3つの瓶(真崎 華凪 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 人の少ない穴場スポット。
 そういえば聞こえはいいが、廃墟然としている。
 美術品が数点置かれただけの、小さな博物館だった。
 足を向けたのは、喧騒から逃げ出したかったからか、あるいは二人きりの時間を楽しみたかったからか。
 問われれば答えなどない。
 ひとしきり回って、帰路に就こうかと言う頃だった。
 突然泣き出した空に、足を止められることとなる。
 ――ついてないな。
 そんなことを胸中で零しながら、隣にいるパートナーを見る。
 やはり、相手も胸の内は同じ。表情が僅かに曇っているように感じる。
「どうしようか」
 この後の予定も狂ってしまう。
 食事をしたり、買い物に出たり。楽しみなことばかりだったのだけれど。
「すぐに止みそうだけど」
 土砂降りと言うほどの雨ではないが、傘がないと心許ない。
 雨が降るなんて思っていなかったから、当然傘も持っていない。
 一度博物館へ引き返す。
 雨を避けるには問題なく、美術品は見れば見るほど新しい発見もある。そう、思ってのこと。
「あれ?」
 隣で声を上げるパートナーを見遣った。
 何かを見つめている――その視線を追う。
「こんなもの、あったっけ?」
 思わず、その視線の先にあるものを見て、疑問を口にした。
「なかったと思ったけど……」
 目の前には、3つの瓶が置かれていた。
 先程回った時には見なかった気がしたが、気のせいかもしれない。
 記憶にないなら、見て行けばいい。そんな考えから、近づいてみる。
『お客様』
 やけに反響する声が、足を止めさせた。
 声主の特定が難しいのではと思うほど、館内に響いている。
『その瓶をご覧になる際には、どうぞご注意ください』
 館内のアナウンスかと、ぐるりと辺りを見渡すが、違うようだ。
 再び瓶へと視線を戻す。
 ――あれ……。
 人が立っている。
 ――人なんていたっけ?
 いた、のかもしれない。気づかなかっただけで。
『その瓶は、過去と想像を映すと言われています。それらを垣間見るのも興、というものかもしれませんが、古傷を抉ってしまう可能性もございます』


 どうぞ、ご注意を――。

解説

二人で覗ける大きさの瓶が3つあります。

■1つ目の瓶:
 赤い装飾模様の施された瓶です。
 覗くと、神人さんの過去の出来事が見えます。

■2つ目の瓶:
 青地に白い文様が描かれた瓶です。
 覗くと、精霊さんの過去の出来事が見えます。

■3つ目の瓶:
 白無地の瓶です。
 覗くと、思い描いた出来事が見えます。

赤い瓶と青い瓶は、それぞれの過去の出来事を見るものですので、まだ聞けていない秘密や、過去の失敗談でも、なんでも大丈夫です。
「今朝の卵焼きは砂糖と塩を量も一緒に間違えたから恐ろしく甘かった(しょっぱかった)」的なものでも。


白い瓶については、平たく言うと妄想です。
例えば、手を繋ぐことも恥ずかしすぎて出来ないくらいの奥手な精霊さんが、
実は「思いっきり騎士っぽく手を取ってリードしてみたい」と思っているけれど、それは精霊さんの脳内の想像。
でも一緒に白い瓶を覗くと、神人さんにだだ漏れになる。
と言う感じです(まるで分らない)
こちらは想像の世界ですので、他の二つより自由度は高めかな、と思います。


覗く瓶を指定してください。
(番号だけ、色だけで大丈夫です。プランに文字数を使ってください)

瓶を覗いた後は、瓶そのものが消滅して、窓や美術品を眺めているような感じで現実に引き戻されます。
入館料として、500Jrが必要です。

どの瓶を覗くかは、ウィンクルムさんのお心次第。
二人の距離が少しでも縮まりますように。

ゲームマスターより

瓶(かめ)です。
何回読んでも「びん」と読んでしまいます。

可愛らしい過去や妄想から、本気のものまで、ウィンクルムさんのお話を聞かせてくださいね。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

 

…注意って…瓶を見るだけなのに?
首を傾げながら瓶に近づく

見えたのは必死になって走る子ども
小さな男の子の顔を見て目を見開く
柔らかな輪郭 幼さの伝わる細い手足
それでも
特徴的なマキナの耳 白い肌に黒い髪
何より 大好きな翡翠の瞳を見間違えたりしない

…シリウス?

