プロローグ
そこは谷底と言うには広すぎて、まるで小さな盆地のようだった。
植物が一切無い谷の岩肌は様々な結晶が埋め尽くすようにむき出していて、太陽の光を反射し様々な色で輝いている。光り煌く空間。その様子を万華鏡の中のようだと言った者もいる。
結晶谷。
この世界の何処にあるか分からない不思議な場所。そこには竜が住んでいる。
「う~ん……」
遠目からは布の塊にしか見えない物体が困ったように呻く。
「どうしてこうなっちゃったかなぁ……」
光と色に照らされながら、布の塊は両手で耳を塞ぎながら首を捻る。
両手を下ろせば、耳に入ってくるのは遊んでいるかのような竜の雄たけび。
「……ちょっと愚痴ってこよう」
布の塊が立ち上がる。
風に煽られて幾重もの布が音を立ててはためく。はためく布の下には、亜麻色の髪と琥珀の瞳の青年のげっそりとした顔があった。
「んん?」
昼休憩にA.R.O.A.職員の女性が入った喫茶店、彼女はそこで上司が小さなテーブル席にいるのを見つけ、声をかけようかと思ったところで動きを止めた。
何故なら、上司の正面に布の塊が鎮座していたからだ。
「寝不足なんだよぉ……今までこんなに一日中興奮してる子なんていなかったよ、何? 何なの? アルバは僕をいじめて楽しんでるの? 勘弁してよぉ……!」
布の塊から弱々しい男の声が聞こえて、それでもってそこに人がいるのだと判断が出来た。どうやら布を幾重にも体に巻いただけの服を着ているようだ。頭を隠す布がずるりと落ちれば、意外にも年若い青年が疲れきった顔をしていた。
「布、落ちたぞ」
「どうでもいい。これ拾えばアルバが大人しくなるなら拾う」
「……大分やられてるな」
上司が大きく息を吐き出したところで、女性職員は思い切って「あのぉ」と声をかける。
「ん、お疲れ。君もここで食事か?」
「はい、そのつもりですが、あの、お連れの方はどうかされたんですか?」
女性職員は上司と話しながらもチラリと布の塊のような青年を見る。比較的整った造作は何とはなしにやつれていて、琥珀の眼が光を写さず澱み、さらにはくっきりと隈が浮き出ている。見るからにヤバイ。
「あー、気にしなくていい、ちょっとした育児疲れだ」
「ねぇ、キミ竜好き? あと香りとか詳しくない?」
「は?」
「オイ、やめろ」
唐突な質問に女性職員は目をぱちくりとさせる。上司が青年を制止するが、青年は問いを発したことにより何か思いついたようだった。
「そうだ……そうだそうだ、食い初めだってウィンクルムに助けてもらったんだからこういう事だってウィンクルムに助けてもらったっていいよね? そうだよね! うん、それでいこう!!」
「オイ、やめろ、ウィンクルムを何だと思ってるんだ」
「何かこう……色々助けてくれる素敵な人達?! 神様ありがとう!!」
「なぁ、お前疲れてるんだよ」
上司が止めるが青年の暴走は止まらない。女性職員に向けて「ちょっと募集ポスター作ってくれないかな?! 内容の詳細はね、ちょっと座って座って! 説明するから!!」と畳み掛ける。
困惑しながら流されるように青年の言う事をメモしだした女性職員は、視界の端で上司が「スマン」と頭を下げているのを見た。
そしてとあるA.R.O.A.支部に、こんなポスターが張り出される事となる。
『アロマストーンを作ってみませんか?
竜の子供にあげるアロマストーンを探しています。
鎮静効果や睡眠作用、リラックス効果等のある香りがいいです。
是非、相応しい香りの石を、アロマストーンを作ってみてください。
お礼に結晶谷へご招待します。そこで竜の子に食べさせてあげてください』
「……あの、これって別にウィンクルムに頼まなくてもいいのでは……」
「前にウィンクルムに助けてもらった事があるから、ウィンクルムならどうにかしてくれるってイメージが作られてしまったみたいでなぁ」
「……あの、依頼主の方は……?」
「医務室借りて爆睡してる」
上司はもう一度、今度はこの募集ポスターを見て応募してくれるかもしれないウィンクルム達に「スマン」と頭を下げた。
解説
●アロマストーン
・素焼きの石に精油をかけたら出来上がりです
・素焼きの石は色々な形があるので、お好きな形をプランに書いて下さい
・何の精油をかけるかプランに書いて下さい
・元気いっぱいに遊んで暴れて泣き喚いてる竜の子を大人しくさせる香りが望ましいです
ちなみに香りに関しては人間への作用、効果と同じみたいです。
・参加者全員一緒にA.R.O.A.支部の会議室で作りますが、全員で協力して作っても、それぞれで作っても、どちらでも構いません
●結晶谷
・アロマストーンが作れたら、青年がお礼に『結晶谷』へ招待してくれます
・え、どうやって行くのか? それは勿論、ねぇ?
