プロローグ
A.R.O.A.の支援を請う男の名は、ドミトリ、人の好さそうな三十代半ばの青年だ。画家を称するドミトリは、携えた荷のなかから小ぶりの画布を取り出し、貴方達のまえに置く。
「拙作です。描きかけのものでお恥ずかしいかぎりですが、くどくど説明するより、現物をじかに見てもらうほうが早いと思いまして」
何処かの街道の景観を描いたものらしい。奧の消失点に向かってゆったりと伸びるベージュの曲線、右手下には涼やかな木立、帽子を脱ぐ旅人、若葉を食む仔馬。
しかし、なにより鮮やかなのは、画布の上半分を占めるいっぱいの天空、その、青。
画面のなかに、太陽はない。しかし、絵の青はまるで日光のきらめきと熱を含んでいるかのよう、豊かな質感をもって貴方達を圧する。
素人目には完成品と遜色なくみえる。だが、目利きのきくものならば感じるだろう、なにか肝心な部分がすこし足りないのだ。人物? 静物? 否、構図は完璧だ。貴方に心得のあるなら、もう一度、矯めつ眇めつしてみるがいい。やがて、すとんと了承するはずだ。
彩度に欠ける。
「空、がまだ中途なのです」
顔料が足りないからだ、とドミトリは述べる。
「この絵の青空は、ヘイズブルー、と私たちが呼ぶところの顔料を用いて塗られています。この顔料は、ある植物の花から生成されます。ところが、その花はある北方の土地でしか生育できず、従ってヘイズブルーは量産が難しく、ここいらではなかなか手に入りません」
特定の後ろ盾をもたぬ私などの収入では、とてもとても、さほど沢山あつかえるものではありません。
ドミトリは弱々しく笑う。買い手の予定のない図画に軽々しく使えるものではない、と、苦く付け足す。けれども、ドミトリは実際にヘイズブルーを少なからず活かしてこの絵を描いた。この絵はそうでなければならぬ、と、判断した。
「いつかまとまった金銭が手元に舞い込んだら、そのとき仕上げよう、ずっとそう思っていたのですが……。先だって、少々興味深い話を耳にしました」
咲かないはずのヘイズブルーの花が、この近くで見付かったかもしれない。
ここよりそう遠くない渓谷に迷い込んだ旅人が、たまたま見掛けたらしいのだ。「かもしれない」「らしい」と続くとおり、実に曖昧な証言である。しかし、だからこそ確かめてみたい、ドミトリは力強く言い切る。
「ただの見間違いだったとしても、今までとなにも変わらない、それだけのことですからね」
さて、ここからが、ドミトリがA.R.O.A.を頼った理由となる。そしてまた、彼が一人でその土地へおもむかない理由でもある。
どうやらヘイズブルーの花があるらしきあたりに、デミ化したワイルドドッグの集団が出るらしい。渓谷に迷い込んだ旅人も、命からがら逃げるのに精一杯で、証左となりうる植物を持って帰ることはあたわなかった。
「私はスケッチのたび散策に出掛ける関係で、件の渓谷のほうにも、いくらか土地勘があります。ですから、私が貴方たちを道案内をいたします」
もっとも、と、ドミトリは付け加える。念を押すが、旅人の証言は曖昧だ。目的地が少々明確でない分、想定より多く歩き回る可能性もおおいにある、一日程度の野宿は覚悟して、装備をととのえてほしい。
その他、思い付くかぎりの忠告を次々と並べる。
旅人の証言によれば、ワイルドドッグの群れは十匹に満たない程度だったとのこと。群れ全体を殲滅させる必要はないが、後日あらためて出向かなければならない可能性も考慮すると、半数ほどに減らしておくことが望ましい。
そこまでの道のりは、ほぼ川伝いだ。上流へ向かうことになるので、行きは坂を登るとみていい。そこまでの急坂ではないが、濡れたときの用意、或いは濡れても平気な支度も考えておいたほうがよいだろう。
花がなかったとしても、長々とウィンクルムたちを連れ回すような真似はしない。前述にもあるように、期間は最大でも一昼夜とする。花が見付かればそこまでで良し、無論、花が見付からなかった場合でも、多くはないが、謝礼はする。
「北にしか咲かないヘイズブルーが、どうしてこのあたりで見付かるのでしょうか」
とウィンクルムに問われたドミトリ、疑問符で応じる。
「さあ、私にはなんとも……。すいません、植物の生態にはさほど詳しくないものですから。しかし、北方だからといって、どこにでもあるわけでないのは確かです。人工栽培はまだ成功していない、と聞きました」
鼻に皺寄せて思案する。
