プロローグ
ブランチ山脈のとある森の中。
開けた広場に粉砂糖の様な雪が薄く積もり、あたりは夜明けの静寂に包まれ、そして広場の中心にはぼんやりと、白壁の小さな建物が在る。
「おや……女神様への礼拝へ向かわれる最中でしょうか。貴方も迷い込まれたのですか?」
ぽっかりと開いた入り口へ近付くと、闇の中からモノクルを掛けた老紳士が現れた。柔らかな物腰で、旅人二人の不安な心を落ち着けるように、おっとりと微笑んでいる。ちょっと休まれますか、どうぞお入りなさい――、誘われるよう足を踏み入れると、外観からは予想も付かないほど、内装は広く。そして……。
「ここは、図書館です。記憶や思いを閉じ込めた、貴方たちだけの図書館……」
ずらりと奥まで並んだ本棚。一冊手に取れば、そこに載っているのは隣に立っているパートナーとの思い出や情景。暖かな感情やくすぐったい記憶についおかしくなって、神人が隣に居る精霊をふと見遣れば、彼はにこりと笑う……しかし、その瞳に生者の光は無い。
「『囚われて』しまった様ですね。ふふ、若者達は青くて羨ましいですなあ。ご心配なく、この図書館を出る頃には、貴方の大好きなパートナーの顔に戻っておられますよ」
聞けば、この図書館へ足を踏み入れ、魂を囚われる者にはある共通項がある。『愛する者に、もっと自分を知ってほしい』という想いだ。その気持ちが無い者や、一人旅の神人や精霊に、そもそもここは見つけられない。故に、パートナーと共に迷い込んだ者だけが、この様な状況に陥るのだと。
呼べば返事もするし、共に並び歩く事も出来るのだが、どこか彼はぼんやりとしている……。
「ここはまだ浅い一階層……しかし奥へと足を踏み入れるにつれ、想いの階層は深くなり、貴方の知らないパートナーの記憶や想いが本に記される様になります。読み進めていくのも自由、読まずに出てしまうのも自由……さあ、貴方はこの図書館を、どう過ごされますかな……?」
モノクロに伸びる鎖をちゃり、と揺らし、老紳士は暖かく微笑んだ。
解説
目的
図書館で本を読んで一休みするだけのお話です。
過ごすだけで老紳士からは金平糖とお茶を振舞ってもらえます。
入館料として300jr。
図書館の構造
1~2階層…これまでのお互いの思い出、共通して持っている記憶や情報の本棚
(●●へデートに行って楽しかった、他人の知らない趣味を知ってる、など)
3~4階層…まだお互いの知らない思い出、共通して持っていない記憶や情報の本棚
(知って欲しい趣味や思い出があるけど恥ずかしくて言えない、愛情をもっと沢山伝えたい、など)
5階層………深層。例えば『過去のトラウマや罪悪感を愛する人に許されたい』や『変な人に声をかけられたけれど、心配させそうで言えなかった』の様な、知って欲しいけど知ってほしくないといった、複雑な感情を伴う記憶などを含めた本棚
●プランに必要な情報
・魂を囚われる側は神人でも精霊でも構いませんが、読み手と囚われる側の明記
・描写してほしい、本棚に記されている思い出や記憶
・構造は上記の通りですが一例なので、そこまで厳密に設定しておりません。どの階層で何を知るかは自由です。
・過去EPは極力参照
●できること、できないこと
・囚われたパートナーの無機質な状態は、本を読み進める側の階層によって突然元に戻ります。
・基本的に、2階層まで(過去の両者の思い出をある程度読み進めた時点)で、元に戻る可能性が出てきます。
・頬にキスしてみたり、逆に抓ったりビンタしてみたりと、物理的に目を覚まさせるのもオッケーです(判定はマスタリング次第)
・情報の内容や全体の雰囲気はコミカルでもシリアスでも。
・何もしなくても図書館を抜ければパートナーは元に戻ります。歩いても10分程で出られる小さな図書館です。
・アドリブはつい入れがちなのですが、NGですとプランに一言頂ければ善処いたします。
ゲームマスターより
はじめまして! 梅都鈴里です。
膨大な記憶や思い出は図書館の様だなぁとたまに思います。
大事なものほどよく読むのに、忘れたいことほど何処にしまったか解らなくなる事が多いので……。
