【祝祭】風邪にご用心(梅都鈴里 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

「ネズミ退治の依頼だ」

 対オーガ専門の特別組織『A.R.O.A.』本部に持ち込まれる案件とは凡そ思えない上司の言葉に、職員達は耳を疑い真相を問いただす。
 彼は至極、億劫な顔をしていた。

「ブランチ山脈の辺境にある村を流行り病が襲った。大きな医者でなくとも治せる様な……まあ、早い話が風邪の様なものだ。だがこのご時世、とりわけ祝祭に乗じ教団の悪さも尽きない事実も相まってな。小さな村だ、悪い噂が広まるのも早い」

 村人達の半数以上が倒れた今、残っている者達も感染を恐れて村を離れ、今はゴーストタウンの様相を呈しているのだという。そして祝祭に湧いていた彼らは『教団の呪いだ』等と口々にし始めた。ともなれば、解決依頼は当然A.R.O.A.本部に回ってくる。

「調査の結果、ウイルスを持ち込んだ野生ネズミからの空気感染だという線が極めて濃厚……というか、オーガや教団員の目撃情報も無い以上、結果が出ているならそれしかない。ネズミ退治とはいえ、依頼は依頼だからな。村人達を安心させてやるのも任務のひとつだ」

 実際にオーガが居ないとなればその内に村人達も落ち着くのだろうし、ともなれば然るべき機関で時間をかけて病の詳細を解析された後、極力安全に処理出来る程度のウイルス騒動である。だが、祝祭の為の準備や配布用の金平糖も村に保管されたままであるため、また少しでも早く安心して村へ帰りたいという彼らの気持ちを汲むには一日でも早い解決が必要だった。「しかし……」と彼は言葉を言いにくそうに濁す。

「……空気感染である事は間違いない。そして、完全に村から除去するには全てのネズミを駆除する必要があり、またそのために……ウイルスの蔓延した村へ足を踏み入れるとなれば、諸君らにも感染する可能性は十二分にある」

 聞けば調査に入った職員達は、マスクと防護服を着用していても感染したというのだから、それだけ微細なウイルスなのだろう。村全体を消毒して回った所でネズミをなんとかしなければ根本的な解決にはならない。村人達は出来る事なら今まで通り村で暮らしたいと言っている。ならば村そのものを燃やしてしまうわけにはいかないし、このネズミ達が他へ逃げて被害を広めてしまう可能性もある。全てを穏便に解決する為の人手が必要だが、当人達への感染の可能性は免れない。

「特効薬は勿論あるが、それでも完治するまで少なくとも一晩以上は自宅療養となる。人を介するものではないから、パートナーにでも看病してもらい完治させるまでの期間は特休も与えよう。特例はあるだろうが……ほぼ確実に、感染させてしまう事を分かっていて任務に赴かせるのは、私としても気が重い話だが」

 頼めるだろうか。申し訳なさそうに頭を下げた上司に、職員達は皆解決法を思案した。

解説

▼薬代として300jr。

▼村に住み着いたウイルス保有のネズミを捕まえる依頼です。以下調査団による参照用資料。

・病が蔓延したのはここ最近なので、繁殖の可能性を視野に入れてもそこまでたくさんの個体は居ない。調査員らの推定では10数匹程度。成体~子供まで様々、大きくても10センチ程度。
・ウイルス個体に反応する探知機を各自配布するので使用を推奨。マスクと防護服も配布はするが、効き目が保証されないため着用は任意。
・なるべく生きたまま捕獲し生態用ケースに保護の後A.R.O.A.本部へ持ち帰る(確実な処分の為)
・動けなくさせる為、程度の負傷はさせても構わない。最悪殺してしまっても持ち帰れば問題はない。
・ウイルス感染後から発症に至るまでは早くても数時間なので、当日の内に全ての個体捕獲を推奨。
・村へ足を踏み入れても良いのは神人か精霊のどちらかのみ(感染後の介護者を確実に一人は残しておくため)
・病の概要=いわゆる季節風邪。高熱、酷い鼻詰まり、など症例は各々おまかせします。


▼プランに必要な情報
・村へ入るのはどちらか
・ネズミの捕獲方法(あくまでネイチャーなので網とかネズミ捕り用の罠とか使っても良いです)
・看病シーンでの描写や台詞の希望(そもそも感染させたくない方はその旨)基本的に、風邪人の看病と同じ様な感じで大丈夫です。
・その他、参照用EP等あればエピソード番号もお願いします。


▼全体でのネズミ捕獲描写+感染者含むCPのみそれぞれ個別描写となります。
▼基本的には退治後、感染して寝込む流れを前提としますが、感染させたくない方はプランに記載をお願いします。

ゲームマスターより

梅都鈴里です、お世話になってます。
風邪で弱ってる時って、普段と少し違って気弱だったり心細くなったりしますよね。季節柄そういったお話が書きたくなりました。
皆様もお身体にはどうぞご自愛ください。ご参加お待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハティ(ブリンド)

  鼠捕りか
アンタよりは得意だと思う
アンタの家では見たことないしな
ひどい言われ様だ
しかしそう考えてもらえると助かる

手分けして鼠探し
人数分のインカムを要請
音漏れで逃げられないよう音量は絞る
餌になるものが手配できれば誘き寄せに使い、網で生け捕りに
探知機も頼りにローラー
捕らえた数はインカムで共有

症状等はお任せ
…ああ、夢を見てた
寝ている間に汗を拭いてくれたらしい
手際がいいなとベッドサイドに増えた飲み水やオレンジを眺める
礼を言おうと口を開くが要らないとでも言いたげな反応に首を傾げる
手持ち無沙汰そうなのについていてくれる事が少しおかしくて、有難い
あの後何か進展はあったか?
リンも食べるんだろうな…?
それはすごい


アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
  *入らない

◆行動
●任務
空気感染サイズのウイルスだしN95規格マスクを用意
*市販されてます

防護服も勿論着るよな?(着衣を手伝う
一寸動き難いかな
自宅の用意は整えておくから、あとは打合わせ通りにな(ぽふ

●帰還後
マスクして迎える
上着は玄関先に吊らせる
脱げる物はバイオ用の箱へ
本人は風呂に直行なと誘導
入浴の間に彼が触れた場所歩いた所全てをアルコール除菌

その夜ランスが咳をしたので
あんなに用心してたのにまさか罹患したのか、と驚愕
ランスが望むものを用意し看病は全力だ

けど、様子が変だと問い詰めて…なあんだと安堵
心配させんなよ

徹底的なのは性分さ
ミクロの敵相手だ
警戒しすぎってことは無いからな

彼の手に応え、身を任せるよ


セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  オレが村に入るぜ。
感染症対策用防護服・N95マスク、ゴーグル着用。
中の服も処分していいシャツとパンツ。
インカムで仲間と連絡。
ネズミは小さいから自分で倒すより罠を使って確実に捕獲した方が良いな。スキルのハンティング4・偽装4も使って適切な場所へ粘着型・檻型の罠を設置。探知機でネズミを探して罠へと追い込むぜ。
捕獲したネズミはケースへ。探知機で確認し全てのネズミを捕まえる。

村から戻ったら服も全部処分、風呂入って着替える。
ラキアと一緒の部屋で一晩過ごそう。
「体調万全で行ったしウィルスに負けた気はしないぜ」
咽?あーん。熱も言われるまま計る。平熱だな。
罹患しなかったのはラキアのお蔭さ!
とハグしちゃうぞ。


鳥飼(隼)
  防護服、マスク着用
小型ネズミ捕り3つ(強い匂いが効果的と知り、餌はサラミ

隼さんが倒れたら僕の体格では運べませんし。
僕がネズミを捕ります。
手分けして捕獲です。探知機が反応する近くにネズミ捕りを仕掛けて。
ある程度時間が経つまで、仕掛けた場所以外で網での捕獲を試みます。
何匹か捕獲後に、皆さんへ報告します。

症状:高熱、咳
「ありがとう、ございます」運んでくれて。
必要なものは、おじいちゃんに聞いてください。

「僕、ダメですね」
この前も、助けられなくて。今も、隼さんに迷惑を。(弱気
「二人とも、助けたかった。甘い、んでしょうか」

やっぱり。……え。
どう受け取れば。ああ、でも。
少し、気が楽になりました。(疲れて寝る


テオドア・バークリー(ハルト)
  村へは俺が行く
捕獲した鼠の数の把握はハティさんの申請してくれたインカムで。
ネズミ捕りを持参、貰ったセンサーを頼りに鳥飼さんと場所が被らないように設置していくよ。
捕まえた鼠の合計10匹程になったら切り上げタイミングを皆と相談。

別にただの風邪みたいなもんだから平気…ちょ!
抱えて階段駆け上がるのやめてくんない!怖いんだけど!
病人ベッド放り投げるなっつーの!
あのさ、黙って出発したのは悪かったよ…
でもただでさえ俺と契約して危険なことに巻き込んでるんだぞ、
これ以上ハルに迷惑かけらんないだろ…

やべ…意識とんでた…
って、何でハル隣で寝てるんだよ風邪伝染るっつーの…
ハル、傷ついた顔してたな…あとできちんと謝ろう


●出立

「僕がネズミを捕ります。隼さんが倒れたら、僕の体格では運べませんし」
 村の入り口――立ち入り禁止の札が掛かる場所へ特設されたテントで防護服とマスクを着用しつつ、精霊、隼に向けてふわりと笑いかけるのは神人の鳥飼。
 無表情が一つ頷いて、それ以上何か言う事もなく鳥飼を見送る。寡黙な人だから、と鳥飼もまた隼をよく理解しているので、何かを言うことも無いし望まないけれど、まったく何も期待しなかったのかと問われれば、おそらく何も答えられない。
 あとは隼が自宅で待機してくれる流れになっている。準備物の最終確認をして、鳥飼は一歩踏み出した。

「ネズミ捕りか。アンタよりは得意だと思う」
 アンタの家では見た事ないしな、といつになく饒舌に軽口を叩く神人ハティに、見かけてたまるかよ、とついツッコミ返すのは相方のブリンド。
 村へ入ると言い出したのはハティの方だ。率先して苦境へ足を踏み入れたがるのは最早性質の様なものだが、安全な場所で待機する相方の気が彼を咎めないようにとプレゼンしてくるのも非常に彼らしいと思った。
「俺もおめーの下手な看病はごめんだ。とっとと終わらせて帰って来い」
「ひどい言われ様だな……」
 傷付いた様に言いながらその癖安堵した様にふ、と笑うものだから、はぁと一つ嘆息する。天邪鬼。そんな顔をされたらほんとうにこれ以上何も言えやしない。
「……適材適所って話だろ。構わねーよ」
 似た様な辺境育ちであるハティと医者の端くれである自分。尤もな理由だ。任務だと言うならこの位置付けに何一つ問題はないけれど、どんなに言い繕っても先んじて護られてしまった事に対するほんの小さな蟠りは、完全に取り払えはしなかった。

「防護服、勿論着るよな?」
 てっきり自分一人で準備から解決まで終わらせて、自宅に帰るだけだと思っていたヴェルトール・ランスは、ちょっと動きづらいかな……と、防護服の着衣を手伝ってくれている神人アキ、セイジを意外そうな目で見つつも助かるよ、と素直に感謝を述べた。
 彼には万が一感染した時の事を考えて自宅待機の役割を頼む様告げていた。自分は医学知識も十分持ち合わせているし、ならば役目はそこまでで構わない筈なのだが、よく効くと評判のマスクを仲の良いウィンクルム達と持ち合わせて来る辺り微笑ましい。
「帰宅後は少しでも早く消毒して、周囲にうつさない様用心する。任務が最優先だけど、感染しないに越した事はないからな。自宅の用意は整えておくから」
 出立前に事後の流れを確認しておく。あとは打ち合わせどおりに、そう告げて笑顔でぽん、と胸を押してくれた掌が防護服越しである事が寂しく感じて、ランスは気持ちを改め神人へと手を振り踵を返した。