「ああ、そうそう、人里を離れた湖水地帯の側に生る、とも聞いたことがあります。ええと、霧浮湿原……すこし違うかもしれませんが、そんなふうなかんじの地名でしたね。当地では、忘れ水の少女とも呼ばれているとか。忘れ水、ですか? 人目につかないところを流れる水のことですよ」
――……よろしくおねがいします。
画布を片付けながら、ドミトリは丁寧に頭を下げる。
解説
「ドミトリを無事に連れて帰る」が、依頼の達成の最低条件となります。花が見付かる・見付からない、は、直接は関係ありません。
目的地までは、川沿いの山道を歩くことになります。案内人もいることですし、帰りを迷う心配はありません。
期間は多くても一泊二日ですが、ヘイズブルーを探す際「こんなかんじのところに咲くのではないか」と見当を付けてくだされば、それが正解の場合、期間はぐっと短くなります。
デミ・ワイルドドッグに対しても、十分な余裕をもって対処することが可能となり、危険度が減ります。
ゲームマスターより
目を通していただき、まことにありがとうございます。
こんにちはこんばんはおはようございます(多分どれかはヒットする)、紺一詠です。
私自身初めてのエピソードですので、オーソドックスなおはなしを用意させていただきました。
皆様のドキドキをほんの少しでもお手伝いできましたら、幸いです。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)
ドミトリさんの絵が無事完成するように無事ヘイズブルーを見つけることがいいですね。 今でも十分素敵な絵です。きっともっと素敵になりますよ。 私とイヴェさんは戦闘に不慣れですのでできる限りお花の探索の方に力を入れたいと思っています。 罠などの設置もするということですのでそちらの方もしっかりお手伝いできれば。 あと獣除けの匂い袋なんかがあれば安心かもしれません。 出発前に図書館等でのヘイズブルーのことをしっかり調べたいと思います植物学の本でいいですよね?読み返すためにもしっかりメモも取っておきましょう。 物事を覚えることや知識はイヴェさんの方があると思うのでイヴェさんの意見もきちんと欲しいです。 |
かのん(天藍)
憶測 その花は未開の土地、水温が低い清流付近の湿地帯にでも生えるのでしょうか? 出発前にガーデニング仲間の伝手と植物学の知識を使い、ヘイズブルーの原料となる花の生育環境の条件について情報収集(スキル使用) 情報の内容次第で憶測は修正 集めた情報から生育条件と適合しそうな場所をドミトリに尋ね、探索範囲を絞り込む 栽培技術を確立するための一助になる可能性があるので、見つけた際には生育の状況、周辺の土地条件等詳細に記録 敵と遭遇・戦闘の際には、トランス後、自分はドミトリの護衛に専念 用意を天藍に任せていた野営道具はその半分を自分の荷物に引き受ける 野営時に交代で火の番をしている天藍達を気遣い、体の温まるお茶を用意 |
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
ヘイズブルー、見てみたいな だから私は探索に力を入れるね。 大丈夫、私これでも足腰強いんだ 無茶な行動はせず、だけどくまなくお花を探すよ。 どんなところに咲くのかな… 空の色に使うんだから、きっと綺麗な青だよね 霧浮湿原、ヘイズブルー…… ヘイズってのは確か、靄って意味だったかな? 忘れ水の「人目につかないところを流れる水」は多分この靄を指してる? 靄の発生原因から考えると… 昼間は日光が当たるような所で尚且つ小規模でも滝ないし湖畔とか、周りに水分が飛ぶような場所?かな? …ふふ、ディエゴさんの受け売りだけど。 【支給要請】 長靴 レインコート タオル をウィンクルムとドミトリさんの分 ハロルドとディエゴで分担して持ちます。 |
ロア・ディヒラー(クレドリック)
ドミトリさんの絵、完成した所を見てみたいな。そのためにも、お手伝いします! 服装 長ズボン、長袖の衣服。靴はスニーカー。上から支給のレインコート着用。 持ち物 罠用の紐 鈴複数個 学校から借りてきた方位磁針 リュック(上記物を入れる) 行動 かのんさんのヘイズブルー生育状態調査結果とドミトリさんの案内で協力して探すよ。霧に隠された湖に生えてたら幻想的かも。 野営地では周囲に紐と鈴で音の鳴る罠を設置を手伝う。 戦闘ではみなと協力。後方でドミトリさんの安全確保とクレドリックのサポートでトランスも使う…よ。 頬だけど、目閉じてよ!うー…恥ずかしいけど安全の為! 「うわー…どっちが悪役だかわかんないよ、クレドリック。超怖ーい」 |
