プロローグ
その日、ショコランドにあるとある喫茶店は、不思議な空気に包まれていました。
テーブルにずらっと並ぶのは、パイ皿。
その上には、ホイップクリームが大量に盛られています。
「本日は、パイ投げパーティへようこそ!」
ゴーグルをびしっと着用した妖精の店長が、ウィンクルム達を見渡してにっこり微笑みました。
「今日は思う存分、パイを投げまくって、ストレスを発散して下さい!」
店長はパイを一つ手に取り、ぺろりとクリームを舐めてみせます。
「クリームは美味しいですので、安心して下さい」
一瞬そういう問題か?という疑問は浮かびますが、確かに思い切りパイを投げ合うのは楽しいかもしれません。
「けど、パイを投げるだけではバレンタインのイベントっぽくないので……」
あ、なんかぶっちゃけた。
そんなウィンクルム達の視線を受けつつ、店長はウインクしました。
「こんなものを用意しました!」
店長が取り出したのは、名刺サイズのチョコレートです。
「日頃の恨み……もとい、想いをカードに書いて、パイの中に潜ませてみるのはどうでしょう?」
店長曰く、特製のチョコペンで紙に書く感覚でメッセージを入れられるそうです。
「当てても、当てられても、恨みっこなし! 楽しく行きましょう♪」
拳を振り上げる店長を横目に、貴方達はチョコレートのカードとパイを交互に見たのでした。
解説
【ショコランド】にあるカフェで、パイ投げを楽しんで頂くエピソードです。
<使える道具>
・パイ…パイ皿(紙)にホイップクリームが大量に盛られているもの。中にチョコットのカードを潜ませる事が出来ます。
・チョコット…チョコを原料とした魔法の紙。ぶ厚い『カード』タイプ。色は各種取り揃えられています。色によって味も違います。(例:ピンク・苺味)
・チョコペン…インクがチョコのペン。普通のペンと同じ感覚で、チョコットに文字や絵を書き入れられます。チョコット同様、色も味も色々あります。
<場所情報>
・喫茶店の中、テーブル席、カウンター席に、パイが並べられていますので、好きなパイを好きなだけ取って投げて下さい。
使った分だけ補充されますので、思う存分投げられます。
・カードの仕込みは、パイ投げ開始前に仕込む時間が設けられています。
<パイ投げについて>
・制限時間30分。
基本、パートナー同士で投げ合いとなります。
他のPC様と絡みを希望する場合は、『絡』とプラン冒頭に記載して下さい。
記載がない場合は、個別で描写します。
絡む場合は、当てても、当てられても、恨みっこなしです。またアドリブが多くなりますこと、あらかじめご了承下さい。
・ゴーグル、タオル、ウェットティッシュが完備されています。
・終わった後、シャワーが借りられます。(スポーツクラブのシャワー室のようなもの。着替えは持参している状態です)
プランに以下を明記して下さい。
・他のPC様と絡みを希望するか(プラン冒頭に『絡』と記載)
・パートナーに宛てたカードをパイに潜ませるか。
潜ませる場合は、カードに書く内容。
・カードに使ったチョコットの色や味。(一般的なチョコレートであれば何でも可です。自由にプランに記載して下さい。)
参加費用として、一律「400Jr」掛かります。
あらかじめご了承下さい。
ゲームマスターより
ゲームマスターを務めさせていただく、『パイ投げを一回は経験してみたい』方の雪花菜 凛(きらず りん)です。
パイ投げしてみたい!という訳で、パイ投げなエピソードをお届けします。
パイをぶつけて、カードで日頃言えない事を伝えてみるのはどうでしょうか?
勿論、日ごろのストレスをひたすら発散するのも楽しいと思います。
お気軽にご参加頂けますと嬉しいです!