駆け出しゆえ、至らない点は多々あるかと思いますが、皆様のプランを大切に、楽しんで頂けるエピソードを書かせて頂きたいと思っておりますので、どうぞお気軽にご参加ください。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ハティ(ブリンド)
…リン、この本 返事がない相手を振り返り途中で本を閉じる 唇を噛み締めそうだと思えば自然と伸びた指が そのつもりはなかったが驚かせたらしい 反応が戻った事に安堵 不可抗力とはいえ俺ばかり知るのは不公平だな 俺の意思…何か伝えていないこと…なくはないが… 少しの逡巡の後意を決して話しかける 聞こえてなかったか ホワイトデーには何をくれるんだ? …食べただろ 貰ったとも言ってない、アンタの勘違いだ アンタが食うことには変わりないし アンタがそう思ったならそれでもいいと思った けど… で…?いや、特には… …リン? 本当にくれるのかと確認すれば 何度も聞くなとばかりに睨まれるが 相手の調子が戻った事が嬉しくて笑みを返してしまう …わかった |
セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
・囚われる ・3層 ・記憶(参照エピ165『精霊解放戦』) ラキアが攫われてさ。犯人は教団関係者。 すぐ救出に向かったさ。 オレの大事なラキアを攫うなんて、と犯人達に超怒りがわき上がった。 全力でぶっ飛ばしてやりたかったが、教団員と言えども相手は人間。あまり手荒な事をする訳にもいかない。 でもでも、超腹が立ったし何よりラキアの事が凄く心配だったんだ。 ラキアが麻痺状態にされてたのなら、もっと激しくぶっ飛ばしてやればよかった。と後でチラッと思ったぜ。 いや、そんな事するとラキアが悲しむからしないけど。 ラキアに酷いことする奴には相応の報いを受けて貰う!と思っているのは事実。でも手荒な事はしちゃ駄目だと自重してるぜ。 |
李月(ゼノアス・グールン)
読まれる方 3~4階層でぼうっとし出す 金平糖とお茶頂く ※本内容 昼間の自宅 居間で昼寝中の相棒 顔覗き 「平和な顔して寝やがってこの居候… 暫く見つめてふと物思い顔に 部屋の中視線巡らせまた相棒に戻り 「…読書は邪魔されるし、大食いだし、大迷惑この上ない…のに 優しい顔する 「読書は減ったけどその分外の世界を知れたし、僕の作る飯を旨そうに食うから料理の腕は上がった くすくす 「今はお前の昼寝姿がある事にいつもの日常の安心感…、もうお前は僕の生活の一部なんだな 溜息一つ ソファに座り何かのファイル読み始める※オーガ資料 ※ここ迄 ぼんやりしてるとこ腕掴まれ建物外へ 正気に「えーと? 相棒が少し赤くなってる? 「何か読んだのか? |
むつば(めるべ)
※囚われる側 それまでめるべと駄洒落を飛ばしながら、5階まで階段を上っていたが、 めるべが本を見つけて開いた途端、口数が少なくなり、一言呟く程度になる。 (何じゃ?何が起きとる?) 次第に、一点を注視しながら独り言を言うように。 自分に何が起きているのか把握しようとする為、 めるべに話しかけてみるが、呂律が回らず、頭も今一つ働かない。 その間にも階段を上り降りする際に、段の縁に足を引っかけたり、滑らせたり、 不覚にも本棚に頭をぶつけたり、段差につまずいて転倒しかける。 我に返り、めるべから話を聞く。 「……そうか、礼を言う」 「気遣わなくてよい」 とはいえその先は、月並みな事しか言えぬけども。 「お主とは今が大事ゆえ」 |
咲祈(サフィニア)
3~4階層 囚われる え? いや、別に…問題ない 自身の部屋には本棚が3架 その中の一冊の本だけビニールにくるまれて他と同じように収めてある 本の中身は日記帳だが新品で、なにも書かれていない 最後のページにだけ文字を書いている 小さめの字で、 『君に出会っていなかったら死んでいたかもしれない。ありがとう』 と書いていた 相方のサフィニア宛の一文だが 感謝の気持ちは以前にも伝えた(EP26)覚えがあるので、相方にこの一文を伝える気はなく、ほんの自己満足だった 外に出たら戻る …? ん? いや、別に ところでサフィニア、なんだか明るい表情しているね…? |
●笑顔咲ク記帳
「階によって、思い出の変わる図書館か……面白いな、とても興味がある」