「お医者さんみたいだなぁ」
「……何を呑気な顔してるのかな」
「いや別に」
 防護服やマスク、そして持参してきたゴーグルまで徹底して正しい着脱方法をセイリューに説いているラキア・ジェイドバインに、ふと惚けた顔でいらぬ一言を漏らしてしまったのはセイリュー・グラシアだ。
「この服は自分だけじゃなくて、ウィルスを持ち帰って他の人を危険に曝さないようにする為にも必要なんだよ。ネズミは体液からも感染するから、血液なんかを飛散させない様に必ず生きたまま捕獲して」
「オッケー。服脱ぐ時も、表側を触っちゃだめ、だったっけ?」
「そういうこと。帰るときまで、ちゃんと全部覚えてるんだよ」
 持ち前の医学知識で、出来る事と言える事は全て教え込んでおく。
 飲み込みの早い神人の事だから心配はしていないけれど、特例でもない限り常にサポート出来る立場にいつもは控えていられる自分が隣に着いていられない以上、心配の種は尽きないものだ。
 いってらっしゃい、と笑顔で見送る秀麗な精霊に、気合も新たに出立した。

 他のウィンクルム達がパートナーとの事前打ち合わせに勤しむ様を横目にしつつ、若干バツの悪い顔をしながら鼠捕りの罠や探知機を一人黙々と確認しているのはテオドア・バークリー。
「……ハル、怒るかなぁ。いや、俺が一人で全部終わらせて帰ればいいんだから……よし!」
 彼は精霊に何も言わず任務を受けていた。訝しむ上司には帰宅後の待機を任せてますから! 等と上手く誤魔化して。
 ただでも、親友である彼の適正相手が自分等と言う居た堪れなさを、テオドアはずっと抱えている。どうにもぎごちない。身体面ではどうしても、精霊である彼に比べ能力が劣るため、必然的に危険な任務ではハルトを前線に出さざるを得ない状況に陥る。
 けれど鼠捕りという、比較的対処し易い形態でなら自分一人で十分、という結論に至った。遣り遂げる自信はあるが親友にバレた時まで誤魔化せる自信は無い。怒る顔が目に浮かぶ様だが、要はばれなければいいのだ。
 これ以上先の事を思案しても仕様が無いので、罠と探知機を手に先陣切って村へ足を踏み入れた。


●鼠捕り
 
「――わっ! びっくりした」
「テオドアさんか……こんにちわ」
 仏頂面のまま律儀に挨拶を交わすハティに驚きつつ「こ、こんにちわ……」と、たどたどしく返すテオドア。
 ウィンクルムとして任務をこなす内に人見知りの気は多少治ったものの、ゴーストタウンの様な村で突然目の前に、気配を消した仏頂面の男がぬぅと現れたのだから驚きもする。チュウ、と声をあげてつい足元まで追っていた鼠も逃げた。
「む……。中々上手くいかないものだな」
「す、すみません。俺が声上げちゃったからですかね……」
「いや。俺も配慮が足りなかった、すまない」
 構えていた網を下ろしつつ、テオドアが持っている檻型の罠を見てそっと告げる。皆が慎重に気配を消して人気のない村を捜索するなら、最初に手分けする担当地区を決めていてもこういった事はある。
 自警団時代に小慣れていた筈なのに、と思う。それと同時に、他のウィンクルム達――しいては相方と過ごす内に、そういった感覚と縁遠くなりつつあるのかも、とも。今だって、持参した持ち餌の他にも『強い匂いが好物なんだそうですよ、よければ使ってみてください』と鳥飼の用意したサラミを、その好意と共に有り難く使わせて貰っている。
 嫌な気はしない。言い様の無い寂しさはあるけれど。
「ハティさん、そういえばインカムの申請有難う御座いました。助かります」
「そうか。役立ったなら良かった」
「探知機はもうここに反応してないから、俺はあっち探しますね!」
 それじゃあ後で、と告げてテオドアは持ち場へと戻っていった。
 任務に着いてまだ日の浅いであろうウィンクルムの仲間から礼を告げられて、無意識にふ、と綻ぶ口元に気付いたが、それ以上何も言わずハティもまた黙々と鼠探しに勤しんだ。

「よっしゃ! こちらセイリュー、四匹目を捕まえたところだ」
 探知機を頼りに探し出したネズミを、持ち前のスキルでもって檻型及び粘着型の罠を巧みに使いこなし、任務開始から順当に捕獲していたセイリュー。
 インカムで全体連絡を取りつつ、遠目に見えたランスにもハンドサインで合図を送る。最初に手分けして決めた自分の持ち場にはもう反応が無くなってしまったのでローラー作戦に切り替え、しらみつぶしに探していると数メートル先の林、その木陰付近に反応があった。
 残っている罠を仕掛けようと気配を消して近付く――その時だ。
「うわっ!?」
「わっ……!」
 すぽりっ! 突如頭上から降りかかってきた網に声を上げたのはセイリューで、ネズミを獲ったつもりが仲間を捕まえてしまったのは鳥飼だ。チュウ! また鼠の逃げる声がした。
「ごっ、ごめんなさい! まさか居ると思わなくて……!」
「いや、はは。そういえば林付近は鳥飼さんが見てくれてたんだっけ……」
 掛かったままの網を取り払いつつ苦笑する。得意の偽装スキルが災いしたというべきか、ちょっとばかし気合が入り過ぎていたかもしれない。
 一方鳥飼の方はといえば、罠を数箇所張った上で暫く放置し網での捕獲も平行して試みる、といった作戦を取っていた。獲物を補足し集中していた為、木陰から現れたセイリューには気付かなかったのである。
「そちらはもう、三匹捕まえたんですよね。僕が張っている罠があと三つあるから……一人あたり三匹から四匹も捕まえれば、十分なんでしょうか」
「推定でも十数匹、って話だったからな。あとは他の皆がどれだけ獲ってくれたかだけど」 
 指を折りつつ思案する鳥飼に頷いていると、音量を絞ったインカムに仲間から連絡が入った。
『おつかれさま。こちらランスだ。五匹目を捕獲した』
「ええっ!? まじかよ俺全力で獲ってんのに。どんだけ鼻がいいんだ」
『こう見えてもケダモノなんでね。おっと、セイリューも犬型テイルスじゃなかったっけ?』
「俺は神人だっつーの!」
 パートナーがそれぞれ別に居るであろう神人と精霊のおかしな漫才を聞きつつ鳥飼はころころと声をあげて笑った。当然インカムを通し全員に伝わっているので、離れた所から誰かの笑い声もインカムとのダブルサウンドで聞こえた気がした。「ハティさんが、ものすごく笑うのを堪えていました……」とテオドアが漏らしていたのはちょっとした後日談である。

