【薫】声なんかいらない(三月 奏 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

「今日はご来場いただきありがとうございますー!」
今回、日ごろの戦闘のリフレッシュにと、招待されたのはテーマパーク『マーメイド・レジェンディア』
青空の下に白い花火が上がり、一気に賑やかになる園内で、華やかに飾り付けられたワゴンを引いて、ピエロ姿の男が現われた。
ピエロはウィンクルムの姿を見つけては、大きく楽しげに声を上げる。
「本日はウィンクルム様の為に、特別なものを用意したんですよー」
言いながら、ピエロがワゴンから取り出したのは可愛らしいラッピングがされた1本のペットボトル。
どう見ても『普通の水』なそれを手に取り、ピエロが告げる。
「マーメイド・レジェンディアの由来にちなんで、今日の日の為に作った渾身作です!
飲むと全身からとても良い香りのするんですよ!
 ただ、ちょっと心の声がだだもれになって、代わりに全く喋れなくなりますが!」
『え? それってダメなんじゃ?』
ウィンクルムがツッコミを入れる前に、ピエロは答えた。
「愛と楽しめるマインドさえあれば、言葉なんか無くったって何とかなりますって!」
……試されている……その言葉に、ひしとそう感じたウィンクルムは、勇気を片手に水の入ったペットボトルを手に取った……

解説

●本日の舞台は、招待されたテーマパーク 『マーメイド・レジェンディア』
人魚伝説をモチーフにして作られたこのテーマパークで、本日はウィンクルムを相手に、不思議な水を販売しています。
飲むと言葉を喋れなくなる代わりに、ふんわりとした香りと共に、香りの届く相手に、心に思っている事が全部伝わってしまいます。

●水の味は無味無臭。香りは3種類から選べます。
・柔らかなフローラル系
・元気が出る柑橘系
・色気のあるオリエンタル系
ご希望の香りを、プランにご記載下さい。

●1組様につき1本の販売となります。
神人と精霊のどちらが飲むかをプランにご記載ください。

●テーマパークを出るか、相手からインスパイア・スペルを唱えてもらう事で、元に戻る事が出来ます。

●遊んで頂ける、代表アトラクションは3つ
 ①シアター・メリーゴーランド
 ひとたびメリーゴーランドが回り出すと、外の景色は遮断され、
 人魚姫の物語が立体映像によって再生されます。
 人魚姫が陸に上がり、初恋の王子と恋仲になり、泡となって消えるラストまで、
 まるで映画のように流れていきます。
 二人乗りの馬、もしくは複数人乗れる馬車に乗り、甘く切ない物語を堪能しましょう。
 
 ②ムーンライト・ロード
 『月光華』を楽しむために作られた石畳の道です。
 夜だけでなく昼も、月光華はその白さを際立たせるように、美しく咲き乱れています。
 時折、さざなみの音に混じって、人魚の歌声が聴こえてくると言われています。
 
 ③ブルーム・フィール
 マーメイド・レジェンディア全体を一望できる観覧車です。
 夜景はとくに綺麗で、ライトアップされた古城やアトラクション施設、
 光り輝く月光華の群生地を見下ろすことができます。
遊んで頂く際には、上記どれか一つをお選びください。

●時間は朝9時から夜10時まで。冬なので朝は空気が澄み渡り、夜にはイルミネーションを見る事が出来ます。

●料金は香りのお水代と貸切特別料金で400Jr頂いております。

ゲームマスターより

こんにちは、三月奏と申します。
この度は、当ページをご閲覧頂きまして誠に有難うございます。

この度は、寿ゆかりGM主催の【薫】をテーマにした、企画関連エピソードとなります。
アイテムで『香水』を、ランダムで2種手に入れられますので、お気に召していただけましたらどうか宜しくお願い致します。

今回は、心の声が駄々漏れでございますが『とてもとてもゆるい』ものの、リザルトへ親密度の判定反映を行います事から、難易度が「普通」となっております。

余程の事が無い限り大丈夫かと思われますが、親密度によっては、心による愛の告白等が相手に届かなかったりする可能性がございます為、ほんの少しお気を付けていただければ幸いでございます。

それでは、皆様の魅力的なプランを、心よりお待ちしております。
どうか宜しくお願い致します。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)

