貴方の午後三時を教えてください(紺一詠 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

「ちはっす、毎度おなじみ『ウィンクルム・マニアック』のナナキです。今日も今日とて萌えを補給しにまいりましたあっ!」
「帰れ」

 ロイド眼鏡で、ベレー帽で、フィルムカメラを首から提げて、胸ポケットにはわざとがましく筆記用具が2、3本。
 蹴破るがごとき勢いでA.R.O.A.の事務所に乗り込む少女の名は、ナナキ。受付の男のけんもほろろの挨拶を、馴れ馴れしくも、余裕綽々の笑みで反らす。

「またまたぁ。そんないじめないでくださいよ、わたしはただのジャーナリスト。真実を追求したいだけです」
「それなんだがな。おまえさんが書いてるっていう……なんだっけ、ほら、」
「『ウィンクルム・マニアック』」
「そう、そのウィンクルムなんちゃら。そんなタイトル、どこの本屋でも見掛けねえぞ」
「ふっふっふっ。我が『ウィンクルム・マニアック』略して『うぃまに』は、選ばれた人のみにお届けしておりますからね!」

 えらばれなくてよかったなあ俺。受付の男のしみじみした感慨を知ってか知らずか、ナナキ、ずずいっと体を前のめりに寄せる。眼鏡の奥を剣呑に光らせる。

「そんで、今日もまた、ウィンクルムに取材させていただきたいんですけど」
「いや待て。おまえさっき萌えの補給がどうとかいってたろ」
「趣味とビジネスが二律背反するとでも? 両立させたっていいじゃないですか。神人と精霊が協力しあってオーガを滅するがごとく」
 だからおまえは、なにをいってるんだ。

 おそらく悪人ではないが善人でもない、自称ジャーナリストの、このナナキという少女、ウィンクルムへの取材やインタビューを名目に、これまで再三再四A.R.O.A.を訪れている。そこまでは、まあ、いい。好意的な視点での記事を主としているようだし、広報活動の一環ともなる。
 問題は、彼女の好意の種類だ。
 気持ちはわからなくもない。精霊というやつは、嫉妬する気も起きないほど、美男子ばかりが揃っている。うらわかき女性ならば興味をもつほうが自然だ。

 だが、どうして彼女は、写真を撮るごとに「ウィンクルムいちゃいちゃしろ」と叫ぶのだろうか? 「真似事でいいので、トランスおねがいしまーす」と注文を付けるのだろうか? 「で、どちらが右で左でしょうか」にいたってはなにを意味しているのだろうか?

「『うぃまに』の今回の煽りは『ウィンクルムたちの午後三時』です」
「ほう。わりと温厚なテーマだな」
「でしょ? 最初の予定では午前三時だったんですが、今回は遠慮しました」

 聞かなかったことにしておく。

「A.R.O.A.を離れた日常の午後三時、平日、ウィンクルムたちはどのような時間を過ごしているか。取材に応じてくれるウィンクルムを紹介してくださいません?」
「話を通すぐらいなら、別にかまわないが……。そんな平凡な内容で、読者が興味を持ってくれるのか」
「むしろそれがいいんですよ。戦いのあいまにふと訪れるやすらかな時間! 隣にはいつもと違う表情をみせる相棒! 偶然触れ合う指と指! 奥底から呼び覚まされる彼等の情熱は、今ひとつの奔流となり……っ!」
「うん、分かった。とりあえず呼びかけだけはしてやる。だから、今すぐ、帰れ」

解説

以下のようなプランが考えられます。

1.積極的にナナキに協力する
 ノリノリでナナキの取材に応じる場合。サービス精神を発揮してみたりしてください。
 インタビューの内容は、大体プロローグにあるとおりです。
 写真も撮りますので、よろしければシチュエーションを御指定ください。小道具や衣装やメイクは、あまりにも高級なものでなければ、ナナキが準備します。
 場所はタブロス市内です。大掛かりなロケは無理ですけれども。
 ナナキからの指示は「ウィンクルムいちゃいちゃしろ」