皆様の素敵なアクションをお待ちしております♪
リザルトノベル
◆アクション・プラン
セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
絡。 ゴーグル着用。 全力でパイ投げを楽しむ。 オレ達だけだと、睨み合いが続きそうじゃん? 互いの行動を読み合うのは慣れっこだし。 パイ投げは乱戦が面白いんだぜ。 「オレは誰の挑戦も受ける!」 絡みOKな人は全て標的だ。 全方位からパイが来るのを警戒。 相手の肩の動き、視線、でパイを投げる方向を即判断し避けるぜ。 これぞ回避力の鍛錬! そして投擲の鍛錬! 己の判断を信じてパイを投げる。 カインさんをチラ見。 「隙あり!」パイを投げるぜ。 イェルクさんがジョブ的に強敵だ。相手にとって不足なし! 勿論ラキアも標的に乱戦をするのだ! ハードル上がりまくりじゃん。面白い。 ラキアには『許せ♪』と書いたカードを仕込んだパイをぶつける。 |
カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
絡 日頃の恨みはねぇけど…楽しむか カードは1枚使う ちょうどいい機会だ 紙は緑のミントチョコ(メッセージはウィッシュ記載 カード付には目印つけとく 汚れ防止にセーター脱ぐか で、ゴーグル装着 そんじゃ始めようぜ 楽しむ事重視な いつぞやは目的あったが、今は違うしな※EP4 イェルだけじゃなくセイリュー達にも当てて楽しむ ラスト1分、最後って事でカードのパイ皿投げる っと、イェルからもカード入り投げられた 考える事は同じか (カード読む) 俺の中身の返事は? …いい子だ (頭撫でて触れるだけのキス) クリーム拭い合い、シャワーを浴びたら、作った指輪渡す 少し早いが、バレンタインってとこでな …よく似合ってる 一緒に、生きてくれ 愛してる |
カイエル・シェナー(エルディス・シュア)
「パイ投げ……? いくら相手が自分の精霊とはいえ、問答無用でパイを投げつけるのはどうか、と…──!?!」 豪快な音を立てて精霊の投げたパイが顔面に直撃 「……成る程。こういう趣向のゲームだと言う事は理解した……ん?」 理不尽な怒りに捕らわれつつも、中にチョコットが仕込まれている事を確認して 内容を確認し、書いてある文字が余りに図星で 「……」 恥ずかしさと更なる八つ当たりの怒りから チョコットを口にし、人差し指で押す様に無言で食べ切り その場で待ったを掛けて、チョコットに文字を書いてパイに貼り付け、全力で投げつける お互いに全力でのパイ投げの応酬 段々と楽しくなって 気がつけば全力で相手と楽しんでいる自分に気がついた |
フィリップ(ヴァイス・シュバルツ)
カードは潜ませない …ほんと、たっぷりだなクリーム…いろいろ大惨事になる未来が浮かぶけど… まあ、良いか 余所を向いている相方に不意打ちで投げてみる。避けたがぶーぶー言っている相方は無視 は…? 嫌だ。必要あんのかよ…めんどくさい… ……。あーいや。やっぱ、乗った。言ったからにはアンタもちゃんとしろ。色々奢れ はぁ……分かった分かった… なにやってんだ。というか、酷いサプライズだな…それ 滑ってこけたが相方が手元を指さすので潜んでいたカードを拾った あー…はいはい。温かいのね… なんて書けば良いのか分からなかったんで書いてない ふざけんな。勝負ついてないだろ…ったく 勝っても負けても奢る羽目に |
テオドア・バークリー(ハルト)
せっかくの機会だし、思いっきり投げさせてもらおうかな… …という訳でハルト。 毎回人の弁当摘み食いするのやめろ! ことある事に人の名前大声で叫んで呼ぶのもやめろ!毎度毎度目立つんだよ! いつの間にか俺がハルトの部活の助っ人窓口みたいなことになってるだろ、何とかしろ! …と、本来の目的忘れるトコだった。 こんな感じで仕込めばいいんだよな? 何だかんだで色々言いそびれてたし、言おうとする度にあいつがふざけてそんな雰囲気じゃなくなるし… ん、タオル。これでとりあえず拭いておけば? …ちょっと!わざわざ大声で読み上げるのやめてくんない! 赤くない!気のせいだろ! …ありがと。 一応、直接も言っておきたかったから…照れてない! |
●1.