赤く染まった室内に小さく悲鳴
倒れているのはシリウスのご両親?
「家族はいない」って聞いていたけれど こんなのって…!
幼い日の彼の 凍り付いたような表情を見て
思わず小さな彼を抱きしめようと手を伸ばす

気が付くと博物館の中
蒼白な顔の彼に気づき 彼の頬を両手で包む

シリウス、わたしを見て
怖かったね 悲しかったね
…もう大丈夫よ

精一杯力をこめて 震える体を抱きしめる


シャルル・アンデルセン(ツェラツェル・リヒト)
  1つ目の瓶
雨に降られて逃げ込んだ美術館で見つけた不思議な瓶。
覗きこむと私の知らないはずの映像が過った。

豪奢な部屋。…でもこれは精一杯の虚栄。
格子の付いた窓。これは歪んだ愛情。
首に巻かれた包帯。愛憎ゆえの苛立ち。

知らないはずなのに知っている。
男の人が入ってきてそれに私は表情を硬くしてしまった。
首に手が回る。
男の人は泣きそうな顔をしていた。

そこで意識がもどる。
あぁ、これがノグリエさんが伝えたがらなかった私の過去の一部なのだだろう。
そしてあの男性こそが私の父であり罪を犯してしまった人。

思い出した私は罪人だ。
ツェラさんが言うのとは違う意味での。


クロス(ディオス)
  ☆関連エピ
・4
・44(精霊オルクス

☆精霊の過去
・村の真相を知り驚きとショックが入交混乱
・暫くして落ち着き過去を受け止める

『おいあの村は全て消したな?』
『はい しかし流石組長ですね 人形に言い聞かせる為に村一つ滅ぼすとは』
『奴を服従させるには犠牲も必要だ』

「えっ、う、そ…だろ…
ディオの実家が原因…? 犠牲も、必要…? 服従…?
とぉさん達は、マントゥールに…?」

☆その後
「あれが、ディオの過去…
あの時俺の傷を見て謝ってたのはそういう事、か…
そんな事無い!ディオのお母さんは愛してくれたさ!
愛を知らないなら教えてやる
一緒に知っていこう?
後さ、彼と一旦距離を置く事にしたから俺が好きなら俺を惚れさせてみな…(ニヤ」


ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)
  (精霊の質問に)・・・最近またあの夢・・・自分が住んでた村がオーガの襲撃にあった時の事を夢に見るんです
違うのに・・・お父さんとお母さんを殺したのは・・・じゃないのに(呟く)
そう、ですよね・・・瓶を覗いてみます

そうだあの日は私の誕生日だった
村の皆や丁度その時滞在していた旅人さん達もお祝いしてくれて・・・あれ、シュトルツさんとエミリオ!?
旅人って2人の事だったんだ・・・どうして忘れてたのかな
それにエミリオの隣にいる女の子は誰だっけ?

(場面変わる、両親を斬り捨てる恋人の姿を見て)・・・嘘・・・うそだ・・・っ
夢じゃなかった・・・エミリオはずっと私に嘘ついて・・・
いやあああああっ!!!!(崩れ落ちる)



秋野 空(ジュニール カステルブランチ)
  葬儀とふたつの棺
赤子を押し付け合う親戚
「遺産だけは山ほどあるんだ、金蔓と思えば」
「金がなきゃ誰がこんな厄介者」
結局遠縁の夫婦へ

辛く当たられた過去
愛されない理由
実の親ではなかったのだ
過去を垣間見たことで納得

「大丈夫だよ、僕がきっと守ってあげるから」
唯一優しく、甘く、庇ってくれた兄
…兄様
地獄のような生活
それを耐えられたのは兄がいたから

言い合う親と兄
「俺たちの仲を裂くなら好きにしろよ」
「あんたらが辛く当たる分、俺の思惑どおり、空は孤立して俺に依存するんだから」
思考が追い付かない
本当に兄の言葉だろうか

