君と一緒に進む一歩(雨鬥 露芽 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ


それは、あるホテルの一室だった。
外観は寂れていて、周りには他の建物がない。
ロビーも薄暗く、電気が点いたり消えたりする。

しかし任務の帰り道。
とても遅くなった上に外は大雨。
先程も言った通り、他の建物が周囲に一つもない。
仕方なく泊まる事にした。

受付に行くと、とても陰気な雰囲気の女性が出てきた。

「大変申し訳ございませんが、現在ツインの1室しか空いておりません」

何故このタイミングで……。
いや、皆この大雨に降られ部屋を借りているのだろう。
文句を飲み込んでその1室を借りることにした。

受付の女性が渡してきたのは、一つの腕輪だった。
シルバーでできているように見え、民族的な模様が掘られている。

「部屋の鍵はこちらの腕輪になっております。身に着けた方しか扉を開けられません。
 水に濡れても平気ですので、チェックアウト時まで腕に着けていてください」

不思議なホテルだとは思った。
仕方なく一人が腕輪を身に着け、腕輪に書かれた番号の部屋に向かう。

扉の横にはおかしな形の穴が空いていた。
腕輪をはめたままドアノブに手をかけると、腕輪がカチャリとその穴に入る。
なるほど、腕輪をはめた状態でドアノブを回す必要があるのか、と納得。

扉を開けてみれば、とても寂れた外観からは想像できない綺麗な一室が二人を迎えた。
壁には腕輪に掘られた模様のような柄、そして天井にはデザイン的な照明。

そしてとにかく広かった。
ダンスでもできそうな広さだ。
部屋の中にあるのは必要最低限のものだというのに、余分過ぎる。

まぁ、広いに越したことはないのかもしれない。
疲労が溜まっていたこともあって寝支度をささっと済ませてベッドに入った。


●腕輪を身に着けた者
目が覚めた。
嫌な夢を見た。

まるで昔を思い出させるような……――

気を紛らわそうと、起き上がった。
隣を見れば、パートナーの姿が見える。
あぁよかったとどこか安心した。

しかし、そこに広がる景色が夢と同じである事に気付いた。
あの時の痛み、あの時の苦しみ、あの時と同じ景色。
それが再現された自分の周り。
現実か、夢か、わからない。

何故?

呆然とした。

あの時とは違う。
今、成長した自分がいる。
今なら、越えられるかもしれないのに。
もうあの頃とは違うはずなのに。

恐怖で身体が動かなかった。


●支える者
どれくらい寝ただろうか。
少しだったかもしれないし、何時間も経っていたかもしれない。

何故だかあまり寝た気がしない。
苦しそうな声で目が覚めた。

起き上がってみると、自分のパートナーが立っている。
寝ぼけているのだろうか。どこかふらついている。

段々と目が冴えてきて気付いた。
部屋の電気がついている。
そしてそれは、寝る前に見た普通の色ではなかった。

――何だこの色は――

そして目の前に見える不思議な景色。
ここは部屋の中ではなかったのか?
見回しながらパートナーに声をかけ、ハッとした。

これは、パートナーの過去だ。

恐怖に怯えるパートナーの背中。
一体何が起きているのかはわからない。

ただ、パートナーを救わなければ
心が壊れてしまうかもしれない……――

解説

■目的
成長した自分で、過去と戦え


■PC情報
・完全個別
・仕方なく泊まったホテルで夜中に目が覚めたところ
・宿泊料300jr

●腕輪してる方
・一番再現されたくない過去が再現

●腕輪してない方
・パートナーの過去を体感



■再現
●過去
過去は腕輪を身に着けた側のものになります。
傷ついたことやトラウマ、挫折や後悔などマイナスなことのみが再現。

身体を動かすことも可能です。
パートナーの行動や声も届きます。
二人でその世界にいると思って下さい。

再現された物に触れることはできませんが、過去の対象と戦う意思を持ち、自身が持つビジョンが変わってくると結果が変わってきます。
※PCは意思でどうこうできると気付きません。


