ファーストキスはあなたと(木口アキノ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 精霊の家にて2人でティータイムを過ごす穏やかな午後。
 何気なくテレビを点けると、ワイドショーが現在撮影中である人気アイドルグループ『LOVE.T』の新作映画について宣伝していた。
「この映画の見どころは、メンバーそれぞれにキスシーンがあるところなんですよ~!」
 女性リポーターが興奮気味に喋り、スタジオにいるゲストタレントが「へぇ~」「それは楽しみ」など、様々な反応を見せる。
 ワイドショーはそのままコマーシャルに突入。
 コマーシャル終了後も、ゴシップや流行情報などが放映されると思っていた。
 が、コマーシャルが終わり、ワイドショーが再開されると、先程とはうってかわって慌ただしい雰囲気。
 女性リポーターが原稿片手に緊迫した表情で告げる。
「大変です!先ほどお伝えした『LOVE.T』のメンバー数人が、2日前から関係者と連絡が取れない状況……失踪したそうです!!」
 失踪とは穏やかではない。
 この世界はいつどこでオーガが出没するかわからない。
 顔見知りではない相手といえども、ウィンクルムとしては気がかりである。
 と、その時。
 家の呼び鈴が鳴った。
 今日は来客の予定はなかったはずだが?
「はい、どなたですか」
 精霊が玄関の扉を開ける。
 そこにいたのは、10代後半くらいの可愛らしい少女。
 おや?どこかで見たような……あなたはテレビに視線を向ける。画面には、失踪したとみられる『LOVE.T』のメンバーの顔写真が映っている。
「こ、この子だ!」
 そう、精霊の家に現れたのは失踪したアイドル。
 取り急ぎ、彼女を家に招き入れ事情を聴くあなたたち。
「わたし……キスシーンの前に逃げてきちゃったんです」
 だが、関係者は皆心配しているだろう。
「それは、わかってます。それに、仕事だから……やらなきゃダメだってことも」
 少女は寂し気に笑った。
「でもね、わたし、キス、したことないの」
 少女が真っ直ぐな瞳で精霊を見つめる。
「初めてのキスは、初恋の人としたいの」
 その気持ちは、わからないでもない。
 だが、どうしてここに来たのだろう?
「以前、オーガから助けてくれたあなたが、わたしの初恋の人なんです」
 精霊が驚いた顔で自分を指さすと、少女はゆっくり頷く。
「お願いします。わたしと、キスしてもらえませんか?……そうしたら、わたし、ちゃんと仕事に戻りますから……」
 少女は涙で潤んだ瞳で懇願する。
 精霊は困惑してあなたの顔を見る。
 さて、あなたは……このキスを許す?許さない?

解説

 ティータイムの紅茶とお菓子の費用として【400ジェール】いただきます。
 キスを願うアイドルに、あなたは、精霊は、どう対応しますか?
 そしてその後、あなたと精霊の間にはどんなやりとりがあるのでしょうか。
 アイドルの容姿、名前については指定の無い限りこちらで描写させていただきます。
 もし容姿や名前にご希望があれば、プランに記載してください。


ゲームマスターより

 はじめて~の~キス~♪君とキス~♪
 なんて、歌っている場合じゃなさそうですね。
 あなたと精霊の対応によっては、アイドルの今後が左右されてしまうかも?
アイドルはいろいろな伝手を使って精霊の家を探し当てたんでしょうね、そう考えるとなかなかすごい熱意です。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  事情は分かりますし気持ちも理解できますけど…
…それでも、天藍とキスは…やっぱり嫌です

本当は自分勝手な事を言わないでとか、お仕事を受けておいて無責任と言いたい気もする
ただ自分が口を出すのも違う気がして
でもやっぱり、彼女のお願いを天藍が承諾するのは嫌で、半ば無意識に隣に座る彼の服の裾を握りしめる