2.消極的にナナキに協力する
 いやいやナナキの取材に応じる場合。義務感にとらわれてみたりしてください。
 あとは1.と同じです

3.ナナキに関わらない
 いつもどおりの午後三時をお過ごしください。ただし精霊と神人は御一緒に行動ください。ナナキは勝手に覗いてます。
 ナナキを発見して追い出すも、気付かず覗かれ放題されるも、お好きにしてください。

4.その他
 その他、御自由にどうぞ。
 ナナキと取材以外で直接関わりたい(「説教してやる」とか)という奇特な方も、こちらになると思います。


あまりに過激な描写は御遠慮いただきますが、うん、まあ、その、なんだ。若いっていいですよね。


●『ウィンクルム・マニアック』
略称『うぃまに』
「貴方の知りたいウィンクルムたちの今を、カラーグラビア満載の1冊にまとめました!」的な御本。特殊な流通経路でしか手に入らない……らしい。
キャッチコピーは「薄い本を厚くする」
「うぃまにを読む、貰う」というプランも可能です。
お代は頂きませんが(ウィンクルム1組様につき2冊まで。それより多いと実費となります、1冊100ジェール)、その代わりナナキの取材にはご協力ください。
アイテムとしての発行は出来ません。あらかじめご了承ください。

●ナナキ
『ウィンクルム・マニアック』所属のジャーナリスト(自称)。19歳、女性。始末が悪い。

ゲームマスターより

ごめんなさい。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

シルヴァ・アルネヴ(マギウス・マグス)

  目的
協力するけどさ、オレ達でいいのかな?

行動
待ち合わせ場所でマギと他愛もない会話中
眼鏡とベレー帽の女の子を発見したら手を振る。
「その格好、ナナキちゃん?シルヴァとマギだ。今日はよろしく」
にこにこ

「午後三時はおやつの時間だよな」
手招きして移動

何だか長々とした名前の、カラフルなパフェを前に嬉しそう。
「やっぱりこういう店って、男同士じゃ入り辛くってさ」

もぐもぐ口を動かす間は喋らないが、インタビューには真面目に答える
「マギとは、精霊と神人っていうより兄弟みたいな感じだなー
子どもの頃から一緒だし」等々

「本屋で探してみたんだけどさ、うぃまにってどんな本なの?」
興味の向くまま質問攻

撮影
ウィンクルムと極上甘味


信城いつき(レーゲン)
  (なんとか取材終了
なぜかトランスの真似をリクエストされ
照れと緊張でレーゲンに頭突きしてしまった……)

あの記者、オーガとは違う意味で怖くないか?
まだこっち見てるよ
そーっと退散しよう(ひそひそ)

この辺ならおちつけそうだな
ほっとしたらお腹すいたー
レーゲンが用意してくれたおやつ食べよう
レーゲンのも一口もらっていい?
午後三時なんて、こんな風にレーゲンとおやつ食べたりしながら話してるだけだけど、地味すぎて記事になるのかなぁ

そういえば、さっき頭突きしたとこコブになってないか?ちょっと顔よく見せて

ところで……どこからか視線感じないか?
(PL:ぜひやりとりをナナキの妄想フィルタで変換してやって下さい(笑)



柊崎 直香(ゼク=ファル)
  午前三時でも一向に構わなくってよ?
普通に寝てるけどね
うぃまにに協力とか面白そうなのですり寄ってきましたよん
いつもお世話になってますー?

