る。
「深珠さん、黄色と緑、どっちか気になったの? ……あたしに合わせてくれなくて、いいんだよ?」
疑問の形を採ってはいるが、深珠が自分の好みで選んだのではないということくらい彩夢にも分かっている。
だからこそ、つい拗ねたような顔をしてしまう。
「別に無理をしているわけじゃないんだが……」
と言ったところで彩夢は納得しない。深珠はどうしたものかと考えて――。
「あぁ、それじゃ、こうしようか」
彩夢が小首を傾げ、紅玉髄の瞳が深珠を見上げる。
「毎日どちらかのグラスに水を入れて、その香りを連れて店に来い。俺が、どちらの香りか当てて、その香りのハーブティを淹れて出そう」
目を瞬かせる彩夢を、深珠はアクアマリンの目で見下ろす。
「……毎日……あたし、そんなにお金ないよ?」
「妖精の茶会から、少しは詳しくなったんだ。店でもそろそろ扱える。試飲に、付き合え」
「試飲、かぁ……深珠さんって勉強家だよね。お店で出せるほどにしちゃうなんて」
というか。
「深珠さんも嗅いだと思うけど、この香り、移るほど強くない、よ? お店で、香りが分かるほど密着されるのは困るかなぁ」
「……敢えて聞くな、言うな」
少々遅いが深珠は釘を刺す。これ以上言われてはたまらない。
だから。そう言って、深珠は二つのグラスが入った袋を差し出す。どちらも割れないように、傷つかないようにきっちりと梱包されているから姿は見えないけれど。
「騙されてろ。ただの、口実だ」
もう一人の精霊は、彩夢の兄ゆえに毎日会っている。それなら自分もまずは形から、とは言えない。もとい、言いたくない。
二つの月を前にして『友達から始めませんか』と言った彩夢のようには、言えない。
彩夢は静かに袋を受け取って、目を細めた。
『騙されてろ』というのなら、そうしよう。
「……うん、それなら、毎日、楽しみに通う」
ちゃんと貢献もするからと言い添え、彩夢はぎゅっと袋の持ち手を握った。
いつか、グラスの種類を増やせたらいい。少しずつ、少しずつでもいいから。
今日のことが販売促進に繋がりますようにと呟いて、彩夢はティーカップから漂う香りに想いを馳せるのであった。
●白と白
「グラスは触っても大丈夫ですか?」
「勿論。ゆっくり見て選んでください」
かのんが問えば、販売員はにこやかに返す。
それならば、とかのんはピンクのグラスを慎重に持ち上げ、中を覗き、全体を眺め、光にかざしてみたり。
そうしてから水を垂らし、香りを試す。
「本当に薔薇の香りがしますね」
かのんが差し出したグラスに天藍も鼻を近づける。確かに薔薇の甘い香りがする。
そんなグラスを不思議そうに眺めながらも、天藍はかのんに付き合い、一つ一つ香りをみていく。
一通り香りを試したかのんが天藍を見上げた。さらり、艶やかな黒髪が揺れる。
「天藍はどのグラスにしますか?」
「かのんは何色にするつもりだ?」
天藍は言いつつも、かのんはピンクを選ぶのだと思っていた。それでも聞いたのは、思い込みで決めつけたくないから。
「まだ決めてないんです。折角なので天藍と同じ色でお揃いのグラスにしたいのですけれど」
その言葉に天藍のタイガーアイと同じ色の瞳が細められる。
「それならかのんが選んだグラスが良い」
選択の放棄ではなく、かのんが好きなものを選んで笑ってくれることが天藍にとって重要だからこその答え。
かのんはゆるりと首を傾げると、その細い指をグラスへと伸ばした。
触れたのはピンクのグラスではなく、白いグラス。
「意外だな。ピンクを選ぶと思った」
「花の香りなら自分で欲しい香りの物を咲かせることもできるので、少し違う物にしたいなと思って」
花は勿論好きだし常日頃から囲まれているが、花とは違う甘い香りが欲しくてバニラを選んだのだ。
「これからが花の咲く時期だもんな」
「ええ。とても楽しみなんです。天藍は、この色で大丈夫ですか?」
かのんの声色が少しばかり遠慮を帯びたのは、男性には甘い香りだから。天藍の家に置くことを考えると少し悩むが、強い香りではないし、水を入れなければ問題ないはず。そう考えはしたものの、気にはなるのだ。
「大丈夫だ、かのんが選んだものでいい」
天藍の答えにかのんがほっとしたように笑む。
天藍は右手に一つ、左手に一つ白いグラスを手にとって販売員に梱包を頼んだ。
グラスの入った袋をかのんに差し出す。天藍の左手にも同じものがある。