天藍の手の温もりを感じ彼の言葉を聞く
彼女に申し訳ない気もするが安堵

彼女を見送りぽつり
…気持ちは分かりますけど、どうしても嫌という気持ちが拭えませんでした
…大人気無いですよね

来たのが男性アイドルで立場が逆だったら、胸ぐら掴んで怒鳴りつけていたかもな
そんな呟きに顔をあげる

囁かれる言葉の嬉しさに彼の胸に顔を埋める


夢路 希望(スノー・ラビット)
  ぱっちり二重に大きな目
モデル体型
理想の女性像そのまま
(この子が、スノーくんと、キス…)
胸が痛み、彼の服の袖を掴む
関係者や放送を見たファン、きっと沢山の人達が心配してる
もし彼が協力したいと言ったら…私が我慢すれば、彼女は戻る
…でも
(してほしく、ない)

お気持ち、分かります
私もずっと夢見てました
…けど
ごめんなさい
この人が、私にとっても初恋の人なんです
だから、ひとときでも譲れません

目を見、素直な気持ちを伝える
彼の答えには内心安堵と羞恥

別れ際
大人げなくてごめんなさいと謝罪

その後
自分の言葉思い出し赤面
ずっと前からバレバレだったと思うけど
今日こそちゃんと言葉にしたい
…好き、です
私だけの王子様になってください


ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  彼女の顔を見た時は興奮したんです
宣伝を一目見た時から面白そうで
絶対ディエゴさんと一緒に観に行こうって思ってたのに

そんなこと…だ、駄目に決まってるじゃないですか!
と全力否定する前にディエゴさんに止められ、彼に任せることにしました。

「そんなに親身になる必要ないじゃない」と
心の中で黒い感情がもたげるのを自覚しました
自己嫌悪です

でも彼の話を聞いてるうちにざわついていた心が鎮まりました
こういう人だから好きになったんだって
独り占めしたい気持ちもありますが、私だけに優しい人ならきっと好きになってなかった。

ディエゴさんの提案に驚きました
彼女が良いなら、しますが…
良い人見つかってくださいね
でないと私が困ります



和泉 羽海(セララ)
  別に…いいんじゃない…人助けに…なるなら…
あたし、別に彼女じゃ…ないし…!

『好きにすれば』(筆談
(席を外す

綺麗な人…だったな…アイドルだから、当然か…
あの人の傍には…やっぱり…ああいう人が似合うんだよね…
…?心臓がいたい…?

…あ、彼女…帰ったんだ…
…すごく上機嫌なのがイラッとする…
そんなに…良かったの…!?ていうか…本当に…キス…したのかな…?

『したの?』

言ったよ!でも本当にするとか…!
……なんか、むかつく!!

『帰る』
精霊を振り切って出ていく

最低だ、あいつ…!
あたしのこと…す…好き…とか言っといて…結局その程度なんだ…!
その程度……なんだよね…あたしなんか…
…なんだろう…すごく……胸がいたい…


スティレッタ・オンブラ(バルダー・アーテル)
  あらファーストキスをねぇ
可愛らしいこと
クロスケ、せっかくだからしてあげたら?
恥ずかしいなら私ちょっと散歩に行ってくるから

キスは特別なものよ
それが思い出として残るのなら協力してあげたらどうって思うだけ
私がどうだったかって?聞きたい?さっき食べたケーキ吐き出すような胸の悪くなる経験ばっかりよ?
だから最初ぐらいいい思い出残す協力してもいいって思うの

別に減るもんじゃあないでしょうに
それに、男の恋は上書き保存っていうでしょ?
あの子にキスしたらその上から上書きしてあげるから
クリスマス以来ね
惚れるのを意図的に避けてることぐらい、私には分かってるわよ
だからからかうのが楽しいし、一緒にいてもいいかなって思うのよ