●1
上流へ向かうのだから、往路は当然上りである。が、勾配は案外ゆったりと、並みの山道に比べれば幅もある。川沿いは濡れているけれども、目立つ障害も見当たらず、鈴生りの荷を携えるウィンクルム達には幸運だった。
爽涼な渓谷の大気は、わずかに甘い。生欠伸をこっそりと噛めば、薄荷糖を噛んだように冷える喉。すこしばかり調べ物に熱中した思考には、丁度いいぐらいの刺激だ。かのん、静けさを乱さぬよう、小さくちいさく――吸って、吐く。
「イヴェさんはどう思いますか?」
「そうだな……。もしかしたらヘイズブルーは高山植物かもしれない」
かのんのすこし手前を歩くのは、淡島 咲と彼女の精霊のイヴェリア・ルーツ。図書館で資料をあたってきたという、彼と彼女は情報を交換し合っている。北の地、湖水地帯、それらの手掛かりから自分なりに考えて、至った結論のひとつを、マキナらしい生真面目さで、イヴェリア、吶々と。
対等の討論というより、尊敬する師の講話に耳を傾ける高弟がごとく、咲はイヴェリアの話にいちいち真剣に頷き、時におっとりと微笑み返す。
「イヴェさんは思慮深いんですね」
「……専門的な知識は、しっかり学ばないと手には入れられない。サクより長く生きているだけだ」
そのたびイヴェリア、万分の一にも満たぬ秒刻、言葉を切り、けれどまるで何事もなかったのごとく、対話を再開する。
あれはおそらく、気の利いた返事を思い付かなかっただけだろう。初々しいですね。かのん、彼等に向けてやわらかく笑みを零せば、思わず足が止まった。
視線、かといって鋭利なものでなく――……、
「別に疲れたりなんかしていません」
かのんのパートナーである天藍が、警戒するようにかのんを見張っている。ヘイズブルーの詳報を得ようと、ガーデニング仲間の伝手を伝いにつたったせいで、少々気疲れしてはいたが、身体はまだまだ元気だ。かのん、天藍が用意した夜営道具の半分、食料や水や、を掲げてみせる。
「ほら、ね」
天藍、口許を苦く歪める。
「潰れられたら、俺が困るからな」
「ええ、理解してます。我が身の限界だって、とっくと理解してますよ」
いくぶん余所行きの笑顔で追い打ちされれば、天藍はもうなにも口に掛けられない。かのんと天藍と、性差からして彼のほうがよけいに荷を担うのが妥当とおもわれたが、かのんはストイックな口調で「それでは不公平です」と断った。
年下から頼られる一方だった天藍は、独り立ちした女性に頼ってもらう術を知らない。
「ねえ、クレドリック。クレドリックってば」
好奇心の為すがままざくざく進むクレドリックのあとを、ロア・ディヒラーは懸命に追う。方位磁針、警備に使うための鈴等で填充したリュックのせいで、ともすれば置いてけぼりを食らいそうになりながら。
「……クレちゃーん?」
当て付けがましくとっときの呼びかけ(ただし真心はこもっていない)をしてやれば、ようやくクレドリックはロアに振り向く。
「はりきっちゃって。あとでばたーんってなっても知らないから」
「なに。そのときはそのときだよ」
そのときって、私に世話を着させるつもりでしょう。ロア、抗議のつもりで睨め付けるが、クレドリックは馬耳東風、鹿の角を蜂が刺す(ディアボロの角、と言い換えたい)、高笑いなどしながら(大自然にまったくそぐわない)、レインコートの下の白衣をはためかせて(逆の重ね着のほうがいいとか言い出さなくてよかった、ロアは思う)、なおいっそう歩調を速めるのだ。
一方で遅れがちなのは、ハロルドとディエゴ・ルナ・クィンテロ、そして、ディエゴに庇われる案内人のドミトリ。だが、ディエゴの目下の心配は、実は弱者である筈のドミトリよりも片割れのハロルドだ。
「ハル、どうした?」
決定的な遅れとはならないよう気を遣いつつも、折をみては立ち止まり、周囲にきょろきょろと目を回して、かと思えば足許をじっと見遣って佇む、ハロルドはやけに落ち着かない態度だ。
ヘイズブルーを見てみたい、と、ハロルド、語っていた。だから探索に力を入れる、と。『きょろきょろ』の原因はなにひとつ見逃すまいと決めたそれだと察するが、あとは何事か。ディエゴの屈託を汲み取ったハロルド、夢から醒めたような顔付きでディエゴに向き直る。