午後三時はおやつの時間だ
外出ならきっとスイーツ片手にショッピング
しちゅえーしょん、しちゅ……

暖かくなってきたねとソフトクリーム頬張り
早く食べないと溶けちゃう、とぺろり
そんな僕の唇にゼクの視線は釘付けで。
ゼク? とあどけない表情で見上げる僕を壁際に追い詰め両手で囲いを作りつつ段々と近づく険しいゼクの顔……

やがて触れ合う互いのくちび……まあ寸止めでシャッターチャンスかにゃ
溶けるアイスに壁ドン追加で王道を突っ走る感じでどーだい
しかし身長差際立つねこれなんかイラッとする


セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
  いいけど。ウィンクルムへの理解が深まれば協力も仰ぎやすいしね
説明不足だから!(押し
…悪い。他を当たって(出て行き

早く気付けば…誤解されかねないオンパレードだった気がする
森近くのテラスでティータイム

(ここで出会って、契約して、…隣にいてくれる初めての友達
大事にしたいのにうまくできてるかわからない
自信がなくてつまらない僕には)

あ…ううん。本当美味しそうに食べるなって
パテシェも作りがいがあるよ
苺シフォンを食べ

僕といて楽しい…?(微かな声

っいいよ!
食いしん坊(くす)どうぞ
フォークのを食べられ目を丸く、戸惑い
……あーん
物好き
タイガのおかげで笑えるんだ(照れ目を逸らし
さっきの記者にみられたら誤解されそう



●ウィンクルム・マニアック 5月のドキドキ天は吾に味方せりマガジン
 特集『ウィンクルムたちの午後三時』
 4組のウィンクルムのそれぞれの午後三時におじゃましちゃいました☆彡
 フレッシュお届け! ドキドキのツーショット盛り沢山っ。


●天は吾に味方せり
「ってどういう意味だろうなあ、マギ」
「『天は私の味方をしました』」
「それはオレもなんとなく知ってるけど、」

 どうして今の状況でその科白が出てくるかが、わからない。
 シルヴァ・アルネヴ、揶揄や嫌味でない心からの本音を吐き出すと、隣に佇む精霊マギウス・マグスによく似た端正な顔の眉を――一日に一秒ぐらい、せめて真剣な表情を作ってみようと――できるかぎり寄せる。ナナキとの待ち合わせまでの十数分、彼等はいつものイノセントな会話に興じていただけである。
 話題は、これから世話になる予定のカフェについて。ずいぶんと以前から気になってはいたのだ、しかし、なかなか立ち寄る機会がなかった。

『楽しみだよな、男同士じゃ入りづらかったし』
『あの茶房は、客を性別だけで選り好みするほど、狭量な経営はしていないと思いますが』
『そういうことじゃなくって、あ、来た来た』

 ロイド眼鏡とベレー帽と、おそらくナナキであろう少女をはじめに見付けたのは、シルヴァだ。おーい、こっちこっち。一人じゃ目立たないかもしれないから、握りこんだマギウスのてのひらといっしょに、二重に腕を振ってみせた。ナナキ、すぐに二人を発見する、発見したけれど、

『天は吾に味方せり!』

 彼女は一言叫んだきり、倒れ伏した。五体投地。
 冒頭に、戻る。

「うーん。やっぱり女の子って不思議だなあ」
「それより助けなくていいんですか?」
 なんのことだろう、と、シルヴァ、顰めっ面をほどけば、マギウスが示す方向にナナキがばったりしたままである。

「あ、ほんとうだ。ナナキちゃんしっかりっ」
「いえ、おかまいなく。わたしの屍を越えて、おふたりは末永くお幸せにお暮らしください。わたしのお墓の前でいちゃついてください。そこで塵となって萌え尽きていますから」
「……マギ、今度こそ訳せる?」
「無理です」

 なにはともあれ、このままでいるわけにもいかないので、半強制的に場面転換。例のカフェの店内、パーティールーム。約一名のせいで入店を断られてもしかたのないところだったが、マギウスがあらかじめ予約と取材許可をとっていたので、介抱を名目にスムーズに入ることができた(あれ、取材は?)。
 ロマンティックカントリー風の内装が施された室内。テディベア、スプレーローズ、クリーム色を基調としつつもところどころに淡いピンクをあしらったデザインは、成る程、男性にとっては気恥ずかしいものがある。猫足のテーブルの中央を彩るのは、シルヴァの注文した、なんとかかんとかパフェ。それから、マギウスの、プチサイズのケーキがトレイいっぱいに鏤められた、ケーキの盛り合わせ。