透明なゴーグルを着用し、セイリュー・グラシアは喫茶店内を見渡した。
思ったより参加人数は多い。
「ラキア」
隣で同じくゴーグルを着用しているパートナーを見遣る。
「どうかした?」
ふわりと赤い髪を揺らして微笑むラキア・ジェイドバインは、ゴーグルを着けていてもやはり美人だ。
顎に手を当てうんうんと頷くセイリューに、ラキアの首が傾く。
セイリューは脱線しかけた思考を元に戻し、キリッとラキアを見返した。
「オレ達だけだと、睨み合いが続きそうじゃん?」
「確かに……そうかもしれないね」
ラキアが頷くと、セイリューはぐっと拳を握る。
「互いの行動を読み合うのは慣れっこだし」
「長い付き合いだもんね」
ラキアの一言に、セイリューの中に温かい感情が浮かんだ。また脱線しそうな思考を首を振って払い、セイリューは瞳を輝かせる。
「パイ投げは乱戦が面白いんだぜ」
その声で、ラキアはセイリューが何をしたいのか悟った。
「ふふ、いいよ。セイリューの好きなように」
(セイリューは遊びも全力(遊びだからこそ?)な主義だもの。そこがまた面白いんだけれどね)
ラキアの微笑みに、セイリューは拳を上に突き上げた。
「サンキュー、ラキア」
息を大きく吸って、声を上げる。
「オレは誰の挑戦も受ける!」
セイリューの一声に、参加者の視線が一気に彼に集まった。
それに応えるように、セイリューはニヤリと笑ってみせる。
そして、パイ投げ開始を告げる合図が鳴り響いた。
「甘いぜ!」
刹那、周囲から膨れ上がる殺気に、セイリューは素早く前へステップを踏んだ。先程まで居た位置に、四方からパイが飛んでくる。
(相変わらず、こういう事への集中力、凄いね)
ラキアは内心舌を巻きながら、飛んでくるパイから身を躱した。
(肩の動き、視線で、パイを投げる方向は判断出来る!)
「これぞ回避力の鍛錬!」
次々飛んでくるパイを、飛んで、しゃがんで、バク転まで駆使し、セイリューは避けていく。
「そして投擲の鍛錬!」
素早く皿の淵を掴み、パイが飛んできた方向へパイをお返しした。
「楽しんでこうぜ!」
次々とセイリューのパイの犠牲となる参加者の間から、カイン・モーントズィッヒェルが飛び出してきた。
彼もゴーグルを着用しており、ゴーグル越しに視線がぶつかる。
「さー来い!」
セイリューが満面の笑みで挑発すれば、カインはパイを投擲した。
パイは器用にカーブして、セイリューの横から迫る。
「なんの!」
セイリューはテーブルに手を付いて飛び上がってパイを躱した。
「そこです!」
そこに、カインとは反対方向から現れたイェルク・グリューンの放つパイが、セイリューを襲う。
「相手にとって不足なし!」
イェルクの姿を認め、セイリューの唇が弧を描く。プレストガンナーの攻撃は正確無比だ。
「しかし、当たらないぜ!」
上半身を逸らして、バレリーナのような柔軟さでパイを避け、カインとイェルクにパイを投げ返した。
(セイリューはフェイント使うの巧いし、隙をついてくるのも上手だからね。視野も広いし)
セイリューのアクロバティックな活躍を横目に、ラキアは瞳を細める。
(改めて考えるとなかなか君はデキル子だよ。うん)
「でも……」
キラリとラキアのグリーンの瞳が光った。
(他の人に気を取られている時は、やっぱり死角への警戒が弱くなるんだよね)
「隙あり!」
素晴らしい速度で放たれたパイが、セイリューの背中に当たる。
「なッ……」
セイリューは目を白黒させて、背中に当たったクリームに触れた。
クリームの中、ラキアが仕込んだカードが出て来る。
『実践だったら重傷だよ☆』
ラキアと目が合うと、彼はにこやかに微笑んだ。
「君の弱点は良く知っているんだよ」
(いつも君の事は良く見ているから)
「ハードル上がりまくりじゃん。面白い」
ニヤリとセイリューが笑った。瞳が爛々と燃えている。
「やられたら、やりかーえす!」
カインとイェルクに応戦しながら、セイリューはラキアも標的にしてパイを投げ始めた。
ラキアの肩を掠ったパイの中には、『許せ♪』のメッセージ。
(乱戦って結構楽しい)
セイリューとラキアを中心に、パイ投げの乱戦はヒートアップした。
●2.