「ん。足が、」
もしや挫いたか、と、ディエゴは身構える。応急手当の道具は一揃え調達してあった。ハロルドはけして運動神経が悪いわけではないが、己の感情や感性を己で測りかねるような部分がある、つまるところ、自らの痛みに、鈍い。
ハロルド、ふ、と、息を吐く。固い彼女の相好は、赤の他人からみれば、ポーカーフェイスとほとんど変わらぬよう見える。だが、ディエゴ、ハロルドの口辺のかすかな綻びから、たしかにハロルドの欣喜を汲み取る。
「足が、おもしろい」
彼女は純粋に徒歩を満喫していた。長靴で歩くという珍事に興を覚え、踵、爪先、自信があるといってた足腰のほとんどで、いろいろな感覚を試しているだけらしい。濡れてもいいように、と、用意したレインコート、頭のてっぺんまでフードを覆ったりし、雨天なわけでないからそこまでしなくていいのに。まっさらな赤ん坊が五感をくまなく用いて新しい世界と戯れる要領で。
ああ、そうだ、無茶はしないと約束させたからな――ディエゴ、喪服めいた衣装の下、肩の力をすこし抜く。
『すいません』
連れが迷惑をかけて、という意味でディエゴはドミトリに目礼する。いいえ、と、ドミトリはかぶりを振った。
「ウィンクルムの方たちは個性的ですね」
彼もまた純粋に享受していた、ウィンクルム達、それぞれの気持ちと遣り取りを。たといヘイズブルーが見付からなかったとしても、今日のの体験だけで新作が描けそうですよ、と、口にして、
「そうだ。たしかもう少し行った先で、ワイルド・ドッグに出会したらしいんですが……」
彼が指をあげるかあげないうち、デミ・オーガ・ワイルドドッグたちの群れは道の左手、叢雲が沸き起こるよう、現れる。
●2
証言よりも、いくぶん早い出現。ひょっとすると獣除けがかえって仇となったのかもしれない。
デミ・オーガ化した生類は元の習性や能力を受け継ぐが、性格はいっそう凶暴性を帯びる。なかには人間への恨み辛みでデミ化を速めた野犬もいるという。通常とは違う気色を察知し、様子見にやってきたなら、見てくれだけならばさして強そうではない男と女、だから遠慮なく襲撃を開始した、そんなところかもしれない。
むろんその瞬間にそういうふうな冷静な判断はしない、彼等、彼女等はウィンクルムだったから。約束された手続きをはじめて、幕を開くだけだ。
『覚悟を決めろ』
ハロルドはディエゴの頬にくちづける。無垢な湧水のにおい、透徹のキス。
『この場所は、貴方にお任せします』
かのんは天藍へ口付けを分ける、笑んだばかりの青薔薇から朝露をこぼすが如く。
しかし、ロアとクレドリックは――……、
「どうした、安全のためだ。さっさとしたまえ」
「ね、ねえ。トランスしなくてもいいんじゃない?」
戦闘は得意でないといっていた咲とイヴェリアですら、先程は慈しみと親しみを交えつつ、しかしなんとなしぎこちないダイアローグを繰り広げていた二人ですら『貴方にすべてを捧げる』ごく自然にトランスをおこなっているのに、ロア、寸前で途方に暮れる。
デミ・オーガならばトランスせずとも倒せるし、スキルを使おうと思わなければトランスの必要はないし、第一キスなんて……とても、めんどうだ。ロアはしどろもどろに抗弁する、焦れたクレドリックが彼女の腕を掴むまで。
「フィールドワークの好機を、むざむざ逃すわけにはいかないのだよ」
「ふぃーるどわーく?!」
乙女の唇をなんだと思っているのかとただす間もなく、ロアはクレドリックに引き寄せられる。自動的に目を閉じてしまったから、そのときのクレドリックがどんな顔をしていたか、彼女には分からないけれども。彼はかっと見開いたまま恐ろしい形相の、ロマンティックとは程遠い、大事な瞬間だというのに、多分そうだろう。
詰るつもりで『永久に誓う』インスパイアスペルを唱えれば、ライラック色の光彩が散り敷かれる。
両の腕開いたディエゴがすっくとかまえる二挺、躍り掛かるデミ・ワイルドドッグの腹を目標に、露払いの火を放つ。ダブルシューターII、速射、連射、それぞれに指向をたがえる二本の弾道がデミ・ワイルドドッグの雪崩打つ進攻を阻む。ディエゴはいったん腕を引き、狙いを新たに定め、それから見返りもせずに、短く、
「ハル、下がってろ」