何に対しても興味深く、気になった事は調べなければ気が済まない。それ故気付けば片手に本を持っている様な、こんな得体の知れない建物内でもなお、自分のペースを崩そうとしない咲祈は、きょろきょろとあたりを見渡しつつ忙しなく書架を見回っていた。
ほうっておくとすぐどこかへ消えてしまいそうな相方を見失わない様、彼の背中を追っていたサフィニアもまた、書架をあちこち見渡しては、どれを手にとってみようかと悩む。
老紳士は、深い階層へ行くほど記される想いも深くなると言っていた。だとすれば随分歩いてきた様な気がするが……棚に記された案内板には「3階層」の文字があった。ためしに一冊、手にとって開いてみる。が、しかし。
「……真っ白だ」
パートナーの気持ちを認めたはずの本を、一枚一枚、丁寧に手繰っていく。けれどページを彩る文字がひとつとして現れる事は無く。そういえば……と思い至る。咲祈には過去の記憶が無い。記憶がないと言う事は、その時感じた感情や思い出すら、彼には白紙のままなのだ。
白紙の書籍を開いたまま「ねぇ、咲祈……」と、隣に居る相方に話しかけるが――……反応が、ない。
「咲祈、咲祈。……大丈夫?」
「え……? いや、別に……問題ない」
そう言うが、やはりどこかおかしい。先程まで好奇心にきらきらと輝いていた瞳の金色は光を失っており、サフィニアを見ているはずなのに、焦点は合わずその先を見詰めている様で。
老紳士の言葉を思い出す。伝えたい思いがある人は囚われてしまうと。そして、何もせずとも図書館を抜ければ元に戻せると……何をしようにも、本が白紙なのではどうしようもない。諦めて、ぼうっとしたままの相方を傍らに連れ歩き出そうとした時。
「ん……? これは……」
ふと、吸い寄せられる様に見つけた本棚の隅に、護る様にしてビニールでくるまれた書籍を見つける。気になって手に取り、サフィニアが袋に指を掛けると、彼の手を待ちわびていたかの様にそれは容易に解けた。
「……日記帳? でも、やっぱり真っ白だ」
咲祈の状態を気にしつつ、ぱらぱらと捲っていく。やはり何も無いか……と、少しだけ残念な思いで閉じようとしたラストページ。片隅に本当に小さく、一言だけ手書きの言葉が記されていた。
『君に出会っていなかったら死んでいたかもしれない。ありがとう』
自然と頬が緩む。彼らしい言葉で、彼らしい記され方だ。こんな場所に、こんなに小さな文字で。
ちゃんと伝えてもらった事は無い一言だったし、伝える気はもしかしたらなかったのだろう。それでも、そんな当たり前の様な言葉が、こんなに嬉しいなんて思わなかった。
そういえば咲祈に対して、ちゃんと感謝の気持ちを伝えた事はなかったな……と、サフィニアは思う。なんだかいつも、言わせてしまってばかりだ。護ってあげなきゃいけないのに。
結局、その後本を開く事はなく咲祈を連れ図書館を出ると、は、と我に返った様に咲祈はあたりを見渡した
「ん……? 図書館に、居た筈なのに……」
「大丈夫? どこか変だったりしない? 咲祈」
「……ん、大丈夫だけど。ところでサフィニア」
なんだか、明るい顔をしているね……? 少しだけ見上げて、精霊の変化に小首を傾げた神人に「そうかな」とサフィニアは笑って。
「咲祈。……生きててくれて、ありがとう」
真面目で柔らかな雰囲気の精霊が、いつになく真摯に自分を見詰めてそう言うものだから、心の奥に仕舞い込んでいた気持ちを包み込まれた様な暖かい気持ちになって、神人はふわりとその顔に、静かな笑みを咲かせた。
●未来へ向カウ記帳
「絵本じゃな」
「え? 本当?」
一冊、手にとった本を開き呟いたむつばに、反射的に駄洒落を返すめるべ。しらっといつもの生ぬるい視線が返って来て、ころころと二人は笑いあいながら館内を歩み進めていた。
「得体の知れん場所じゃと言うのに、全く緊張感がないのうおぬしは」
「むつばが傍におるからな。オーガが出る等という話でもないのなら、さして普段と変わらぬわ」
案内板には『5階層』の文字。もう少し進めばもう出口はすぐ其処だが、ふと思い立ちめるべも本を一冊手にとってみる。老紳士の言葉をそのまま信用しているわけではなかったものの、相方の思いを勝手に覗く様な真似をするのは何処か気がひけて、これまで本を開こうとはしなかった。
すると。
(……何じゃ、何が起きとる?)