クリームたっぷりのパイからは、甘い香りがする。
(せっかくの機会だし、思いっきり投げさせてもらおうかな……)
テオドア・バークリーは、ゆっくりとカウンター席にあったパイを手に取った。想像より軽いそれを肩の位置まで上げる。
「……という訳でハルト」
「はいぃ?」
テオドアの行動を見守っていたハルトは、こちらを見てにっこり笑う彼に、どっと冷汗が浮かぶのを感じた。
「すっごくいい笑顔でも、目がマジで怖いんだけど」
「そうか?」
じり……。
一歩二歩、テオドアが近付いてくるのに、ハルトは後ろへ下がっていく。
けれど、後ろに下がるのにも限度というものがある訳で──。
「あ」
壁に踵が当たった瞬間、テオドアの手がパイを投げて来た。
「毎回人の弁当摘み食いするのやめろ!」
ベシャア!
顔を狙ってきたパイに顔を背けると、首に当たって一瞬息が止まる。
「うわあ、思ったより衝撃があるっ!?」
「ことある事に人の名前大声で叫んで呼ぶのもやめろ!毎度毎度目立つんだよ!」
ずびし!
今度は顔で受けてしまった。
「ぶっ……クリームが鼻に……こーゆー時くらいは手ぇ抜いてくれたっていいのよ!」
「いつの間にか、俺がハルトの部活の助っ人窓口みたいなことになってるだろ、何とかしろ!」
バシャア!
「つーか普段どんだけ俺に対してストレス溜め込んでんの! いや自覚がない訳じゃねーけどさ!」
どかん!
「ちょ、顔狙うのやめてマジで!」
気付けば、ハルトの顔はクリーム塗れで、目元のクリームを必死で拭ってから、彼は徐にテーブルへと手を伸ばした。
「……やられてばっかりでいられるかっつーの!」
「なっ……」
突然の反撃で目を丸くするテオドアの身体目掛けて、パイを投げ返す。
「テオ君も普段からもうちょっと俺に優しくして!」
「何言ってッ……」
「この間だって可愛いとか言ったら、3日も口聞いてくんなくなるし!」
「か、可愛いとか言うな!」
「でもそんな状況でもノートちゃんと貸してくれるとかお人よしすぎんだろ、ありがとよ!」
「あっ……」
『有難う』の言葉に胸が温かくなると同時、テオドアは目を見開いた。ついカッとなって本来の目的を忘れる所だった。
(こんな感じで仕込めばいいんだよな?)