  ☆不思議な水選択
素敵な香りばかりで迷っちゃうよ
私は柔らかなフローラル系にしようかな
エミリオ、気に入ってくれると嬉しいな

☆ムーンライト・ロードにて
『わぁっ
ねね、エミリオ
月光華、すごく綺麗だね!
お月様の光を受けて月光華の道を歩くエミリオはもっと綺麗!
いひゃい、いひゃい、ほっぺたつねらないでー!
も、もう、エミリオってば・・・!(赤面)

あのね、エミリオ、大好き・・・だよ
エミリオと一緒に過ごせば過ごすほど私は貴方がもっともっと好きになるの
エミリオも一緒だと嬉しいな・・・なんて(はにかむ)

エミリオ?
急にどうしたの?(俯く精霊の傍に寄り添う)
?私はどんなエミリオも好きだよ、
だって私はエミリオを愛して・・・っ


篠宮潤(ヒュリアス)
  一通り遊び終えた夜景時刻
飲むの保留にしてた不思議水をそろりと見せ
「どうしても困るならいい、から」
でも観覧車一周の間くらいなら…ダメ?
普段に増してねばって懇願
ありが、とう!

◆観覧車内
「不便、じゃない?」
喋れない精霊をたまに気遣い

「う…だ、だってヒューリ、あんまり思ってること、口にして無い…気がして」
「え?僕!?見てても、つまらなく…ない?」
赤面誤魔化すよう「綺麗、だねっ」なんて夜景へ視線やりながら
(ヒューリ…心の声も、普段と変わらない。
不満や心配事、我慢して隠してくれてるのかと…思ってた、けど
…もしかして、僕が思ってたよりずっと、ヒューリは自分を見せてくれてた…のかな)

◆観覧車終了
降りたらスペル


かのん(天藍)
  フローラル系
お水そのものには味も香りもないのに不思議ですね
飲んだ後、本当に言葉が出ないので天藍に少し困った顔を向ける
お花の香りしていますか?

天藍の返事に頬を染める
喋っていないのに、本当に思っている事全部分かってしまうんですね…
私ばかりで、天藍少しずるいです

2人乗りの馬に
良く知った人魚姫の物語
王子様を助けたのは人魚姫なのに、人の姿になっても伝えられないのはやっぱり切ないです
人魚姫が傍にいる時に王子様が目を覚ましていたら、結末は違ったのでしょうか

背後の天藍に体を預け彼の感想に苦笑浮かべ
喋れなくても思う事が天藍に伝わるのは悪くないですけど
筒抜けすぎは考え物ですね
できれば気持ちは自分の声で届けたいです


ユズリア・アーチェイド(ハルロオ・サラーム)
  よくわかってきたではありませんか
面白そうだっただけですわ
聞こえるんですもの無視なんて出来ませんわ♪



ロラン様ですか?
ロリ…?そういうのではございませんの!親が決めた許嫁ではよくあることですわ!

ロラン様は…私の血筋と家柄だけがお目当て…
御家再興は私の悲願、なんとか守らねば

ふふっ、協力して下さいますの?利害の一致ですわね
貴方と契約した時も同じようなこと、言ってましたわね(エピ2

ええ、ロラン様をお慕いしております
でもそう伝えるわけにはいきません
私の恋慕は、ロラン様にとって格好の弱みであり隙ですから

えっ、ハルロオと…!?

(なるほど、お父様とお母様のいない今の私にはそういう生き方もあるのですわね…!


秋野 空(ジュニール カステルブランチ)
  パークを楽しんだ夕刻
最後に③へという時に見つけた件の水
興味はあるが流石に抵抗が

購入した精霊にエスコートされ③へ
差し出される水に戸惑う間に精霊が飲むことに

密室にふたり
漂ってくる甘いアンバーと立ち上るシトラス
控えめに主張するベチバーやサンダルウッド
と、一緒に流れてくる精霊の心の声は
通常運転の大袈裟な褒め言葉
普段の言葉に裏がないことは分かったが
居た堪れない