●色
その過去を印象付ける色が部屋のライトで再現されます。



■ホテル
過去とのやりとりが終わると、内装などは全て消えボロボロのホテルが残ります。
人は一人も見当たりません。
腕輪もなくなります。


■プラン
※行動によってはマスタリングが入り失敗する恐れもあります。

●腕輪を見に着けてる人
・色
イメージの色を一色選んでください。
細かい指定があればどうぞ(『海の底のような青』や『血のような黒い赤』等)
虹色や複数の色は駄目です。二色もだめです。(○黒い赤×黒と赤)
お任せの人は頭に☆マーク入れてください。

・過去の内容
二度と対峙したくないと思っている辛い過去が再現されます。
何が怖いのか辛いのか、何が原因なのか、誰がいるのか、どんな状況か、書いておいてください。
特に何が一番駄目なのか、何を求めているのかあるとずれが少ないかも。


●アドリブあるかもしれません
嫌な方はプランの頭に×

ゲームマスターより

どうも雨鬥露芽です。
暗い話です。

今はもう大丈夫だってわかってるのに、対峙してしまうと起きる恐怖。
でも隣には信頼のできるパートナーがいるんです。
何か、変わるでしょうか。
変わらないんでしょうか。
何が待っているんでしょうか。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

エリザベータ(ヴィルヘルム)

  急に態度変えられてどう接すればいいのやら…さっさと寝よ

赤い光に困惑と嫌悪
対面に見える金髪の清楚そうな女、雑誌で見た気が…?
それより怯えるウィルが気になる
あんな顔初めて見た

女の罵詈雑言が聞くに堪えない
(…これが女性不信の原因か?
動揺するウィルの頬を殴りつけ

約束(E13)覚えてるか?
あたしのこと、結局同じだって思ったのか…?
…じゃあ、なんで辞めるなんて言ったんだよ…!
今まで通りで、よかったじゃないか!!
感情が昂り涙が溢れる
手が少し痛いけどそれ以上に胸が苦しい


昔の…ね
手は少し赤くなってた
泣きそうな顔が見えて
(言葉が変わっても、優しいのに変わりないよな
握られた手で殴った頬を撫でる
大丈夫、大丈夫だから


かのん(天藍)
 
抜けるような空の青

過去
墓地で両親を埋葬した直後
1人墓標の前
どこからか聞こえる楽しげな親子の会話
つい数日前まで私も両親と普通の平和な日常を過ごしていたのに
取り残された孤独

天藍の指が触れた事で我にかえる
心配そうな彼に大丈夫と伝える
古傷が痛むように思い出してしまうのかも

あの時ずっと1人だと思い込んでいた
でも今はそうじゃない事を知っている
天藍が傍にいてくれる共にある事の安らぎを思い出させてくれた
新たに知り合った友人達もウィンクルムとして過ごしてきたからこそ

不可能だと諦めるため始めた薔薇の育種
今は本当に咲かせて墓前に飾れたら
両親が戻る奇跡を願うのではなく
大切な人と出会ってちゃんと暮らしていると伝えたい


ニーナ・ルアルディ(カイ・ラドフォード)
 
ここは私の家…?
あの、カイ君、私達どうしてこんなところに?
ホテルにいたと思ったんですけど…

カイ君、震えてる…?
とにかく両手を取って落ち着かせます。
手、あったかい…ああ、そうだったんですね。
あの時、ずっと泣いている私と手を繋いでいてくれたのは…

辛い過去も、私の大切な思い出の一つなんだって気付いたんです。
もう何があっても手放したりなんてしません。
昔とは違って、こうやって私のことを支えてくれる人が二人もいるんです。
カイ君、今まで守ってくれてありがとう。
私はもう大丈夫。
カイ君が今までそうしてくれていたように。今度は私がカイ君の心を守りたい。

