はい。謹んで看病させて頂きます!(Motoki マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 待ち合わせ場所へとパートナーが現れない事に、あなたは首を傾げる。
 約束した時間は、とっくに過ぎている。
 平気ですっぽかすヤツじゃないんだけどな……と時計を眺めていれば、メールを着信。

『いま行くから』

 ごめんのひと言もない事に、何かあったのかとざわりと胸が騒ぐ。
 待ち合わせ場所に現れた相手を見て、最初、酔っているのかと思った。

 ふらふら、ふらふら。
 赤い顔。

「何やってんの」
 走り寄れば、相手はあなたを見て弱々しい笑みを浮かべる。
「さ、行こっか」
 言いながら倒れてくる相手を、受け留めた。
「何やって――」

 熱い!?

 目を剝いて相手を見下ろせば、「心配ない」なんて言う。
「心配ないなんてことあるもんかッ!」
 大丈夫だと言い張る相手を強引に、相手の自室へと連れて帰った。

「やっぱり熱あるじゃないかッ!」
 布団に寝かしつけ、「何考えてんの!」とどやしつけてやれば、相手はプーイとそっぽを向く。
「帰れよ。この部屋から出てけ」
 不機嫌な声で言い捨ててきた。
 コホ、コホ。
(もう、可愛くないんだから)
 頬を膨らませたあなたは、でも相手は病人だ、と堪えてみせる。
「なんでそんな体で行こうとすんの」
 呆れ声で尋ねれば、そっぽを向いたままの相手がぼそりと洩らした。 
「お前が行くの楽しみにしてたから……」
 その言葉を、あなたは聞き逃さない。

 僕が行きたがってたから、無理して来てくれたってこと……!?

 だー、と心の中で感動の涙を流す。
「看病、頑張るからね!」
 握った両拳を振り言ったあなたへと、相手は冷ややかな視線を返してきた。
「心底ご遠慮申し上げますから帰れ」
 コホ、コホ。
「俺の所為で風邪うつったなんて言われたら迷惑だし」
「言わないもん」
 しばらく、睨み合って。
「じゃあ風邪うつらねぇって、言いきれるんだな」
「うん」
「うつったらタダじゃおかねぇぞ」
「了解」
「………………仕方ねぇな。俺を悪化させたらゲンコツだからな」
 ひたすら機嫌が悪い。
 ギロリ睨んでくる相手に、あなたはピシッと身を正す。
「はい! 謹んで看病させて頂きます!」

「りんごジュースは任せてね」
 続いた相手の言葉に、何故こうなった、とボーとする頭に手をやりあなたは考える。
「あーはいはい。何やってもいいからうつるな。悪化させんな」
 シッシ、と遠ざけるように手を振って、布団を引き上げた。
 ゴホ、ゴホ。

解説

はい。最後はさり気に悪化しているパートナーさんでした。
相手にうつしたくないのです。健気ですね。素直じゃないですね。
看病する側も看病される側も、頑張って下さい。

●目的
看病する側→懸命に看病して、相手の病状を良くする。
看病される側→懸命に、パートナーに風邪をうつさないように頑張る。

※風邪をうつさず、病状が少しでも良くなれば「成功判定」となります。

※時間帯は当日の昼~夜の間です。

※場所は看病される側の家です。

●りんご代として、1組につき300Jr戴きます。

●ちなみにですが
『あなた』が行くのを楽しみにしていた場所はどこなのでしょう?
文字数に余裕がある時は、考えてみて下されば嬉しく!

ゲームマスターより

皆様こんにちは、Motokiです。
どうぞよろしくお願い致します。

私はすぐに扁桃腺が腫れるので、首は厳重に保護! しています。
風邪ひいた時に絞ってもらう手作りりんごジュースは、感動的に美味しいです。

それでは。
皆様の素敵なプラン、お待ちしております!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  大人しく敷かれた布団に横たわる
前から二人で立てた予定だったから、取り止めたくなくて
でも、貴方や他の人にも病を移したかもしれないね
ごめんなさい

小さく可愛らしいりんごの兎
台所に立つ姿を見た事が無い彼が頑張ったのだと、すぐ分かった
ありがとう。大きい兎は今度教えてあげるね

移したくないのに、苦しい思いはさせたくないのに
貴方が傍に居てくれる事が何よりも嬉しい
そう、伝えたいけれど
まだ残る喉の痛みが声を奪っていく
苦しい。寂しい。
それでも、引き留めてはいけないと分かっているから