大照れ
ISで解除を思い出し唱えようとするが
口元に手を添えられ止められる

ギリで成り立つ会話

ひとつ願いを叶えれば止まる心の声
背に腹はかえられぬ

ジューン…
なんとか目を見て名を呼び

…は、今日、とても意地悪…です…
耐えきれずに目を閉じ
早口でISを唱えた


「ええ、では早速これを」
 大観覧車『ブルーム・フィール』の中で二人きり。
 ユズリア・アーチェイドが花も綻ぶ笑顔で、精霊のハルロオ・サラームに差し出したのは、
『心地良い香りが漂うが、声が出なくなって心の声が駄々漏れになる魔法のお薬』
「俺かよ!」
 それを、隠し事の全く無い微笑で差し出してきた神人に思わずツッコミを入れつつも、ハルロオはペットボトルの蓋を開け中身を半分ほどまで一気に飲み干した。
 一気に広がる爽快なライムの香り。
「(そもそもなんで俺の心の声なんか聞きてーんだユズ吉は。
 どーせ面白そうなだけだろうけど)」
 微笑を隠さない少女の頭に、早速ハルロオの心の声が聞えてくる。
「(こいつ正義のお嬢様なふりして内面はただのお転婆だよな。
 最近わかってきた)」
「よくわかってきたではありませんか。
 ええ、面白そうだっただけですわ。
 こうして、とても良く聞こえるんですもの。無視なんて出来ませんわ♪」
「(ナチュラルに返事すんな!)」
 微笑むユズリアに、ふとハルロオは面識のある新しい精霊の事を思い出す。
「(そういやお前、許嫁とかいう奴と契約したらしいな)」
「ロラン様ですか?」
「(歳の差いくつだ、奴はロリコンか?)」
「ロリ……? そういうのではございませんの!
 親が決めた許嫁ではよくあることですわ!」
 その年の差は十歳。慌て可憐な頬を染め否定していたユズリアは、しかし哀しげに視線を落とした。
「ロラン様は……私の血筋と家柄だけがお目当て……
 それでも」
 ユズリアは瞳に強すぎるまでの渇望と決意をもって言葉を続けた。
「御家再興は私の悲願、なんとか守らねば」
 彼女の言葉に、ハルロオは年不相応な野心にも似た瞳を持った相手に感銘すら受けながら、逆にその許婚への明確な不快感を隠さなかった。
「(つーか『俺が』コイツ助けて成り上がるんだよ。
 ──ぜってー邪魔する、好きにさせねえ)」
 ハルロオが無意識に決意を固める。盗みにかっぱらい、生きる為に道に外れざるを得なかったスラム街の底辺から、唯一掴んだ『金持ちがパートナーのウィンクルム』──そのチャンス、絶対に逃す訳にはいかない。
 ユズリアはその様子にクスリと笑って見せた。
「邪魔をされては困りますが……それでも──
 ふふっ、協力して下さいますの? 利害の一致ですわね」
 目を細めるユズリアに、その言葉を聞いたハルロオは、納得したような、それでいて呆れたような、何とも複雑な顔をしてそれを笑い飛ばした。
「ハッ、ま~た利害の一致か」
「貴方と契約した時も同じようなこと、言ってましたわね」

 ──あの時、抜けられない底辺だけを見てきた彼は、目の前の少女を小馬鹿にするように言った。
『あんた、願いとかあるのか? いい子ちゃんだしオーガから皆を守りたーいとか?』
『……私の願いはアーチェイド家の再興ですわ』
『おいおい、そりゃー打算的だな。御家再興のために人助けなんて』
 しかし、それを言った少年は確信したのだ。
 これは目的の為に、打算の手段を露にし、共に生き抜くパートナーとして自分に相応しいのではないか、と。

 そんな相手の、許婚。しかも、ハルロオの目にはその許婚というのが胡散臭くて仕方がない。
「(つーかユズはアレが好きなわけ?)」
 ユズリアは、その問いに即答した。
「ええ、ロラン様をお慕いしております」
 しかし、続く言葉は同じ強さを伴いながらも僅かに翳った。
「でもそう伝えるわけにはいきません。
 私の恋慕は、ロラン様にとって格好の弱みであり隙ですから」
「(……複雑な奴だな、めんどくせ)」
 ふと、その中で名案とばかりにハルロオの心の声が響く。
「(好きじゃなくなりゃ楽になるんじゃねえの?)」
「え?」
「(例えば俺と結婚とか。
 そしたら俺が貴族様じゃん?)」
 だが、ハルロオは直ぐに何かを思い返した様子で不快感を露にした。
「(あーなんかアイツと一緒みたいで腹立つな。
 そういうんじゃねえから! 説明できねーけど)」
 同じだけれども、そうじゃない。
 自分の心でありながらも上手く説明出来ないハルロオを傍らにユズリアは思案した。

(なるほど、お父様とお母様のいない今の私にはそういう生き方もあるのですわね……!)