相方のめるべが最初の本を開いたその瞬間、自分の身に起こった違和感にむつばは眉を顰めた。そのつもりだったのだが、自分が今どんな表情をしているのかもその実把握出来ていない。
頭の中に霞が掛かっているかのような。心ここに在らず、といったような……。
「……むつ? どうした、もう疲れたのか?」
「ん……? なんじゃ……?」
異変に気付いためるべが反応をうかがっても、いつもの冴えた気の強い物言いが返ってくる事はない。むつば本人としては、自分の身に起きている事象を把握する為、めるべに話しかけているつもりなのだが、当人の意思とは裏腹に上手く伝えられない。頭は働かないけれど、いつも隣にいる事が当たり前の人へ、自身の意思が伝えられない状況下というものは、なんだか酷くもどかしかった。
「ふむ、立ち話もなんじゃのう。老人よ、何処か休む場所は在るか?」
「どの階層にも、一角に休憩所を設けております。ご案内しますよ」
誘導された先へむつばの手を引き、二人でソファに腰掛ける。そういえばむつばが図書館へはいったばかりの頃……2階層あたりで手に取った本を彼はそのまま持ってきてしまっていたので、ぼうっとした相方に語りかけ受け取ると、しげしげと観察してみる。背表紙には『楽しかったふんどし作り』とタイトルがあり、内容はむつばが言ったとおり絵本の様だった。楽しかった出来事が思い返されて、自然とめるべの頬は緩む。
つい興味をそそられて、5階層の書架を見渡してみるが、一冊手に取ろうとしたものの、結局本を開く事は無く。茶菓子を早々に平らげて、二人は席を立った。
その後図書館を出る直前まで、ぼんやりと歩くむつばの足取りは心底危なっかしいものだった。
階段で足を踏み外したり、段差で転びかけたり、あらぬ方向へ歩き出し本棚へ頭をぶつけてしまったり。本人としては遺憾なのだがどうしようもない。見兼ねためるべが肩を貸してくれて、階段では手摺へと誘導してくれた。触れる手や肌の感覚だけは何処か明瞭で、心地良いものだった。
「――……もうよい。大丈夫じゃ」
無事怪我も無く図書館を出た所でむつばはようやっと我に返った。図書館であった出来事をざっくり話すと、殊勝にも「……そうか、礼を言う」とむつばが告げたので、図書館を出る際の、普段なら絶対見れないであろうどじっこ少女の様な相方の姿が少し可愛らしかった、という意見は飲み込んでおいた。
ただ、それでも思う事はある。
「本は殆ど読まなかった。過去は捨てたからの。……他意はないが、お主の傷に触れたようなもの」
罪悪が募るわ。ぽつりと告げる。
不可抗力であったとしても、土足のまま彼の過去や思いを覗きこんでしまったのは事実だ。
「気遣わなくてよい」
隣に並び歩くむつばが、気持ち笑って答える。
月並みな事しか言えないけれども、めるべの気遣いが暖かかった。
「お主とは今が大事ゆえ」
今はもうしっかり我を見据えて、次にパートナーを見て、はっきりと言い放ったむつばの何時もどおりの姿に安堵して、めるべも曇らせていた表情を緩め「そうか」と一言、笑って見せた。
●芽生エタ想ヒノ記帳
「……李月?」
ある程度歩を進めた所で、神人の僅かな変容を、獣の如き感覚で鋭く察知した精霊ゼノアス・グールン。疲れたのか? と聞くが返事は無い。隅に設置されている休憩所に座り共に座らせると、先程まで気配の無かった老紳士が見計らったかの様に現れた。
「お疲れですかな。お菓子とお茶をどうぞ。愛の女神様からの、祝福ですよ」
一言告げて一礼し、茶菓子の乗った盆を置いて踵を返す。ぼんやりしている李月を見てくすりと笑みを浮かべたのが、ゼノアスはちょっとだけ気に入らなかった。
しかし、パートナーがこの様子では特に仕様もない。相方と共に金平糖を齧りつつ、あたりを見回しふと一冊手に取って見る。いつもは本の虫な相方が全く書籍に興味を示さないのも不気味だった。
「記憶の本だとか、言ってたか……? うーん、よくわかんねぇな……お?」