青年「高所恐怖症の方は辛いかもしれませんねぇ」
・そこで大型犬位の大きさの竜の子供にアロマストーンを食べさせてあげてください
●素焼きの石と精油代
・しめて300Jrいただきます
ゲームマスターより
寿ゆかりGM主催のイベント【薫】エピソードの一つです。
覚えがある方もいらっしゃるかもしれない竜の子と変な青年です。
いい香りの石を作って、滅多にない生物との邂逅を楽しんで下さい。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
月野 輝(アルベルト)
竜の子ってどんな感じ?やっぱり大きいのかしら もし抱っこできそうならしてみたいわね きっと可愛いんじゃないかと思うの ■アロマストーン 竜の子にあげるのよね だったら丸いのがいいんじゃないかしら 尖ってると危ないものね 綺麗な球体の石を選んで、次は精油ね リラックス効果はカモミールが有名だけど… 子供だし、ミモザの方がいいかもしれないわね レモンの香りをちょっとブレンドすると爽やかでいいかも ふとアルのを見て思わず笑顔 なんだかんだ言って優しいんだから ■竜の子 こんにちは あなたに贈り物を持ってきたの 貰ってくれないかしら? そっとストーンを差し出して 食べてくれたら安心してニッコリ ね、アル とても可愛いわよね また会いに来たいわ |
夢路 希望(スノー・ラビット)
ポスターに興味津々 あの…えっと…い、一緒に行きませんか? 伺いには赤面しつつ …し、してくれますか? アロマストーン作り: そうですね…好みもあるので一概には言えませんが 睡眠作用やリラックス効果で聞くのはラベンダーやサンダルウッドでしょうか<アロマ では私はハート形の石にラベンダーの精油を 気に入ってもらえるといいな 結晶谷: 高い所は多分平気 速度あれば怖くて彼の手をぎゅっと (大丈夫、大丈夫、大丈夫っ) 落ち着いたら赤面 竜の子: 青年さんにお名前尋ね 呼んで反応あれば初めましてとご挨拶 これ、お口に合うといいんですが(アロマ石差し出し 叶えば軽くスキンシップ<動物学、メンタルヘルス ふふ、可愛い 貴重な体験ができました |
水田 茉莉花(八月一日 智)
当たり前です、ほづみさん しかも今回は竜の子どもを落ち着かせるって目的があるんだし 食欲のでる香りじゃ余計元気になっちゃうでしょ! といっても何だろう、落ちつく匂いって… ほづみさんナイス、それで行きましょ 石の形はお星様 できた石はあたしが持つわ…え?移動手段って(固) 竜の子どもでも、保育のスキルって生かせるかしら? お昼寝の時 寝つかせるのに眉間を撫でたり、耳をなでたりするけど それ、通用するかなぁ?(角の近くをなでてみる) ほづみさんもやってみます? あたしは赤ちゃんみることもできますよ 米袋くらいの子を抱えて暫くあやしたりできますし… 【あ、あれっ、この話題ってちょっと、誤解される?】 ほ、保育士時代の話ですっ! |
ユラ(ハイネ・ハリス)
いや~懐かしいなぁ結晶谷 アルバも元気そうで良かった!ちょっと元気すぎてるみたいだけど… モノは試しだよ~人助けになるんだから、たまには働いてよ神父様 石:花(可愛いから 精油:ヒノキ 話を聞く限り、それだけ暴れてるなら本人(竜?)も結構辛いと思うんだよね 自覚ないかもしれないけど これで少しはリラックスして眠ってくれればいいなぁ 何で魚…?どっちかっていうと肉食なイメージだけど そう…だね…(深く考えちゃだめだ 結晶谷への行き方?ふふ、内緒だよ ハイネさん、大丈夫?生きてる?? 高い所ダメとか知らなかった、ごめんね 少し休憩していいよ、いい景色だし アルバ、久しぶり!覚えてるかなぁ 元気なのはいいことだけど、ほどほどにね |
■参加しますか?