「……俺が二匹、セイリューさんが四匹。ランスさんが五匹に、鳥飼さんが二匹……あとは」
 ある程度時間が経過しテオドアが全体数をまとめていると、草むらに潜んでいたハティが突然ガサッ! と音を立てて現れた。ヒッと思わず怯えた声が出る。
「三匹だ」
「ふ、普通に出て来て下さいよ……!」
 葉っぱまみれの体をぱっぱと払って、捕獲した鼠を確認する様差し出す。
 そろそろかな、とテオドアは期を伺いインカム越しに全体連絡を飛ばした。
「皆さん、現在ネズミ16匹です。そろそろ良い頃合じゃないかなと思うんですが……各々、体調の事もありますし」
 明瞭に告げるが正直少し関節が痛い。風邪初期症状のそれによく似ているからやっぱり感染しちゃったかな、と苦笑を浮かべる。
「……大丈夫か?」
「あ、はい。ありがとうございます。ハティさんも顔色がちょっと……」
 そうか? と答えるも確かにそれらしい自覚症状が無いこともない。先程から鼻は出るし、くしゃみで何度か鼠は逃げた。
 念を押して全員でもう一度それぞれのブロックを回ったが、探知機が再び反応する事は無かった。本部の上司に連絡を取れば『充分だ、よくやってくれた』と返る。村の方はこの後捜査チームが全体を消毒して回り、ネズミの有無を最終確認する流れだが、おそらく抜け目はないだろう。
「皆さん、お疲れ様です……」
 そうして迎えた集合時間。防護服のまま仲間達がぞろぞろと集まってくる中、明らかに症状が酷かったのが鳥飼だ。ふらふらと足元が覚束ない。防護服とマスク越しにもそうと解るほど顔色は良くないし、しまいにはセイリューに肩を借りていたほどだ。
「大丈夫か? おつかれ。無理すんなよ」
「あ、ありがとう……セイリューさんはピンピンしてますね。すごいなぁ」
「ははっ、羅患したらラキアに怒られちまうからな。おっと、丁度良かったぜ」
 何かに気付いた様に、立ち入り禁止区域入り口の特設テントをセイリューがちょいちょいと指先で促す。なんだろう……? と、顔を上げるが本格的に意識が朦朧としてきた。
「わっ、鳥飼さん!? しっかり!」
 霞む視界と遠ざかる意識の中、仲間の慌てた声色と――視線の先で、相方である褐色肌の精霊が一瞬、見えた様な気がした。


●二人で一つの

「はー。疲れた……そんなに沢山動いてもないのに、疲れた」
 ふらふらと一人家路に着くのはテオドアだ。あと少しで家が見えてくる、と言う残り数メートルの距離。帰り着くまでが任務だが、正直今回は比較的風邪を患いやすい自分には堪えた。本部から支給されている特効薬も飲んだけれど、それでも暫くは体調不良が残ると聞いていた。
 家の屋根が見えてほっと安堵する。安心しきっていたのが悪かった。
「――……やっと帰ってきた」
「えっ?」
 帰路の途中体のだるさに思わず壁へ手を付き俯いていた所へ、聞きなれた声が突然耳に飛び込んでくる。目線を上げて、体のだるさの方が思わずぶっ飛んだ。
「はっ……ハルト?」
 玄関先で腕を組み仁王立ちして、明らかに不機嫌な表情を浮かべてテオドアの――親友の帰りを待ち構えていたのは精霊ハルトだ。幼少からお互いをよく知る間柄故、こういった事態を避ける為に「友達と出かけるから」等と今日は予定を濁しておいたはずなのに。
 なんで、と開いた口から、けれど言葉になる事はなく、つかつかと大股で歩み寄って来たハルトが前触れ無くテオドアを抱かかえる。どこか意識がぼやっとしているから即座に対応出来ず、またあまりの事に一瞬言葉も出なかったが、はっと我に返り慌てふためいて叫び散らした。
「ちょっ、ちょっとハル!? 何するんだよ恥ずかしいからやめろっ!」
「相棒に黙って任務出かけちゃう様な悪い神人には聞く耳持ちませーん」
 いわゆる公衆の場で御姫様抱っこ、という形なのだ。暴れたくもなる。けれど抱えられたまま恨めしそうにジト目で睨まれては流石にぐうの音も出ない。怒らせた自覚も理由も、テオドアには十二分にあるからだ。
「毎回風邪こじらせるタイプでしょテオ君。何で率先して風邪引きにいってんの!」
 悪態付きつつも早足でテオドアの自宅へと到着し、靴を脱ぎ相棒のそれも手早く脱がしてしまうと勝手知ったる足取りでテオドアの自室へ向かう。
「おばさーん! 部屋あがらせてもら……って、あれ?」
 家族ぐるみで付き合いのある家主に一言断りを入れようにも何処にも姿が見当たらない。腕の中の相棒がまたバツの悪い顔をする。
「……で、出かけてくるって、今朝……」
「留守かよ! なら尚更この状態一人でどうする気だったのテオ君! 馬鹿でしょこういう時だけ馬鹿でしょ!?」
「馬鹿っていうな馬鹿! べっ、別にただの風邪みたいなもんだし平気……ひえっ!?」
 抱かかえられたまま器用に階段を駆け上がるものだから、振り落とされそうでつい素っ頓狂に怯えた声が出る。怖いんだけど! という文句の一つも聞き入れるつもりはないらしい。自室の扉を足で開けて、そのままベッドへぼふりと放り出された。
「飯は食える? 何だったらあーんでもしてやろっか?」
「と、特に何も……てか、病人放り投げるなっつーの……げほ」
「そんな青い顔して凄まれても怖くないかんな。……つーかさ、テオ」
 幾分ふざけた物言いをしていたハルトの顔がふ、と真摯な顔つきになる。怒っている筈なのに毛布をかけてくれる手つきはひどく優しい。名を呼び捨てる時というのは、それだけ普段おちゃらけたこの精霊が真面目な話をしようとする時だ。
「俺今回の件なんも聞いてねーんだけど」
「……う」
「なんで俺に黙って出発してんのさ」
 納得いく答え聞くまで帰らねーから、と強気に瞬く新緑色が告げている様で、観念した様にテオドアは口を開いた。
「……黙って任務受けたのは、悪かったよ。でも、ただでさえ俺と契約したせいで、危険な事に巻き込んでるんだぞ」
「信用されてないってこと?」
「違うよ! でもやっぱり、迷惑……かけらんない、だろ……」
 ぼやりと意識がまどろむ。自室のベッドに戻った事で安心感が増して眠くなってきた。握ってくれている親友の手のひらの温度が、ひやりとして心地良いのも、少なからずあったのだろうけれど。
 結局そのままハルトの答えを待つことなくテオドアは意識を手放してしまった。すうすうと寝息を立て始めたのを聞いてハルトもまた安堵する。
「さて……テオ君が大人しくしてる間に、色々取って来なきゃな。まったく、こんなになってるのに強がっちゃってさ」
 一人ごちる様に苦笑する。迷惑だなんて、一言も言った覚えはないのに。
 生真面目過ぎるがゆえに、ずっと抱えてしまっている彼の蟠りはよく理解しているつもりだ。ついこの間まで対等の立場に居た筈なのに、ある日突然護る側と護られる側になってしまった。
 それでも自分はこの立ち位置に、後悔なんて少しもしてはいないのに。
「……もうちょっと頼れっつーの。寂しいだろ」
 起きたらほんと覚えとけよ、と言葉とは裏腹に優しい声音で告げて、ハルトは親友の看病に勤しんだ。