もう、大丈夫
ふふ。ラセルタさんが居ると、逆にどきどきして眠れないよ

訪れる温かな暗闇に瞠った目を、そっと閉じていく
…もう少しだけ、このまま


柳 大樹(クラウディオ)
  相変わらず何も無い家。
帰りに買ってよかった。(冷却シート、体温計、風邪薬
精霊に人間の薬が効くかわかんないけど。試しで。
着替えさせて、汗拭いて。
寝かせて、冷却シートをクロちゃんの額に貼ってと。
熱は測っといてね。

卸し金でりんご摩って、絞れるものは。(諸々物色
ガーゼ発見。未使用のを軽く水洗いして水切り。
擦ったりんごをガーゼに包んで、果汁を絞って湯呑に入れて完成。

飲み物持ってきたよ。(起きるのを手伝う
「精霊の、しかもあんたに罹る性質悪いのなんて俺も貰いたくないって」
気を付けるから安心しなよ。で熱は?
あんま下がんないなら、泊まるからね。
病人に拒否権がある訳ないだろ。

にしても、普段とすごいギャップ。(色気


レオ・スタッド(ルードヴィッヒ)
  風邪

状況
観たい新作映画のペアチケットを精霊が入手したと聞き嫌々ながら頼みこむ
仕事の徹夜明けでそのままダウン

くそ、今日に限って…
映画楽しみだったのに…

行動
離せよ!
オレんちに上がる気か!?
テメェ…!

最悪…時間作ったのに
シートはリビングの救急箱…子供扱いしないで!
(またルードに貸しが増えちまう
帰ってよ、移したらこっちも気分悪いのぉ!

でも家に一人きりだと寂しい
なんで心細くなるの、ホント子供みたいだわぁ…
少し寝よ、疲れた

(香木のいい匂い…落ち着く、どこかで嗅いだことがある…
…んん、ここに居てよ…

ちょ、なんでテメェが?
変なこと、してないよな…
ラ、ラクにはなった…わぁぁぁ!?(枕に突っ伏し
うるせーばかぁ!!


カイエル・シェナー(エルディス・シュア)
  家を出る時から自覚はあった
昨日から眠る事もままらならかった
だが、鼻風邪でもなければ咳も出ない
だから大丈夫だと思い込んだ

展示が見たいのも確かにあった
だが…
「うるさい! 依頼以外で初めてこちらから誘っておいて、断る事等出来る訳が無いだろう!!」
相手の小言に、珍しく感情露に怒鳴る自分に気が付いた

小言が止まる
何か拙い事を言ったかも知れない
そのまま無言で去っていく──思わず、引き止めねばと思っても小さすぎて声にならなかった

相手が持ってきたのは、りんごジュース
少し驚いたが、そこで昨夜から何も口にしていないのに気が付いた

「…美味しい」
以降無言で飲み切って

一息して眠く
「す、ま…ん」
気が抜けてベッドに突っ伏し眠る


フィリップ(ヴァイス・シュバルツ)
  同居中なので相方の部屋(買い出しに行く予定)
契約早々風邪引くって本気なのか?
あーはいはい。優しくないのは元々なんでね。どうにもならない
…が、とりあえず大人しくしてな。それ以上悪化させたくないならさ
アンタにだけは言われたくなかったその台詞
…いや、これ以上離れたら会話しにくい

薬飲んでないんだろ。ん、飲めよ
あー飲めないんだな? 見ただけで分かるそんなの

…俺もな、ガキの頃はよく風邪引いてた
目覚めた頃には部屋には誰もいなかったけど枕元にりんご切って置いてあった
多分…つか、絶対あれは――
…って、寝てんのかよ。人が話してる時に…
アンタ、鬱陶しいけどそう大人しいとなんか釈然としないんだよ。さっさと良くなれっての