こっそり用意していたチョコのカードを二枚、パイの中に潜ませる。
(何だかんだで色々言いそびれてたし、言おうとする度にあいつがふざけてそんな雰囲気じゃなくなるし……)
「……バカ」
ぼそっと呟いて、カードを仕込んだパイを投げつける。今度は顔は狙わなかった。
30分後、二人はクリーム塗れになっていた。
「うぇ、クリームでえらいことになってんじゃねーの……」
身体だけでなく、顔までクリームで真っ白になったハルトは、うへぇと息を吐き出す。
「ん、タオル。これでとりあえず拭いておけば?」
テオドアは借りたタオルをハルトに差し出した。
「ん、さんきゅーな」
ハルトは笑顔でタオルを受け取り、顔をごしごし拭く。そして気付いた。クリームに紛れ胸にチョコのカードが張り付いている。
そのカードを手に取って、ハルトは目を見開いた。
「『この間はありがとう』……こっちは『これからもよろしく』」
「!?……ちょっと! わざわざ大声で読み上げるのやめてくんない!」
思わず肩を跳ね上げたテオドアが振り返ると、ハルトはうるうると瞳を潤ませている。
「……テ、テオ君!」
がしっと両手を掴まれた。
「顔、赤い」
「赤くない!気のせいだろ!」
「すっごく嬉しい……」
両手を包むハルトの手が、熱くて優しい。テオドアは視線を逸らしながら、口を開いた。
「……ありがと」
ぎゅっとハルトの手に力が入る。
「一応、直接も言っておきたかったから……」
「テオ君……照れてる?」
「照れてない!」
思わず視線を戻せば、ハルトの極上の笑み。
「へっへー」
「こら、抱き着くなっ!」
暴れるテオドアの頬は真っ赤に染まっていた。
●3.
こんもり盛られたクリームは、ある意味凶器だ。
「……ほんと、たっぷりだなクリーム……いろいろ大惨事になる未来が浮かぶけど……まあ、良いか」
フィリップは、そっとパイ皿を手に取る。これを重いと感じるか軽いと感じるかは個人差がありそうだが、フィリップは重いと思った。想像より。
「……美味いって言ってたが……ほんとに美味いのかこれ……?」
隣では、パートナーのヴァイス・シュバルツが、しげしげとクリームを眺めていた。
訝しむように香りを確認している彼に向けて、フィリップは躊躇なくパイを投げつける。
「っ!?」
間一髪、ヴァイスは横に飛んでパイを躱した。
「今投げんな!」
「外したか……」
フィリップは二投目のパイを手に取る。
「なーなーフィリップー」
じりじりと間合いを図るフィリップに、ヴァイスは油断なく警戒しながら声を掛けた。
「勝負しようぜ。お前が負けたら奢れ」
「は……?」
ナニ言ってるんだコイツ。という視線がヴァイスに突き刺さる。
「嫌だ。必要あんのかよ……めんどくさい……」
「……なんだよそれ。つまんねぇーの」
あーやだやだとヴァイスが肩を竦めると、ぴくりとフィリップの眉が動いた。
「……。あーいや。やっぱ、乗った」
「え?」
「言ったからにはアンタもちゃんとしろ。色々奢れ」
びしっとパイを向けて言えば、ヴァイスは大きく瞬きする。
「乗り気になったのは良いが……なんだよ色々って!」
「色々は、色々だ」
「……まあ良いか」
ヴァイスはふっと息を吐き出した。
「条件飲んだからには覚悟しろよ?」
「はぁ……分かった分かった……」
ニヤリと笑えば、フィリップは気の抜けた返事を返してくる。
ふと、ヴァイスの脳裏に懐かしい記憶が浮かび上がって来た。
(確か、フィリと契約する前にもこんなやりとりがあったな……)
「……そういや」
「ん?」
「友人の誕生日にもこんなんした覚えがある」
「……誕生日に、パイ投げ?」
「帰宅した友人にパイ投げたら思いっきりキレられたんだ。すげー形相で怒ってたな……」
「なにやってんだ。というか、酷いサプライズだな……それ」
フィリップは呆れ顔でヴァイスを見る。
「面白いと思ったんだがな……まあ、今日はそんな事もないし、遠慮なく思い切り投げられるって訳だ」
ヴァイスはテーブルの上からパイを取る。
フィリップもパイを持ち直して──二人のパイ投げが始まった。
パイ投げ合戦は熾烈を極めた。
兎に角投げる。投げまくる。