「――……やべ、意識飛んでた」
 目覚めると自室の天井が見えて、前後の記憶を思い出そうとするがどうにも混濁している。
 体は随分と楽になっていた。起き上がってふと脇を見遣ればハルトがすうすうと寝息を立てている。サイドボードに氷嚢や濡れタオルが置かれているのを見て、看病していてくれたのだと気が付いた。
(……傷ついた顔してたな、ハル)
 意識が落ちる前までのやりとりを思い起こして、申し訳ない気持ちになる。夢の中で寂しいだろ、と聞こえた気もした。
『そういう』立場でありながら、頼ってあげられなかった事も相談すらしなかった事も、思えば信頼を裏切る形であったのかもしれない。次からはもっと別の形で、自身が納得出来る形を目指せたらいいと思う。二人で一つのウィンクルムなのだから。
 あとできちんと謝ろう、と心に決めて、日差しの下安らかに眠る精霊のクセっ毛を一つ撫でた。


●傍に居るということ

「……ありがとう、ございます……運んでくれて」
 自宅のベッドに横たわり、うっすら目を開けて告げると、隼は視線だけを返して、またすぐ黙々と看病に勤しみ始めた。
 おぼろげな意識の中で確かに、精霊の屈強な腕が鳥飼の体を抱えてくれていたのを理解していた。
 待機する様に言ったはずはずなのに待っていてくれたのだろうかとか、どういうつもりで、とか。聞きたい事は沢山あるけれど、無骨な精霊へと掛ける問いかけにしてはどれも適切とは思えずに「必要なものは、おじいちゃんに聞いてください」と指示するに留まった。
「僕、ダメですね……」
 鳥飼の額へ隼が濡れタオルをかけていると、ぼうっと開かれた眼が空を見詰めている。
 焦点はあっていないが、今日在った出来事ではない『いつか』を思い出している様だった。
「この前も、助けられなくて……今も、隼さんに迷惑を」
 ぽつりぽつりと漏らされる言葉に、けれどベッドサイドに寄り添って、鳥飼を見ている隼の表情が動く事は無い。
「二人とも、助けたかった。甘い、んで……しょうか」
 普段のおっとりした声よりも、ずっともっと小さく頼りない声音で、誰にとも無く呟いて、かと思えばしんどそうに鳥飼は咳を繰り返してむせ込んだ。
 発せられた言葉の内容が、先日主がもう一人の精霊と受けた任務における、Bスケールオーガとの戦闘を指しているのだと隼は思い至る。同時に、鳥飼が体だけでなく心まで弱ってしまっているのだと言う事にも。
 慰め方など知らない。病人の世話だって、自分事には慣れていても人に施すのは初めてだ。
 それでも、何を口出しするつもりも無かったのに、自然と言葉が口をついた。
「……ああ、甘い」
 パートナーに告げられた辛辣な一言に、やっぱり……と、ほんの少し瞼が熱くなって。
「だが、主はそれで良い」
 閉じかけた瞳を見開いて、この時初めて隼の表情をしっかりと捉えて。
「……隼、さん」
「どう全うするかは……俺の役割だ」
「――……」
 驚いた。
 きっとこの強く逞しい精霊は、一切の妥協を許さない。そういった環境で育った、故に他の何をも凌駕する強さがある。
 だから神人である――彼の主たる自分は、もっとしっかりしなければいけないと。強く在らねばと思っていたし、だからこそ先日の戦いで囚われた二人を助け切れなかった事を悔やんできた。仕方ないと言われても、仲間達は十分善戦したのだと知っていても。
 そんな自分を「それでいい」と。たったの一言で全て認めて、受け入れてくれた事が、こんなにも。
「どう、受け取れば……ああ、でも」
 気持ちが安らいで、とろりとろりと睡魔に誘われる。
「少し……気が、楽になりました。……ありがとう、隼さん」
 意識が落ちてしまう前に、せめて気持ちを口にしたくて、たどたどしく腕まで伸ばしてしまう。無口で無感情にすら見える精霊が、暖かい言葉を掛けてくれた事が、ただ嬉しかった。
 伸ばされた掌を、逡巡した後隼はしっかりと握り締める。すると嬉しそうに微笑んで目を閉じ、少ししてからすうすうと規則的な寝息を立て始めた。主が落ち着いた事で、自らも安堵感に浸されていると気付く。
 本当は――先立っての打ち合わせの際、「隼さんが倒れたら運べませんから」と彼が言った時。
 思う所はあった。精霊は神人より丈夫に出来ている筈で、ならば自分を使えばいいと。病魔に冒された所で、幼少から父に課せられた試練を思えば何の事はない。一人でだってこの程度の任務は何とでも出来ただろう。
 けれど主が決めた事だ。口を出して良い立場ではない。そう思っているから何も言わなかった。それでもこの期に及んで、弱りきっている鳥飼の姿をいざ目にして、心に掛かる靄が何なのか、隼にはまだよく理解できなかった。
 鳥飼の自室をぐるりと見回すと、両手に抱えて余る程の、大きくデフォルメされたぬいぐるみが真っ先に目に付く。そしてそれが鳥と隼を象っているものだ、とも。
「……物好きだな、主は」
 ふ、と思わず漏れた呟きには、暖かな感情が幾分含まれていたけれど、その正体もまた、今の隼には理解出来なかった。
「しかし……困った」
 濡れタオルを交換しようと、握った手を離そうとする都度、鳥飼はしっかり寝ている筈なのに無意識なのか、縋る様に細い指先がふらふらと追いかけてくるものだから立ち上がる事も退く事も出来ずに、無骨な精霊は暫し途方にくれてしまったのだった。