「オレのは、『ゆめみるお姫さまの【このへんいろいろカタカナが続く】スイーツパフェ』だって」
「よく噛まずに最後までいえましたね」
「知ってるくせに。だってオレ、料理の注文は慣れっこだから」

 慣れっこなのはそれだけじゃない。シルヴァはパフェに付き物の、長いスプーンをこねくり回して、フルーツとアイスクリームとチョコレートソースがバランス良く配合された、理想の一口を作り出す。

「マギのも美味そうだな」
「好きなだけ、どうぞ」
「いいの? そんなんだからマギは肉が付かないんだぞ。シンクロサモナーのくせに、ぼーっとしてると、召喚したモンスターに食べられちゃうぞー」
「そんな莫迦なことはありません。第一先に欲しいと言ってきたのはシルヴァでしょう。たしかに僕はシルヴァより細いですけど、統計からいえば、見苦しいというほどではなく……」

 そこでマギウス、醒めたように。

「こんなものでよろしいのでしょうか?」

 いつもどおりにやってくれと云われたから、いつもどおりにやってみたのだ。シルヴァがナナキの質問に『マギとは、精霊と神人っていうより兄弟みたいな感じだなー』答えたから、『じゃあ、その兄弟みたいなところみせてください!』と。

「もちろん結構です! それから、マギウスさんはモンスターじゃなく、シルヴァさんに遠慮なく食べられてください」
「だから、シンクロサモナーはそういうものでは……」
「マギは食べられるのがイヤなんだ。じゃ、食べさせて?」
「シルヴァは横入りしないでください。といっても、遅いですけど」

 仕方ないですね、と、マギウスはシルヴァが開いた口にストロベリームースを放り込む。おかえし、と、シルヴァはシルバースプーンをマギウスの口にねじ込む。復讐です、と、次はマギウス、シルヴァの口許のクリームをナプキンで拭い――代わる代わる、差しつ差されつしていると、金と銀の狼の仔が二匹仲良くじゃれてるようで、

「天は吾に味方せり!」

 と、再びナナキが叫ぶ羽目になる。いくらパーティールームでも、こいつら(というか、約一名だ)そのうち追い出されるんじゃなかろうか。


●ベンチに二人分の体を投げ出して
「ほんとうに大丈夫か?」
「心配いらないよ。すぐに冷やしたからね」

 しかも、2本分。レーゲンはおどけたように、両の手のそれぞれに握ったミネラルウォーターのボトルを、自らの頬に押し当てる。謝礼代わりに撮影現場の小物を頂戴してきたのだ、と、物々交換を基本に生活している彼らしくも、すこし珍しい茶目っ気。信城いつきは声を出して笑ったあと、不意にがくりとうなだれる。

「でも、俺のせいだし」
「いつきのせいじゃないから」
「でも……」
「大丈夫。ほんとうに、いつきのせいじゃないから」

 レーゲンの否定が思いの外強くて、いつきは二の句が継げなくなる。俺のせいじゃないって、なら、なにのせいだっていうんだろう。いつきの思いは事件の発端へと戻る、『ウィンクルム・マニアック』……ったく、あれのせいだ。突然トランスの真似事をリクエストされて、緊張と照れから、キスではなく頭突きをレーゲンに送ってしまった。
 オーガ相手に取っ組み合うならともかく、カメラがある、ライトがある、人に見られるためだけのトランスなんて、

「無理に決まってるよ……」
「どうかした?」
「あ、ううん。全然なんでもない」

 見透かしてるようなレーゲンの緑の瞳。人前でのトランス(の、物真似。あくまで、真似)を恥ずかしがった自分が酷く罪深い気がして(でも、それはいったいどんな罪だ?)、何度も何度も、いつきは首を横にする。レーゲンはけしていつきを責めない、知ってる、だからいっそう、つらい。屈託ないレーゲンの微笑みがまぶしかった。