張り出されたポスターの前に、何組かのウィンクルムが足を止めた。
「竜の子、ですか」
ポスターを見ながら小さくポツリと呟いた『アルベルト』に対し、『月野 輝』はわくわくした様子で口にする。
「竜の子ってどんな感じ? やっぱり大きいのかしら」
ただの疑問と想像から口をついて出た問いは、その場にいた別のウィンクルムにより答えを得る。
「普通の竜よりは小さいよ~大体大型犬位の大きさかな」
答えたのは『ユラ』だ。
「いや~懐かしいなぁ結晶谷」
まさかの回答に驚く周囲を気にせず、ユラは一人訳知り顔の笑みになる。
「アルバも元気そうで良かった! ちょっと元気すぎてるみたいだけど……」
あ、アルバってこの竜の子供だよ、と隣にいる『ハイネ・ハリス』に説明すれば、ハイネはユラをまじまじと見て答える。
「竜が実在してる事にも驚きだけど、君がそれと知り合いなのも驚きだ」
少し得意げに笑うユラは、過去に結晶谷へ行き、この竜の食い初めにアメトリンを与えたことがあったのだった。
「というか、そもそも竜にアロマとか効くのかね?」
「モノは試しだよ~人助けになるんだから、たまには働いてよ神父様」
「神父じゃないってば……まぁいいけど」
こうしてハイネは参加を決意した。
そんな二人の会話は周りにいたウィンクルムの耳にも聞こえてきて。
(興味はありますが……)
一人思案するのはアルベルトだ。自分の中にある興味が優しさなどではなく、希少生物への学術的な興味だった為、そんな自分が引き受けていいのか少し考えたのだが。
「アロマストーンをあげるって、直接かしら?」
「だと思うよ~食い初めの時も直接あげたし」
輝はユラからの返答に笑顔でアルベルトを仰ぎ見る。
「もし抱っこできそうならしてみたいわね。きっと可愛いんじゃないかと思うの」
既に行く気になっている輝を見て、アルベルトは小さく笑んで自分の逡巡を消し、「そうだな」と返した。
参加を決意していくウィンクルム達の横で、もう一組、そわそわとしているのは『夢路 希望』と『スノー・ラビット』だ。
ポスターを見た時から希望は興味津々だったし、スノーもまた、ノゾミさん好きそう、と思っていたのだ。そこへ聞こえてきた実際に行って触れ合ったユラの言葉である。
スノーがチラリと希望を見れば、その目は普段よりきらめいて見えた。だから誘う為に希望に声をかけようとした瞬間。
「あの……えっと……い、一緒に行きませんか?」
希望がスノーの方を振り返り、声をかけてきたのだ。
出鼻をくじかれた形になったスノーは、けれどすぐほんの少し悪戯っぽく微笑む。
「……それはデートのお誘い?」
自分の発言の意味に気付き、希望は一気に顔を赤くする。それでも取り消すことはなく、スノーの目を見つめ、重ねて言う。
「……し、してくれますか?」
希望の頬を染めての可愛らしい願いをスノーが断るはずもなく。
「勿論、喜んで」
スノーは心からの笑顔で答えた。
■アロマストーンを作りましょう
A.R.O.A.支部の中にある大きめの会議室を使ってアロマストーン作成が始まった。
「んあー、匂いってなにやったらいいかわっかんねぇ」
長机にずらりと並べられた様々な形の素焼きの石と、様々な香りの精油。それを見てぼやいたのは『八月一日 智』だ。
「んまいモンの匂いじゃダメなん、みずたまりー?」
「当たり前です、ほづみさん。しかも今回は竜の子どもを落ち着かせるって目的があるんだし、食欲のでる香りじゃ余計元気になっちゃうでしょ!」
智の提案をピシャリと切ったのは『水田 茉莉花』で、けれど彼女も、うーん、と首をひねる。
「といっても何だろう、落ちつく匂いって……」
二人とも特別に香りに詳しいわけではなく、どんな香りがいいのか思いつかない。
「食後のドリンクに、カモミールティー出す所あったよな。あんな感じで良いのか?」
ふと、思い出したように智が言った。
「ほづみさんナイス、それで行きましょ」
茉莉花はそれに飛びつき、二人はカモミールの精油を選ぶ。
カモミール・ブルーとカモミール・ゴールド。その精油で一つずつ作る。