記されているのはただの文字なのに、まるでそこに居るかの様に、情景が伝わってくる。彼の記憶だと老紳士が言った意味を直感的に理解した。普段は本なんて李月の手を取るばかりの物体でしかないが、李月の事はなんだって知りたい。知らない事があるのなら、尚更。
(『これは……、ああ、この前俺が、居間で昼寝してた時の……』)
当然の様に住み着いている李月の家。あの日は日差しがとても暖かくて、ただでも彼のにおいがどこもかしこもこびり付いている部屋はひどく居心地が良かった。そこへぽつりと現れる家主の顔には柔らかな表情。普段じゃれついてばかりで、余り見せてくれる事の無い顔だ。健やかに寝息を立てるゼノアスの寝顔をついと覗き込む。
『平和な顔して寝やがって……この居候』
寝こけているパートナーの姿を物思いげに一瞥し、視線を部屋へと巡らせる。まるで、ここであった出来事の一つ一つを、大切に思い返す様に。そして再度、ゼノアスに視線を遣る。
『……読書は邪魔されるし、大食いだし、大迷惑この上ない』
大迷惑、という三文字には思い当たる節が確かにあった。出会ったばかりの頃は、今よりもずっと小難しい顔をよくしていたもので、考えてみれば逐一困らせていたのかもしれない。だって仕方がない。本を読んでいる時の李月はこっちを見てくれないのだ。
僅かにショックを受けつつも、けれど次にはふ、と。李月がゼノアスを見詰めたまま優しい顔を浮かべた。
『読書は減ったけど、その分外の世界を知れたし、僕の作る飯を旨そうに食うから料理の腕は上がった』
くすくすと鈴が鳴る。そうだ、仕方が無い事なのだ、李月の料理はとても美味しい。だから大食いだと言われても、沢山食べてしまうのだ。つられてゼノアスの表情も綻んだ。
『今はお前の昼寝姿がある事に、いつもの日常だっていう安心感を感じてる』
幸せそうな精霊の頭を、犬や猫にするみたく一撫でして。
『もうお前は、僕の生活の一部なんだな』
それだけ呟くと、ふう、と一つ息を吐きソファに腰掛け、何某かのファイルを読み始める。よく本部へ通っては敵のデータを収集している彼の事だから、またオーガに関する資料でも読み漁っているのだろう。
そんな風に彼らしい、いつもの李月の姿がただそこに在って、自分の在り方を認めてくれている事実に、ゼノアスの胸はじぃんと熱くなった。
(『……ここにある本を全部読んだら、李月の全てを知れる……?』)
ずらりと並んだ書籍を見渡す。彼の全てを知りたい、そんな欲求は勿論ある。けれどそれはずるいことだ。当人の意思も伴わないまま、勝手に記憶の内を覗いてしまうことは――。
もうよろしいのですか? と、また見計らったかの様に老紳士が語りかけた。
「……出るぞ李月。ここはやばい」
自制の効かない不安はもとより、老紳士の笑みに僅かな恐怖を覚えて、パートナーの腕を掴むと足早に図書館を後にした。
「ええと……ゼノアス?」
気付けば目を覚ましたらしい神人が、ぱちくりと睫毛を瞬かせてこちらを見ていた。
安堵しつつも、老紳士の説明を信じるなら。李月から見たゼノアスは「もっと自分を知ってほしい、愛する人」だという事になるのでは――。
「何か、読んだのか?」
顔が赤い。じっと見上げてそう言われても、ただぽつりと芽生えた胸の疼きを持て余すばかりで「……お前の偉大さ、だよ」と答えるのがゼノアスには精一杯であった。
●返ス想ヒノ記帳
『ハティの過去はいつかハティを殺すだろうと思った。遠ざけようとした事が間違いだったとは今も思わんが、監視よろしく傍に置いて安心したかったのは俺の都合だ』
『こいつが望まないならこれは害意だろうか。言葉にしない意思があるだろうことは、わかっていても忘れがちだった』
『……だったら何だと腹が据わらない自分に苛立つ。もう決めた事だろうが、望まれなくても俺は』
普段聞く事はないけれど、走り書かれた文体と言葉は非常に相方らしいそれだと思った。
共に暮らす事が彼の都合だけだなんて思った事は無いし、ハティも望んで今の居場所に落ち着いている。むしろ、今更言葉にしなくても解ってくれているものとすら思っていた。忘れがちだったのは、こちらも同じ事だ。