えっと、何て言えばいいんでしょうか…ただいま、カイ君。


スティレッタ・オンブラ(バルダー・アーテル)
  白…
貴方が黒ばっかり着ているのって、ひょっとして…

あのね
貴方は狂ってなんかいないし、強い人よ
今でも戦う為の牙をちゃんと持っている

…それに。私が傍に居て、貴方の話を聞くのは不満かしら?
クリスマスの時言ってくれたじゃない
お前は仲間だ。傍に居て欲しいならいる。聞いて欲しいことがあるなら言えって
仲間なら私も同じことしなきゃ
どんな強い人間だって傷付くものよ
辛いなら辛いって言って
それでまた戦えるようになりましょ
身を守って貰ってるんだもの
私が貴方の心を守らなきゃ、イーブンじゃないわ

弱みなんて気にしなくていいのに
ホントに利用するならとっくに騙してるわよ
嫌うなら後で嫌ってくれればいいわ
…でも、今は一緒に居させて


●青
 突き抜けるような青。
 天を仰いだ空の色。
 爽やかなのに、悲しい気持ちにさせる色。

 そんな色に纏われて
 かのんは、立っていた。

 たった一人で残った墓の前。
 この下には、両親がいる。
 まるで生と死の境界線。
 さっき、さよならを交わした。

「おとうさーん」

 遠くから声が聞こえる。
 父親を追いかける小さな子供。
 私の手からはなくなった温もりを、他の人達は感じられるのに。

「ねえお母さん、今日帰りにパフェ食べてこうよ」

 母親と話す学生の会話。
 楽しそうな、会話。
 ほんの数日前まで、自分も両親と普通の生活をしていたのに。
 平和な日常が、突然に崩れ落ちた。

 浮き彫りな空間。
 取り残された自分。
 悲しい、寂しい、切ない。
 立ち尽くすことしか、できない。

 孤独――

 急に襲った絶望感。
 消えてしまいそうな、消えたくなるような、そんな気持ちに包まれる。
 故に影が迫る。
 後ろから、全てを覆うように。

「――」

 息を飲んだ。
 伸びた手は、ぎこちなくかのんを抱き寄せる。
 ふっと、自分が今違う時間を生きていると思い出した。
 温もりが、ここにあった。

「大丈夫」

 その手の主、天藍を見れば心配そうな顔。
 安心してほしくて伝えた言葉。
 そんなかのんの笑顔を見て、天藍は少し力を強めた。

「無理しなくて良い」
「無理なんて……」

 痛くないわけではない。
 事実、あの時は本当に寂しかった。
 独りだった。

 天藍にだって、伝わっていた。
 まだ親の下で、沢山の人達に守られて暮らすのが普通だったはずの年頃。
 急に1人で生きていく事になり、生活の責任が全て自分の肩にのしかかった。
 さっき見ていた背中はとても儚くて、触れられるのかすらわからないほど。

「少しだけ思い出してしまうこともあります」

 ちくりと、古傷が痛むように。

「ずっと、この色を求めていましたから」

 地平線に溶けていく青いグラデーション。
 そんな色を、かのんは求めていた。
 あの時の空の青さを。

 かのんは、庭仕事を学ぶようになって青い薔薇の花言葉を知った。
 不可能と奇跡――
 そんな単語に、想いを馳せた。

「咲かせたら、両親が戻ってくる奇跡が起こるのではないかと……」

 そんなことを思い浮かんだ自分が嫌で
 咲くはずがないと思いながら、咲かないでほしいと思いながら、心のどこかでは求めていた。
 両親と別れを告げたあの日の、澄みきった空の色。
 自分の記憶と重ねるように、幻想を追い求めて。
 そうして過ごしていた自分の前に現れた、一つの名前を持った男。

「天藍の名が、異国の空色の名そのままで、何の偶然かと思いました」

 そしてそれは、一つのきっかけに繋がった。

「あの時は、本当に一人だと思ってましたから……」

 帰って来て欲しかった。もう一度家族で笑い合いたかった。
 誰もいなかった。誰にも頼れなかった。
 だからこそ戻って来て欲しかった。

「でも、今はみんながいてくれます」

 かのんは、天藍の手に触れた。
 だけど、今はこの手のぬくもりがある。傍にいてくれる。
 天藍がその安らぎを、思い出させてくれたから。
 偶然か必然か、求めていたものと同じ名前を持ったその人が。