「石の形はお星様で、と」
掌に乗る大きさの石に、それぞれの精油をポタリと数滴落とした。
「話を聞く限り、それだけ暴れてるなら本人? 本竜? も結構辛いと思うんだよね。自覚ないかもしれないけど」
ユラは花の形の石を選びながら言う。そしてそのまま、あまり迷わずにヒノキの精油を選んだ。
「これで少しはリラックスして眠ってくれればいいなぁ」
言って、隣で同じように精油を垂らしているハイネの手元を覗き込む。
ハイネが選んだ香りはネロリ。そして選んだ石の形は。
「何で魚……?」
「竜って、魚食べてるイメージない?」
可愛らしくデフォルメされた魚の形の石。そこへ精油を染みこませたハイネは、当たり前のように答える。
「どっちかっていうと肉食なイメージだけど」
「そう、きっと参考文献の違いだね」
「そう……だね……」
そういう問題だろうか。そうは思ったけれど、深く考えちゃだめだ、とユラは思考を放棄した。
「リラックス……」
スノーは並んだ精油の小瓶をじっと眺め、どれが竜の子供に相応しいのか希望と相談していく。
「僕は甘いのとか果物の香りが好きだけど、どういうのがいいかな?」
「そうですね……好みもあるので一概には言えませんが、睡眠作用やリラックス効果で聞くのはラベンダーやサンダルウッドでしょうか」
二人はその二瓶を取りだす。
「では私はハート形の石にラベンダーの精油を」
「僕は満月みたいな円形の石にサンダルウッドの精油」
それぞれ選んだ石に選んだ精油を数滴落とす。ふわりと香りが広がる。
(……おじいちゃんおばあちゃんのお家でする香り?)
サンダルウッドの香りになんとなく懐かしさを感じたスノーは納得したように微笑む。
「確かに何だか落ち着く」
「よかった」
希望はラベンダーの香りを纏った石を手に取り、「気に入ってもらえるといいな」と微笑んだ。
「竜の子にあげるのよね、だったら丸いのがいいんじゃないかしら。尖ってると危ないものね」
輝が食べやすさを考えて綺麗な球体の石を選ぶと、アルベルトもそれを見て似たような形の石を選ぶ。
「次は精油ね」
「香りには詳しくないのだが……」
医者であるアルベルトは香りが医学的効果を出すことは知っているが、精油一つ一つの詳細な効能となると話は別である。
「そもそも竜に人間や精霊と同じ効果は期待できるのか……」
そこもまた引っかかるところだ。
「大丈夫ですよ。同じ効果があるみたいです」
精油や素焼きの石を用意したA.R.O.A.職員がアルベルトの疑問に答える。それならば、と改めて輝とアルベルトは考える。
「リラックス効果はカモミールが有名だけど……」
輝は対象の事を思い、精油を幾つか手に取り考える。その間にアルベルトは足りない知識を補うように精油を片っ端から嗅いでいく。
「うん、子供だし、ミモザの方がいいかもしれないわね」
そして輝がミモザを選んだと同時に、アルベルトも一つの香りに辿り着いた。
(子供は甘い物が好きだし、これがいいのではないだろうか)
選んだのは、バニラ。
「ミモザに、うん、レモンの香りをちょっとブレンドすると爽やかでいいかも」
「輝、これはどうかな」
選んだ精油にもう一工夫、と考えていた輝に、アルベルトが選んだ精油を見せる。
「いいと思うわ。そうだ、アルもブレンドしてみる? バニラならオレンジとかいいんじゃないかしら」
なるほど、とアルベルトはオレンジの精油を探す。
竜の子供の事を考えて甘い香りを選び、輝の助言を素直に聞いて、そしてより良い香りにするための配合を真面目に考えているアルベルトの横顔を見て、輝は思わず顔をほころばせる。
(なんだかんだ言って優しいんだから)
詳しくない、と一歩引いたような態度をした彼はどこへやら。輝はおかしそうにクスクスと笑う。
それに気付いたアルベルトには、何故笑っているかは分からないが、自分の事で笑っている事は分かった。
だからこそ、仕返しのようにブレンドした香りの小瓶を持ち上げ、ニッコリと笑う。
「輝の香りに近いな、これは」