「それとも、お腹がすいた?」

 まるで手品だ、なにもない空間から花束を取り出す儀式。ミネラルウォーターの次はドーナツ、それもひとつふたつじゃない、いつのまにやらレーゲンは用意している。

「やった!」

 日の麗らかなハト公園。ミネラルウォーターがあってドーナツがあって、レーゲンと明日の約束について語り合って、どんな王侯貴族だってこれ以上の贅沢は望めないだろう。鳩のように菓子をついばみながら、鳩のように他愛なくおしゃべりして、けれど鳩のように自由にはならない心と体。

「……なくなった」

 寄ってくる鳩に千切りながら分け与えているうちに、輪っかごと消えてしまったいつきのドーナツ。レーゲンは、はい、と自分の残りをいつきにさしだす。

「いいよ、一口でも二口でも」

 私の分も欲しがるのは予想済だったから。首だけを伸ばすと、レーゲンの手ずからありがたく頂戴する、いつき。

「俺、鳩みたいだな」
「そうかもね」

 いつきが突如黙り込んでしまったものだから、レーゲン、少々狼狽した。いつきは自らの小柄さを気にしている、「鳩のよう」なんて形容は彼にとっては賛辞の部類ではないだろう、もしかしてほんとうに、いつきの機嫌を損ねてしまったのかもしれない。自分が言い出したわけではないのに、レーゲンはいけないことをした気持ちになる。たしかに、いつき、まるで虫の居所を悪くしたように難しい顔をしている。だが、それは彼なりの思い切りのあらわれだった。

「俺、ちょっとだけ鳩だから」
「どういうことだい?」

 なにも答えず、いつきは残りのミネラルウォーターを頭からざぶりとかぶる。面食らうばかりのレーゲンを後目に、いつきは身を返して、レーゲンの正面に。
 今の俺は鳩だから、これは、そんなんじゃなくって。

『くるっくー。れーげんさん、どーなつありがとうございました』

 鳩だから……鳩ならば、レーゲンの待つ「誰か」の邪魔にはならないだろう。

『おれいに、おでこをひやしてあげますね』

 濡れた前髪ごと、いつきはレーゲンの額に自らの額をおしあてた。羽のように軽やかな少年の体が傾ぐ、レーゲンは支える。いつきの懸命な冷却でも抑えきれぬ衝動がこつんと湧き、レーゲン、いつきの背をくるむように手を伸ばしかけると――……、


「ふはははナナキ参上! ベストショットは、もらった! 諸君さらばだ!」
 脱兎の如く、じゃねえ、こけつまろびつ、ベレー帽が走り去った。


「なあ、レーゲン。今のって……」
「……春先はおかしな人が多くなるね(注:ほとんど初夏です)」


●ティータイム・ケーキタイム
 ダージリンの一口は、痺れるほどに甘い。セラフィム・ロイス、それぐらい、どっと疲れたのだ。
『別に、いいけど。ウィンクルムへの理解が深まれば協力も仰ぎやすいしね』
 なんて気軽に引き受けるのでなかった。

「シュザイってわりとおもしろいんだなー、セラ」

 だのに、火山 タイガ、無邪気に、溌剌と、今し方の波乱(セラフィムにとっては、あれはもう、取材なんかでない。戦だ。動乱だ。下克上だ・謎)を軽く評する。三人兄弟の末っ子として育ったから、あの程度のドタバタは平生の一コマにすぎないのだろう。タイガにはタイガの生活があり、幼少のみぎりをベッドで過ごしたセラフィムには思いも寄らぬ煌めきに満ちていて、たとい神人と精霊であろうと、それらを全部、理解することがかなわなくって。
 午後三時は、森に程近い日向でティータイムを。
 ガーデンテーブルの中央に鎮座する苺シフォンを、丹念に切り分けるセラフィム、その手がかすかに振れる。けれど、自分の分のケーキを待つばかりのタイガ、セラフィムの揺らぎに気取る様子はなくて、憎らしい。