足元が崩れていく
信じてきたすべてが壊れていく

混濁する意識の中、縋るような気持ちで一筋の光に手を伸ばした



 突然の雨に、一度引き返し、偶然見つけた3つの瓶。
 果たして偶然だったのか。そんな疑念をよそに、ツェラツェル・リヒトは、白い瓶を覗こうとした。
 好奇心だったのか、引き寄せられたからなのかは分からなかったが。
 けれど、シャルル・アンデルセンが赤い瓶を覗いたことに気付き、ツェラツェルは追うように同じ赤い瓶を覗くことにした。
 映し出されるのは、豪奢に飾られた部屋。
 そこにあるすべてのものが高価で、質のいいものばかりだ。
 部屋には、白いドレスの少女が一人。
 ――シャルル、か?
 格子のはめられた窓。
 首に巻かれた包帯。
 部屋は美しく飾り立てられているのに、どうしてか、まるで牢屋のようだ。
 虚栄の塊のような景色――。
 少女は空虚な宙をぼんやりと眺めている。
 何かを待つように。
 何かに祈るように。
 少しして、部屋の扉を開き入ってくる男の姿が映る。
 刹那、少女は表情を強張らせた。
 それまでも表情が豊かであったわけではない。
 けれど、無が顔に張り付いたように、色を失くしたのだ。
 男は少女に一歩ずつにじり寄る。
 少女は逃げることも、声を上げることもしない。
 ただ、その時を待っているかのように見えた。
 ツェラツェルはこの男を知っている。
 シャルルは――知らない。否、忘れていると言った方が正しいのかもしれない。
 男は、少女の表情が消えたことに苛立ちを露わにする。
 そっと、少女の首に、手が伸びる。
 優しく愛おしむように伸ばされた手。
 凍り付く、少女の――シャルルの表情。
 この先を知っているのだ。
 この中にいるシャルルは、この先に起こる出来事を知っている。
 ゆるゆると伸びる男の手は、徐々に、徐々にシャルルの首を締め上げていった。
 苛立ったような、泣きそうな、何とも言えない表情をシャルルに向ける男。
 締め上げる手を振り解こうと抵抗を見せる少女に、それでも無情な力が加えられていく。
 力は無慈悲だ。
 映像の中の少女が、ぐったりと意識を失くした。
 声を上げそうになる感覚に、シャルルは現実に引き戻された。
「あ……」
 辺りを包む、痛いほどの静寂。
 雨は知らず上がり、日差しが落ちる。
(あぁ、これが……)
 確信した。
 もう一人の精霊、ノグリエが伝えたがらなかった、シャルルの過去。その一部。
 身体の髄から震えそうな衝動を、手を強く握りしめることで堪える。
 そして、あの映像に映し出された男は、おそらく……。
(思い出した。私は――罪人だ)
 ツェラツェルが言うのとは違う意味での、罪人だ。
 隣で、靴音が鳴った。
 その音を、直ぐに追うことはできなかった。
 シャルルに背を向け、ゆるりとツェラツェルは歩き出す。
 ――これが事実だとするなら……。
 ツェラツェルは、男を知っている。
 オーガを信仰する組織に多大な献金をしていた男。
 そして、シャルルの父。
 そんな父から、あのような仕打ちを受けていたシャルルに、罪を償えと責めることに、疑念が浮かんだ。
 ――間違いなのではないだろうか。
 痛々しい姿。
 虚栄にまみれた牢獄。
 浮かんでは消える疑問符。
 ツェラツェルの心は、未だ、曇天の空模様。