 そして今自分の周りにいるのは天藍だけじゃない。
 ウィンクルムと過ごしたからこそ出会えた沢山の友人がいる。
 だから思う。

「薔薇の育種、最初は諦めるために始めましたけれど」

 不可能だと思い知らされたくて。
 自分の希望を摘みたくて。
 だけど、今は違う。
 変わった今、求める理由は変わる。

「今は、本当に咲かせて……、そして墓前に飾れたら」

 それは不可能を現実に変えるためではなく
 両親が戻る奇跡を願うためではなく
 伝えたい事を、伝えるために。

「大切な人と出会ってちゃんと暮らしていると伝えたいです」

 かのんの心が、決意で固まる。
 それは悲しむための空じゃない。
 願うための空。
 掴むための空。

「その時は一緒に行こう」

 天藍は抱きしめたまま、そう約束した。
 そして、そこに眠る両親に『かのんを一人にしない』と、伝えたい――

 二人の想いが一つになった時、風が吹いたような気がした。
 先程まで墓があったその場所には、小さな小さな芽。
 そしてそれは次第に周りにぽつぽつと増え始める。
 一人ではないと、これから、共に叶える未来があると
 信じているから。
 いつか花開くその時にまた。

「さようなら、昔の私」

 決別じゃない。
 また次に会った時、笑顔を咲かせられるように。
 それまでの別れを告げて。

 二人は、信じる道を歩いていく。


●白
 それは、全てを拒み、否定する色。
 汚れることは許されない無垢な色。
 無垢が故に、何もかもを塗り潰し、隠してしまう。
 白――

「俺じゃない!!俺は自殺なんか……!」

 目を開ければ白い世界。
 ベッドの上、茫然としていた。
 起きれば病院のベッド――なんて、二度と体験したくないことなのに。
 壁、シーツ、薬品の臭いが鼻につく。
 白衣の医者、ナース、もう思い出したくもない。

 バルダー・アーテルはうんざりとした表情を見せた。
 医者、仲間、誰一人として話を聞いてくれない。
 信じてくれない。
 自分の存在は、言葉は、この感情は、一体どこにある?
 相手の言う世界が本当なのだろうか。
 なら自分の見えている世界は?自分がおかしいのだろうか?
 段々と狂い始めていく。
 段々と崩れ落ちていく。

「白……」

 聞こえた呟きに気付く。
 隣で寝ていたはずのスティレッタ・オンブラは、起き上がって周りを確認していた。
 そして、何かに気付いたようにバルダーを見つめる。

「貴方が黒ばっかり着ているのって、ひょっとして……」

 真っ白な風景。
 荒れたような、不安定なバルダー。
 きっと何かがあったのだと、スティレッタはわかった。

「……29の時だ」

 毒を飲まされた。
 目が覚めた時にはベッドの上。
 別に、それが怖かったわけじゃない。
 死に恐れはない。
 その後が、苦痛だった。

「母の影響で、精神を病んで自殺をはかったと思われたらしい」

 父の後を追って自ら命を絶った母。
 遺伝的に影響を受けているのでは、なんて言われた。

「だが、俺は自分で毒を飲んだわけじゃない」

 自分自身は正常だった。
 故に陰謀だと気付いた。
 退院させてくれと医師に懇願した。
 しかし、聞く耳など持ってはくれなかった。

「誰も俺の言葉をまともに聞いてくれなかった」

 たった独りになった。
 誰も近寄らない。話を聞かない。

「次第に、自分が病んでいるのだと思い始めた」

 自分がおかしいのだろうと思うしかなかった。
 自分自身を見失った。
 誰一人として自分を見ていない。
 自分すらも、それを手放してしまった。

「退院直前、俺は完全に正気を失った」

 丸一日ずっと虚ろに笑っていた。
 誰にも聞いてもらえなかった。
 自分の言葉など、何の形にもならなかった。
 そこに自分自身は既になくなっていた。
 そんな状態で、軍に居続けられるわけもなく。