「すっげー食いつきだったよなー。あんな話だったらいくらでもあるのに、」
「黙って」
「ん?」

 辛目の科白を悔やんだときには、遅かった。小鼻をひくつかせたかとおもえば、タイガ、出し抜けにどこかへ走り去ってしまう。
 ――……呆れられただろうか。
 シフォンケーキは二切れ、とても上手く分けられたのに。いつもだったらタイガが『セラ、すっげーっ。俺だったらもう絶対ケーキがたおれてる!』なんて歓声をあげる頃だろうに。固すぎるガーデンチェアに取り残されて、セラフィムは一人きりだ。
 思い返せば、取材のときもこんな調子だった。タイガは屈託なく笑って、こんなふうに切り出したのだ。

『腹へって倒れそうなとこを分けてもらってさ。それからセラんとこ、通ってんだ。ベッドでした「世界をみせてやる」って約束はたすんだ!』

 ナナキが、ベッド、のところに妙に食い付いてきたのが妙に気恥ずかしくて、ついタイガに八つ当たりしてしまった。
 隣にいてくれる初めての友達……だのに、大事にしたいのに。うまくできてるかわからない。

「自信がなくてつまらない、僕には」

 シフォンケーキに吹く風が言葉を掻き消す、酷薄な風は吹き止まず、整え忘れた芝を揺す振って……と、タイガがひょっこり顔をだす。

「ただいまーっ。おーい、セラ!」

 鍔の広い帽子のようなものを両腕に掲げて、いや、あれはベリータルトだ。紫、赤、青、たっぷりと蜜をかぶった数種類のベリーが日に照る。

「ちょうど、できあがったんだって。貰ってきた!」
「……よく分かったね」
「だって俺、狩り得意だもん。なんてゆーの、ジャーナリストな潜入のお仕事?」

 な、これも切って。焼き型そのままで運んできたベリータルトを、タイガ、シフォンケーキの隣に置く。

「セラがケーキ切ってんの好きだなー。セラがオカリナ吹いてるのも好きだけど、ちょっと似てるかんじ」

 なんでだろ、と、自問する。タイガはすぐに答えを引き出した。

「わかった、指だよ。セラの指が綺麗に動いて、綺麗にケーキをカットするだろ。綺麗に指を動かして、オカリナで綺麗な音を作るだろ。似てる!」

 セラフィムは返事をせず、リクエスト通りケーキを切って――そんなふうに云われたらまた指が震えそうだ、病にかかっているわけでもないのに――漸く一切れを取り分ける。皿によそってタイガの前に置けば、セラはフォークを一等大きな苺に突き刺す。

「よーし、セラフィム様には御褒美をあげよう」

 なんなれば、セラフィムにまっすぐ突きつけるのだ。いっしゅんそれがなにがしかの大切な選択のように思えて、セラフィムは逡巡する、しかし答えはすぐに決まった。あーん、と、口を大きく開ける。幼い頃、医者から薬を呑ませてもらったときのように、与えられるものを全て呑もうとする。
 決めてしまった今なら尋ねられるかもしれない。

「僕といて楽しい……?」
「うん、すっげえ!」

 セラフィムの微かな迷いを切り払おうとするかのごとく、大きくうなずいて、タイガは。

「俺の暴走とめてくれるし、ほっとするんだ」

 まるで今は暴走していないと言いたげだ。本当はセラフィムの手元のシフォンケーキを狙っているくせに、フォークごと食らい付きそうな勢いのくせに。いいよ、と、セラフィムはタイガを真似てケーキをさしだす。