ハロルドへの指示の言外は、『下がり、自分と自分以外のものを守れ』。ハロルド、深くうなずく。なにがあっても大丈夫。ディエゴさんがきっと守ってくれる。彼女は実行する。戦えない神人たちを庇うように、そのなかに、かのんもいる。
脆弱な自分ではいまだ天藍の足手まといにしかならぬから――彼女よりも無力なドミトリを支えるように、彼の前へ腕を上げ、しかし目だけは戦場の天藍に向ける。天藍の剣筋を知りたい、と欲求するそのときの彼女から、優しさが消える。
硝煙の立ちこめる最中を切って跳ぶ、天藍。前髪がくずれ、額にかかる。エトワール、臭味芬芬たる漿液したたらせるデミ・ワイルドドッグの牙から身を反らす。
「来い!」
二振りのダガーで挑発する。円舞に似た大振りの移動は、デミ・ワイルドドッグの狙いを己に引き付けるためだ。数でウィンクルム達に勝る獣等の一部が群れから分かれて、天藍を取り巻く。
最前で一人敢闘する彼を恰好の贄とみたか、3体が、ほぼ同時に天藍に組み付く。天藍、1を避ける、2を躱す、しかし3は彼の……と、イヴェリアが一心に引き金を絞った結果が、3匹目のデミ・ワイルドドッグの攻勢を削ぐ。
そして、
「ククク、」
喉を震わす嘲弄に続き「フハハハハハ!」と、デミ・ワイルドドッグの轟々した唸りをもオーバーする、絶笑。
「貴様たち悪を葬るのに存分に使おうではないかこの力! 冷徹な氷の刃で切り裂こう。醜い悲鳴を聞かせたまえ!」
「あのね、クレちゃん。スキルじゃない普通の攻撃で、その台詞は……」
どっちが悪役だかわかんないよ、超怖ーい。
いわゆるドン引きに近い状態の神人を放り出し、輪転させたスタッフから水の魔法を解放するクレドリック。トランスって性格までトランスさせるものだっけ(嘘。いつもどおりだ)、と、視線を遠くするロア。後尾で真率に努めるイヴェリアに、何故か申し訳なくおもったり。
水を打ったような静けさという言い回しがあるが、今、彼等のかたえの川面を打つのは、高く低くをくりかえす銃声、獣の呻き、剣の作る真空の残響、あいかわらずの哄笑。だが、それらもだんだん、かげろうように薄くなる。
前に出過ぎず、後ろに下がりすぎず、数度の撃発。そして、二度目のダブルシューターIIをディエゴが終える頃には、既に敵は半数を切った。漸く不利を悟ったか、デミ・ワイルドドッグたちがじりじりと引き下がっていく。天藍、追うか否か束の間悩み、取りやめる。浅い傷を数本負っていた。痛みだけでも引かせるべく、ディエゴが処置する。
「できればデミ・オーガを殲滅してしまいたかったが……」
天藍、ダガーをホルダに納める。体力の低下した時分を見計らって、再襲撃を謀る可能性もある。連続の襲撃は避けたい、だから一度で片付けてしまいたかったのだが、彼一人が突出しても徒にデミ・ワイルドドッグに嬲られておしまいだろう。
「守るべきものを見失ったら、おしまいだろう」
たとえば己の神人を。酷く切実ななにかを含んだようなディエゴの助言に、ああ、と天藍、納得した。
そして、課題ははじめへ戻る。
いったいヘイズブルーは在るのか、ないのか。在るならば、それはいったい何処か。
「ルーツさんを否定するつもりではありませんが……」
全員の昂ぶりが鎮まるのを待ち、かのん、高山植物ではないらしい、と、切り出す。少なくとも彼女の得たなかで、絶対に高地に咲く、という評はなかった。
かのんが一番多く聞かされた話が「この近くに咲くというなら、自分も是非見てみたい」であったのは、園芸家の本能として、仕方のないところだろう。下手に拡散すれば、希少な花の乱獲の発端ともなりかねない。かのん、得意の営業スマイルで早々に聞き込みを切り上げざるをえなかった。
「……ヘイズってのはたしか靄って意味だったかな」
ぽつねん、と。これまでと違った方向から、渓谷の沈黙を破った、ハロルドの声。霧浮湿原、ヘイズブルー、忘れ水、といったそれらの用語から考えて――……、左右で色の異なるハロルドの瞳が煌々と或いは燦々と理知にきらめく。
「昼間は日光が当たるようなところで……。尚且つ小規模でも滝ないし湖畔とか、周りに水分が飛ぶような場所、かな?」
いつのまにかハロルド、皆からの注目を集めている。彼女は、ふふ、と、精一杯のはにかみで皆に応える、ただし要用は忘れない。
「ディエゴさんからの受け売り」
次に視線を受けるのは、ディエゴの番だ。衆目を外すように、ディエゴは少し俯き、眼鏡のリムを抑える。軽く、咳払い。