言われて、輝は一瞬ぽかんとして、すぐに顔を赤くして訴える。
「な、何言ってるのよ!」
アルベルトは怒り口調の輝に近寄り、頭にキスをするように近づけ、フッと笑う。
「シャンプーの香りかも知れない」
「……ッ馬鹿」
その近さ、突然さ、そして間近に迫った体温と声に。
輝はただでさえ赤かった顔を真っ赤にさせて、つい最近『またどこかに泊まりに行くか?』と誘われた事を思い出していた。
■結晶谷へ
出来上がったアロマストーンを持ったウィンクルム達は、A.R.O.A.職員にバスに乗せられ、山の方へと異動する。
「ところで、どうやって行くか君は知ってるんだよね?」
まさかこのままバスに乗って到着ではないだろう、と考えたハイネが尋ねる。
「結晶谷への行き方? ふふ、内緒だよ」
「……ま、予想はつくけど」
楽しそうな様子のユラに、ハイネは小さく息を吐いた。
山と山の間の少し開けた場所でバスは止まる。
「できた石はあたしが持つわ……え?」
てっきり到着したのかと考えた茉莉花が智から石を受け取りながらバスを降りるが、そこで見た光景に固まる。
「いやぁ、皆さんありがとうございます」
バスが到着したそこには、どこかスッキリした様子の青年が立っていた。
その青年の後ろに、薄い黄色の鱗の全長にして15メートルの翼竜が寝そべっていた。
「まさか、移動手段って」
茉莉花は呆然と呟く。続いて降りてきた者達もこの光景を見て呆然と佇む。
全員降りてきたのを確認して、青年は微笑みながら尋ねる。
「えー、皆さん高いところは大丈夫かな? ちょっと飛ぶけど」
言われて、ハッとしたように希望とスノーが平気だと答え、他の者も同意する。それを見て「それは良かった」と青年は笑う。
寝そべる竜の背から下りている縄梯子で登ると、そこには鞍というには頑丈すぎる座席が置かれていた。
車の中身だけ取り出したような椅子に足を固定する器具、身体を押さえつけるベルト。座席の前には『これを掴んでください』と言わんばかりのバーまである。さらに、椅子には毛布が置いてあり、それを巻き付けろという指示。
「おや、以前お会いした方もいますね。この前はどうも。それじゃあ皆さん、落ちて死なないように気をつけてくださいねぇ」
全員が用意できたのを確認した青年は、皆とは別の一人掛けの席に座り、その場に響き渡るような強い大きさでピュイッと指笛を吹いた。
竜の体がのそりと動く。グラッと大きく揺れたかと思うと力を溜めるように沈み、次の瞬間、物凄い重力がウィンクルム達全員を椅子の背もたれに押し付ける。
「ッ!!」
叫び声さえ奪われる一瞬の圧力。
竜が一気に飛び上がったのだ。
大きな翼が大きく羽ばたく。羽ばたきに合わせて飛ぶスピードが上がる。直角に近い角度で上がっていく。角度とスピードが上がればかかる重力もあがっていく。背もたれに押し付けられ動けなくなっていく。
予想だにしなかった速さと重力に、希望は無意識にすぐ近くにあったスノーの手をぎゅっと握る。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫っ)
希望は心の中で叫びながら必死に強風と重力に耐える。勿論、他のウィンクルムも。
地面が遠くなる。風も重力もかかり続ける。その状況に耐えて、周りが白くなり、何も見えなくなって、体も冷たくなってきた頃。
「さぁ、空です!」
青年の声が響いた。
視界が開けた。
そこに広がっていたのは透き通るような水色。そして白。
雲の上を飛んでいた。そして、水平で緩やかな飛行に切り替わった。
「……あ」
ふと、自分がスノーの手を強く握っていたことに気付き、希望は顔を赤くしてパッと手を離す。
「まだ握ってていいのに」
離れてしまった温もりを残念に思いながらスノーが言えば、希望は更に顔を赤くしてしまった。
「っ……!」
「お?」
声も無く隣に座るパートナーの腕にしがみ付いたのは茉莉花だ。その視線は下に広がる触れそうな雲海から外せずにいる。
ぎゅうぎゅう、むにゅう。
(うおおおお?)