「君の優しさは長所だけど短所だよね」
「あふ、はぐ、せにゃ、なにかいった?」
「なんでもないよ」

 いつのまにか、すこし優しくなった風。シフォンベルベットの柔らかさで二人の午後を包む。

 ※ 以上のシチュエーションは、ナナキがすべて美味しくいただきました ←オチ


●バニラくださーい
 ソフトクリームはバニラにかぎる、清々しい青空の下での散策ならば、なおのこと。もったりと濃厚なそれを柊崎 直香はうれしそうにねぶる。

「ただで食べる高級ソフトクリームほど美味しいものはないよねー」

 歩き食べはお行儀悪いなんて気にしていられない。だって今は午後三時、おやつの時間なのだから。

「僕は午前三時でもいっこうにかまわなくってよ」
「あ、そうですか。んじゃあ、次あたりの特集でやってみましょうか」
「どうぞどぞ。ふつうに寝てるけどね」

 タブロス市街、若者向けのカジュアルな雑貨屋や服屋がそろったショッピングストリート。ナナキや直香はともかく、ゼク=ファルにとってはあまり居心地がよくないらしく、借り物のダブル・スーツに着込んだ褐色の肢体を丸めて、のっそりのっそり付いていく。逃げたい。言葉でなく、男の背中で主張などしたり。

「それじゃあ、私うしろのほうから見守ってますんで。おふたりさん、フリースタイルでおたのしみくださーい」

 と、ナナキが去って、直香とゼクは格好だけはふたりきりになった。彼女に届かぬほどの低い声量で、ゼク、直香に打ち明ける。精一杯の強面で睨みを利かせたりしながら、要するにいつもどおりの目付きの悪さというわけだ。

「ないことないこと吹き込んだな」
「アイス片手にショッピングはわりと日常だけど、それ以上はゼク次第だよー?」

 直香、ソフトクリームの頭頂をはぐりと齧る。

「でもよかったね、今回はその不機嫌そうな仏頂面のままでも問題ないみたいで」
「別に俺は仏頂面じゃあ」
「そういえば、むっすりゼク=ファルとむっつりすけべって似てない?」
「似てねぇ」

 そうでもないと思うけどにゃー。直香、ソフトクリームを今度は舌で掬い取る。あどけなく頬張る。いたいけにすする。銜えきれなかった残滓が溶けてあふれてこぼれる。粘っこい白で小さな口と口の周りをいっぱいにする。

「早く食べないと溶けちゃうよー」
「直香、」

 ふしぎと直向きさの増したゼクの声に、直香は、おや、と顔を上げる。こういうときどうすべきか、どうすればナナキのようなのが喜ぶか、それは今から言付けようとしていたのだ。だが、ゼクの行動はすべての面において直香の予想を上回っていた。それとも、ある意味では予想通りというべきか。
 ゼクは、直香の可憐な肩を、そのあたりの壁に押しつける。程良く逞しい胸板をつかって、直香の逃げ道を塞ぐ。厚い手が優しい仕草で直香の口許を拭う。
 もしかして、これは――……、
 ないことないことがあることあることあること(増えた)になっちゃう? ゼク=ファル外見年齢27歳『それ以上』へ及ぶ覚悟ができたのか?
 ぎこちない彼の一挙一動に陶酔する、それにしてもこんな表通りで事を成そうだなんて、ゼクってば案外大胆、約30センチメートルの身長差がイラッと来るなと思っていたけれど、ゼクがとうとう決心をしたというならば、それすらも愛しい、食べて欲しい僕のゼ・ン・ブ――以上が、クイズ『どっからどこまでがナナキの妄想で、直香の本音でしょうかっ?』
 そしてついに、熱風のごとき吐息を押し出して、ゼクは告白するのだ――……、