気付けば二人の足元には、パイの残骸だらけ。服だってクリームでべたべたである。
「あ」
だから、フィリップの足がクリームで滑ったのも、仕方のない事だった。
「くそ……」
クリームで滑る手で立ち上がるのに難儀していると、ヴァイスが歩み寄ってくる。
「あー……フィリ? 手元」
「手元?」
ヴァイスの視線の先を追って、フィリップはチョコのカードに気付いた。
茶色のミルクチョコレートに、ホワイトチョコでメッセージが書かれている。
『晩飯は温もるのが良い』
「あー……はいはい。温かいのね……」
カードを手にフィリップが頷くと、ヴァイスはびしっと彼を指差した。
「つかテメー書いてないだろ?」
指摘に、フィリップはぱちぱちと瞬きする。
「なんて書けば良いのか分からなかったんで書いてない」
「じゃあフィリップ、奢れ」
フィリップはぎょっとしてヴァイスを見上げた。彼は勝ち誇った笑顔を浮かべている。
「ふざけんな。勝負ついてないだろ……」
「だって、書いてないものは奢れないしなぁ?」
うぐとフィリップは言葉に詰まった。ニヤニヤ笑うヴァイスに、返す言葉が浮かばない。
「……ったく」
溜息を吐き出せば、ヴァイスが手を差し伸べて来た。
二人はその夜、温かい鍋を囲んだ。
「この季節は、鍋が美味いな……って、フィリ。満遍なく色々食べろ。好き嫌いするな」
「俺の奢りなんだから、別にいいだろう……」
「いーから、食べろ」
「勝手に入れるな……ったく」
温かな鍋は、じっくりと身体を温めてくれる。
●4.
カイエル・シェナーは、落ち着かない様子で喫茶店内を見渡していた。
すでにパイ投げは開始されていて、辺りはパイが行き交うカオスな空間に変わっている。
「パイ投げ……?」
呆然と呟くカイエルの隣で、エルディス・シュアがこっそり口の端を上げた。
(あー……世間知らずのコイツの事だから、人にパイをぶつけるだなんて想像すらした事無いんだろうな……)
テーブルを見れば、たっぷりクリームが盛られたパイ皿と、チョコットのカードが置かれている。
(こうなったら日ごろの言えない鬱憤やら何やらを、全部一緒に叩き付けてやるとするかね!)
何事も経験。
見るより慣れろ、だ。
そうと決まれば、突っ立っているカイエルが我に返る前に、白のチョコペンを手に取って茶色のチョコットにメッセージを書き込む。
そして、文字が渇いたのを見計らって素早くパイの中にカードを突っ込むと、パイを片手に構えた。
カイエルは未だ青の瞳を見開き、パイ投げの戦場を眺めている。
「いくら相手が自分の精霊とはいえ、問答無用でパイを投げつけるのはどうか、と……」
呟きはそこで止まった。
殺気!
構える前に、ゴゥと豪快な音を立てて白いふわふわした物体がカイエルの顔面に直撃する。
「……──!?!」
一瞬息が出来なくて、甘ったるいクリームの香りにパイが当たったのだと悟った。
慌てて手で払い除けて視界を確保すれば、実に爽やかな笑顔を浮かべるパートナー。
「……成る程。こういう趣向のゲームだと言う事は理解した……」
ふつふつと、カイエルの中に理不尽な仕打ちへの怒りが込み上げて来た。
「ん?」
こんもり髪に付いたクリームを払って、カイエルは異質な手応えを感じる。
手探りで摘まんで、目の前に持ってきて。カードを確認したカイエルの時は静止した。
『そんな肩肘張らずに、もっと気楽に行こうぜ』
「……」
カードを持つ手が震える。何だ、これは。いや、メッセージなのは理解しているが。
『図星』という単語が頭を駆け巡る。
プチンと、何かが切れた音がした。
無言でカードを口に突っ込む。チョコの甘い味が口いっぱいに広がった。
突然チョコを口にしたカイエルに、エルディスは目を丸くする。
カイエルはそのまま、人差し指で押す様にしてカードを食べ切った。その間、無言。
ごっくんとチョコを飲み込んでから、カイエルは手を突き出しエルディスを制止した。
「え、ちょっと待て?」
有無を言わさない視線の強さに、エルディスはコクコクと頷く。
カイエルはテーブルの上からカードを一枚掴み取ると、チョコペンで何かを書き入れた。
そのカードを乱雑にパイに貼り付けて、エルディスを振り返る。
すびし!