「そんなこと……だ、駄目に決まってるじゃないですか!」
 ハロルドは珍しく取り乱した。
 目の前にいるのは先ほどまでテレビに映し出されていた可憐な少女。
 彼女が出演する映画を、ディエゴ・ルナ・クィンテロと観に行きたい。そう思いつつテレビを見ていたのだが。
「ハル」
 ディエゴは嗜めるように彼女の肩に手を置く。
 ハロルドの気持ちは収まらなかったが、ここはディエゴに任せることにして、口を噤む。
 メンタルヘルスの心得もある彼ならば、きっとうまく諭してくれるだろう。
 ディエゴは少女に向きなおる。
「ウィンクルムとして人々を助けるのは当然だ。それでも恩人と言って貰えるのは嬉しい、有難う」
 ディエゴの口から謝礼の言葉が出たため、少女は自分の気持ちが受け入れられたのだと思い、表情を明るくする。
 が。
「……だから君の為にはっきり言う、駄目だ」
 穏やか且つきっぱりとディエゴは宣言した。
 少女の瞳が悲しげに潤むが、彼は揺らがない。
「俺には心に決めたひとがいる」
 少女に、自分に。そして傍らに立つハロルドに言い聞かせるように。
「裏切る事はできない」
 ハロルドは、内心安堵の息を漏らす。
「ご迷惑、でしたよね……」
 少女は俯き、消え入りそうな声で呟く。
 ディエゴは少女をそのまま帰すほど非情にはなれなかった。
 このままでは、少女は仕事に前向きになれまい。
「……仕事は楽しいか?」
 ディエゴの言葉に、少女は顔を上げる。
(ディエゴさんったら……)
 ハロルドの胸の奥にもやっと昏い何かが渦を巻く。
(そんなに親身になる必要ないじゃない)
 その渦の正体に気付き、ハロルドは自己嫌悪の念に苛まれぎゅっと自分の身を抱いた。
「君が俺を好きになってくれたように、君を好きな人が沢山いる」
 リビングのテレビでは、失踪した少女たちに寄せられた視聴者の声が読み上げられていた。
 少女たちの安否を憂う声、少女たちを激励する声、少女たちの存在に元気づけられているファンたちの声。
「その気持ちに応えたくはないか?」
 ディエゴは真摯に問いかける。
「わたし……大事なことを、忘れていたみたいですね」
 ぽつりとそう漏らすのを訊き、ディエゴは優しく微笑んだ。
 その微笑みに、ハロルドもまた、ざわついていた自分の心が鎮まっていくのを感じる。
(こういう人だから好きになったんですよね)
 できることならディエゴを独り占めしたい。
 けれど、ディエゴがハロルドだけに優しい人ならきっと好きになってなかった。
 まだ諦めきれない様子の少女に、ディエゴが提案する。
「こうしよう。唇へのキスは駄目だ。その代わりに俺と神人が君の額に「祝福」としてのキスをする」
 これにはハロルドも目をぱちくりさせる。
「初恋を忘れるくらい素敵な人に巡り合えるように。御利益はあると思うぞ」
 ディエゴが笑顔を向けると、少女もつられて笑って頷いた。
「まあ……彼女が良いなら、しますが……」
 御利益なんてあるのだろうか。ハロルドは半信半疑だったが、ディエゴに続いて少女の額にキスを送った。
「お2人からいただいた「祝福」、ずっと忘れません。ありがとうございます」
 彼女は今後、この「祝福」を支えに一層仕事に邁進することだろう。
 深くお辞儀をした少女に、ハロルドは言葉をかける。
「良い人見つかってくださいね」
(でないと、私が困ります)