それだけのことだが、かのんにとっては嬉しいことだ。
「同じ物をお揃いで持てるのが嬉しいです」
嬉しそうに笑うかのん。天藍は思わず手を伸ばしかけ、堪えた。けれど、一瞬だけ。想いのままに流されることにして、かのんの頬を優しく撫でた。
きっとこの笑顔は、家に帰っても頭に焼き付いて離れないだろう。そして、グラスを見るたびに思い出して、すぐに会いたくなってしまうのだろう。
これは天藍の予感などでは無く、確信だ。だから天藍は、今のうちとばかりにかのんの頬をゆるりゆるりと、何度も撫でる。
「天藍? どうかしましたか?」
「いや、なんとなくな」
不思議そうに尋ねるかのんだが、抵抗はしない。触れられることはかのんにとっても心地良いことだから。
かのんはくすりと笑うと、目を閉じる。頬に触れる温もりが心地よくて、天藍の手が離れるまで身を委ねることにしたのであった。
●紫と白
「水を入れるだけで香りがするグラスか。不思議だな」
ぽつり、久野原 エリカは呟いた。グラスが乗ったテーブルの上にはガラス特有の色がついた影が出来ている。
近付いて見てみれば、泡の入り方や色の乗り方がどれも微妙に違う。
「綺麗なグラスですねー!」
久野木 佑の感想は素直すぎるが、エリカも同じ思いだ。泡の入ったグラスそのものだけでなく影も華やかだ。
香りを試すことも出来るのであればと、佑は早速水の入った瓶を手に取った。五台のテーブルを見渡して、なんとなく目についたのは緑のグラスのテーブル。
佑はトトッと僅かだけ水を注いでグラスを持ち上げた。香りを見るべく鼻を近づけるが――。
「ひうっ」
清涼感のある香りが佑の鼻から前身へと駆け抜ける。ぞわりとした感覚に茶色い犬の耳がピンッと立つ。くるんとした丸い尻尾に至っては両足で挟み込んでしまっている。
「大丈夫か?」
白いグラスを試していたエリカが声はかけるも、佑の様子を見ると少しばかり笑みが浮かんでしまう。
「これはちょっと苦手なやつです……」
ミントだとは思ってもみなかったらしい。佑はグラスを少しでも鼻から遠ざけようとしている。
「ならこっちとかどうだ?」
エリカはそんな佑から緑のグラスを受け取り、代わりに先程まで試していた白いグラスを手渡した。
佑は素直に受け取ると、スンッと鼻を鳴らしてグラスの香りをみる。
「あ、こっちはふんわりして甘い感じでいいですね! これがいいです!」
途端、佑は千切れんばかりに尻尾をぶんぶん振る。耳も嬉しそうに後ろへ下がっている。とても分かりやすい『喜』の感情表現。
エリカは思わずぼそり。
「……前々から思ってたが耳と尻尾が正直な奴だな……」
「ってえっ、そんなわかりやすいですか俺?!」
「自覚なかったのか」
佑は確かめるように耳を空いた手で抑えるも、事実は消えないわけで。
エリカはふっと笑みを零しながら、緑のグラスを空きテーブルに置く。そして手に取ったのは最初に試した紫のグラス。
「私は……ラベンダーのやつが良い。落ち着いた感じの香りで良いなと思って」
「エリカさんは紫のにするんですね。そっちも綺麗ですね!」
覗き込んでくる佑はやはり尻尾をぶんぶんと振っている。エリカは分かりやすいと思いつつも、今度は胸に秘めておく。代わりに、小さな声でもう一つの理由を付け加える。
「それにちょっと大人っぽい感じもするし……」
言ってからエリカはハッとした。聞こえたのではないだろうか。ちらと佑を窺うも、佑はニコニコと笑っているだけ。
「どうしました?」
「な、なんでもない……!」
追求すれば言わなくてはいけなくなるかもしれない。エリカは咄嗟に顔を背け、梱包してもらおうと販売員の元に急ぎ足で向かった。
その背中を、佑は微笑ましい気持ちで眺める。
「……可愛いなぁ」
佑の言葉こそエリカには聞こえていない。逆に、エリカの言葉はちゃんと聞こえていた。
けれど、あえて聞こえなかったフリ。
ゆらゆらと佑の尻尾が揺れる。そして黒い瞳は慈しむように細められていた。
「ど、どうかしたのか?」
「いえ、なんでもないです」
佑が付いてきていないことに気付いたエリカが振り返る。
なんでもない風を装って、佑は白いグラスを片手にエリカの後を追う。茶色い尻尾をゆらゆらと揺らしながら――。
●白と白
一風変わったグラスに興味津々といった様子のスノー・ラビット。グラスを手にとって、横、底、上からと眺めていく。