「……注意って、瓶を見るだけなのに?」
 どうぞ、ご注意を――。
 その言葉に、リチェルカーレは首を傾げながら、瓶に近づいた。
 緩やかに色を集め、映像と成していく。
 そこに見えたのは必死に走る子供の姿だ。
 子供ゆえの柔らかな輪郭。細い手足。特徴的なマキナの耳。
 白い肌に、黒い髪。そして――。
「……シリウス?」
 この、翡翠の瞳を見間違えたりはしない。
 ここに映るのは、幼いシリウスだ。
 血の気が引いていく。そんな音を聞いた。
 シリウスにとって、それは繰り返し夢に見る景色。忘れたい出来事。目を背けたい、真実。
 見慣れた街並みは炎と煙に包まれ、完全な崩壊の一途を辿る。
 足下に無尽に転がる瓦礫を超え、夢中で走った。
 子供には険しいとも言える場所で、足を取られることも少なくはない。
 転んでできた傷が、彼の身体には数え切れないほどあった。
 顔が恐怖と痛みに歪んでいるが、そこにいるのは間違いなく幼い日のシリウス自身。
 ――この先は、見たくない。
 嫌だ。
 その先へ行くな。
 どれほど願っても、景色は移ろう。
 壊れかけた家の扉を開き、叫ぶ。
「父さん! 母さん! 村の中に化け物、が……」
 叫んで、気付いた。
 息を飲む。その音が、やけに大きく聞こえる。
 真紅に染まった部屋は、一体どんな姿をしていただろう。思い出せないほど、形をとどめない部屋。
 転がる、壊れた人形のような人影。
 温度を失くした白い指。燃える命の灯が、吹き消えてしまった両親の――。
「――っ!」
 声にならない悲鳴を上げて、後退る。
 見たくなかった。
 思い出したくなかった。
 今でも鮮明過ぎて、苦しい。
 リチェルカーレは、その光景に涙が溢れていた。
 思わず抱き締めようと、小さな彼に手を伸ばし、けれど、届くはずがなかった。
 こんな。
 こんなことが――。
 聞いていたのは、『家族はいない』と言う言葉だけ。まさかその真実が、こんな凄惨なものだとは思いもしなかった。
 シリウスを見上げる。
 蒼白な顔をしたシリウスに手を伸ばした。
 シリウスはまだ瓶に映る世界に捕らわれたままだ。
 彼の頬を両手で包む。
「シリウス、わたしを見て」
 戻ってきて。
「怖かったね」
 わたしを、見て。その愛しい翡翠で。
「悲しかったね。……もう、大丈夫よ」
 揺れる視界に、柔らかな青が映る。
 冷たい赤を上書きする、温かな青。
 ゆっくりと、色を――輝きを取り戻す翡翠の瞳に、リチェルカーレが映る。
「……なんで、お前が泣いてるんだ」
 シリウスの声に、堰を切ったようにリチェルカーレは涙を零した。溢れて、止めどなく、終わりを知らぬかのように。
 首を振って、何でもないのだと伝えたい。安心させたい。けれど、思うように感情は動かない。
 見つめたシリウスは、笑おうとした。
 いつものように笑おうとして――リチェルカーレを抱き締めた。
 言葉なんていらない。
 温もりこそ救いだ。
 震えるシリウスの身体を、抱きしめてくれる温もりに、今はただ、縋る。


 赤い瓶を覗いた。
 すると、あるはずのない光景が、秋野 空とジュニール カステルブランチの視界を覆い尽していく。
 ――ああ。
「遺産だけは山ほどあるんだ、金蔓と思えば」
 二つの棺が並ぶ、その人らの最期の瞬間に不相応な、声。
「金がなきゃ誰がこんな厄介者」
 引き取ったりするものか。
 無垢な赤子に浴びせられる、罵詈雑言。
 そして、実に不愉快そうに、不本意そうに顔をしかめる遠縁と思われる夫婦が赤子を引き取った。
 赤子は空と呼ばれていた。
 目の前が真っ暗になる。血の気が引いていくのを感じる。
 繰り返し振りかざされる理由のない暴力。
 言葉は、人を殺す。それらは形のない刃だ。
 愛情のない、傷つけるだけの言葉に、空はどれほどの思いをしてきただろうか。
 空の表情を見遣れば、納得したような表情を見せている。
 知らなかったのかもしれない。けれど、どこかで理解はしていたのだろう。
 そして今、ようやく腑に落ちたのだ。
 彼女も、ジュニールも。
 空が語る過去には、いつも兄以外の存在がなかった。
 空は自分自身をひどく過小評価している。
 その理由が、根拠が、ここにあった。
 辛い過去。愛されなかった日々。真実はあまりに残酷。
 大きな手が、小さな空の頬を打つ。繰り返される衝動的な行為に、空はいつか泣くことをやめていた。
「大丈夫だよ、僕がきっと守ってあげるから」
 彼の存在が、あったからかもしれない。
「兄……様……」
 その言葉から、そこに映る『優しい』男が空の兄だと知れた。
 そう、この男は優しい。
 空を愛し、慈しみ、圧倒的な暴力から守り続けていた。
 心がざわつく。
 どこか、おかしい。この男の空に対する執着心は異常だ。
 ジュニールは、盗み見るように空に視線を移す。
 その瞳には、男を崇拝し、盲信する色しかなかった。
 無意識に空が革のブレスレットに触れている。瓶に視線を戻し、男の手首に同じものを見つけて、心が冷えていくのを感じる。
 ――この男が、ソラを守っていた……。
 吐き気がしそうだ。
「俺たちの仲を裂くなら好きにしろよ」
 気付けば男と、両親が口論をしている映像へと変わっていた。
 愛しい空を想う兄の気持ち――。
「あんたらが辛く当たる分、俺の思惑通り、空は孤立して俺に依存するんだから」
 ああ、分かるとも。
 優しくされて、真実を見失ってしまった空には、きっと心を裂かれる衝撃だろう。
「空は俺のものだ。幸い血も繋がってないしな」
 兄が空に向ける気持ちを知っても、果たしてその信頼は揺らがないだろうか。
 その、狂気を滲ませる男の瞳に、空は今も気づかないのだろうか。
 再び空を見遣る。
 空の目には、もう何も映っていない。ただ、そこに紡ぎ出される真実と思しき事実を理解するために、置き去りの思考を探しているだけ。
 手が、ジュニールに伸ばされる。
 まるで何かを求めるように、縋るように。
 差し出された手に、あの男の『印』がちらつく。苛立つ。冷えた心に激しい波が起こる。
 引き寄せて、震える小さな身体を掻き抱いた。
 ――この手から、引き千切ってしまいたい。
 革のブレスレットひとつで縛られる空を解放してあげたい。
 でも。
 ――それは……俺がしていいことではない。
 ソラ。
 あなたが決めることです。
 どうか……。
 自分で選んで、自分で決別してください。
 俺が、あなたを支えていきます――だから……。
 腕の中でぐったりと意識を落としていく空の額に、祈るように唇を寄せた。