「あー……。ドミトリ、そのような場所の心当たりはありますか?」
「あります。少しここを外れるので、まだ踏み込んだことはありませんが、たぶん」
ドミトリが首をねじ向ける。ちょうどデミ・ワイルドドッグたちの退却した方向と逆だ。道はいささか乱雑なものとなるが、とにかく一度確かめようと、ウィンクルム達は針路を変える。
●3
白く細かな水滴がそこらじゅうに漂う、リンネルの海を渡っているようだった。雨具があるから、冷気は避けられる。視界もまったく塞がれるというわけでもない。けれどやはり快適でないのもたしかで、咲、知らず識らず愛らしいくしゃみをこぼした。
口と鼻を手で押さえれば、だしぬけに両の肩と背に重ねられる、優しい重み。イヴェリアが自分のレインコートを咲にかぶせたのだ。どうやって礼を伝えるべきか、咲は逡巡する。言葉がまとまりかけたとき、
「ここです」
突然辿り着いて、ありがとう、の、タイミングを逃してしまう。
そこはちっぽけな平野、というよりは、窪地だ。二方を石崖に囲まれて、一方はむろん彼等が今立つところ、残りの一方から滾々という音が聞こえる。
「ディエゴさんの言ったとおりだね」
ハロルド、父親の遺業を誇る娘のごとき瞳でディエゴを見上げれば、ディエゴの空咳が再び響く。
「ディエゴさん、寒いの?」
風邪を引いた? と駄目押しされる、
「でも、ディエゴさんなら大丈夫だよね。医学、得意だから」
「すこし違う気もするが、まあ、大丈夫だ」
と、和やかに進んでいけば、見つける。片方のてのひらで包めそうに、いたいけな花。
ひとつ、ふたつ、みっつ……とお、と、もうひとつ。
咲は図書館でとったメモを取り出す。図鑑から写した、手描きのスケッチ。おなじ特徴をもっている。淡い色合いの花びらだ、青というよりはもっと無色の、アイボリーに近い。
「これ?」
空の色に使うんだからきっと綺麗な青だとおもっていたのに――……、
少々拍子抜けしたふうに呟くハロルドに対して、かのんはむしろ得心したようだ。
「紅花を御存知ですか? 花びらから呉藍の染料がとれるのですが、花自体は鮮やかな黄色なんです。ですが、水で洗ったり日に晒したりを繰り返すうち、やがて真っ赤に……」
滑らかな舌をやおら切る。かのんの頬にさっと赤みがさしたのは、喋りすぎたと考えてしまったからかもしれない。かのん、めずらしく乱暴に荷を投げ(投げ出しても平気なものばかりであることを承知で)、ポケットから白紙の束を取り出す。
「そうそう。忘れないうちに、記録しておきましょう」
生育の状況、周辺の土地条件等。いまだ人工栽培の確立されておらぬヘイズブルー、素養のある彼女が録すれば、これからの研究にも役立つことだろう。
らしいな、と、側で見守っていた天藍が苦笑する。得意の花のはなしということもあり、つい世話を焼きたくなったのだろう、それでなくともどこか危なっかしいハロルドは、かのんの柔らかな愛情を刺激する部分があったから。側聞するクレドリックが、ほう、と、相づちを打つ。
「紅花は色を変えるのか。それはおもしろい。なにかの実験に使えるやもしれぬ、帰ったら取り寄せてみよう」
「使えないと思うけどね、クレドリック。というか、帰ったら先ずは、私とトランスの件について話し合ってくれる?」
咲はもう一度メモと花を比べる。……少ない。ひとつの花からはほんのひとつまみの顔料しか取れぬ、と、メモにはある、この数では満足な量の顔料とはならないだろう、それはまったくウィンクルム達の責任ではない、はじめから量までは求められてはいなかった。だのに、咲、自分がしたように申し訳なくなる。
「いえ、分かっていましたから」
だが、ドミトリの顔は明るかった。北の地の花が見付かっただけでも、喜ばしいことだ、と。たしかに十分ではないが、それでもこれは立派な前進だ。時を置いて来れば、また少し花を摘めるかもしれないのだから。
「そこまで心配してくださってありがとうございます」
「今でも十分素敵な絵です。きっともっと素敵になりますよ」
胸をなで下ろして、ドミトリとかのんの許しを得てから、咲、ヘイズブルーをひとつ摘む。イヴェリアへの。ありがとう、は、言葉ではなく、小さな花になる。
すでに太陽は四半分ほど西にかたむいていた。あと3、4時間もすぎれば、夕暮れだ。此の分なら夜営はしなくてすみそうだ。だが、野外に不慣れな体に鞭打って無理に帰路を越そうとしても、デミ・ワイルドドッグの襲撃を今度こそ躱せぬかもしれぬ。天藍の提案により、ウィンクルム達、いったん此処を出てからキャンプを張ることとなった。天藍、比較的安全そうな場所に目星を付けておいたらしい。