●信頼と甘えと

「ちったァ寝られたか」
 ゆるゆると目を見開けば真っ先に相方の問いかけが返る。
 薬を受け取るだけ受け取って、帰り着いてからの事はよく覚えてない。防護服も着ていないのにやたら熱く、汗ばむ体のまま帰路につき、出迎えたブリンドがらしくもなく慌てた顔をして、額に当ててきた掌が平常時よりもずっと冷たくて気持ちいい、と思ったあたりで意識が途切れている。
 いつ寝室へ運ばれたのかも思い出せないが、倦怠感が残るものの体調は随分良くなっている様に感じた。
「……ああ、夢を見てた」
 昔の夢だか、相方と知り合ってからの夢だか。記憶にはっきり残ってない以上詮無い事だが、額に手を遣ると妙にすっきりしている。寝ている間に汗も拭いてくれたらしい。
「手際がいいな」 
 コトリとサイドボードに置かれた飲み水やオレンジを眺める。今しがた持ち込まれたであろうそれ以外にも、病人に必要そうな物は粗方そろえられていた。
「そうでもねえけどな」
 一人ごちる様にぼやいて、ベッド脇に寄り添う。「すまない、助かる」なんて弱気に呟くものだから「なんでもねえよ、こんなの」とぶっきらぼうに返す。相方のぎごちない反応に首を傾げるハティからはそれとなく視線を逸らした。
 張り切って看病した自覚はまあ、ある。十分過ぎるほどに。
 依頼を受けた際、彼が「家で寝込めるし、ブリンドも居るから大丈夫だ」と、配布された薬を辞退しようとした言葉が聞こえたからだ。
 頼るのが苦手な男に頼られた気がした。たったそれだけの事で浮き足立つ自分が可笑しくて、結局なんだかんだと世話を焼いてしまう。全くもって振り回されてばかりだ。
 とどのつまり、来たはいいがやる事が残っていない。可能な限り看病は施した後だし、要は手持ち無沙汰なのである。それでもブリンドがハティの傍を離れる事はない。
「あの後何か進展はあったか?」
「ああ、今日明日で結果が出る様なモンじゃねえらしくてな。鼠に関しちゃまだ報告待ちなんだが、村の住人からは感謝されてたって話だ。『依頼に赴いてくれたウィンクルムさん達に、心から感謝を申し上げます』ってよ」
「そうか。なら良かった」
 安堵した様に笑むが、どうにも頼りなくて些か不安になる。会話が途切れて、ふとキッチンで放置したままの粥の事を思い出した。
「……米の膨張率を舐めてた」
「なんのぼうちょうりつだって?」
 たまにこの賢い精霊は突拍子の無い事を言い出す。意図を把握し兼ねてオウム返しにブリンドを見遣った。
「あー。粥だ粥。病人のお約束アイテムだろ」
「……作りすぎたのか」
「有難い事に今夜どころか明日の夜まで粥があるぞ。一食ノルマ二杯な」
 勿論俺の分も含めてだ、と歯を見せ笑う。
 幾ら病人といってもそうそう粥ばかり食していたら飽きそうだし体力が落ちそうだ、と思ったものの、特別遣る事も残ってはいないのに、そうやって駄弁りながら付き添ってくれるブリンドの存在が可笑しくて、ありがたい。自分でもらしくないとは思うのだが、正直感染したと解った瞬間は心細かった。
「特休は……何日までだったか」
「知らねえよ。治るまでだろ」
「自己申告でいいのか。リンはいつまでがいい」
「……いや、そういう……んん?」
 今度は精霊の方が神人の言葉の意味を把握し兼ねて首を傾げる。視線を向ければじっと濃緑色がこちらを伺っていた。
 粥は残念ながら明日の夜までしか持たないが、苦境と知っていて身を投じたのだから、それくらいの我侭は許されてもいいだろう。
 とはいえ素直に答えるのは気まずいやら何やらで、ガシガシと頭を掻いて言いあぐねる。
「――まあ、そうだな……おめーがいつもの軽口叩ける様になるまでなら」
 いつでもいいんじゃねえの? 目を逸らしたまま無愛想な精霊がそう告げたので、特休という名の休日を甘んじて享受しようと心に決め、ハティは一つ笑みを零した。