「その後軍をクビになって……」

 死ぬ事が怖いのではない。

「誰にも話を聞かれず破滅するのは、死より怖い」

 全てを塗り潰すのだ。
 自身の言葉も、経験も、存在も、歴史も
 真っ白に。
 バルダーは額を手で覆い、顔を歪ませる。

「あのね」

 スティレッタはバルダーのベッドに腰掛け、静かに語りかけた。
 今ここにいるバルダーを見て、傍にいてくれるバルダーを見て、思う事があるから。

「貴方は狂ってなんかいないし、強い人よ」

 助けてもらったこともある。
 何だかんだ言いながら、守ってくれる男だ。
 最初に『好みじゃない』と言われながら、それでも心配してくれていた。
 それは精神的にも、強さがあるからこそ。

「今でも戦うための牙をちゃんと持っている」

 そして「それに」と言葉を続ける。
 優しい眼差しでバルダーを見つめながら。

「私が傍に居て、貴方の話を聞くのは不満かしら?」

 その言葉の中心にあるのはある言葉。
 クリスマスのベランダ。
 二人で家族の話をした。
 お互いの話をした。

「『お前は仲間だ。傍にいてほしいならいる。聞いてほしい事があるなら言え』って……。貴方が言ってくれたのよ」

 それは、孤独を感じていたスティレッタの心に響いていた。
 温かく、彼女を守るように。
 だから彼女は、仲間であるバルダーに返すのだ。

「どんな強い人間だって傷つくものよ。辛いなら辛いって言って、それでまた戦えるようになりましょ」

 支え合って、守り合う。
 仲間だから。

「身を守ってもらってるんだもの。私が貴方の心を守らなきゃ、イーブンじゃないわ」

 微笑みをかけるスティレッタ。
 バルダーが、深く呼吸。

「お前にだけは弱みはみせたくなかった」
「弱みなんて気にしなくていいのに」
「酷い悪女だと思ってたんでな」
「ホントに利用するならとっくに騙してるわよ。嫌うなら後で嫌ってくれればいいわ」

 スティレッタは思う。
 嫌われるならそれでもいい。
 ただ、バルダーを守りたいという気持ちは嘘じゃない。

「でも、今は一緒に居させて」

 スティレッタの言葉に、心が軽くなっている気がした。
 実際、悪女だと思っていたのは嘘ではない。
 しかし、今は違うのだ。

「まあいい。お前に傍に居てもらうのは、そう不快じゃない……」

 あの時、誰も聞いてくれなかった言葉がある。
 誰も受け止めてくれなかった現実がある。
 だけど今は、信じてくれる人がいる。
 白は、塗り潰すだけの色じゃない。

 押しつけがましいだけの色じゃない。
 新しく、これからを始められる色でもある。
 痛いほど眩しかった白が、淡く柔らかく、二人を包んだのだった。


●赤
やめて――

 それは頭の中に響く声。
 高く、金属を切るような、不愉快な声。

聞きたくない――

 逃れるように、耳を塞ぐ。
 毒に侵されるように、次第に、脳を蝕んでいく。

「やめて……!」

 声が出た。
 目が覚めた。
 起き上がった。
 いや、まだ夢の中だろうか。
 何故こんなにも赤く、赤く、赤く――
 全てを染め上げるように、地面から溶けだすように。

 ほら目の前に、まだいる。

「馬鹿じゃないの」

 ぱっと離れた手の中から、服が床に墜ちていく。
 それも赤。
 もう一度、君に振り向いてほしいと願ったのに。

「貴方の行動、本当イラつくわ」

 言葉を浴びせられる。
 毒が回る。
 痛い、痛い、怖い、苦しい。
 声にならない声を出そうとする。
 そんなヴィルヘルムの異変に、エリザベータが気付いた。

(何だよこの部屋……)