 とりあえず少女をリビングに通したものの、3人の間には、気まずい空気が漂っている。
(……まいった)
 天藍はテーブルに肘をつく。
 なにしろ彼はこの少女を助けた覚えがない。
 ウィンクルムとしてこれまで何度も依頼は受けているし、契約前もできる手伝いはしていたので、その時かもしれないが、助けた人は数知れず、その一人一人を覚えてはいない。
 天藍がちらりと隣に座るかのんに視線を送ると、彼女も神妙な顔をしていた。
 かのんは、事情はわかるし、少女の気持ちも理解できる。
(……それでも、天藍とキスは……やっぱり嫌です)
 本当は、自分勝手な事を言わないでとか、お仕事を受けておいて無責任と言いたい気もする。
 だが、それを自分が言うのも何か違う気がしていた。
 天藍は軽く溜息をつき、少女に視線を戻した。
 まだ子供らしさが残る少女。今まで必死に仕事をしてきたのだろうことは、今の彼女の人気が物語っている。
(仕事の責務を諭して帰すか?)
 だが、まだ未成年の彼女にそれを言うのも酷な気がする。
 そう、彼女はまだ周りの大人のサポートが必要な年頃だ。
(……こういうのは、マネージャーとかがフォローするものじゃないのか?)
 天藍は、大人たちへ軽く怒りすら感じた。
 どうしたものかと思案中、天藍の服の裾が引っ張られる。
 かのんだった。
 かのんは不安そうに俯いている。天藍の服を引っ張ったのは無意識なのだろう。
 彼女にこんな表情をさせているのは……自分だ。
 自分にとって一番大切な人、一番優先したい人は、誰だ。
 天藍は、服の裾を引くかのんの手を自らの右手で優しく包み込む。
 顔をあげたかのん微笑みかけてから、天藍は少女に向き直る。
「話は分かった」
 少女は息を飲み次の言葉を待つ。
「ただ、君がそう思うのと同じように俺も自分にとって一番大切な人としかキスはできない」
 天藍の手の温もりを感じながらその言葉を聞いたかのんは、安堵で身体の力が抜ける。
 少女には、申し訳ない気持ちはあるが。
「そんな気がしていました」
 少女は悲しそうに笑う。
 かのんを見つめる天藍の優しい視線で、既に少女は悟っていたのだ。
 少女はすくっと立ち上がる。
「ご迷惑おかけしてごめんなさい。いつか、天藍さんと同じくらい素敵な男性を掴まえてみせますね」
 そう言ってウインクし、少女は気丈に帰っていった。
 今回の経験は、彼女を強い女性に育ててくれたことだろう。
 少女を見送った後、かのんはぽそりと呟き俯く。
「……気持ちは分かりますけど、どうしても嫌という気持ちが拭えませんでした。……大人気無いですよね」
「来たのが男性アイドルで立場が逆だったら、胸ぐら掴んで怒鳴りつけていたかもな」
 かのんが顔をあげると、天藍もこちらを見下ろし、ふっと笑う。
 実際にはそんな短絡的な行動はしないだろう。が、そう言ってくれる気持ちが嬉しかった。
 天藍はかのんの頬に手を添えると、彼女の唇に軽く振れるだけのキスをした。
「俺にはかのんだけだ」
 かのんは天藍の胸に顔を埋め、その言葉を噛みしめた。