●風邪が呼び起こしたもの
 フィリップは、同居中の精霊ヴァイス・シュバルツの部屋にいた。
 買い出しに行く予定だったのが中止になったのは構わない。ただ――。
「契約早々風邪引くって本気なのか?」
 呆れ半分、真顔半分の表情でアイスブルーの瞳を相方へと向けた。
「本気かどうか訊く奴どこにいんだよ」
 上掛けも被らず横にもならず、じとーっ、と黒曜石のような双眸で見てくるヴァイスに、「あーはいはい」と肩を竦める。その額に掌で触れた。
 やはり、先程よりも熱が上がってきている。
「優しくないのは元々なんでね。どうにもならない。……が、とりあえず大人しくしてな。それ以上悪化させたくないならさ」
 熱い額を押して、倒す。
「テラ優しくねぇ奴ー……!」
 倒れていきながら、恨み言を口にした。
 すぐに後頭部が掌で受け留められて、そっと枕の上へと乗せられる。
 ちゃっちゃと腕も布団に入れられ、掛布団が肩まで引き上げられた。
「前言撤回、やっぱ優しい」
 ゴホ、ゴホ。
 出た咳に、口を手で覆う。
 再び手を額にあててきて、相方が首を傾げていた。
「その冷めた目ェ止めろよ、熱上がったんじゃねぇっつの……言い慣れてねぇこと言って悪かったなぁこのやろー」
 モゴモゴ言いながら、見下ろす神人を恨めしく見上げた。
「って、分かってんだろーなぁ? 俺びょーにん。テメーは健康」
 言いながら、布団を口の上まで引き上げる。
「……ちけぇ、もうちょっと離れろぶぁーか」
「いや、アンタにだけは言われたくなかったその台詞」
 間髪入れず言った相手は、一歩も退くつもりはないらしい。
「これ以上離れたら会話しにくい」
 ――鼻も詰まってきたのか。
 零した相方に冷静に症状を推測されて、ヴァイスは布団の中で膨れ顔。
「……いーんだよ話しづらくて」
 溜め息混じりに、視線を逸らした。
「薬飲んでないんだろ。ん、飲めよ」
 聞こえてないのか聞き流すつもりなのか、しばらく見つめたフィリップが話を変えてくる。
「え、くす……り……?」
「あー飲めないんだな?」
 あっさり見透かす。
「はっ? なんで分かったし……?」
 ぽかんとすれば、「見ただけで分かるそんなの」と当然のように言われた。
 また後頭部に手を添えられて、顔を起こされる。フィリップのもう一方の手にはしっかりと薬が。
 う、と思わず声が洩れた。
「あーくっそ……! さり気に飲ませようとすんなし自分でやれるっつの」
 奪い取るように薬を持って口に入れ、差し出された白湯で流し込む。
「……にっげ……」
 のども痛てぇし……。
 コップをフィリップに押し付けて、掛布団を掴み引き上げながら横になった。
「飲んだからもう良いだろ……おら、さっさと向う行け」
 ゴホ、ゴホ。
 背を向けても、背後にある気配は動かない。
「……俺もな、ガキの頃はよく風邪引いてた」
「?」
 顔だけで振り返る。返事は返さなくとも、続きが紡がれた。
「目覚めた頃には部屋には誰もいなかったけど、枕元にりんご切って置いてあった」
(ふぅん……フィリップみたいなひねくれ君でも子供らしさがねぇ……)
 声を聞きながら、目を閉じる。
 つか、買い物については文句なしかよ。
 心の中で突っ込んで、途切れそうになる意識で思う。
(言ってくれりゃ、いいのに……)
 薬の所為か、部屋の温かさの所為なのか。
 意識がゆっくりと沈んでいく。心地いいと思った。
「多分……つか、絶対あれは――」
 自分の声に紛れて、穏やかな寝息が聞こえてくる。
「って、寝てんのかよ。人が話してる時に……」
 ふぅ……と息をついて、フィリップは寝てる相方のこめかみに触れた。
 熱が酷くなってないのを確かめて。
「アンタ、鬱陶しいけどそう大人しいとなんか釈然としないんだよ。さっさと良くなれっての」
 よく眠れるようにと、部屋を出た。