 不愉快だ――
 反射的にそう思った。
 寝る前と違うと、戸惑いはあった。
 だけどそれ以上に気になったのは、ヴィルヘルムの怯えた表情。

(ウィルのあんな顔初めて見た)

 とても苦しそうな、辛そうな。
 そしてその前にいるのは、金髪の清楚そうな女性。
 雑誌で見たことがあったかもしれない。

「本気で私と付き合ってると思ってたの?」

 それはエリザベータの耳をも裂いた。
 静かでありながら、痛く、痺れるように纏わりつく。

「遊びよ、遊び」

 最悪な言葉だと思った。
 女は、ぐりぐりと足元にある真っ赤なドレスを踏みにじる。
 それは血のように、地面に広がっていく。
 立ち尽くしたヴィルヘルムに向かって。

「大体、貴方と私が釣り合うわけないじゃない」
「……ボクは本当に、好きだったのに」

 ヴィルヘルムの震えた声が響く。
 それでも続く、女の酷い言葉。
 聞くに堪えない。
 まさにこの色と同じ。不愉快な――

(……これが女性不信の原因か?)

 動揺し続けるヴィルヘルムはエリザベータにすら、気付いていない様子で
 耳を塞ぐように、心を閉ざすように、苦しみを抱えるように
 ただ狼狽するだけ。

 エリザベータの手が、動いた。
 伝えたかった、壊したかった。
 とにかく――
 ドカッと音を立てヴィルヘルムの頬に入ったその拳。
 突然変わった景色に、ヴィルヘルムが唖然とする。

「約束覚えてるか?」

 ヴィルヘルムの眼前で、ぽつり、とエリザベータが呟いた。
 空の下で交わした約束。
 その頃のヴィルヘルムは、女性を一括りにして見ていた。
 しかし次第に『エリザベータは他の女性とは違う』と思い始めた。
 そしてフィヨルネイジャが起こしたあの不思議な体験の中、約束したのだ。
 ――エリザベータ自身をちゃんと見ていく――と。

(エルザ……)

 ようやく自分が『現在』を生きていることに気付く。
 目の前の、恐怖の実体と言ってもいいそれは、今隣にあるべき人の姿ではないのだと。

「あたしのこと、結局同じだって思ったのか……?」

 エリザベータは問いかける。
 この女性と、自分は同じなのかと。
 そしてそんな彼女の言葉に気付く。

(そうだ……。信じられると思えて……エルザに告げて)

 彼女を信じられると思った。
 そして、彼女に見てほしいと思った。
 次第に、自分の気持ちが整理されていく。
 エリザベータの言葉に、無言で首を振る。
 それを見て、エリザベータは段々と震えていく声で言葉を続けた。

「じゃあ、なんで辞めるなんて言ったんだよ……!
 今まで通りで、よかったじゃないか!!」

 涙が溢れる。
 殴った手がじんじんする。
 だけど、それ以上に胸が苦しい。
 突然『キミの前で、オネエさんはもうやめる』なんて言葉。
 そして変わった口調。
 こうして今も囚われているヴィルヘルム。
 もしも同じじゃないのなら、関係を変える必要はなかったはずだ。
 そうすればただ、今まで通り笑っていられた。

(……ボクはバカだ)

 その言葉はヴィルヘルムの頭をがつんと殴った。
 関係を変えようとしたのは、泣かせるためじゃない。
 ただ男として見てほしかった。特別だったから。
 信じられると思った。変われると思った。
 今、隣にいるのは、エリザベータなんだ。
 信じたい女性。見つめたい女性。
 数ある女性としてじゃなく、一人の人として考えたい女性なんだ。
 だからこそ、受け入れてほしいと願っていたのに。

「いい経験になったよ。おかげでキミ以上に素敵な女性と巡り逢えた」

 目の前でたじろぐのは、赤いドレスを踏みにじった彼女。
 何故だろう、蝕まれていたはずの脳内が、感情が、妙にすっきりとしている。

「ボクの心から出て行って」

 もうキミはいらない。
 囚われる必要もない。
 今は、もっと大切な女性がいるから。
 怖がる必要なんてないから。
 そんなヴィルヘルムの心に呼応するように、赤は薄らいで、女性は背を向けて消えていく。