 突如訪問した少女の話を、スティレッタ・オンブラは興味深げに聞いていた。
「あらファーストキスをねぇ。可愛らしいこと」
 うんうんと頷くと、傍らのバルダー・アーテルに話を振る。
「クロスケ、せっかくだからしてあげたら?」
 さらりと言うスティレッタに、バルダーは不快そうな顔をする。
 しかしスティレッタは意に介さない。
「恥ずかしいなら私ちょっと散歩に行ってくるから」
 笑顔でスティレッタは立ち上がる。
「散歩に?ちょっとオイ!」
 慌ててバルダーも立ち上がりスティレッタを追いかける。
 バルダーとしては納得がいかない。
 なにせこれまでスティレッタは、バルダーに迫るかのような態度を何度もとっているのだ。
 そのくせ、他の女性とのキスを勧めるとは。一体今までの態度はなんだったというのだ。
(やっぱり俺を翻弄したいだけか……?)
 不信感が湧き上がる。
 少女をソファに置き去りに、玄関付近で2人小声で話し合う。
「どういうつもりだ」
 バルダーが問い詰めると、スティレッタはひょいと肩をすくめる。
「キスは特別なものよ。それが思い出として残るのなら協力してあげたらどうって思うだけ」
「それは……自分がそうだったから、か?」
 スティレッタの背後に過去の男を見たような気がして、思わずバルダーは問いかける。
 するとスティレッタはバカな質問だと言わんばかりに鼻で笑う。
「私がどうだったかって?聞きたい?さっき食べたケーキ吐き出すような胸の悪くなる経験ばっかりよ?」
 スティレッタは「だから」と言葉を続ける。
「最初ぐらいいい思い出残す協力してもいいって思うの」
「しかし」
「別に減るもんじゃあないでしょうに」
 スティレッタは大仰に肩で息をつき、それから挑発するように赤い唇の端を上げ笑う。
「それに、男の恋は上書き保存っていうでしょ?あの子にキスしたらその上から上書きしてあげるから」
 スティレッタはバルダーに反論の隙を与えずに、それじゃあごゆっくり、と家を出ていく。
 家の中に少女を置いてスティレッタを追いかけるわけにもいかず、バルダーは渋々リビングへ戻る。
 少女の向かいにどかっと腰を下ろすと、居心地悪そうに視線を泳がせた。
 少女がバルダーに恋をしたきっかけが本当だとするならば、単なるつり橋効果のような気もするが、それを指摘したところで少女は引き下がらないだろう。
「折角のチャンスだろう?仕事で嫌な思いをする気持ちは分かるが、フイにしてもいられんだろ」
 少女は悲しげな表情でバルダーを見つめる。
「俺だって、仕事で嫌な思いをしたことなんざ何度もある」
「バルダーさんも?」
 少女は「意外だ」とでもいうように瞠目する。
「俺は……元軍人の傭兵だ。嫌なことってのは……人殺しだ」
 少女が息を飲むのがわかった。
「最初は怖かったがな、今はどこか麻痺している」
 バルダーは自嘲気味に笑いながら、話を続けた。
「だから俺は自分が平穏に死ねるとは思っていないし、伴侶の女なんて要らん訳だ。独り残して逝くのも気の毒だし、不用意に死ねなくなるしな」
 我ながら味気ない人生だと思う。けれど、自分の人生はこれでいいのだ。
「じゃあ、あの人は……神人さんのことは、どう思っているんですか?」
「あの女?」
 バルダーは眉を顰める。自分を翻弄してばかりのスティレッタ。
「確かに神人だが愛なんて無い」
 きっとスティレッタだって同じような気持ちだろう、と思いながら答える。
 少女は、困ったような顔でこちらを見ている。
 恋に恋するような年齢の少女にとって、バルダーの言っていることは理解できないのだろう。
 少女とバルダーでは、住む世界が違い過ぎる。
 半端に情けをかけるのは却って非道だ。ここらが潮時だろう。
「つまり俺は恋するには不適格だ」
 バルダーはばっさりと切り捨てた。
「そんな男にキスしたけりゃするがいいが、本当に愛してやる奴にくれてやる方がいいとは思うぞ?」
 言葉を連ねていくうちに少女の表情は徐々に歪み、ついにはぽろぽろと涙を零す。だが、バルダーは優しい言葉はかけない。
 少女は無言で立ち上がると、ぺこりとお辞儀だけをして、逃げ出すように家を出て行く。
 突き放すこともまた優しさであると少女が悟るのは、まだ先のことであった。
 せめて後ろ姿を見送ってやろうとバルダーが玄関先まで出ると。
「あ~あ、泣かせちゃって」
 扉の脇に、腕を組んだスティレッタが佇んでいた。
「……ずっとそこにいたのか」
「今帰ってきたのよ」
 じとりと睨むバルダーに、ケラケラと笑うスティレッタ。
「ほら、いらっしゃい。上書きしてあげるから。クリスマス以来ね」
 スティレッタがバルダーに迫る。
「要らん。キスなんてしてないからな、上書きは必要ない」
 振り払うようにして、バルダーは家の中に戻る。
 スティレッタはくすくす笑う。
(惚れるのを意図的に避けてることぐらい、私には分かってるわよ)
 スティレッタはバルダーの背に呟いた。
「だからからかうのが楽しいし、一緒にいてもいいかなって思うのよ」
 

「お願します。キス、だけで良いんです」
 思いつめた表情の少女にセララはきょとんとする。
「俺は構わないけど……」
 ちらりと、少し距離を置いたところに座っている和泉 羽海を見遣る。
 羽海はセララの視線から逃れるように俯き、赤い髪で顔を隠した。
(別に……いいんじゃない……人助けに……なるなら……)
 なぜセララは態々こちらを見るのか。
(あたし、別に彼女じゃ……ないし……!)
 羽海は顔を上げることなくメモ帳に乱暴に文字を連ね、すくっと立ち上がるとそれをセララの眼前に突きつける。
『好きにすれば』
「え、いいの?」
 能天気なセララの返事に、羽海はその場を駆け足で立ち去る。
 なぜ羽海はこちらに顔を見せなかったのか。なぜ文字が乱れていたのか。そんなことを深く考えるようなセララではなかった。
「許可でたから、いいよね!」
 無邪気な笑顔を少女に向けた。
 セララは少女の顎に手をかける。少女も期待に満ちた目でセララを見返す。
「その前に俺、オーガと対峙したことないけど人違いしてない?」
 けれど、少女は首を横に振る。
(まあ、他の人と勘違いしてたとしても、別にいっか!)
 そんなことより、初キスなら素敵な思い出にしてあげないとね。
 セララの頭の中から疑問はあっと言う間に消え去る。
「えーと、何ちゃんだったっけ?」
「エイナ、です」
 少女がか細い声で答えた。
「そうか。じゃあ、エイナちゃん……」
 セララはゆっくり唇を近づけ、彼女の柔らかな唇に重ねた。
 エイナにとっては特別なキス。けれどセララにとっては、挨拶程度のキスだった。
「これでいいかな?それとも、も一回する?」
 唇を離すと、セララはにっこり笑いかける。
 エイナはうっとりとした表情で頷いた。