 それを決めた両親がいなければ、許婚も無効となる。
 その可能性に今まで思い至らなかったユズリアは、感銘を受け隠しきれない様子で綺麗な藤色の瞳を大きく見開き、目の前の少年をじっと見つめた。




 こくん、と喉を通した水は味も無ければ香りもしない。
 数口飲んで、かのんが顔を上げると、ふわりと優しい香りが精霊の天藍に届いた。
 甘いけれどもくどくなく、そして嫌味なく混ざり合う複数の花の香り。
「(お花の香り、していますか?)」
 そう告げようとして、口を開けば確かに声が出ない不思議に、かのんは傍にいる天藍に向けて戸惑いを隠し切れず困惑した表情を見せた。
 天藍は、その覚えがある香りに納得の様子を示してから、かのんに向かって笑い掛ける。
「庭仕事の後の、花の移り香に似た感じの香りがするな」
「(普段、そんなに匂っているのですか?)」
 かのんが困ったように、既に違和感無く見慣れて久しいウィンクルムの文様が入った左手を寄せて、柔らかく湧き立つ花の香りを確認している。
「抱き締めたり至近距離にいる時にな、ふわりと香る事がある。
 その時咲いている花の種類で香りも少し変わる事も含めて、俺は好きな香りだ」
 ガーデナーであるかのんは、常に植物と共に在り、常に季節によって咲く花々の香をその身に移している。
 四季折々で僅かに異なる彼女の香りを好きだと、戸惑う事無く天藍は告げた。
「(喋っていないのに、本当に思っている事全部分かってしまうんですね……
 私ばかりで、天藍少しずるいです)」
 少しむくれた様子で頬を赤くしながら隣を歩くかのんを横目に、天藍は『これはこれでやはり可愛い』と、愛しさから浮かぶ笑みにこっそりと瞳を細めた。

「観覧車は前に乗った事があるから、メリーゴーランドはどうだ?」
「(はい、立体映像が見られる所ですよね)」
 片方が心の声でも会話に支障は無い。話し合いながら辿り着いた先は『シアター・メリーゴーランド』
 選んだのは二人乗りの白馬。
 かのんがそっと前の方に横座りに。天藍はその後ろに座り、そっとかのんを支えるように、その体に腕を回す。
 動き始めると同時に、人魚姫の物語が立体映像で美麗に浮かび上がった。
 花の香りをたたえたかのんから、無意識に心の声が静かに天藍へと届く。
 物語は終盤に向けて。声を差し出し、足を激痛に苛まれ、それでも王子への思慕を向けて尚、伝わらないその思い。
「(王子様を助けたのは人魚姫なのに、人の姿になっても伝えられないのはやっぱり切ないです。
 人魚姫が傍にいる時に王子様が目を覚ましていたら、結末は違ったのでしょうか……)」
 その心の声に共に映像を見ていた天藍が声を洩らした。
「人の上に立って国を治める立場なら、身近な者の気持ちくらい察してやれよ」
 低く小さく、しかし明らかに不満を隠さない声。
 同時に、前に座るかのんへと回した腕に自覚なく力を込めた。
 自分は違う、自分なら気付く。自分なら守ってみせる。
 意志を代弁したその腕に、かのんは困ったように苦笑して静かにその身を預けた。

 輝く月の元を歩き始める。
 無言でも、かのんの声は隣の天藍に伝わっていく。
 「(喋れなくても思う事が天藍に伝わるのは悪くないですけど、筒抜けすぎは考え物ですね。
 できれば気持ちは自分の声で──)」
「『共に最善を尽くしましょう』」
「え──」
 不意に響いた、まさかの天藍によるインスパイア・スペルの言葉。
 同時に手を引かれ、そのまま天藍の胸にかのんの体が収まった。
「気持ちの全てを察するのは難しいから、心の声が聞こえるのは有り難いが」
 かのんを強く抱き締めて、天藍が告げる。
「ほんとはかのんの声で聞きたい」
「──……はい」
 こうして、閉園間際の遊園地に、小声で話し合う二人の姿が、静かに月に照らし出された──