安心したかった、だなんて。安心させられているのは、むしろ――……。
「……リン、この本」
返事がない相手を振り返り、途中で本を閉じる。やはり普段饒舌な相方のこんな状況は落ち着かない。意識は呆としている筈なのに、本の内容に反応するかの様に今にも唇を噛み締めそうだと思って手を伸ばす。自然と伸びた指が、そのつもりはなかったが驚かせたらしい。
「……おおっ? んだよ、びびらせんな」
「…………」
反応が戻った事に、安堵する。唇に伸びた指を引こうとしたら手首を掴まれて『なんでそんなに不安そうな顔してんだよ。何か読んだ?』と問われる。そんな顔をしていた覚えはなかったが、不安に思っていたのは本当だった。
(不可抗力とはいえ、俺ばかり知るのは不公平だな)
俺の意思……何か伝えていないこと……なくはないが……少しの逡巡の後、意を決して話しかける。
「リン、お返しは」
「は?」
唐突に切り出された単語に意図を掴み損ねて間の抜けた返事を返す。話の前後が余りにも繋がらない。なんだっていうんだ、不安な表情をしていたと思えば、突然顔を上げて。心なしか新緑色がきらきらと揺れている気がした。
「聞こえてなかったか。ホワイトデーには何をくれるんだ?」
「ホワイトデー? ありゃお前が貰ってきたもん……じゃねえのか」
バレンタインに『VIENTO』で食事をした時の話だと思い至った。貰ったというチケットは建前にしても、愛する人の為頭を悩ませて珈琲やスプーンを選んだのはハティ自身だ。最もそれをブリンドは知らないのだから、こういった行き違いが起こるのはごく自然なことなのだが。
「……食べただろ」
「おめーそんなこと一言も」
「貰ったとも言ってない、アンタの勘違いだ。アンタが食うことには変わりないし、アンタがそう思ったならそれでもいいと思った。けど……」
話を聞く内に、そーだこいつはそーいう奴だった、と頭が追い付いてくる。まどろっこしい。はっきり物事を伝えない癖に意思は曲げない。そんな不器用はブリンドが相手の時だけだ、という彼の本意が解らなくはない程、お互いの過ごした日々は決して短くないのだけれども。
「……で?」
「いや、特には……」
「……ちょっと待て何か欲しいもんがあったんじゃねえのか?」
何かを強請られているから、こんな話を切り出したのかと思ったのに違うのだろうか。違うんだろう、このとぼけた表情は。
(だったら今更何のためにこいつは……)
がしがしと頭を掻いて次の句を言いあぐねていると。
「リン?」
見遣れば目下の心配げな視線とぶつかるから、つい先に折れてしまう。
「……ねえなら考えとけ」
「本当に? くれるのか?」
確認するかの様に問い返す。意外な返答だった。期待していた自分を自覚すると同時に、ブリンドの調子が戻った事が嬉しくて思わず笑みが零れる。何度も聞くなとばかりに白銀色が睨み返してきた。
「……わかった」
ポーカーフェイスが温かさに触れた時漏れ出るこの笑い方は嫌いじゃないから「14日には間に合わせろよ」と、照れ隠しの代わりに緋色を一つ撫でておいた。
●君想フ記帳
『ラキアが攫われてさ、犯人は教団関係者。すぐ救出に向かったさ』
『オレの大事なラキアを攫うなんて……と、犯人達に超怒りがわき上がった。全力でぶっ飛ばしてやりたかったが、教団員と言えども相手は人間。あまり手荒な事をする訳にもいかない』
『でもでも、超腹が立ったし何よりラキアの事が凄く心配だったんだ。ラキアが麻痺状態にされてたのなら、もっと激しくぶっ飛ばしてやればよかった。と後でチラッと思ったぜ。いや、そんな事するとラキアが悲しむからしないけど』
『ラキアに酷いことする奴には相応の報いを受けて貰う! と思っているのは事実。でも手荒な事はしちゃ駄目だと自重してるぜ』
セイリュー・グラシアとラキア・ジェイドバインの二人に異変があったのは、三階層目での事だった。