「──って……!」
無言でカイエルが投げたパイは、結構な勢いでエルディスの顔面を捉えた。
「ぺっぺっ……!」
不意打ちで口の中まで入ったクリームを甘いと思いつつ、エルディスは見事ヒットしたパイ皿を手に取る。
そこで、文字が乾き切らずにパイ底の裏に貼り付いていたカードに気付いた。
『頭のネジ締めて出直して来い』
エルディスはぐいと腕でクリームを拭い、カイエルを見据えた。カイエルは少し赤い頬で勝ち誇った笑みを浮かべている。
「……上等だーっ!」
叫ぶなり、ノールックでテーブルのパイ皿を取って、投げる。投げる!
カイエルも次々とパイを投げ返してくる。
無数のパイが剛速球の勢いで飛び合い、二人の身体は真っ白に染まっていった。
「また顔に……!」
「カイエル! テメェ、股間ばかり狙うな! わざとか!」
「そんなとこ、狙って投げる訳ないだろう!」
怒鳴り返し、カイエルは自分の頬が緩んでいる事に気付く。
エルディスの投げたパイが、再度顔面にヒットしたが……もう怒りは浮かんで来なかった。
腕で乱暴に顔を拭い、パイを投げ返す。
「ははっ……」
ついには笑みも零れ。カイエルはパイを投げる。
(あいつがあんなに軽快に笑うの初めて見た)
エルディスも笑った。
(いかん。これは楽しい)
●5.
「日頃の恨みはねぇけど……楽しむか」
カインは、テーブルからチョコットのカードを取り上げ、口の端を上げてイェルクを見た。
「そうですね」
イェルクも微笑んで頷き、カードを選んで手に取る。
どちらから言う事もなく、チョコペンでカードにメッセージを書き込んだ。
カインが選んだのは、緑のミントチョコのカード。
イェルクがエランんだのは、白のホワイトチョコのカード。
勿論、お互いに贈るメッセージである事は、言わずもがなで──相手の手元に視線を遣る無粋な事もしない。
目印に、店主が配っていた旗を立ててから、カインは徐に着ていたセーターを脱ぐ。
「え?」
ゴーグルを手に目を見開くイェルクに気付き、カインはクスッと小さく笑みを零した。
「汚れ防止だ」
「そうですよね……」
イェルクは恥ずかしそうに視線を逸らし、慌ててゴーグルを着用する。
(半裸な訳じゃないが……心臓に悪い)
可愛らしい反応にカインは笑って、自らもゴーグルを着用した。
「いつぞやは目的あったが、今回は違うしな。楽しんで行こうぜ」
「……あの時は、カインが私の為に心を砕いてたのに気づけなかったです」
カインの隣に立ち、彼の横顔を見上げる。
一年前は想像すら出来なかった位置に、彼が居る。
(まだ一年も経ってないのに懐かしい……)
店主が、パイ投げ開始の合図を出した。
「そんじゃ始めようぜ」
カインに頷き、イェルクはパイを手に取った。
セイリュー達との戦いは、正に激闘だった。
セイリューもラキアも決して無傷ではなかったが、カインとイェルクもクリームだらけだ。
「やるなぁ、カインさん達!」
「セイリュー達もな」
清々しい疲労感を感じながら笑い合えば、熱い勝負の後の爽やかな空気。
(さて……)
カインは店内の時計に視線を向けた。時計の針は残り一分を刺そうとしている。
目印の旗を頼りに、メッセージカードを潜ませたパイを手に取った。
振り返り様、イェルクへパイを投げる。パイは綺麗な弧を描いてイェルクの左胸に当たった。
と同時、イェルクからもパイが投げられてきて、こちらはカインの左胸に着弾する。
「考える事は同じか」
カインは瞳を細め、パイの中に入っていたカードを見つけ手に取った。
イェルクは落ち着かない気分でカインの様子を窺いながら、自らもカインの潜ませたカードを指先で摘まむ。
そして、息を飲んだ。
『結婚してくれ』
カインらしい、真っ直ぐな言葉。胸が震える。
顔を上げれば、カインが微笑んでこちらを見ていた。イェルクだけが知っている、甘い甘い笑み。
「俺の中身の返事は?」