「ソラ、今日は楽しかったですね」
 秋野 空と、ジュニール カステルブランチは園内を巡り、後は楽しみだった大観覧車を残すのみ。
 途中、二人は朝に水を配っていたピエロのワゴンと遭遇した。
「気になりますか?」
 空の返事を聞く前から、ジュニールはさっそく、そのワゴンからペットボトルを買って来ていた。
「ソラでしたら、きっとオリエンタル系の香りが似合うと思ったんです」
「え……あの、ジューンさん。
 確かに、気にはなりますが……それを飲みたいかと言われると……」
 観覧車の前に立ったジュニールの前で、差し出されたペットボトルを前に、空は明らかな動揺を隠せない。
「……やはり、抵抗がありますよね。
 では、俺が飲みましょう!」
 何か思いついたかのように、乗り込んですぐジュニールはペットボトルの中身を躊躇いなく一気に飲み干した。
 観覧車は、二人の戸惑いから、椅子があるのに立ったままの緊張状態。
 最初に空の嗅覚に触れたのは、仄かに香る大地の様なベチパーを下地に乗せた、上書くように主張する香ばしくも甘いアンバーとシトラス、そして僅かに色香を届けるサンダルウッド。
 空にはこの魅力的な香りが自分でも似合うかどうか謎だった。水を飲んだ香りは人によって異なるのかも知れない。
 ジュニールを見上げると、彼はそんな空の様子まで、じっと優しい瞳で見つめている。
 そして、一気に頬の赤くなる空を余所に──
「(ああ、やっぱりソラはいつ見ても愛くるしくて、そしてとても素敵ですね)」
 ぼむ、と空の頬が真っ赤になった。
「(口に出すと止められてしまいますが、ソラは見る度、いつも可愛らしくて──)」
 いつも口に出しているものとほぼ変わらないその言葉に、あれらが全て心からの本音だったと思うとそれが一際恥ずかしい。
「(ソラは、いつも冷静ですが、そのような中にもあふれる心遣いがあって、そこにはとっても深い優しさがあって──)」
 今、自覚が出来る程に空の顔が熱い。
「(そして、照れた姿が何より愛らしいんです)」
 言葉と共に、ジュニールが空を見つめて微笑んだ。

 それを見た、空の胸と頭はもう一杯だった。
 しかも更に続く頭に響いて止まらない言葉の数々。
 ──空は最初にピエロから聞いた解除法を慌てて思い出していた。
 もう、止まらないなら強制的に止めるしかない。
「Im here to……!」
 互いに決めたインスパイア・スペル。
 しかし、空の口許にその手をぴたりと添えて。言葉を止めたジュニールの瞳は真剣だった。

「(ソラ、ひとつ願いを叶えてください。
 そうすればスペルを唱えても構いませんから)」
「な、何ですか……?」
「(俺の名前から敬称を外してくださいませんか?
 ジューンと、そう呼んで欲しいのです)」
 空は、その言葉に顔を完全に朱に染めて俯いた。
 ──言える訳が無い。そう呼べていれば、この感情に、こんなに苦労はしていない。
「(大好きな、ソラ。どうか、
 ソラ、俺の目を見て、ジューンと……)」
 ──自分の感情はともかく、恥ずかしいまでの言葉の嵐からは逃げられる。
 空はそう思い覚悟を決めた。背に腹は代えられない。
 恥ずかしさから潤んだ瞳を、そっと背の高い彼へと向けて、
「……ジューン……」

 恥ずかしいジュニールの心の声すら止まった一瞬。
 完全な沈黙が、その場を支配した。

「……は、今日、とても意地悪……です……」
 空は堪えかねるように瞳を固く閉じる。
 しかしその余りの愛しさに、ジュニールは思わず空へその手を伸ばして、自分の傍へと抱き寄せた。
「──Im here to celebrate you!」
 驚きのあまり、空の唇から解除の為のスペルが告げられる。
 それでも空が余りにも自分の近くにいて──
(キス……を……いや、それはさすがに……
 でもこのように愛らしいソラが目の前にいるのに……?)
 スペルが唱えられた為、ジュニールの心は何とか空に伝わらずに済んだ。
 しかし、その想いはジュニールの心に余りにも深く焼きついて、到底忘れられそうになかった──