ラキアが本を開くと、先日精霊である彼が教団に捕われた時の事が、日記の様な書体で記されている。老紳士の言葉を思い出し相方を振り返ると、本の内容とは裏腹にいつもの人懐っこい笑顔は陰っており、瞳は明後日の方向を見ていた。
他にも気に掛かる本はあったものの、普段とはあまりに違う、静かすぎる神人の姿はやっぱり落ち着かなくて、手を引いて出口の方へと歩き出した。
「ねえセイリュー。あの時、俺は声を出せなくて、何も言ってはあげられなかったけれど」
「…………」
本の内容を思い出しつつ語りかけてみても、これといった反応は無い。けれども気にせず、ラキアは話を続けた。
「君の気持ちは分かってるつもりだった。でも……予想以上に怒ってたのかな。すごく、心配かけちゃったんだね」
普段の依頼時は神人である彼がどんどん前線に出てしまう。パートナーとしてはとても頼もしい事だし、何かあれば直ぐサポート出来るポジションであるとはいえ、見ているこちらはいつもハラハラさせられる。
けれども同じくらい、自分だって神人である彼に心配をかけているのかもしれない。強敵が相手の時はもっと気を引き締めなければ、とも思うし、普段からも身の安全にはもっと気を配らなければ、またあの時の様な事件に巻き込まれてしまうかもしれない。
自覚しなくてはならない事は、いくらでも。……それでも。
「……こんなに君に心配してもらって、少し、嬉しくも感じちゃうな」
つい表情が綻ぶ。申し訳なさよりも嬉しさの方が大きい、なんて言ったら不謹慎だろうか。いつもは優しい君が、俺の為だけに激昂してくれたのだという事――たったそれだけの大きな事で、こんなにも。
ありがとう。一言告げて緩く振り返れば、先程までは反応の無かったセイリューの頬がいつの間にか茹で上がっている。どのあたりから平常時に戻ったのかは分からないが、握っていた手が僅かに動き始めたあたりかな、とラキアには察しがついていたので、躊躇いなくにこりと笑いかけた。
「戻ったかい?」
「……お、おうっ。なんだよ、楽しそうな顔して」
「ふふ、なんでもないよ」
調子が戻った事に安心して手を離しお互い隣に並び歩くと、ラキア! と彼は何か思い改めた様に言葉を掛けてくる。
「その……オレも、ありがとな。お前が二度と傷付く事のないように、頑張るからさ!」
へへ、と照れた様にはにかむ神人とその言葉が可愛らしくて、優しい精霊の緩んだ頬は暫く元には戻らなかった。
依頼結果:成功
MVP:
名前:セイリュー・グラシア 呼び名:セイリュー |
名前:ラキア・ジェイドバイン 呼び名:ラキア |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 梅都鈴里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 02月28日 |
出発日 | 03月07日 00:00 |
予定納品日 | 03月17日 |
参加者
- ハティ(ブリンド)
- セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
- 李月(ゼノアス・グールン)
- むつば(めるべ)
- 咲祈(サフィニア)
会議室
-
2016/03/06-21:24
よろしくね咲祈だ。
…ふむ……階で変わる思い出かい興味深い。 -
2016/03/06-20:06
-
2016/03/06-19:05
全員お初で会うかの、むつばと申す。よろしく頼む。
プランか白紙じゃが、挨拶する。
(エピソード上では)めると会って間もないと思うてるゆえ、これといった思い出はない。
とはいえ、何階まで行くかによって、思い出が違うのか。ふむ。 -
2016/03/05-17:13
-
2016/03/05-17:13
……聞き間違いでなければ貴方たちだけの、と。読めば意味がわかるんだろうか。
-
2016/03/04-17:53
李月とゼノアスです
よろしくお願いします
何だか不思議な場所に来たな
どの階行こうか…