●風邪が連れてきた温もり
 ――若さに任せ体調管理を怠るからだ。
 呆れ返ったようなルードヴィッヒの視線に、神人のレオ・スタッドはムッと顔をしかめる。
 見返した瞳にもそれを充分含ませたのに、片手で自分を支える精霊は気にせずもう片方の掌を差し出してきた。
「……仕方ないな」
 何が仕方ないのかと掌に視線を落とせば、「鍵を出せ」と言う。
「離せよ! オレんちに上がる気か!?」
 腕を振り払えば、グラリ体が傾ぐ。
「病人が騒ぐな」
 溜め息混じりに再び腕を掴まれ支えられて、「テメェ……!」ときつく睨み返した。
「ほう、なら路上に転がして帰るが?」
 チロリ、本気の目で見返される。
「嫌なら大人しくしろ」
 今はそのつもりはないらしい。
 ドアが開けられ、ベッドの処まで連れて行かれた。
 同じマンション。なんなら隣室の住人であるから、間取りは知られている。
 手が離されて、ベッドへと倒れ込んだ。
(くそ、今日に限って……。映画楽しみだったのに……)
 しくしく泣きたい気持ちを抑えて突っ伏していれば、「冷却シートはどこだ」と部屋を見回すルードヴィッヒの気配。
「シートはリビングの救急箱……」
 腕だけ上げて指差せば、「ベッドに入れ」と気配が遠ざかっていった。
 観たかった新作映画。そのペアチケットをルードヴィッヒが入手したと聞いて、嫌々ながら頼みこんだ。
 なのに仕事の徹夜明けでそのままダウン。
 最悪……時間作ったのに。
「林檎はウサギにしてやろう」
 冷却シートを開けながらの独り言に、「子供扱いしないで!」と上体を起こせば、ペタンと額を掌で叩かれた。
「いたい……。――あ、れ? 冷たい……」
 額に触れれば、貼られた冷却シート。
 またルードに借りが増えちまう、と釈然としないままで布団を被り横になる。
 ゴホ、ゴホ。
 薬を用意するルードヴィッヒに、恨めしげな瞳を向けた。
「帰ってよ、移したらこっちも気分悪いのぉ!」
 掠れた声に相手は視線を向けて、コトリと枕元に風邪薬と水を置く。
「まあ、この前とは違い意識はあるからな」
 ――帰れというなら帰るとしよう。
 自分の上着を持って、出て行った。
 静かになった部屋。
 自分以外の気配がなくて、清々して。寂しくなった。
「なんで心細くなるの、ホント子供みたいだわぁ……」
 薄っすら滲む涙は、熱が出てきた所為に違いない。
「少し寝よ、疲れた」
 玄関のドアを閉めて、ルードヴィッヒは暫し動きを止める。
 施錠出来ない……。
 無用心だと、自宅から仕事道具を持ってくる事にした。
(少し経てば、寝るだろう)

 薬に手を付けてない……。
 予想通りだが、とベッドの傍らに立って、寝ている神人に薬を飲ませる手立てを考える。
(……口移しでもいいが、暴れたら面倒だ)
 抱き起こして飲ませる事にした。
 ――香木のいい匂い……落ち着く。
 どこかで嗅いだことがある香りに安心して、レオは為されるがままに身を任せる。
「……んん、ここに居てよ……」
 擦り寄ってくる相手に一瞬驚いて、ルードヴィッヒは僅かに目を細めた。
「起きてはいないか。……安心しろ、傍に居るぞ」

 目を覚ましたレオは、間近にあるルードヴィッヒの顔に目を?く。
「ちょ、なんでテメェが? ――変なこと、してないよな……」
「お前が離さないからだろう。少しはラクになったか?」
 見上げた相手の声がいつもより少し優しかったから、思わず素直に頷いた。
「ラ、ラクにはなっ……た……」
 そうして、自分の腕が精霊に抱き付いている事に気付く。
「わぁぁぁぁぁ!?」
 何コレ何で!? とパニックを起こし、慌てて枕に顔を埋めた。
 ――今オレ、自分から擦り寄ってなかった!?
「照れずとも良いのだぞ」
 笑いを含む相手の声が、見透かされているようでムカつく。
「うるせーばかぁ!!」
 掠れた絶叫が、響いていた。