「彼女は、昔の恋人なんだ」
「昔の……ね」

 残されたのはボロボロの部屋。
 壁紙は剥がれ、机や椅子などはなくなっている。
 だけど先程のは夢なんかじゃない。
 エリザベータの手が、赤く染まっている。

「……ごめんね」

 手を取って、自分の頬に寄せる。
 自分の目を覚まさせるために、痛ましく赤くなってしまった彼女の綺麗な手。
 ヴィルヘルムの顔はどこか泣きそうで、そんな彼にエリザベータは思う。

(言葉が変わっても、優しいのに変わりないよな)

 何もかもが変わったわけじゃない。
 ヴィルヘルム自体は、変わってない。
 優しくて、自分のことを考えようとしてくれるヴィルヘルム。

「大丈夫、大丈夫だから」

 引き寄せられた手で、殴ってしまった頬を撫でる。
 優しいからこそきっと傷ついた女性の言葉。
 もう大丈夫、そんな風に傷つけたりはしないから。
 共に、これからを変えていけるから――


●黒
 何もかもを飲み込む闇がある。
 自分の家族を、全てを奪った過去が、目の前で自分を待っている。
 黒く黒く、既に失ったはずのものが、再び侵食されようとしている。
 置いてきたはずなのに。しまいこんだはずなのに。

「何で……」

 知っている。
 この扉の先に、両親がいる。
 オーガが、いる。

 カイ・ラドフォードは立ちすくんだ。
 ここは、昔の自分の家だ。
 自分だけではない。
 もう一人――

「ここは私の家……?」

 後ろから呟きのような声が聞こえる。
 声の主、ニーナ・ルアルディはきょろきょろと周囲を見渡すと、最後にこちらを見つめた。
 気付かれた――
 それはカイの心拍数を速めるのに充分だった。

「あの、カイ君、私達どうしてこんなところに?ホテルにいたと思ったんですけど……」

 そんなニーナの問いかけ。
 カイの頭の中を巡る『ニーナに過去を思い出させたくない』という思考。
 全てを飲みこんでいったあの過去を、ニーナに思い出させたくない。

(この光景を再び見せるために契約したんじゃないのに……!)

 きっとまた、忘れてしまう。
 この過去も、自分も、全て、また――
 だから、目の前の扉は開けない。
 ニーナは何も知らなくて良い。
 二度と繰り返したりしない。
 そうして必死に自分を保とうとする。

「カイくん……?」

 ニーナが声をかける。
 「大丈夫」とニーナを安心させるように出したカイの声は、喉にかかって掠れてしまう。
 思い出したくない過去、待っているかもしれない絶望。
 それはカイの恐怖心をひたすらに煽る。
 必死に、今の自分なら大丈夫だと言い聞かせても、それは止まらない。

(カイ君、震えてる……?)

 ニーナは思った。
 声も、手も、そしてきっと心も。
 だから、その手に優しく触れた。
 カイを落ち着かせるために。
 両手をそっと、握りしめた。
 カイの悲しげな瞳に、少しだけ光が差し込む。

「手、あったかい……」

 ニーナは呟いた。

 ニーナは何故か知っていた。
 こうすればカイが落ち着くと言う事を。

 ニーナは何故か知っていた。
 この手の温かさを。

 ニーナは何故か知っていた。
 この、暗闇のその先を――

(ああ、そうだったんですね……)

 ずっとずっと閉じ込めていた記憶がある。
 何度も思い出しかけては、いつも思い出せなくて。
 怖くて、苦しくて、だけどいつもこの手の先に誰かがいた。
 その温もりは、確かにこの手と同じだった。
 だからわかった。思い出した。