今、スノーが持っているのは白いグラス。グラスは光を受け、白い影をスノーの顔に落としている。
夢路 希望はくすり、小さく笑った。スノーの様子が微笑ましい。
けれど、興味津々なのはスノーだけではない。希望もなのだ。水の入った瓶を取る。
「スノーくん、試してみましょう」
「あ、そうだね」
スノーは白いグラスを希望に差し出す。スノーと希望はグラスを覗き込んだ。
「これに水を注ぐと香りが出るんですよね……」
トトッと水を落とすと、ふわり、甘いバニラの香りが漂う。
「わっ、すごい。本当に香りがするんだね」
ほんのり甘い香りが心地好い。感動したのか、スノーの赤い尖晶石の瞳がキラキラと輝いている。
希望は、今は黒茶に見える目を細め、感嘆の息を漏らす。
「全部試してみましょうか」
「うん」
そうして二人は一つのグラスを分け合うように、五つの香りを試していった。
スノーは最初の白を気に入っていた。全て試してもやはり惹かれるのは白だ。
対して、希望はかなり悩んでいる様子。口元に手を当て、再び香りを試したり、グラスの色を見たり。悩みに悩んだ末、ようやく決まったらしい。うんうんと、納得するように頷いた。
「ノゾミさんはどれが良かった?」
「白です」
あ、同じだ。そうは思ってもスノーは口には出さず、希望の言葉を待つ。
「……色もだけど、ふんわりと優しくて甘い香りが、スノーくんみたいだな、って……」
嬉しさと恥じらいを織り交ぜた希望の笑み。呟きと相まって、威力は抜群だ。スノーの胸に鋭く、けれど甘い痛みが走る。
ニコニコと笑ってしまうのも仕方がないこと。希望にはその理由がわからないようだが。
「あ、え、えっと……スノーくんはどれに?」
「僕もそれにしようって思ってたんだ」
「……じゃあ、お揃い、ですね」
「……うん、お揃い」
思い出を共有した、新しい宝物。
梱包を終えて渡された二つの袋を受け取ると、どちらともなく顔を見合わせて笑った。
希望は柔らかく笑い、スノーはへにゃりと相好を崩して。笑い方は違えど、胸に抱く温かさは同じものだ。
「このグラスも、これまでの贈り物も、全部綺麗に飾りたいって、思います」
掃除が苦手な希望は、今までこういうオシャレなインテリア用品は買うことがあまりなかった。
でも、スノーからの贈り物。その時の気持ち。スノーからの気持ち。二人の思い出。それらをちゃんと飾りたいと今は思う。
だから、帰ったら大掃除だ。希望はぐるぐると苦手な掃除の算段を立てていく。
「どう飾ろうかな……」
希望は知らぬうちに自分が呟いてしまったのかと思った。言葉の主は希望ではなくスノーだ。
「このままでも綺麗だけど、グラスの香りも感じたいよね」
言って、もう一度すんとバニラの香りを嗅ぐスノー。
「私は、グラスの中に水で膨らむビーズを入れて芳香剤みたいにしようかなって」
「水で膨らむ……あ、観葉植物とかの土の代わりに使われたりするあれかな?」
こくり、希望が頷く。
スノーはその図を思い描いてみた。グラスの白にビーズの色が加わるとより華やかになる。ビーズが水を含んでいるから、自然とバニラの香りもするだろう。
「うん、それなら見た目も香りも楽しめそう」
とてもいい案だ。スノーが頷くと、希望はおずおずとスノーの裾を引いた。恥ずかしそうに希望の目が泳いでいる。
どうしたのかと聞く前に――。
「……その……帰りに、それもお揃いで買って行きませんか?」
嬉しい申し出だった。こくこくと頷くスノーの顔には、ぱぁっと笑顔が広がる。
その笑顔を見て希望は照れたように笑う。
スノーは右手へ袋を持ち直すと、すっと左手を差し出した。意味など、言わずとも分かる行為。
優しい手に、希望は自分の右手を重ねた。
温かい。
手も、顔も、胸も、何もかもが温かい。春を感じながら、二人は街へと歩き出すのであった。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
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マスター | こーや |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 03月24日 |
出発日 | 03月29日 00:00 |
予定納品日 | 04月08日 |