●風邪が連れてきてくれた温かい闇は
 無言で布団を敷いたラセルタ=ブラドッツは、大人しくそれに横たわった神人に、ただひと言「何故だ」と問うた。
 自分の身は大切にしろと再三伝えた筈なのだ。なのに――。
 怒ったような声音は、心配しているから。
 それが分かっている羽瀬川千代は、そっと恋人を見上げ、申し訳なさそうに眉を下げた。
「前から2人で立てた予定だったから、取り止めたくなくて」
 笑顔で返しながら、「でも」と言葉を付け加えた。
「貴方や他の人にも病を移したかもしれないね。――ごめんなさい」
 いつだってそう。
 そんなふうに、彼は真っ先にラセルタや他者の心配をするのだ。
 お人好しの千代らしいとは思うが、己を軽んじる悪癖でもある。
 今後は窘めなければ、とラセルタは密かに心に誓う。
「少し、休んでいろ」
 額にあてた手でそのまま髪を撫でて立ち上がった。
 この上なく真剣な顔で、台所に立ったラセルタはナイフを握る。
 まな板の上で半分に切った時から、りんごは均等では無かった。
 ――中々難しいな。
 慣れぬ作業に、力が入ってしまう。
 けれどりんごを千代の好きな兎の形にしようと、奮闘した。
 随分と小さく可愛らしいりんごの兎を、用意されたフォークで刺し持ち上げる。
 明らかに身を剥ぎ過ぎな兎をじっと見つめる千代に、精霊が頬杖を付いてぼそっと告げた。
「……食べやすいだろう。この方が」
 ぶすりとした声に、反論は許さない、と含まれている。だからではなく、千代は「うん」と頷いた。
 台所に立つ姿を見た事の無い彼が、頑張ってくれたのだとすぐに分かったから。
「ありがとう。大きい兎は今度教えてあげるね」
 只々素直に喜び、甘い兎を口に入れた。

 横になった千代の額に乗せた濡れタオルを、時折ラセルタは替えてやる。
 熱を吸ってすぐぬるくなるタオルに、何度も水を換えにいった。
「水……冷たいよね」
 ゴホ、ゴホ、と咳をするのを布団で隠しながら、ごめんねと言い出しそうな千代が見上げてくる。
「これくらい平気だ」
 答えたラセルタに、微笑んだ。
(移したくない)
 苦しい息の下で、千代は思う。
(こんな辛い思いはさせたくない)
 なのに。
 貴方が傍に居てくれる事が何よりも嬉しい……。
 せめてそう、伝えたいのに。
 まだ痛む咽喉が、声を奪ってしまう。

 苦しい。
 寂しいよ。

 それでも。
 引き留めてはいけないと、分かっているから。
「もう、大丈夫」
 掠れて上手く喋れない声で、辛いくせに微笑みを浮かべる顔で、そう告げた。

(いっそ俺様に移せ……)
 頭を過ぎった馬鹿な考えを声に出しそうになって、ラセルタは口を噤む。
 こうして看病している事すら、気遣いの塊である千代には負担かもしれない、とも思う。
 だが。
 ――もう大丈夫。
 声にしたそれとは別の、違う願いがこの耳には確かに聞こえた気がしたのだ。
 頭を撫でた掌が、そのまま熱い頬に触れる。
「千代が眠るまで、いてやる」
 言えば、一瞬止まった千代が「ふふ」と笑った。
「ラセルタさんが居ると、逆にどきどきして眠れないよ」
 笑顔のままで、見上げてくる千代の。
 その瞳へと、手を伸ばした。
 潤む金色を掌で隠されて、温かな暗闇の中で千代は目を瞠る。
「こんな時くらい、笑わずともいい」
 聞こえた言葉は、まるで優しい呪文のようで。
 ゆっくりと千代の中に沁み込んで瞼を閉じさせていった。
「……もう少しだけ、このまま」
 この震えて掠れた声は、ちゃんと届いてくれただろうか。
 聞こえていても、いなくても。
 心配いらぬと言うように、闇の先で恋しい声が応えてくれる。
「ゆっくり眠れ」
 此処にいる――と。

●風邪が狂わせてくれたもの
 マイペースにも程がある、と精霊のエルディス・シュアはブツブツと相手に小言を言っていた。
「確かに世界中の展示レベルの宝石が集まる『世界の宝石展』なんて稀少だろう。だがな。お前の辞書には無いかもしれないが──病人は家で寝るもんだ、ド阿呆!」
 これじゃあ、こいつバカじゃ済まないぞ。
 そう思わずにはいられない。自分の体より、珍しい宝石を見る方を優先したのだから。
 ベッドに座り、小言から一気に怒鳴りつけられたカイエル・シェナーは、不服げにツイ、と眉を寄せる。
 展示が見たいのも確かにあった。
 稀少なのもその通り。
 だが――。
「うるさい! 依頼以外で初めてこちらから誘っておいて、断る事等出来る訳が無いだろう!!」
 怒鳴り返した瞬間、小言が止んだ。
「…………?」
 途端に、不安が襲う。
 何か拙い事を言ったかも知れない。
 思ったカイエルの前で、精霊が背を向けた。
 そのまま無言で去ろうとするエルディスに、カイエルは手を伸ばす。
「……っ……」
 引き留めなければと発した声は、小さ過ぎて届かない。
 閉まったドアに、ゴホ、ゴホ、と咳だけが出た。
 咽喉が引き攣れるように痛む。手をあて、掠れる息で懸命に呼吸した。
 家を出る時から、自覚はあったのだ。
 昨夜から、寝る事もままならなくなっていた。
 けれども鼻風邪でもなく、咳も出ていなかったから――。
 だから。大丈夫だと思い込んでしまった。
(そんなに、おかしな事を言ったのだろうか……)
 エルディスがツッコミもせず出て行くなど、初めてだった。
 回らぬ頭では、分からない。
「冷えてきたな」
 ぽつりと零して、青い瞳はドアを見つめていた。