「あの時、ずっと泣いている私と手を繋いでいてくれたのは……」

 それはある年のクリスマス。
 サンタさんがやってきた。
 そう思って扉を開けた。
 だけどそれは、幸せを運ぶサンタなんかじゃなかった。
 『二人』は、奥の部屋に隠れていた。
 助けが来るまで待っているようにと言われて
 じっと、恐怖と戦っていた。
 ずっと、手を繋ぎながら。

「……あのクリスマスのこと思い出してたの?」

 カイの言葉に、ニーナはこくりと頷く。
 ずっと、ニーナは全部忘れていると思っていた。
 記憶を手放したものだと思っていた。
 カイは、少しだけ驚いていた。
 ニーナは、微笑みながら言葉を紡いだ。

「辛い過去も、私の大切な思い出の一つなんだって気付いたんです」

 その過去があって、今があるから。
 今の自分がいるのは、あの時があったから。
 その思い出の中に、大切な人がちゃんといるから。
 失っても、ちゃんと、この中にあるから。

 だから、手放したりなんてしない。
 例え苦しくても、辛くても、今の自分は壊れない。

「昔とは違って、こうやって私のことを支えてくれる人が二人もいるんです」

 傷ついて、失っただけのあの日とは違う。
 この扉の先に待つ運命を知っている。
 そして、戦える力だって持っている。
 守ってくれる人もいる。

「カイ君、今まで守ってくれてありがとう。私はもう大丈夫」

 にこりと笑う。
 お礼を言われるなんて思ってなかった。
 守りきれなかったと、ずっと悔やんでいたのに。
 あの時ニーナに怖い思いをさせたのは、自分の行動が原因なのに。
 ずっと自分を責めていたのに。
 そんなカイの心を見透かしたように、ニーナの瞳がきらきらとカイを捉える。

「カイ君が今までそうしてくれていたように。今度は私がカイ君の心を守りたい」

 もう大丈夫、と言うように。
 カイの心を掬いあげるように。
 ここから出られるように。
 この扉の先に、道はちゃんと続いているから。
 ニーナの言葉で、ようやく気付いた。

(……あの時の自分じゃないのは、俺だけじゃないんだな)

 ニーナを守ろうとしていた。
 あの時、父親たちに言われた通り大人しく待っていれば。
 無理に物置からニーナを連れ出さなければ。
 ずっと後悔して、苦しんで。
 奪ってしまった大きな物を守りたくて。
 今の自分ならと契約をして、大好きなニーナを守りたくて。

 なのにニーナは、そんな自分を守るだなんて、言うのだ。
 強く、強くなっていた。
 輝かしい笑顔を自分に向けて。

「おかえり、姉ちゃん」

 零れる笑み。
 ようやく会えた。
 やっと見つけた。見つけてくれた。

「えっと、何て言えばいいんでしょうか……」

 どこか歯がゆくて、もどかしい、この時間を埋める言葉を探して。

「ただいま、カイ君」

 繋いだ手は離さない。
 共にあるようにと授かった命だから。
 僕らは闇に飲まれた光を、取り戻したから。



依頼結果:成功
MVP
名前:エリザベータ
呼び名:エルザ、エルザちゃん
  名前:ヴィルヘルム
呼び名:ウィル

 

名前:ニーナ・ルアルディ
呼び名:ニーナ、姉ちゃん
  名前:カイ・ラドフォード
呼び名:カイ君

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 雨鬥 露芽
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 02月11日
出発日 02月18日 00:00
予定納品日 02月28日

参加者

会議室

  • [3]かのん

    2016/02/15-19:33 

    こんにちは、かのんとパートナーの天藍です
    眠るまでは普通のホテルだと思っていたのですけれど……

    今は考えても仕方ないでしょうか?
    どうぞよろしくお願いしますね

  • [2]エリザベータ

    2016/02/15-08:56 

    うぃーっす、エリザベータだぜ。よろしくな
    なんか変なとこ来ちまったな…?
    皆も気をつけてってなー

  • [1]ニーナ・ルアルディ

    2016/02/14-12:34 


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