智の右腕に広がる幸せの感触。柔らかヘブン。
茉莉花は恐らく高いところが苦手なのだろう。可哀想に。そう思いながらも智の顔は緩みに緩みきっている。
(イヤー、みずたまりが高いとこ苦手なの初耳だわー、抱きついてきてるから右腕の感触最高だわー)
怖さを誤魔化す為に智の腕にしがみ付き、更に体を寄せる茉莉花。それを特に宥めることもせずそっと黙って堪能する智。だって離れられちゃったらつまんないし。
デレデレと鼻の下をのばす智は、優雅な空の旅をではなく柔らか感触を楽しんだ。
■正しい竜のあやし方
ウィンクルム達を乗せた竜は、雲の上を暫く進んでから今度は急角度で急降下した。
そして辿り着いたのは、結晶谷。
竜は出発の時とは逆にゆっくりと地面に降りた。広い谷底は盆地のようで。草木は一切無く、岩肌と地面がむき出しになっている。
その岩肌が、七色に煌いている。
結晶谷、というその名の通り、様々な結晶が顔を出しているのだ。
そんな中で意識をしっかりと取り戻したのはハイネである。
「ハイネさん、大丈夫? 生きてる??」
道中のあまりの衝撃に無言のまま落ちていたのだ。
「高い所ダメとか知らなかった、ごめんね」
「いや、高所恐怖症ではないんだけど、さすがにあの速度は予想以上っていうかなんていうか……」
ぐったりとしたまま答えるハイネは、まだ動き出せそうに無い。
「少し休憩していいよ、いい景色だし」
気を使ったユラの言葉に、確かに、と辺りを見回す。
キラキラと光り輝くこの光景はまるで夢の中のようだ。古い物語の中のようだ。
「ねぇ、このアロマストーン、自分で使っちゃダメかな。僕の方こそ、心落ち着けたいんだけど」
きっとこんな中でいい香りを嗅いだら最高の気分だろうと思っての提案は、ユラの笑顔での「駄目」の一言で却下された。
それならばもうもうさっさと済ませて帰ろう、と何とか立ち上がる。
青年を先導に暫く歩くとキューキューと元気な鳴き声が聞こえてきて、青年の顔が笑顔のまま青褪めた。
「キュー!!」
「今はお昼寝の時間のはずなんだけどなぁ?!」
ギューン! と飛んできたのは、朝焼けの空を閉じ込めたような薄紫の鱗を持った子供の竜。
「アルバ、久しぶり!」
青年の腹を目掛けて飛んできた子供の竜は、自分の名を呼ぶ声に気付くと、青年にぶつかる手前の空中で急ブレーキをかけ「キュイ?」と振り返る。
「覚えてるかなぁ」
アメトリンあげたんだよ~、とユラが笑顔で告げれば、アルバと呼ばれた子竜も思い出したのか、「キュー!」と嬉しそうな声をあげてユラへと方向転換する。
両手を広げたユラにぶつかるように飛び込んでくると、そのままキュイキュイと鳴いてユラに擦り寄る。
「あはは、やっぱりくすぐったいよ」
久しぶりの邂逅を楽しんだユラは早速作ったアロマストーンをアルバの鼻先にさし出す。
さし出されたアロマストーンをふんふんと嗅ぐと、アルバは宝石のような目を細めて嬉しそうに「キュイ」と鳴いた。
「元気なのはいいことだけど、ほどほどにね」
ユラの言葉に答えるように、アロマストーンの香りを嗅いでカリカリと食べ始める。それを見たハイネもそのままユラの手に魚型の石を乗せて食べさせる。
「やれやれ」
これで帰れる、と思ったところで、帰りを想像して考え込む。行きの道程がああだったのなら、恐らくは帰りも同じだろう。
「……僕、ここに住もうかな」
そんな現実逃避のような提案も、ユラの笑顔での「駄目」の一言で却下された。
ユラ達の様子を見ていた希望は、改めて青年に「アルバ君でいいんですよね」と確認し、アロマストーンを食べ終わった子竜の前に立つ。
「アルバ君、初めまして」
「アルバ君、初めまして、僕達もアロマストーンを持ってきたんだ」
希望とスノーの声にアルバは顔を上げて二人を覗き込む。
「これ、お口に合うといいんですが」
「よかったら、これもどうぞ」
アルバは二人がさし出したアロマストーンも鼻をすり寄せて嗅ぐ。「キュう」と嬉しそうに鳴いて、そして食べ始めた。
夢中で食べているアルバに、希望とスノーは顔を見合わせて笑う。
希望とスノーは、満足そうにしているアルバの頭を一緒にそっと撫でれば、アルバは気持ち良さそうに揺れる。