「よかった」
かのんの小さな呟きを、天藍、敏く聞きつける。かのんは微笑んでいた。往きにみせたのとはまったく異なる、少女のように頑是なき、破顔。
「よかったって、なにが、」
「とっておきのお茶を用意してきたんです。徹夜の番のお供になるかと思って」
かのん、恥じらいながら俯いて、
「荷物が無駄にならなくて、よかった。あとで差し入れますね」
さて、過剰な反応をみせたのは、いまだちょっとテンションがおかしい、ロアである。てつや、てつや、譫言のように反復する。滑り止め仕様のスニーカーの靴底でじり、と、大地をにじれば、不吉な穴が穿たれる。
「徹夜、そうね、夜を徹する必要があるかもね。クレドリック、帰ってからとはいわず、今夜きちんと膝を詰めて話し合いましょうか。どさくさまぎれに女の子の大切なものを奪った件について」
「夜這いかね。望むところだ、いつでもかかってきたまえ」
「ディエゴさん。女の子の大切なものってなに?」
「ハルはまだ知らなくていい」
彼女の尊敬する師がそういうのだから、そうなのだろう。まだ、といったのだから、いつか教えてくれるのだろう。ハロルドはあどけなく首肯する。その日がなんだか待ち遠しくて仕方がない。それまでは一緒にいられる、それよりあとだってきっと。その日はいい日だろう、と、思う。
その日はきっとヘイズブルーのひろがる青空のように晴れている、と、思う。
依頼結果:成功
MVP:
名前:ハロルド 呼び名:ハル、エクレール |
名前:ディエゴ・ルナ・クィンテロ 呼び名:ディエゴさん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 紺一詠 |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | 冒険 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | 少し |
リリース日 | 04月23日 |
出発日 | 04月30日 00:00 |
予定納品日 | 05月10日 |
参加者
会議室
-
2014/04/28-22:43
>ハロルドさん
頼もしいです、ありがとうございますっクレドリックに間違えないようしっかり詠唱するよう言い含めておきます!
芸術スキル…そもそもスキルと名のつくものをまだ持っていないのでお役に立てず申し訳ないです。かのんさんにある程度咲いているかもしれない場所の見当をつけてもらって、後はそこに該当しそうな所を土地勘のあるドミトリさんに聞いて案内してもらうしかなさそうですね…
山道なので歩きやすい格好で行かなければですね。ドミトリさん守りつつがんばっていこうと思います。 -
2014/04/28-10:38
あ・・・連投失礼します
どなたか芸術のスキルを持ってませんかね?
もしその知識があれば、植物学と合わせてもうちょっと情報が出せるんじゃないかなーと思いますが・・・ローカルな情報っぽいですし何とも言えませんが。 -
2014/04/28-10:25
クレドリックさんへの攻撃はディエゴさんが食い止めますので
ゆっくり正確に詠唱しちゃって大丈夫ですよー -
2014/04/27-23:30
戦闘時、クレドリックの魔法が当たればよいのですが…かのんさんが集めてくださったところに絞り込んで当ててもらいたいところですね。まだまだ未熟なのであたらなかったらどうしようかと思いますが…使用魔法は水系なので霧とか水場とかあったらその辺りの水分も利用させてもらっちゃおうかなと思います。
>かのんさん
なるほど!確かに2種類あったほうが安全ですね。
おおー網型の罠、効果を実証済みなのですね。今回もきっと役に立ってくれますね。
わかりました、紐束と鈴をリュックに入れて持参してきますっ。 -
2014/04/27-20:33
ロアさんからありました罠の件ですが、「音の出る物」と「行動の妨げになる物」2種類あると良いのではと思っています。
以前の依頼で網型の罠を使い1匹行動不能に出来たので、同じ物を用意する予定でいます。
ロアさんが良ければ、紐と鈴の持参をお願いできますか?