●君の為に出来うる事を

「体調万全で行ったし、ウィルスに負けた気はしないぜ!」
 村から舞い戻ったセイリューは、出立前に言われた通りに衣類の着脱を行い、下着から何から全て処分した後湯浴みを済ませて部屋に篭城した。
 他への感染を避けるため完全隔離。用心はし過ぎるに越した事は無い。セイリューが戻るとラキアはすぐにトランスし、ウイルスを弱める効果のあるスキル『キュア・テラⅡ』を彼に施す。
 部屋は暖かく、湿度は高めに。念の為熱も測るが見た目どおりの平熱である。
「喉の奥見せてね」
「あーん」
「うん……大丈夫かな。体力も抵抗力も十分あるみたいだし」
 でも一晩は様子見だよ、と差し出されたココアを、ありがとな、と告げて手に取る。甘い香りと共にほかほかと立ち上る湯気。
 火傷してしまわない様、適度に冷まされたそれに一つ口を着ければ、暖かい喉越しが嚥下すると共に心を落ち着けてくれる。ほう、と安堵の息を一つ吐き出せば、肩を並べてラキアが着座した。
「今日はおつかれさま。難儀な任務だったね」
「そうか? オーガが絡んでる訳でもなかったし、言うほどの事は……ああでも、ラキアの指導がなかったら感染してたかも」
「俺だって、病に冒されると解ってて何もせず送り出す様な真似はしないよ」
 何のためのパートナーだと思ってるの、と自らも同じものを口にしながら呟く。
 結論として、仲間達と同じ任務についたとは思えないほどに、戻って来たセイリューはぴんぴんしていた。事前に受けたレクチャーが功を奏したのは勿論、セイリュー自身の抵抗力や気持ちにおける強さもあっただろう。
「罹患しなかったのはラキアのお蔭さ、ありがとな!」
「わっ……!」
 有り余る体力に任せ、つい気持ちが行き過ぎて隣に座る精霊をぎゅうと抱き締めれば受身を取り損ねて床へともつれ込む。
 驚いたラキアの手元が傍に置いたままだったマグカップに当たり、ぱしゃりとチョコレート色の液体が飛び散ってしまった。
「あちゃー、悪い。散っちゃったな」
「ぷっ……もう、仕方ないなあ」
 想定外の粗相と、実質押し倒されている様な状況にもラキアはくすくすと余裕めかせて笑いつつ、布巾を探し視線を彷徨わせるが手頃なものが見当たらない。
 一度部屋を出て取ってくるべきかな、と起き上がろうとした所で、セイリューがじっとラキアの顔を見下ろして事に気付いた。
「……なに?」
「ほっぺたのとこ、ついてる」
「え、」
 言葉の意図を汲み取ろうとする間も無く、神人はぺろり、と。頬についたココアを舐め取ってしまった。
「ちょっ、セイリュー!?」
「ごめんごめん、おいしそうだったから、さ」
 ごちそうさま! なんて。悪戯っ子みたいに破顔し舌を出されてしまっては怒る気にもなれない。普段は自分の方が幾分も落ち着いている筈なのに、稀にこうやって出し抜かれてしまう。お行儀よろしく育てられてきただろうに、どうにも一緒に過ごす内、彼の子供じみた一面を見せ付けられるたび、それでも愛おしくなるから手に負えない。
 神人に流行病はうつらなかったけれど、何故か此方の頬が僅かに上気してしまったのをはっと自覚して、暫くは誤魔化す事に手一杯だった。


●看病と言う名ばかりの

「ただいまセイジ! あー! 寂しかっ……おぐっ!」
 うっかり任務帰りであった事を忘れて、久しく見た神人の姿に腕を広げて抱きつきかけたランスを胸への掌底ひとつで静止したセイジは、マスクをかけたままちょいちょいと指で風呂場へ行く様示唆する。
「……終わるまで触れちゃ駄目だって言ったのはお前だろ。さっさと風呂行って来い」
「ふぁい……」
 とぼとぼと浴室へ向けて歩き出す精霊の上着を玄関に吊り、脱げるものはあらかじめ用意していたバイオ用の箱へまとめて突っ込む。
 ほどなくして浴室からシャワーの音が聞こえ始めたので、彼が歩いた場所から触れた場所まで全てアルコールで念入りに消毒していく。後は様子見を兼ねて一晩用心させるだけだが、帰宅時の様子だと大丈夫そうだな、とセイジはマスクを外し息を吐いた。
「さんきゅーな、後片付け全部やってくれて」
 浴室から出てきたランスが、髪をタオルで拭いつつ相方に感謝を告げる。
「構わないさ。今回はこれくらいの事しか出来ないからな」
「いや、それでも十ぶ……へ、へっ……」

 へっくしょん!!!
 
 盛大にかまされたでかいくしゃみに、セイジの顔色は一瞬にして青褪めた。
「あんなに用心してたのに、まさか、罹患したのか……!?」
「へっ!? あっ、いやその」
 任務に赴く時さながらの険しい顔つきにランスの頬が引きつる。
 なんと弁明するべきか、本当はほんのちょこっと、鼻がむずむずしただけなのだが。あまりの剣幕に気圧され言い淀んでいる内に、がしっ! と腕を強く掴まれた。
「あっ、あのさセイジ……おおっ!?」
 本来ならば力関係は間逆であるはずなのだが、腕を掴んだままずんずんと寝室へ直行する神人の力は信じられないくらい強くてついされるがままになる。そのままぽいっとベッドへ放り込まれて、いよいよもって何も言い訳出来なくなり安静を余儀なくされた。
「何が食べたい」
「えっ」
「欲しい物取ってくるから」
「あ、ああ。えーと」
 この期に及んで取り繕うのは……否、この美味しい状況を覆すのは勿体無い気がして、言われるまま「チーズケーキと紅茶が欲しい」と強請れば「わかった」と生真面目に頷き部屋を飛び出していった。
 それから間も無く――本当に程無くして、神人は頼んだものを片手に帰って来た。何処で買い揃えたのか、はたまた端から用意してくれていたのか。兎に角一度起き上がって、皿に鎮座されたそれを受け取り、食す。もくもくと口に運んで暖かい紅茶を啜ると、甘さに痺れた舌と喉を爽やかな清涼感が満たしていく。
「あーうまかった。ごちそうさま」
「大丈夫か? 熱は、どっか痛いとか」
「計らなくて大丈夫。体はまぁ……それなり、かな」
「無理するなよ。薬は飲んだのか? 他に食いたい物は」
 緋色の眼に写る自分の姿が見えるほど間近で、至って本人は真剣に、ずい、と獲物から顔を近付けられては「セイジも食べたい」と漏らしてしまうのはもう仕方がないと思う。間髪入れず獣の耳をぎゅううっと抓られて悲鳴を上げた。
「あいててっ! いたいいたい! 強過ぎ! 洒落になんないからっ!」
「……お前、なんか変だな。病人にしては食欲も元気もあるし……」
 今度は先ほどまでと打って変わった疑惑色で睨まれて、ぎくり、と心の音まで漏れ出た気がする。
 口角を引きつらせて「えっとぉ……」と言葉を濁していると、その眼に捉えられたまま「ランス」と一つ真摯に名前を呼ばれた。
「――ごめんっ! なんでもねーんだっ」
 ぱちんっ、と彼の眼前で両手を合わせて頭を垂れる。謝罪のポーズを取りつつ観念した様に真相を述べた。
「鼻が、むずむずしただけ」
「……はな」
「甲斐甲斐しく看病してくれるのが嬉しくってさ。つい、大袈裟に装っちまった」
 待てども言葉が返ってこないので、てっきり怒らせた、と思いおそるおそる顔をあげると、セイジは虚を突かれた様に、存外あっけらかんとした顔をしていた。
「――なあんだ、もう。心配させんなよ……」
 真剣な顔つきから一変表情を和らげて、ほ、と胸を撫で下ろす。本心から気に掛けてくれたのに、流れとはいえ裏切る形になってしまった事にランスはもう一度改めて「ごめんな、ありがと」と謝罪と礼を笑って告げた。
「セイジも大袈裟なんだよ、くしゃみしたくらいで大慌てしちまって」
「徹底的なのは性分だって、お前よく知ってるだろ。ミクロの敵相手だ、警戒し過ぎって事は無いからな」
「そうなんだけどな。……まあ、風邪は、嘘でも」
「……うわっ!?」
 安心して、油断していた所の神人へ徐に手を伸ばす。抵抗される前に肩を掴んでベッドに引きずり込んでしまった。
「食いたいって思ったのは、本当なんだけどなあ。あー、やっとセイジに触れる……」
 背中から抱き締めたまま、大型犬が飼い主人に懐くみたく艶やかな黒髪に頬ずりし、しまいにはくんかくんかと匂いまで嗅ぎ始める。くすぐったいだの暑苦しいだのと最初こそわめいていたものの、しっぽがシーツをばふばふと叩いて背中越しにも心底嬉しそうな様子が伝わってくるものだから、最終的にやっぱりセイジが折れた。
「もう寝ちまおうぜ」
「このままか?」
「いやならいいけど。……我慢するし」
「……。まったくもう」
 手のかかるヤツだよ、と溜息混じりに。
 けれど回された腕に大人しく身を任せて、すり、と石鹸の薫る胸板にひとつ頭を擦り付けた。