 青い瓶を覗く。
『おい、あの村は全て消したな?』
『はい。しかし、さすが組長ですね。人形に言い聞かせるために村一つ滅ぼすとは』
『奴を服従させるには犠牲も必要だ』
 村は、全滅だった。
 その村がクロスの郷里でなかったなら――。
 もしかしたらディオスも心をここまで痛めなかったかもしれない。
 ディオスの実家は、世間からは少し隔てた、さほど俗世からは干渉されない皮を被っていた。
 それを隠れ蓑に、まさかマントゥールの下部組織として、村を一つ滅ぼしたなど、どうして知れただろうか。
 映し出される景色は凄惨なものだった。
 村をオーガに襲われ、憎んでいるクロスには、どう映るだろうか。
「えっ、う、そ……だろ……」
 小さな声が聞こえた。
 それを聞き取れるくらいには、ディオスは冷静だった。
「犠牲も、必要……? 服従……?」
 ディオスは、爪が食い込むほど拳を握り込んだ。
「ディオの実家が原因……? とぉさん達は、マントゥールに……?」
 その言葉を、聞きたくなかった。
 マントゥール下部組織であった実家が、クロスの村にオーガを放って滅ぼした、と。
 知られたくなかった。
 あの日、7歳のあの日――。
 クロスに出会わなければ、村は襲われなかったのかもしれない。
 胸が痛む。
 ずっと痛み続けていた心の傷が、その口を開けたようだ。
 その後、異母兄弟を連れて実家から逃げたが、結局のところ、その兄弟たちもデミオーガによって、惨たらしく傷つけられ、失った
 母を殺され、兄弟を殺され、ディオスにはもう、寄る辺などなかった。
 ディオスの記憶が曖昧なせいか。あるいは望まないからか。映像には少しのノイズがかかり始める。
 深い痛みの中で、眩暈がしそうだ。
 気付いたときは実家を朱に染めていた。
 この辺りは未だに鮮明には思い出せないが、ディオスがやったことだけは間違いなかった。
 すぅっと映像が消えていく。
 ディオスは、自分の掌を見つめた。
「あれが、ディオの過去……」
「すまない」
 言葉などなかった。
 ただ詫びるしかできなかった。
「あの時、俺の傷を見て謝ってたのはそういうこと、か……」
 温泉郷へ行ったときに見えたクロスの背中の傷に、ディオスは謝罪を口にしていた。
 その理由を、あの時は言えなかった。
「すべて俺のせいだ……。俺が生まれず、出会わず死ねば……」
 クロスと出会わなければ――。
 この世に生を受けることがなければ――。
 きっとクロスをこんな風に傷つけることはなかった。
 消えない傷を与えることもなかった。
 それなのに。
「そんなことない!」
 クロスは否定をするのだ。
「正しく鬼子忌み子悪魔の子、愛されるはずがない……」
 だから、自嘲気味にそんなことを口にした。
「ディオのお母さんは愛してくれたさ!」
「――あぁ、そうだな……」
「愛を知らないなら教えてやる。一緒に知って行こう?」
「……ありがとう」
 本当はクロスの方が苦しいだろうに。
 小さく微笑みを返すのが精一杯だ。
「あとさ、彼といったん距離を置くことにしたから」
「何……?」
「俺が好きなら俺を惚れさせてみな」
 悪戯心を含んだ笑みをクロスは向ける。
「そうか、分かった。……必ず、クロの愛を射止めて見せる」
 愛する気持ちは、誰にも負けはしない。