(……ちょっと待て。あいつ、さっき何て言った?)
 初めてカイエルが声を張り上げ言い返してきた言葉。
 必死そうに、訴えてきた言葉。
 己の感情を整理する為に、エルディスは無言で台所に立っていた。
 りんごを持って、その赤を見つめる。
 確かに、あいつは綺麗なものが好きだが──。
 だが確かに、誘われたのも初めてだった。
 自分が意識していなかった事を、カイエルは意識していたのだ。
「ほんと、ド阿呆……」
 呟いて、りんごを洗った。

 ガチャリとドアが開いて、入って来た精霊が持ってきたのはりんごジュース。
 少し驚いて、カイエルが呆然とエルディスを見上げた。
 そうして、昨夜から何も口にしていない事に、今更ながら思い至る。
 何も言わず差し出してくるコップを受け取って、口へと運ぶ。
 甘い液体が、やさしく咽喉を通っていった。
「……美味しい」
 見下ろすエルディスの前で、心からの感想を言葉にする。
 一瞬浮かんだ彼の笑顔を、精霊は見逃さない。
 それ以降は黙って飲む相手を、こちらもただ黙って見つめた。
 気付けば、飲み切ったコップを渡されて。
 グラリ揺れたカイエルが、目をゆっくりと閉じていく。
「す、まん……」
 そのまま気が抜けて、ベッドに突っ伏した。
「おい、そのまま寝たら……!」
 言った精霊の言葉も、静かな寝息を立てる神人には聞こえていない。
 溜め息ひとつ吐いて、コップをナイトテーブルへと置いた。
 倒れた格好のまま眠るカイエルを1度抱き上げ、寝かし直す。
 掛け布団をかけて、しばらく傍らに立って見下ろした。
「……調子が狂う」
 真顔でぼやいて、相手の額にかかる金の前髪をよけた。
「また、一緒に出掛けような?」
 返事はなくとも、答えは分かっている。
 ――次は俺が誘うべき?
 なんて事も、脳裏に浮かんでいた。

●風邪で改めて思うコト
 精霊のクラウディオに肩を貸しながら部屋へと入った柳大樹は、相手がフードと被り口布を取りシャツと緩めのズボンに着替えている間に、何か役立てられるものはないかと家の中を探ってゆく。
 ――相変わらず何もない家。
 そんな感想を抱きつつ、クシャと薄茶色の髪を掻いた。
(用意してて良かった)
 冷却シートに体温計、薬を紙袋から出す。
 風邪薬の箱に書かれた説明書を読みながら、首を傾げた。
(精霊に人間の薬が効くかわかんないけど……)
 まあ試しでと、全てを持ってクラウディオの傍に戻った。
 ひどく緩慢な動きで着替えている精霊を手伝って、「ああ待って」と汗を拭いた。
 またすぐに汗をかくだろうが、このまま着替えればシャツが濡れてすぐに風邪が悪化しそうだ。
「はい、寝てね」
 掛け布団を被せポンポンと叩いて、冷却シートをクラウディオの額に貼る。
「熱は測っといてね」
 体温計を渡して、「後は……」と腰に手をあてれば、体温計を精霊が持ち上げ見ていた。
「熱……」
 初めて使用する体温計を見つめていれば、「腋に挟んでね」と大樹の声がする。見返し頷くと、キッチンに消えて行った。
 ――これが風邪か。
 怪我に因る発熱に感覚が近いなと、どこか冷静に自分の体を分析してから緩く首を振った。
(これでは、大樹を護れない。早々に治さなければ)
 シートの冷たさが心地よくて、目を瞑る。が、すぐに浮かんできてしまう。
 大樹の行動を妨げてしまった、と。
 学校が早く終わるからと、就職活動用のスーツ購入に護衛として同行予定だったのに。
 瞼を開け、熱の所為でぼんやりとしている瞳で天井を見上げた。