依頼結果:成功
MVP
名前:ハティ
呼び名:お前、ハティ
  名前:ブリンド
呼び名:リン、ブリンド

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月14日
出発日 03月22日 00:00
予定納品日 04月01日

参加者

会議室

  • セイリュー・グラシアと精霊ラキアだ。
    プラン提出できた!
    村に入るのはもちろんオレだ。
    ラキアは待ってるけど感染症対応は色々とレクチャーされたぜ。
    ミッションだと思うと気合が入るよな!
    インカム申請、ハティさんありがと―!

    しかし今回ホントにモ=ジスウ強敵だったぜ。
    後は色々アドリブヨロシクーっ(と虚空に叫ぶ)

  • [14]アキ・セイジ

    2016/03/21-23:22 

    文字数は敵だよな。

    このマスターさんはアドリブも素敵なので、皆の看病の様子とか掛け合いとかも今から楽しみだったりする。ネズミとりが上手くいって、一寸いい感じな休日になると良いな。
    プランは提出できているよ。うまくいきますように。
    皆もプランお疲れ様。

  • [13]ハティ

    2016/03/21-23:16 

    うっかりモ=ジスウがEXになりそうだったが先ほど提出してきた。
    後のことは……後のことだ。発症しても帰って寝込めるからあまり心配はしていない。
    家で寝込めない人達も早く落ち着けるといいな。

  • [12]アキ・セイジ

    2016/03/21-23:06 

    あっと、俺は入らなくて、ランスが村に入るよ。
    これ、言い忘れてたよ(汗

  • [11]ハティ

    2016/03/21-12:01 

    ×詰め込みそうに→○詰め込めそうに

  • [10]ハティ

    2016/03/21-12:00 

    インカムの件は独断で既にプランに入れてしまっていたりした。
    了承をもらえたし問題なさそうなのでこのまま書いていくことにするな。アキさんと鳥飼さんは返事ありがとう。
    ああ、近距離だったらハンドサインも使えそうだな。プランには詰め込みそうにないんだが頭に入れておきたい。
    (とてもわかる、という頷き)>モ=ジスウ

  • [9]鳥飼

    2016/03/21-10:19 

    反応が遅くなりました。

    >ハティさん
    インカムの申請、僕からもお願いしていいですか?
    モ=ジスウが強敵で……。

  • [8]アキ・セイジ

    2016/03/21-09:40 

    >全体でのネズミ捕獲描写
    ハンドサインの他にインカムがあると便利だと思うので、ハティさんすまないけれど頼んでいいだろうか。

  • [6]ハティ

    2016/03/20-03:24 

    共有方法……インカムで連絡が取り合えれば便利そうだ。
    音量を絞っておけば音漏れで逃げられるということは防げる、だろうか。
    問題なさそうだったら俺の方で人数分申請しておくが。

  • [5]アキ・セイジ

    2016/03/20-01:06 

  • テオドア・バークリー、よろしく。
    探知機貰えるのは正直助かったな…ネズミ探してあちこち回らなくて済むし。

    俺もネズミ捕り持ってく予定…です。
    えっと…俺は鳥飼さんとなるべく被らない場所探して置いてきますね。
    ネズミ捕獲した数の共有方法、どうしましょう?

  • [3]鳥飼

    2016/03/19-20:43 

    すみません。早とちりしていました。

    生態用ケース一つに一匹だと思い込んでしまって。
    最終的に処分するなら、個別にケースに入れる必要がなかったです。

    僕の方も何匹か捕まえたらお伝えします。

  • [2]鳥飼

    2016/03/19-10:28 

    はい、マントゥール教団の仕業じゃないのは良かったです。
    あ。鳥飼と、此方は隼さんです。よろしくお願いしますね。

    隼さんが倒れたら僕では運べないので。(眉を下げる
    僕が村に入りますね。(笑顔

    >防護服
    『マスクと防護服も配布はするが、効き目が保証されないため着用は任意』ってありますから、大丈夫ですよ。
    僕も着けて行くつもりです。

    >捕獲方法
    『ウイルス個体に反応する探知機』を配っていただけるらしいですし、手分けしてが一番でしょうか。
    生態用ケースに入れた後なら、村の外に待機している方たちに預けても大丈夫だといいんですけど。

    僕は何か所かにネズミ捕り用の罠を仕掛けたいと思います。
    あまり多くも持てませんし、3か所の予定です。

  • [1]ハティ

    2016/03/19-01:25 

    教団員の線は消えたようで良かったが、ネズミ探しか。マスクや防護服は数が不足しているとかでなければ着用するつもりだ。
    今のところ網を使っての捕獲を考えている。餌になるようなものが用意できればそちらも。
    手分けしてという形になるのだろうか…捕まえた数や何か気付くことがあったら報告させてもらうな。
    よろしく頼む。


PAGE TOP