「ふふ、可愛い」
撫でられていたアルバは、不意に希望達の隣にいる輝達に、正確には持っているアロマストーンに気付いて近づいていく。
「貴重な体験ができました」
はふ、と満足げに息を吐き出すと、もう一度「可愛かった」と感想を零した。
「本当、可愛い」
スノーも続けて言う。そして希望に顔を寄せて、他の人には聞こえない声の大きさで囁く。
「その子もノゾミさんも」
希望の顔がまた赤く染まったのは、言うまでも無い。
ふんふんと近づいてくるアルバに、輝は目を合わせて「こんにちは」と挨拶をする。
「あなたに贈り物を持ってきたの、貰ってくれないかしら?」
アルベルトの分のストーンも合わせて、二つのアロマストーンをさし出せば、アルバはそのままふんふんと鼻を鳴らして更に近づく。そして、暫く香りを堪能した後、「きゅう」と幸せそうに食べ始める。それを見て、輝はほっとしてニッコリ笑う。
「ね、アル。とても可愛いわよね」
モキュモキュ口を動かしているアルバを、輝はそっと抱きしめる。
「また会いに来たいわ」
微笑む輝に、アルベルトもまた微笑む。
「そうだな、今度は竜が成長した姿を見られるといいな」
ユラ、希望、輝のアロマストーンを食べてきたアルバは、元気に叫んで飛び込んできたはじめの様子が嘘のように大人しくなっていた。
茉莉花は考える。
「竜の子供でも、保育のスキルって生かせるかしら?」
元保育士にして現役の保育所勤務の茉莉花だからこその思考だ。
「お昼寝の時、寝つかせるのに眉間を撫でたり、耳をなでたりするけど。それ、通用するかなぁ?」
言って、角の近くを撫でてみる。すると「きゅ~」と気持ち良さそうな声が漏れた。通用しているようだ。
「ほづみさんもやってみます?」
「へ? 身体撫でてやればいいのか?」
撫でちゃいけない場所とかあるのか? と青年に聞けば、顎の下だけは触らないで欲しいとのこと。なので智はそこを避け、茉莉花と同じように角周りを撫でてみる。
「はい、どうぞ」
撫でながら二人はアロマストーンをさし出す。アルバは香りを嗅ぎながら食べ始めた。
「ん、おお?」
食べ終わっても香りのついた茉莉花と智の手をぺろぺろ舐める。舐めて、舐め続けて、そしてそのまま智に寄りかかり。
「待て待て待て!」
「きゅぅ~……」
吐息のような鳴き声をあげ、すやぁ、と眠りについた。
「重い重い重い!」
智にずっしりと全身を預けながら。
ぐっすりと眠っているアルバを見て青年は感涙している。
「……竜とはいえ、ちびっ子の面倒みるのは体力いるなぁ」
最後に力仕事をした智は、「留守番しているチビ精霊の世話でわかってたつもりだったけど……」とぼやく。
それに対し、茉莉花は大した事無いと言わんばかりに「あれ位楽勝ですよ」と言った。
「あたしは赤ちゃんみることもできますよ。米袋くらいの子を抱えて暫くあやしたりできますし……」
茉莉花はただ事実を述べただけだった。
けれど受け取った智の方は。
「……確かに、生まれたての赤ちゃんって三kgくらいだよな……」
少し顔を赤くしてぽりぽりと頬をかく。その様子を見て、茉莉花もハッと気付く。
(あ、あれっ、この話題ってちょっと、誤解される?)
「あのー、みずたまりー、それって……」
ちらり、視線を送ってきた智は、まるで二人の未来の予定を言われた気がしたのかもしれない。
―――そんな、つもりは、別に!
「ほ、保育士時代の話ですっ!」
顔を真っ赤にさせた茉莉花の声が結晶谷に響き渡る。
けれどそれも心地良く聞こえたのか、アルバは幸せそうに眠ったまま「きゅぃ」と鳴いた。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
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---|---|
マスター | 青ネコ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 02月19日 |
出発日 | 02月26日 00:00 |
予定納品日 | 03月07日 |