戦闘時の位置関係了解です。
前衛で致命傷を与えることよりも、デミ・ワイルドドッグ達が散らばらない事を優先させますので、よろしくお願いします。
ハロルドさん、支給要請ありがとうございます。
用意して頂けるだけでありがたいです。
植物系のスキルである程度行動範囲を絞り込めると良いのですが・・・
(レベルが低いので少々不安。間違った誘導にならない事を祈るばかりです。) -
2014/04/27-17:29
ヘイズブルー、私の理解力の少ない頭では依頼主の方の話からして「北の方にある霧に隠された湖の傍」に咲いてるのかな…とぼんやりした推測しか立ちませんが、どこに咲いているのでしょうね。
かのんさんが植物にお詳しそうなので、生育条件の調査結果に基づいて探せば大丈夫かもですね。
>ハロルドさん
レインコートとタオルありがとうございます!
私は特に指定はありません。持っていっていただけるとは助かります。
霧が発生したりもするのでしょうか…戦闘時発生していた場合気をつけないとですね。 -
2014/04/27-16:34
皆さんの分の長靴、レインコート、タオルはこちらで支給要請&持ってますね
これがいいって方はお早めにどうぞ~
【精霊】
戦闘面では中距離からのダブルタップや攻撃阻止に動こうかと思います
非戦闘または後衛の方を守る位置にいますので、よろしくお願いします。
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2014/04/26-20:09
と・・・なると前衛:天藍さん 中衛;ディエゴ 後衛:クレドリックさんでしょうか
淡島さんは探索中心と・・・
ハロルドも花や周辺の探索を中心にこうどうするつもりです -
2014/04/26-19:46
初めまして、ロア・ディヒラーです。
パートナーはエンドウィザードのクレドリックです。せ、戦闘が初めてで緊張していますが、よろしくお願いいたします。
戦闘時は、クレドリックが後衛のため、注意を引いてもらっている間に魔法で攻撃してもらいますね…場合によってはトランスも…
私の方は非戦闘員なので、淡島さんと同じく花の探索中心で罠の設置のお手伝いをしたいと思います。罠って野営地周辺に近づくと周りに巡らせてある紐に接触し、紐についている鈴などが鳴って知らせる罠ですか?必要なら長い紐と鈴を持参しますね。北に咲いているらしいと方位はわかるので、不必要かもしれませんが、学校の理科室から方位磁針を借りますか? -
2014/04/26-08:43
はじめましての方ははじめまして
そうでない方はこんにちはハロルドと申します。
では・・・私は戦闘面で主に動きたいと思います
精霊のディエゴさんが医学持ちなので、多少の負傷も多分大丈夫・・・と思いますー。 -
2014/04/26-06:16
こんにちは、はじめまして。淡島咲といいます。
よろしくお願いします(ぺこり)
私の方は戦闘は苦手なので「花の探索」を中心にやろうかと思っています。
戦闘をする場合は援護の意味合いのものが多くなると思います
直接戦闘でお役に立てないかもしれませんがかのんさんの案のある野営の際の焚火や罠の準備のお手伝いをできればと思っています。
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2014/04/26-01:08
続き
「行動予定」
・出発前に材料になる花の生育条件の調査を行い、ある程度咲いているかもしれない場所の見当をつけておく
・野営の際にはデミ・ワイルドドッグ+他の野生動物避けに夜通し焚き火をたく
・出来れば野営地周辺にデミ・ワイルドドッグ襲撃に備えて罠を張っておく
・戦闘に関しては、天藍だけが前衛タイプのようなので、回避スキル使いつつ広範囲に攻撃を行って、デミ・ワイルドドッグの注意を引きつけておくので、その隙に皆さんの攻撃ぶつけて頂くのが良いでしょうか? -
2014/04/26-01:07
はじめまして、かのんと申します。
パートナーはテンペストダンサーの天藍です、皆様よろしくお願いします。
いきなりで恐縮ですが、この一両日此方に余り顔を出せなさそうなので、目下の行動予定を書き残していく事お許しください。
※出発日前には確認出来ますので、そのときのお話し合いの内容に合わせて此方の行動に修正をかけます。
すみません、字数制限に当たったので連投します