 柔らかな甘さを伴って広がるジャスミンの花香と、それにほんの少し鮮やかさを添えるようなローズの香り。
 きつくない優しさと包容力を交えた香りを身に纏って自分の元へ戻ってきたミサ・フルールに、精霊であるエミリオ・シュトルツは思わず目を細めた。
 『可憐な花の妖精』というものが存在したら、きっとこんな──いや、きっと『こうに違いない』と。そう思う。
 夕方の日が暮れて、月が眩しく光る夜。
 遠くに見える海から聞えてくるさざなみの音に誘われるように、二人は両脇に月光華が咲き乱れる『ムーンライト・ロード』へと足を踏み入れた。
「(わぁっ。
 ねね、エミリオ。月光華、すごく綺麗だね!)」
 一面が柔らかな白い光で包まれている。華から零れた光のしずくが空に舞い上がっては消えていく。
 ふと上から降るように舞い降りてきた光の珠が、エミリオの手の上に落ちてきて雪のように消え去った。
 空からは綺麗な満月が、空から溢れんばかりの光を注いでいる。
「(でも、お月様の光を受けて月光華の道を歩くエミリオはもっと綺麗!)」
 エミリオの口端が僅かに持ち上がる。
「男に綺麗だなんていう悪いお口はこれかな?」
 先程より、はっきりした楽しげな微笑を浮かべたエミリオが、ミサの頬をむにーっと引っ張った。
「(いひゃい、いひゃい、ほっぺたつねらないでー!)」
 そのまま、ぺしっと手を離された頬にミサは思わず、あうあう言いながら頬を押さえる。
 それからしばらく、痛みが引いたら再び辺りの光景に感動するように歩き出す。
「……それを言うなら、お前の方がずっと綺麗だよ」
 そんなミサを愛おしそうに見つめていたエミリオは、自分へ正直に感想を告げながら、傍にあった彼女の手を取って、そっとその甲へと口付けた。
「(も、もう、エミリオってば……!)」
 誰も見る者はいない。それでも恥ずかしさのあまり赤くなりながら、その流れるような自然な所作に照れるのを隠せなかった。

「(あのね、エミリオ、大好き……だよ。
 エミリオと一緒に過ごせば過ごすほど私は貴方がもっともっと好きになるの。
 エミリオも一緒だと嬉しいな……なんて)」
 正面を向いていたミサが、両手を後ろにくるりとエミリオの方を振り返り、月光華の光の中をはにかむように微笑んだ。
 エミリオは、ずっと……ずっとそんなミサを見つめていた。
 天真爛漫で、可愛らしくて、素直な、自分の神人──

「ミサはいつだって心に感じたままの気持ちを俺にくれるね」
 心の中ですら、いつも告げてくれるその言葉と何一つ変わらない。
「でも──ミサ。……俺は、お前にそんな風に想ってもらえるほどの男かな」
「(……え)」
 風が、月光華を強く撫でた。
「(急に、どうしたの……?)」
「急に、ではないよ、ずっとそう思ってた。
 お前はいつだって真っ直ぐで、温かくて」

 過去に。
 この手が人の血で汚れている事は既に話した。
 それでも良い、とミサはそう言った。そう言ってくれた。
 だが、それでも……話していない事がある。
 この手に染まった血の色には『彼女にとって、とても大切で、特別な存在』の色が混ざっているのだと──まだ彼女には話していない。

(このひだまりのような笑顔をいつか俺が壊すのだと思うと俺は、)
「──っ、」
 エミリオは、月光華よりも曇りのないミサの存在に堪えかねるように。その真実を語るべく唇を開く──
 瞬間、それを邪魔したものは、言い伝えで聞えると言われてきた人魚と呼ばれる、その虚ろで悲しげな歌声だった。
「……」
 心を挫かれたように、胸に溜めた息は、全て溜息となって零れ出た。
「俺も……お前みたいにありのままの自分を打ち明けられたらいいのに」
 俯いたまま、呟く。
「(……? 私はどんなエミリオも好きだよ。
 だって私はエミリオを愛して……っ)」
「もういい、黙って」
 未だに彼が遠くにいるような気がして。縋るように訴え掛けようとしたミサの唇をエミリオが深く奪う。