 任務の帰り、突然降り出した雨に、屋根を求めて立ち寄っただけの博物館。
 エリオス・シュトルツは濡れたまま俯くミサ・フルールに声をかけた。
「そのままでは風邪をひくぞ。こっちへ来い」
 促されたミサは一歩、エリオスに歩を詰める。
 近づくミサに、エリオスはその顔を覗き込んだ。
「顔が真っ青だぞ。どうした?」
 びくりと身を震わせて、ミサはエリオスを見上げた。
 ずっと寝付けない日が続いている。
 悪夢で目を覚ますことなど、もう珍しくなくなってきている。
「……最近またあの夢……自分が住んでた村がオーガの襲撃にあった時のことを夢に見るんです」
 エリオスは、表情を変えることなくその言葉に耳を傾ける。
「違うのに……お父さんとお母さんを殺したのは……じゃないのに……」
 だんだんと聞き取れなくなっていく声。
 エリオスは、先ほど見つけた瓶に視線を移し、囁くように言葉に声を乗せた。
「確かめればいい」
「……え?」
「何に悩まされているかは知らんが、そんなに悪夢を見るのであれば、実際に過去を見て確かめればいい」
 ――お前の過去を見る瓶ならば、お前自身でその答えを見に行けばいい。
「そう、ですよね……」
 少しの躊躇いはある。
 だが、そこに本当に、真実が映されるのなら。
「瓶を覗いてみます」
 そう言って、知りたい過去を探すように赤い瓶を覗く。
 あの日は、ミサの誕生日だった。
 村中が祝福をしてくれた。その時、ちょうど滞在していた旅人も、祝ってくれたのだ。
(旅人の顔は、思い出せな……――あれ?)
 瓶に映る旅人の顔には覚えがある。
(シュトルツさんとエミリオ!?)
 あの日の旅人は、よく知る二人だった。
 一人は今隣にいる、エリオス。
 もう一人は大切な精霊、エミリオ。
(どうして、忘れていたのかな……。それに……)
 エミリオの隣には一人の女の子がいる。
 けれど、その少女が誰かを思い出せない。
(誰、だっけ……?)
 思い出せそうで、思い出せない。
 知っているようで、知らない。
 喉元まで出かかっている、その少女の名前。
 しばらくして、瓶が映す景色を変えた。
「――っ」
 ぞくりとした。
 そこには、両親を切り捨てるエミリオの姿があった。
「……嘘……、うそだ……っ」
 悪夢の再来。
 望まない夢。
「夢じゃなかった……エミリオはずっと私に嘘ついて……」
 これが真実だというのなら。
 いっそ知らないほうが良かった。
 感情が、決壊する。
「いやあああああっ!!!」
 叫びと共にミサは崩れ落ちた。
 エリオスは、崩れたミサに身体を向け、声を落とした。
「ずっと息子の傍に、平然といられるお前を不思議に思っていたのだが……」
 エリオスにとっては違和感でしかなかったこと。
 その答え――。
「お前は真実を偽ることで己を保ってきたのだな」
 壊れたように泣きじゃくるミサの傍に膝をつき、エリオスはその頬に触れる。
「俺は息子に罪を償わせるために帰ってきたのだ」
 エリオスの手がミサの肩に触れ、そっと抱き寄せた。
「哀れな娘よ……俺が導いてやろう」
 妖艶に微笑むエリオスの、甘美な囁きが耳朶に静かに落ちる。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: カナリア  )


( イラストレーター: カナリア  )


エピソード情報

マスター 真崎 華凪
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月21日
出発日 03月28日 00:00
予定納品日 04月07日

参加者

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