 羽海は洗面所に逃げ込んで、そこで膝を抱え座り込んでいた。
(綺麗な人……だったな……アイドルだから、当然か……)
 羽海は訪れた少女の顔を思い出す。
(あの人の傍には……やっぱり……ああいう人が似合うんだよね……)
 モデルとして働いているセララには、一般人と違う華がある。アイドルの彼女とはお似合いだ。
 セララと少女が並んで笑顔を交わす光景を、想像してしまう。
 羽海の胸を、鈍い痛みが走った。
(……?心臓がいたい……?)
 羽海は胸を押さえ、時が経つのをじっと待った。

「送ってあげられないけど、帰りは気を付けてね!」
 エイナが満足するまでキスを繰り返し、セララは笑顔で彼女を送り出した。
「可愛い子だったな~もちろん羽海ちゃんには敵わないけど!」
 玄関の扉を閉めると、セララはくるりと家の中を振り返る。
「さてデートの続きだー」
 羽海が立ち去る時の足音で彼女が洗面所に入ったことはわかっていたので、セララは迷うことなく洗面所の扉を開ける。
「羽海ちゃん、お待たせ~」
(……あ、彼女……帰ったんだ……)
 羽海はセララにどんよりとした視線を向ける。
 明らかにセララは上機嫌だ。
(そんなに……良かったの……!?ていうか……本当に……キス……したのかな……?)
 メモ帳にペンを走らせる。
『したの?』
「うん、したよ」
 事もなげに答えるセララ。
 羽海は禍々しい空気を纏い立ち上がる。
「だって好きにしていいって……」
『言ったよ!でも本当にするとか……!』
 感情が昂っているせいか口の動きは速かったが、それでもセララは羽海が何を言っているのか読み取れた。
「え、なんか怒ってる……?」
 セララは全くわかっていないようだった。
(……なんか、むかつく!!)
『帰る』
 羽海はセララの脇を通り過ぎ、洗面所を出る。
「待って、送ってくから!」
 慌てて羽海の肩に手をかけるセララ。
 だが羽海は大きく腕を振ってそれを払い、振り向きもせず家を出ていってしまった。
「えぇぇ……」
 1人取り残されたセララ。
(こんな激しい羽海ちゃん初めてだ)
 しかし、羽海の心情まで慮るようなセララではなかった。
「怒った顔も可愛かった」
 と、相好を崩す。
(でも何で怒ったんだろう??)

(最低だ、あいつ……!)
 大股でずかずか歩きながら帰途につく羽海。
(あたしのこと……す……好き……とか言っといて……結局その程度なんだ……!)
 その程度。自分の思考ながら、胸に刺さる。
(その程度……なんだよね……あたしなんか……)
 羽海の歩幅は徐々に小さくなり、やがて、止まる。
(……なんだろう……すごく……胸がいたい……)
 その痛みは、羽海がこれまでに経験したことのない類のものだった。
 だから、痛みの原因が何であるのか、羽海には想像もつかなかった。