 それは、とても哀しい口付けだった。




 夕焼けも過ぎ、空は静かに星と月の時刻へ変わる。
 一日を過ごし、歩きながら篠宮潤はずっと考えていた。
 それは、朝に手に入れた声を失う香り水──
「どうしても困るならいい、から」
 でも、観覧車一周の間くらいならば……
 潤は荷物から少しだけそれを引っ張り出して、目で精霊のヒュリアスに訴え掛ける。
「……楽しいものではないと思うのだが」
 逆にヒュリアスにとっては不思議で仕方がない。何故、それ程までに心の声を聞きたいのか、と。
 潤はじりじりと感じるその疑問に答えられないまま、じぃっとヒュリアスの瞳に切実に訴え掛ける。
 しかし、自分から相手を見つめているという自覚はなかった。これが恋心からであったなら3秒ともたないかも知れない。
「確かに、特に断る理由も無いがね」
 ヒュリアスは、ついに溜息を交えながら、それを受け入れた。
「ありが、とう!」
 潤の瞳が大きく輝く。しかし、ヒュリアスにはその理由が分からないまま、一緒に観覧車に乗り込んだ。

 上へ昇る観覧車は、夜景として今日遊び尽くした園内を一望出来る。
 今、二人が座る観覧車に広がっているのは、そのままヒュリアスを思わせる大地の香り。同時に、僅かに差されたレモンの香りが、人を選ぶ癖のある香の一部を打ち消している。
 水を飲んだヒュリアスの元、その場はとても安心できるのに、心地良く清々しい香りに包まれていた。
「不便、じゃない?」
「(いや、問題無い。
 こうしてウルが多く語りかけてくれるおかげで、話さずとも困らない。
 それに、思っていることが顔にも出て分かりやすし、な──っと……これも伝わってしまうのだったな)」
 純粋に自分の心に苦笑いしてしまうヒュリアスの傍で、潤はその言葉に思わず恥ずかしそうに俯く。
「(それで、俺がこれを飲む事になったのは何故、だろうかね)」
 心の言葉は思った事がそのまま伝わるだけに直球だった。
 もう誤魔化し切れない……潤はうろたえながらも、何とか言葉を形にした。
「う……だ、だってヒュリアス、あんまり思ってること、口にして無い……気がして」
「(成程──
 大抵、周囲観察し興味を覚えたりしているだけなので、大した事は考えていない。
 そうだな、最近はウルを見ているのが一番己が身になっている)」
 観覧車は丁度天頂。唐突な言葉に、思わず潤が顔を上げて驚いたようにヒュリアスを見つめる。
「え? 僕!? 見てても、つまらなく…ない?」
「(──見ていると、満ち足りている……というのだろうかね)」
 心の声に嘘のつきようは無い。
「き、綺麗、だねっ」
 不意打ちにも近いその言葉に、思わず潤はうろたえながらも誤魔化すように、観覧車の窓から見える夜景へと目を逸らす。
(ヒュリアス……心の声も、普段と変わらない。
 不満や心配事、我慢して隠してくれてるのかと……思ってた、けど。
 ……もしかして、僕が思ってたよりずっと、ヒュリアスは自分を見せてくれてた……のかな)
 潤の視界に入る近づきつつある地上は、イルミネーションと月光華、そして上から注ぐ月の光で、とても眩く見えた──

「バイス・エル」
 地上に降りてスペルを唱えれば、ふわりと香りが消えていく。
 僅かに喉の違和感を気にしていたヒュリアスはそれが消えた事を確認し神人へと問い掛けた。
「満足したかね?」
「う、ん!」
 潤が満足気に笑うと、ふとヒュリアスも自然と心の中から笑みが浮かんだ。
(成程こういう満ち足り方もあるのか……)
 戻った声、届かない心の声で、また一つヒュリアスは何かを理解したかのように思案する。
 自分で──未だ見当たらないと足掻いた個性と感情。
 でもその穴は、潤の存在が安心する程の優しさで、ずっとずっと少しずつ埋めてくれている。
『今度ウルが感動した時にその物を教えてくれ』──過去に告げた時には『物』であったのに。
 今は、潤の仕草を、存在を見ているだけで心が満ちる。

 そうして彼は、何かを納得したように僅かに微笑みを浮かべてから、己の神人と共に閉園となる門へと向かい歩き始めた。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 三月 奏
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 01月05日
出発日 01月12日 00:00
予定納品日 01月22日

参加者

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