 キッチンでは、卸し金でりんごを摩り終えた大樹が「何か絞れるもの……」と引き出しを物色していた。
「発見」
 見つけた未使用ガーゼを軽く水洗いして水を切り、摩ったりんごを包む。
 絞って果汁を湯呑に入れれば、はい出来上がり。
「飲み物持ってきたよ」
 肘を付いて置きあがろうとするのを背を支えて手伝って、湯呑を差し出した。
 ドクンと熱のある体を揺らして、クラウディオは大樹を見返す。
 目が合うと、すぐに視線を逸らせた。
 やはり――。
 気遣われると、思考が僅かに乱れてしまう。
 それは相手が大樹だから、起こる反応で。
 どうしたらいいのかが判らない。
「接触は、控えるべきだ。うつる可能性が、高い」
「精霊の、しかもあんたに罹る性質悪いのなんて俺も貰いたくないって」
 ゴホ、ゴホ。
 出た咳に口を覆えば、相手は気にしていない様子で掌を差し出してきた。
「気を付けるから安心しなよ。で熱は?」
 測定状態のままの体温計を乗せる。
 確認した途端、ツイと眉が寄せられた。
「あんま下がんないなら、泊まるからね」
 またドクンと、鼓動が乱れた。
「何を、言っている」
 ――帰るべきだ。
 護るべき相手に、風邪など移したくはない。
 それなのに。
「病人に拒否権がある訳ないだろ」
 あっさりと、一蹴されてしまった。
「飲んでみて」
 言われて、手の中にある湯呑を見下ろす。
 口に含めば、甘みが広がった。
 コクンと抵抗なく、咽喉を通っていく。
「どう?」
 尋ねた大樹に、青灰色の瞳を向けた。
「……美味しい」
「俺いるし、りんごもまだあるから。飲みたくなったら言って」

 傍にいてくれるのが心地よくて。
 心配してくれるのが嬉しくて。

 その思いを自覚しないままで、クラウディオは僅かに唇を綻ばせる。
 大樹を見返した、熱で潤む瞳も緩んで細められた。
「病人は大人しく寝ててね」
 飲み終わった湯呑を受け取って、背を向けて。クシャリ大樹は髪を掻く。
(にしても、普段とすごいギャップ)
 クロちゃんって風邪ひくと色気出るんだ、と密かに感心した。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター Motoki
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 01月10日
出発日 01月18日 00:00
予定納品日 01月28日

参加者

会議室

  • [4]フィリップ

    2016/01/14-00:29 

    …フィリップ。あとヴァイス・シュバルツ。

    契約早々風邪なんてツイてないな…俺もあいつも。
    丈夫な精霊が引く風邪ってどんなのかと思ったけど、ごく普通の風邪…だった。

  • [3]レオ・スタッド

    2016/01/13-23:37 

    ルードヴィッヒ
    「ルードヴィッヒだ、よろしく頼む
     こちらは風邪とは無縁そうなスタッドが風邪を引いた
     体調管理を怠るからこうなるというのに…

     俺が世話を焼くと言ったらまた騒ぎそうだが、仕方あるまい
     引き始めが肝心だというし、皆も気を付けるようにな」

  • [2]柳 大樹

    2016/01/13-22:49 

    はいはい、柳大樹でーす。よろしく。

    俺のところは精霊のクロちゃんが風邪引きましたー。
    丈夫な精霊に風邪引かすとか、根性あるウィルスだわ。

    何はともあれ、皆のとこもよくなるように祈ってるよ。

  • [1]カイエル・シェナー

    2016/01/13-15:45 

    カイエル:
    カイエル・シェナーだ。個別描写だが、どうか宜しく頼む。

    エルディス:
    さり気なく俺、精霊なのに紹介してもらってない!
    エルディス・シュアと言います。どーぞよろしく!

    カイエル:
    場所は看病される側の家……か。人を入れた事は無いのだが。

    エルディス:
    ──(嫌な予感しかしない)
    …っと、とにかく! どうかよろしくっ!!


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