 ぱっちり二重に大きな目。モデル体型。
 夢路 希望の目の前には、彼女の理想をそのまま体現したような女の子がいた。
(この子が、スノーくんと、キス…)
 希望は隣に座るスノー・ラビットの表情を窺う。
 彼は少し驚いたような顔をしていたが、それでも少女をしっかりと見据えていた。
 スノーは、人、特に女の子が悲しむ顔は見たくなかった。
 自分にできることで笑顔を取り戻せるなら協力してあげたいとすら思っていた。
けど。
 スノーの服の袖を掴む希望と目が合う。
 希望は悲痛な面持ちで彼を見ていた。
 関係者や放送を見たファン、沢山の人達が心配している。
 もしスノーが協力したいと言ったら……希望が我慢すれば、彼女は戻るだろう。
 ……でも。
(してほしく、ない)
 希望はきゅっと目を瞑った。そして瞼を上げた時、少女の瞳を見つめて、小さな声だけれどもしっかりと、言う。
「お気持ち、分かります。私もずっと夢見てました」
 スノーの耳がぴくりと動いた。希望は言葉を続ける。
「…けど。ごめんなさい。この人が、私にとっても初恋の人なんです」
 言っているうちに泣きたくなってきた。声がどんどん掠れてゆく。
 でも、最後まできちんと言わなくては。
「だから、ひとときでも譲れません」
 内気で控えめな希望の中に隠れていた強い想いが姿を現す。
 スノーはこくりと喉を上下させる。
 2人の女性の真摯な気持ち。それに、きちんと応えるべきだ。同情や誤魔化しはいらない。
 スノーは少女の顔を覗き込む。
「気持ちはとても嬉しいよ。けど、僕は、彼女のことが好きだから」
 希望の顔に安堵の色が広がる。同時に、自分に向けられた「好き」という言葉に赤面する。
「……きみの、初めてのキスを一番の人としたいって気持ち、分かるから。応えられなくて、ごめん」
 告白するのにどれだけ勇気がいるか。経験があるから辛さも分かる。スノーの胸は切られるように痛んだ。
 しかし、痛みを伴っても伝えなければならない。
「キスはできない。でも、他にしてあげられることは、あるかもしれない」
 スノーは持ち前の会話術で優しく語りかける。彼の言葉は少女の心をほぐし、彼女は気付けば、仕事の悩みや将来の夢など、あらゆることを語っていた。
「なんだか、色々聞いてもらっちゃいましたね」
 少女はバツが悪そうに笑ったが、スノーや希望と会話することで気持ちは軽くなっていた。
「今日はありがとうございます。あたし、これからも頑張れそうです」
 何かふっきれた様子で、少女は立ち上がる。
「好きになってくれてありがとう」
 スノーが言うと、少女も答える。
「あたしも、あなたを好きになって良かった」
「私、大人げなかったですね。ごめんなさい」
 希望は少女に頭を下げるが、少女は笑顔で頭を振る。
「2人とも、末永くお幸せにっ」
 そう言い残し、少女は去っていった。彼女はその後仕事に目覚ましい集中力を見せ素晴らしい女優へと成長するのだが、それはまた別のお話。
 ちょっとした嵐が過ぎて、希望はほうとため息をつく。
「……びっくりしましたね」
「うん。でも、ノゾミさんの言葉、嬉しかった」
 スノーに笑顔で言われ、希望は自分の言葉を思い出す。ぼん、と一気に顔が赤くなる。
 まだきちんと気持ちを伝えていないのに、大胆なことを言ってしまったような……!
「自惚れじゃ……ないんだよね」
 確かめるように、スノーが希望を見つめる。
「あ、あああ、あの……」
 希望の気持ちは、ずっと前からバレバレだったと思うけど。今日こそちゃんと言葉にしたい。
 希望はすう、と深呼吸した。
 ゆっくりと、区切るように。
「……好き、です」
 頬が熱くなるのを止められない。
「私だけの王子様になってください」
 ずっと言いたくて胸の奥につかえていた言葉が、今やっと解放される。
 その言葉はスノーの胸にするりと入り込み、彼をこの上なく幸せな気分にしてくれた。
 真っ赤になっている希望が愛しくて、スノーはその耳に囁く。
「……キス、したいな」
 驚き目を見開く希望の頬に、スノーの唇がそっと触れた。



依頼結果:大成功
MVP
名前:夢路 希望
呼び名:ノゾミさん
  名前:スノー・ラビット
呼び名:スノーくん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月21日
出発日 03月27日 00:00
予定納品日 04月06日

参加者

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