「こぼしても無駄だ。アイスは1日ひとつまで、おなかをこわすからな」

 見つめ合う、神人と精霊。
 沈黙の、帷が、落ちた。

「違うでしょうーっ?!」
「そうだよ、ゼク。十三歳の育ち盛りにアイス1個で我慢しろとか、なんたる鬼畜の所行っ! 王道のストロベリーだってチョコレートだってまだ一口も舐めてないし、最近はワサビとかニンニクとかマムシパウダーとか実にゼクに食べさせてみたい味が揃ってるから(「待て」「僕はゼクみたいに鬼畜じゃないから、全部食べていいよー」「だから、待って」)そっちもよろしいかもねってちがった、いや、ぜんぜん違わないけれども」

 飛び出してきたナナキと共に直香に食って掛かられて、なんなんだこの理不尽な共同戦線。ゼク、おそらくは人生で最大級の納得しかねる誹りに晒されている。

「もう、ゼクにはそのままのキミでいてほしいと思ってたけど」

 首からぶらさげるようなゼクのタイ、手頃な位置にあるものだから、直香は、ぐいと引き下ろす。

「今のままだと、ゼクはちょおっとぷりちーすぎるかなー? 唐辛子のソフトクリームもおまけに付けたげるし、僕といっしょにHOTな夜をすごそ?」
「ああ?!」


●読者の感想コーナー
「うぃまにってスイーツマガジンだったんだなあ」
 最新号を一読したシルヴァ、それを閉じる。これはいいものを貰った気分。でも、前号にはそんなふうな記事はまったく見当たらなかったような気もするけれども、それとも、今回はたまたまスイーツを特集したというだけだろうか。だったら、ますます得をしたかもしれない。
「見ろよ、マギ。表紙のこれ、オレたちだって。『ウィンクルムの白と黒』ってちょっとかっこいいなー」
「ねえ、ゼク。僕たちも載ってるよ。ゼクかっこいいねー、ほらー、唐辛子でぷっくりしたほっぺがキュート」
 セラフィムは胸をなで下ろす、どうにも斜めの記事が書籍を満たす中、彼とタイガはほとんどいつもどおりだったから。秘め事の多い憂いとも笑みともつかぬ肖像写真、それが希望であったかないかは別として。
「なんだよ、これはあああ!」 
 そして、あの日の一度きりの『鳩』が裏表紙を飾っている。いつき、頭を抱える。あれはあの日だけのお遊びだった、はずだのに、こんなふうに写真に残されるだなんて。
「ハト公園の逢い引きって、逢い引きって……どうすんだよ?!」
 くるっくー。とぼけた鳴き声がどこか遠くから聞こえる。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 紺一詠
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 04月26日
出発日 05月02日 00:00
予定納品日 05月12日

参加者

会議室

  • [4]信城いつき

    2014/04/29-21:18 

    信城いつきだ、よろしく

    俺は2から3の流れかな
    緊張するから早々に取材終わらせて、あとはのんびり過ごすよ
    (……でも、なんか気配がするのは気のせい?)

  • [3]セラフィム・ロイス

    2014/04/29-17:46 

    セラフィムだ。どうも
    顔なじみも多いが、シルヴァとは会ってなかったね。遭遇はあるタイプか気になりつつ

    僕は・・・しらずに協力しようとして、やめる感じかな
    3メインの2でいこうと思ってる
    健闘を祈るというか。がんばろうか色々(

  • [2]柊崎 直香

    2014/04/29-16:49 

    前号のうぃまにが届かなかったのでナナキちゃんに抗議。
    ――するかはともかく、どうあがいても積極的に協力する場面しか思いつかない、
    クキザキ・タダカくんですよ、よろしくね。

    うん、まあいつもどおり、適当にはしゃいでると思われー。

  • [1]シルヴァ・アルネヴ

    2014/04/29-00:30 

    あんまり皆で一緒に行動!っていう感じじゃなさそうだけどさ
    挨拶だけでも先に。

    シルヴァ・アルネヴと相棒のマギだ。
    もしかしたら、初めましての人ばかりかな?

    オレは『1.積極的にナナキに協力する』で行動してると思うけど
    うぃまにってどんな本だか気になるから、『4.その他』寄りの
    行動になるかも。
    もしどこかで会ったらよろしくな。


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