彼も緊張しているのだろうか。普通通りに見えるけれど、僅かに掠れた声がそうだと嬉しい。
イェルクは胸元を押さえて、ゆっくりと唇を開いた。
「返事も何も……『私をあなた色に染めて下さい』」
カインが破顔する。
イェルクからのカードには、同じ言葉が書かれていた。
「……いい子だ」
素早く引き寄せ、触れるだけのキスをする。唇はとても甘かった。
シャワーを浴びて着替えを済ませ、店を出る頃には夕陽が鮮やかに街並みを照らしていた。
「イェル、手ぇ出せ」
カインに言われるまま手を出したイェルクは、再び息を飲んだ。
「少し早いが、バレンタインって事でな」
手の中に、繊細で美しい細工の指輪。
(カイン……私の為に、これを……)
最近特に忙しそうだった彼が、注文の品と別にこれを作っていたのは明白で。
「嵌めて頂けますか?」
首を傾ければ、カインの長い指がイェルクの手に触れた。
彼の左手薬指にも同じ指輪が輝くのに気付いて、イェルクは更に泣いてしまいたい程の幸福感に包まれる。
「……よく似合ってる」
指輪の嵌る指を撫で、カインが呟いた。
「一緒に、生きてくれ」
「……はい」
「愛してる」
──愛する貴方と二人で生きたい。
(これがゴールでは、ないけれど……今、とても幸せ……)
夕陽に照らされた二人の影は、暫く重なって離れなかった。
Fin.
依頼結果:大成功
MVP:
名前:カイン・モーントズィッヒェル 呼び名:カイン |
名前:イェルク・グリューン 呼び名:イェル |
名前:テオドア・バークリー 呼び名:テオ君、テオ |
名前:ハルト 呼び名:ハルト、ハル |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 雪花菜 凛 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 01月31日 |
出発日 | 02月06日 00:00 |
予定納品日 | 02月16日 |
参加者
- セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
- カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
- カイエル・シェナー(エルディス・シュア)
- フィリップ(ヴァイス・シュバルツ)
- テオドア・バークリー(ハルト)
会議室
-
2016/02/05-23:51
プラン提出できた。
絡みOKな人にはパイを投げちゃうぜ。
色々と行方はアドリブお任せ状態。
楽しい時間を過ごせると良いな! -
2016/02/04-22:46
ふむ。
なら、セイリューに挑戦するか。
多分書けそうだ。
やることあるが、まぁ、パイぶつけるだけなら細かい話し合いとかもいらねぇだろうし、ゆるっと行くかな。 -
2016/02/04-19:31
セイリュー・グラシアと精霊ラキアだ。
パイ投げを満喫にきたぜ。
オレ達も絡みはNGじゃない。
でも調整の余裕があまりないので
「オレは誰の挑戦も受ける!」みたいな感じ?
アドリブどーんとこいの方向で良いなら、ヨロシク! -
2016/02/03-09:57
-
2016/02/03-09:56
カインとイェルクだ。
大人気なくパイ投げ参加しに来たぜ。
絡みだが、俺は別にNGってことはねぇよ。
自分達以外と絡み希望の奴がいる場合は、冒頭に書いておく。
ってことで… -
2016/02/03-09:42
パイ投げ。…パイ投げ? ……(考え込み
フィリップだ。……調整できるか怪しいんで、こっちも絡みはなし前提でプラン組んでる。悪いけど、よろしく。 -
2016/02/03-03:56
カイエル・シェナーと精霊のエルディス・シュアだ。
こちらは今回『絡』無しでプランを組むつもりでいる。
……我ながら簡潔過ぎて申し訳ない限りだが、どうかよろしく頼む。